真名にザジの相手をそれぞれ任せて先に進んだアスカ達は、巨大な墓守り人の宮殿内を駆け上がっていた。
一つ目のサイクロプス型や恰幅の良いミノタウロス型から、翼を生やしたガーゴイル型まで種類は様々。無数の召喚魔によって行く手を遮られ、襲い掛かられていた。道を塞ぐ召喚魔の手洗い歓迎を受けていたが歩を進める彼らに迷いは見られない。
「くっ……!」
飛び掛ってくるサイクロプス型の剛腕を避けた犬上小太郎が、横合いから狗神を叩き込んだ。
『――――――』
狗神を受けて床に転がったサイクロプスタイプは、直ぐに起き上がろうとするが動きが鈍い。攻撃が効いているのだ。
だが、小太郎の手に確かな手応えはあったのに倒すほどのダメージには至っていない。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
桜咲刹那が夕凪を腰溜めに構え、刀身に練り上げた気を集めて神鳴流の真骨頂の雷と成りて一気に振り抜いた。
解き放たれた雷の奔流は絶大な破壊力を伴ったまま、倒れていたサイクロプスタイプを一気に呑み込んで、激しい爆音と共に吹き飛ばした。
「っしゃ、片付いたな」
「ええ、あっちも同じようです」
視線をずらせば同じように古菲と長瀬楓がペアを組んでミノタウロスタイプの召喚魔を倒しているところだった。
墓守り人の宮殿外にいた召喚魔よりも格段に強い。小太郎達の力では一撃で倒せないので二人一組のツーマンセルで攻撃を行っていた。
茶々丸は攻撃能力のない木乃香の守護、ザジの相手をするために残った真名。必然的に仲間内は奇数になり、ペアの組む相手のいないアスカは一人で戦うことになる。
「オオッ!」
アスカの雄叫びが響き渡る。他のタイプの倍以上の背丈があるデーモン型とドラゴン型数体を相手に、繰り出した剣撃と蹴撃によって次々と倒して霧散させていた。
墓守り人の宮殿に侵入する前に戦ったドラゴン型の大きさは優に十メートルを超していたのも珍しくなかったが、ここにいるのは五メートル前後と半分程度の大きさだ。恐らく、広いといっても屋内である墓守り人の宮殿内で動き易い個体を選んでいるのだろう。
その分だけ頑丈さや敏捷性といったあらゆる能力が桁違いに高い。単純な戦闘能力で比較すれば、外の10体分の能力が一体に凝縮されていると考えたら分かりやすい。
「グルァアアアアアアアアアアアアアア!!」
唯一個体となってしまったドラゴン型が逞しい四肢で地面を蹴り、怒涛の如き勢いで突っ込んでくる。
アスカはドラゴン型の方を見遣った瞬間、居合い拳を放って、ドラゴン型は目に見えない壁にぶつかったみたいにその巨体がアッサリと弾き返されていった。そこへ数を大きく減じた召喚魔の中でデーモン型が大きく右手を振り抜くがアスカは既に懐へと潜り込んでいる。
大きく身体を沈み込ませた反動で宙を蹴り、真下から蹴り上げる。身体が浮かび上がったデーモン型の大きな巨体に阻まれて他の召喚魔が手出し出来ないのを利用して、黒棒の刀身に莫大な力を込めて雷を迸らせる。
「喰らい、やがれえぇぇぇぇっ!」
雄叫びと共に黒棒の刀身に溜めた<力>を振り抜いて一気に解放。雷となった力はデーモン型の胴体へと吸い込まれると、居合い拳によって弾き飛ばされたデーモン型や奇怪な力を遣う天使型をも呑み込んで長い廊下の彼方へ全てを吹き飛ばした。
「へっ……圧倒的な実力差ってヤツか。悔しいでぇ。こんな大舞台やのにあの域まで達せてないやなんて」
真夏の太陽のように輝くアスカの全身から迸る力が近づく全ての敵を爆散させる。台風のようだった。アスカという台風の目が召喚魔を苛烈に巻き込み、弾き飛ばしながら突進していく。誰にも止められない。
見ている端にもドラゴン型の翼を一刀両断して、堕ちて行く背中に蹴りを放って倒している。ペアを組む必要のない圧倒的な力の強さ。小太郎達が二人でようやく一体を倒している間に、アスカは一人で数体を纏めて相手にしている。
「比較対象が悪すぎな気もします。相手は文字通りの世界最強クラスですよ」
刹那の言うことも尤も。ナギ・スプリングフィールド杯で名実共に世界最強クラスに名を連ねていた紅き翼の一人ジャック・ラカンと、闇の魔法を修めて風の絶対支配と雷の速さを手に入れたネギ・スプリングフィールドを打倒したアスカは間違いなく世界最強の一角に名を上げている。
「それでも、それでもや。俺はどうしてこんなに弱いんや」
比較対象としては絶対に間違えている。小太郎も醜い嫉妬だと自覚はある。だとしても、目の前で超絶の強さを見せ付けられると自らの弱さが不甲斐なく思える。
歩んできた道は、今までしてきたことはなんだったのかと考えたくもなるほどにアスカは強すぎた。
「小太郎、我らは皆、弱いでござるよ。だからこそ、強くもなれる」
「くさるでないゾ、コタロよ。自らの弱さを不甲斐ないと思うのは皆、一緒アル」
戦いを終えた楓と古菲が小太郎の独白に共感を重ねながらも、このままでは収まらないと克己心を全身から滲ませる。
「拙者らは多くの人々の期待を背負っているでござる。されど、けして強制されたものでもなければ、犠牲として差し出されたものでもござらん」
「…………!」
思わず小太郎が凝視した先で、楓は飄々とした顔を見せる。
「覚悟を持つことと、感情を束縛することは違うでござるよ?」
彼女は、そして恐らく全員が少年の悩みの薄々察していたのだろう。冗談めかしたからかいは、気負いすぎる自分を楽にするためのものだったのかもしれない。
「…………るさぃわ。分かってる」
照れくさそうに笑う小太郎に刹那らも笑う。
これから待ち受ける戦いを前に少しナーバスになっていただけで、言う程に気にしていたわけではない。悔しさはあっても戦いの場において今ある強さが全てであると小太郎は幼い頃から積み上げてきた経験で知っている。
