全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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今日中にこれともう一つ出しますので、ぜひどうぞ。


第四十八話 今日は月が綺麗ですね(小望月)

 ──

 

 伏黒は寝つけずに校庭に出ていた。内心、どこかで全てが嘘で、明日の事もただの直哉の世迷言か、冗談何じゃないかと。自分の頬をつねったりして確かめても感じるのは、冬が近づき冷え切った指先の温度とほんのりとした痛みだけだった。

 

「……」

 

「小望月、幾望…今だと寒月とも言えそうですね」

 

 伏黒が月を見上げながら呆けていると、後ろからいるはずのない人物の声が聞こえて思わず振り向いて名前を呼ぶ。

 

「刹那…!?」

 

「こんばんは恵君、今日は雲一つないお月見日和ですね」

 

「なんでここに…?」

 

「僕の学校ですよ? 帰ってきちゃいけないんですか?」

 

 ムッとした顔で薄く笑う刹那を見て伏黒は我に返る。

 

「そうじゃない、お前明日って…いや、それより虎杖達を呼んでくるから待っててくれ、事情を全部話すから」

 

 伏黒は立ち上がり、踵を返して虎杖達を呼びに行こうとするが、刹那が後ろから一言放って引き止める。

 

「恵君…今日は月が綺麗ですね」

 

 刹那がその言葉の意味を知らないハズはない。

 

 伏黒は足を止めてゆっくりと振り返り、その言葉の意味を確認しようとするが、耳まで真っ赤に染めて真っ直ぐに伏黒を見つめる刹那を見て、答え合わせは終わった。

 

「どういうことだ…?」

 

 グルグルと頭の中を様々な考えが巡り、思わず聞いてしまう。

 

「これ以上に分かりやすい言葉はないと思うんですけど…」

 

「そうじゃねぇ、なんでっ!なんで…今なんだよ…!!」

 

 刹那は死刑を言い渡され、その執行人として伏黒も参加が決定している。さらに翌日にはこの高専を襲撃すると宣言している刹那は、今伏黒の目の前にいて、あまつさえ思いを告げている。

 

「なんでって、好きな人に思いを伝えるのは今際の際でもなければいけないんですか?」

 

 あっさりとそう言い放って刹那はゆっくりと伏黒に近付いていく。

 

「大丈夫ですよ、答えは別に求めていません」

 

 伏黒は硬直してしまうが式神を召喚しようとして手を動かす。しかし、動物を象る前に刹那は自分の指を絡ませて防ぎ、そのまま伏黒を小丘の芝に押し倒す。

 

 トサッ…

 

「刹那っ、頼む待ってくれっ、説明してくれ!」

 

 馬乗りになったまま刹那は伏黒の言葉を聞かずに話しだす。

 

「何も知らなくていいんです、ただ恵君は明日ここに来る呪詛師を殺せばいいんです。それ以外は考えなくていい」

 

 伏黒の両手をしっかりと握り、顔を近づけてニコリと笑う。そしてそのまま刹那は起き上がり、伏黒の頭に自分の額を当てて術式を行使する。

 

 カクンッ

 

「おやすみ、伏黒君。次に会う時は、僕は最凶の呪詛師です。ちゃんと皆さんで殺しに来てくださいね」

 

 ザッザッザッザッ

 

 気絶した伏黒に向かってそう言い放ち、刹那は闇に消えていった。最後に一度振り向いて、伏黒にもう一言だけ告げていったが意識が飛んでいる伏黒にその言葉が届くことは無かった。

 

 ──

 

「…ぐろっ、伏黒! おい!」

 

 虎杖の声で伏黒は目を覚まし、自分を覗き込む二人の顔を見つめる。

 

「虎杖…釘崎…どうしたんだ?」

 

「それはこっちの台詞よアホンダラめ、この季節に外で本気寝かます馬鹿は誰よ全く」

 

「せめて厚着してけよな〜、風邪ひくぞ?」

 

 周りを見渡してもまだ暗く、スマホを開いて時刻を確認すると、一時を回るころだった。

 

「悪ぃ…寝付けないから外で頭冷やしてた」

 

「そ…実は私達もなのよね」

 

 ボフッ

 

 釘崎は伏黒の隣に座り、虎杖は小丘に寝転ぶ。

 

「寒ぃけどこうしてみると気持ちいいなー」

 

「そうね〜、刹那も身体冷やしてないか心配だわ」

 

 いつもは刹那がいる、伏黒の左に空いてしまったスペース。それを埋めるために今日の夜に来る刹那を止めて説得する。三人は思いを同じくして少しだけ静かになると冷たい風が吹いて三人の体温を奪う。

