全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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こんばんは~まじで月が綺麗ですね、何十年振りかのほぼ皆既月食らしいので皆さんもぜひ見みてはいかがでしょうか?


第四十九話 今日は月が綺麗ですね(満月)

「極の番、雫」

 

 ──ポチャン──

 

 刹那は右手の掌から真っ黒な雫を落とす。たった一滴の圧縮された呪力の塊、しかしそれは地についた瞬間に膨大な呪力を放出して周りを飲み込んでいく。

 

 ズズズズズズッ!!! 

 

「離れてパンダ君!! 真希さん!!」

 

「「!!」」

 

 バババッ

 

 二人は乙骨の一喝で刹那から距離をとる。

 

「何だ、地面がどんどん黒くなっていく…?」

 

「地面だけじゃない、周りの木々や空間もすごいスピードで飲まれてってるな」

 

「できる限り離れよう、僕もこれを見たのは初めてだ」

 

 三人は離れて狗巻達の所に戻ろうとするが、近くの地面や木々、何もない空間から刹那の靄が腕を形取って三人に掴みかかる。

 

「うぉっ!?」

 

「!? クッソ!!」

 

 ビュオッ! バゴッ! 

 

「真希さん!」

 

 パンダと真希はなす術なく黒い靄に掴まれ、それが作った完全な無の空間へと引きずり込まれていく。しかし、それを乙骨が自らの呪力をぶつけて阻止する。

 

「……この技は、空間という概念と時間の境界を無くして全くの別空間を作って閉じ込める技。本来、靄は僕の身体からしか出ませんが、"雫"が広がった空間全てからあなた達を襲います。死ぬようにはしていません。ただ少しの間…大人しくしててください」

 

 ズズズッドボォンッドポポポッ

 

(ッ!!)

 

 ズルゥッ

 

 乙骨は呪力を最大に放出して二人を助け出し、リカに指示を出す。

 

「ぷはぁっっ! リカ!!!」

 

「分"か"っだぁぁ」

 

 リカは二人を乙骨に手渡して刹那の無力化に向かうが、刹那は既に怪我を治し、瞬時にリカの腕を斬り跳ねる。

 

「ごめんなさい…僕はここで止まるわけにはいかないんです」

 

 ザグッ

 

 誰に行ったわけでもないその一言を呟いた刹那は、自身の腕に刀を刺し、再生している途中のリカの口に右手を突っ込んで再びその技を放つ。

 

 刹那の刀は持続的に呪力を供給するが、刀を直接刺すことで瞬間的に呪力を供給することができる呪具。明らかな離れ技を彼女は身を顧みずに実行する。

 

「極の番、雫」

 

(二度目の極の番!?無茶苦茶だ!!)

 

 ──ポチャン──

 

 ズズブブブブッ

 

 リカの身体の中に直接"雫"を入れる。リカの身体の中から刹那の靄が溢れ出し、リカの身体をそのまま無の空間へと引きずり込む。

 

 ズズズズズズッ…

 

 乙骨は自身の呪力と引き換えに四人を守りきるが、もはや立つこともできなくなり、膝をついて刹那と話す。

 

「ハァーッハァーッッ…」

 

「もう一度言いますが、皆さんは無事です。今の乙骨さんの正解の行動は救助より僕を殺すことでした…その選択は失敗でしたね」

 

「いや…これでいいんだ」

 

「?」

 

「後は君の親友達に任せるよ」

 

「…そうですか」

 

 刹那はそう言うと、反転術式を施しながら踵を返して高専に向かって歩き出す。

 

(今の戦闘で呪力の貯蓄はほぼ消えた、寧ろ傷を治した分と右眼の酷使で若干劣勢…)

 

「…丁度いいかな」

 

 ──ー

 

 高専には一年達と御三家の戦闘力が低い術師達が集まっている。夏油と夜蛾は最後の砦である薨星宮で待機している。

 