それでも内心、どうかしている、と思ってしまう。決死の戦いに向かうはずなのに自分も、そして仲間達も普段とまるで変わりない調子だった。本当にどうかしている。
(だけど、こんな風に笑って行けたなら)
今日を生き抜き、明日を切り開く力になる。例え相手がどんな強者であっても、きっとなんとかなる。心から、そう信じられた。
「はああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
アスカが最後に残ったドラゴン型へと爆発的な脚力によって攻撃の隙を与えることなく、一気に間合いを詰める。そしてドラゴン型の眼前に迫ったところで、刹那、膝にグッと力を溜めこむと収縮したバネが一気に開放されるように大きく跳んだ。
およそ人間とは思えないほどの跳躍力でドラゴン型の頭部近くまで接近すると、首に向かって黒棒を一閃した。確かな手応えが黒棒を通じてアスカの全身を駆け抜け、それを裏付けるかのように野太いドラゴン型の首が宙を舞った。
「行くぜ!」
勢いは留まることなく、英雄は進み続ける。その眼はただ前だけを向いていた。
恐らくは廃棄ダクトと思われる最下層に下りて来た龍宮真名は、重力から解放されたザジ・レイニーデイが待ち構えているのを見て油断なく銃を構える。
「やりますね、巫女スナイパー龍宮真名。ですが、私は貴女と戦う気はありません」
「へぇ、ザジ。お前に戦場に来ておいてそんな冗談が言えるとは思わなかったよ」
真っ向から戦えば世界でも上から数えた方が圧倒的に早いであろうザジを相手にするには分が悪いと真名は冷静に推測する。
とはいえ、墓守り人の宮殿内部と周囲はミルクのように濃密な魔力が漂っており、この場であれば真名の奥の手と切り札が同時に使える。戦力差を埋めることが出来ると見た。
「私の目的はアスカさんを止めることです」
「つまり、それ以外は放っておいても構わないと? 随分と舐められたものだ」
「そういうわけではありません。アスカさんがいなければ、完全なる世界が発動しなければ世界は存続しえないのですから」
傭兵として己の実力に自信を持っていた真名にとって侮られるのは決して心地良い事ではない。侮って油断してくれるなら隙を突けるので普段なら寧ろ喜ばしいぐらいだがザジは事情が違うようである。
「どういうことだ?」
「その様子ではアスカさんは何も言っていないようですね。いいでしょう、完全なる世界に頼らずに世界を存続させる方法を詳らかにする必要があるようです」
そしてザジは世界救済の方法を口にし始めた。
「超鈴音は天才――――いえ、鬼才でした。彼女は見つけていたのです、この世界の救済方法を」
未来人であるのならば事前に知っていた可能性は無きにしも非ずと言外に含ませながら、一人の少女の行動の軌跡を振り返る。
「その布石は彼女が現代に現れた直後から打たれています。機械工学を始めとして様々なジャンルで技術革新を引き起こし、環境問題にも着手して砂漠を緑に変えました。これらは彼女の天才性を示すものですが、未来人であるという見地から見方を変えればものが得ることが出来ます」
即ち、超の為したことは彼女がいた未来に辿り着くには必要な要素であるのだと。
「超鈴音は自らを火星人と称したことから考えて、百年後の未来には火星は人の棲める星になっていると推測することは容易い。ご存知の通り魔法世界は火星に重なるようにして存在しており、火星のテラフォーミング計画に彼女の技術が使われていることは決して無関係ではないはずです」
少し考えれば馬鹿でも分かる理屈である。但し、超が行ったことの全容を把握している者は全世界でも片手の指に満たない中で、その思惑を推測することは難しい。
「恐らく百年もすれば、火星は緑の溢れる豊かな土地となるのでしょう。魔法世界崩壊の要因は魔力の不足です。魔力の源は生命ですから依り代たる火星が緑溢れる土地にしてラインを繋げば魔力不足も解消され、崩壊を回避できると私の研究機関も推測しています」
「だが、確か最短で十年も持たないと言ってな。そんなに直ぐにテラフォーミングが出来るとは思えない。百年も魔法世界は持たないんじゃないのか?」
「ええ、だからこそ、超は世界樹を利用した」
麻帆良学園の中央に聳え立つ、樹高二百七十メートルという世界に類を見ない巨木。内部に強力な魔力を秘めており、魔法使い達には世界樹と称されている巨木を超は利用したとザジは語る。
「二十二年に一度の大発光、その理由は魔力が溢れた為に起こる現象です。彼女は魔法を世界にバラすと表では言いながら、裏では魔法世界に魔力を充填していたのですよ」
「麻帆良祭の時か」
「ええ、これによって崩壊が少し伸びました。そして二十二年ごとに繰り返せば数年は伸びるでしょう。我ら魔族の住む魔界、金星でも同じように魔力を供給すれば数十年単位で崩壊を引き延ばすことが可能です」
「それでも百年は持たない」
地球と金星が協力するかは横に置いておくにしても、二十二年毎に火星に魔力を注ぎ込んでも百年にはとても及ばない。未だ滅びは不可避である。
「そうです。ですが、その前にどうしてこの世界の魔力が不足するのか、を説明しましょう」
「普通に魔力が足りないんじゃないのか?」
真名の疑問は最もである。
「本来、世界を巡るマナは循環するものです。消えてなくなるとすれば、そこには必ず原因があります」
「原因か。穴が開いて流出しているとは聞いたが、穴が開いている理由は聞いてないな」
「原因を詳らかにするには、魔法世界創生時にまで遡る必要があります。時は神代、ある理由によって地球を去った造物主――――所謂、この世界を造った神のことですが――――が火星を訪れたことから始まります」
