全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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私の芸術の評価は2でした。


第六十九話 桜島結界 芸術

 十一月十五日 十一時二十五分

 

 桜島結界(さくらじまコロニー)

 

「いやはや…まさか私の術式がここまで制限されるとはね」

 

 夏油と釘崎は既に参加を宣言、桜島結界へと侵入し、例に漏れず暗黙のルールにより分断されていた。

 

 夏油の術式による呪霊の参加は認められず、中に入った後に外に呪霊を出すと制御(コントロール)を失うこととなるため、夏油の術式による現状の簡略打破は望めなかった。

 

(…まぁ、そこは正直どうでもいい。問題は離れた釘崎と、そこら中に描かれたこの謎の絵だ)

 

 夏油が転送されたのは街の中。いたる壁、地面、看板や車にまで動物や景色、人に兵器。とにかく様々な絵が、油絵の具や水性絵の具、それどころか塗れるものなら何でもというように描かれていた。

 

「なんだこれ…芸術? アート? 私には分からないな…」

 

「おい、アンタ術師か?」

 

「?」

 

 一人の男が夏油に歩み寄り、質問する。

 

 紳士的な態度とニヒルな笑みを崩さずに夏油は皺のよった男の質問に答える。

 

「えぇ、貴方は?」

 

「俺もだ、現代のな。見た感じはあんたも現代だろ? 見ない顔出し結界は新参か?」

 

「まぁ、そうなりますね。先程入ったばかりですので」

 

「だったら説明しておくぜ、この桜島結界のルールを」

 

「ルール? それなら先程コガネが」

 

「違う違う、そうじゃねえ。この桜島結界独自のルールだ」

 

 男の言うルールに夏油は興味を抱き、話を聞くことにする。

 

「ほう。なら、手短にお願いしますよ。生徒とはぐれてしまっているので早く見つけれなければ」

 

「安心しろ、ルールは簡単、"誰も傷つけるな"それがルールだ」

 

「ふむ…理由を聞いても?」

 

 突拍子もないたった一つのルールに夏油は問いかけをする。

 

「この結界の支配者のモットーが、呪術師は一人残らず仲間だってよ。お陰で俺は命拾いだ」

 

「それはそれは…」

 

(話しぶりからして術師は襲っていない? 逆に言えば非術師は虐げられているということか?)

 

「非術師の方は?」

 

「俺は見てないな。まぁ元々人がわんさかいる街でもねぇし、最初の時点で全員脱出したんじゃねぇか?」

 

「なるほど、精々ニ、三キロの結界ですからね。その可能性の方が高そうだ。あ、最後に一ついいですか?」

 

「おう?」

 

「その支配者とやらの場所と名前は?」

 

「さぁな、場所は知らねぇ。名前は」

 

 染秀 彩華(せんしゅう さいか)

 

 所持得点5 ルール追加回数、一回

 

 追加内容

 

 結界への条件付き出入り

 

 殺傷数 術者二十一人

 

 ──ー

 

「どこよここぉ!!」

 

 釘崎の転送先は山のトンネルの真正面。少しの自然と夏油の転送された場所同様の理解の難しい芸術の群れ。しかしこちらは植物、花や樹木などといったものが多く見られる。

 

「なんで携帯使えないのよ、こんなの絶対に映えるのに」

 

 釘崎は苛立ち歩きながらスマホの画面を乱暴にタップし続ける。

 

(ったく。まぁ、そんなに広い結界でもないしすぐに見つかるでしょ)

 

 バシュッ!! 

 

「!」

 

 呪霊の消滅反応を感じ取り、即座にトンカチを取り出しポーチから釘を構える。

 

 消滅した呪霊以上の呪力を感じ取り、釘崎は冷や汗をかきながら動けるように足に呪力を込める。

 

(…近い)

 

 ガササッ

 

「来た!!」

 

 グァッッバグンッ!!! 

