魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第8話 新学期パニック

『きゃあっ』

 

 とある少女が夕暮れに染まる町を歩いていると、突然吹いた風に長めのスカートが捲くられて悲鳴と共にスカートを抑えた。だが、直ぐ横を中学生ぐらいの男子二人が横を通りかかったのに見向きもしない。このぐらいの年齢なら老女のスカートであっても思わず視線が移ってしまうはずなのに、だ。

 

『うう…………』

 

 皆の周りに悪い子じゃないけどちょっと目立たないと言うか、存在感がないと言うか。いるのかいないのか分からない子っていないだろうか。大体いるだろう、クラスに一人くらいそういう子って。実は少女もそういうタイプの一人だった。

 なにせ…………幽霊だから。

 仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。幽霊だから。

 少女―――――相坂さよは地縛霊を始めて60余年になる。だけど、幽霊の才能が余りないらしくてイマイチ存在感がないって言うか、あんまり気付いてもらない。あまりにも存在感がなさすぎて、どんな御払い師や霊能者にも見えない筋金入りである。

 

『ひっ………誰ですか!?』

 

 それに、カタンと机が鳴るだけで驚くぐらいにとっても怖がりで夜の学校は何か出そうで怖すぎるという理由で、最近は朝まで近所のコンビニやファミレスで過ごしたりしている。幽霊なのに夜の学校が怖いとはこれ如何に。地縛霊なのに学校の近くなら出歩けるという摩訶不思議。深夜のコンビニって何か安心しますよね、とは本人談。

 幽霊としても駄目駄目だと感じている彼女は、只今彼氏ならぬ友達募集中。本人としても相手を怖がらせるだけで、駄目だとは分かっている。性格は暗いし幽霊だし…………と考えながら、いくら幽霊でも何年も話し相手がいないとちょっと寂しかったりする。

 

『明日から新学期か』

 

 薄暗い教室である。窓の外は太陽が沈んでいき日没が近い。人気のない寂し気な明日から3-Aになる教室で、本来なら誰もいない学び舎に声ならぬ声が響く。

 

『誰か私に気づいてお友達になってくれないかな……?』

 

 寂くて変わりのない日常に小さな変化。夜の教室で一人呟く彼女の運命の分かれ道が迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春休みも終わって新学期になり、始業式とか諸々あったわけだがこれといって語るべき事もないので省く。

 京都から留学生として派遣された天ヶ崎千草は、2-A改め3-Aの担任を受け持つ事となった。そして初っ端から口の端を引き攣らせていた。

 

「3年!」「A組!!」『ネギ先生~っ! あ~~んど アーニャ先生ーっ!』

 

 鳴滝姉妹が昨日の夕方に再放送していた金○先生のマネをし、新学期最初の日と言う事もあってか異常な位にテンションの高すぎる生徒達が追従する。

 学年が上がってもクラス替えは一切行われていない。使用する教室も全く同じなので教室のプレートが取り替えられるだけだが、それでもお祭りのように盛り上がれるA組の生徒達のバイタリティには驚かされるというか、呆れるというか。クラスの後方にツッコミを内心でしている千雨と夕映が呆れ返っているが、千草以外に他に気づいた人はいないようだ。

 

「他のクラスの迷惑になるから、もう少し静かにしいや」

『はーい、天ヶ崎先生もよろしくお願いします!』

 

 騒いで新田に怒られるのは新任なのに担任を任された千草である、注意を促すと、生徒達も了承してくれたようで声を小さくして返事が返って来る。以外に素直な生徒にホッとした面もあったが、クラスの面々の多国籍振りと上と下の見た目の差の激しさに内心では動揺しまくりであった。

 

「引き続き担任補佐を任されたネギ・スプリングフィールドです。改めましてよろしくお願いします」

「同じくアンナ・ユーリエウナ・ココロウァよ。これから来年の三月まで一年間よろしく」

 

 しかも同じく教壇に上っているのが子供先生二人ときている。みんながそんなネギ達をニコニコと嬉しそうに笑っている中、特にあやかなどは余程ネギが続けてこのクラスに関わるのが嬉しいのかハートを撒き散らしている。

 学期末の二ヶ月をほぼ二人だけでクラスを纏めていたと聞けば、子供だけにクラス運営を任せる学園長の頭の中を覗きたい気分である。こういう利己的な面が自分は教師に向いていないのではないか、と千草は不意に思った。だが、こうなっては向き不向きは関係ない。

 教室を見渡して欠席がいないことを確認して、ネギが前の学期に持っていた通信簿に出席をつけて内心で溜息を吐いた。

 しかも事態はそれだけに留まらないのだ。教壇に上っているのは四人なのだ。後一人が挨拶していない。その最後の一人がしずしずと前に出た。

 

「副担任を任されましたネカネ・スプリングフィールドです。何人かと春休みの間に面識がありますが、どうか弟妹共々宜しくお願いします」

 

 今度こそ極め付けである。まさかの兄弟妹の保護者の登場であった。教室真ん中の最後尾で眼鏡をかけた少女が額を机に打ち付け、状況の信じられなさに打ち震えているのに同意したい千草だった。

 

「まずは――」

 

 何故かチョークを取り出したネカネは、その大人しげな所作とは裏腹に手裏剣を投げるような体勢に移行した。

 

「そこの居眠り生徒は目を覚ましなさいっ!」

「――っ!?」

 

 神速の速さで投げつけられたチョークは、目を開けて普通に話を聞いている様子だったアスカに向けて投げられて見事に命中した。

 チョークが当たったとは思えない音を三度響かせた直後、当たった張本人――――アスカ・スプリングフィールドは仰向けで床に倒れた。

 

「……い、痛ぇ!? 怪物の敵襲か!?」

「誰が怪物よ」

「おぎゃんさら!?」

 

 床に倒れたアスカが痛みに呻きつつ起き上がりながらの発言に眉をキュッと顰めたネカネから第二弾が放たれ、見事に命中した。

 倒れたアスカは、次は起きて来なかった。隣の席のエヴァンジェリンが床を見るとアスカは額を抑えて痛みに悶えていた。

 その運動能力と武力で武道四天王と並び称されていたアスカをたった二発でノックアウトしたネカネ。鍛えているアスカを直ぐに起き上がれなくさせるほどのチョークを投げたネカネの技量にクラスの殆どが震撼した。

 

「私がいる限り、サボリや授業中の居眠りは許しませんから皆さんもそのつもりで」

 

 ニッコリと微笑みつつ、どうやってか一瞬の内にさっきまでなかったはずの全ての指の間にチョークを挟んだネカネに、逆らう気概がある者はこの瞬間にいなくなった。エヴァンジェリンでさえ、封印が解ける僅かな間なのだからサボリや居眠りは自重しようと心に決めたほどだった。

 アスカが数発でノックダウンするほどのチョークを、今はひ弱な肉体で受けることは死を意味する。挟持より安全を取った真祖の吸血鬼であった。

 