 

 ビュウゥゥッ

 

「ヴー寒っむ、戻りましょ」

 

「ココアでも淹れるか」

 

「お、良いね、サンキュー」

 

 三人は高専の寮へと戻っていった。

 

 ──ー

 

 刹那が宣言した、満月の夜が来る日の朝。東京校には禪院家の炳と灯、躯倶留隊。名誉を挽回するための加茂家の術師と五条家の数名、死刑の執行を見届ける一部の上層部が集まっていた。

 

「お前達、よく聞け。先日、炳二名、灯四名、躯倶留隊十一名が呪詛師、阿頼耶識刹那に殺された。仲間の仇討ちをするためにも、今日ここに来る凶悪犯を殺して仲間の敵を討て!!!」

 

 校庭で甚一が躯倶留隊と灯に向かって鼓舞するように話すのを、高専の学生達は離れて共有スペースから見ている。

 

「刹那が好き好んでそんなことするわけないじゃない、あの子の大事な家を燃やして殺そうとしたんならとーぜんの報いよ」

 

「渋谷の時から思っとったけど、嬢ちゃん気ぃ強すぎひん? 仮にもあそこの炳っちゅーのは君らんとこの一級相当やで?」

 

「知ったこっちゃねーな、そもそも刹那が殺したかどうかも分かってねークセにキャンキャン吠えやがってよ」

 

「いやそうやけども」

 

 真希と釘崎は悪態を禪院家の術師達に向ける。

 

「刹那、どうやってここに来るつもりですかね」

 

「彼女には結界なんて無意味だよ、どこからでも来れるさ。彼らじゃ勝てるわけがないし、申し訳ないけど囮に利用させてもらおう」

 

「なぁ、ほんとにもう有益な情報は無いのか?」

 

「悪いけど無いなぁ、俺だって会うたんはこの間っきりやし、呪霊を一体調教したってくらいしか知らへんよ」

 

 直哉は手を上げてヒラヒラとそう言う。

 

 虎杖は落ち着いた様子で伏黒に話しかける。

 

「説得、成功させなきゃな」

 

「あぁ、昨日とさっき話したとおり、説得が成功したら、上には殺したように見せかけて俺の術式で遠くに運んで逃がす」

 

「ほな、俺はそろそろ向こうに合流するわ」

 

 直哉は体裁を保つために禪院家に合流しに行く。

 

「俺達も準備するか」

 

「しゃけ」

 

「…虎杖」

 

「んぉ、どした?」

 

「悪いが宿儺と話したい、出来れば縛りを設けて代わってくれるか?」

 

 パンダがそう言って立ち上がると、伏黒は宿儺を呼ぶように虎杖に頼む。

 

「いや…それはちょっと…」

 

「良かろう、この呪いの王の力を借りたいのだろう? 伏黒恵が言うなら引き受けてやろう、殺しはせんがな」

 

 虎杖の頬から宿儺が出てニヤニヤと嗤う。

 

「いや…まぁ、力を借りるのは本当だが、取り敢えず代わってくれ」

 

「なんだ伏黒恵、小僧に言えぬ話か。仕方ない、小僧と手を繋げ」

 

「? なんで…」

 

 カクンッガシッ

 

 伏黒が虎杖の手を取ると伏黒はその場に気絶する。

 

「伏黒!? 宿儺お前っ!」

 

「喚くな小僧、生得領域に招き入れただけだ」

 

「あ、なんだ…って、伏黒に変なことすんなよ!」

 

「フンッ、話が終わるまで伏黒恵の横にいろ、俺は話してくる」

 

 ──ー

 

 それぞれが自身のコンディションを確認し、夜を待つ。

 

 焦りなのか、感覚が狂ってしまったのか、一同は夜が来るのをほんの一瞬に感じてしまう。

 

 もう夜空には、満月が浮かんでいる。

 

 禪院家の術師達は地の利を生かさせないために東京校の周辺の森を捜索し、見つけ次第執行する算段らしく、既に二年生達も含めてバラけている。

 

 一年生は高専の敷地内で天元の隠す結界が機能するぎりぎり、建物の外で待ち構えている。

 

「探せ! 必ず来るはずだ!」

 

「どこからでもかかってこい卑怯者!」

 

 術師達の怒号が聞こえる中、驚くほどあっさりと、刹那は高専の真正面から現れる。

 

 高専のバッジを外し、薄化粧をして紅をさしている。手袋を嵌め直しながら、刀は納刀したままでコツコツと音を立てて歩いてくる。

 

