全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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第五話 超動

 ──

 

 刹那は走っていた、全く知らない山道を振り返ることもなくただ、ひたすらに。

 

「はぁっはぁっはぁっ」

 

 伏黒の携帯を握りしめ、電波がつながる場所へとひたすらに走る。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

 ガッ

 

 石に躓き転倒し、膝から血が流れ出る。止まって呼吸を整え、再び走ろうと思い足に力を入れる。

 しかし刹那の頭には、本当にこれでいいのか?自分の選択は間違っていないのか?そんな疑問が頭をよぎり続ける。

 

 刹那のしている行いは伏黒を見殺しにする行為と同義だ。

 

「だって、だって仕方ないじゃんか…!」

 

 涙が出そうになる、そしてまた自分で自分に問いかける。

 

 特級クラスの呪霊を見て何も思わない、相手が強くても弱くてもただ黙々と倒していた。そこには恐怖なんてあったのかい? 

 

「知らないよ…!」

 

 他の呪詛師に出会ったときはどうしたっけ? 

 

「知らないってば…!」

 

 じゃあ叔父は? なんで同じ呪詛師、それも明らかに格下の相手に、なんでそんなに恐怖する? 

 

「だって…だってっ! 意見すれば殴られるかもしれないし!灰皿代わりにされるのも痛いし!…手だって…!こんな手袋だって本当はしたくない!!」

 

刹那は黒い手袋を外して叩きつける。顕になるのは、惨たらしく、縦に開いた生傷の跡。

 

 それは言い訳だろ? その恐怖さえなければお前の方が強い? そうじゃない、お前の心が弱いから恐怖が生まれるんだよ。

 

「じゃあどうすればいいの!!」

 

 自分の問いかけを振り払うように地面に拳を叩きつける。

 

 刹那がしている行為は決して間違ってはいない。DVを受けた女性はその人物を恐れる、酷いときは男性全てを恐怖の対象として見てしまう。だが、刹那の生来の性格、あるいは縛りから自分を責めることしかできなかった。

 

「なんだよ! 正義の味方(ヒーロー)みたいに今から助けに行けって!? 今から行って足手まといになって死んでこいっていうの!?」

 

 抑えていた涙がこぼれる、道路に両の手をつき、手袋越しに雫が当たり、流れ落ちるのを感じる。それと同時に一つの言葉が脳裏をよぎる

 

 俺はヒーローじゃない、呪術師だ。

 

「…そうじゃない、そうじゃないだろ僕は…!仕方ないなんて弱音は吐かないだろ、呪術師は…!」

 

 弱音なんて吐いても吐いても出てくるものだよ

 

 不意に思いつく言葉。誰に言われたか分からない、いつ言われたかも分からない、この言葉が刹那の心を開くヒントになった。

 

「だったら…その弱音を全部、全部全部全部!! 呪い()に換える!」

 

 顔をパンッと強く叩き、己を鼓舞する。走った道をその何倍もの力をこめて走り出す。

 

 今持てる呪力を全て刹那自身の心にぶつける。下手をすれば自殺にも等しい危険な行為。しかし、刹那はその存在に気付いていた。

 

 自らの力を抑制する縛りの存在に。

 

 稲妻のように黒い閃光が身体を駆け巡り、今までにない呪力が身体を駆け巡る。かかる負荷は絶大だが、彼女はその痛みさえ呪力という負の感情に変換し駆ける。

 全てから解放された刹那の頬には自然と笑みが漏れ、走る脚にさらに呪力が乗る。そして、倒れ伏す伏黒とそれを踏みつける叔父の姿をその目で捉える。

 

「恵君!!!」

 

 伏黒にトドメをさそうとする叔父を一瞬でも止めるた

 め、大声で伏黒を呼ぶ。その声に二人は気付き、刹那の顔を確認し、お互いに真逆のことを口走る

 

「馬鹿!こっちに来るな!!」

 

「来い!ボロボロにしてぶっ殺してやる!」

 

 彰が手を刹那に向け、呪力を練る。しかし、刹那も術式を使用してそれを乗り越える。

 

「かかってこい!クソガッ」

 

 メリッ

 

 刹那との間合い、距離にして10m。その距離が一瞬にして無くなった。

 呪力をこめた顔面へのハイキック、彰は自分の身に何が起こったか分からず数メートル吹き飛ぶ。

 受け身をとるがダメージを隠せず、鼻から血が流れたのを手で抑え止血する。

 刹那はその間にボロボロの伏黒に刹那が近づく。

 

「このバカ! 逃げろっつったのが聞こえなかったのか!?」

 

 伏黒は提案を無視した刹那を叱り、無理やりに身体を起こして刹那の肩を掴む。

 

「恵君…!」

 