「では、後はどうぞ天ヶ崎先生」

「この凍った空気をどうせえってちゅうねん」

 

 お前こそ担任やれよと突っ込みたかったが、ネカネは教員免許を持っていないので(これはネギとアーニャも同じだが)、文句を学園長室で既に却下されたことなので千草は今度こそ溜息を表に出しつつ気を引き締めた。

 

「今学期から担任を任されることになった天ヶ崎千草や。よろしゅう頼む」

 

 先のネカネのお蔭でクラスが静まり返っていることを喜ぶべきか恐れるべきか。千草は努めて気にしないことにして話を進めた。

 

「早速やけど、決めなあかんことがある」

 

 スーツに慣れていないながらも生来の度胸の良さを発揮する千草が完璧に教師に見えたことは、彼女にとっての不幸だろうか。

 

「4月22日にハワイへの修学旅行を控えてるのに、このクラスだけ班が決まってないらしいやんか。新学期恒例の身体測定やけど、他のクラスの先生方が気を使って最後の順番にしてくれたんやから感謝するように」

 

 麻帆良学園において、中等部の修学旅行は他の学校と違い三年生の春に行われる。普通の学校では修学旅行は二年生の時に行うのだが、麻帆良学園はエスカレーター式学校なので特別に受験のために時間を割く必要がなく、外部の学校を受験する生徒以外は高等部への進学は決まっているため三年の時期に行っても何の問題もない。また小等部や高等部の修学旅行と重ならないように4月という時節となる。

 もし、受験が重視されていれば新任の子供先生が三年の担任に選ばれることなどなかった筈だろう。それと中等部だけでも人数が多いので、クラスごとに数箇所の目的地から選択する方式が取られている。

 そんな中で目的地の候補は京都かハワイに絞られた。

 修学旅行の定番である京都が残された理由は幾つかある。3-Aには留学生、帰国子女が多く担任補佐、副担任補佐の先生も外国人ということで日本の観光名所である古都京都と奈良が選ばれたのだ。

 順当に行けば京都が選ばれる可能性が高かったが、ここは担任権限を使った千草が強制的に変えたのだ。

 

(なにが悲しゅうて出た所に戻らなあかんねん)

 

 という身も蓋もない理由でハワイに決定したことを生徒達は知らない。その裏で、ネギ達が春休みの間に京都に行ったことを知った生徒達が、ならハワイにしようと軽い気持ちで変遷したことを千草は知らなかったりする。更に更にその裏でアーニャが親友に会いに行く為に生徒達に裏工作をしてハワイを選ばさせたことは、ネカネだけが知っていたりする。

 

「今から各自で六人一組の作るように。班員構成は自由。身体測定までに決まらんかったら出席番号順やからな。はい開始」

 

 わー、と予告も無く始めたことなので生徒達が慌ただしく動く。

 全体的に仲の良いクラスであっても個々人で繋がりや仲の良さに差がある。あまり喋らないクラスメイトと折角の修学旅行を共にするのは、後々の思い出に残すのはあまりよろしくない。

 各自が仲の良い旧友と班を作ろうと、3-Aの教室は一斉に慌ただしくなった。

 

「やれやれ」

「ご苦労様です」

 

 せわしない女学生達の様子に在りし日の自分を思い起こしかけた千草は溜息と共に感傷を吐き出し、その様子が分からなくもないネカネが微笑を浮かべつつ労った。

 労ってくるネカネを上から下まで見た千草は一つの感想を抱いた。

 

「アンタ、スーツが壊滅的に似合わんな」

「そうですか? 私としてはまあまあかなと思うんですけど」

 

 年齢のこともあるだろうが、意外に様になっているネギを除けばアーニャとネカネはスーツに着られているような印象を受けた。今もくるりと回ってスーツの様子を確かめるネカネなど、高校卒業前で就職活動をするために買ったばかりの新品に腕を通したばかりだという印象そのものだ。

 年的に二十を超えたか超えてないかぐらいらしいので、日本人の常識が叩き込まれている千草には違和感の塊でしかなかった。近くにいたネギもアーニャも千草の意見に頷いているのだから、千草の見立てもあながち間違っていない。

 

「でも、なんでお姉ちゃんも教師なの?」

「しかも私達より立場上だし」

 

 純粋な疑問を浮かべるネギに対し、アーニャはお姉ちゃんが自分達よりも立場が上なことに若干の嫉妬の視線を向けていた。

 

「私としてはどんな仕事でも良かったんだけど、学園長がどうせなら教師をやってみないかって仰ってくれたの。あなた達のことも気になってたし、丁度良いかなって引き受けたの」

 

 そんな軽い理由で教師を引き受けるな、学園長も与えるな、と色々な方面に突っ込みたい突っ込みたい気持ちを無理矢理に封じ込めた千草は、最近増えた溜息をまた漏らした。ネギ達と関わってから不幸続きな千草だった。

 にこにことご機嫌なネカネから千草に顔を向けたネギが口を開いた。

 

「小太郎君はどうしたんですか? 一緒に暮らしてるって聞きましたけど彼もこっちに?」

「まだや。これが隠せんで、向こうに足止めや。来たがってたし、直に来るやろ」

「あの犬も来るの」

 

 耳元を指し示す千草に納得した様子のネギだったが、その横でアーニャは顔を顰めていた。どうもアーニャは小太郎がいるとアスカが悪乗りして被害が大きくなるので来てほしくないらしい。

 

「小太郎君って、アスカに似ているっていう?」

「外見じゃなくて中身がだけど」

 

 人物だけは聞いていたネカネに如何に二人の中身が似ているかを熱弁するべきかとアーニャが口を開いたところで、教室最後尾でアスカが首を起こした。

 

「くそ……、無駄に痛ぇ」

「自業自得だ。第一印象は後に響く。最初ぐらいは起きておくものだぞ」

「知るか、んなこと」

 

 椅子を支えにしてどうにか起き上がったアスカに、十五年の中学生生活を送って来たエヴァンジェリンがアドバイスするも今のアスカに受け入れる度量があるはずもない。

 腫れて赤くなっている額を擦りながら、ガクガクと震える膝を支えながら苦労して椅子に座る。はふー、と息を吐いたアスカは慌ただしく教室内に動き回る生徒達に今更気が付いた。

 

「なに騒いでんだ、みんな?」

 

 首を捻るアスカの横でエヴァンジェリンは周りの生徒達を気に入らなさそうに頬杖をつきながら見ていた。

 

「修学旅行の班決めだと。新担任にいいつけだ。早く行かないとお前も乗り遅れるぞ」

「エヴァはいいのか?」

「私はどうせ呪いの所為で行けん。班など、どうでもいい」

 

 班決めではなく修学旅行に行けないことを悔しがっているエヴァンジェリンはアスカの問いに機嫌悪そうに答えた。

 ふ~ん、と対して興味なさそうに隣に座る少年に更にイラツキが増す。

 