「真正面…!?」

 

「ちゃんと、正々堂々きましたよ。あなた達と違って」

 

「躯倶留隊弓隊! 矢を放て!」

 

 弓隊の男達は隊長の指示で一斉に刹那に向けて矢を放つ。

 

 バシュシュシュシュッッ

 

 キキキキンッ

 

 ドシュッザシュッブシュッ

 

「ぐぁっ!」

 

「ぐぅっ」

 

「あぁっ!」

 

 刹那は一瞬で抜刀し、矢じりのみを斬り落としてそれを男達に向けて弾き返す。

 

「はぁ…遅っそ。殺る気あるんです?」

 

 ビッッ

 

 溜め息をつきながら刀を横に振るう。

 

「くっ!囲めぇ!所詮は非力な女一人! 数で殺せ!!」

 

 ザザザザザッ

 

「フフフ、多勢に無勢ですね」

 

「動くな!怪しい動きをすれば直ちに斬るぞ!」

 

「今から三つ数える! その間に──」

 

 キキキンッ…カラカラカランッ

 

 刹那は男が握る抜身の刀を三分割して斬り飛ばす。

 

「三つ?映画の真似事ですか?怯えてるのが丸わかりですよ」

 

 躯倶留隊の男達はたじろぐが、刹那はそれでも堂々と刀を納刀して話し続ける。

 

「皆さん勘違いしてますね、僕は呪詛師、慈悲はない」

 

 刹那は眼帯をずらして三つの瞳で躯倶留隊の男達を見据える。

 

「っっっ!! 怯むな! 掛かれ!!!」

 

 うぉぉおお!! 

 

 隊長の一喝で男達は自分の恐怖を怒声で誤魔化し、刹那に斬りかかっていく。

 

「百人斬り、少し興味あったんですよね」

 

 ギュルルッザザザンッ

 

 ドゴッキンッシュパァンッ

 

 うゎぁあ!! ぐぁっ! ヴォェッ! 

 

 男達は三十秒と経たずに刹那に斬り伏せられていく。血飛沫が舞う中に、刹那はまるで踊るかのように術師達を斬っていった。

 

 ビュッッパタタッ

 

「うっ、ぅぅ」

 

「俺の足がぁ…」

 

「煩いですねぇ、殺さないだけ安いと思ってくださいよ」

 

 高専前の道路に血だらけで横たわる男達。その中央に刹那は立ち、眼帯を整えながら無慈悲にもそう言い放つ。

 

「おいおい嬢ちゃん、俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 バゴォッ

 

 甚一の声が聞こえた瞬間、地面が隆起し、刹那は岩の手に挟み潰された。

 

 …かに見えたが、刹那は既にその術者の目の前に移動していた。

 

「こんばんは、随分お年寄りですね。そろそろ逝き時では?」

 

 ビシッ

 

 刹那は術式を発動させて、長寿郎にデコピンをすると長寿郎はその場に倒れる。

 

「今だ殺れー!」

 

「仲間の仇を討て!!」

 

「やったのは僕じゃないんですけどねー」

 

 ギジュッバゴッドゴンッ

 

 バキィッボギボギッ

 

 灯の男達は刹那に向かって攻撃するが、術式を使う暇すらなく近接攻撃は全ていなされる。足の健を斬る、術式、殴打、あらゆる手段で一瞬にして戦闘不能にされる。

 

「流石は元特級だ…。だがな、ここからが本番だぜ、お嬢ちゃん…蘭太!!」

 

「ハイッ!」

 

 ブワァッッ

 

「!?ぐっ、がっ…ァァ…」

 

 甚一が合図を出すと蘭太は術式を行使しようとする。しかし、刹那にはその敵対の赤が見えており、既に予測できていたために蘭太の視界を靄で塞ぎ、そのまま真空状態を作って気絶させる。

 

「蘭太!?」

 

「他人の心配をしている場合じゃないのでは?」

 

「くっ! このォっ!」

 

 既に目の前に立っている刹那を見る。驚いて後方に跳んで避け、甚一は術式を使って数多の拳を刹那に振り下ろす。

 

 ドドドドドドォォォッン!!! 

 

 パラパラッ…サァァァ…

 

 甚一の術式によって、辺り一帯は見るも無惨に崩壊し、砂埃が舞う。

 

(砂埃で奴を見失ったっ! クソっ殺ったのか…?)