「真希さん達、大丈夫かしら…」

 

「信じろ、殺すまではしてないハズだ」

 

「報告だと禪院家の人達は全滅したんだろ?」

 

「あぁ、それどころか多分先輩達もだろうな。完全に連絡が途絶えた」

 

「それじゃあやっぱりそろそろ来る頃ね」

 

「♪〜♪〜〜」

 

 釘崎がそう言ってトンカチを取り出す。直後に静かな鼻唄を口ずさみながら階段を上り、服を血で紅く染め上げた刹那が現れる。

 

 三人は息を飲み、伏黒は刹那に問いかける。

 

「久し振りだな…」

 

「僕にとっては、そうでもないですね、伏黒君」

 

「……名前では、呼んでくれないんだな」

 

「これは僕なりのケジメですので」

 

目を静かに瞑りながら彼女は伏黒の問いかけに冷静に答える。

 

「何人殺したんだ?」

 

「一人も殺めてはいませんよ、目的が違うので」

 

「だったら──」

 

「じゃあまだ間に合うわ! 今なら、まだ…!」

 

 伏黒の言葉を遮り釘崎が前に出て発言するが、それを見ている他の術師は釘崎を非難する。

 

「何を言っているんだあの小娘は」

 

「あの血が見えていないのか?」

 

「あの言葉が本当だとでも言うつもりか?」

 

 ギロッ

 

 ざわざわと騒ぎ出す術師達を伏黒が睨みつけて牽制する。

 

「なぁ…本当にお前は悪くないんだよ、悪いのは全部俺なんだ、こんなの間違ってる! 頼むよ刹那…これ以上罪を重ねちゃ駄目だ…!」

 

 他の術師がいる手前、三人は真意を話すことができない。刹那は眼のおかげで考えをある程度は読み取れる、しかし、それをあえて無視して話し続ける。

 

「間違ってる…ですか。では逆に聞きますが、何をするのが正しいんですか?」

 

「それはっ…人を助けたり、呪霊を祓ったり…とか」

 

 虎杖はしどろもどろになりながら持論を話す。

 

「じゃあこの世は、正しいことをすればするほど死に近づくシステムなんですね」

 

「それはっ──」

 

 伏黒の言葉を聞かずに皮肉を言うように刹那は言葉を続ける。

 

「おかしいと思いません?…ずっと友達と笑っていたいと思うのは罪なんですか?大勢の人を助けることで死刑になるんですか? 強いことは…それだけで未来を奪われる理由になるんですか…?」

 

 自らの力と、今までしてきた行いを全て否定されたからこそ、刹那は今この場にいる。伏黒達は刹那に罪がないことを知っているからこそ、刹那の言葉を否定できずに、なんの意味もない上辺だけの言葉をを飲み込む。

 

「そんなのは不条理だ、だから…」

 

 キィンッ……

 

 刹那は刀を一度空の満月に向かって振るう、紅い軌跡を残しながら刀は虚空を斬る。しかし、その場にいる術師達には確かに月が真っ二つになったように見える、それほどまでに美しい一筋だった。

 

「この世の全ての人間が、不条理を平等に受けるしかない世の中に変えてやる、人間も呪霊も呪詛師も関係ない! 真っ平らな世界を創ってやる…!」

 

 ブワァッ

 

 刹那は術式を展開する。

 

「もう止められないんですよ」

 

「待って刹那!! そこから先はっ──」

 

 釘崎が前のめりになるのを、伏黒は手を前に出して止める。

 

 伏黒達はその場にいる術師全員が決して手を出さないという縛りで基礎能力を底上げしている。

 

「覚悟は…してきただろ…!」

 

「そんな…っ」

 

「僕は正義の味方じゃない、呪術師でもない…呪詛師だ。さぁ、一合、呪い合おう」

 

 呪い合いの火蓋は、たった今切って落とされた。

 

 ダンッ! 