「大体、どうしてハワイなのだ。修学旅行といえば普通は京都だろ」

 

 あまりクラスに積極的に関わらないエヴァンジェリンでも、修学旅行先選定の段階で京都行きが圧倒的多数を占めていたことを知っていた。茶々丸は自分の傍にいて行けないので、超や葉加瀬辺りにお土産でも頼む気持ちだったのだがハワイでは風情がなさすぎる。

 何時の間にか修学旅行先がハワイになっていることが気に入らなかったようだった。

 

「俺達が春休みの間に京都に行ってたからじゃねぇの」

「なに?」

「アーニャが自分から吹聴して回ってたから、なら京都は止めてハワイみたいな感じになってんじゃないか」

 

 な、と同意を求められたところで、アスカ達が春休みの京都に行っていたこともアーニャが吹聴して回っていたこともエヴァンジェリンには全くの初耳だった。

 

「聞いていないぞ、私は」

「言う必要ないだろ。敵みたいなもんだろ俺達」

 

 そう返されてはエヴァンジェリンにはぐぅの音も返せない。弟子入りを求めて来たアスカ達を試すために一戦やらかすことを決めたのは彼女自身であったのだから。

 アスカは不思議なほど馬が合った(不良学生として)ので行動を共にすることはあっても、裏の関係では半ば敵みたいなものである。ネギとアーニャに至っては教師と生徒に過ぎず、一々近況を報告する仲でもない。

 教室にあまり居たがらないエヴァンジェリンはクラスの噂には疎い。アーニャはそこを分かった上で行動していたのだ。

 

「今からでも京都に変えろ。京都のどこかにはナギの奴が一時期住んでいた家があるはずだ。そこになにか手掛かりが」

「別荘には行ったし、詠春から手掛かりっぽいやつももらったぞ」

 

 せめてもの情報を出せば既に行った後の手に入れた後であった。勝負の後に勿体ぶりながら披露しようと考えていたネタをあっさりと先回りされて、ちょっと泣きそうになったエヴァンジェリンだった。

 

「アスカ、一緒の班になろ」

 

 葛藤を抱えていたエヴァンジェリンは明日菜の声に顔を上げた。そこにいたのは春休み後からグッとアスカと距離が近くなっている神楽坂明日菜。その後ろに満面の笑みを浮かべる近衛木乃香と苦笑を浮かべる桜咲刹那という対照的なコンビがいた。

 

「俺でいいのか? 図書館島探検部の三人と組むんじゃねぇの」

「あの三人と組んじゃうとアスカと組めなくなっちゃうから、ゴメンって謝って来た」

 

 アスカが視線を動かすと、ニヨニヨと気持ち悪い笑みを浮かべて頭の上の触覚染みた二本のアホ毛をピンと逆立てた早乙女ハルナがいた。

 

「ラブ臭よ。強烈なラブ臭がするわ。まさか女子校でラブロマンなんて夢がありすぎじゃない」

「なにを言ってるのですかハルナ」

「変なこと言っちゃ駄目だよ」

 

 興奮したチンパンジーの如きハルナを諌める綾瀬夕映と宮崎のどかを見たアスカは首を傾げつつ、正面の明日菜を見た。

 

「あの三人が納得してんなら俺はいいぞ」

「じゃあ、後二人ね」

 

 背景にお花畑が咲きそうな明日菜の様子に、そういう回路が錆び付いているようなエヴァンジェリンも流石に気が付いた。

 

「二人二人ね…………お、丁度いい二人組がいた」

「ん?」

 

 どうやって聞き出すかと思考を巡らせていたエヴァンジェリンは、アスカが良いことを思いついたばかりに自身を見ていることに気が付いた。

 

「エヴァと茶々丸、丁度二人じゃんか。お前ら俺の班に決定な」

 

 自身と前の席にいた茶々丸を指差しながらのアスカの決定に、当然のことながらエヴァンジェリンは不快を露わにした。

 

「勝手に決めるな。そもそも私達は修学旅行に行かん」

「いいのですかアスカさん、二人は」

「俺が決めた。行く行かない関係なしで、どうせ班員になってくれる奴もいねぇんだ。大人しく従っとけ」

「…………好きにしろ」

 

 アーニャから事のあらましを軽く聞いていた刹那が言いかけるが、上から封じるようにアスカは封殺した。傍若無人なアスカの決定に逆らうか怒るかすると思われたエヴァンジェリンは意外なほどあっさりと了承した。

 

「これで六人揃ったなぁ。茶々丸さんもよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします木乃香さん」

 

 天然な木乃香とロボット故の規定通りにしか動けない茶々丸が挨拶し合ったりしていたが、このやり取りに疑問符を抱いていたのは刹那だけではなかった。

 

「どうしたのエヴァちゃん? やけに素直じゃない」

「エヴァちゃん言うな。…………こっちにとって都合が良いだけだ」

 

 明日菜に言い返したエヴァンジェリンだが理由は言わなかった。単純に後になって余り者同士で班を組むのが、行かないとしても恥ずかしいと言えるはずもなかった。

 班が決まらなくて千草が出席番号順に班を作ると言い出したらクラス中の批判が向けられない。小娘の批判ぐらいどうということはないが、自分から下らないことで問題を起こして注目を浴びることは避けたい。

 アスカの命令口調は気に入らなくても都合が良いのは事実だった。

 

「ふん、礼は言わんぞ」

「気にすることでもねぇ」

 

 明日菜が不審に感じるほど、二人の間に流れる空気は陰険ではないが明るいものでもなかった。極自然と隣にいることを許し合っている空気という感じだが、そこまで明日菜に分かるはずもない。この二人に何かあるのだろうかと、後で事情を知っていそうな刹那を問い質そうと心に決めた明日菜だった。

 木乃香と二人掛かりになれば、刹那は木乃香に隠し事をしていたこともあって詰問されると申し出を断れないことを明日菜は知っていた。

 

「大体、班が決まったようですね」

 

 明日菜に問い質される未来を感じ取ったのか、体をブルリと震わせた刹那は辺りを見渡しつつ呟いた。

 刹那の言う通り、教室の中は六人毎に固まっていた。

 雪広あやか、那波千鶴、長谷川千雨、朝倉和美、村上夏美、ザジ・レイニーデイ。

 柿崎美沙、椎名桜子、釘宮円、春日美空、鳴滝風香、鳴滝史伽。

 超鈴音、葉加瀬聡美、四葉五月、長瀬楓、古菲、龍宮真名。

 大河内アキラ、和泉亜子、明石祐奈、佐々木まき絵、綾瀬夕映、宮崎のどか、早乙女ハルナ。

 神楽坂明日菜、近衛木乃香、桜咲刹那、アスカ・スプリングフィールド、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、絡繰茶々丸。

 一組だけ六人を超えているが、アスカも入っての人数だとそうなるので仕方ない。

 

「良かった。これならなんとかなりそう」

 

