第三十六話 味方
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地獄とも形容できる時間が過ぎ、生徒及び教師は全員高専へと帰還していた。およそ六時間にも及ぶ死闘。時刻は午後二時、生徒は一人を除いて自室で疲れ果てて眠っている。大人たちは後処理に追われている。
「腕の筋肉はズタボロだがそれ以外の容態は安定している、ただ、貧血と度重なる脳の酷使によるオーバーヒートで脳が焼き切れているからな、せめて二週間は絶対安静だ」
「ありがとう硝子、あ、コーヒー僕にもちょーだいよ、砂糖は十個ね」
「コーヒーへの侮辱はやめろ、お前がこの間冷蔵庫に入れていった物があるだろ」
三人は医務室に集まっていた。
「すまない悟…私がついていながら、情けない限りだ」
「…話は聞いた。けど、僕が傑でも同じ判断をした、絶対にね」
「夏油、自惚れるなよ、ここはそういう世界だ。命をかけて戦う者に失礼な感情を抱くな、学生時代からそれは変わらないはずだろう」
「だがっ…!」
バコォン
五条は立ち上がり手元にあった刹那のカルテで夏油の頭を叩く。
「刹那の体に小さくはない傷が残った…そのことに関しては怒ってるからね。全部ひっくるめて今のでチャラだ」
頭をさすりながら夏油は小さく俯く。
「やれやれ、昔からポジティブ思考は悟に敵わないな」
「褒めんのか貶すのかどっちかにしろよ」
「そんなことはどうでもいい」
硝子はバッサリと吐き捨てる。
「辛口だなぁ」
「五条、お前最近富士の樹海に度々足を運んでるそうじゃないか、補助監督から聞いたぞ」
「富士の樹海? あそこには何もないだろう」
「んー、別に二人には言ってもいいか。あそこにはね結界で隠されてるけど刹那の実家があるんだよ」
「家庭訪問なんてする必要あるか?」
「違う違う、彼女の術式のことがやっぱり気になってね、僕なりに色々調べてるんだよ」
「それで? 成果はあったのかい?」
夏油の問いに五条は頭と手を振って答える。
「ぜーんぜん、阿頼耶識って苗字に聞き覚えないし、でも書物の風化具合見る限りはかなり昔からあるはずなんだよなぁ」
「もしかして、それだけ古い家なら御三家に関係あると思ったから調べているのか?」
「そゆこと、これでも僕、当主だしね」
「あいつなら知ってるかもね」
「「あいつ?」」
夏油の呟きに二人は反応する。
「千年前に生きた、最凶の術師が現代にいるだろう?」
「却下却下! あんなのに借り作るとかごめんだね」
「でも宿儺は初見の頃から刹那のことを気に入ってるみたいだし、なにかしらの関係があってもおかしくないんじゃないかな」
「イカれてるから強いやつが好きってだけでしょ」
「それだと五条も好かれてるな」
「うぇぇ、きしょいこと言わないでよ硝子」
三人が談義しているとノックと共に伏黒が部屋に入ってくる。
「失礼します、家入さん」
「あれ恵?寝てなきゃだめじゃん」
「いや、少し…」
「…ちょうどいい伏黒君、そこの薬を刹那が起きたら飲ませてやってくれ、説明は添えてある」
「ほら悟、行くよ、邪魔をするのは無粋だ」
「はいはーい、ごゆっくりー」
ガララッ
三人はさっさと部屋を出ていき、伏黒はその場に取り残される。
「……はぁ」
ため息をつきながら伏黒は薬と説明の紙を取り、目的の刹那の見舞いのため、横の椅子に座る。
黙々と説明書きを読み、説明書きを読み終えて刹那をふと見る。いつもと変わらない寝顔のハズだが、このまま目覚めないのではないかという不安からか伏黒は頬を優しく撫でる。
「体温はあるな…」
伏黒がボソリと呟くと伏黒の手の甲を刹那が軽く撫でる。
「…恵君…?」
「悪ぃ、起こしたか」
「…そろそろ寝飽きたところですよ」
起き上がろうとする刹那を伏黒は肩を抑えて寝かせる。
「過保護すぎですよ恵君」
「今回はそれを言われる筋合いはないな。自覚がないかもしれないが、お前は死にかけたんだぞ」
「分かってますよ。わざわざお見舞いに来るなんて…もしかして寂しくなったんですか?風邪とか引いたら心細いですもんね」
「違うが…あー、まぁそれでいい」
「……」
「……」
「…薬、傷が痛む時は二錠飲んで、飲んだあとは最低五時間は空けてくれ。用はそれだけだ、邪魔したな、休んでくれ」
立ち上がろうとする伏黒は包帯だらけの細い腕で強く裾を掴まれる。
「…刹那?」
刹那は操作を失った人形のように俯いたまま伏黒、あるいは誰かに向かって急に話し始める。
「…僕、呪詛師に勧誘されたんです…恵君達の安全は保証するから呪詛師の仲間になれと、僕は呪詛師側の人間だから呪詛師になるべきだと」