スケールの大きい話である。魔法世界そのものに関わる話なので十分に大きいスケールなのだが、何千年も前ともなれば想像すら出来ない。
「魔法世界を造った造物主は神ではありましたが、全能にして万能には程遠い存在でした。本来ならば世界を造ることなど不可能な神だったのです」
真名はハワイで戦ったカネ神を思い出す。
確かに不完全な復活であっても強大な力と水の操作力を有してはいたが、神だからといってなんでも出来るというわけではなかった。世界を創り出すなど、それこそ神の手にも余る。
「ある理由によって世界を造らねばならなかった造物主は、神たるその肉体を苗床にすることで異界を造ることに成功したのです。ですが」
不可能を可能にしたところで、どこかで必ず歪が生まれる。この場合は造られた魔法世界に欠陥があった。
「自らの肉体を触媒として作り上げた魔法世界に極小の穴が開いていることに直ぐには気づかなかった。何千年も経たねば気づかぬほどに穴は小さすぎたのですから」
向かないことを行ったとして成功しただけでも奇跡に値する。例え不完全であったとしてもだ。
「火星から微量の魔力を吸収して魔法世界に循環していますが穴から抜け出ていく一方。本来ならば何万年と続くはずでしたが、世界の寿命は一気に短くなりました。造物主も当然そのことには気づいて穴を閉じようとしましたが、最早神の肉体を持たぬ彼女にはそれだけの力はもうない」
神の肉体を世界の苗床にした所為で、造物主は神としての力を失ったということかと真名は推測する。
「穴を閉じようとすれば、他の場所に穴が開いてしまう。世界は穴が開いている状態を平常としていたのです」
「矛盾か。まさしくイタチごっごというわけだ」
坐して見ていることは出来ず、かといって穴が開いている状態が平常なので塞いでも別の場所に穴が出来てしまう。
「では、穴を防ぐにはどうすればいいかと考えた造物主は、神の肉体を苗床に世界を造れたのならばより神の力を引き継ぐ者であれば塞ぐことが出来るのではないかと思い至ったのです。世界を存続させる為に」
魔法世界の文明の発祥の地である歴史と伝統のウェスペルタティア王国の初代女王は、アマテルという女魔法使いと言われている。 彼女は創造神の娘で、彼女の血を受け継ぐ者は不思議な力が宿ると伝えられていた。
「それが創造神の末裔として伝えられている世界最古の王家ウェスペルタティア、その中でも最も創造神に近いのが黄昏の姫巫女アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア――――――貴方達の知る神楽坂明日菜の本当の名です」
遠い過去の話が今と結びつき、急に現実味を帯びて迫って来る。
「黄昏の姫巫女のみが穴を閉じることが出来る。それは同時に世界を維持するために部品となることを意味しています」
「ふん、完全なる世界とは聞いて呆れる。完全と言っておいて、一人を犠牲にしなければ出来ないとは」
「黄昏の姫巫女である彼女にしか出来ない事です」
ザジにとっても言っていて喜ばしいことではないようで、避けれるのならば避けたいと内心が透けて見えていた。
「完全なる世界とは、この終わりが決定づけられた世界を、黄昏の姫巫女を遣うことで救済するシステムです。簡単な話でしょう。
より少ない犠牲で多を救う。その逆などあってはならないのだと暗に込めて、世界に対する反逆を認めないとザジは真っ直ぐに真名を見つめて来る。
「誘拐して本人の了承なく世界のシステムに組み込もうとしておいて、献身などと良く言えたものだ。生贄だとはっきり言ったらどうだ?」
ザジが耳障りの良い言葉で誤魔化そうとしていると皮肉る真名。
「否定はしません」
どう言葉を取り繕おうと明日菜が世界救済の為の生贄にされようとしている事実は変わらないことをザジも認める。
「世界の穴を閉じ、完全なる世界で各個人で完結し、消費する魔力量を減らす。穴を防げば、流出し続けている魔力は止まり、完全なる世界の中では不必要な魔力が使われることは決してありません。完全なる世界が成立した時点で、既に世界崩壊の危機は回避できました。逆にいえば、どれだけ手を尽くしても完全なる世界なくしては百年も持たないのです」
火星のテラフォーミング、旧世界と魔界の助力があったとしても、世界を永続させることはできない。崩壊を先延ばしにするだけで間に合わない。ザジの言う通り、完全なる世界でなくては崩壊を先延ばしにするだけで何の解決にもならない。
「完全なる世界を造るには明日菜さんだけが必要で、現状のまま世界を存続させるには、もう一人の生贄が必要になります」
「また生贄か? しかしそれでは本末転倒だろう」
明日菜を助け出す為に戦いに来たのに、世界を存続させるためにもう一人を世界のシステムに組み込むでは意味がない。
「犠牲失くして世界は存続しえないのです。完全なる世界を発動させずに存続させるためには―――――――――アスカさんの存在が不可欠です」
そう言ったザジの表情は、これだけは言いたくはなかったのだと物語っていた。
嘘ではないだろう、と真名はザジの表情と様子、そして別荘での妙なアスカの自信から推測する。ただ、まだ情報が足りない。
「それは彼がウェスペルタティアの直系だからか?」
「否定はしませんが、それだけではありません。一番の理由は彼だけが扱える技法にあります」
「咸卦・太陽道か」
技法と聞いて逸早く真名も気づいた。
「咸卦・太陽道。素晴らしい技法です。周辺のマナを集めて魔力を生み出す。見方を変えれば星でしか為し得ない役割を代用できる。ここまで言えば、もうお分かりでしょう?」
「彼を世界の機構に組み込み、魔力を生み出させる装置にしようというのか」
まだ冷静であった真名ですら声に微量の嫌悪が混じっていた。