 心配された図書館島組三人も、同じバカレンジャーがいるまき絵がいる班なら問題なさそうだと明日菜は安心した。

 アキラや亜子にしても性格的にいえば大人しい方なのでのどかと衝突することもない。ハルナと祐奈はクラスを盛り上げるタイプでよく一緒に騒いでいるの仲も悪くない。順当な班員構成に明日菜はホッと胸を撫で下ろした。

 折角の修学旅行なので班員構成に問題があるようなら責任を取って行動しなければと思っていたのだが、そうせずにすみそうだ。

 これで決まりかとクラスの空気が固まりかけた中でアスカが動いた。

 

「相坂がまだ決まってないじゃないか。お~い、相坂」

 

 クラスの大半がアスカの突然の呼びかけに疑問符を浮かべ、誰のことだったのかと記憶を掘り返した。

 

『え? わ、私のこと見えるんですか?!』

「普通に見えるけど?」

 

 普通に見て会話していることだけなのに、慌てて飛んできた(誤字に非ず)さよがどうして驚いているのか分からず頭を捻るアスカ。

 

「アスカ、誰と話してるの?」

 

 近くにいた明日菜が誰もいない虚空に向かって一人で話しているアスカに気付いた。

 

「ん? ここにいる相坂に……」

 

 アスカとしては普通に見えて、普通に話しが出来て、ネギに見せてもらった名簿にも載っていたので全員が知っているものだと考えていた。

 

「どこ?」

「いやだから、ここに」

 

 丁度、さよがいるところに指を向けながらも、ようやく周りが明日菜と同じように自分に訝しげな視線を向けていることが分かった。

 

『あ、あの私って存在感なくてどんなお祓い師や霊能者にも見えなかったみたいで」

 

 さよの言葉を吟味してアスカもようやく答えに辿り着いた。よく見れば、彼女は地に足をつかないどころか根本的に足がない。なんとなく頭の左右の上辺りに人魂らしきものがあるような気がする。

 

「へぇ、つまりは幽霊ってことか。始めて見たな」

「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」

 

 状況と見聞からさよの存在について推測が立ったので口に出すと、クラス全員の声が見事に唱和した。

 

「そう言えばウチの教室に出るって噂は昔からあったなぁ。ここ数年は全然なかったようやけど」

 

 アスカの推測を裏付けるように木乃香が噂を思い出すように顎に手を当てながら呟く。

 

『はい! 正確には地縛霊です!』

「地縛霊か。成る程、だから誰も見えてなかったのか。なんかのゲームかと思ってた」

 

 ようやく自分が見えて話せる人と出会えて興奮気味のさよが若干の訂正を加え、驚愕の事実を前に腕を組んで「これで納得がいった」とばかりに頷いているアスカ。

 周りはといえば、目が点になっていた。

 

「「「「「「「「「「ええっ~!!」」」」」」」」」」

「『ん?』」

 

 直後、驚天動地の大騒ぎになっていた。

 騒ぎ出した級友達が理解できずに頭を捻る二人の姿があり、アスカの新学期初日は今までの人生と同じように波乱に満ちた幕開けを迎えた。

 

「こら! 静かにしなさい」

「皆さんもう少し声を落して」

「もう嫌や、このクラス」

「まあまあ」

 

 幽霊騒ぎに爆発したクラスを沈める為に渦中のアスカに向けて突撃して行った子供先生とは裏腹に、こんな騒ぎに耐性のない千草は早くも上手くやっていく自信を無くして教壇に伏していた。

 そんな千草を慰めるネカネには動じた様子がない。流石はアスカの従姉弟だと騒ぎから抜け出したエヴァンジェリンは嬉し泣きしているさよを見ながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ? ここ、どこ?)

 

 神楽坂明日菜は夢を見ていた。

 

「ん……」

 

 体は仰向けになっていた。眠っていたのだから当然だと、その時は思う。とはいえ、初めはそれが夢とは分からなかった。

 目は開いていて、最初に目に飛び込んできたのは満天の星空。こんな場所に来た記憶は無く、コレほどまでに綺麗な光景ならば記憶に残っているはず。となれば、やっとこれが夢だと理解した。

 今のところ、別段悪夢と言うわけではない。そんな時は、いつも早く目が覚めないかと念じるものだけれど、もうしばらく眺めていてもいいと思う。そう、夢とはドラマを見るような第三者の視点から見る感じと似ていた。

 

(砂漠?)

 

 今いる平らな岩の向こうは夜のために判別はしづらいものの砂の海、砂漠のように見えた。

 近くで、パチパチと何かの弾ける音が聞こえる。焚き火の中で木が爆ぜる音だろう。人の営みを感じさせる明るさと暖かさに上半身を起こしてそちらを見ると、そこに、灰色のスーツを来た男が座っていた。

 焚き火を眺めながら煙草を吸う彼の顔は、赤く染まっている。何かを考えている様子であったが、明日菜が出した声に気付いたらしく、彼はこちらに視線を向けた。自分の好みである渋い顔の彼は、同じく好みの渋い声を発した。

 

「よお、起きたか嬢ちゃん」

 

 自分好みドストライクの相手が直ぐ傍にいることに驚きつつ誰だろうと内心で首を捻ったつもりだったのだが、それに反して体は動かない。精神と肉体がそれぞれ別行動をとっている感じで、不思議な気分に襲われた。

 夢なので思い通りに動かないと言ってしまえばそれまでであるが、どうしても惜しい気がした。そう、何故かどうしても惜しい気がしたのだ。

 

「顔、洗うならあっちだ」

 

 渋い男性が咥えタバコのまま指差したのは、直ぐ近くにあった顔が洗える水場がある所。

 

「うん」

(あ、ちょっと何処行くのよ。もうちょっと見させてってばオジサマを!?)

 

 夢の中の明日菜は素直に頷き、脳内の明日菜の想いとは裏腹に男性の言葉に従って移動する。どうしてか懐かしい気がする彼の顔をもう少し見たかったけれど、体は勝手に水場へと向かうも何故か視点がいつもより低い気がする。

 向かった先には浅い水場があった。水を掬おうと膝をついた時に、夢の中の自分をはっきり見ることができた。

 

(ん? これ、私? 小さい頃の……私……?)