 真剣な声色に伏黒は思わず固まってしまう。

 

「僕は、自分が呪術師って実感がやっと湧いたんです。僕の内にある、術式、縛り、それらと向き合えました…!」

 

 呪力とは、嫉妬、憎悪、そして殺意。挙げていけば数え切れない程の数の負の感情の集合体。当たり前のように人間が持つその感情。刹那はそれを他人に向けたことがない。

 刹那が己に付していた縛りは、他者に負の感情を抱き、ぶつけてはいけない。それを刹那は、現在使えるありったけの呪力をつかった術式の発動により、無効果した。その結果、自分自身への負の感情に加え、今まで心の内に抱えていた他者への負の感情がダムが決壊するがごとく溢れ出し、膨大な呪力が身体に流れたことにより、刹那の呪力の限界を大きく超えた。

 

「恵君に助けてもらったんです。僕はやっと自由になれた。狭い鳥籠から物理的にも精神的にも貴方は僕を連れ出してくれた」

 

「話は終いかぁ…!?お前が呪術師だったってのは驚いたけどなぁ!経験が違うんだよ!!」

 

 呪力をまといこちらに歩いてくる。

 

「恵君、だから僕はあなたを助けます。それに…」

 

「死ね!」

 

 絶対に負けませんよ

 

 その一言を皮切りに、彰と刹那との戦闘が始まった。

 

 彰が大きく振りかぶり刹那に向かって拳を突きだす、刹那はそれを横にそらして受け流す。続く顔面を狙ったハイキックを屈んで避けると、体に呪力を纏い地面を蹴って鳩尾に肘撃ちを入れる。

 

「ングブォッ」

 

 よろめく彰に追撃のため顎を蹴り上げる。

 

 彰はたまらず後ろへ飛び退き距離をとるが、気付くと鼻に拳が触れており、ゼロインチパンチの要領で拳が振り抜かれる。

 

「あぐぁっ!」

 

 飛び退いただけとはいえ、呪力で強化した身体能力を駆使した運動。伏黒との距離を測ればそれは一目瞭然。なのに全く距離が開かない不可思議な現象に思わず彰は口走る。

 

「ゲホッえほっクソッ! どんな術式だよ…!?」

 

「…僕の術式は、前まではこんなこと出来なかったんです。ただ自身の色んなものを無くす、0にする、消す、言い方は色々あるかもしれないですけど、とにかく分かりづらい術式なんです」

 

 彰は時間を稼いで体力を回復する算段。同時に、刹那の術式開示による強化。

 

「強い呪霊の相手だって、入念な準備をして、怪我もいっぱいして、やっと祓えるような、そんな実力だったんです」

 

 刹那は胸に手を当て、静かに右眼の眼帯を外し、彰にだけ、その呪われた右目を見せる。

 

「でも、今は体を満たす全能感っていうんですかね? そのおかげで、誰にも負ける気がしない」

 

 まるで叔父のおかげとでも言わんばかりに説明をする。再び戦闘を開始するため、刹那は呪力で作り出した靄を背中から伸ばし、体を包む。

 

「説明ご苦労さん、死ね!」  

 

「!刹那!危なっーー」

 

 ドォォンッ!!!

 

 体力の回復と作戦を建て終えた彰が刹那に両手を向け轟音と共に爆風を放つ。

 

(直線上に式神のガキもいた、両手にかかる不可がヤバいから車の爆発は使いたくねぇんだよ…)

 

 自分を輸送していた車の爆発を保存していたらしく掌から爆発を放つ。自身のダメージを消せるわけではない彰の術式のデメリットにより、血だらけの両手をダラリとぶら下げ息を切らす。完全に殺したと思い高笑いのために深く息を吸うが、その息は高笑いに消費されることはなかった。

 

「術式順転、(うつろ)

 

 彰は爆発を放った筈が刹那から後ろは黒い傘のような形をした呪力の靄の海によって一切傷つけられていなかった。

 

「はぁ?!」

 

「なっ?!」

 

 伏黒と彰は不意に同じ反応を示す。

 

「ほら。もう、僕には勝てない」

 

 伏黒は後ろ姿しか見てないため刹那の目を見ることができない。だが、彰からはその異形とも言える刹那の眼が恐怖の対象になりつつあった。

 

「終わりにしましょう…彰さん」

 

 叔父と呼ぶのを止めた刹那を見て、伏黒は自らの悪寒の正体に初めて気付く。そう、ここに来てから刹那はずっと嗤っている。もし、今の刹那の言葉通り何にも縛られていないのなら、もし、彰という人物への怒りや殺意が心の中で煮えたぎっていたのなら、車内で聞いてきた叔父は無事なのかという問い、その意味が変わってくる。伏黒には刹那が何をするつもりなのかが、分かってしまった。

 

「させるかよ…!」

 

 もう空っぽの力を、尽きかけの呪力を、再び振り絞り犬の形を両手で象る。

 

(一撃だけだ、その瞬間だけ…見極めろ、絶対にしくじるなよ、俺…!)