悪魔の発想だ。世界の為に犠牲になるだけではなく、死ぬことすらも許されずに生かされ続ける。それを地獄と言わずになんというのか。
「二人の生贄がいれば、完全なる世界でなくても金星と地球の協力があれば、火星に緑が溢れるまで耐えることは可能と試算が出ました」
溢れでる感情を抑えるようにザジが低い声でアスカと明日菜がシステムに組み込まれ場合の試算を口にする。
「ザジ、お前達魔族の、いや魔界の目的はなんだ?」
それ以上は聞きたくないと真名はザジに向けて彼女ら目的を問うた。
魔族でもかなりの高位であろうザジが、そもそも魔法世界崩壊までの試算を算出した研究機関の話を聞くに組織だって完全なる世界に協力をしている魔界の目的が分からない。
「私達の目的は造物主個人のみ。やがて蘇る大きな災厄を封じ込めるには彼女の力がどうしても必要なのです。貴女も魔族ならば分かるでしょう」
「なに?」
ザジの言っていることは分からないが、どうやら真名の奥の手はバレているようである。
「ん? どうやらその様子では知らない様子…………純粋な魔族ではない?」
「そうだ。全開放は五年振りだが……」
半分とはいえバレているのならば隠す必要もない。
かなりの高位魔族であるザジ相手であるならば不足はなく、廃都のミルクのような魔力濃度ならば行える。
「その魔眼、その姿…………成程、
魔眼の能力を全開し、普段は抑えている力を解放した真名の姿を見たザジが瞑目したが、やがて合点がいったように動揺を収めた。
「この姿になって驚かれないのはお前が初めてだよ、ザジ」
体から溢れ出す魔力に髪と目が光り輝き、全開放による解放感で湧き上がる若干の興奮状態を抑えながらザジと対峙する。
「純粋な人間とは思ってはいませんでしたが、十二分に驚いてはいますよ。ただ、合点がいっただけです。
「決して目覚めさせてならない存在、だと?」
「遥かなる神代において神の時代を終わらせた、ありとあらゆる神話に語られる終末を齎す者。数多の神を滅ぼし、全知全能の君がその身を以て封じた災厄の化身であり、全ての怪物の王。その鼓動です」
真名には及ばない領域の話を始めたザジは片手を心臓を当てる。
「魔界は怪物の王の揺り籠であり、我ら魔族はその封印の守り人を任じられた者達が変じた者。嘗ては神気に満ちた身は、封印されながらも溢れ出す瘴気によって反転し、怪物よりの存在となった。それが嘗て神だった我ら魔族の祖です」
一般には知られていない魔族の本当の歴史を諳んじ、それを聞いた真名の内にある魔族の血が反応するようにドクンと高鳴った。
「怪物の王の封印が遂に破れる時が間近に迫っているのです」
「信じれたものではないな。第一、証拠がない」
「証拠は貴女の内にある魔族の血に原初より刻まれた因果が物語ってくれます」
肉体は肯定し、精神は否定する。板挟みである。
真名の体に流れる全開放して荒ぶる魔族の血は真実と断定しているが、感性は人のままである心が真偽を疑っている。
「封印を強化するには神か、神に連なる者しか行えない。ですが、我ら魔族では封印に近づくことすら出来ない。漏れ出す瘴気に呑まれ、怪物となってしまうから」
同じ空間にいるだけで姿形と心まで侵されているのに、その本拠地に近づけばより怪物の王に近づいてしまうのは道理。封印に近づけるとすれば怪物の王の反存在、もしくは対抗できる者。即ち、神しかいない。
「殆どの神が死に、現存する神も往年の力を失っている。封印されて眠っている者も多く、大半が会話すらままならない状況で神としての肉体を失ったとはいえ、理性的な造物主は稀有な例です」
「だが、造物主も神としての力を失っているのだろう? 本当に封印を強化出来るのか?」
神としての力を失っているから魔法世界の穴を防げないのに、神としての力を発揮させるのは不可能である。
「存在の全てを封印の力に回せば可能であると、造物主は言いました。完全なる世界が成った暁には行うとも」
「ただの言葉を信じると? 馬鹿馬鹿しい。口だけの可能性もあるだろう」
「勿論、研究機関で検証を行いました。十分に可能であると試算は出ています」
「試算試算、お前達はそればかりだな」
「魔界のこともそうですが、私だって魔法世界の滅びは避けたいのです。そして犠牲が避け得ぬならば少ない方が良い」
真名はザジの言うことは全てが本当なのだろうと考える。
魔法世界を今のまま存続させるには明日菜とアスカが必要で、魔族の目的は太古の昔に魔界に封じられた怪物の王の封印を補強できる造物主の協力が必要だから完全なる世界に与していることも。
「分かった。これで憂いはない。では、戦おうか」
理由に納得がいって、行動に合点がいって、真名は改めて銃を構えた。
「犠牲を容認するというのですか?」
「私も大筋はお前と同じだよ」
龍宮真名という個人としてはザジに理解を示しながらも、傭兵としての在り方が否と示していた。
「ただ、これも仕事でね。何せ世界を護るなんて壮大なものだ。莫大な報酬が各国より約束されている。傭兵として一度受けた仕事を放りだすことは出来ない」
プロフェッショナルとして私情を殺すのはまま在ること。受けた依頼は必ず遂行する。
「主義も大義もなく、ただ金の為に戦うと?」
「よほどの仁義に反すことでなければな。それにどうせどちらが勝とうとも、在り方はともかく世界の存続は決定される。私は私の仕事を果たすだけだ」
完全なる世界に変するか、魔法世界のまま存続するか、アスカ一行か完全なる世界のどちらが勝とうとも確かに崩壊は免れる。
「私はアスカさんの犠牲を容認できません」
「それは私もそうだが、まあお前を倒した後にでも本心を聞くに行くとするさ!」
言って銃を手に駆け出した真名。上の方で戦闘が行われているのか衝撃で揺れる路面を、意に介さぬ速度で疾走し、目指すザジの間合いへと真っ直ぐに飛び込む。
