東方淫戯録〜幻想郷イチャイチャ生活〜   作:如月 愁

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※ネタバレがあります!

話に出てきた車両をまとめたものです。
車両の説明はウィキペディアから引用しました。
編成はほとんど作中には出てきませんが参考に・・・
運行区間は出てきますが覚えたら負けです(←ドユコト??)
駅名もです(←いや、だからドユコト?)





番外編 登場車両まとめ

キハ40形・キハ47形・キハ48形

 

 

1977年から1982年にかけて計888両が製造され、日本全国各地に投入された。電車に近い車体構造の気動車で、当時の在来気動車に比し、客室設備の改善や走行機器の刷新などが図られている。一方、在来の気動車よりエンジン出力は若干増加したものの重量も増加しており、運動性能はあまり向上していない。

本系列は客用の片引き戸を車端部2か所に設置したキハ40形(両運転台)、キハ48形(片運転台)と、都市近郊向けに両引き戸を車体中央に寄せて2か所に設置した片運転台のキハ47形に大別され、各形式共投入線区の気候に応じた仕様の違いと便所の有無によって番台区分される。国鉄分割民営化後は、事故廃車となった1両を除く887両がJR各社へ承継された他、使用線区の事情に応じた改造を実施し、区分番台が多数生じることとなった。

2000年代後半以降は新型気動車への置き換えや地方線区の廃止に伴い廃車が行われ、東海旅客鉄道(JR東海)では2016年(平成28年)に全廃となった。それ以外の各社でも、キハ48形やワンマン運転非対応車から優先的に置き換えが進められ、2021年(令和3年)3月のダイヤ改正をもって東日本旅客鉄道(JR東日本)及びキハ48形の一般運用が終了した。その他、一部の車両は私鉄・第三セクター会社や日本国外への譲渡も行われている。

 

 

 

キハ391系

 

1967年(昭和42年)に運輸省(現:国土交通省)から援助を受けた日本車両工業協会(現:日本鉄道車輌工業会)が開発を始めたガスタービン機関によるターボトレインの研究開発に端を発している。日本鉄道工業協会が1970年(昭和45年)に国鉄の旧型ディーゼル気動車であるキハ07形(キハ07 901)に航空機に使われるガスタービン機関を搭載して基礎研究が行われ、このデータを基に国鉄が大宮工場(現:大宮総合車両センター)で1972年に試作したのが本形式である。

 

 

 

C61形蒸気機関車

 

国鉄C61形蒸気機関車は、1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)にかけて製造された日本国有鉄道(国鉄)の急行旅客列車用テンダー式蒸気機関車である。D51形のボイラーを流用して製造された。

 

 

C11形蒸気機関車

 

国鉄C11形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が1932年(昭和7年)に設計した過熱式のタンク式蒸気機関車(タンク機関車)である。

 

 

C56形蒸気機関車

 

C56形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が製造した小型軽量テンダー式蒸気機関車である。愛称はシゴロク、シーコロ、または高原のポニーである。

 

 

C57形蒸気機関車

 

国鉄C57形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の旅客用テンダー式蒸気機関車(SL)である。2021年現在もSLやまぐち号の運転に使用されており、マスコミなどでは「貴婦人(きふじん)」の愛称で紹介されることも多い。鉄道ファン等からは「シゴナナ」と呼ばれている。

観光列車やイベントを除いて、日本で最後の営業運転を行ったSLである。

 

 

D50形蒸気機関車

 

D50形は、日本国有鉄道(国鉄、製造時は鉄道省)の貨物用テンダー式蒸気機関車の1形式である。

当初は9900形と称したが、1928年(昭和3年)10月、D50形に形式変更された。

鉄道の現場を中心にデコマルまたはデゴレの愛称があった。

 

 

D51形蒸気機関車

 

D51形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が設計、製造した、単式2気筒で過熱式のテンダー式蒸気機関車である。主に貨物輸送のために用いられ、太平洋戦争中に大量生産されたこともあって、国鉄における所属総数は1,115両に達しており、ディーゼル機関車や電気機関車などを含めた日本の機関車1形式の両数でも最大を記録した。この記録は現在も更新されていない。

 