 

 ガシッ

 

「──!?」

 

 甚一は頭を掴まれる感覚に陥るが、眼前に姿はない、振りほどこうとすると顔に重い一撃が与えられ、連続して肩と腹に打撃が加わる。

 

 メシイッッバキンッ

 

 ドゴッドッドッドザァァァッ

 

 甚一は吹き飛ばされて顔面から血を流す。砂埃が落ちて視界が開けるが、やはり姿はなく、近づく足音のみが夜の静寂に響く。

 

「くっどこだ!?卑怯者め!姿を現せ!」

 

 フワッ

 

 直後に刹那が術式を解いて姿を現す。

 

「卑怯者?フフフ、可笑しなことをおっしゃいますね?人の生家を燃やした挙げ句、多体一で勝負を仕掛けたのはそちらの方なのに…あなたもそう思いません?」

 

 刹那は口に手を当てて嗤い、顔を扇の方へと向けて嗤う。

 

「貴様は呪詛師だ。それも特級のな、大量の守るべき非術師を殺す可能性のある犯罪者を処すのに、なんの義が必要だと言うのだ?」

 

「守るべき非術師?ふっくく…!!なんの冗談ですかそれ。術式が無い男を雑魚でゴミ扱い、女性をただの孕み袋としか認識できないような家がよく言えたものですね! 可笑しくって笑いが止まりませんよ!アッハハハ!!」

 

 ピキッ

 

 わざとらしくお腹に手を当てて笑う刹那に、扇は殺意を覚えて刀に手をかける。

 

「待て、行くなら同時だ」

 

「分かっている…秘伝・落花の情、術式解放焦眉之赳(しょうびのきゅう)ッ」

 

 ボゥッ

 

 扇は刀身に炎を纏わせ、落花の情による高速居合の構えをとる。

 

「良いですよー。ほら、さーん」

 

 カチャッ

 

「に〜ぃ」

 

 ビキキッッ

 

「い~ち」

 

 ドッッ

 

「ぜー、ろっ」

 

 ゴヂィンッ

 

 ズパパッッ

 

 刹那のカウントダウンに意図せずに合わせ、二人は駆け出す、その瞬間に甚一と扇はお互いの距離を無くされ、正面から衝突する。鈍い音が響き渡ると同時に、二人の片腕と足首が斬り落とされる。

 

「「!!」」

 

「暗闇だと僕の靄は見辛いですよねー、お陰で楽に引っかかってくれた。でもそれより…ほんとにそれが秘伝なんですか? 二人共遅すぎますよ。術師辞めてまともな職を探すのをオススメしますね」

 

 刹那は刀を横に払って血を払いながらクスクスと嗤い、二人に向かって煽り文句を次々に言い放つ。

 

「貴様のような犯罪者にっなにが分かっガボォッ」

 

 扇が怒りの形相を顕にし、プルプルと震えながら口を大きく開くと、刹那は口の中に斬った腕をねじこみ口を塞ぐ。

 

「分からないですよ、分かりたいとも思いません。僕のような犯罪者?当主になれないのを自分の娘のせいにして拷問紛いのことをするのが善行なんですか?それを見てみぬふりして愉しむのも善行なんですか?…随分ご立派な教育をされてるんですね?禪院家って」

 

 ドガッ

 

 刹那はそこまで言うと扇を蹴り飛ばす。そして呪力の靄を出して二人を飲み込む。

 

 ドポォンッ…ポイッ、ザリィッッ

 

「…気絶させただけだから大丈夫ですよ、真希さん」

 

「よぉ刹那、一週間振りくらいか?」

 

 手には薙刀、背には遊雲を装備した真希が現れて刹那に笑いかける。

 

「これまた随分と派手にやったなぁ」

 

「やっぱ一級程度のやつらじゃ相手にならへんねぇ」

 

 真希の後ろからパンダと直哉も現れる。

 

「パンダさんと直哉さんも、こんばんは」

 

 刹那は無邪気、しかし妖艶ともいえる笑顔を向ける。

 

「その化粧良いな、よく似合ってるぜ」

 

「ありがとうございます、裏梅さん…友達に教えてもらったんです。良ければ真希さんの火傷痕も消しますよ?」

 

「いやいい、これは私が弱いことへの戒めだからな」

 

「ていうか寂しいな、前みたいにパンダ先輩って呼んでくれないのか?」

 

「だって僕はもう後輩じゃないですし」

 

 酷く普通の口調であっさりと言い放つ刹那を、二人は複雑に思いながら話し続ける。

 

「確認だが…やめる気はないのか?」

 

「ないですよ、僕は呪詛師なので。それに…僕をこんな風にしたのはあなた達です」

 

「クソっ…仕方ねぇ、後輩に手をかけるのは気が引けるが…行くぞ」

 

