魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第83話 抗いし者達の挽歌

 

 

 

 

 

 後が閊えているのだから速攻で倒す。決断が迅速なら、行動も迅速だった。地を蹴る足は爆弾みたいに強力で、宙を跳ぶ体は弾丸のように速い。

 白いブロックの上、数センチの所に黒い球体が浮いていた。瞬く間に大きくなっていき、闇が人の形を作っていく。シルエットだけで男であること、相当な巨漢であることが分かった。

 闇が足下から解けていき、アスカは戦闘形態のデュナミスへ疾走した。

 

「ぉおおおおっ!!」

 

 裾が空気を孕み、発散する精気を受けたかの如くそよいだのも束の間、僧衣の似た服が解かれて蜘蛛を連想させる長い手足が露になった。

 

「ぁああああっ!!」

 

 一秒が、十秒に感じられる中で叫んだアスカが、こちらも攻撃態勢に入ったデュナミスもアスカに向けて叫ぶ。

 歯を食い縛って疾走するアスカの上腕二頭筋の力瘤が大きく盛り上がり、まるで噴火寸前の活火山のようだ。酸素を臍の下、丹田の辺りに送るイメージで呼吸を止め、一気に吐き出す。

 

「「らぁああああああ!!」」

 

 直進するアスカと対向する形でデュナミスも進む。二人は一秒と待たずに交錯し、互いの肉体の一部を打ち合い、次の瞬間にはそれぞれの進行方向に従って行き違った。

 双方共に遠距離で撃ち合い、8の字を描くようにして再び接触。ぶつかり合う度に軌道速度を減殺させ、高度を下げてゆく。

 紫電走る黒棒が一閃され、浮遊しているブロックの一つが溶断される。

 吹き飛んだブロックの一部が別のブロックを突き破り、遥か底に落ちてゆく光景は見ずに、アスカは上方に回避したデュナミスの動きだけを追った。

 

「貴様は邪魔だぁぁぁぁ!」

 

 見下ろすデュナミスが打ち付けるように右手を振った。

 アスカがブロックの一つに着地して再び飛び上がろうとした矢先だった。冷たい叫びが頭蓋を揺らし、底暗い声に押し出されて突風にも似た殺気が足元から吹き上げた。脊髄反射で体を動かした直後、視認も難しいほどの極細の影の槍が目の前を行き過ぎた。

 

「英雄よ、今度こそ消え去れ!」

 

 アスカの目の前を通過した影の槍は、それ自体が命を持つかの如くデュナミスの叫びに呼応して十数倍に分裂して、それぞれが異なる方向と捻じれを持って追尾して再度襲い掛かる。

 あるものは真下からブロックを貫き、あるものは風を切り裂き、あるものは頭上から降り注いだ。またあるものは蛇のように円を描きながらアスカの後頭部を抉らんとした。

 

「おらっ!」

 

 蜘蛛の網にも影の槍の包囲網を前に、アスカは振り上げた拳を足下のブロックに叩きつけた。

 ブロックが叩きつけられた地点を中心に円状に捲れ上がり、クレーターを創り出す。瓦礫と粉塵とが影の槍の魔手から姿を隠したまま、反作用でアスカの身体は大きく跳ね跳んだ。

 頭上から舞い降りていた影の槍を寸でで躱し、そのままデュナミスに近づこうとした。

 

「っ!?」

 

 しかし、目を剥いたのはアスカの方だった。

 

「遅い」

 

 アスカの行動を読んだデュナミスが息のかかるほどの距離で哂っていた。振り上げられた右腕はアスカの全身を越えるほどで、放たれた弓矢の如く打ち下ろされる。

 

「ぐっ」

 

 巨大な炎の拳を真正面から受け止めて、アスカが歯を食い縛った。噛み締めすぎて奥歯の一本が砕けた。

 身長だけで二メートル超え。腕を振り上げれば三メートル以上の高さから、これまた身長に見合った体重はありそうな拳を渾身の力で叩きつけられたのである。いかにアスカが人間離れしていようが、これは潰れていない方が不条理なほどだった。

 さしものの強靭な肉体が、天使の鉄槌を止めたことで嫌な音を立てて軋む。

 

「っざけんな!」

 

 負けてなるものかとアスカが歯を剥き出しにて吠える。

 ブチブチとなにかが断裂する音が聞こえる。

 受け止める巨碗の拳が、徐々に持ち上がっていく。ばかりか、一定まで持ち上げられたところで、腕がゴキリと捻り返され、百キロは超えようかという巨体がその場に倒れ伏したのだ。

 凄まじい量の轟音が上がり、束の間の轟音が空間を支配する。

 

「この程度で私を殺せると思ったか」

 

 影で構成されている折られた腕を再構築したデュナミスは地に伏せたまま決して待たなかった。

 本来の手の指を上に向けると、影の槍達は空中へ跳ね上がった。追撃をしようと拳を振り上げたアスカの頭上で分裂し、豪雨の如く降り注ぐ。

 ぞんっ、と空気が裂けた。

 無数の影の槍が迸り、一つ一つがアスカの命に飢えた怪物と化して、あらゆる角度から牙を剥いた。

 

「しゃらくせぇ!」 

 

 ごおっ、と渦巻く咸卦の力から全方位に魔法の射手がばらまかれる。

 アスカの身体に纏わりつくように放たれた魔法の射手は、それぞれが意志を持つかの如く影の槍へと絡みついて溶かして呑み込んだ。

 雷の矢と黒の影の拮抗。その網を抜けて離脱したデュナミスを追ってアスカが空を疾走する。

 

「厄介だよ、貴様ら英雄という存在は!」

 

 デュナミスの振り向きざまの一撃が空を走り、柱の一つを打ち砕き、飛散した破片が花火のように眼前に広がる。その中を、破片群に取り巻かれたアスカがよろめいて過ぎた。

 

「何を!」

「無知故の強さ! 我が主の苦悩を知らず、厚かましくも何度も邪魔をしてくる武の英雄!」

 

 淡々と語る声に吐き捨てる調子が混ざり、追いついてきたアスカを振り払うように全身から影の槍を生み出して直接攻撃を躊躇させる。ならばと放たれた魔法の射手を、槍を生やしてハリネズミのようになっている自分の体を駒のように回転させ、往なして弾き返す。

 

「大した防御だが、その程度で! フェアリー・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル。来れ、虚空の雷――」

 

 魔法の射手が弾き飛ばされたのを見たアスカは、弾くことが出来ない威力の雷の斧の詠唱を始める。

 

「ぬっ」

「薙ぎ払え、雷の斧!」

 

 背後から感じる魔力の高まりにデュナミスは咄嗟に横に避けた。その脇を掠めて背後から轟音を立てて放たれた雷の斧が通り過ぎていき、体から生やしていた影の槍を余波だけで溶かす。

 

「ぜあっ!」

 

 雷の斧を回避したことで次への行動が遅れたデュナミスにアスカが躍りかかり、シュッと音を立てて拳が突き出される。

 突き入れられるアスカの左拳をギリギリで躱しながら、デュナミスは腕に影を纏わりつかせる。そして目の前に迫る拳に向かって腕を向けた。

 すると腕の影がしゅるりと伸びて、アスカに襲い掛かった。アスカはとんぼを切って拳を躱し、更に追いすがるところを黒棒で払う。だが、尚も影はしつこく食い下がってきた。

 駈け回りながらも一瞬の隙をついてデュナミスに迫って防御した腕ごと蹴り飛ばす。

 

「人というのはどうしようもないほどに愚かしくて弱い生き物だ。なぁ、アスカ・スプリングフィールド? 貴様もそうだとは思わないか?」

「何が言いたい」

 

 戦いの最中に突然かけられた問いかけに、放たれた影の槍を避けながらアスカは困惑を苛立ちに変えて叫んだ。

 

「人は弱い生き物だ。一人では何も出来ない。群れないことにはロクなことが出来ないほどに弱い。群れた人がやることは一つ、人同士で争い合うだけだ」

 

 戦っている間にテンションが上がってきたのか、デュナミスは聞いてもいないのに朗々と語り出した。最も、その間も攻撃の手は緩めたりはしない。それどころかより苛烈に、辛辣に威勢を増していった。

 

「愛だ絆だと言いながら、他者を攻撃せざるをえないのが本性、どうしようもないほどの自己矛盾を抱えた最悪の生物、それが人なのだ。まさに滑稽だな!」

 

 デュナミスの言葉は、ある意味真実だった。人の歴史を振り返ればまさしくその通りであるからだ。だが、デュナミスの言い方は自らの体験で習得した経験というものではない。まるで他人の記憶を殊更に誇っているような歪さがあった。

 

「ごちゃごちゃと……………時間がないんだ。さっさと倒れろ!!」

 

 アスカが放った白い雷が幾つかのブロックに着弾し、衝撃波と破片を四方に拡散させる。デュナミスは直前で体を翻したが、爆発後に生じた黒煙を引き裂き、急速に肉薄して手元で伸びて来るアスカの雷の投擲を完全に躱しきることは出来なかった。

 雷で構成された槍がデュナミスの影で出来た腕を半ばから焼き、抉り取りながら擦過していく。体の中心に向かってくる雷の槍を見て、影で構成された腕を自ら切り離して後ろへ大きく跳んで距離を離す。

 

「明日菜をこんな馬鹿げたことの生贄にさせられるか!」

「馬鹿げたとは、聞き捨てならぬな!」

 

 雷の槍が突き刺さっている、切り取ったともいえる腕を未練もなく振り払ったアスカは、更なる踏み込みと共に跳躍する。

 影で構成された腕は文字通り、影の集合体である。切り離しても制御を手放さなければ再利用は可能である。黒棒を持ってアスカが跳躍する前に、彼の背後に落ちた腕の位置を確かめ、命令を送って遠隔操作する。アスカが跳躍するのと腕が飛んだのは同時だった。

 傍から見れば勝手に腕だけが動くホラーな光景だが、アスカは背後を見ることもなく体をバレルロールさせ、体に雷を纏って腕を焼き尽くした。次いで放とうとした魔法の射手を途中で爆発させて目晦ましをかけ、映画のコマオトシのようにデュナミスの視界から姿を消した。

 

「ちょこまかと…………!」

 

 数多くのブロックに遮られ、また先の魔法の射手を爆発させた影響で視界は良好とは言えない。当たりずっぽうで斜め後ろを振り返ったそこに拳を振りかぶったアスカを見つけたのは偶然に過ぎなかった。

 

「「っ!」」

 

 デュナミスはアスカの拳を真っ向から受け止めた。ギチリと噛み千切るような異音。力の破片は火花と燃え、そして弾かれた魔弾が巨大な威力の余波を周囲に振りまいた。

 余波だけで柱に蜘蛛の巣のような亀裂を入れ、衝撃で柱を破砕した。中程から真っ二つに折れた柱が自重で崩落する。ダイヤモンドの欠片さながら無数の塵が舞い上がる。

 

「アスカ・スプリングフィールド。貴様はただの戦士だ。こうして戦っているのは状況に過ぎん。状況が貴様に英雄であることを強いているだけだ。しかし、私は違う。私は神より世界救済を任じられた使徒だ。そのことに何の迷いもない!」

 

 考えを停止した狂信者の瞳だった。他者の理想を自らの全てと錯覚した愚か者の顔だった。自らを作った者だけが絶対的に正しく、それ以外は間違っているのだと考える傲慢さが溢れて窒息しそうになる。

 アスカはデュナミスの言うことは違っていると思った。感覚的にそう思ったのである。感覚が言葉の欺瞞性を看破していた。だが、それを言葉で表現することは別である。思考は言葉にした瞬間に歪みを生ずる。

 全身の細胞が沸騰するような感覚が湧き出し、アスカの意識を飽和させた。

 