この他に、台湾総督府鉄道向けに32両、胆振縦貫鉄道(1944年(昭和19年)に国有化)向けに5両(再掲)が製造され、戦後はソビエト連邦サハリン州鉄道向けに30両、台湾鉄路管理局向けに5両、朝鮮戦争における国連軍向けの標準軌仕様機が2両製造されており、製造総数は1,184両に及ぶ。

 

また、1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化時には、西日本旅客鉄道(JR西日本)に1両(200号機)が継承され、翌1988年(昭和63年)には東日本旅客鉄道(JR東日本)で1両(498号機)が復籍し、この2両が動態保存されている。JR東日本の498号機は復籍後の初仕業で来日中のオリエント急行を牽引して復活、西日本の200号機は2017年(平成29年)に山口線のSLやまぐち号で、本線運転に復帰した。

 

現場の機関士にも操作性の良さから人気があり「デゴイチ」の愛称は、日本の蒸気機関車の代名詞にもなった。また、「デコイチ」という愛称もある。

 

 

D52形蒸気機関車

 

D52形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄、製造時は鉄道省→運輸通信省)の貨物用テンダー式蒸気機関車である。 愛称はデゴニ。

本形式の原設計は極端な戦時設計ではなく、主連棒のビッグエンド(主動輪側端部)の丸ブッシュ化や鋳鋼製主台枠の採用などはされていたものの砂箱・蒸気溜カバーは通常の形状で除煙板も鋼製のものであった。その後設計途中で戦時設計が採用されて砂箱・蒸気溜カバーの角型化や、台枠・弁装置などに鋳鋼製部品使用といった資材確保や工作の簡易化、銅系材料の節約、除煙板や踏板、炭水車の炭庫といった部分に木材を代用材として採用するなどの変更がなされ、総体として非常に質の悪いものとなった。 また、給水加熱器もボイラー台の中に排気膨張室兼用のものを設置して配管を簡略化と金属材料の使用量削減を図っている。本形式が準拠している戦時設計の代表的なものは以下の通り。

 

・大形機関車でもボイラー缶胴の長手(レール方向)継手を溶接組立とする。

・主連棒のビッグエンド(主動輪側端部)の形状を丸ブッシュとして、主動輪のバランスウェイト内に充填する鉛を全廃。

・車軸受金に三メタル式のものを採用。

・炭水車水タンクの外郭によって列車荷重を負担し、台枠の骨組を廃止。

・炭水車輪心の鋳鉄化。

・タイヤの止輪の廃止。

・歩み板、石炭庫の木造化。

また、資材および人員の不足による細部の設計変更は本省の承認を得ることなく、工場長や各民間工場に配置されていた監督官の判断に任せられたとされており、そのため、蒸気溜・砂箱のカバー、除煙板、煙突などの形状の変更や、工作の簡略化や装備の省略が行われ、結果として形態が多様化している。

 

 

 

 

DD51形ディーゼル機関車

 

 

DD51形ディーゼル機関車は、日本国有鉄道(国鉄)によって1962年(昭和37年)から1978年(昭和53年)にかけて製造された液体式ディーゼル機関車である。

幹線から蒸気機関車を廃する「無煙化」を推進するため、1962年から1978年までの16年間に649両が製造された。

本線用として先行して導入された電気式のDF50形は、亜幹線の無煙化の面では好評であったが、出力の不足や故障の多さ、価格の高さが欠点とされていた。DD51形はこれに代わる本格的な幹線用主力機として開発された液体式ディーゼル機関車であり、速度面では旅客列車用大型蒸気機関車C61形を、牽引力では貨物列車用大型蒸気機関車D51形を上回る性能を持つように設計されている。

本形式の登場後も、より大出力のエンジンを1基装備したDD54形や、軸重を軽減したDE50形など、幹線・亜幹線用のディーゼル機関車が開発・製造されたが、前者は不調続きで短命に終わり、後者は電化の進展で投入する機会が得られず、試作機のみで終わった。その結果、合理化推進のための車両「標準化」により、性能の安定したDD51形のみが長期量産・運用されることになった。