 

 刹那は三人に向かって駆け出す。

 

「鵺!!」

 

 伏黒が鵺を出すと同時に三人は分散する。

 

 バヂバヂバヂバヂッ

 

 ガシッギュルルッダァンッ

 

 虎杖は刹那の腕を掴んで投げ飛ばそうとするが、直後に力が入らなくなり逆に投げ飛ばされる。

 

 キキキンッ

 

 虎杖が投げ飛ばされるとほぼ同時のタイミングで釘崎は足元に釘を打ち込む。

 

 ズズズッ…パチンッ

 

「簪ッ」

 

 バッ! ドズドズドズッ

 

 刹那は高く跳び上がって簪を回避するが、空中で鵺が刹那に突進する。

 

「キィゥゥゥ!」

 

 ガシックルンッバゥッ。ドポォンッズズズッ

 

「玉犬、不知井底ッ!」

 

 鵺は甲高い鳴き声と共に突進するが、空中で刹那に羽根を掴まれ、そのまま遠心力で回転して地面に落とされる。しかし先に伏黒は鵺を解いて玉犬と不知井底を召喚する。

 

 刹那の落下地点に虎杖と伏黒が向かって着地を狙う。

 

「フッッ!」

 

「ア"ォ"ォ"ン"」

 

 ガインッッバギンッ

 

 しかし着地先に刹那は太刀を投げて突き刺し、刀の上に爪先で乗りそれを回避する。そしてそのままもう一本の刀で居合の構えに入る。

 

「ヤバッ」

 

 ガシッビュンッ、ビュオンッ!! ザゥッ!! 

 

 不可井底の舌が虎杖を掴んで居合の間合いから外し、玉犬は伏黒を抱えて飛び退く。玉犬を解いて再び鵺を召喚する。

 

「…相変わらず器用ですね」

 

 チャキンッ

 

 バヂバヂバヂバヂッ

 

「大丈夫か?」

 

「頭ちょっと切れただけだ。悪ぃ助かった」

 

「気ぃ抜くなよ、相手が相手だ」

 

 虎杖は額から流れる血をゴシゴシと乱暴に拭いて笑う。

 

「分かってるわよ…そろそろ準備はいいかしら?」

 

「あぁ、頃合いだ、頼むぞ釘崎。刹那の術式が機能する範囲は本人が知覚している範囲だ、鵺の帯電の音で瞬間移動の範囲は視覚に絞ってる、外すなよ」

 

 伏黒の言葉で三人は気を引き締め直す。

 

「作戦会議はお終いですね?」

 

 同時に虎杖が駆け出して刹那に向かっていき、拳を振り下ろすが、それを虎杖の腕を掴みながら回避する。

 

 ドヒュンッッビュオッガシッミキッ

 

「体術を教えたのは誰だと…」

 

 刹那は腕を折ろうとするが虎杖の持ち前の膂力で防がれる。

 

「うぅっらぁぁ!!」

 

 グォッビダァンッ! 

 

 そのまま虎杖は右腕を刹那ごと持ち上げて地面に叩きつける。

 

「──ッッ!!」

 

 ババッ

 

 刹那は受け身を取ってすぐに立ち上がり、腕を抑えながら距離をとる。

 

「ヘヘッ、一本か?」

 

「…フフッ一本、取られましたね」

 

 腕をぐるぐる回しながら笑う虎杖に、反転術式で治癒しながら刹那も笑い、再び二人は駆け出して戦い始める。

 

 バッ! ドゥッガガッドゴッダッ

 

「この戦いに一体どれほどの価値や意味があるんですか。僕の理想が実現すれば、虎杖君の死刑だって無くなるんですよ?」

 

「理由も意味もいらねぇよ!価値なんて! ダチが笑ってればそれだけで充分だ!!」

 

「綺麗事ばかり…!!」

 

 ブワァッ! バッバッバッ

 