「お前は傲慢だ。他人の考えに従うように作られた人形だ!」

 

 その言葉が自然と心の底から浮かび上がり、アスカは、随分と思ってもみなかった言葉を吐いた。が、口に出して言ってしまってから、そうかもしれないと自分の直感は正しいだろうと思って納得出来た。

 仮面を脱いでも仮面と思える顔。他人の望みを押し付ける冷えた瞳は、世界の行く末に思いを馳せる物でもなければ、他人や自らを憐れむものでもなかった。世界を見下ろす、一片の熱も持ち合わせていない空っぽの瞳だ。

 

「はっ、人形の何が悪い。他者の考えであろうが私には大義がある。それもこの世界の神から賜った大義が」

 

 論破されるどころかデュナミスは開き直るように勝ち誇っていた。裡に抱えた喪失の淵もなく、端から空っぽの瞳がそこにあった。

 

「他人から与えられた大義だろう!」

「神より与えられた使命である!」

 

 決然と雄叫びを上げたデュナミスはアスカを追いかけようとはしなかった。その代わり、突然全身が膨れ上がり、その分の体積を移動させた巨大な腕を前方に爆発的に伸ばした。

 だが、その攻撃は僅かにアスカに届かない。振り下ろした巨碗は、避けたアスカの鼻先を掠めて白いブロックに食い込んだ。

 

「迷いを持てないの間違いだろうが!」

「下らぬことで一々悩む人でなくて清々しておるさ!」

 

 と、デュナミスは白いブロックに食い込ませた巨碗を支点にして、自らの身体を引き寄せた。更に伸ばした巨碗の途中から新たな腕を分岐させ、避けようとしたアスカの胴体をガッシリと掴む。

 

「このっ」

 

 捕まれたアスカは身をくねらせながら振り切ろうとしたが、それよりも早く力の限りに別に白いブロックに掴んでいる腕ごと叩きつけられる。

 

「ォオオオオオオオオオオオオ!」

 

 長いブロックの壁面を引きずり回され、叩きつけてもデュナミスはアスカを放さなかった。

 二度、三度とブロックに叩きつけたところで力尽くで拘束を振り解く前兆を感じ取り、それよりも早く力任せに放り投げられていた。

 空気を切り裂きながら十個近いブロックを次々と破砕したところで浮遊術で急制動を賭けたアスカは低い呻き声を発し、頭から流れる血を拭いながら向かって来る影の槍を迎撃する為に魔法の射手を放つ。

 

「人は考え、好奇心を持つ動物だというが、少なくとも私には当てはまらない定義だ。男が男、女が女として生まれるように、私という生き物は造物主の使徒として生まれた。だからそのように振る舞い、そのように生きる。他には何もないし、考えることもない。そんな自分を不自然だとは思わず、哀しいとも思わないのが私だ。そこに疑問を挟む余地はない」

「疑問を持たない人なんていない。そんな奴を人は人形だと言うんだよ!」

 

 竜巻の如く氾濫する雷と影の槍の中で、突如として影が膨張した。

 空間を染めんばかりの奔流が白いブロックを次々と破壊し、更に激しく轟いた雷轟に阻まれる。振り放たれた雷拳にデュナミスは顔面を強かに殴られ打ち抜かれて、ボロ雑巾の如き体たらくで吹き飛ばされた。

 

「寧ろ私は人をこそ哀れに思う。一々悩むなど無駄でしかない。であれば、不幸などない完全なる世界に浸ればいい。それこそが貴様ら愚かな人が求め続けた永遠の楽園であろうに」

 

 宙に流れる異形を、七つの雷の槍が追い打つ。七本の稲妻の槍は、ダメ押しとばかりに突き刺さるも、デュナミスは突き刺さった部分ごと分離して諸共に消滅する。

 

「他者がいるからこそ、苦しむのだ。この世界には始めから神のみぞいれば良かったのだと知れ!」

 

 後少し分離が遅れていたら殺されていたと自覚し、叫びを上げて闘志が打ち砕かれるのを必死で耐える。

 

「そんな世界に意味などあるものか!」

「あるとも! この世界を、生きる者達を見ても私には意味など解らん!」

 

 なんとか生を拾ったデュナミスは、怯えを胸から拭うべく、アスカに叫び返す。

 

「他者を否定する狭い世界だけを見て……っ!」

 

 届くはずがないと分かっていても、叫ばずにはいられない人との繋がりがデュナミスにはない。

 硬質な怨念を突出させるデュナミスこそ、世界の和を乱す存在。他者の意思が自分から生まれたものだと錯覚した斃すべき敵でしかない。一方的に湧き上がってくる嫌悪を打ち払い、アスカは闇を現出させているようなデュナミスを睨みつけて飛んだ。

 

「迷うことすら出来ないお前の尺度で人を図るな!」

 

 デュナミスの足下に回り込んだアスカが、真下か直径が等身大ほどの白い雷を放つ。一直線の熱波に反応したデュナミスが横っ飛びした直ぐ脇を雷撃が通り抜ける。

 

「人形の何が悪い! 何時までも迷い、苦しみ抜いて生きるよりも何億倍も幸福であるものを!」

 

 応戦するように影が寄り集まり、膨れ上がり、これまでのものよりも遥かに巨大な腕を作り上げて長身のアスカを覆い尽くすほどの巨大な拳が空気を切り裂いて放たれた。

 

「こんなもの!」

 

 アスカは避けようともしなかった。両の拳を合わせて右側への体の捻りと共に大きく振りかぶり、全身を右後ろに反る。そして、自分の全身ほどもある巨大な影の拳と組み合わされた両拳を打ち合わせた。

 耳をつんざく轟音が鳴り響いて互いが束の間、静止した。

 次の瞬間、影で構成された拳の中央に罅が生じ、それが一気に拳全体から腕全体に広がった。ガラスが砕ける音と共に巨大すぎる拳が砕け、突き破った。

 

「たかが腕一つで!」

 

 デュナミスの腕は影で構成された大きいのが二本、本体の小さいのが二本。いま潰したのは影で構成された影の腕の一本に過ぎない。 

 影で構成された巨椀に比べれば一回り以上は小さな本体の両腕を掲げた。その手の間の空間に影が異様なほど収束して空間が歪み、捻じれ、手の内へと収縮されていく。

 感じられる力の圧力に、無防備に突っ込もうとしたアスカの背筋に鳥肌が立ち、脳内に鳴り響く危険信号に従って急停止。

 

「くっ」

 

 影が荒れ狂う。腕が一つ無くなったことを、むしろ重荷が取れたと言わんばかりの気迫。デュナミスは極限まで圧縮された空間に閉じ込められた影を解き放った。捻じれた空間は瞬時に膨張し、狭い空間に百を超える影が幾つもの閃鋭となってアスカの逃げ場を失くす。

 アスカは回避しようとしたが最大速度で離脱しようとも、影の閃鋭は貫くだろう。

 鼓膜を引き千切るような轟音と共に、無数の影杭が雨霰と降り注ぐ。一つ一つが丸太ほどの大きさを持つそれが、次々に白いブロックを抉り、穴を抉っていく。

 その影杭の一本だけをとっても十分以上に人を殺傷できる凶悪な兵器だ。だというのに、数えきれないほどのそれが、純粋にして単純な殺意と共にアスカに殺到する。

 アスカが最大速度で空を駆ける。寸でのところで回避の間に合わなかった影杭の一本が頬を僅かに掠める。肌が裂け、肉が千切れ、血が噴き出す。

 更に一斉射された影の槍が進路上で内側から自爆した。周囲を埋め尽くすように連続して咲いた爆光に戸惑い、足が鈍った隙に上方からデュナミスが拳に魔力を込めて跳ぶ。

 漆黒の篭手に覆われたかのように拳がアスカ目がけて振り下ろされる。直撃コース。痙攣する頬が勝利を確信して笑みの肩に引き攣った瞬間、デュナミスの視界は突如発生した閃光に眩まされた。

 

「なんだ……!?」

 

 アスカが前方に雷球を生み出し、外側にのみ衝撃波がいくように自爆させたのだ。奇しくも自らがとった戦法の一部を利用された形で、衝撃波の暴威に曝されて後方に吹き飛ばされる。

 すかさず姿勢を制御して爆煙の向こうでアスカがこちらを見ている。

 

「……………そうか。そうやって貴様達は、この私を虚仮にしてくれるのか」

 

 上空からアスカが見ていてデュナミスは心情的に見下ろされていると思った。

 紅き翼達に続いて二度までも自分の顔に泥を塗る真似をする。こちらに向かって跳んだアスカ・スプリングフィールドの顔にナギ・スプリングフィールドの顔が重なり、デュナミスは他の全てを忘れた。

 

「そうやって貴様たちは我々に何度でも屈辱を思い起こさせてくれる。消えていなくなれよ、英雄! 今度こそ貴様達を駆逐してくれる!!」

 

 旺盛な気勢に比例するようにデュナミスから放射される敵意より粘着質な敵意と悪意は殆ど物理的な硬さをもってアスカの芯を震わせ、戦闘で昂る神経に促されて全身の肌を粟立たせた。

 

「―――――お前こそ」

 

 我が身を食い破られた激痛に叫びそうになりながらも、それよりも胸の内で色んなものが一緒くたになっていた。今も空を駆け抜けるアスカを射抜かんと無数に迫る影の槍達を背に置いて、考える時間などないに等しい。

 だが、一つだけは確かだった。アスカ・スプリングフィールドはデュナミスとは、フェイト・アーウェンルンクスとまた別次元で永遠に分かり合えない。

 

「お前こそ、邪魔だ――――――!」

 

 ガシッと、吠えて近づいたアスカがデュナミスに掴みかかった。デュナミスはさせないとアスカの手を掴み、二人はがっちりと組み合った。

 アスカの身体から溢れ出る白いオーラの如き咸卦の力の輝き、デュナミスから漏れ出るグレーの魔力の輝き、双方が双方を浸食しようと鬩ぎ合い、周囲の空間に稲妻が放電される。

 

「テメェは間違っている! その考え自体が歪んでいると何故気づかない!」

 

 お互いのパワーに弾かれるようにして両端に飛ばされながらアスカが叫んだ。

 先手を打つように放たれた影の槍を紙一重で躱して軌道上に乗って身体を滑らせ、一気に相対距離を詰める。すれ違った一瞬に肩の服を切り裂かれた。代わりにデュナミスの肩の角が一本根元から折れる。

 

「私はこう在るべくして在るのだ。歪んでいようが関係はない。世界を在るべき正しき姿へと戻す。この願いこそが我が創造主の願い。間違いと定義付けられた世界を作りかえることに何ら疑心はない!」

 

 何かがずれるのを、アスカは感じた。決定的な何かが、今のデュナミスには欠落している。

 例え人の顔と知能を持っていようとも、どうしても理解しえない相手。遠い異世界の論理を無理矢理現実の枠組みに翻訳したような思考。デュナミスの鋼鉄の意志は、それ自体が神の意志であるかのように揺らがない。

 アスカは叫ぶデュナミスの背後に不気味な黒い影が立ち昇るのを見た。

 

「えっ?」

 

 それは確かに黒い影だった。蜃気楼のようにデュナミスの背後に揺らめき、その影は段々と一つの形になっていた。無形の塊が筋になり、筋が人の形を成す。

 アスカには両腕を左右に広げた人の形に見えた。まるで人に取り付く悪鬼のように見えてデュナミスの手を振り払って距離を開けた。だが、渦巻いているようにも見えた悪魔の影も一瞬の内に消えた。

 

「……?」

 

 一瞬で消えたので、アスカは自分の気が動転して幻覚を見たのかと思った。猛攻を仕掛けてくるデュナミスを前にして意味を考えていられる余裕はない。

 