本形式は、最盛期には四国地方を除く日本全国で使用され、非電化幹線の無煙化・動力近代化を推進した。一方、本形式の導入によって高い人気を博していた蒸気機関車が続々と廃車に追いやられたことから、愛好家には「赤ブタ」「文鎮」「ダメデゴイチ」と揶揄されることもあった。

電化の進展と客車・貨物列車の減少により、1987年の国鉄分割民営化までに約3/5が余剰廃車され、JR各社には593号機以降の完全重連タイプのみの259両が継承された。

 

 

キハ81形

 

国鉄キハ80系気動車は、日本国有鉄道が開発した特急形気動車。系統としては、1960年(昭和35年)に量産先行車的要素で特急「はつかり」用として製造されたキハ81系グループ26両と1961年(昭和36年)以降に製造されたキハ82系グループ358両の総称。

日本における初の特急形気動車であり、1967年(昭和42年)までに384両が製造され、日本全国で広く特急列車に用いられた。

1987年の分割民営化時には、北海道旅客鉄道(JR北海道)と東海旅客鉄道(JR東海)に継承され、一部はジョイフルトレインに改造された。

JR東海所属車両が1992年(平成4年)まで特急列車として定期運用された後、約2年半の間は臨時列車で運用され、1995年(平成7年)1月が最後の運転となった。同年2月以降は美濃太田車両区で長らく4両が保存車として在籍していたが、2009年(平成21年)に在籍する全車が廃車となり系列消滅した。

四国を除く日本各地に配備され、その地方を代表する特急列車として長く運用されたことから、各地に静態保存車が十数両存在する。早期に廃形式となったキサシ80形以外のすべての形式が保存されており、営業当時の基本編成に近い状態で保存の例もある。

 

 

スハ32形・スハフ32形客車

 

国鉄スハ32系客車とは、日本国有鉄道の前身である鉄道省が1929年(昭和4年)から製造した20 m級鋼製客車の形式群である。

国鉄が定めた正式の系列呼称ではなく、1929年より製造が開始されたスハ32600形(のちのスハ32形)および1932年(昭和7年)より製造が開始されたスハ32800形(のちのスハ32形)と同様の車体をもつ客車を総称する、趣味的・便宜的な呼称である。

 

オハ35系・オハフ35系客車

 

国鉄オハ35系客車とは、日本国有鉄道の前身である鉄道省が製造した、車体長20 m級鋼製客車の形式群である。

なお、「オハ35系」の呼称は国鉄が定めた制式の系列呼称ではなく、1939年(昭和14年)に製造が開始されたスハ33650形(のちのオハ35形)と同様の車体構造をもつ制式鋼製客車を総称する、趣味的・便宜的な呼称である。

1929年(昭和4年)に製造が開始された鉄道省制式20 m級鋼製客車である、スハ32系客車の改良型として、1930年代後半より各車種が製造された。

 

 

オハ35系客車

 

35系客車は、西日本旅客鉄道(JR西日本)が2017年(平成29年)に製造した客車である。

山口線で運行されているSLやまぐち号の客車には、1988年(昭和63年)7月24日以降は12系700番台(レトロ客車)5両が使用されてきたが、種車の製造から平均45年が経過したこともあり、2017年9月より行われる山口デスティネーションキャンペーンにあわせて新型客車を投入することになったものである。2015年(平成27年)3月30日に製造が発表された。日本国内で普通座席客車(いわゆる「ハザ」)が新規製造されるのは50系の製造が終了した1982年(昭和57年)以来35年ぶりである。車両製造は新潟トランシスが担当したが、同社が発足してから(電車や気動車でない)客車を製造するのはこれが初めてである。

蒸気機関車 (SL) の牽引列車に充当されることを前提に製造されることから「最新技術で快適な旧型車両を再現」をテーマとして、1920年代から30年代にかけて国鉄でSL牽引列車に使用されたマイテ49形・オハ35形・オハ31形をターゲットモデルに雰囲気を再現しつつ、最新の安全対策を反映させている。