 刹那は向かってくる虎杖に靄をぶつけて虎杖の感覚を無くそうとするが、虎杖はそれをバク転しながら避ける。

 

 バッバッバッ

 

(どんどん速くなっていく…)

 

「脱兎!!」

 

 ポポポポポポッッッ

 

 伏黒は兎を指で象り、無数の兎を召喚して刹那の視覚を遮る。

 

 ザッ! ギィンッ!! ギリリィッッッ

 

「傲慢だろうがなんだろうが構わない!俺は…お前みたいな善人を、不条理に侵される奴を不平等に助けるだけだ」

 

 兎達の向こうから伏黒が飛び出て、刀を交えながら刹那に話す。

 

 ギリリリッドガッバキィッ! 

 

「だったら!!世界を不条理に染めようとする呪詛師を殺すのがあなたの役目でしょう!!」

 

 刹那は左手の刀の柄で伏黒の腹を突き、頬を殴り飛ばす。納刀して伏黒は脱兎に紛れて離れていく。

 

 ザザザザッッ

 

 兎と虎杖は刹那の周りをぐるぐると回って撹乱する。

 

 刹那は情報過多を防ぐために、右眼を閉じて刀を抜こうとする。しかし、刀を抜こうとした瞬間に兎達は影となって消える。

 

 チキッドポォンッ

 

「逃げて消えて攻撃して!どれだけ僕の寿命を引き延ばして、どれだけ綺麗事を吐けば気が済むんですか!!」

 

 刹那は刀から手を離して虎杖を警戒するが、二人が姿を消していることに気が付く。

 

「!?二人は…?」

 

「初めてあった時、名前で呼びなさいって言ったじゃないの」

 

 鵺に抱えられた釘崎が空中から刹那めがけて大量の釘を飛ばす。

 

 キキキンッカインッカインッ

 

 刹那は即座に抜刀して釘を全て跳ね除けるが、釘崎は跳ねた釘に対して空中で術式を行使する。

 

「簪っ!」

 

 ドヒュヒュンッ…ドズッ

 

「ぐぅっ!」

 

 僅かに掠りながらも簪を避けてよろめくが、釘の一本は釘崎に向くように弾いたため、釘崎の左肩を貫く。すると刹那の右側、死角から虎杖が刹那を掴んで投げ飛ばす。

 

 クルルルッシュタッ

 

「投げるよりも殴ったほうが効率的ですよ」

 

 ドプンッ

 

「!!」

 

 一歩踏み込むと片足が影に沈み、刹那の後ろに伸びる影から伏黒が印を結んで出てくる。虎杖と釘崎は充分な距離を取ってそれを静観する。

 

「領域展開、嵌合暗翳庭…!」

 

 伏黒は呪力を練り、影の海と式神が生み出される自らの領域を作り出す。

 

 ザパァァンッ

 

「成程…会得してましたか」

 

 鵺と蝦蟇、そして伏黒の影の分身が刹那めがけて攻撃してくるが、それを斬り裂いて虎杖達の方を見ながら呟く。

 

 キキキンッ

 

「でも不完全ですね、閉じ込めなきゃ駄目ですよ…こんな風に」

 

 刹那は納刀して両手で印を結ぼうとすると、伏黒本人が刹那に向かって手を伸ばす。

 

「釘崎!!!」

 

「出力最小っ、簪!!」

 

 パチンッ

 

 伏黒は、あらかじめ手に釘を刺していた。

 

 釘崎が合図を受け取り簪を発動させると、伏黒は自分の右手諸共、刹那の両手の平を貫通させて領域展開を防ぐ。

 

()ッッ!ハハッお揃いだなっ」

 

「…でも、これだと式神を呼べないですよ?」

 

「いいや、指を使わねぇ式神なら、いる」

 

 右手を伸ばし、左手も前に突きだす。

 

「まさかっ!」

 

「布瑠部由良由良 八握剣 異戒神将魔虚羅」

 

 ドポォンッッッッ

 

 伏黒は領域を解除して近くの影に潜む。

 

「そう……それで良いんです」

 

 グォッギュイッドッゴォオンッ!! 