 

 三級程度の呪霊が草むらから飛び出すと同時に、その呪霊の後方からハエトリグサを彷彿とさせる巨大な何かが出現、呪霊を丸呑みにする。

 

 ンゴッンゴッ…ブシュゥゥッッ!! 

 

「うわキッモ! てか…食べた…?」

 

 丸呑みにした呪霊を体内で消化したのか、身体中からガスを出してその式神は液状になりその場に絵として残される。

 

「何よあれ、式神…?」

 

 ポンッ

 

「うひゃぁ!?」

 

 突然現れた式神を訝しむ釘崎の肩に突然の軽い衝撃、ただ彼の存在を知らせるために肩を叩いただけなのだが、気を張っている彼女には逆効果で全力でトンカチを後ろに振るう。

 

 ブンッ!! 

 

「うおっ!」

 

「って、アンタは京都校の…なんだっけ、眠そうな先輩」

 

 加茂憲紀

 

 姉妹交流会の時、彼との接点はほぼ無かったためうろ覚えであるが釘崎は彼を知っていた。

 

 しかし当時とは違い、髪型は大きく変わり短髪で、和装ではなく動きやすさに重点を置いた服に変わっている。

 

「加茂だ。お前は東京校の釘崎で合っているか? 何故こんな所にいる?」

 

「いきなり質問攻めにしないでくださいよ、カモ先輩」

 

 あえてカタカナの発音で話を遮る釘崎に、加茂は複雑に思いながら大人の対応を見せる。

 

「…悪かった。奥づまった話は向こうでするとしよう。都市圏だから休める場所もあるはずだ」

 

「へーい」

 

 加茂の案内に従い、二人は街に向かう。しかし、複雑な雑木林に加えて、意図的に迷わせるような絵の数々に惑わされて一向に辿り着かない。

 

「もしかして、先輩って方向音痴ですか?」

 

「だけだったら有り難いのだがな…。構えろ、何か近寄ってくるぞ」

 

 加茂の一言に緩んでいた気を引き締め、釘崎は下ろしていたトンカチを構えて釘を握る。

 

 ガサササッ…ヒョコッ

 

「あ、新規泳者(しんきプレイヤー)の人?」

 

 引き締めた精神とはおよそ真逆の声色で、一人の術師が二人の前にその姿を現す。見た目や体躯は釘崎とほぼ同じ。ペンキや墨汁、スプレー缶などでまばらに彩られたパーカーに、腕や首筋から見える無数のタトゥー。

 

 フードの隙間から見える髪は赤いメッシュの入った青髪。そして極めつけは、呪力の核心に触れたであろう呪力の纏い方。 

 

(なんだ? 呪力とはこんなにも…他者の身体に這い寄るものだったか…?)

 

(なんだあの服、パンク系ってやつ…? 本人は地雷っぽいな)

 

 釘崎と加茂は両者全く違う感想を目の前の術者に向ける。先に言葉を発したのは、やはりこの人物だった。

 

「そこら中に絵を描いて回ってるのってアンタ?」

 

「そうだけど…なにか文句あるわけ?」

 

「いや、特に無いわよ。良いなって思っただけ」

 

「…ハハッ、なにそれ。まぁいっか、二人共ここには入ったばかり? お腹空いてる?」

 

(どうします? 先輩)

 

(話が出来ない相手じゃない。迂闊に刺激するよりも交渉に時間を割いたほうが良いだろう)

 

(了解)

 

「私は秀染彩華、アンタ達は?」

 

釘崎野薔薇(くぎさきのばら)よ。よろしく」

 

加茂憲紀(かものりとし)だ」

 

 チョイチョイッ

 

 釘崎と加茂は指でついてこいとジェスチャーする彩華についていき、街中の廃ビルへ入っていく。

 

「良いっしょ、ここ」

 

「良いっていうか…分からん」

 

「あははっ、じゃあ私の腕もまだまだってことだ」

 