 

 水面に映ったのは、あまり昔の自分の姿というのは記憶に残っていないものだが、今と同じツインテールをした毎日見ている自分を幼くしたような姿だった。

 幼い時の自分、愛想の欠片もなかったころの自分が、そこにいた。着ている服は小学生の頃の制服に似た、上と下が一体化した服。今と違うのは鈴のついた髪留めがついていないことだろうか。

 

(キレイな星空……。何で私、こんな所にいるんだろ)

 

 水場で顔を洗った小さな明日菜は満点の星空を眺めていた。記憶にない出来事に混乱していたのもあるだろう。地上に光が少ないからか、麻帆良で見るそれより星の数はかなり多く感じる。

 

「帰ったぜー」

 

そろそろ夜明け前。空が白く、明るく。1日の始まりの光に照らされていく中で彼はやってきた。

 

「おっと、早かったな」 

「ネズミみたいなのが三匹取れた」

「みたいのって…………食うのかソレ?」

 

 遠くで、先程の渋い男性とは若い男性の声が響いた。徐々に朝日に塗り潰されていく夜空を見上げていた明日菜が視線を下ろすと、焚き火の側でその二人が何やら話しているのが見える。

 

「お♪ お早いお目覚めだな」

(あれ―――――私……この人、知ってる………)

 

 ネズミらしい生き物の尻尾を持ってプラーンとさせて食えるかどうか悩んでいる渋い男性は別にして、朝日の逆行で時間的に朝食を探しに行っていたらしい男性の表情は窺えないがどんな服装なのかは分かった。黒のインナーに、白いロングコートである。

 

「オハヨー、ナギ」

(でも、ちょっと待ってよ。何で私が知ってるの?)

 

 その彼がこちらに近づいてきたので、その顔をちゃんと見ることができた。ぼんやりと目をこすっていたけれど、顔をはっきり見た自分は何がどうなっているか、全くと言っていいほど分からない。だって、その顔は、あの家にあった写真立ての中でしか見たことがないはずなのだ。それに幼い自分の口から親しみのある慣れた口調で出た目の前の男性の名前を口にしたことが関係していることを表している。

 

「向こうの空見てみな、アスナ。夜明けがキレイだぜ」

 

 そう、まるでネギを大人にしてワイルドな成分を混ぜたような男―――――ネギとアスカの実父であるナギ・スプリングフィールドが自分に向かって笑みを浮かべていた。

 そこで、夢は途切れる。そしてその時にはもう、まるでまだ真実を知るときではないと謂わんばかりに夢の内容はぼやけてしまっていた。後に残ったのは一つ、可笑しな夢だという印象だけだった。

 

「ん、変な夢」

 

 心地の良い温もりだった。陽の光をたっぷりと吸った布団の中――――そこは、人にとって最も身近な楽園だ。柔らかな熱に包まれれば、誰もが少しだけ自分に甘くなる。神楽坂明日菜は、己の意識をまどろみに浮かべていた。

 睡眠と覚醒の狭間でぼんやりと見慣れた自室の天井を見上げて、ゆっくりと身体を起こしながら癖でロフトを見る。

 

「…………そっか、アスカ達はもういないんだっけ」

 

 ネギとアスカが寝泊まりしていたロフトには誰もいない。思わず癖で見てしまってから肩を落とす。

 

「今日は日曜日か……」

 

 幸い、今日は日曜日。お昼近くまで寝過ごしてしまっても罰は当たらないはずだ。うーん、と腕を伸ばして身体の筋を伸ばす。寝起きだと言うことを差し引いても、身体の芯に重さがこびりついているような気がする。

 思ったよりも寝過ぎて逆に疲れてしまったようだった。

 

「よしっ! 今日も元気にいきますか。まずは刹那さんを問い詰めないと」

 

 疲れた体に気合を入れるように声を出し、立ち上がる。

 

「でも、その前に昼ご飯を食べないとね」

 

 起きてから自己主張を繰り返して鳴らしまくるお腹を頬を紅くして押さえ、誰に言うでもなく言い訳のように呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茶道部の部活動で学校に出て来た帰り。エヴァンジェリンは久しぶりの有意義な時間を過ごしてご満足であった。やはり自分は日本文化が好きなのだと自覚し、よりにもよってハワイ行きを推進したアスカ達に恨み骨髄である。推進したのはあくまでアーニャであって、なにもしていないネギとアスカは冤罪である。

 

「おーい、エヴァ」

 

 今度の決戦でどうやって料理してくれようかと考えていると、小走りの高畑に呼び止められて足を止める。

 

「何か用か、仕事はしているぞ」

「学園長がお呼びだ。一人で来いってさ」

 

 高畑が下っ端のようにメッセンジャーなのは他の人間では無視されると知っているからだろう。学園側の思惑を計りかねるエヴァンジェリンとしてはトップである学園長の呼び出しなら応じないわけにもいかない。

 

「―――――分かった。直ぐ行くと伝えろ。茶々丸、直ぐに戻る。必ず人目のあるところを歩くんだぞ」

 

 自分が離れて茶々丸を一人にすることに一抹の不安はあったが、アスカ達にはそんなことしないだろうと判断して高畑と一緒に学園長室に向かうことにした。

 

「何の話だよ? また悪さじゃないだろうな」

「万が一でも坊や共が襲ってこない様に気をつけろって話だ。この件は爺にも話が通ってるはずだが」

 

 まさか聞いていないことはあるまい、と続けると高畑は苦笑を浮かべた。

 

「アーニャ君なら闇討ちもあるだろうけど、アスカ君がいるなら襲ってくることはまずないよ。良くも悪くも彼は一本木が入ってるから」

 

 断言する高畑にエヴァンジェリンも気持ちは分かった。

 

「親子だからから奴は特にナギと良く似ている。忌々しいほどにな」

「僕も時たま話をしたりしているとナギと接しているような気分になる時がある。おっと、ネギ君にはこのことは内緒にしてくれ。彼はこのことを気にしているから」

「ふん、わざわざ言うものか」

 

 ふと、エヴァンジェリンは横を歩く男がネギ達と昔からの付き合いであることに思い出した。ネギらの話を統計すればウェールズまで良く訪れていたらしく、アスカと良く戦っていたと。

 

「お前の目から見てどうなんだ、アイツらは」

 

 さっきまで聞く気もなかったのに、エヴァンジェリンは衝動的に高畑に聞いていた。

 聞いてから失言だと気づいて口を閉じたが全てはもう遅い。吐き出した言葉は戻らない。

 

「強いよ。一度だけだけど負けたこともある」

「本気でやってか?」

「本気…………ではなかったけど文句のつけようがないぐらい完敗はした。エヴァも気をつけた方がいい。彼らの牙は油断していると君をも食い破りかねない」

 

 信じられない気持ちが言葉にありありと込められているのを感じ取ったのだろう。高畑は負けたことをまるで誇るように胸を張って、力の差が開き過ぎている弱者には油断することの多いエヴァンジェリンに注意した。

 

「ふん、負けたのは貴様が未熟なだけだ」

「それを言われると痛いけど、注意だけはした方がいい。彼らは、強いよ。その拳も心も」

 

 負けたのは嘘でも虚飾でもない真実だと、高畑は言い含めて足を止めたエヴァンジェリンのことにも気づかず歩き出した。

 直ぐに足を踏み出したエヴァンジェリンの裡にあったのは戦意だった。

 

「私は負けん。例え誰が敵であっても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エヴァンジェリンと別れた後、茶々丸は脇に木や草といった緑が青々と生い茂った川沿いの道を、片手に沢山の缶詰が入っているレジ袋を提げて一定の速さで歩いていた。その茶々丸を見る三つの影。