 

 タッタッタッベキイッ! 

 

 摩虎羅の一振りを刀を滑らせていなし、そのまま摩虎羅の腕を足場にして顔面を蹴り飛ばす。

 

 もう片方の腕で刹那に攻撃しようとするが、それを刹那は術式で地面に即着地して回避する。

 

「術式反転、残響」

 

 ベキィッ! 

 

「順転、虚」

 

 再び摩虎羅の顔面に衝撃が走り、よろめく隙に靄で全身を覆う。

 

 ブワァァァ

 

 ガコンッ、ビュオンッ!! スゥ──

 

 しかし、円陣を回して適応した摩虎羅は靄を吹き飛ばして立ち上がる。

 

「向こうの呪力を消す呪力が足りない…」

 

 ブォッン!ックルルッドガッ!ガシッバゴォンッ!!!…パラパラッ

 

 横薙ぎを避けて空中で回転しながら靄と共に踵落としを叩き込む。しかし、打撃に適応した摩虎羅は一切のダメージが効いてる様子を見せずに、空中で刹那を掴んで地面に叩きつける。加えて靄にも適応した摩虎羅は平衡感覚を失うことも無かった。

 

(あと少し術式を使うのが遅れてたら死んでたかも…。術式も打撃も効かない…これが摩虎羅の能力? 高速成長、適応、釣り合わせ、どれかですね…)

 

 ドロロッ…

 

 反転術式を右眼に回す余裕もなく、右目からは血が流れ出る。

 

 刹那は骨が飛び出してぐちゃぐちゃになった左手を最低限に治しながら次の策を講じる。

 

「っ刹那ッ!!」

 

「駄目よ虎杖、大人しくしてなさい」

 

「でも、このままじゃ刹那が死んじまう!」

 

 加勢に向かおうする虎杖を釘崎が止める。しかし、二人を見ながら刹那は微笑む。

 

「死ぬ?僕が?心外ですね…僕は誰にも負けませんよ。だって…

 

 最狂ですから」

 

 ブルブルブル

 

 痛みで震える左手と無事な右手で、無理矢理刀を握り、呪力を流して刀身に紅く紋様を走らせる。瞬間、摩虎羅の斬撃をいなして右腕を斬り飛ばす。そしてそのまま刹那は摩虎羅を踏み場にして高く跳び上がる。

 

 ギュインッバゴンッッ! ズパアンッッダダダッ

 

 ズパァンッッ

 

 空中で真っ直ぐに振り下ろされた一振りは、摩虎羅の正面に真っ直ぐな斬撃痕を残すが、摩虎羅はそのまま直立し、円陣を回して回復しようとする。

 

「だったら動かさないのが一番早い」

 

 刹那は最低限の動きで、連撃よりも一撃に重きを置き、円陣が回る前に摩虎羅の正面と足を斬り裂く。

 

 キュパッ、キンッ、ザンッ! 

 

 ガクンッ

 

 深い斬撃と共に摩虎羅が膝をつく。刹那は頭に跳び乗って刀を脳天に突き刺す。

 

 ダンッザグッッ…ズバッ! ザンザン! ギギンッ。

 

 一呼吸おいて刹那は頭を斬り刻む。対して無理矢理摩虎羅は立ち上がって刹那に向かって真っ直ぐに剣を振るが、刹那は既に納刀し、空中に一本刀を投げて術式を行使していた。

 

 ブンッパシッ

 

「見せて差し上げましょう、本物の一刀両断を」

 

 刹那は落下の勢いと、今持てる全ての呪力を身体強化に当てて目を瞑り、摩虎羅に再び真っ直ぐに刀を振り下ろす。静かな夜に、蒼色の呪力は漆黒に輝いた。

 

【黒閃】

 

 フワッ…斬ッッ!!!!!! 

