全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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第三十八話 怪物

 ──

 

「……暇ですねぇ」

 

 例の事変から三日が経過していた、刹那を除く三人はさいたま市へと任務についていた。

 

 刹那は授業は出れるが鉛筆を持っても痛む程度には腕の筋繊維がズタボロになり、硝子の反転術式を持ってしても痛みは完全に消せず絶対安静が言い渡されていた。

 

「仕方ないさ、それ程までに無茶な体の使い方をしたんだから、明日には痛みも消える」

 

「うぅー、そうは言っても、今は色々大変なんでしょう?」

 

「静岡の津波やそれに伴う呪霊の発生の件か?」

 

「それです…なんか申し訳なくって」

 

「気にするな、高専時代の五条はお前より遥かにサボり魔だったし、一年でここまで働くやつなんて他にいないぞ」 

 

「そうかもしれないですけどー」

 

 医務室のベッドにうつ伏せで枕に顔を埋めてぶーたれていると医務室のドアにノック音が鳴る。

 

「やっほー、お邪魔するよ」

 

「邪魔するんなら帰ってくれ」

 

 五条の侵入に硝子は呆れ顔で悪態をつく。

 

「酷くない? 三日ぶりよ?」

 

「別に珍しいことでもないだろ」

 

「まーそうだけどさー」

 

「何の用だ?」

 

「あー、刹那は元気?」

 

「休養たっぷりで元気一杯ですよー」

 

 五条の質問にベッドから五条に向かってうつ伏せのまま手を振って応える。

 

「あちゃー、元気かー」

 

「なにか問題でも?」

 

「上のミカン共がさー、そろそろ刹那を現場復帰させろって五月蝿くてねぇ」

 

「おい、重症人だぞ、医者として退院は認められん」

 

「僕もさ、できれば行かせたくないけど例の災害とかでそこかしこに呪霊が湧いてるんだよ、一級相当以上の人手不足がいよいよ深刻化してきてるんだ」

 

「…別に僕は構いませんよ、腕の痛みも術式で無くせますし、どうせ明日には治りますから」

 

 復帰する気マンマンの刹那を見て硝子は折れるが一言釘を刺していく。

 

「……納得したわけじゃないからな」

 

「大丈夫だって、心配することはないさ、近場には別な術師がいるようにするしね。じゃ、準備してー、あと二十分後に補助監督が来るからね」

 

「了解です」

 

 薬をぽいっと口に放り医務室から出ていく。

 

「気をつけて行けよ、治療は死んだ人間には無意味なんだからな」

 

「…分かっていますよ」

 

 ──ー二日後──ー

 

「刹那サン? コレは一体ドウイウコトデスカネ?」

 

「動くなよー、虎杖ー」

 

 授業が終わると放課後に刹那は虎杖を呼び出して実験していた。

 

「もうちょっと待ってください…あともう少しで掴めるんです…」

 

 刹那は虎杖を十分間、黒い靄の中に閉じ込めていた。

 

「本当に成功するのかしら、術式の遠隔発動なんて」

 

「…基本的に術式は本人の呪力やイメージが肝心だからな、呪具みたいに付与しておくのと遠隔で自由に発動するんじゃ難易度は天と地ほどの差があるぞ」

 

「…よしっ、いきますよ悠二君」

 

「お、おう」

 

 刹那は離れて靄を自身の身体から切り離し、両手を伸ばして虎杖に対する重力負荷を無くすように試みる。

 

「うぉっ!」

 

 ブワッ…ギュオォォ

 

 靄は一瞬広がり渦を巻くと虎杖の身体に吸収されていく。

 

「え? え? これ大丈夫なんだよな!?」

 

 シュゥゥウ

 

 靄は虎杖に完全に吸い込まれる。

 

「「「……」」」

 

「術式順転…虚」

 

「どう? 軽くなってる感覚ある?」

 

「んー、分からん、無重力とか知らないし」

 

「その場で跳んでみればいいんじゃないか?」

 

「お、そっか、よっと」

 

 虎杖が少し跳ねると、虎杖の体は地面に着地することなくフワリと宙を舞い上に向かい続ける。

 

「待って! 成功してるけど! これどうやって降りればいいの!?」

 

「鵺」

 

 バサァッガシッ

 

 伏黒が鵺を呼び出しプカプカ浮かぶ虎杖を捕まえて地面に持っていき、刹那は術式を解除する。

 

「サンキュー伏黒、あのままなら俺宇宙行けたわ」

 

「インスタ映えするじゃない、もっかい行ってきなさい」

 

「電波通じないでしょーが」

 

「突っ込むポイントはそこじゃねぇだろ」

 