 画材や色、素材を問わない絵が壁や天井や床、さらにはスケッチブックや図画版等にも描かれている。

 

 その種類は全く統一性が無く、銃や花や騎士に呪霊、虫に人工物など、まさにアートの万国博覧会のようである。

 

「絵を描くのが趣味なんだ。アンタ達も描いたげよっか?」

 

「いや、私は遠慮しておく」

 

「私をモデルにするなんて見る目あるじゃない。特別に描かせてあげるわ」

 

 またしても全く反対のことを口走る釘崎に呆れつつも、絵を描いている間はまともに動ける状態を作れるのは加茂のみなため、警戒の意味を込めて不本意ながらに釘崎を描かせる。

 

「良いね。そんくらい自信家な方がリアルな表情を描けるよ」

 

 シャッジャッジーッ

 

「あ、食べ物とかはその辺に転がってるから好きにしていいよ」

 

 場所を問わずに、パンやレトルトの物が転がっている辺り、本気で絵を描くことだけに夢中なのだと加茂は理解する。

 

 パリッ、ムシィッ

 

「…単刀直入に聞くが、ルールを追加したのはお前か?」

 

「名前で呼んでよ。カモ君モテないしでしょ」

 

「色恋に大した興味は無い。で、どうなんだ」

 

 カチャカチャッベタッビジャァッ

 

「はいはい。そうだよ、私がルールを追加したの。食料とか枯渇するし、条件はコガネ任せだけどね。あ、釘ちゃん動かないで」

 

「え、私何も食べれないの!?」

 

 近くのパンに手を伸ばした釘崎の動きを制止し、再び描く手を動かす。

 

「結果論だが、私達も似たようなことを考えていた。敵は増やしたくない、協力しないか?」

 

「何が目的の協力?」

 

「私達は日本が終わる可能性を危惧している。その可能性を無くしたい。なるべくなら少ないルール追加で穏便とまではいかずとも──」

 

「それってさぁ、非術師を救けるってことだよね?」

 

 カリリッシャシャシャッ

 

「まぁ、結果的にはそうなるが」

 

「…今の聞かなかったことにしたげるからさ、アンタ、この結界から出ていきな?」

 

「…念のためだ、理由を聞かせろ」

 

 ピリッ

 

 二人の間に緊張が走る。冷や汗をかいて手に力を入れる釘崎を描く手は止めないものの、明らかに相手に対する威を放つ彩華、加茂も気取られないように自身に巡る血流のギアを徐々に上げていく。

 

「何、その命令口調? アンタ自分の立場分かって言ってんの?」

 

「解釈はお前の自由だ。私としては手荒なことはしたくない」

 

「私も嫌だよ、私の手は絵を描くためにあるんだから。この結界(キャンパス)をアンタの()で汚したくない」

 

「………」

 

「私さぁ、フィーリングで生きてるから難しい言葉って好きじゃないんだよね。阿弥部高聡(あみべたかさと)、それで理由は充分でしょ?」

 

「「!!」」

 

(こいつ! アレの仲間!?)

 

("どっち"だ!? いや、どちらにせよまともな協力は望めない!)

 

 パシャァンッ!! 

 

 その名前を聞いた瞬間、完全な臨戦態勢に入ると血液パックを手で破り、加茂は術式を行使する。

 

赤縛(せきばく)!!」

 

 ビュォンッ!! 

 

(拘束して情報を引き出す!! 術式を使わせる暇は与えん!!)

 

「『騎士(ナイト)』」

 

 バチィンッ!! 

 

 突如として彩華の目の前に出現した中世の騎士のような式神は、赤縛をその身に受けて彩華を守る。

 

「へぇ、やるね」

 

(一体どこから!? 奴の足元の絵が消えている…そうか!)

 

「釘崎! 今すぐここから出るぞ!! 建物の中はまずい!」

 

「うぉわぁ!!!」

 

 ダッ!! 