 

 ドパァンッ……ドロッッ

 

 摩虎羅の身体は、刀の紅い紋様による軌跡を残して真っ二つになり、円陣のみをその場に残し影となって消える。やがて円陣も影となり、夜の闇に溶けるようにして消えていった。

 

 黒閃が発動した。しかし、刹那の身体はとっくに限界を超えていた。

 

「…でも、流石に…」

 

 前には右手に短刀を握り締めた伏黒が静かに刹那を見つめて立っていた。

 

「もう…動けないですね」

 

 カシャカシャン

 

 刀を手放し、伏黒にそう言って薄く微笑む。

 

「あぁ、もう…動かなくていい」

 

 ……………………………トスッ…

 

「休んで…いいんだ」

 

 伏黒は刹那の胸に、短刀を突き刺した。

 

 ──

 

 伏黒は禪院家、先輩、領域展開を囮にし、摩虎羅さえも囮にした。

 

 それだけの策を講じ、それだけの人員を割いてなお刹那はそこに立っていた…伏黒が手にする低級呪具の短刀に、胸を貫かれた状態で。

 

 ポタ、ポタタッボタタッ…

 

「コフッ………お見事です、伏黒君…最凶の僕を…誇ってもっ…いいんじゃ、ないです、か…?」

 

 フラッ…ガシッ

 

 血を吐きながら倒れる刹那を、伏黒は呪具から手を離して抱きとめる。

 

「何をやっている!? 早くその呪詛師を殺せ!!」

 

「害にしかならん化物など、この世から滅せよ!」

 

「殺さぬなら貴様ごと殺してしまうぞ!!」

 

 衰退の一途を辿る禪院家の呪術師と保守派の上層部の一部、権力と地位を失いつつある五条家と加茂家の術師達が周りから野次を飛ばしてくる。

 

「悠仁の友達の」

 

 ズバァン

 

「邪魔すんじゃねぇよ」

 

 ドススッ

 

 合流した真希達は術師を睨みつけ、それぞれの方法で術師達を黙らせる。

 

「ここから先は見世物ではない」

 

 ズズズズッ

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 夜蛾と夏油が本殿から出てきて、二人を囲う小さな帳を降ろす。

 

「二人共ここに来ていいの?」

 

「これ以上はもうないだろう」

 

「出来得る限り、生徒の最期を見守りたいと思うのは…私のエゴだろうか?」

 

「……そんなことは、無いと思うっす」

 

「同感よ」

 

 高専の術師達によって帳が降ろされ、他の術師たちはそれを見守ることを余儀なくされた。

 

 帳内で二人は静かに見つめ合う。

 

「この帳…先生達か」

 

 伏黒は刹那を抱きとめたままその場に座る。

 

「だせぇよな…お前に摩虎羅を押し付けて、俺だけ逃げて隠れて…最後にこうやって刺して…。こうでもしなきゃ、お前の隣にすら立つことができなかった…!!」

 

「呪詛師を殺すのに…ダサいもカッコイイも、ないですよ。それより、早く止め…刺して、くださいよ。このまま生きててもしんどいっ、だけ…なんですから…。それに、この程度なら…反転術式で直せちゃいますよ?」

 

 コプッ

 

 刹那は顔を青くしながら呼吸を荒くする。そして口から血を垂れ流しながら三つの瞳で伏黒を力強く見つめる。しかしこの場を打破する程の呪力は刹那にはもう残っていない。

 

「[もう少しだけ話したいです]…じゃ、駄目か?」

 

「……狡いですね」

 

 刹那は表情こそ変えないが、ほんの少しだけ明るい声色になる。逃げようと思えば暴れるくらいはできる刹那は"あえて"その選択をしなかった。伏黒は、最期の時間を少しでも引き延ばすためにその選択をした。話すことなどいくらでもあるのに思いつかない。抜け出せない沼にハマったかのようにもどかしい気持ちが心の中でとぐろを巻く。