 ズズズゥンッ、ポポポッ

 

 真希は薙刀を構え、パンダはゴリラモードに変形し、直哉も呪力を練る。

 

「いつでもいいですよ」

 

 刹那は構えることもなく無造作にその場に立つ。

 

 ザァァァッ

 

 足場が壊れ、残った木々が風によって揺らされ独特の旋律を奏でる。一同の呼吸が整ったその時、刹那の目に映る灰色が一際濃くなり、三人は刹那に向かうフリをする。

 

 ザッ グイッ

 

 刹那が一歩踏んだ瞬間、真希が仕掛けていたワイヤーを引き、刹那の足を拘束しようとする。

 

 タンッ

 

 ピシンッ

 

「今だ散れ!」

 

 バババッ

 

「!」

 

 刹那はその場から高く飛び上がり、それを回避するが、同時に真希は合図をだし、二人は二方向に分散する。

 

 トンッ

 

 刹那は着地すると真希に問う。

 

「…何をするつもりです?」

 

「そう構えんなよ、少し遊ぼうぜ」

 

 ボゥンッ

 

 真希は煙玉をその場に叩きつけて逃げる。

 

「ケホッ…なるほど、伏黒君の策ですね、僕の事をよく知っている」

 

 ザザザザッ

 

 山の木々に紛れて三人は合流し、走りながら疑問を口にする。

 

「真希!!今更だけどほんとにこれ上手くいくのか!?」

 

「知らねぇよ恵に聞け!」

 

「俺らを追ってくるメリットなんもあらへんのになぁ」

 

 三人は伏黒との会話を思いだす。

 

 ──

 

「刹那と真っ向で勝てるのは正直この中じゃ可能性があって乙骨先輩くらいだ、でもそれじゃただの殺し合い、必ずどっちかが死ぬ。だから、無力化させる」

 

「どっちかが死ぬっつーレベルなのに、無力化ってどうするつもりだよ?」

 

「あいつはあぁ見えて感情で動きやすい、少しお膳立てして"遊べばいい"」

 

「遊ぶ?」

 

「そう、禪院家が全滅した後、少し煽って山を逃げ回って、戦いやすいポイントまで誘い込んでください。刹那は確実に乗ってきます、あいつは誘いは絶対に断らない」

 

「…まぁ、一番付き合い長い恵の作戦だしな、私はOKだ」

 

「俺も」

 

「しゃけ」

 

 全員が作戦に賛同して話を続ける。

 

「それが成功したら乙骨先輩と狗巻先輩、あと脹相の出番だ。刹那が本気で抵抗したら無力化するためには全力で叩くしかない、何回か殺す気でいって問題ないです」

 

「えぇ…う、うん分かったよ伏黒君」

 

「明太子、しゃけ、すじこ」

 

「確認だが味方だよな?」

 

 伏黒は最後の確認に脹相に問う。

 

「悠仁の友達を助けるのだろう? 兄が仲直りに協力するのは当然だ」

 

「弟じゃねんだけどなぁ」

 

 ──ー

 

「信じるしかねぇよ。例のポイントまで誰か一人でも逃げ切れ!」

 

 ババッ

 

 再び三手に別れて予定のポイントを目指す。直後、直哉の前方の木に刀が刺さり急停止する。

 

「!」

 

 ザザーッ、ザクッ

 

「直哉さん、見ぃーつーけた」

 

「最初は俺かい、貧乏クジやわぁ」

 

 ダンッ

 

 直哉は術式を使い木々に紛れてスピードを上げる。

 

「悪いなぁ刹那ちゃん、こっちも本気でいかせてもらうで」

 

「構いませんよ」

 

 ギュンギュンギュンッ

 

 意図せず"あの日"のリベンジマッチとなった刹那と直哉だが、一つ違うのは、目的。

 

 亜音速までスピードが達し、直哉の最高速度、音速までに到達する。

 

「拡張術式、全自動迎撃(フルオートカウンター)

 

(いくらなんでもこのスピードは捉えられへんやろ!)

 

 バシュッビィンッ

 

 直哉は攻撃の直前に短刀を刹那の前方に飛ばし、注意を引き付ける。

 

 ィィィィンンンン──バォッ! バキバキッ

 

 直哉は木に足をつけてさらに加速して刹那の背に向かって拳を振るう。

 

()った!!)