「神に逆らう愚か者よ! 我が前から消え去るがいい!」

 

 そのデュナミスの気合がアスカの意思に明瞭に投影された。まるで過去の怨念にしがみつかれたような気がして、腹の底が冷たくなるような戦慄を覚えた。

 

「女!?」

 

 アスカに投影されたデュナミスの意思に個人の考えなど微塵もありはしなかった。デュナミスの思い込みがそのままアスカの意思に焼きついたのである。

 ドス黒い人の心、怨念に染まった負の意思がデュナミスの周りを取り巻いている。悪鬼が見えたのもアスカの心象風景が具象化したのかもしれない。

 

「隙を見せたな!」

「―――――しまっ!?」

 

 アスカの一瞬の思考が見せた隙を突いて、デュナミスは影の槍の一撃を虚空に向かって放つ。最速で放たれた一撃を紙一重の見切りで全身を捻って躱そうとするも、一瞬の思考によって回避の行動が数瞬遅い。二人が至った領域には致命的な遅れだった。

 虚空を転移して貫通する一撃が大気を引き裂いて本物の槍のように伸びる。この一撃によって脇腹を抉られる。

 抉られたアスカの脇腹が一瞬遅れて血を噴き出す。

 

「これぐらいかすり傷だっ!」

 

 自分に思い込ませるように叫びながら即座に手刀で脇腹を貫く槍を叩き折った。

 幸いにも痛みはあるが動くのに支障を来たす器官には達していない。が、この行動の遅れは致命的にまで突け入られる隙をデュナミスに与えることになる。

 

「もらったぞ!」 

 

 致命的な隙をデュナミスは逃さない。

 先程放った最速の影槍の後に放った影が触手のようにアスカの右腕に巻き付く。気づいたアスカが影槍を斬り落としたように手刀を振り落す前に、絡みついた影は思い切り食い込み、そのまま高速で回転した。

 右腕が血飛沫を上げる。皮膚を破られた赤黒い傷が見える。そこに食い込んでなお、影の触手は更に回転して傷口を深く抉る。

 激痛にアスカが怯み、動きを鈍らせた瞬間、咄嗟に右腕に絡みつく触手を引き千切ろうとした左腕にも別の影の触手が巻き付いた。アスカが僅かな動作を見せた直後、左腕からも鮮血が吹き上がった。

 瞬く間に両足にも影の触手が巻き付き、首にも伸びてきた。声を上げようとして喉までをも締め付けられて呻きだけが漏れる。

 

「まずは首を折ってからこのまま全身を引き裂いてくれる」

「がっ、ぐっ」

 

 首の触手にどんどん引っ張られて呼吸も出来ぬまま、四肢を抑えられたアスカはもがくことも出来ない。デュナミスの思惑通りにさせたくないのかもしれないが、もはや動くことも出来ない。首と全身を締め付けられる苦痛と、思うがままにされていることへの屈辱の顔は隠すことが出来ない。

 せめて少しでも抵抗しようと腕に力を込めているのがデュナミスからもで分かるが、四肢全てが抑え込まれている上に次々と影の触手が取りついて拘束を増やしている状況では、まともに力を込めることすら困難極まりない。そもそも、完全に気管を圧迫され、呼吸も出来ず、苦痛の中で意識さえも遠のいているのか瞳が虚ろになってきていた。

 

「ぎっ、がっ」

 

 デュナミスはアスカに意識を失わせるつもりはない。捕らえていた四肢を引き伸ばしたことにより激痛で意識を取り戻させる。

 関節が軋む音と何かが千切れる音にデュナミスは鮮烈な笑みを浮かべた。大きく見開かれたアスカの蒼い瞳だけが苦痛を表していた。

 

「さらばだ、英雄よ」

 

 英雄というものがどれだけしぶといかを知っているデュナミスはそれ以上は遊ぶことなく、更に何本もの触手を全身が見えなくなるほどに巻き付けて隠す。

 影の触手に覆われた身体が不自然なほどに後ろに反り返る。そのまま影の触手達はそのまま関節の可動域など既に超えてしまっている状態の肉体を容赦なく捻じ曲げていく。

 なにかがへし折れる音が確かに響いてデュナミスは勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達のようなお気楽な学生に負ける訳にはいかない!」

 

 それがアスカがデュナミスと共に姿を消してから長瀬楓達に襲い掛かって来たフェイトの部下である焔達の口上であった。

 

「はぁああああああああああああああ!!」

 

 叫びと共に焔の服が彼女から発せられた炎で燃やし尽くして炎精霊化して楓と激突する。

 

「自陣加速!」

 

 暦がアーティファクト『時の回廊』を発動して調の周辺空間の時間を加速させる。

 

「う……く……」

 

 木精憑依を最大顕現し、樹龍を招来した調はアーティファクト『狂気の提琴』を握り、木乃香を守っている茶々丸に狙いを定める。

 

「ふっ、覚悟なさい!」

「俺の狗族化みたいなもんか」

 

 気勢を発した暦の肌は瞬く間に髪と目と同色の黒の毛で覆われ、その両手足には鋭い爪が現れた。

 豹族獣化した暦の変化に、自身と似た感じを覚えた小太郎の目付きも変わり、向かって来る少女に相対する。

 

「…………」

 

 アスカを結界空間に閉じ込めたアーティファクト『無限抱擁』の持ち主である環は四つん這いになり、他の三人同様にその身を変化させていく。頭から二つの角が伸び、大きな尻尾、そして翼が現れる。

 対して古菲は、神珍鉄自在棍の一端を斜めに床へと突き立てた。

 

「――――伸びろ」

「……」

 

 環の目には、古菲が消えたようにしか見えなかっただろう。一瞬後、古菲の身体は環の頭上にあった。

 

「落ちるアル!」

 

 伸ばした神珍鉄自在棍を振り上げ、無造作に振り下ろす。

 間近で大砲が打ち鳴らされたような、人どころか竜すらも悶絶するには十分な音を撒き散らして環が墜落した。

 次の瞬間、竜と化した環は空中へ跳ね飛ばされた。実際には古菲の手から神珍鉄自在棍が伸びたのだ。想像を絶する速度で伸びた神珍鉄自在棍は強かに環の腹を打ち、天高く跳ね飛ばしたのである。

 跳ね飛ばした高さは、おおよそ十メートル。今の竜化して人間形態と時と比べて五倍以上になった体を考えればありえないパワーだった。

 

「ギシャァァァァァ!」

 

 竜族である環は見た目同様に頑強な肉体となっていて、堪えた様子もなく雄叫びを上げる。

 

「ここで死になさい、新たなる世界を望まぬ者達よ!」

 

 焔が魔眼の力を全開にして、彼女の視界内が炎で埋め尽くされる。文字通り、裁きの炎のような火炎であった。

 張り巡らされていた石柱さえ紅く溶かし、数千度という熱が世界を押し包んだのである。灼熱というも愚かしい熱波は、水分という水分を蒸発させ、空気からして地獄の成分へと置き換えた。

 時間さえも、炎に焼き尽くされたように思えた。

 実際、それほどの熱にあっては秒瞬も数時間も同じことだっただろう。たかが人間の肉体如き、骨の芯まで炭化する他ない。

 

「何故、そこまでして今の世界を壊そうとするのでござるか!」

 

 炎に巻き込まれる前に離脱した楓が問いかける。

 少女達は敵である楓達に恨みを欠片も抱いていない。自分達と同じで、ただ守るための手段が違うだけで心の中にある大切な何かを守ろうとしている。

 

「他の世界の貴方達には関係のない話でしょ!」

「今、ここにこうして立っている以上、無関係なはずがなかろう!」

「他のゲートはともかく、オスティアのゲートは稼働しているはず。こんなところに来る前に戦いに巻き込まれる前に自分達の世界に帰ればよかったじゃないの!」

 

 楓から苦無が飛び、焔が睨んだ端から発火する。

 睨むだけで発火出来るとは随分と便利な能力だと楓は毒づきながら対策方法を幾つか考える。

 

「級友を放っておいて帰れるものか!」

「彼女は元よりこの世界の住人で黄昏の姫巫女。住む世界が違うのよ!」

 

 総督府から流されたアスカとクルトの間で明かされた二十年前の真実の中で明日菜がこの世界の住人であることは、分身を出して攪乱している楓も知っている。

 

「拙者にとって明日菜殿は黄昏の姫巫女ではなく、出席番号八番の神楽坂明日菜でござる。バカレンジャー・レッドで、元気いっぱいで強気。掛け替えのない級友を住む世界が違うからといって忘れて拙者らだけ麻帆良に帰ることなどまかりならん!」

 

 視界に映る楓を全部燃やすつもりの焔から放たれた炎が辺りに次々に広がっていく。その様を観察しながら焔の能力を査定していく楓が隙を見て苦無を放つも気づかれて燃やされた。

 

「では、この世界に滅びろというのですか! 黄昏の姫巫女無くしてこの世界はいずれ滅びる!」

「アスカ殿が世界を存続させうる方法があると貴殿らの仲間も認めいたでござろう!」

「だとしても、もうそんなことは問題じゃないのよ!」

 

 楓と焔が舌戦と戦闘を繰り返して一進一退になっているように、両陣営は言葉と力を以て己の意を通そうとしていた。

 

(なんて傲慢な――――――なんて狂信的で魅惑的な想いでござるか!)

 

 迫り来る火の玉に服を焼かれながらも躱した楓の全身に、攻撃によるものではない震えが走った。

 自分が同じ環境にあったとしたら耐えられるか自信が持てなかった。

 世界は正しくないところがある。理不尽な運命、後戻りできない死、ある意味で公平で、だからこ世界は不公平で出来ている。そこまでは理解できる。直すべき部分がある。全くその通りだ。けれど、その為にここまでのことが出来るのか。楓には出来ない。

 忍者とは耐え忍ぶ者と書く。骨の髄まで忍者としての業に染まった楓には決して彼女達のようには出来ない。だが、出来ないからこそ、これほどまでに憧れてしまう。

 

(知りたい! 何故、彼女達がそこまで世界を変えたいと望むのかっ!!)