 

「上等だ! てめぇみたいな孤独な女! 術式なんざ使わずに直接殺してやるよぉ!」

 

 無策に呪力をまとい突撃してくる彰に向かって刹那は再び術式を使う。

 

 彰は盛大に前から転び顔面を強打する。

 

「摩擦がなければ人は立てない…這いつくばる気分、最後に味わえて良かったですね」

 

 刹那は右手に呪力を集め彰へと向ける。

 

「畜生…畜生畜生畜生畜生!」

 

(今しかない!)

 

「さよな「玉犬、黒!」」

 

 刹那の言葉を遮り、玉犬に全力の体当たりを指示し、彰を刹那の眼前から奪い去る。

 

「何するんですか、恵君」

 

 復讐の邪魔をする伏黒の方に怒気を含ませた声で名を呼びながらゆっくりと振り向く。振り向いたその瞬間、駆け寄った伏黒が刹那を引き寄せ強く抱擁する。

 

「刹那、悪い、今だけは何もするな。俺の話を黙って聞いてくれ」

 

 突然のことで唖然とする刹那に向かって語りかける。

 

「俺は、お前のことをなんにもわかっちゃいなかったんだ。 お前が受けた苦しみを、感じた絶望を…!ヒーローじゃないなんて言いながら、正義の味方面してっ! お前を無理矢理こっち側に引き込んで…!!」

 

 伏黒は自分の思いを、まるで自分を罰するかのように吐き出し、抱擁する力が強くなる。

 刹那より一回り大きく、男らしい筋肉質な身体に刹那は抱きかかえられていた。

 

「…恵君は…なにも悪くないですよ?」

 

「違うんだっ、俺はお前のっ、お前の孤独を何も理解して無かったんだ…理解したつもりでお前を救け出したつもりでいたんだ」

 

 ゴメン そう弱く呟きながら伏黒の抱擁する力がどんどん弱くなり、崩れ落ちるように座り込む。

 

「恵君、僕の右目を…見てください」

 

 伏黒は刹那の眼を、しっかりと見据える。眼帯で隠していたその眼は眼球の中に二つの瞳が存在していた。それは重瞳と呼ばれるもの。

 

(これが眼帯をしてた本当の理由…)

 

「僕の眼を見て、何を思いましたか? かわいそう? 気持ち悪い? 化け物? それともーー」

 

 震えながら、消え入りそうな声で話す刹那の言葉を遮り伏黒は言う。

 

「驚いた、けど、それだけだ。その瞳を見て俺はお前を化け物だなんて思わないし、可哀想とも思わない」

 

 伏黒は涙目になり、必死な顔をして答える。

 

 刹那の右眼は、眼としての機能が完全に無い。だが五条の六眼同様、彼女の右眼には通常は見えないものが見えている。それはエネルギーの流れ。加えて感情の色までもが彼女の眼には見えている。それを踏まえた上での刹那の反応は酷く冷静だった。

 

「恵君は…正直で、とても優しいんですね…僕は恵君が…正直だということを知りましたし、恵君は、僕の秘密を一つ知れましたね」

 

 今度は自分がとばかりに伏黒に強く抱擁する。

 

「お互い知らないことばかり、理解してないことばかり。だから、時間をかけてゆっくり知っていきましょうよ…約束ですよ」

 

「ッ!…あぁ…約束だ」

 

 呪術師同士の約束、それは縛りとしてはたらくことを意味する。しかし二人は、今はただの中学生として、普通の約束を交わした。

 

「死ねぇっ!」

 

 玉犬を木に叩きつけ、至るところから血を吹き出しながら、二人を殺そうと彰が襲い掛かる。

 

「やめとけよ、無粋なことは」

 

 だが、彰の殺意が二人に届くことはなく、その場に響いたのは、最強の男の声だった。




今回は刹那の術式披露でしたが、設定もりすぎたかなって若干反省。いいじゃないか、半分自己満だし、五条先生だって設定もりもりじゃないか。
それでもお楽しみいただければ幸いです。
 多分、刹那の縛り云々がわかりにくいと思ったので補足します。
刹那は生まれついて自身に他人に負の感情を向けられないという縛りを付していました、本人はそれを知覚していませんでしたが今回で自覚し、その縛りを刹那本人の術式で無くしたことにより内側に溜まりに溜まった負の感情によって刹那の呪力の容量が大幅にオーバー、超回復の要領で呪力のキャパが超増えました。と、ざっくり説明しましたんで思っておいてください。
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