 

「茶々丸が一人になったわ。チャンス! 一気にシメるわよ!」

「んなことしねぇって」

「今回は偵察だけだってあれほど自分で言い含めてたじゃないか……」

「折角のチャンスなのよ! 見逃さない手はないわ!」

「はいはい、気づかれるから大人しくな」

「ふがふがっ」

 

 茶々丸の25メートル後方の草むらの中に隠れている中で、尾行している目的を忘れて飛び出そうとするアーニャを羽交い絞めにするアスカ。

 アーニャの目的の為なら道理だって引っ込ませるバイタリティには感心するが、目的と手段をはき違えていることに頭痛を感じたネギの三人が茶々丸を尾行している。目的は戦力的に未知数な茶々丸の偵察である。

 これを言い出したのはアーニャなのに、二人に散々偵察と言い含めておきながら飛び出そうとする当たりイイ根性をしている。

 

「うぇ~ん! アタシの、アタシの風船が~」

 

 茶々丸が進む先に大きな木の下で泣いている、まだ小学校低学年ほどの小さな少女がいた。買い物袋を片手に持った茶々丸はその女の子の前で足を止め、風船が木に引っ掛かっているのを見て、背中の一部が文字通り開いてブースターのようなものを生やして飛び上がり、その風船を掴んで降りてくる。風船を掴むときに木に頭をぶつけていたのだが、どうやら痛みはあまり感じていないようだ。

「ありがとー! おねえちゃん!」

 

 空を飛んで風船を取ってくれた茶々丸に少女は嬉しそうに礼を言いながら元気に手を振って走り去り、また茶々丸も少女が見えなくなるまで手を振り返していた。

 その後も大きな道路を横断する為の歩道橋の階段で、苦労していたお婆さんを背中におぶって反対側まで渡り、人気があるのか幼稚園の子供達が囃し立てている。更に進むと、子ネコが入った箱がどぶ川に流されているのを見て自分の身を省みず川に飛び込んで救出、戻ってきた茶々丸の元に集まって来た人たちの拍手を一身に浴びていた様子から町の人気者と言うのが良く分かる。

 そして現在は、救助した子ネコを頭の上に乗せたまま人気の少ない教会に集まる猫たちに、聖母のような優しい笑みを浮かべた茶々丸が餌をやっている真っ最中だった。

 尾行していた一行は茶々丸の行動に感動し、ロボットであることには驚いたがこんないい人ならネギも変な行動はしないだろうと楽観視した。

 

「いい人だ」

「ああ」

「ちょ………ちょっと待ちなさい! ほら、ここなら人目もないし、チャンスよ! 心を鬼にして、一丁ポカーっと!」

 

 茶々丸の行動を隠れて見ていたネギとアスカは素直に感激して、やはり目先の欲に囚われたアーニャの意見は採用しなかった。

 真っ先にアスカが茶々丸の前へと姿を見せた。

 

「…………こんにちはアスカさん。一人になる所を狙われましたか、油断しました。でも、お相手はいたします」

 

 二人は向かい合い、茶々丸はアスカとその後ろにネギとアーニャがいるのを見て此処での戦闘が避けられないと後頭部のネジ回しを外す。

 茶々丸の近くにいたネコ達は二人の間に流れる剣呑な雰囲気を感じて離れて行った。

 

「俺も餌をやっていいか?」

 

 戦意を見せた茶々丸に向かって歩きながら、アスカは戦意を無いことを示す様に手を上げて近づいた。

 

「あ、僕も」

「ちょっと、アンタ達!」

「アーニャも猫に餌をやりたくないの?」

「…………ちょっと、やりたい」

 

 続いたネギを止めようとしたアーニャだったが、こちらも情に絆されたのと猫の愛らしさに屈服した。

 困惑している茶々丸から餌を受け取って怯えている猫たちにやっているアスカ達のところへ、ちょこちょこと嬉しげな歩き方で向かって行くのだった。

 血に拠って呪われた因果が足音を鳴らして迫ってきているのに、猫に笑いながら餌をやる三人の姿は呑気そのものだった。

 

「理解できません」

 

 論理的ではない行動をする三人を茶々丸は理解できずに困惑した視線で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いたわよ! エヴァちゃん!」

「ぶなっ」

 

 学園長との話し合いの後で、どこかに行った茶々丸が戻ってくるまで弁当を食べて屋上で有意義にシエスタを敢行していたエヴァンジェリンは、屋上に通じるドアを開けて開口一番に人の名前を大声で呼ぶ大馬鹿者の声に目を覚ました。

 

「騒々しい。なんのようだ神楽坂明日菜」

「アンタが真祖の吸血鬼なんだって刹那さんから聞いたのよ。しかもアスカ達と戦うってどういうことよ!」

 

 不機嫌な顔を向けるも親猫が子猫を守るかのように気勢を上げる明日菜に、面白い物を見つけたかのように顔を綻ばせた。邪悪な方向に。

 

「やけに坊や達のことを気にかけるじゃないか、ええ」

「!?」

「子供は嫌いじゃなかったのか? それとも心を奪われたか坊やに」

 

 揶揄するように問いかけられた明日菜は体を硬直させた。そして次いで顔を真っ赤に紅潮させた。

 

「わ、私はアスカに心を奪われたりなんか」

「私は『坊や』としか言っていないぞ。なんだ、アスカの方か」

 

 言質を取られた明日菜は言葉に詰まった。何かを言えば失言をしてしまうような気がして言葉を封じるために口を閉じることを選んだが、その所作こそが己が気持ちを雄弁に物語っているとエヴァンジェリンには丸分かりだった。

 

「ま、分からなくもない」

「え?」

 

 更なる追及をしようとしたエヴァンジェリンだったが、口から出たのは別の言葉だった。

 

「アスカは性格や考え方が英雄と呼ばれた父親そっくりだ。ああいうタイプの人間は否応なく人を惹きつける。お前が惹かれたのは無理からぬ話だ」

 

 在りしのナギに救われた時に引かれた腕を見下ろして自嘲した。魔法使いだからと恐れられ、遠ざけられた村が悪魔に襲われても「朝飯前の運動だ」と言って駆けて行った背中、子供を人質にされて悪魔に戦うことを禁じられても屈しなかった気高き心、最後には悪魔を倒して恐れられた村人達に感謝を向けられて満面の笑みになった顔。今でも覚えている。今でも忘れない。そんなナギにアスカは似ていた。そっと手を差し伸ばして相手を掬い上げる。そんなところが。

 

「だが、これは忠告だ。あいつは止めておけ」

「アンタにそんなことを言われる筋合いはない」

「これでも六百年は生きてるんだ。年長者からの老婆心と思って受け取っておけ。アイツとお前では住む世界が違う」

 

 ズキッと明日菜の心が痛んだ。実態もない心が痛むなんてありえないのに、明日菜は確かに心が痛んだ。以前にも京都で同じことを思ったからだ。

 