「スナイパーが自ら近づいて来るなど」
「それは私以外に限った話だな」
爪による迎撃は選択を間違えた嘲笑と共に薙ぎ払われる一閃を飛び越えて躱した真名は、ザジの頭上を宙返り様、その身を錐揉むようにして立て続けに銃撃する。
超接近にて放たれた弾丸は、しかし、ザジの背後に浮かぶ悪魔によって弾かれていた。
ふッ、と挟んだ呼気も鋭く、こちらに伸びるザジの爪と銃で打ち合う。
「その使い魔は出来るな」
「使役しているのは私です」
続いて、力任せに振り下ろされた五本の爪を真名は紙一重で躱す。地面を五本の爪牙が深く抉るのを見ながら後退した真名がライフルに持ち替えて弾丸が繰り出される。
受けてはならないと、背筋に走った悪寒に撃たれた弾丸を全力で避ける。
「!?」
避けられた弾丸は地面を穿ち、特殊な
数秒で
その正体をザジは直ぐに見破った。
「やはり学園祭での
「正解だ。この廃都の魔力は学園祭の時の麻帆良以上。ほら、避けないと三時間後に送られるぞ!」
再び
「種の知れたマジックなど恐れるに足りません」
展開される
「お返しです」
発生する強制時間跳躍の
「その程度の攻撃が今の私に当たるものか」
真名の対応は素早かった。
魔眼の力を全解放して
大半の光弾は穴の周辺に着弾したが、ザジも真名の後を追って墓守り人の宮殿から出て再び光弾を撃って来る。
光弾から距離を取って半数以上を撃ち落とす。撃ち漏らした光弾から逃れるように、体を垂直に上昇させる。が、背後に大型魔族を従えたザジは鈍重そうな巨体から予想も出来ない機動力を見せて腕を振るう。
「速い!? その大きさでその速さは反則だろう!」
毒づきながら真名は体を翻し、やはり旋回してこちらに向かってくるザジに相対する。
速い。急速に眼前に迫る巨体に、真名は圧倒されかける。その時、ザジが爪から巨大な鉤爪を伸ばし、真名をその咢に咥え込もうとした。真名は危ういところでその鉤爪をすり抜ける。
「ぐぅっ……」
高速ですれ違ったザジの背後にいる大型魔族の口が開いていて、強烈な魔力砲を放った。背後から迫る閃光に真名は羽を羽搏かせて急上昇して躱した。そのまま宙でクルリと回転しながら、ライフルを構えて
が、
「その程度で私を倒そうなどとは!」
綺麗に強制時間跳躍の
「ライフルを――っ?!」
「逃がさない――ッ!」
切り札たる
専用ライフルを捨て、両手に新たにデザートイーグルを取り出して応射したが、それを躱され、激突する勢いで突進してくる。真名は飛び上がるようにしてそれを避けた。すぐさま振り返るが、敵の方が一歩速かった。
既に真名に正面を向けていた大型魔族が、両翼にある突起のような部分から糸に近い物を射出する。回避行動直後の硬直によって全身に糸が纏わりつく。
直後、真名の全身が青白いスパークに包まれる。
「ぐわあああああっっ!!」
全ての皮膚という皮膚が一斉に爆ぜたような電撃が真名を痛めつける。視界が明滅する。しかもそれは一瞬で終わるのではなく、電撃を浴びている間、ずっと続くのである。
そして敵は当然、電撃だけで済ませるつもりはないようだった。
「貰った!」
ザジの勝利宣言と共に大型魔族の口が開き、接近しながら光が生まれる。至近距離から確実に仕留めるつもりなのだ。
くっ、と歯噛みして電撃によって硬直しかける筋肉を無理やりに動かして、敵がこちらに迫って来ているということは、即ちこちらにも攻撃の機会はあると真名は確信した。
撃てば当たる。敵よりも半瞬速く、真名はトリガーを引いた。
二つの砲口から迸り出た弾丸は一直線に突進していく。
一つは大型魔族の顔を僅かに揺るがして軌道をほんの少しだけずらし、もう一つは糸を射出した両翼の片側に…………最初の一つで揺るがして、ずらした軌道側にある方の射出点に命中した。
「なっ?!」
軌道を揺るがされた所為で光撃が逸れた。糸の射出点に着弾したことで拘束も解かれた。
絶好の勝機を覆され、ザジも目の前の真名に追撃するのが一瞬遅れる。
光撃で髪の毛と肩の戦闘衣を代償としたが、羽を羽ばたかせて距離を開けながら両手に構えたデザートイーグルが同時に吠えた。銃口から放たれた魔弾が幾つも吐き出される。それは確実にザジへと迫るが、着弾する前に直進しながらザジ自身と大型魔族によって全て弾かれる。
「ちっ!」
直進を阻めないことに舌打ちを漏らす真名の左右から空を斬り裂くような勢いで斬撃が迫った。真横から走る迫る大型魔族の爪を右手のデザートイーグルで弾き、下から振り上げられる拳から逃れるように自分から弾き飛ばされる。
そこへザジが単身近づいて真上から右手の爪を振り下ろす。
咄嗟に差し出した左手のデザートイーグルで受け止め、そのまま引き金を引いた。がら空きになっているザジの胸元に魔弾が撃ち込まれる。一瞬の間を置いてザジの左手の爪が数本砕けた。
至近距離からの銃弾の勢いを受け止めきれずにザジが後ろ向きに仰け反る。左手にある半分切り裂かれたデザートイーグルを捨てながら右手の銃口をザジに向ける。
「食らっとけっ!」
銃口から放たれた強烈なマズル・フラッシュが真名の視界を焼く。
銃声が轟き、それに続いて着弾音が響き渡る―――――が、ザジに被害らしい被害はない。着弾の寸前に大型魔族がザジを抱え込んだからだ。ダメージは与えただろうがあの巨体の前では戦闘不可能にするには全然足りていない。
新たにライフルを取り出して連射しながら、全解放したことで生えた羽で一気に空を駆けて相手の鼻先に割り込む。
ザジは華麗な動きで射線を回避し、一端、上空に逃れる。自身の推進力だけでなく背後に憑いた魔族の力を合わせた凄まじい加速に、一対の翼しか持たない真名は忽ちの内に引き離される。
(だが、逃がすものか――!)