 

 楓は世界を変えたいと望む者達の心の裡を想像しようとした。

 どんな悲劇が、どんな不幸が、彼女達に決意させたのか。どれほどの絶望、どれほどの痛みが現在と未来を引き換えにしても良い思わせたのか。

 

「知りたいと言うなら幾らでも教えてあげるわ!」

 

 未だ天秤はどちらにも明確に傾くことはなく、ユラユラと揺れている。自らに勝利を引き寄せようと焔が動いた。

 近くで暦と戦っている小太郎と近くにいた古菲に向けて、調がアーティファクト『狂気の堤琴』を使って地面を爆発させて大量の粉塵が起こったところを発火させて粉塵爆発を起こす。

 先に離脱していた暦は小太郎の周囲の時間を時の回廊で遅らせている。爆発直前に時の回廊は解除されたが粉塵爆発に巻き込まれた二人の安否を気にした楓に三人の攻撃が集中する。

 

「ずっと神様なんていないと思ってた、神様がいるなら世界はもっと優しいはずだって」

 

 三人の攻撃を回避する楓に向けて絶対に避けられないタイミングで発火させて大爆発させた焔は根本的なところで神の存在を信じれていなかった。彼女にあったことを考えれば当然のと事で、フェイトの下で世界の秘密を知っても考えは変わらなかった。

 

「私の住んでいてシルチス亜大陸のパルティアは昔から戦乱に巻き込まれやすい地域にいたから余計にそう思っていたわ。大戦後も紛争や闘争が続き、遂には私がいた村も焼かれた。生き残ったのは私一人だけ!」

 

 黒煙を切り裂くように落ちた楓は全身に気を纏って防御したが負ったダメージは大きい。

 

「……………戦災孤児になったから世界を変えようとしているのでござるか」

 

 なんとか近くの足場に着地するが特に右半身の火傷は酷く、右膝が折れて膝をつく。

 

「そうです。旧世界の平和な国で学生をやっている貴方達には我々のような者の痛みが分かるはずがない」

 

 世界中で探せば幾らでもある悲劇の一つではあるが、一人の人生においては大きな出来事である。

 大戦が終わって国同士の戦争は無くなっても個人間や集団間での紛争は止まらない。実際に紛争に巻き込まれて平和だった村を焼き討ちされた焔の叫びと火炎は止まらない。

 旧世界の日本で戦争を体験していない世代である者達に自分達の気持ちが理解できるはずがないと、身に抱える感情と共に楓を攻撃する炎がその威力を増す。左足で跳ねたが熱気が舐めるように肌を炙る。

 

「例え世界の崩壊が回避されたとしても、この世界は今のまま何一つとして改善されていない。私達のような孤児が減ることもない」

 

 大戦が終わっても世界は何も変わっていない。英雄は戦争を止めただけで、人は争い続けて来たと自らの実体験を以て焔は訴え続ける。その度に炎は虚空瞬動で逃げ続ける楓を捕らえようと執拗に発火する。

 

「憎しみも怒りも悲しみも、決して消えない。人は争い続ける。それしか知らないから、命を大事と言いながら奪い合う」

 

 安らぐために殺し、楽しむために壊す。知恵をもって生きる人の罪業。フェイトと共に世界を回って多くの悲劇を見た焔は叫ばずにはいられない。

 

「もう直ぐ世界は変わる。こんな救いようのない果てしなき欲望の地獄から、フェイト様が求める真実の楽園へと!!」

 

 限り無い憎しみを込めて、終わっても終わらぬ戦争の被害者とも言える少女は何も知らないと断じた楓を燃やし尽くさんと睨む端から燃やし尽くしながら叫ぶ。

 

「世界は今、生まれ変わろうとしている。より良き完璧な世界を目指して不幸も苦痛もない、偽りもない、何もかもが光り輝く世界に!」

 

 現段階の焔では睨んだら発火は一瞬の溜めが必要なようで視界外、もしくは発火する前に退避すればそれほど難しくはない。とはいえ、右半身に火傷を負っている楓には酷な動作である。

 

「しかし、『完全なる世界』は他人との繋がりを断ち切って成立するものでござる。接触を求める人にまで犠牲を強いる。人は絶対に一人では生きていけないでござる。そんな寂しい世界に意味があるのでござるか」

 

 世界は矛盾に満ちているとしても、その矛盾を解く方程式は存在しない。その方程式が存在するのは、ごく限られた限定された世界の中だけなのだ。

 現実というのは、つまるところ他者の存在によって成り立つ。だが、現実に絶望した者はどうすればいいのか。答えは簡単だ。世界を区切ればいい。世界を自分で限定する。自らが望んだ世界に―――――完全なる世界のように。

 

「他人がいれば主義が生まれ、集団になれば勢力を作り、勢力間で対立関係が生じる。融和を望めば、望まない者との間に新たな対立が生まれるだけ。何時だってのような無責任な理想論主義が争いを招く!」

 

 無責任な理想主義が、戦争を争いの元となる。その言葉で炎に炙られて灼熱している楓の脳裏に学校の授業で学んだ歴史が去来する。

 過去の歴史の中において理想論を語って人を扇動しながらも、その責任を果たすことが出来ずに没して行った例は枚挙に暇がない。 

 無知こそ罪だ。知らなかったからといって許されはしない。それで死ぬのは知るべきことを知らなかった自分たちなのだから。そうなったとき誰かに責任を被せたとて、失った命や破壊された多くものが戻るだろうか。

 

「確かに。だけど、この世界の者達は本当に一生懸命生きているでござる。優しくて正しい生き方で…………誰かを愛して、愛されて、応えようとして。そんな人達の大切な今を、例えどんな目的があっても奪ってはいけないのでござるよ」

 

 有史以来ずっと戦争で悲惨な死を遂げた若者達が踊らされてきた論理であるのかもしれなかった。だが、その心情は真性のもので、それを否定したら人は生きていくことは出来ないだろう。

 睨んでも発火することを止めた焔は楓の言葉に沈黙する。攻撃をせずに沈黙した焔に離れた場所に降り立った楓は息を整える。

 

「…………如何にも平和な世界で生まれ育った貴方達らしい意見です」

 

 そうして、ずっと長い沈黙があって焔は世界全部の業の重さを背負ったような声で呟く。

 

「正しく、真っ直ぐで、ご自分の信念に僅かな疑いも持っていない。ああ、大きな悲劇も絶望も喪失も知らないから言える言葉」

 

 変えようがない世界で煩悶し続ける当たり前の人間の想いを代表して少女が吠える。

 

「ですが、貴女は分かっていない。完全なる世界は貴女が口にする正しい在り方へのアンチテーゼ。完全なる世界は、永久の営みを抱く世界。完全な独立を実現した世界。過去どれほどの者達が夢想したか分からない理想郷」

 

 人の魂は全て孤独を抱えている。似たような魂は、それこそ星の数ほどもあった。

 孤独を抱えないのは、神々に祝福された聖人、万人に愛される英雄、傍若無人な太陽だけだ。社会の繊細な機微など一顧だにせず、激しく強く伸びやかにただ自らを燃やす太陽のように孤独を抱える者を焼く。

 

「無論、それを良しとしない者もいるでしょう。でも、完全なる世界を求める人は大勢います。貴女が想像するより、遥かに多い」

 

 焔は訥々と語り、言葉を切った。

 平坦な口調にも関わらず、言葉の一つ一つに雷の如き破壊力がある。彼女を支配しているのは、恨みや憤りが渾然となった、激しい敵愾心だった。純粋な負の感情だ。

 

「この思いを分かってほしいとは思わない。貴女から見れば哀れに映るのかもしれませんね。ですが、だからこそ、私達はフェイト様が示して下さった巡り得た輝きを貴重に思う」

 

 焔が言いたいことはなにかという疑問に答えは簡単に答えを見つけられた。

 

「分かりますか? 自らが幻想と知った絶望が、何時消えるかも分からない恐怖が、この世界を造った神に間違いと断じられた悲しみが」

 

 真実だと思っていた物が幻想で、本当だと思っていたものが嘘だったとしたら、そんな世界で生きていくほど辛いことはない。不思議なくらい、楓には敵である少女達の想いがくっきりと想像できるのだった。

 

「完全なる世界ならば、残酷な真実も忘れて遍く全てが等しく幸福となる。幸福を求めて何が悪い!」

 

 完全なる世界で死んだ祖父母と里でのんびりと過ごせた夢は、今という現実を侵しかねないほどに幸福だった。幸せという麻薬は如何なる脅迫にも拷問にも勝る。アスカの叫びが聞こえなかったらあのままあの世界で耽溺し続けただろう。それだけ幸せだった。

 

「くそ……」

 

 僅かでも共感してしまって目の前の少女達を決して敵として憎みきることが出来なくて、暦と戦っていた小太郎は奥歯を噛み締めた。

 何もかも狂っている。どこかが決定的に間違っている。もし誰か頭のいい奴がいて、何がどんな風に間違っているのか教えてくれるなら喜んで以後の人生を捧げただろう。

 苦悩が戦意を弱らげ、動きを鈍らせる。まるで芯をずらしたような攻撃、当てて下さいといわんばかりの行動。恐れてでもいるのか、と調はチラと考え、後退するばかりの敵を見据えて違うと結論して奥歯を噛みしめた。

 今の彼・彼女らからは戦意が全く感じられない。先ほどまでの鬱陶しいまでの覇気がなく、ただ逃げ回っているのだ。

 

「バカにして……! 私達を憐れんでいるとつもりですか!」

 

 調は呻きながら我知らずにアーティファクトにかけた指を強張らせた。

 

「本気で戦いなさい!」

 

 調の救憐唱で起こった間接的な衝撃波に飛ばされながら楓は宙を舞う。

 そうでなければ、こんな戦いに意味はない。

 彼女達に差があるわけではない。違いがあるわけでもない。両者を分けるのは求める先にあるもの。神、希望、可能性、言い方はなんだっていい。光がなければ人は生きてはいけない。

 

「幸福を求めることを悪いとは思わないでござる。お主の気持ちも薄らと分かる気がするでござる。だが、世界の真実の一端を誰もが知った。これからどうしたって世界は変わるでござるよ」

 

 幸福に耽溺することがどういうことか知った楓は、だからというわけではないが敵である少女らの怒りと悲しみに渦巻く激しい感情に薄らと想像できたのだ。

 この嘘と偽物に塗り固められた世界は正しくないのかもしれない、と。国の上層部は世界の真実をひた隠しにして嘘をついている。本当のことを知らされず、お前達は生きていけばいいのだと言っている等しい。

 

「今更世界に真実が告げられたところで止まれるものか! この間違った世界を正すまで、止まることなどありえない!」

 

 アスカから世界の裏側の事情を聞いて心のどこかで思った。間違っている。何もかも。全てはこんなにも間違っている。それは真実を知ってしまった彼女達も同様なのだろう。

 こんな世界は変えてしまった方がいいはずだ。いいや、変えなければいけない。世界を正しき姿へと創り直さなければいけない。明日なんか信じない。現在なんか要らない。幸せな世界だけを、もっと完全な、平和と幸福だけで作られた世界を。

 

「拙者は馬鹿でござるが、これだけは分かるでござる。お主たちの想いも願いも間違いなどではござらんよ。だが、同時に正しいとも思えないでござる」

 

 音もなく地に降り立った楓は、悼むように目を伏せた

 テオドラに借りた別荘の中でアスカから魔法世界人がどういう存在なのかを事前に聞いていた。

 その時の情景が脳裏を過ぎる。

 

『ちくしょう………そんなってアリなんか。酷すぎるで』

『酷い、か。それは間違っていると思うぞ』

 

 嫌悪を露に吐き捨てる小太郎にアスカは何故か怒っているようだった。

 その本質が幽霊みたいに曖昧な存在であり、各国上層部がそのことをひた隠しにしていることに憤っていたことを怒っているわけではない。アスカが怒っているのは別の事に対してだ。

 

『良いか? 生物として必要な要素を兼ね備えていても魔法世界人の本質は魔法世界と同じく儚い幻想だ』

 

 だが、とアスカは一度言葉を切って、

 

『儚い幻想だとしても、だからなんだって話に過ぎない』

 

 はっきりと、迷わずに言い切った。

 

『魔法世界に来てから出会った人達はお前達の目から見てどうだった? 命も心もない幻想に過ぎなかったか? 違うだろ。俺達と同じように楽しければ笑うし、悲しければ泣く。嫌なことがあったら落ち込んで、ムカつけば怒りもする』

 

 全員の脳裏に魔法世界に来てから出会った人々、物、風景が浮かぶ。

 

『彼らは簡単に失われて良いほど軽い存在だったか? 現実に存在しているとかしていなとか、本物だとか偽物だとか、そんな理由だけで消えてしまっても良い存在だったか?』

  

 違う。そんな訳がない。誰もが心の中で断言した。

 彼らは生きていた。幻だとかそんなことは関係なく生きていた。儚い幻想だからといって消えて良い理由になるはずがない。

 

『戦う理由なんてその程度で十分だと、俺は思う。お前達には戦う理由はあるか?』

 

 過去と現在の中で問いと答えが反響し合う。どうしてこんなにも辛いことや哀しいことが沢山ある世界を守ろうとしているのか。どうして行動を理解してしまえる彼女達の邪魔をしているのか。

 