「アイツらが追っているのは英雄と呼ばれた父親だ。その為に力を得るために手段は選ばん。そして強くなっていくことだろう。ここにいるのはその通過点にすぎん」

 

 魔法使いのアスカ達と一般人の明日菜は住む世界が違う。今は少しだけ二つの道が重なっているが、直に別れることは前を見続けているアスカを見ていれば嫌でも分かる。今にも飛び出しそうな明日菜に刹那は懇切丁寧に説明してくれたことが、今になってその意味を理解させる。

 

「そんな……でも……。それとアンタとアスカ達が戦う理由にはならないわ」

 

 明日菜は逃げた。考えることを、未来を見据えることを拒否することで時間を先に伸ばそうとした。

 

「それは心外だな。私は吸血鬼という名の悪であり、坊や達は英雄の息子という名の正義だ。敵として出会ったならば戦うのが必然であろう」

 

 我が意を得たりと、したり顔で言い募る言葉を前に明日菜は言葉を返すことが出来なかった。

 エヴァンジェリンは今は解けたといっても指名手配されるほどの凶悪な賞金首だったのだ。本人もまた、「悪」を標榜しており、世間的に「正義」の看板を掲げられている英雄のその息子がそちらの分類に類されるのは自明の理。

 今までが異常で、本来なら敵対している状態が正常。正しい、エヴァンジェリンの言うことはどうしようもないほどに正論だった。

 

「今までが異常だったのさ。私達の関係は仲良しこよしでいられるものじゃない」

 

 望まぬ封印をされている者と、その封印を施した者の係累。確かにエヴァンジェリンの言う通り。敵対して当然の関係が今まで続いてきたのが不思議なくらい。一度変わってしまえば二度とは戻れぬ関係。

 小さな可能性に掛けて少しでもこの先へと進むことを回避したかった明日菜の望みは呆気なく崩れ落ちた。

 

「私は封印を解きたい。その為には坊や達の血がどうしても必要だ。安全など考慮出来ぬほどにな」

 

 エヴァンジェリンを十五年間も学園に縛り続けていた『登校地獄』を解くには、どちらか一人を致死量に及ぶほどの血を吸う必要がある。両方だとしても相当量の血を吸うことになる。

 

「坊や達は自分達の身を守りたい。血を望む私と敵対する理由としては十分だろう?」 

 

 向こうから求めて来た、最も安全で確実な策でエヴァンジェリンの十五年分の鬱憤を晴らす最善の方法。

 同世代では世界でも屈指の実力を持っていることを考えれば上等と言える。単純に世界最高の一角に名を並べるであろうエヴァンジェリンに対するには無謀過ぎるだけ。世界の過半数が同様なのだからネギ達に問題があるわけじゃない。

 

「分かんないわよ、私には」

 

 明日菜にはどうやったってエヴァンジェリンの気持ちも、無謀にも戦いを挑むアスカ達の気持ちも解らない。まるで理解できることこそが資格のようで、分からないことが悔しかった。

 

「分からないままでいい。部外者に過ぎない貴様が首を突っ込んでいい世界ではない。去れ。そして普通の世界で生きて普通の相手と結ばれ、子供を産んで年老いて死ね。それが普通の人間が生きるべき世界だ。部外者がこれ以上、首を突っ込むな」

 

 残酷とも思える言葉だけを残してエヴァンジェリンは俯いて拳を握っている明日菜の横を通り過ぎた。

 

「4月15日の午後20時に麻帆良大橋だ。学園都市がメンテのために停電になる。わざわざ停電の日に出かけるような酔狂な奴も少ないだろう。結界を張れば万に一つの可能性もなくなる。来れば貴様の命の保証はしない。それでも来るというなら覚悟しろ」

 

 通り過ぎた後ろで明日菜が振り向いたのに気づいてもエヴァンジェリンは前を向いて進み続けた。

 屋上のドアをそこにいた茶々丸が締める音がまるで世界を隔てる音のように思えてエヴァンジェリンは眉を顰めた。

 

「年は取りたくないものだな。説教臭くなってたまらん」

 

 エヴァンジェリンはそう言って自嘲した。茶々丸には分からぬ理由でエヴァンジェリンは疲れたようにため息を吐いた。

 

「―――――しかし良いのですか、マスター。あの様子では万が一にも戦いの場に来かねません。学園側から責任を求められるのはマスターとしても不本意なのでは……」

「おい、勘違いするなよ茶々丸。私は神楽坂明日菜のことなどどうでもいい」

 

 主の不可解な行動に苦言を呈そうとした茶々丸に対してエヴァンジェリンは唇を歪ませた。

 

「諦めをつけさせてやるのも年長者の務めだ。この程度で諦めるようなその程度の想いだったいうことだ」

 

 エヴァンジェリンは視線だけを動かして従者を見る。

 

「不満か?」

「…………いえ」

 

 揶揄するような言葉に、初めて茶々丸の表情がほんの僅かだけ揺れた。

 あまりにも端的過ぎる言葉。茶々丸も何をとは聞かない。端的過ぎる言葉であろうと二人は欠けている単語を知っているのだから。

 

「言ってみろ。怒りはしない」

 

 機械の肉体を持つガイノイドである茶々丸の場合、微妙な感情を表す表情は把握しづらい。エヴァンジェリンにそれが分かるのは己が従者のことを知らいでかという思いから彼女の表情を観察する癖がついているから。

 まるで母が子の他愛のない隠し事を聞き出すような温もりを持って重ねて問いかけると、微かな逡巡の後、茶々丸は口を開いた。

 

「不満…………はありません。ただ――――」

「ただ?」

 

 言いづらそうに戸惑った茶々丸に先を促す。

 

「マスターのご意向が、私には理解しかねます」

「―――――ふむ」

 

 暫し黙考するような態度を見せてから、エヴァンジェリンは語りだす。

 

「言いたいことは分かる。だがな、結果がどうなろうとどちらにしても私の手間は変わらん。ならば経過を楽しんでも構わんだろう?」

 

 言いながら彼女が浮かべたのは苦笑とかそういうものではない。自身の掌の上で脚本通りに踊る愚者を見るような、そんな笑み。

 

「私には…………分かりません」

 

 得々と語る主を見つめ、唇を震わせて、小さく、ゆっくりと言葉を紡いだ茶々丸はそれきり言葉を続けられずに沈黙してしまった。

 エヴァンジェリンは黙ってしまった彼女を静かに見つめる。その眼差しには、紛れもなく愛情に類するものが宿っていた。

 

「迷うがいい。悩むがいい。その経験がお前の心を成長させる」 

「……………………イエス、マスター。御意のままに」

 

 戸惑いながらも従順に、茶々丸は頷く。その人形染みた返事と対照的に困惑を宿した表情とのギャップは、殊の外エヴァンジェリンを満足させるものだった。

 

「む」

 