先を行くザジが振り返りざま背後の魔族の口が開いて閃光を放つ。だが真名は加速を止めない。目前に掲げた護符に閃光が弾ける。
焼け落ちた護符を捨てつつ撃ち返すと、スコープから何時の間にかザジ
(――――来る)
全身を駆け抜ける電流のような殺気に晒され、真名は反射的に羽を動かして体を傾けていた。
「くっ……!」
左へ傾けた頭部の横を、紙一重のところで重力の加速も乗せて接近したザジの突き込まれた爪の切っ先が駆け抜ける。分離したザジが何時の間にか後ろに回りこみ、後少しでも反応が遅れれば頭部に穴が開いていた。
トリッキーな機動に虚を突かれ、かろうじて避けた真名。そこにザジに憑いていた魔族が迫る。
浴びせられる散弾のような光を躱して旋回し、魔族を無視して背中を見せているザジを狙おうと銃身を構えた。そこへ、主の危機を察したのか魔族の巨大な右腕が真名を掴もうとしなり、飛び出した。
まさか腕が伸びるとは思っていなかったのかザジを狙っていたライフルが絡め取られる。
長い腕に電撃のパルスが走り、直感的に嫌なものを感じ取った真名は躊躇無くライフルを放棄した。直後、ライフルが爆発した。
その光を浴びながら二挺拳銃を取り出して、ライフルの爆発によって行動を遅延した魔族を大胆にも無視し、振り向き様に背中を見せるザジに向けて掲げた銃口から閃光が弾ける。が、ザジを守るように現われた魔族によって遮られた。空中で弾丸と魔族の障壁が交錯した。
魔族と半魔族は、凄まじい勢いで交錯しながら、尚も死闘を続ける。
「パワー、スピード、予想だにしない行動と飽きさせてくれないな!」
ただでさえ純魔族のザジと比較しても半魔族の真名ではパワーで及ぶのか分からないのに、二体分では明確な差がある。十分な余裕があるにも係わらず、ザジの予想だにしないこと行動に、真名は不適な笑みを漏らすことで自分を鼓舞する。
「どうだっ!」
真名は二丁拳銃をしまうと、代わりにもっと長くてごつい銃をズルリと引きずり出した。通称トミーガンと呼ばれるM1921短機関銃。陸軍とFBI、そしてギャング御用達の物騒な武器であり、到底十四歳の女の子が振るう代物でもない。
空中で腰だめに構え、敵に向かって引き金を絞った。
フォアグリップを支える左手が反動に震える。火薬の閃光が敵の周囲に無数に閃く。
「あれを避けられるとは思ってなかったとも!」
立ち込める硝煙を切り裂く一陣の旋風となったザジが吠える。
何時しか再び巨大魔族と合一したザジと真名の距離が縮まり、ザジの手の爪が伸びた。張られた弾幕を掻い潜って爪を突き出すも躱され、持っているライフルで振り払い、逆に打ちかかる。
距離を開けるとすかさず、真名が右手のライフルで撃つ。が、その全てをザジは鮮やかに躱し、時に障壁で防ぐ。
迫り来る脅威に焦りが一瞬、次の瞬間には下から接近したザジの爪によって右手のライフルの銃身が半ばから削ぎ取っていった。
「人の銃を何丁も駄目にして後で賠償請求するぞ!」
「知るものですかって!?」
敵に無茶な要求をしようとする真名に反射的に言い返したザジの口が驚きからぽかんと開く。
空中に浮かべた魔法陣から弾を取り出す異空弾倉の応用でアメリカ製の歩兵携行式多目的ミサイル、、FGM-148ジャベリンが獲物を狙う猛禽のように急迫していた。
「人に向けていいものではありませんよ!?」
「魔族だから問題なしだ!」
急転上昇したザジが先程までいた地上の地面に着弾して爆発。無数の水蒸気と粉塵が立ちこめ、爆発的に立ちこもる白と黒の煙を貫いてミサイルがザジに迫る。
ザジも武装を失った真名のこの行動が予想もつかなかったのだろう。身を捻り、かろうじてザジ自体が攻撃を受ける事はなかったが、背後の魔族だけは巨体故に躱し切ることが出来ずに着弾した。
「がっ!?」
背後からの何重にも雷が落ちたような轟音と衝撃をまともに食らって吹き飛ばされた。真名は瞬く間に弾が無くなったFGM-148ジャベリンを捨て去り、落下していく敵を追った。
「これで!」
そして真名は人が持つには巨大過ぎる
毎分3.000発、最大で100発/秒と云う発射速度を誇り、生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死んでいるという意味で「無痛ガン」とも呼ばれるM134を両手を使って腰ダメに構える。
実弾発射時の反動および振動も、射手の体力程度では到底制御できるものではなく現実に使える物ではないが、魔力による身体強化を使える真名が扱うことは造作でもない。
畳み掛けるようにM134の弾丸が撃ち込まれた。
吹き飛ばされたザジは水面に叩きつけられる寸前で何とか体勢を立て直し、白い水飛沫を立てながら滑降していき、追うように弾丸が水面をぶち抜いていく。
「ちっ……」
M134は驚異的な速射力と引き換えに持続性は低い。直ぐに弾切れになり、FGM-148ジャベリン同様にM134も一切の未練なく捨て去り、熱せられた銃身が水面に落ちたことで水蒸気が発生する。