(何故って、それは)

 

 楓の中には最初から答えがあった。

 仲間であり、友人であり、同級生である神楽坂明日菜を助けること。彼女達が言うような世界救済を目的とした英雄的行動は結果に付随してくるオマケでしかない。仲間内でも世界救済に関して明確なビジョンを持っているのはアスカしかいないと、楓もそう思う。

 彼女達の邪魔をするのも単純明快。何かがあるかもしれない未来を閉じてしまいたくないから。

 どれだけ強大な敵と戦うことが出来ても楓達は十四歳の少女、まだ子供なのだ。人生が楽しくなるのはこれから。

 自分達と彼女達、正しいのはどちらか。そもそも、この二つに違いはあるのか。呪いのように、祝いのように問答が付き纏う。

 いずれにせよ、揺ぎ無いことは彼女達がフェイトを信じているようにアスカを信じているという事だ。

 楓は瞬きをした。そうだ、その通りだ。自分で選んで来たのだ。友の為に来たのだ。この地獄の中へ飛び込んできたのだ。どこにも後悔はなかった。ただ、決心だけがあった。 

 

「アスカ・スプリングフィールドは魔法世界を救済策をあると言った。だけど、世界を救っても何も変わらない。それでは今までと同じように悲劇だけが永遠に続く。提示出来るだけの未来もなしに、無責任に否定ばかりして、その先はどうする?」

 

 狂っているか、と頭の中で自問し、狂いもしようと自答した焔は自らの行いに正当性を見出した。

 父も、母も、村人も、絶望と悔恨の中で死んでいった彼らの無念を晴らすために、自分の生はあった。狂って当たり前の矛盾だらけの生は、今日という日のためにあったのだと思いたい。狂わせたのは、この世界だ。

 

「世界の運命や未来なんて拙者が偉そうに語れるものではないござる。生憎とそんな大層な理想も力もないでござるからな」

「無責任な……!」

「個人で為せることなど大したことはないでござる! 自分で自分を騙して、分かったようなことを言って…………! 本当は貴殿にも分かっているのでござろう。こんなのはただ逃げているだけだと。なにも報われるものはないのだと!」

 

 焔の目がカッと開かれる。

 

「なんにも知らない人がデカイ口を! 貴女の言う通りだとしても完全なる世界になれば戦災孤児が生まれることは無くなる! 最善の世界、幸福な過去だけが、フェイト様が私達を救ってくれる!」

「そんなの……! ただの思考停止ではござらんか!」

 

 これが現実だと言いながら、実は自分は認めていない。本意であることを本意であるかのように嘯き、自分で自分を苦しめている。背負わねばなにもできず、時に自らを殺さなければならなくなる。

 

「いい加減に眼を覚ますでござるよ! 過去だけが幸福などというのは間違っている! お主達はそれに気が付いてないだけでござる!」

 

 分かり合えないと内心で断じた焔は全身から炎を発して周辺に自らのテリトリーを広げる。

 

「分かっていないのは貴女達よ! フェイト様は新しい世界を切り拓く方なのよ! 理想の為なら死ぬ覚悟だって出来ているわ!」

 

 その言葉を聞いた時、楓は全身を焼かれながら火炎を突っ切って焔を殴っていた。

 

「そんな勝手なことのために死ぬなんて許さないでござる! 世界を変えるなら最後まで見届けるでござるよ!」

「くっ、対価を支払わずに奇蹟を願えと言うの!」

「当たり前でござる!」

 

 焔の気持ちが分かる、などと気安く言うことは出来ない。

 今も反撃してくる焔には、彼女だけの痛みと苦しみがある。それを想像しただけで、『分かる』などと理解を示すことはあまりにも傲慢だ。

 

「欲張りで何が悪いでござる! なんでそんなどうしようもない場所で立ち止まって、他の答えが見つかるまで足掻かないでござるか!」

 

 一瞬の激昂。何の迷いもなく叫んだ。世界を賭けた理由も何も、その瞬間には忘れていた。

 分身体で攪乱しつつ、四つ身分身朧十字を放ってダメージを与える。

 

「づぅう、馬鹿なことを言わないで下さい。そんな、理屈に合わな――――――――」

「理屈だなんだと考える前に、もっと馬鹿になれって言っているでござるよ、拙者は!」

 

 駄目押しとばかりに炎精霊化した焔に容赦なく風魔手裏剣を突き刺して力一杯に怒鳴りつける。

 亡くした者を悼むことと、悲哀に縛られることは同一ではない。遺された者が死者にしてやれることなど、多分なにもないのだ。ただ生きること、速やかに日常へ帰っていくことだけが餞となり得る。幼き頃に祖父母が亡くなった時に悲しみに沈んでいた楓に両親が教えてくれた。

 

「確かにこの世界は地獄なのかもしれないでござる。生きているだけで苦しいかもしれないでござる。それでも――」

 

 焔に胴体に突き刺さったかに思われた風魔手裏剣はその前に刃を焼き尽くされている。ならば、と周辺の台座にも次々に風魔手裏剣を突き刺す。その全ては鎖で繋がれていた。

 

「この世に生を受けたのならば生きていくしかないでござろう! 死した者達に報いる為にも、生かされた者の義務でござる!」

 

 世界はとても非情だ。夢や希望が必ず叶うとは限らず、願いや想いが必ず届くこともない。寧ろ現実は常に挫折と失敗が付き纏い、人の一生はそうした不幸を緯糸にして織られていく布のようなものだ。

 だとしても、この世界で人は生きていくしかない。生まれてきたのは、生きるためなのだから。それに、憎悪と絶望が立ち込める世界にも見るべきものはある。 

 楓は静かに己の想いを噛みしめた。そして、この思いを自分にもたらしてくれたものを考える。脳裏に魔法世界に来てから様々な光景や人々が思い出される。それは土地であったり、今までに知り合ってきた人々。

 

「一度でもこの世界を美しいと思ったことは本当にないのでござるか? 全てが醜く存在してはならないと本気で思っているのでござるか?」

 

 鎖に撒きつけられている爆符が炎精霊化している焔が無意識化にも発してる炎に反応して連鎖的に大爆発を引き起こす。

 

「綺麗だと思えたことなら何度でもあるわよ! だから、苦しいのよ! 悔しいのよ!」

 

 大爆発に巻き込まれて大きなダメージを負いながらも、楓の問いに焔は僅かな遅滞も見せずに即答した。

 楓に返ってきたのは激昂。激発したのは怒りであり、憎しみであり、小さな個人でしかない無力な己に憤っていた。

 優しさで世界は救えない。哀しいことだが、優しさとは甘さだ。幸せを願う気持ちなど嘲笑と共に汚し、侮蔑と共に踏み躙る輩もまた、当たり前のように存在している。その時に役に立つのは優しさではなく、何者にも屈しない強さである。

 

「どうしようもなく憎いのよ! 綺麗なものを殺す者達が、想いを穢す者達がいることが!」

 

 黒煙を振り払うように焔が纏う炎が勢いを増す。

 

「あなたに分かる! 家族を、友達を、知り合いを殺されて自分だけが生き残ってしまった現実が!」

 

 焔は英雄でもなければ強者でもなく、戦うどころか人を殴ることすら出来ない弱い子供だった。

 多くが死んだ村の中で自分だけが取り残され、一人だけフェイトに助けられた。一思いに死ねれた者はまだいい。中には残酷な方法で生殺しにされたり、死後も体を晒され辱められた者もいる。

 死者の無念を思えば後を追うことは許されず、石に噛り付いてでも生き延びなければならないという理屈は分かる。

 

「どうしたら死んだ者達の無念に報いられるのよ!」

 

 生にしがみ付いている自分を毎日見る悪夢が、どうして自分だけが生き残ったのかと責めたてる。血塗れで足を掴んで蒼褪めて死人のようになった末期の顔をこちらに向けるのだ。

 

「報いるにはみんなを殺した者に仇名すしかない。でも、弱い私に何が出来るっていうの!」

 

 相手は軍や集団である。一個人である少女になにが出来ようか。弱いからだ。自分がどうしようもなく弱いから泣き寝入りをしなければならない。

 

「だから私達は強くなった。誰にも負けない為に、挫けない為に、今度こそ奪わせない為に。フェイト様の望みを邪魔をする者は全て敵だ!」

 

 叫ぶその左眼が刹那、煉獄の如く真紅に染まる。

 暴炎。魔眼の瞳から視線に沿って超高熱の炎が噴き出す。途上にあった全てを悉く蒸発させ、けれど炎は勢いを止めずに直進する。着火する。

 大火災となった。壁を貫き這い回る魔眼の炎と猛煙が、焔の視界を地獄絵図に変貌させる。歪む空気。弾ける火花。視界の全てが紅く染まっていく。

 

「燃えろ! 燃えろ! あはははははは!」

 

 何もかも燃えてしまえばいいと、空っぽな心を映した感情声の底に張り付いてた。

 あまりにも人間らしく、しかし人間というには邪気のなさすぎる笑み。人を殺すのに一切の敵意を必要としない人間が此処にいた。

 

「拙者には貴殿らの気持ちは分からんでござるよ。分かるなど、口が裂けても言えぬ」

 

 でも、そうならなぜこうも昂るのか。否、と心が叫ぶのか。その目、その言葉が一々胸に刺さり、締め付けられる痛みを伝えてくれるのは何故だ。

 家族で死んだのは老衰と病死の祖父母のみ。両親は健在で知人も生きている。まだ本当に哀しいことを知らない自分には、彼女らの気持ちを否定できる資格がない。百も承知の上で、楓は歯を食い縛り、火傷で痛む体を押して奮える膝を奮起させて膝を立たせた。

 

「でも、分からないからって止まることは出来ないでござる。拙者にも闘う理由がある故」

 

 自分一人ではない闘う理由を想起して支えにし、楓は両の足を地面に押し付けた。

 

「ただ、これだけは言えるでござる」

 

 紅蓮の海の中で水分を奪われた喉を掠れさせて震わせた声を楓が放つ。

 

「確かに許せないのでござろう。憎いんでござろう。どうしてそれをみんなに聞こえるように声を大にして叫ばなかったのでござるか!」

「言って何が変わる! 個人の言葉が世界どころか国にさえ届かないというのに、一人で叫んだところで何も変わりはしない!」

 

 集団に、国に、世界に、個人の声がどこまで届くのか。どんな馬鹿にだって分かる。

 どんな相手が敵であっても非情に徹しなければならない。他に光に報いる術がないから。失ってしまった死者の嘆きに応えられる答えを持っていないから。こんな人どころか世界にも見捨てられた自分達に手を差し伸べてくれたフェイトに報いる術が。

 

「私達はフェイト様に救われた。差し伸べられた手に光を見て、その向こうに夢を希望を見たのです。あの方が求めることこそ、我ら救われぬ者達が望む世界。どんな苦難が待ち構えていようと必ず成就して見せる。でなければ、我らはあの方に報いることが出来ない」

 

 炎の中で偽りの世界を憎む少女らは踊る。

 

「変わらないかもしれないでござる。でも、分かってくれる人もきっといるでござる。拙者も、お主の言葉に感銘を受けたでござる」

 

 グッと詰まった焔の目の色を見て、真摯に楓は言葉を重ねる。

 

「お主から発せられた言葉が他の者を動かせば、他者もまた声を張るでござる。拙者の声を聞いてくれた誰かが声を発し、その者の言葉もまた誰かを動かし、連鎖すれば個人で終わることはない。きっと国を、世界を変えることだって出来るでござるよ」

「世迷言を! そんな都合良く上手くいくはずが……」

「やってもいない内から諦めている者が何も変えられるはずが無かろう」

 