 ご満悦だったエヴァンジェリンの気分を邪魔するように感覚に引っ掛かるものがあった。

 

「何か来たな。結界を超えた者がいる。学園都市に入り込んだか」

 

 これも仕事だとエヴァンジェリンは勤労意欲もないままに歩き出した。

 屋上と違って階段は暗かった。その闇に向かって進むように階段を降りて行く。

 

『光に生きてみろ』

 

 まだナギとの約束は果たされそうになかった。

 

「私の光はお前自身だったんだよ、ナギ。お前がいなかったらどうやって光に生きろというんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネギは女子寮から引っ越して新たな住居となったログハウスに慣れだしてきたにも関わらず、眉間に皺を寄せていた。何故そんなにもネギが眉間に皺を寄せているかというと、それはもちろん彼女の生徒であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルについてである。

 決戦を数日後に控えて作戦を練っていたが、上手い勝ち筋が見えていなかったのだ。

 こういうことに関してアスカは意外なほどに役に立たない。アスカは突発的な事態に対応する能力はピカ一なのだが、一から作戦を立てるということはとてつもなく下手なのだ。結局は行き当たりばったりでどうにかなってしまう面もある所為だが。

 

「どうしよう………」

 

 もう何度目か分からない溜め息を吐くネギを見て、流石に哀れに思ったアスカが声を掛けようとするが、それよりも早く声をかける人がいた。

 

「景気の悪そうな顔してるじゃんか、大将。助けがいるかい?」

「だ、誰!?」

 

 悩み悶えるネギは突如どこからか聞こえてきた自分以外の声に慌て、俯かせていた顔を上げて辺りを見渡しても人は見当たらず、そこには影も形もない。

 

「そこじゃねぇよ、兄貴。下だよ下」

 

 自分の足下から聞こえてくる声に見下ろすと、いつの間にかネギの足元に一匹のオコジョが鎮座していた。

 

「あ―――――カ、カモくーん!」

「おうよ!!ネギの兄貴、恩を返しに来たぜ!!」

 

 そこにいたのはネギが昔ウェールズで罠に掛かっていた所を助けた、古くからの知り合いであるオコジョ妖精のアルベール・カモミールがいた。ちんけな友情を躱し合う一人と一匹を見つめる千草の頭の中は不満で一杯だった。

 

「なんであんさんらは、当たり前の顔してうちの家で寛いでるんや」

 

 憤り他、色々な感情がミックスされた顔で言った千草はエプロンをつけて食器を洗っていた。

 

「千草さんのご飯美味しすぎるのがいけないんです」

 

 千草が洗った食器を受け取って布巾で拭いたネカネが隣のアーニャへと渡す。

 食器を受け取ったアーニャが食器棚へと直すのを見たアスカは、ネカネの言う通りだと頷いた。

 

「ネカネ姉さんの飯は千草ほど上手くねぇからな。しゃあねぇべ」

「千草の料理って本当に美味しい。木乃香にも負けてないわ」

 

 ソファーに座ってテレビを見ていたアスカは早くも眠いのか、言いながら大きな欠伸をする。

 美味しいご飯を食べられてご満悦なアーニャがアスカに追従するのを聞いて、千草は額に青筋が浮かんだのを自覚した。

 

「百歩譲って飯食いに来るのは許そう。百歩譲ってや」

「そんなに強調しなくても」

「百歩譲ってや! でも、なんで寝る以外はずっとうちにいんねん!アンタらには隣に立派な家があるやないか!!」

 

 不満そうなアーニャに繰り返して指差した窓の向こうにあるログハウスは、千草が小太郎と暮らすためだけの広さしかないので隣の方が四人で暮らす分だけ会って倍近い大きさの差がある。

 

「しかもなんで隣やねん! 窓から手を伸ばしたら届く距離に隣家があるっておかしいやろ」

「小太郎君が来るまで千草さん一人じゃないですか。きっと学園長が寂しくない様に気をつかってくれたんですよ」

「いらん気遣いや! うちは家ぐらい大人しく過ごしたいねん。その隣に真祖の吸血鬼の家があるとか、どう考えても面倒な奴らは一ヵ所に纏めておこうって腹やないか」

 

 あまりの扱いにシクシクと泣き出した千草に自前のエプロンを身に纏っているネカネは手を拭いて、年上の女性の肩に手を置いた。

 

「私は嬉しいです。今までお姉さんっていなかったから、千草さんがお姉さんみたいに思えて」

 

 月日向のような笑みを浮かべているネカネに絶賛傷心中の千草の心が傾いた。

 

「なぁ、小太郎って何時来んの?」

「アスカは黙ってて」

「はい」

 

 傾いた瞬間にネカネから放たれたフォークがアスカの髪の毛を貸すめて壁に埋まったので、そんな気持ちは跡形もなく消え去った。

 そんな四人のことを視界と思考から弾き出したネギは、カモに当面のことを話していた。

 

「――――――――という訳なんだ」

 

 ネギは正直にカモに向かって包み隠さず話した。

 この家には魔法関係者しかいないので普通に話せた。エヴァンジェリンの事、呪いの事、戦うことも全てを話した。

 

「く、国へ帰らせましていただきます」

「コラ」

 

 その説明を受けたオコジョ妖精であるカモの顔色はどんどん悪くなり、600万ドルの賞金首だと知った時にはどこから取り出したのか帽子とカバンを持って何処かに行こうするが、アーニャに尻尾を掴まれた。

 

「ちゃんと刑期を終えて出てきたのは評価するけど、また同じことやったら丸焼きにしてアスカに食わせるから覚悟しておきなさい。逃げるのも許さないから」

「御慈悲を――――っ! 俺っちはちゃんと改心してまっさから丸焼きと食うのはご勘弁を」

「食っていいのか?」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 嘗てのネギがカモを助けた時に丸焼きにして食うと言い出したアスカが登場したことで、昔のトラウマを思い出してカモが前後不覚に陥っていた。本人(本獣?)が下着泥棒をしているのでアーニャに一切の情はない。乙女の下着を盗む不届き者は須らく極刑なのである。

 暫く立って落ち着き、ようやくカモは来日の目的を切り出した。

 

「パートナ選びっすよ。特にお二人はポテンシャルは高いんすから身内とだけじゃなくて、もっと広く相手を求めていいはずっす。ほら、この名簿に運命の相手がいるかもしれないっすよ」

 

 名簿を前にして小さな足で指し示したのが『出席番号8番神楽坂明日菜』であったことは、運命の皮肉だろうか。

 

「うう、また変なのが増えとる」

「まあまあ」

 

 カモの登場に完膚無きまでに打ちひしがれた千草を慰めるネカネ。ついこの前も似たようなやり取りを目撃した気がしたアーニャは思い出せずに首を捻った。

 




ネカネさんは天然です。そしてうちの千草さんは大体こんな感じ。


アーニャやネギには見えなくて、アスカにだけさよが見えるのには魔法使い以外に理由があります。分かった人は凄い。

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