 

 反転術式を最後の呪力を振り絞って伏黒の掌と自分の傷に使う。

 

 ポゥ……

 

「残りの呪力くらい、全部自分の為に使えよ」

 

「どうせ死ぬんですから、こうやって使ったほうが得です」

 

 焦点の合わない目を伏黒に向けながらそう言い放つ。

 

「…この短刀を抜いて止めを刺したら…二度とその瞳を見ることは出来ないんだよな…」

 

「それも覚悟の上、でしょう? 僕は…両面宿儺の血を引く、唯一の人間なんですから…」

 

「だからってっ…なんでお前みたいな善人がっ…!」

 

 刹那は右手で伏黒の顔に手を当てて言う。どんどん体温が低くなっていく手を、伏黒は弱々しく握りながら刹那に謝る。

 

「それ以上は言わないでくださいよ…僕が惨めになるだけです」

 

「っ、悪い…いや違う、そんなことを言いたいわけじゃないんだ」

 

 伏黒は言葉を止め、深く呼吸する。そして淡く笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「一年になって…あいつらと会ってから、初めてあった時よりずっと笑顔が増えた、俺はそれが嬉しかったし、隣でずっと見てられたらそれで良かったんだ。でも…」

 

「待って……なんでっ」

 

「俺は呪術師だ…打算や計画や善悪を、全て差し置いてでも先に来るのは感情の一つ、俺は自分の気持ちから目を背けるのをやめる。だからこそお前に言いたい」

 

「今なんですか…!」

 

 伏黒は上を向いて頬と耳を紅く染めながらその言葉を言い放つ。

 

「…今日は……月が、綺麗だな」

 

 帳の影響で見えるはずもない月を想い、伏黒は囁くように言う。地位も、家も、居場所も力も…全てを無くした少女に、伏黒は呪いの言葉を掠れるほどに小さく、力強い言葉で囁いた。

 

「…………………………………」

 

 刹那の双峰を見つめながら伏黒は静かに答えを求める。

 

「刹那は…どう思う?」

 

 愛ほど歪んだ(真っ直ぐな)呪いは無い、愛ほど絶望(希望)を与える呪いは無い、愛ほど狂気的(純粋)な呪いは無い。愛ほど……醜い(美しい)呪いは無い。

 

(最期なんだ…ちょっとくらい甘えたって罰は当たらない…)

 

 ポタッポタタッポタポタポタ

 

「……死に…たく…ない"よ"…!!!」

 

(あぁ本当に、僕は嘘つきで……最低だ)

 

 刹那は両手で涙に溺れる顔に手を当てて隠す。

 

 一度伝え、そして自らその結果を消してしまった言葉。そう心の中で言い訳しても、刹那は最後の最期まで、自分の感情を押し殺すことを選んでしまった。何故ならその言葉は、ここで終わる自分と違い、これからを生きる伏黒にとっては、重たく切ない、酷く歪んだ呪いになってしまうから。

 

「お前って奴は…嘘を吐くのが最高に下手だな、それとも俺の傲慢か…?」

 

 伏黒に向かって血だらけで震える手を伸ばすと、伏黒はその腕をしっかりと掴む。

 

「めぐみくん"っ…! めぐみ"くん"っ!」

 

「安心しろ、俺はここにいるぞ」

 

 えづきながら、拙い言葉を紡ぎながら、涙で顔をグチャグチャにしながら…暗闇でしかない視界を頼りに、伏黒を探して名前を必死に呼ぶ。

 

「あぁ、分かってる…わかってるさ、お前は頑張ったよ…でも、もういいんだ…今はもう、ただ安らかに眠ってくれ…」

 

 ギュッ…コツンッ

 