 

 術式の種を理解した加茂は釘崎の腕を引っ張り指示を出して廃ビルの脱出を試みる。

 

「『命の引き金(いのちのひきがね)』」

 

 ガチャガチャチャッ!! 

 

 再び壁に描かれた無数の銃が消え、反対に現実にそれが反映される。

 

 ダラララッッッ!! 

 

「チッ!」

 

 ギュルルッ!! パスパスパスススッ

 

 加茂は自身の手首を斬りつけて血を流し、その血と血液パックの血で壁を作り、銃弾を受け止める。

 

苅祓(かりばらい)!」

 

 ギュルルッ! ズガガンッ!! 

 

「どこ狙ってんすか先輩ぃ!!」

 

「黙って走れ!」

 

 加茂は血液の壁をそのまま転用し、手裏剣状に形を変えて彩華の頭上と前方の二つの柱へと放つ。

 

(なるほどね…)

 

 ガラガララッ!!!! 

 

 二人は加茂が崩した廃ビルを転がるように飛び出して受け身を取り、得物を構える。

 

「……やったか?」

 

「やめてくださいよ、そういうこと言うと…」

 

 ボガァンッッ!! 

 

「ほらー…」

 

「私の発言に関係はないと思うが」

 

 瓦礫を先程の騎士が派手に吹き飛ばし、ポケットに手を入れたままの彩華が出てくる。

 

 釘崎の落胆ぶりを見て加茂はそれを否定する。

 

「やるじゃんカモ君。でもさ、私の絵を壊すとかさぁ…『死刑(しけい)』じゃない?」

 

 バッ!! ズダァンッッ!! 

 

「「!!」」

 

 二人は自分達を覆う巨大な影に気付き、同時に左右に飛び退いてそれを避ける。

 

 二人の視線の先にいたのは、街中に描かれた絵の一部である、断罪するための大鎌だった。

 

「私の術式は"存在しない虚絵(ノータイトル)"。描かれた絵に題名をつけて口にすれば絵が具現化するんだ」

 

(術式の開示…! 逃がすつもりは無いようだな)

 

(これだけの破壊力、必ず何かしらの"縛り"があるはず!)

 

「ぶっちゃけさぁ、二人共私のこと舐めてるでしょ。あんま舐めんなよ」

 

 彩華は呪力を練ると同時にその場を駆け出して二人の元へ向かう。

 

「釘崎! お前は援護に周れ! 周りの絵を全て破壊しろ!」

 

「全部って! 何枚あると思ってんのよ!?」

 

 文字通りに無数の絵、釘崎はポーチから取り出した釘に呪力を籠めて飛ばし、術式を使用する準備を進める。

 

「おらぁ!!」

 

 カンカンガンッ!! 

 

赤燐躍動(せきりんやくどう)!!)

 

 加茂は向かってくる彩華を止めるために血液の循環を早めて身体能力を底上げする。

 

 ビシャァァー! 

 

 走るでもない跳ぶでもない彩華の動きは、滑らかに水面を滑るような動きをする。

 

 ガッ!! ドゴッ! 

 

「くッ!」

 

 ズドッ! ゴチャッ! 

 

 加茂の繰り出した拳を避けて腹へと膝蹴りを繰り出し、腹を抑えるために一瞬顔が下がった瞬間に彩華は飛び膝蹴りを繰り出す。

 

(私は術式を使って能力を上げている! なのに…何故私の速度に対応できる!? 動きも不規則で読めない!)

 

「ほらそこ、地雷あるよ」

 

「なっー!」

 

 加茂の一瞬戸惑った足取りに目を配っていた彩華は兵器の名を口にし、それを信じてしまった加茂はその場を跳び上がる。

 

「はい引っかかった」

 

 ガシッ! バゴォンッ!! 