 求める世界は同じなのに焔は英雄の仲間らのと間にどれほどの差異があるのかと疑問が過った。だとしたら自分達が選んだ選択は間違いだったのか。

 こうしている間にも「墓守り人の宮殿」の外ではこことはまた種類の違う戦いを続けている。

 

「拙者はこの世界が好きだから、今まで出会った来た全ての者に恥じたくない生き方をしたいから、今のままの世界を変えていくことを望むでござる!」

 

 楓の叫びに、しかし焔は一片も動じない。怒りに狂うのでもなく、嘲りに笑うのでもなく、罪悪を感じるわけでもなく。ただ動じなかった。

 その光景に、楓はゾッとした。焔には、恐らく理屈は通じない。儀式が発動してしまった時点で、何かレールのようなものから脱線してしまったんだろう。その結果、世界にどれだけの影響を与えるかなど分かりきっている。ただ、正しいものを正しいものへと還そうするように。

 それでも言葉を重ねなければならない、気持ちを伝えなければならない。分かり合うことを止めたら殺し合うことしか出来なくなる。それこそ希望がない。

 

「人だって偶には逃げたくなる。完全なる世界は一時の夢であるならば理想的でござろう。だが、夢は必ずいつかは覚めるもの! 拙者らは現実を生きているのでござる!」

 

 果たしてこの戦いの歴史に終わりはあるのか。それとも、これら全てを終わらせるには、彼女らの言うように「完全なる世界」を生み出すことがたった一つの手段であるのか。

 戦いながらも楓の心は激しく揺れていた。

 彼女には分からない。押し寄せる絶望に圧倒されながら、それでも焔からの攻撃を避けて飛び回り戦い続けた。

 

「虚構の価値は現実より低いと頭ごなしに否定するのか!」

 

 楓の言い様に焔は嗤われていると感じたのか、更に激昂した。怒りに反応して身を包む炎が勢いを増す。

 

「そうやって自分への卑下しているのはお主でござる!」

 

 と、抗いの言葉を言わせる確かな熱が楓の胸の中にあった。

 

「自らは幻想で、魔法世界が現実に存在しない。不完全で間違っているからと思い込もうとしている。もっと真摯に生きるべきでござる!」

 

 魔法世界は幻想なのかもしれない。魔法世界人は現実に存在していない不確かな存在なのかもしれない。だが、焔はそうやって自分を卑下し過ぎている。幻想だから、不確かだから、正すべきだとそう思い込もうとしている。

 

「それでも、それでも、私はこの世界に我慢ならない」

 

 思いがあっても結果として間違ってしまう人は沢山いる。また、その発せられた言葉が、それを聞く人にそのまま届くとも限らない。受け取る側もまた自分なりに勝手に受け取る。それは間違っている。だから恨むなと、嘆く人々に言えるだろうか。言えるはずがない。

 

「そう言ったお主らが始めたこの戦いでも戦争孤児を生まれてもでござるか!」

「それは……」

 

 新オスティア空域で戦争と呼べる戦いが行われているのは焔も知っている。

 戦えば誰かが死に、今もこうしている間にも誰かの親が死んで、どこかで戦災孤児が生まれているかもしれない。結果的にとはいえ、嘗て憎んだ者達と同じことをしていることを否定できない。

 戦災孤児を生み出さない為に始めた戦いが戦災孤児を生み出すこの矛盾を焔は無視出来ない。

 

「完全なる世界にさえなれば悲しみを知る前に――」

「自分すら騙せない欺瞞で他者を納得させられるわけがないでござる!」

 

 欺瞞である、と焔は認めざるをえない。

 完全なる世界の方が救われる者が多いことは間違いのない正義であるというのに、そこに至る道のりで憎んだ者と同じことをしている。

 焔も分かっていたことだ。大国達が抗うことも、兵士達が最前線で戦うことも。

 

「それでも、それでも私は……!」

 

 矛盾に気付いたところで、今更止まれるものではない。

 

「もう、ここで止まるでござるよ。完全なる世界に次代はないのでござるから」

 

 楓は叫ぶ。完全なる世界に『次代』というものはないのだと。

 誰かが誰かと競い合い、誰かが誰かを押し退けない。言葉にすれば理想なのに、現実にすればただの滅びでしかない。

 憎まないとは、そういうことだ。諍いがないとは、そういうことだ。他者との闘いなど思わないように、誰かを捻じ伏せたいと考えないように。ある種、理想の世界ではあろう。古代より夢見られてきた世界かもしれない。

 しかし、それはもう人の世界と言えるのだろうか。闘争は人間の本性だ。それを根絶するというなら、人間を根絶するのも当然だ。これが無意味でなくて何なのだ。

 

「お主が言っていた戦災孤児云々の前に、他人を区切り個人で世界を閉じるのならば、子供が生まれることが無くなるのはではござらんか?」

 

 焔も考えなかったわけではない。子供は他者同士が繋がって生まれて来る。世界を個人で閉じれば生まれようがないのではないかと。

 進化も変化も無ければ退化もない。幸福だけが強制された停滞である。子供が生まれるはずもないし、当たり前ながら成長もない。過去から現在を永遠にループする閉じた世界。完全なる世界に次代も末来もないのだ。それでも人々には幸福が約束されている。幸福だけが、約束されている。

 

「拙者も女でござる。いずれは、これはと思う良き男の子を孕み、産んで育てたいと考えているでござる」

 

 向かい合う焼け残った石柱で立った焔の視線の先で、炎に焼かれて色んな部位が露出している中で楓は腹部に手を当てた。そのポーズが示す意味を言葉と共に直ぐに察した焔も無意識に同じ場所を触る。

 

「お主にはいないのでござるか? これはと思う男は」

 

 言われて真っ先に想起したのは自らを救ってくれた人だった。

 

『僕達と来るかい? 返事はご両親を弔った後で良いよ、手伝おう』

 

 両親を、住んでいた村を、生きて来た全てを喪った焔に差し伸べられた手。

 忠節を誓い、その目的を知って必ず果たすと同じ境遇の仲間と誓い合った。もしも世界が最初から完全なる世界であったのならば、焔達は生まれることすら出来ない。同じ志を抱いて日々を過ごした大切な時間ですら存在することはなかったのだ。

 全てを喪う悲劇はあっても、この命は救われて、同じ境遇の少女達とフェイトに仕えた日々は幸福と言えるものだった。

 

「……………………だからって」

 

 連鎖する。思い出が、気持ちが、ここに至るまでに過ごしてきた日々が、今際の際に起こるという走馬灯のように連鎖して焔の脳裏を過っていく。

 自分の存在が不確かでも、世界が間違っていても、楽しかった日々を否定することは出来ない。

 

「…………だからって」

 

 戦災孤児を生み出さないという罅割れた信念であっても、一度始めたことを止められるほど焔は器用ではなかった。

 

「だからって」

 

 揺れ動く信念と願い。過去と現在と未来の狭間で焔は葛藤して、グチャグチャになった心のまま前に進む。

 

「今更、始めたことを止められるものですか!!」

 

 今までの最大の炎が焔の全身より噴き出す。

 二人にそれ以上の言葉は必要なかった。どちらも、ひっそりと呼吸を変えた。戦士にとって呼吸とは全ての大前提となる技術だった。即ち、彼らの選んだ呼吸とは戦いの息吹に違いなかった。

 次の一撃が勝負を決める。

 

「「「「「覚悟!」」」」」」

 

 楓の背後から距離を開けて、本体と共に分身体が躍りかかる。

 それにさえ、焔は反応した。全ての分身と本体の目測と、ほぼ同時に発動する炎の渦。

 空気が煮え滾る坩堝と化して、万象を悉く焼き尽くす現象が楓を呑み込むのを見て焔の唇を笑みに歪めた。

 

「!?」

 

 忽ち、人体が消し炭へと変わる。だが、燃え尽きたのは、防御に使われた手甲と纏っていた忍者装束の一部。分身が空けた空白に本体の楓が突っ込む。

 精々が分身で本体への攻撃の集中を避けようとしただけで最初から楓は防ごうとも避けようともしなかった。

 狙っていたのはカウンター。

 カウンターには二つの効果が期待できる。一つは当然、物理的な効果。例えば野球のように向かってくるボールを迎え撃つバットのように、小さな力でも大きな力を発揮する。しかし、迎撃の核となる真なる効果。それは物理的な部分ではない。

 心の隙間。憤怒、憎悪、闘争心、攻撃一色に染まった心。喰い縛るべき顎は開き、鍛え抜かれた頚椎の筋肉は緩みきっている。闘争の最中、被弾を忘れた肉体への迎撃。

 

「選ぶでござるよ……」

 

 最大の火炎を突破されたことに動揺して微かに目を見開いた焔と、楓が視線を交わらせたのは一秒未満の時間に過ぎなかった。

 

「このまま他人に全部預けて世界を変えるか、それとも自分の手で世界を変えていくのか!!」

 

 拳が、この上なく強く握られる。落下する勢いが合わさって、楓の高まる気によって光り輝く拳は彗星にも見えた。

 

「傲慢だろうが何だろうが、死んだ者達に胸を張れるものを自分で選んでみるでござるよ!!」

 

 炎をぶち破り、轟音が炸裂した。楓の拳が、焔の顔面を確実に捉えた音だった。

 家族、故郷、失った大切な人達、フェイトに救われたこと、同じ境遇の者達と過ごした日々、忠節を尽くしたこと、仄かな想い、絶対に何があっても守りたかったもの。

 確かに焔はこれから生まれる戦災孤児を防ぎたかった。

 現実を見れば夢物語でしかなく、人が人である以上は争いは避けられない。そうして声を発することを諦めてフェイトが望む世界の変革を手伝おうとした。

 そこで自身の思考の矛盾に気付く。

 戦災孤児が生まれるのを防ぎたかったのは本当で、不完全な世界を正すべきだと思ったのも本当で、でも完全なる世界を選んだのはフェイトが求めていたから。もしもフェイトが今の世界を変えていくことを望んでいたら焔は変わらず従っていたことだろう。

 

(私は完全なる世界を望んでいたわけではなく、ただフェイト様の望みを叶えたかったというの?)