なお、本形式はC57形・D51形蒸気機関車のみならず電気機関車・ディーゼル機関車に加えて、キヤ143形気動車による牽引にも対応している。

2018年(平成30年)5月24日に鉄道友の会が発表した「第61回ブルーリボン賞」を受賞した。「開発コンセプトを高いレベルで具現化した点や蒸気機関車列車を永続的に運行するための一つの方向性を示した」ことが高く評価(特に後者)され、豪華列車であるJR東日本E001形電車(TRAIN SUITE 四季島)および自社の87系気動車(TWILIGHT EXPRESS 瑞風)との三つ巴の大激戦の末、得票数2位から選考委員会の選定による逆転受賞となった。JR西日本が単独で開発した車両がブルーリボン賞を受賞するのは1998年(平成10年)の新幹線500系電車以来20年ぶり2度目[注 5]で、客車が同賞を受賞するのは2000年(平成12年)のE26系以来18年ぶり4度目となるものの、普通列車用の客車が同賞を受賞するのは初めてのことである。

また、2018年度のグッドデザイン賞を受賞している。

 

 

マイテ49系客車、オハ31系客車に関しては情報がありませんでした。

各自でお調べください。

 

 

 

貨物車両

 

コキ100系貨車

 

コキ100系貨車とは、日本貨物鉄道(JR貨物)が1987年度から製作する貨車(コンテナ車)である。

コンテナ輸送の競争力を向上するため、日本国有鉄道(国鉄)末期から速度や輸送力向上の対策が進められてきた。主要拠点間の輸送は、輸送効率に難があり高速走行ができないコキ5500形(最高速度 85 km/h)や、100 km/hで走行可能なものの輸送効率と整備性に難のあるコキ10000形に代わり、コキ50000形(最高速度 95 km/h)やその改造車で対応されてきたが、生活関連物資輸送などの特に速達性の要請が強い分野でトラック輸送に対抗することと、将来想定される輸送分野に対応できるよう、高速走行と汎用的な積載能力を兼ね備えた新型車両の開発が1987年の国鉄分割民営化直後から開始され、同年に製作されたコキ100形の試作車4両 (1 - 4) が各種試験に供された。

この成果を基に1988年から量産された車両が、本系列の嚆矢となるコキ100形・コキ101形である。海上コンテナ輸送のための低床車体、拠点間輸送に適応した4両ユニット方式、コストを抑えるためユニット単位での集中搭載とした電磁ブレーキ装置などの新機軸が盛り込まれた。

1988年3月のダイヤ改正で設定された最高速度 110 km/h のコンテナ列車「スーパーライナー」に暫定使用されていたコキ50000形350000番台を置き換えたほか、拠点間の主要列車に重点的に投入された。

本系列は、その後従来のコンテナ車置き換えや海上コンテナ輸送への対応など輸送の実態に合わせた仕様の変更を重ねた結果、複数の派生形式が開発されて2010年代においても製作が続いており、2016年時点での総数は6,000両を超えている。

製造メーカーは川崎重工業、日本車輌製造の2社であるが、試作車のうちコキ100-2のみは、JR貨物新小岩車両所でノックダウン生産されている。

 

 

タキ1000形貨車

 

JR貨物タキ1000形貨車は、1993年から製作されているガソリン専用の貨車(タンク車)である。日本石油輸送または日本オイルターミナルが所有する私有貨車で、日本貨物鉄道(JR貨物)に車籍編入されている。

1984年2月ダイヤ改正で貨物列車の輸送体系が拠点間直行方式に改められて以降、貨物列車の運用は行先別・荷種別に集約する「専用列車」への転換が進行した。コンテナ列車は従来よりコキ50000系やコキ100系などを用いた最高速度95 km/h以上の高速貨物列車が主体となったが、タンク車など一般の車扱貨物に用いられる貨車は依然として最高速度は75 km/hにとどまり、到達時分の短縮やダイヤを組成する際の懸案事項となっていた。

これを受け、専用列車のうち特に占める割合の大きい石油類専用貨物列車の高速化を図る目的で製作されたのが、本形式である。タンク車初の高速貨車として開発された本形式は、輸送効率と高速走行とを両立させた形式として製作されている。

 

 

DD200形

 