再び二挺拳銃を取り出し、水面を滑降しているザジを追いながら撃つ。
羽をはためかせて全速で追うものの、二体分のスピードのザジには追いつけない。しかし異空弾倉の応用で背後に取り出した四層ポッドが開き、二発のミサイルが吐き出された。
「さっきから手品師みたいにポカスカ出しすぎですよ!?」
「なに、こっちはこれだけが取り柄でね!」
ザジが背筋に冷たいものを感じながら叫んで、水面を滑りながら反転して背後の魔族がその巨大な腕で追尾機能があるのか避けても追ってくる二発のミサイルを叩き落す。
直近で生じた衝撃に体が揺さぶられる。背面と迎撃によってスピードが落ちたことで追いついてきた。
「ちっ!」
背後の魔族から溜めナシの魔法の射手級の一撃を発射し、残りの二発を撃とうとしていた四層ポッドを撃ち抜く。ミサイルの爆発も相まって衝撃は凄まじく、咄嗟に制動をかけて回避するも幾つかの破片が真名の体を切り裂いていく。
上がる黒煙。黒煙を貫いて魔族の放った光と二兆拳銃の銃撃が交錯しあう。熱線が回避する互いの体を掠めていく。
次々と銃撃、光を撃ち掛けてくる。互いに攻撃によって辛うじて接近を阻むが、確実にダメージは蓄積していった。主に―――――真名に。
「中々、厳しい勝負だ! 二対一とはせこいぞ、ザジ!」
「最初から分かっていたことでしょ!」
一人で戦い続ける真名と、背後の魔族に守られながら戦うザジ。
どうやっても被害、消耗で真名が上回るのは自明の理だった。
今までは真名が追う立場だったが何時の間にか真名が追われる立場となっていた。距離を詰めたザジが、背後の魔族の巨大な腕と自身の爪を浴びせかかる。寸でのところで体を捻り、真名は錐揉みするような格好で避けた。
「ぉおおおおおおおおおおお――――――――――ッ!!」
あまりにも高速すぎて残像を撒き散らしながら凄まじい加速で真名に急迫する。真名もまた翼を広げ、突っ込んでいく。魔族の振り下ろした拳は躱され、放たれた銃撃を弾きし、両者は閃光のようにすれ違う。
ザジが退きながら背後の魔族の口を開き、広げた両手の間に大きい光の玉を生み出した。臨界に溜まった光から凄まじい轟音が迸る。真名は体に纏う魔力の密度を最大出力で広げ、辛うじて取り出した右手の全ての指の間に挟んだ四枚の護符で受け止めた。
お返しとばかり、二挺拳銃から取り替えたFN-P90で撃ち返し、ザジが受ける。両者は目まぐるしく交錯し、激しく撃ち合った。撃ち、躱され、また撃たれては躱し、真名とザジの戦闘はまるで際限なく続くように思えた。
真名は立て続けにFN-P90を連射して、ザジを追い込みながら急迫する。周到に散らされた射撃が敵の退路を断つ。
直前で閃光弾を投下し、生まれた閃光で眩ませて素早く魔族の懐を掻い潜り、手を伸ばせばザジに届く距離まで接近した。体勢を崩した敵が眼前に迫る。閃光を諸に受けて視界が効かないのか目を擦っている。
「これならどうだいっ!」
避けようもないゼロ距離からの射撃。次の瞬間―――――真名は信じ難いものを目にする。
ザジが茫洋とした視線で接近される気配を察したのだろう。己の羽をまるで盾のように掲げ、ゼロ距離からの射撃を防ぎきった。犠牲として半ばから羽を千切れさせながら。
「舐めるな!」
そんな防御するとは考えていなかったため唖然とする真名の一瞬だけ生じた隙を突き、後退しながら魔族の腕が振り下ろされる。凄まじい衝撃が真名を襲い、激しく下方に吹き飛ばされる。
水面に叩きつけられる直前に体勢を整える成功する。
「ハァァァァァァッ!」
が、そこに合計七つの光線が瞬いた。
だが、真名は殆ど面のように見える光線の驟雨を、まるで見切るかのようにすり抜ける。
「護符の残りが少ないか………」
一定以上の衝撃に自動的に作用する護符のお陰で一命を取り留めた真名は、閃光弾の影響から脱してこちらに向かってくるザジを見やりながら懐に入れた護符の残り枚数を計算する。
護符のお陰で深刻なダメージに至っていないが、この調子で消費続けると負ける。もっと考えなければならない。
「残るは切り札だけか」
二対一と戦力的不利な中で真名はこの勝負の詰めを脳裏に描きつつあった。
「「おおおおおおおおぉぉっ!」」
両者の主義も主張もない絶叫。ビリビリと全身に伝わる強烈な振動が、死闘に一瞬だけ音の飽和した沈黙を作り出した。
真名とザジの戦闘は熾烈を極めていた。双方退くことを知らず、真正面からぶつかり合っては命を削るような攻防を繰り返す。その動きは縦横無尽であり、何一つ制約するものはない。空を疾駆したかと思えば大地を突き破り、ありとあらゆる場所を戦場に変えて二人は戦い続けている。
二人は檻から解き放たれた猛獣と同じだった。
「クッ……」
爪と銃で鍔迫り合いをするが、逆に勢いに押されて真名の腿を掠めて肉を斜めに噛み千切った。
腿から真っ赤な血を引かせ、真名は背を丸めて膝を胸に抱き、跳んだ勢いを利用してコンパクトに纏めた身体が回転する。宙返りのままに羽を羽ばたかせて飛ぶものの真名は苦悶の表情を浮かべる。