 

 頬を打たれて真後ろに吹っ飛びながら焔は思う。

 信念を歪ませていた恋心を自覚した焔は、自分の中に蟠っていた何かしらの幻想が破裂するのを感じていた。

 

(ああ、私は……)

 

 仕えたのも、その目的を果たそうとした理由も気づいてみればなんということはない。

 元よりフェイトは自分達のような戦争孤児を拾っては面倒を見て、学校にも通わせてくれた。焔達にも勧められたが最後まで一緒にいたい気持ちが大きかった。世界を変えようと思ったことも、戦災孤児を生み出さないことも、何も偽ってはいないが、フェイトが好きだったから完全なる世界を求めた。

 もしもフェイトが完全なる世界を止めて別の方法を探そうと言えば疑うことも従うだろう。焔達にとって完全なる世界はその程度でしかない。

 

(フェイト様に恋い焦がれていた)

 

 恋心に理由を付けて信念を決めた自分の浅ましさを笑うしかない。

 主の意志を失った炎が、束の間だけ鮮やかな花火の如く世界を彩った。

 

「本当に――」

 

 世界はこんなはずではなかったと、やりきれない想いを抱えて、全く違う道の先を見ながら存在する。今ここにあるものだけが自分達の現実で、過去を振り返っても仕方ないと分かっている。

 誰も悪くなくても、何も欠けていなくても、人はすれ違うし、悲劇は起こる。どちらも哀しくて、どうしようもなくすれ違う。世界とはそういうものだ。分かっていても絶望せずにはいられない。こうなってしまっては現実を嘆かずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温くドロリとした沼のような闇に包まれているようなのに、アスカの意識はぼんやりとしていた。そのままジッとしていれば、体中が蕩けてしまいそうな、そんな感触に包まれていた。

 頭が、ぼうっとする。自分がここにいる理由だとか、そういうものが、まるで考えられなかった。あまりにも受動的であるため、アスカは沈んでいく意識へと埋没していく中の一方で思考する余裕もあった。

 何故、負けられないと思うのか。

 何故、勝たないといけないと思うのか。

 何故、倒さなければならないと思うのか。

 何故、行かなければならないと思うのか。

 何故、何故と自問自答が混濁した意識の中で交錯する。

 

「戦うと、決めた」

 

 アスカの敗北と死は、最高最大勢力にして屋台骨であった魔法世界側の陣営の威勢は崩れることを意味していた。墓守り人の宮殿内にいるアスカ以外の戦力ならばデュナミス一人でも対処は可能である。つまり、事実上の魔法世界陣営の敗北と完全なる世界の勝利が確定したとも言える。

 デュナミスの失敗はただ一つ。アスカの死をその眼で確認する前に勝利を確信してしまったことだ。

 何時だって英雄は定められた敗北を覆して勝利を掴む。絶望的な状況に陥った程度で死ぬようならば英雄と呼ばれるはずがないのだから。

 

「―――――――――ぉぉおおお」

 

 影の触手達の中から雄叫びが上がる。最初は小さく、やがて大きくなるごとに触手の隙間から光が溢れ出し、デュナミスが異変に気付いて対処しようするよりも早く、状況が一変する。

 

「ああああああああああああぁぁぁぁぁ―――――――っっっっ!!」

 

 影の触手が中心から爆発を起こし、中から傷を負っているもののまだまだ戦えるアスカが飛び出してくる。

 光に紛れるように、下がるのではなく真っ直ぐ向かってきたアスカによって蹴飛ばされたデュナミスが「ぬぐぅあ!?」と呻き声を出している間に、蹴りつけた反動を利用してアスカが離脱していく。

 

「逃がすものか!」

 

 放たれる奔流の如き死を躱す。噴き上げた粉塵が舞い上がる大気の中を、回避後のアスカの足跡が、宙を疾走したかのように天を点を結んでゆく。

 因縁と、怒りと、そして殺し合う理由が逆巻き、火花を飛沫を上げていた。

 

「ええいっ!」

 

 デュナミスは、跳び退るアスカに向けて更なる影の槍を追従させる。だが、寸刻前までは体に傷をつけるぐらいは出来た影の槍が今は服に掠るどころか追いつくことすら出来なくなっていた。前より、数分前より、一秒前より素早かった。

 

「その在り様、その才能(センス)。益々、ナギ・スプリングフィールドを彷彿とさせてくれるよ、貴様は!」

 

 若者の増長と言っても良いが、若いだけに俊敏で、その姿が十年前よりも更に若かりし頃の大戦期に戦ったナギを髣髴とさせる。

 肉を切るように左右上下から跳ねる様に迫る槍に今も悠々と攻撃を回避するアスカの姿が、二十年前の大戦期に僅かながらも直接矛を交えた若き紅き翼のリーダーの姿に重なって見えて忌々しいと感じることを抑えることが出来なかった。

 

「まだやられはせんよっ!」

 

 事ここに至って力の差は明白で攻撃が当たらずとも戦いようはある。

 現状はアスカの方がダメージが大きい。更に強くなろうがこのまま戦っていればデュナミスが勝つ。

 

「巨龍を葬る我が重拳の連突を受けよ、英雄!!」

 

 デュナミスの背中で影が絡まりながら肥大化し、巨大な腕を幾本も編み上げていく。仏教における信仰対象である菩薩の一尊である千手観音のように腕が増え、それらは握り拳を作るとアスカに殴りかかった。

 

「むぅうううううッ!!」

 

 芥子粒も残さんと秒間二千撃にも及ぶ剛拳の全てが迫っていたアスカに向けて放たれた。

 拳の残像は、あたかもアスカには十数本の腕が生えたかに見えた。

 黒棒を背後に放り投げ、魔法で空中に作った足場に両足をしっかりとついたアスカが剥き出しにした歯を食い縛り目を見開き、砕けよとばかりに強く足場を蹴りつける。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「オラァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 言葉通り巨龍すらも葬れる前方方向全てにカーテンのように展開された拳撃をアスカは真っ向から迎え撃ってみせた。

 破壊の一つ一つは直径一メートルほどの円に過ぎないが、それが一分間に四千発を超える勢いで増殖し、一発でも十分に恐ろしい術を驚異的な方向へと進化させていた。

 桁が違う。一線を越えている。

 

「テメェの拳は――」

 

 苛烈にして峻烈、怒涛の連撃は確かに巨竜を屠ることも可能であろうが、ナギ・スプリングフィールド杯準決勝でジャック・ラカンと拳の打ち合いをしたアスカにはその拳が酷く軽く感じた。

 

「――――軽いんだよ!」

 

 押す押す押す…………。連撃を放ちながら一歩、また一歩と前へと進んでいく。

 

「我が使命の重みが軽いなどと……!」

「自分の願いを持てない奴の拳が重いはずがあるか!」

「ぐ、ぅ…………!」

 

 更に押し込められて漏れかけた呻きを噛み締め、デュナミスが右の拳を繰り出す。けれども、アスカはここにきて対応を変えた。左手を回した円運動で攻撃を逸らしたアスカは、デュナミスの右手を右脇の下にガッチリと抱え込んだ。その後ろからアスカの同じ姿の分身体が飛び上がる。何時の間に分身をしたのか。

 

「「「魔法の射手・雷の1001矢――」」」

 

 デュナミスの直上に差し掛かったところで、上空から分身体のアスカが魔法の射手を纏いながら落ちて来る。

 魔法の射手が渦を描くようにして分身体のアスカの全身に纏わりつき、バシバシと周囲に紫電を撒き散らしながらその規模を増していく。明らかに分身体の許容量を超えている力の発現は例えるなら水を入れ過ぎた風船のように、訪れる結末は内側からの爆発に他ならない。

 つまりは自爆。このままでは本体のアスカにも被害が行く。

 

「自爆か……!?」

「んなわけないだろうが!」

 

 驚愕を表に出すデュナミスに言いざま、アスカが左手をデュナミスの胸に当てて抱え込んだ右手を引っ張り上げた。アスカが後ろに倒れ込んだことでデュナミスの体が宙に浮く。背中が落ちて来る分身体にピンポイントに当たる位置に。

 

「「「――――雷華豪殺拳!!」」」

 

 分身体達はその手に魔法の射手を収束して殴りつけた。大爆発を起こして、生じた爆雷を周囲に撒き散らす。

 

「がはっ!?」

 

 片腕を捕まえられて空中で身動きが出来ないまま、デュナミスは背中に爆雷の集中攻撃を食らって苦悶の声を上げた。背中の千手の殆どが被害を受けて炭化してしまった。お蔭で本体にダメージは少ないが再構成しなければ攻撃力は低下する。

 

「まだ終わりじゃねぇぞ」

 

 しかし、アスカの攻撃はまだ終わらない。捕まえていたデュナミスの腕を解放し、戻した左手に閃光を放つほど溜めていた力を開放する。

 

「オラァッ!」

 

 目に背中を爆撃されて落ちかけたデュナミスの体が、目に見えない巨大な拳にぶん殴られたように大きく中空に吹っ飛んだ。空中に浮かぶブロックの一つに、十字架に磔にされたイエス・キリストの如く埋まる。

 本家には遠く及ばない豪殺居合い拳だが必殺の威力は十二分に持っている。それでも恐るべきタフさを見せて、片腕を埋まったブロックから出してノロノロと伸ばした。

 

「私は…………造物主の使徒たる私が負けるわけには――――」

 

 いかんのだ、と続きかけたデュナミスの台詞は敢えなく途中で遮られた。猛スピードで突っ込んできたアスカがデュナミスの顔を片手で鷲掴みにして、そのままブロックを抉りながら一気に横移動を開始した。

 

「ぬっ、ぐぅううううおおおおおおおおおお…………っ!?」

 

 造物主の使徒であるデュナミスの耐久度は普通の人間よりも遥かに優れている。魔法による恩恵も足されて、これで肉体が削られるなんてことはないけれど、それでも肉体に加わる衝撃はかなりのものになる。

 先の数体の分身による雷華豪殺拳を受けて耐久力が落ちていたので、電動鋸のエンジンのような嫌な音を立てながらブロックがデュナミスの体で抉られていく。

 

「ざらぁあっ!」

 

 やがてアスカはデュナミスの体でブロックを抉りながら端までやってくると、そのあまりある力を持て余すように絶叫をもらすと掴んだデュナミスを斜め下にある白いブロックへと放り投げた。

 今までに味わったことのないと思われるほどの衝撃が全身に叩きつけられ、幾十もの白いブロックを壊し飛ばしながら衝突して深々と埋まる。

 大砲の如き速さで白いブロックに叩きつけられたデュナミスは、隕石が落ちたかのようなクレーターの中心で粉塵に覆われてなくても見えない視界の先にいるアスカを睨み付ける。

 

「お、おのれ、この、え、英雄が…………!」

 

 誇るべき頑健さもこの場合は地獄の苦痛へと繋がる。いっそ死んでしまったら楽と思える激痛の中で、怨念混じりの苦しげな声を漏らすがそんなことをしている暇はない。

 

「雷の――」

 

 直上に現れたアスカが右手に極小の台風が顕現する。咸卦の力で行使されるその魔法は、周囲の空気を加熱するほどのエネルギーを放ち、標的となるデュナミスの心胆を底から冷やす。

 

「――――暴風!!」

 

 命を刈り取る死神の鎌の如く、雷霆を纏う台風がクレーターの底にいるデュナミスに向けて撃たれた。

 デュナミスは脳裏に過る走馬灯を振り払い、多数ある左腕を使って地面を叩いて射線上から辛うじて退避する。直後、クレーターの底を雷の暴風が直撃し、躱しきれなかった全ての左腕と足が一瞬で蒸発する。

 

「ぬぅあぁあっッ!!」

「デュナミス!」

 

 半身に走る激痛に呻きながらも体勢を整えるために上体を捻ると、引き寄せた黒棒を手にして全身に雷を纏いながら迫り来るアスカの姿が見えた。

 

「虚空影拳貫手八殺!」

 

 背中の千手を太くしながら迫り来る英雄に向かって槍のよう伸ばしその先を空間跳躍させた。

 虚空より突如として出現し、逃げ場もなく集中する影の槍を、アスカは体を捻って微かな隙間を縫って飛び込んだ。

 

「やる!」

 

 虚空より現れる影の槍の包囲網を抜けるには此処しかないという場所に躊躇いもなく飛び込んで見せたアスカに思わず賞賛の言葉を吐きながらも、接近戦では勝ち目はないと判断した。遠距離で勝負を決めるべく、巨大な右腕を放ちながら比べれば細い影槍を更に伸ばす。

 体ほどの大きさのある腕を擦るように滑っていたアスカは呼び出した黒棒を直近に伸びている影で構成された巨碗へ突き刺した。

 アスカは黒棒を突き刺したまま、巨碗を円を描くように抉り取りながらスピードを殺すことなく突進する。移動に不規則な要素が加えられたことで細い影槍が目標を見失ったように巨碗に突き刺さる。

 

「なに!?」

 

 思いも寄らないアスカの行動にデュナミスの思考に半瞬ばかりの躊躇いが混じる。

 たった半瞬の躊躇いの間に、影で構成された腕を円を描いて斬り進んできたアスカが目の前に迫る。回避行動も防御すらも意味のない距離へと近づかれたデュナミスに成す術はない。

 

「ぬおっ?!」

 