DD200形ディーゼル機関車は、日本貨物鉄道(JR貨物)が2017年(平成29年)から製作している電気式ディーゼル機関車である。

非電化区間の貨物列車牽引と、貨物駅構内の入換作業の双方に使用しているDE10形・DE11形などの液体式ディーゼル機関車の老朽化に伴い、両形式の置き換えを目的に開発された。DF200形とEF210形の技術を応用しており、各種搭載機材を極力共通化することにより、開発および維持コスト削減を狙っている。

 

 

DD54形

 

DD54形ディーゼル機関車は、日本国有鉄道(国鉄)が1966年から設計・製造した亜幹線用液体式ディーゼル機関車である。

新三菱重工業にて1962年(昭和37年)に試作したDD91の試験実績をもとに製作されたが、機関部などの機器類は、これまで国内での使用実績のない全くの新技術であった事にくわえ、西ドイツ側との連携不足などもあり、トラブルを頻発させていた。そのためいずれの車両も法定耐用年数(18年)を終えず運用を離脱している。結果、失敗機関車との烙印を押され、国鉄の資産運用について国会で質疑応答が行われる事態にまで発展した。

 

あと、蒸気機関車(D50形とD51形)やDD51形も貨物輸送にも使っている。

 

 

DE50形

 

DE50形ディーゼル機関車は、1970年(昭和45年)に日本国有鉄道(国鉄)が製造した幹線用液体式ディーゼル機関車である。

本形式が開発された1960年代後半当時、国鉄では非電化区間の蒸気機関車を淘汰してディーゼル機関車や気動車で置き換える動力近代化計画の下、幹線用ディーゼル機関車として出力1,100 PS級のディーゼル機関を2基搭載するDD51形が大量増備されていた。

しかし、DD51形は機関と液体変速機を2基搭載していたため、保守に手間と費用がかかっていた。そこで1966年(昭和41年)より山陰本線など、当時「亜幹線」と呼称されていた地方幹線区用として、大出力機関を1基搭載するDD54形の量産が開始されたが、これは精緻かつ複雑な機構を備える西ドイツ製エンジン・変速機のライセンス品を搭載したことなどから十分に使いこなせず、また設計上のミスもあったことから、推進軸落下などの致命的なトラブルが多発し、保守を受け持つ現場では対応に苦慮していた。

そのことに対する反省と、将来的に単機でオーバー3,000 PS級を実現する大出力ディーゼル機関車を求める運用側の意見もあったことなどから、DD51形やDE10形に搭載されているDML61系エンジンの設計を基本として、シリンダーの行程や直径はそのままに、レイアウトをV型12気筒からV型16気筒へ変更、過給器系を改良した出力2,000 PSのディーゼル機関DMP81Zと、これと組み合せて使用する入力1,800 PSの液体式変速機DW7が1969年(昭和44年)に技術課題として開発された。

本形式はこの新型機関・変速機を1セット搭載し、軽量大出力、保守費の軽減、運転操作の容易さなどを目標として、2エンジン構成のDD51形を代替する後継車種を得る目的で開発されたものである。

DD51形1号機の製造を担当した日立製作所笠戸工場においてDE50 1が1970年7月に完成、以後各種試験に充当された。

 

 

 

路面電車

 

京阪60型電車

 

京阪60型電車は、1934年(昭和9年)に京阪電気鉄道が製造した電車の一形式である。

日本で初めて連接構造を採用し、また1930年代の世界的なブームに乗っていち早く流線形車体を用いたことで、日本の鉄道史に足跡を残した車両である。使用された列車名にちなみ、「びわこ号」の愛称を持ち、車体側面には愛称銘板が取り付けられている。

現在の京阪京津線・石山坂本線は、前者が京津電気軌道、後者が大津電車軌道および琵琶湖鉄道汽船が建設したものを、京阪が大正時代から昭和時代初期にかけて買収して成立したものである。

琵琶湖鉄道汽船の下で高速電気鉄道として建設された石山坂本線の三井寺 - 坂本を除くと、両線は完全な路面電車規格であり、建築限界は明治期の開業以来変更されておらず、小車体断面のままであった。また、京津線蹴上 - 九条山間には国鉄最急勾配の信越本線碓氷峠に匹敵する66.7 ‰の急勾配が存在するなど、直流600 V電化、1,435 mm標準軌という基本規格こそ共通していたものの、既に本格的な高速電気鉄道への脱皮を遂げた京阪本線とは、全く異質な路線群であった。