 

「ごヴァッ!」

 

 しかしそれはフェイクであり、跳んだ瞬間の加茂の脚を掴み、コンクリートの地面へと叩きつける。

 

「私、床にはあんまり描かないんだよね、作品を踏まれるのムカつくし。…?」

 

 トポッ

 

 加茂は倒れる寸前に血の球を圧縮し、片掌で握りしめていた。

 

「せんけっー」  

 

 トポンッッ

 

「!?」

 

(形が崩れただと!?)

 

 直前、加茂の掌を彩華の呪力が覆う。そして、血の球は形を保てずに圧縮が無駄となる。

 

 彩華の呪力は酷く変わった形、インクやペンキに近い性質を持っている。血液は水が混ざると溶血して破壊され、その形を失う。それとほぼ同じ原理で、呪力で形成された血の球に彩華の呪力が完全に混ざり合い、形が壊れてしまった。

 

「だからさぁ、舐め過ぎだって言ってん、じゃん!」

 

 トパァンッ!! 

 

「うッぉぉッ!」

 

 頭を蹴られる直前、加茂は自らの血液を間に挟んで体勢を立て直して彩華と向き合う。息を整える加茂に指を指して向ける。

 

「はぁ、はぁ…」

 

 スッ ガヂャンッ

 

「『心の想さ(こころのおもさ)』よく考えるアンタにはピッタリのプレゼントでしょ」

 

 ズゥンッ!! 

 

「ぐぅッ!! あ"ぁ"ぁッ!!」

 

 彩華が親指を下に向けて、舌を出して嘲笑うように題名を口にする。

 

 突如として加茂に莫大な体重が付加され、実像は見えずとも加茂の脚は重くなっていく。

 

「絵って概念や思想も描けるんだよ。抽象画っていうんだけどカモ君頭良さげだし、ダリとかピカソとか見たことあるんじゃない?」

 

(重い!! 錯覚だけでここまでの質量を伴うものなのか!?)

 

 具現化されたのはハートに鉄球の付いた鎖が巻かれている絵。絵そのものの形はないものの、加茂がその絵の主題となってしまっている。

 

「その絵のテーマは足枷。色々考えすぎだよ、カモ君。もっと早くに高聡に会ってれば一緒に絵を描けたかもしれないのに、残念」

 

「ぐっ、ぉぉお…! 赤ッ血! 操術!!」

 

 ドパァンッ! 

 

「!」

 

 無理矢理に術を行使しようとした加茂の血は弾け、偶然にも彩華の術式の弱点をついた。

 

 彩華の呪力は液体と同形質である。その中に不純物である血、それも呪力が流れているものが混ざるとことにより、その形の維持は一時的に難しくなる。

 

 つまり、加茂の術式と彩華の呪力はお互いに弱点を突く形になっていた。

 

 加茂に注がれていた術が一瞬緩み、その隙を逃さずに転がって抜け出す。

 

「運はいいみたいだね」

 

(釘ちゃんはそんなに近接得意じゃないっぽいから放っておいたのに、時間をかけすぎた。この辺りに絵が殆ど残ってない)

 

「一体いくつあんだよぉぉ!!」

 

 釘崎はそこら中の壁や床を壊して回っている。一部でも欠ければそれは作品ではなくなるため、破壊力が無い釘崎程度の術でも充分に破壊できる。

 

「まだやる? カモ君。そろそろ、君のインク(血液)は尽きてくる頃じゃない?」

 

(血液パックのストックはもうない。恐らく逃げれば追ってくることはない。だが…俺はもう誰にも必要とされていない。ならば!!)

 

 加茂は、羂索の手によって既に加茂家当主の座を失っている。彼の、"母に居場所を作る"という目標は最早叶うことはない。それ故、自暴自棄にも思える戦いを彼は行う。

 

(命を燃やせ…!! 血の一滴までも絞り出せ!!)

 

 ブジュゥゥウウ!! 

 

「!」

 

(まだ隠し持ってた! いや、まさか自分の血を体外に出してんの!?)