「おい刹那、急にどうした…?」
「人質にされていた非術師の方が犯罪者だって言われて…殺されても…構わないって、思う自分が…居たんです。…黒閃を撃ったあの時、自身の術式の核心を掴んで…僕は、僕は…」
半分支離滅裂な言動をしながら頭を抑え、異常なほどに体を震わせる刹那を見て、伏黒は本能的に危険を感じる。刹那は突然顔をあげて目の焦点が定まらないまま話し出す。
「おい刹那! 落ち着け!」
「僕はここにいて良いのか皆と一緒にいても良いのかそもそも生きてて良いのか本当は非術師を殺したいと思ってるんじゃないのか! 分からない! 分かんないっ!! わかんない!!!」
刹那は頭をグシャグシャと掻きむしり、壊れた水道のように涙をボタボタと流す。話し終えると息を切らしながら術式を無意識的に展開し、黒い靄を背中から出現させ部屋の一端を黒く染める。そして伏黒の襟を強く掴んで引き寄せる。
「誰か教えてよ!! ねぇっ!!」
「落ち着け刹那!!!」
伏黒は刹那の腕を掴み、焦点の合わない刹那の瞳をじっと見つめると、ボロボロの刹那の体を優しく、そして力強く抱きしめる。声を荒げた伏黒に刹那は大人しくなる。
「刹那…俺は頼りないかもしれないし、お前より強くもない…でもな、少しは頼ってくれ、仲間だろうが。もしお前が進む道を間違えれば引き戻してやる、分からないことがあれば一緒に考えてやる、力が強ぇ馬鹿と我の強い友達もいる、優しい先輩も、最強の先生も、皆お前の味方だ。だから…今は休め、考えすぎだ」
伏黒が頭を優しく撫でると、刹那は安心したのか、死んだように脱力し、ベッドに倒れ込み掴まれたままの伏黒も引張られて刹那を押し倒す姿勢となる。
「…寝たか」
ガララッ!
「刹那ー、お見舞いに来たわよー!」
「刹那! 伏黒恵! ぷりんとやらを持ってきたぞ!」
突然部屋に入ってきた二人が見た光景は、寝ている刹那に覆いかぶさる伏黒、注意深く見ると刹那が抵抗したようにも見えるシワシワの伏黒の襟と袖、更には今の今まで泣いていたように見える刹那の目元にどこか遠い目をしている伏黒の顔。
「「「………………」」」
長い静寂の間、伏黒は時間が経つごとに自身の顔から血の気が引いていくのを正確に感じ取り、弁解の言葉を脳内で紡ぐ。
「伏黒…てめぇ」
「違っ、違う」
「言い訳はテメェの脳に釘ぶっ刺したあとに聞いてやるよ」
「待て、ほんとに待て、誤解だ説明するから!」
「ケヒヒッ!やるではないか伏黒恵!刹那と契を交わそうとするとはな」
結局、説得虚しく釘を物理的に刺された伏黒は、一時的に戻ってきた硝子に治療され、そのまま伏黒の懸命な弁解によって誤解はなんとか解けた。
「そういうことは先に言いなさいよ」
「言わせてすら貰えなかったんだよ 」
「全く、なぜそんなにお前は怒っているのだ。結果として違ったが、もしそのままだとしても喜ばしいことではないか」
「アンタの価値観と一緒にすんな、今は倫理が問われる時代なんだよ」
「あ~うるさいうるさい、小僧が馬鹿なせいで現代の言葉があまり良く分からんのだ、倫理だのなんだのとのたまうな」
釘崎と宿儺が言い争っていると、伏黒は俯いたまま口を開く。
「…刹那をこの世界に引き入れたのは俺だ…」
「なによ、また芋臭いこと言うつもり?」
「…そう捉えられても仕方ないかもな」
「伏黒恵、お前が責任を感じることはない、俺は少なくともお前たちを見つけることができて現状満足している」
「宿儺、今でこそ生きてるけどな、その体だって似たようなもんなんだ。俺と関わらなきゃ死刑なんてこともなく体にお前を飼うこともなかった…俺の選択は不利益にしかならないような結果にしかならないんじゃないかって、段々怖くなってくる」
伏黒の顔が青ざめるのを見た釘崎は頭を殴る。
ボコンッ
「痛っ、急に何すんだよ」
「急も八も無いわよ、辛気臭いったらありゃしない、アンタはあの子の保護者のつもりかよ」
「あぁ? 違ぇよ」
「じゃあ刹那の何なのよ」
「何って…仲間だろ」
「分かってんじゃないの、友達なら味方でいなさい、辛気臭いことばっか言ってると愛想尽かされるわよ」
「伏黒恵、お前は利益不利益などに縛られず、己が満足いく結果を追い求めれば良いのだ、そして俺に魅せてくれればいい、お前の成長をな」
「まさか宿儺に慰められるとは…」
「感謝してるなら今度なんか奢んなさい」
「ケヒッ、楽しみにしているぞ伏黒恵」
「宿儺は知らねぇよ、釘崎には時間があれば奢ってやる」
伏黒は肩の荷が降りたようにフッと笑った。
次は二日以内かなぁ