1925年(大正14年)2月1日の京阪・京津合併以降、「琵琶湖連絡」と称し実施した連絡運輸を発展させ、京阪本線 - 京津線間を直通する列車の運行を目的に計画・製造されたのが60型電車である。

 

 

編成表

 

1編成:キハ81形・・・4両編成(必要に応じて5両編成になったりする)

 

1.5編成:キハ81形・・・6両編成(特別編成)

 

2編成:キハ391系・・・3両編成(必要に応じて6両編成になったりする)

 

3編成:キハ391系・・・2編成と同じ(必要に応じて2編成に連結したりする)

 

4編成:キハ47形・・・2両編成(必要に応じてキハ40形になる)

 

4.1編成:キハ48形・・・4両編成

 

4.2編成:キハ40形・・・3両編成

 

4.3編成:キハ40形・・・1両編成(短区間運転)

 

4.4編成:キハ47形・キハ40形・・・3両編成(特別編成)

 

4.5編成:キハ47形・・・4両編成(4.1両編成とローテーション運転)

 

4.6編成:キハ48形・・・※6両編成(守谷編成)

 

4.7編成:キハ47形・・・※6両編成(4.6編成、4.8編成とローテーション運転)

 

4.8編成:キハ40形・・・※6両編成(4.6編成、4.7編成とローテーション運転)

 

4.9編成:キハ40形、キハ47形、キハ48形・・・5両編成(イベント編成)

 

5編成:C56形、スハフ33形客車・・・※4両編成(守谷神社行きはDD51形と連結する)

 

6編成:C56形、オハフ35系客車・・・※4両編成(守谷神社行きはDD51形と連結する)

 

7編成:C57形、マイテ49系客車、オハ35系客車、オハ31系客車・・・5両編成(指定席)

 

7.5編成:C57形、D51形、マイテ49系客車、オハ35系客車、オハ31系客車・・・6両編成(指定席)

 

8編成:D51形、マイテ49系客車、オハ35系客車、オハ31系客車・・・5両編成(指定席)

 

9編成:D51形、スハフ33形客車・・・4両編成(必要に応じて5両編成になったりする)

 

10編成:D51形、オハフ35系客車・・・4両編成(必要に応じて5両編成になったりする)

 

11編成:D51形重連、スハフ33形客車・・・5両編成(守谷編成)

 

12編成:D51重連、オハフ35形客車・・・5両編成(守谷編成)

 

13編成:京阪60型電車・・・2両編成(人里と寺子屋を行き来する)

 

以上!25編成の組み合わせでした!

 

 

 

運行区間

 

 

博麗神社発:人里行き

 

博麗神社発:人里経由守谷行き

 

博麗神社発:人里経由天狗の山行き(後の異変に出てきます)

 

博麗神社発:迷いの竹林経由永遠亭前行き

 

博麗神社発:無縁塚経由冥界行き(一部の人しか使わない)

 

博麗神社発:魔法の森経由紅魔館行き(ほとんど咲夜さんしか使わない)

 

博麗神社発:温泉行き(地霊殿の異変の時に湧き出た温泉)

 

博麗神社発:車庫経由地霊殿行き

 

博麗神社発:車庫行き(回送ではないと言うか愁とその関係者しか使わない)

__________________________________________

 

人里発:博麗神社行き

 

人里発:守谷神社行き

 

人里発:迷いの森経由永遠亭前行き

 

人里発:魔法の森経由紅魔館行き

 

人里発:温泉行き(地霊殿の異変の時に湧き出た温泉)

 

人里発:車庫行き(イベントの時しか使わない)

 

人里発:寺子屋行き

__________________________________________

 

人里入り口⇄寺子屋

__________________________________________

 

寺子屋発:人里入り口行き

 

寺子屋発:人里行き

 

寺子屋発:人里経由車庫行き

__________________________________________

 

守谷神社発:人里経由博麗神社行き

 

守谷神社発:人里行き

 

守谷神社発:迷いの竹林経由永遠亭前行き

 

守谷神社発:魔法の森経由紅魔館行き

 