 

 ズダァンッ!!! 

 

 ビビッバジンッ!! 

 

 加茂は自らの血を背中から出して手数を増やし、彩華に向かっていく。

 

 加茂の直蹴りを呪力を放出して防ぐが、血を纏っているために防御力が半減する。

 

 ドゴッミシィッッ!! 

 

「くっ!!」

 

 グイッ

 

 彩華は身体を横にずらして避けるが、背中から出る血液が追撃を加え、肩を貫く。

 

 ザグッブシュッ

 

「いっったい!!」

 

「ハッ…ハァッ…ハー…!!」

 

 しかし、体外に出した血液を戻して循環するという方法は体に特大な負担となる。加茂の自らを顧みない精神力でも、限界は徐々に近付いてくる。

 

(私が動けなくなるその前に! 少しでもコイツを削る!!)

 

 ガシッ!! 

 

 加茂は彩華の腕を掴み、投げ飛ばそうと足に力を入れる。その瞬間

 

「『針傷(しんしょう)』」

 

 ザグザグザグッッッ!!! 

 

 加茂の掌から肩にかけてを無数の棘が貫いた。

 

「!?」

 

「手ぇ離せ!!」

 

 ドゴッ!! 

 

「グボッ!」

 

 加茂は掴んだ腕から力が抜け、彩華は腹を蹴り飛ばしてパーカーを脱ぐ。

 

 バサァッ! 

 

 顕になったのは、全身に隈なく描かれた凶器のタトゥー。彩華は指をパキパキと鳴らし、身体を捻って伸ばす。

 

「描くのはさぁ、何も壁や床だけじゃないよね…肉体や自然…ましてや、空だって! 『全てがキャンパス』なんだから!!」

 

 ズォッ! ビビビッ!! 

 

(なんだと…!?)

 

 彩華は背に描いていた大きな筆を具現化し、呪力のインクを作りだす。そして、空中に描き始めた。

 

 彼女は生まれつき、サヴァン症候群という稀有な体質。実在しないものをその目に見てしまうという枷、しかし、それを生まれ持った術式(才能)へと利用し、キャンパスを用いず空に絵を描くという"神業"を魅せた。

 

 ババババッ!! 

 

「『喰らい憑く死(くらいつくし)』」

 

 描かれたのは骨のみで構成された犬の絵。一体一体は加茂の敵ではない。しかし、創られた瞬間から彼女の手は休まることなく、作品を彩る手を止めない。

 

 ドゴッドガガッ!! バキンッ!! 

 

 ババババッ!!! 

 

「ッッうっぉ"ぉ"お"お"!!」

 

「『死刑』」

 

 ガタンッ! 

 

「!?」

 

 喰らいついた犬たちは、加茂を自らを顧みない動きでその場に留める。

 

 彩華が親指を下に向け、題名を口にする。出現したのは最初に出現した大鎌。

 

(一度だけでは無かったのか!?)

 

「さようなら、カモ君。これで…終わり!!」

 

 ビュウンッ──

 

 パシャ

 

 ドパァンッ

 

 加茂の首筋にその鋭刃が降ろされる瞬間、それは黒いペンキをかけられ、空虚な色となって消え去る。

 

「なるほどね…絵は"完成品"じゃなきゃいけないわけだ」

 

 その言葉の先にいたのは、手に黒いペンキの缶を持った釘先の姿。足元にはその手のもので汚されたであろう『死刑』の絵。

 

「……」

 

 彩華が辺りを見回すと、そこら中に黒いペンキで汚された跡が垣間見える。そこで沸々と湧くのは、彼女の怒り。

 

「…ふざけんなよ…!」

 

「何か言いたいことでもありげね? ほら、かかってきなさいよ。聞いてやるわ」

 

 釘崎はトンカチを肩に乗せてニヤニヤと歯を出して笑って見せる。彼女の煽りの才能は、ここでも色に塗りつぶされて濁ることはない。

 

 ズォッパシャンッ!! 