ザジと攻防を交える度に彼女は少しずつ、しかし確実に体力を奪われていた。多量の血が流れた所為か体は怠く、意識は随分前から朦朧としている。立っているのもやったという有様だった。銃を構えていられるのは、意志の力に寄るところが大きい。
(分が悪すぎる)
戦ってみて分かる。ザジの強さは計り知れない。勝てないまでも退けることは可能と考えていた刹那だが、今となってはそれすら怪しい。
このままザジと戦い続ければ、ますます状況は不利になる。猛攻に耐えきれず、致命傷を負って負けるのは時間の問題だった。それだけではない。タイムリミットも確実に迫っていた。
(負けるのが先か、それとも時間切れが先か)
だが、そのどちらも選ぶつもりはなかった。
問題は現状を打破する方法が何一つないことだ。倒すことも退けることも難しく、逃げることすら叶わない。
(どうする……)
気が逸る。考えれば考えるほど思考は空回りし、正常な判断を下せなくなっていた。
ドクン、と焦燥感からか、鼓動が急速に速まっていく。喘ぐような呼吸を繰り返しつつザジの姿を凝視する。
しかし、その後も激しい光線が寸暇なく真名を貫こうと遅い、何とか服一枚で避けている状態では生きた心地がしない。
「――――――」
真名が懐に潜られるのを嫌って退がる。そこが彼女の銃の射程範囲内。
今まで見せた戦い方から銃で近接戦をやると思っていたザジの予想は外れた。
真名はザジの予想と違って手に持っていた銃をあっさりと捨てた。だが、両手を振り払うように銃を捨てたのに、右手には既に新たな銃であるデリンジャーが握られていた。今までのような異空弾倉の応用ではなく、恐らく最初から服の袖に隠し持っていたとしか考えられない。
銃を捨てた両手を振り払う動作で仕掛けが外れて現れるように細工していたのだろう。
自ら武器を捨てるという意外性抜群の暴挙に敵でありながらも度肝を抜かれたザジの動作が寸瞬だけ硬直する。或いは大儀があるとしても、言葉とは裏腹に二年以上を共に過ごした級友の自殺行為にためらいを覚えたからか。真相は動きを止めたザジにも分からない。
分かっているのは、この硬直によって、どうやっても先に攻撃が当たるはずだった運命を覆したということだ。
「このっ!」
当然、真名はザジの躊躇いを置き去りにしてデリンジャーの弾丸を容赦なく叩き込む。
飛距離こそないものの護身や暗殺に用いられるデリンジャーは掌サイズほどに小型でありながら、デリンジャーから放たれた全弾丸が至近距離でザジの胸を貫いて命を散らせるだけの威力があった。この距離では防御も間に合わない。
だが、揺れ動いた死の天秤は傾き切らなかった。
「…………」
ザジを庇ったのは、彼女が使役している大型魔族。
後ろから両腕でザジを覆い尽くし、その身を隠し切る。その直後、情けなどない無機物の鉛玉が容赦なく喰い込む。
隠し玉としていただけあって今までの銃弾より威力が高かったのか、それとも何の防御もせずに受けたかは定かではないが、銃弾を受けた両腕は弾け飛んだ。それでも殺しきれなかった衝撃をまともに受けて、ザジの体が大型魔族の巨躯と共に仰向けに吹き上がるが直ぐに体勢を戻す。
傷は致命傷ではなく、深くもない。十分に戦闘続行は可能。視線の先にはデリンジャーの銃弾を撃ち尽くした真名がいる。
大型魔族の体を蹴って肉薄する。爪を伸ばし、ザジは勝利を確信した。彼女にはもう武器を出す時間を与えない。
「勝つのは私――」
です、と続けようとしたザジの目の前に伸ばされた左手には銃弾が握られていた。
両手を振り払う動作で右手にデリンジャーを取り出す仕掛けをしたように、左手にもたった一つの銃弾を握る仕掛けをしていた。万が一を考えてとある弾丸専用ライフルが破壊される前に弾倉から一発抜き出していた。
「ああ、私は勝負には勝てないだろうよ。だが」
ただの銃弾であるならば傷を負おうともザジの勝利は揺るがない。
如何なる弾丸であろうとも、最早真名の勝利はない。ならば、相手の勝利を盗み取る。
「
握り潰された弾丸が
「化かし合いは私の勝ちだ」
勝てないならば勝負を先送りにする。
勝者はいないまま、彼女らは墓守り人の宮殿付近から消えたのだった。
儀式発動まで残り四時間十三分十一秒。
①明日菜が穴を塞ぐ
②二十二年毎に地球と金星が魔力を注ぐ
③アスカがマナを魔力に変換する
④超のテラフォーミング技術
完全なる世界ならば①だけ。
今の世界を存続するには②③④が必要。どれか欠けてもダメ。
④ならば百年後には火星は緑あふれる星になり、魔法世界と繋げば滅びは回避。穴が開いていても循環するので、明日菜とアスカがいなくても大丈夫。
以上、本作の魔法世界救済案でした。
魔界の目的、神代の終わりの理由、造物主が火星に来た理由は前者二つに関わり有りなども本作設定です。
これで真名vsザジの決着は三時間後に先送り。
次回『第82話 剣の果て』