 

 ピタッ

 

「あぁ、後ろでしたか」

 

 直哉の拳は刹那に当たった瞬間に停止する。音を置き去りにする程の一瞬の出来事に、脳が追いつかない直哉の右側を呪力強化のハイキックで蹴り飛ばす。

 

 メキイッバゴッ

 

 拡張術式、全自動迎撃は短時間の間、靄を身体に纏い自分に害のある全てを、触れた瞬間に完全に自動で発動して無くすことができる技。五条と違って六眼が無い刹那は常時展開は出来ない。しかし、五条の無下限と違い、領域展延を使用しても攻撃は通らない。すなわち、使っている間は何人たりとも刹那を傷つけることはできない。

 

「さて、あと二人」

 

 ガシッヴンッ

 

「終わって…ないで…」

 

 ゼェゼェと息を切らしながら術式を使って一瞬だけ動きを止める。

 

「…これ以上はしたくないんですけど」

 

「俺も約束があんねん…せめてこれだけ貰ってってや」

 

 ボゥンッ!! 

 

 直哉は刹那の足を掴んで一言言い放つと、煙玉を地面に叩きつけて爆音と煙を蒔く。

 

 キーーン…

 

「!…ゴホッゲホッ…何がしたいんですか!…あ、気絶した」

 

 ──

 

「やべぇな、多分あの金髪負けたぞ」

 

「んなもん音で分かる、殺しゃあしてねぇだろ。それよりも予定と違ってラッキーだ、二人も残ってここまで来れた」

 

「真希ってやっぱり結構ドライだよな」

 

 パンダと真希は高専から更に離れた山の中の例のポイントまでたどり着いていた。

 

「あとは憂太と棘と脹相がなんとかしてくれるのを願うしかないな」

 

 刹那は二人の残穢を追って歩きながら自身に投げかけられた言葉を振り返る。

 

 怪物   化物   気持ち悪い 卑怯者    

 

 凶悪犯罪者  汚い血筋  死んでしまえ

 

 最凶最悪最低の呪詛師

 

 ザッザッザッザッ

 

「フフフ、上等ですね」

 

 ド ロ リ 

 

 ゾクゾクゾクッ

 

 刹那は二人のいる開けた場所へと到着し、不敵に嗤う。

 

「挑発に乗って、来ましたよ」

 

「流石だな、恵の言う通りだ」

 

 パンダと真希はその場で静止し刹那に話しかける。

 

「闘りあう前に聞きたい…お前の眼には私達はどう映ってる?」

 

「……」

 

 刹那は眼帯を少しずらし、少しの沈黙の後に回答する。

 

「迷いの灰色(グレー)、信頼の青竹色(エメラルドグリーン)…迷いが断ち切れない呪術師が、僕の前にはいます」

 

「お前の眼、そんな風に見えてるんだな」

 

「…無駄話はこれくらいにしましょう、早く決着をつけなければ」

 

 ザッ

 

「穿血っ!!」

 

 バジュゥゥッッッ

 

 ヒョイッ

 

 刹那は一歩を踏む、その瞬間に木の陰から脹相の穿血が飛んでくるがいとも容易くそれを避ける。

 

「僕が気付かないわけないじゃないですか」

 

 刀に手をかけて構えるが、狗巻の呪言が飛んで刹那は停止する。

 

「動くな!!」

 

 ピタッ

 

「すまん刹那! 激震(ドラミング)──」

 

赤燐躍動・載(せきりんやくどう・サイ)!」

 

 ギュオッ

 

 パンダと脹相はお互いの最大出力で刹那を叩こうとする。しかしそのほんの一瞬で真希は狗巻が呪言を発した時の違和感の正体に気づく

 

(刹那相手に呪言を使って棘の喉が潰れねぇ…? いや! んなはずねぇ! まさか!!)

 

「二人共離れろ!」

 

 しかし、一歩遅かった。

 

「そのまさかです」

 

 ブワァンッ

 

 自分達より小柄な刹那を攻撃するために、やや下に向かって振り下ろした拳は、刹那がその場で跳び上がったために空を切る。

 

((フェイクッ!?))

 

 二人はそれに気付いて上を見上げるが、刹那は既に術式で再びその場に着地していた。

 

 フワァンッ

 

「しまっ──」

 

 ドドドスッ

 

「おぅふっ」

 

 刹那は一瞬でパンダの身体の三箇所に貫手を的確に撃ち込み、瀕死に追い込む。

 

「くっ! 苅祓──」

 

 パカンッ! 