 

 彩華は筆に呪力のインクを乗せ、地面を蒼く染めながら釘崎へと走り出す。それを見た釘崎は左手の黒いペンキを消火栓に投げ、二本指を立てて術式を行使する。

 

(かんざし)

 

 バキィンッ! ガコッ

 

 ブシャァァッッ!! 

 

 術式を行使した先は彩華ではなく、消火栓とその周辺、さらに店や家の水道を破壊する。

 

 一斉に建物が壊れ、吹き出したのは色の群れ。

 

「!?」

 

「あの子には…きっといつもこんな景色が見えてるのね」

 

 釘崎は絵を破壊すると同時に、ペンキやインクを手当たり次第に水道やライフラインに混ぜていた。

 

 それによって、彩華の絵や本人も全て汚れてタイトルを失った。

 

「安心しろよ。私も釘はもう残ってない」

 

 カランカランッ

 

 釘崎は僅かばかりの釘を放り捨ててトンカチをしまう。

 

「サシで素手だ、来いよ」

 

「…なんで高聡の邪魔をするの…! なんで非術師を救けるの…! 高聡の理想は美しい世界で! 高聡は私達を救って! 誰も不平等にっ──べブッ!!?」

 

 バキィッ! ザリイィィー

 

「さっきから高聡高聡うるせぇんだよ!! 知るか!!」

 

 釘崎はブツブツと呪詛を呟く彩華の頬を思いきり殴り飛ばし、大声で言い放つ。

 

「た、高聡は、全部私にくれて…!」

 

「てめぇの人生はソイツのもんじゃねぇだろうが!!! その腕も! 足も!! 才能も!!! 全部テメェのもんだろうが!!!!」

 

 釘崎は本気で人を殴り慣れない、赤くなった手の拳を擦りながら続ける。

 

「私は釘崎野薔薇! それ以上でもなけりゃ以下でもない! 私の人生は私のもんだし、テメエの人生はテメェのもんだろうが! 誰にも指図される筋合いなんてねぇんだよ!」

 

「う、うるさい!! アンタと私は違うんだよ!!」

 

 バキィッ! 

 

「んなもんっ、たりめぇだろうが!!」

 

 バキィッ!! 

 

 殴り返す彩華の拳は弱々しかったが、釘崎はそれでも本気で殴り返すのをやめない。

 

「アンタも! 私も! 先輩も高聡って奴も! 全員! 誰一人! 同じなわけねぇだろうが!!」

 

 バギィッ!! 

 

「前を向け! 歩け! 自分らしく! 自分の為だけに生きるのが"人生"だろうがぁ!!」

 

 バッキィッ!! フラッ、バチャンッ! 

 

「はぁっはぁっ…」

 

 ドチャッ

 

 極彩色に彩られた地面に彩華は仰向けに倒れ、起き上がることなく空を眺める。釘崎も汚れを気にすることなく、ペンキの上に座り込む。

 

(自分の為だけ…? そんなの、考えたこともなかった…)

 

「………ねぇ、釘ちゃん」

 

「あ? あによ」

 

 ポロ…ポタポタ…

 

「私…どうすればいいかな…?」

 

「んなこと知らないわよ…あ、でも」

 

 静かに涙を流して問いかける彩華に、釘崎はポツリと話す。

 

「絵でも描いたら? んで、なんかのブランド品になったら、私に献上でもしに来なさいよ。ファンの第一号になってあげるわ」

 

「…私の絵、好きなんだっけ?」

 

「嘘は吐かないわよ。初めて見てから今でも、良いなって思ってるわよ」

 

 ポタポタ…ポタタッ

 

「ハハッ…何それ…」

 

 パシャッパシャッ

 

「…話は終わったか?」

 

 加茂が二人の近くまでよろよろと歩き、話しかける。

 