 抉り抜かれてきた腕に沿って叩き落とされた黒棒が、防御を固めようとしたデュナミスの身体を肩から脇腹にかけて一閃する。

 

「どうだっ!」

 

 手応えは重く、身体の芯まで伝わった。

 デュナミスを両断し、地面まで切り裂いて着地したアスカはもんどりうって倒れる。

 

「ッ……!」

 

 奥歯を噛み締め、直ぐに跳ね起きる。

 目の前で両断されたデュナミスが後ろ向きに倒れていくところであった。

 

「やっ、たか……!?」

「ぬ……ぅ……見事、と……言う、他………あるまい。貴様の、勝ちだ……」

 

 おどろしげなその声とは裏腹に、地面に仰向けになったデュナミスの体にはもはや力が入らないみたいだった。デュナミスの体から、黒い蒸気のようなものが立ち昇り始めた。

 

「再生核が、損壊している。私の死は、避けられぬ」

 

 死という、誰もに訪れる終焉の時。

 左横腹を背骨近くまで黒棒によって切り裂かれたデュナミスは、影や手で滝のように落ちる鮮血を抑えようともせず、静かな湖面のような瞳でアスカを見ていた。

 

「ウェスペルタティア末裔の血、英雄たる父以上の魔力、英雄と呼ばれるほどの貴様自身の才能と実力…………これだけ揃えられては、ただの人形たる私に勝ち目がないのは道理か」

 

 切り裂かれた脇腹から傷ついた腸が垣間見えている。地獄の苦悶に苛まれているだろう。それでも何事もなかったように話すデュナミスの異様さにアスカは畏怖さえ覚えた。

 

「負け惜しみもほどほどにして、さっさと死んどけ」

「ふん、虚無の洞で貴様が惨めに足掻く様を見届けよう」

 

 瞬間、大出血で蒼白になっていたデュナミスの顔面の右半分が弾け飛んだ。頭蓋骨の破片が、脳漿の飛沫と共に飛び、花火から飛び出た火の粉のように霞となって散った。けれど、デュナミスは自らの欠損に躊躇することなく悪意を込めて、にぃと笑った。

 

「私は敗けたが、完全なる世界が負けたわけではない」

 

 その間も黒い蒸気を上げ続けているデュナミスの体は、欠損部分以外も次第に薄らと透け始めていた。多分、蒸気のように見えているのは、デュナミスの身体を構成していたナニカなのだろう。それが解けて拡散し、密度が下がって向こう側まで見えるほどに透けてしまったに違いない。

 

「我が屍を越え、偽りの勝利を抱いたまま進むがいい」

 

 そして、全身を弾け飛ばせ、塵も残さずにこの世から消え去った。

 

「最後の最期まで口の減らない奴……」

 

 敵とはいえ、目の前で死んだ男の消滅を見届けたアスカは生命の一瞬を競り勝ったことに安堵し、荒い息をついて額の汗を拭う。無理をさせすぎた右手の指が緊張で拳の状態から解せなくなっているのを、左手で一本一本もぎ離してゆく。呼吸が整わず、何度も深呼吸して暴れる胸郭を宥める。

 全身を見れば酷いものだった。

 両腕は影の触手に絞り上げられ、皮膚を捲り上げられて内側の肉が見えてしまっている。脇腹には穴が開いており、全身も似たような物で折角の一張羅も台無しである。

 

「勝つのは、俺達だ」

 

 消えていなくなったデュナミスに向けるように言った途端、硝子細工を粉々に叩き壊すような高くけたたましい不吉な音が響いた。地鳴りのようなそれは、よく耳を澄ませば世界の全てからしているのだった。この世界が崩れ去ろうとしている。

 その瞬間に、文字通り世界が崩れて、壊れて消えた異界の隙間から本物の世界が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限抱擁の閉鎖結界空間が解かれたということは、本来のアーティファクトの持ち主である環と造物主の鍵による使用代行権を持つ結界内のデュナミスの双方が倒されたことを意味する。 

 

「全員、無事か?」

 

 結界内から墓守り人の宮殿へと帰還したアスカが真っ先に気にしたのは仲間の安否だった。

 

「いや、まずお前が無事なんかアスカ」

 

 倒した焔達を狗神で拘束していた犬上小太郎が突如として背後に現れたアスカに咄嗟に身構えたが、誰かを理解すると構えを解く。

 煤と血の跡で汚れている小太郎はアスカの全身をしげしげと眺め、両腕の状態と全身に負った浅からぬ傷から、かなり激戦を潜り終えたと分かる様子に労わるように口を開いた。

 

「そっちは倒したみたいやな。結構な苦戦やったみたいやんけ」

「まあ、な。そっちも大変だったぽいじゃないか」

「こっちの方が先に終わっとるけどな」

 

 小太郎に言われてアスカが視線を動かすと、狗神に拘束された少女達の近くで長瀬楓だけが地面に横になったまま動かない。

 

「楓はどうした?」

「気を使い過ぎて動けんようや。意識が戻るまで時間がかかるやろう」

 

 衣服の損耗具合を見るに負った傷は大きかったのだろう。気は体力を源にしているとも言われる。傷は癒されても気が尽きていては起きることも出来ない。

 激戦を潜り抜けた楓に一番必要なのは休息、それには寝ることが一番手っ取り早い。

 

「傷は治すえ。アスカ君が最後や。ほら、動いたらアカン」

「分かったって。助かる」

 

 近くで古菲の治療を行っていた近衛木乃香が駆け寄って来る。気にせずに動こうとしたアスカを強い視線と言葉で押さえつけ、特に酷い腕の治癒を始める。

 

「うちが出来るのはこれだけやから」

 

 少し沈んだ様子の木乃香に礼を言うと、茶々丸が近寄って来る。

 

「申し訳ありません、アスカさん。一度は明日菜さんを奪還したのですが、取り返されて樹霊結界を施されてしまいました」

 

 言われて明日菜の方を見れば、大祭壇上部にある幾重ものリングに囲まれた球形の中心で十字架にかけられているような姿勢の明日菜の姿を木が覆い隠している。

 

「気にすることじゃねぇさ。罠にかかった俺が言えることはねぇよ」

 

 アスカ達が激闘を潜り抜けた理由、十字架に縛られている両腕を拘束されて宙に浮かぶ神楽坂明日菜の姿。今は概念結界に包まれ、眠ったように目を伏せて浮いていた。

 治療を終えたアスカは未だ空を覆うオーロラの如き魔力の川を見上げる。

 勝利の余韻に浸っている時間はない。自分達は、一刻も早く明日菜を助け出さなくてはならないのだから。

 

「さあ、明日菜を助けようぜ」

 

 全員で大祭壇に向かい、直下から明日菜を見上げる。

 

「下手なことをすると明日菜まで傷つけてしまいそうアルな」

 

 全員揃って文殊の知恵とはいかないようだ。早々に古菲は強硬策を捨てる。

 

「明日菜!」

 

 親友の木乃香の声に、明日菜は反応しなかった。拒絶の沈黙ではない。まるで深い眠りに落ちているかのように、明日菜の瞳は閉じたまま開かない。

 

「――――――」

 

 祭壇を覆う結界とその内側に広がっていた樹霊結界の中で反応しない明日菜の様子を見たアスカの眼がスッと細まった。

 

「儀式の中枢なのは明日菜の能力だけだ。意識は邪魔になる。声かけぐらいじゃ目覚めないのは当然か」

 

 「完全なる世界」がしようとしていたのは、二十年前と同じく儀式を発動させて世界を創りかえること。そこに明日菜の意識は必要ない。必要なのはあくまで「黄昏の姫巫女」としての能力であって、儀式の核に寧ろ自意識は邪魔でしかない。

 生半可な手段では目覚めないように魔法的な処置がされていると考えるのが自然。 

 

「明日菜は儀式に不可欠。能力がどこまで密接な関係にあるかは分からない以上、下手な処置はしてないはずだ」

「では、どうするのですか?」

 

 迂闊な真似は出来ないところだが、明日菜の存在は「完全なる世界」でも最上位の扱い。何しろ明日菜が欠けてしまえば途端に儀式は失敗する。

 とはいえ、茶々丸の言うように手探りの状態で目覚めさせる方法を探すしかない。

 

「まだ儀式が始まる時間には余裕がある。一通り調べてから――――」 

 

 下ろそう、と言いかけたアスカの口が止まった。

 不審に思った木乃香達が問いかけかけたその時だった。背後から声がしたのは。

 

「――――彼女は儀式の重要な鍵だ。勝手に下ろされては困るな」

 

 それはその場にいる全員が知っている、感情の感じさせない人形のような声音。

 全員がゆっくり振り返ると、そこに佇んでいたのは絶対零度の瞳を持つ今まで現れなかった仇敵――――フェイト・アーウェンルンクス。以前の少年のものとは違う、アスカに伍する体格を何時もの制服で纏って立っている。

 

「フェイト様!」

 

 敗残兵となった調が喜色も露わに主の名を叫んだ。

 戦闘能力を奪われながらも大きな怪我を負っていない少女達に、フェイトはアスカ達に向けるのとは全く違う慈しみにも似た眼差しを向けて安心したように微かに笑み、再びに視線を戻すと人形そのままの鉄面皮に戻っていた。

 

「調整に思ったより時間が掛かってしまったけど、どうやら間に合ったようだね」

 

 フェイトが現れた途端、辺りの空気が変わった。強い静電気が発生したかのように、空気がビリビリと震え始めたのだ。

 震えているのは空気だけではない。小太郎と少女達の身体も意志とは無関係に震えていた。実際に静電気が発生したわけではない。フェイトが放つ凄まじい闘気が、空気と彼らを震えさせているのだ。

 

「皆、下がっていてくれ」

 

 フェイトから全く視線を外さずにアスカが言った。

 あまりにも硬質な、対話など不可能と思わせる凝り固まった意志。最初に出会った時からそうであったように、相手を否定することしか出来ない二人の関係性はここに結実する。

 小太郎と少女達も二人の戦いが自分達の介入出来る余地のない領域にあると、発せられる空気から肌で感じ取り、大人しく従ってその場から大きく離れる。

 

「随分とデュナミスにやられたようだね。傷は癒せても疲れは隠せていないよ。そんな状態で今の僕とやる気かい?」

 

 アスカが一歩ずつ着実に歩みを進める。自らの前にも、また自らの内側にも、臆することが何一つない。そんな毅然たる歩みであった。どれだけの経験を積もうとフェイトには出来ない歩き方である。

 

「ここは戦場だ。勝者だけが望みを勝ち得る。対等な条件で戦いたいってんなら最初からこんな場所へ来ちゃいねぇ」

「安心したよ。でなければ、僕も調整した意味がない」

 

 静かな殺気を孕んだアスカとフェイトの間合いは、徐々に狭まってゆく。そしてついに両者は、墓所の中央で対峙した。同時に二人は足を止めた。互いを隔てる距離は既に二メートルを切り、踏み込めば殴れるからだ。

 

「僕達は自分の意を通すために闘う。勝者は全てを得て、敗者は全てを失う。相手がどうであれ、勝たなければ意味がない」

 

 片や、紅き翼の意志を受け継ぐ英雄。

 片や、完全なる世界の存亡を託された悪役。

 相似して相反する二人は、遂に衝突の瞬間を迎えたのであった。

 世界の命運を決定付ける二人の眼光が、間近で激突する。

 

「俺が勝つ。今を生きる者達が明日を掴むために」

「僕が勝つ。過去に死んだ者達の望みを叶える為に」

 

 それが合図。世界の頂点に立つ怪物と怪物の闘いが、ここに幕を開ける。両者は互いの存在を賭け、宿命の闘いの火蓋を切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 儀式発動まで残り三時間十九分一秒。

 

 

 




次回『第84話 二人の後継』

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