 漫才のような流れをいつものように繰り返す三人、それが終わって虎杖が刹那に問いかける。

 

「んで、やってみてどうだった?」

 

「うーん…駄目ですね、実用性は皆無です、遊ぶときくらいにしか使えません」

 

 首と手を横に振って実用性のなさを話す。

 

「そっかぁー、でもあれ屋内でやったら楽しそうだよな」

 

「えー…私も無重力体験したいー」

 

「スカートじゃない時にでもしましょうか」

 

「面白そうなことしてるねー、何してんの?」

 

 五条が書類をバサバサ振りながら歩いてくる

 

「また任務ぅ? 昨日もだったじゃない」

 

「最近多いよな、やっぱりあの災害の影響?」

 

「文句言わないでよー、傑なんて現場でボッチでいるんだからさ」

 

 放るようにして一年生に個別に資料を渡す。

 

「そういえば、十月三十一日の件、どうなったんですか?」

 

「それに関してはまだまだ調査中〜、いっそのこと当日まで何もしないで待とうかなってね」

 

「相変わらずテキトーですね」

 

「じゃ、そういうことでよろしくね~」

 

 シュンッ

 

 五条は術式を使ってその場から姿を消す。

 

「わざわざ術式使って移動するなんて結構ほんとに忙しいのね」

 

「徹夜だろうな」

 

「それ考えたらまだマシだな」

 

 四人はそんなことを話しながら寮へと戻っていった。

 

 ──同刻──

 

「……これであらかた片付いたか」

 

 夏油は津波に飲まれ瓦礫と化した家屋の上に立ちながら一言呟く。

 

(あとは補助監督の到着を待って簡易的な呪霊の予防策を取らなければ…)

 

 踵を返し高専保有の車へと戻ろうとすると、夏油の前に阿弥部が現れる。

 

「…君、高専関係者じゃないな、呪詛師か?」

 

「ん? あー、そういえば君と面識は無いね。では改めて、ビデオ振りかな? 私は──」

 

 ドゴォォォッ! 

 

 阿弥部が名乗ろうとすると夏油の使役する大きな口の芋虫のような呪霊が阿弥部の足元から大きな口を開けて飛び出す。

 

 バグンッ! 

 

 シュルルル……パチパチパチ

 

「……速いね、君」

 

 阿弥部は夏油の後方に一瞬で移動して拍手をして賛辞を送る。

 

「流石は特級、不意打ちもお手の物かい。名前は名乗っておくよ、私は阿弥部、よろしくね」

 

「君のことは知らないが明らかに異様な気配、呪霊合術というのはそんなことまで可能なのかい?」

 

 夏油は次の手を考えながら足元から呪霊を二体出して警戒態勢をとる。

 

「そう構えないでくれないかな、君とは話をしにきたんだから」

 

「呪詛師の件ならお断りだ、うちの生徒をたぶらかしやがって」

 

「おや、彼女はそこまで喋ったのか、意外に回復が速いな」

 

 何でもなさそうに阿弥部は腕を組んで話す。

 

「勧誘が失敗して残念だったな、生憎と私は呪詛師の件については学生の頃に踏ん切りがついている、無駄だよ」

 

「いいや、成功だよ」

 

 阿弥部はニヤリと不敵に嗤う。

 

「真人から聞いたよ、彼女はどうやら黒閃を撃つことに成功したんだってね」

 

「それがどうしたんだい? お前たちの勝ち目が無くなっただけだろう」

 

 夏油が悪態をつくと阿弥部はさらに笑みを溢す。

 

「君達呪術師は何も理解していない、彼女の術式も、阿頼耶識の性も、阿頼耶識刹那という"怪物"も」

 

 ドッ! バゴドゴ!! 

 

 夏油はその言葉を聞き、怒りを露わにして呪霊を三体突撃させるが、阿弥部はそれらを全て叩き落とす。

 

「彼女は生まれるべくして生まれたんだ、今までにない"呪い"さ…宿儺の復活、阿頼耶識家最強の術式の再誕、そして"私"、全ては、なるべくしてなった結果だよ」

 

「訳のわからない御託を並べてないで大人しく投降してくれないかな」

 

「残念だけどそれはできないな、それでは一週間後また会おう」

 

 阿弥部はそう言い残し、ヒラヒラと手を振って瓦礫の山を歩き去っていった。

 

(追撃しなくて正解だった…なんだあの呪力量は、高専の人間全員を足してもやっとトントンじゃないか…?)

 

「今戦ってもジリ貧か、今日は…四徹目か、そろそろ戻ろう」

 

 スマホを確認した後、思考力の限界に達した夏油は瓦礫の山を小走りで近くに滞在している補助監督の元へと戻っていった。


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