「まだっはなしたいことがっやりたいとが沢山っ、沢山あるんですっ…!」

 

 伏黒が刹那を強く抱きしめると、高専のバッヂが地面に落ち、静かな空間をさらに際立たせる音を響かせる。

 

「まだ悠仁君を含めて鍋を食べてないしっ、野薔薇ちゃんと二人で買い物にも行ってないっ!恵君にだってっ…!ゲボっゴポッッ」

 

 最期に身体を起こしてやりたいことを必死に叫ぶが、限界を迎えた身体がそれを許さずにブルブル震え、口から血が溢れ出る。

 

「お前が次に起きた時、心から笑えるようにっ! 俺達は…笑って…待ってるから」

 

 伏黒は高専のバッヂを刹那の襟元につけ直して優しく囁いた。

 

(甘いモノが好きだった、自分を受け止めくれるこの場所が好きだった、優しい先生達が好きだし、別け隔てなく接してくれるクラスメイトが好きだった。でも一番は、友達の…名前を呼ぶのが、大好きだった)

 

 ───

 

 ドプンッ……

 

 帳が降りてから時間にして数分、帳から伏黒がでてくる。力無く体を重力に預ける刹那に、自らの制服の上着を被せ、横抱きにして…。

 

「「伏黒!!」」

 

 タタッ

 

「…ごめん…虎杖、釘崎、先輩、先生っ…俺は…結局こうすることしか出来なかった…」

 

 そこまで言って地面に膝をつく伏黒を虎杖と釘崎が受け止める。

 

「良いのよ…アンタは悪くないわ…呪術師は…私達はそれで良いのよ…」

 

「伏黒がしたことは間違っちゃいねぇよ、絶対に! 俺がっ、俺達が誰にも文句は言わせねぇ!!」

 

 三人は哀しみを堪えきれずに涙を流して伏黒と刹那を抱きしめる。

 

「ちゃんと殺したな…流石は禪院家当主、禪院恵様だ!!」

 

 ワァーー!!! 

 

 協力していた術師は全員歓声をあげる。

 

「本当に…上層部の奴らは…!」

 

「よせ真希…ここで暴れても変わんねぇよ」

 

「こんぶ…おかか…」

 

「憂"太"ッあ"か"な"し"い"の"ぉ"?」

 

「そうだよ…リカちゃん」

 

「悠仁……」

 

「行くんはよしとき、今は彼らの時間や」

 

「……」

 

 ツゥー…

 

「あぁ、今日は本当に酷い天気ですね…学長」

 

 夏油は雲一つない満月が浮かぶ夜空を見上げながら同じようにサングラス越しに月を見る学長の横に立つ。

 

 三人は立ち上がり、重い足取りで家入の待つ医務室へと向かっていった。

 

 呪詛師の少女は、自らの呪いに蓋をして、何もかもを自ら捨てた。

 

 ───

 

 生得領域内で全てを見ていた宿儺は、骸の山の上でかつての唯一の友との会話を思い出していた。

 

《宿儺…分かってると思うけど、俺はそろそろ死ぬ。それでさ、百年後か千年後か、もしかしたら一万年後かもしれないけど、輪廻転生?ってのを多分するだろ?でも、お前がいない世界ってのは多分、きっと退屈だと思うんだよ。だからさ、俺の■■■を縛りに使って、来世でまた会って、また死なない程度に呪い合って…酒でも飲もう》

 

「…愚か者め、貴様が酒を飲めるのはあと四年も先だという…いや、お前と刹那は別人、俺としたことが吐き違えてしまったな」

 

 宿儺は生得領域の骸の山の上で牛骨を掴みながら呟く。

 

「…約束の刻だな」

 

 ポイッガシャン

 

 牛骨を放り投げると、呪いの王は立ちあがって再び独り言を呟き、骸の山を降りていった。




お楽しみいただけたのなら幸いです!
まだまだ続きますので応援よろしくおねがいします!
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