守谷神社発:無縁塚経由冥界行き

 

守谷神社発:人里経由温泉行き

 

守谷神社発:人里経由天狗の山行き(こちらも後の異変で出てきます)

 

守谷神社発:車庫経由地霊殿行き

 

守谷神社発:車庫行き(早苗しか使わない)

__________________________________________

 

車庫発:博麗神社行き

 

車庫発:守谷神社行き

 

車庫発:迷いの竹林経由永遠亭前行き

 

車庫発:魔法の森経由紅魔館行き

 

車庫発:無縁塚経由冥界行き

 

車庫発:人里経由温泉行き

 

車庫発:人里経由天狗の山行き

 

車庫発:地霊殿行き

 

車庫発:人里経由寺子屋行き

 

 

以上、運行区間でした

 

 

 

駅名(←センスないので許してください)

 

No.00 車庫

 

No.01 博麗神社

 

No.02 人里

 

No.001人里入り口(京阪60型電車)

 

No.002 寺子屋(京阪60型電車)

 

No.03 守谷神社

 

No.04 天狗の山入り口

 

No.05 天狗の山中腹

 

No.06 温泉前

 

No.07 迷いの竹林入り口

 

No.08 永遠亭前

 

No.09 香霖堂

 

No.10 無縁塚

 

No.11 冥界

 

No.12 魔法の森入り口

 

No.13 魔法の森

 

No.14 紅魔館

 

No.15地獄入り口

 

No.16 地霊殿

 

全19駅(路面電車も含む)

 

 

運転区間

 

 

【挿絵表示】

 

 

ー・・・非電化区間(1067mm)←京阪60型電車以外のレールの幅(狭軌)

=・・・※電化区間(1435mm)←京阪60型専用(標準軌)

※電化区間は三線軌条になっている(狭軌と標準軌が混ざっているため)

 

 

 

人里駅ホーム

 

    

                       =====】 ←引き込み線

                     //

{==========人里駅=========ーーーーーーーーーーーー}

            ||      //

         【人里入り口============}

 

 

 

と言う構造になっている。(ここだけ愁が作った)

 

 

 

車庫

                          

                   (60型電車の車庫&検査場↓)

                            =======】

           扇形車庫           // (検査場↓)

      ______________     ==[=======】

             |         //

            転車台   =================】

             |  //     (↑留置線)

【==================================】

        //           (↑留置線)

{ーーーー============================}

 _____// (←No.00車庫駅のホーム)       //

【=====         【=============

                  (↑待機線)

 

___________________________________

貨物ターミナル

 

                 (ディーゼル機関車修繕庫&車庫↓)

                       =[=========】

 ________________    //

【=================================】

 ________________  //(機関車待避線→)//  

【=================================】

 _______________ //  (機関車待避線→)//     

【=================================】

 _____________ //_________________

{=================================}

             //

【============(←引き込み線)

 

__・・・貨物の荷下ろし

 

 

 

 

車両の付喪神(←名前のセンスはないので許してください)

 

 

キハ40形・キハ47形・キハ48形・・・如月(きさらぎ)

 

キハ391系・・・空居(くうきょ)

 

C62形2号機・・・燕(つばめ)

 

C56形160号機・・・海山(かいざん)

 

C61形2号機・・・燕(つばめ)

 

C11形64号機・・・露一(ろいち)

 

C57形1号機・・・

 

D50形140号機・・・伊予(いよ)

 

D51形1号機・・・後一(ごいち)

 

D51形200号機・・・二後一(にごいち)

 

D52形468号機・・・彩葉(いろは)

 

キハ81形・・・黒潮(くろしお)

 

スハ32形・スハフ32形客車・・・

 

オハ35系・オハフ35系客車・・・

 

DE50形1号機・・・出奈一(でないち)

 

DD51形756号機・・・和水(なごみ)

 

DD54形33号機・・・佐越(さごし)

 

DD200形・・・朱熹(しゅき)

 

コキ100系貨車・・・市子(いちこ)

 

タキ1000形貨車・・・瀧井(たきい)

 

京阪60型電車・・・琵琶湖(びわこ)

 

 

以上が各車両の付喪神の名前です

 

 

 

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