 

 クラッ

 

 脹相は攻撃を試みるが、下から刹那は顎を踵で蹴り上げ、一瞬脹相は酩酊する。

 

 ガシッバクンッ…ブルブルッガクッドサッ

 

 その隙をついて脹相の頭を掴み、術式で真空状態を作った靄で頭を飲み込んで脹相を気絶させる。

 

「呪言は言霊の増幅、強制の術式。僕は術式そのものの効果を消すことは出来ませんが、術式によって起こった物理現象、その前に必要な準備はどうとでもなります」

 

 刹那は言葉が届く前に自身の周りの振動を完全に無くし、呪言どころか言葉を耳に届かせさせなかった。

 

「恵の作戦は悪くなかったんだけどな、お前の頭の回転の速さには恐れ入るよ」

 

 真希は額から汗を流し、遊雲を構える。

 

「あぁ、やっぱり伏黒君ですか。僕は普段片眼で過ごしてるから、他の感覚に頼ってる節がありますからね」

 

「だからこそ煙玉の音と臭いで撹乱、夜だから視界は勝手に狭まるしな」

 

 ザザッ

 

 木の上に隠れていた狗巻と乙骨も合流する。

 

「いえ、途中まで気付いてませんでしたよ。でも、狗巻さんの呪言は最初から警戒していたので、ここに誘い込まれた時点ですぐに気付けました」

 

「刹那…もう一度だけ聞くよ、止める気は…ないの?」

 

「その選択肢は無いです、何度でも言いますよ。僕をこんな風にしたのはあなた達呪術師で、僕は呪詛師です」

 

 パサパサッシュラァ…

 

 刹那は手袋を外して眼帯を取る。そして二本の刀を抜いて地面に向けると、真希達が最も選択肢から除外していたことを言い放つ。

 

「止めたいなら、僕を殺してください」

 

 狗巻は瞬間、深く息を吸うが、口の中に刹那の靄が入り込む。

 

「眠っ…っ!!ゲボっガホッ」

 

「夜だから真っ黒な靄は見え辛いですもんね」

 

 口の中の水分を完全に奪い、声を発せなくする。

 

 真希は遊雲で刹那に殴りかかるが、完璧に捉えたにもかかわらず遊雲は虚空に向かって滑っていく。

 

「こういう時、術式効果がないって不便ですよね、ただの丈夫な棒なんですもん」

 

 真希の腹に向かって回転をかけながら掌底を繰り出すが、真希は遊雲でそれを防ぐ。

 

 ドガッ…ザザァーー

 

(なんて力! 私が力で負けるはずないのにっ!)

 

「東京で呪霊を沢山斬りましたからね、呪力の蓄えは充分すぎるほどありますよ」

 

 血吸と童子切は二つで一つの刀。血吸は斬った者の呪力の吸収と刀身への強化を行い、童子切は納刀している間、術者本人へとその呪力を供給する。

 

「真希さん!」

 

 乙骨が真希と刹那の間に入り刀身を刹那に向ける。

 

「まだ迷いの灰色(グレー)…呪術師なら早く腹は決めてくださいよ」

 

 ガキンッ! ピシシッ

 

 乙骨と刹那は刀をぶつけて斬り合うが、特殊な呪具を使っているわけではない乙骨の刀はたった一太刀でヒビが入る。 

 

(まずいっ折られる!)

 

 シャリィーッ! ドガッガシッボゴッ

 

()っ!」

 

 乙骨は刀を守るために刀を横に滑らせて刹那に前蹴りを繰り出すが、逆に足を掴まれて肘打ちを脛に打ち込まれる。そのまま距離を詰め、乙骨の胸に拳を突きだす。

 

 ドウッ、ザザザッ

 

「相変わらずとんでもない呪力量ですね」

 

「ゲホッ、今の君にそれを言われても皮肉でしかないなぁ」

 

「私抜きでやってんじゃねぇよ」

 

 二体一の戦闘が開始される。

 

 ギインッガインッキギィンっ! ドドッガインッ

 

 刀を折られないように細心の注意を払いながら刹那と斬り結んでいく、刹那も二人の息の合った猛攻を受け流していき、隙なくカウンターを繰り出していく。

 

(この中じゃ私が一番遅れてる…! クソっ、こんな時自分の体質を恨むぜ)

 

 特級二人がぶつかる状況下、二人の高濃度の呪力に当てられ、ただでさえ呪力への耐性が一般の術師より低い真希は動きと思考が鈍っていく、その隙をつかれ、刹那に遊雲の上から蹴り飛ばされて一旦後退する。

 

「真希さん!」

 

「よそ見するほど余裕ですか、流石ですね」

 

 ギンギンッキィンッ! 

 

 さらに隙は連鎖して乙骨にもでき、一瞬体勢を崩されるが立て直し、再び斬り結ぶ。

 

 ガインッ

 

 お互いに一歩も譲らない、術式を使わない純粋な死合。生まれついて持つ呪力量で乙骨は上を行き、類稀な戦闘センスで刹那はそれを受ける。互いに一歩も譲らぬ戦いだが、刹那が乙骨にこの場で確実に優位を取れるものがあった、それは踏んできた場数。

 

 ビュオッ、ガクッ

 

(とった!!)

 

 乙骨は刹那の姿勢を半ば力ずくで崩し、刹那は前のめりに倒れる。頸椎を狙って乙骨は柄を振り下ろすが、刹那は戦闘経験から来る完全な勘でその場で前宙してそれを避け、乙骨の刀を叩き割る。

 

 クルンッ、バギインッ!! 

 

 口を開けて驚く乙骨の胸に蹴りを入れ、そのまま右掌を地面に向ける。

 

「……死ぬ気で受けてください、でなきゃ死にますよ。極の番──」

 

「止 ま れ!!」

 

 狗巻の声で不意を突かれた刹那は動きを止める。

 

(何故…もう喉はっ)

 

 ゴポッッ

 

「ゲボッゲホッ」

 

 狗巻は反動で吐血する、その時唇の内側が見え、疑問は解消される。

 

(自分の唇を噛み切って出した血で喉を潤したのか!?)

 

「なんて無茶をっ…!」

 

 刹那は拘束から無理矢理抜けようとする、しかし身体が一気に重くなる。

 

 ドロッガクンッ

 

「生憎、俺の身体は特殊でな。空気が無くても身体中に血を巡らせることで酸素の供給は短時間だが可能だ」

 

 そこにパンダと真希が攻撃しにいく。

 

「一番決定打になり得るゴリラ核だけブラフを貼って残した。悪いがかなり痛いぞ」

 

(術式を展開する余裕が無い…!)

 

 刹那は呪力を腕と背中に集中させて防御の姿勢に入る。

 

「激震掌!!」

 

「遊雲ッ!」

 

 ドゥッ! バギバギっ!!! 

 

 バキバキ…ドシンッ…

 

 ズルルル…

 

 二人の攻撃で刹那は後方に強く飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。

 

(腕と肋が何本か逝った…)

 

「ゲホッゴホッ」

 

 ビチャッ

 

 血を地面に吐きながら、近づく三人を見つめる。

 

 真希は刹那の前に座り、刹那の頬を優しく触る。

 

 ギリリッ

 

「…本気で殺しにくる素振りも見せず、ただただ僕の罪の否定ばかり。上辺だけの優しさに一体なんの価値があるっていうんですか…」

 

 歯ぎしりしながら三人を睨みつけ、心にもない言葉を吐き捨てる。

 

「……少し痛い思いはしてもらったが、勘違いしないでくれ、私達はただお前を助けたいだけなんだ」

 

「君は何も悪くない…渋谷のことも、君の血筋も、阿頼耶識刹那という、一人の少女の罪にはならないんだ」

 

「俺は呪骸だ…けどな、少なくともお前が上のバカ共よりは良い奴だってことは、この二年で良く分かってるつもりだぜ。だからってわけでもないけどよ」

 

「「戻って来い(来てよ)」」

 

(……知ってたよ…この人達は優しすぎるんだ。あの時、頭に流れた言葉は皆が言うハズがない言葉で、自分の心の弱さが招いた妄想なんだって…この手を取ってしまえば、どれだけ楽になれることか)

 

 刹那はかつての先輩達の優しさに当てられ、左手を伸ばしてしまう。

 

「全く、手のかかる後輩だよ、お前達は」

 

 呆れたようにため息をついて言いながら、真希も立ち上がって左手を刹那に差し伸べる。

 

 しかし、刹那は真希の左手を取ることはなく拳を握り締める。

 

「? どうした、刹那?」

 

「でも…もう……止まるわけにはいかないんです…!」

 

 刹那は下を向いたまま右の手の平を地面に向ける。

 

 ゾゾゾクッ

 

 一同に走った絶対的な恐怖。乙骨を除いて身体と思考が一瞬完璧に停止する。乙骨は呪力を大量に使って刹那の靄を中和する。

 

「リカちゃん!!」

 

「よ"ん"だっぁ"?」

 

「向こうの二人を!」

 

 ズロゥッー

 

 乙骨は刹那によって妨害されていたリカを無理矢理呼び出し、狗巻と脹相を保護させる。

 

「極の番、(しずく)

 

 ──ポチャン──




長いですので楽しんでいただけたら幸いです。
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