「終わり、私の完敗だよ。ごめんね、殺そうとして。好きにしなよ」

 

「軽いな…まぁいい、そんなことより協力しろ。元よりお前が非術師に危害を加えていなのはコガネから聞いている」

 

「無理無理。今は身体動かないけどさぁ、アイデアが出てきて止まんないの。すぐにでも描きたい気分。私はこのゲームから降りるよ。世界を救うとか滅ぶとか、そのへんのシナリオはアンタらで勝手にやってくんない?」

 

「……」

 

「良いんじゃないですか? 先輩。自己中なのが呪術師なんスから」

 

「…はぁ。ルールの追加そのものに関しては礼を言っておく。精々生きのびろ」

 

 釘崎の一言で、満身創痍の加茂はため息をついた。

 

「はいはい、どーもね。私はもう少し、この芸術に囲まれておきたいんだ。気にしないで二人も頑張りな」

 

 桜島結界

 

 秀染彩華VS加茂憲紀&釘崎野薔薇

 

 勝者 加茂憲紀&釘崎野薔薇 

 

 ドゴォォォンッッッ!!!! 

 

「「「!!!?」」」

 

 突如上がった大きな火柱が、三人の眼の前を飲み込んだ。

 

 ──ー

 

 各々が勝利を収め、高専生の得点は合計三百得点を超えた。ルール追加も、意図せずして追加された一つと虎杖の追加したルール一つが既に死滅回遊に組み込まれている。

 

 事態は良い方向へと進展している。かに見えた。

 

 十一月十四日 夜 

 

 東京第一結界

 

 伏黒、虎杖、来栖(天使)、高羽

 

 激闘を終えた四人は近くのホテルにて伏黒が起きるまで待機、起床の後に作戦会議の途中に天使が異変に気付く。

 

「コガネ、十分前からの泳者の数を出してくれ」

 

 来栖のコガネが出した画面には、800の数字が表れ、一同は絶句する。

 

「マジ…?」

 

 ──ー

 

 同時刻、大阪結界

 

 刹那、紫龍、四音、真希、直哉

 

「なんでや! 俺は手で食うんは寿司だけや決めとんのや! なんでこないけったいなもん食わなあかんねん!」

 

 近くの大きめのホテルの一室にて、一同は情報の共有と休憩がてらにコンビニ等から食料を持ち寄り、直哉はピザに文句を言っている。

 

「え…おにぎりとかどうしてるんですか?」

 

「直哉殿の家は名家と聞く。庶民の食むものは作らないのではないか?」

 

「いや、私も一応名家の出ではあるが普通に出たぞ?」

 

「やかましいわ! んなもん言葉の綾やねん!」

 

「ピーピー喚いてねぇで食えよ。旨いぞ」

 

 ズボッ

 

「むぐぉっ!? ……」

 

 もぐもぐもぐ

 

 真希は直哉の口に無理矢理突っ込み、渋い笑顔でそれを無言に食べ続ける。

 

「名家って大変なんですね」

 

「にしても、現代は面妖な食物ばかり見かけるな。この、ちーずとやらはどう作るのだ?」

 

「乳製品と書いているね…?」

 

 紫龍と四音は知識としてはあるが、見慣れない食べ物に興味を唆られている。

 

「意外と順応速ぇな。うちのやつよりよっぽどだ」

 

「まぁ…二人共普通に食べているしね」

 

「木の皮や人の肉より格段に上手いぞ」

 

「やめぇや。飯が不味なるわ」

 

 本物の合戦を幾度も経験した紫龍の舌は、どんな危険物や得体の知れないものでも食せるようになっていた。

 

「刹那ももっと食っとけよ」

 

「いえ、僕はもうこの程度で…」

 

「ならば某が貰おう」

 

「ちょお待てや、一人で食いすぎやねん俺にも寄越せや」

 

 一時の休息。大阪結界にはもはや術者は残っていない。覚が祓われたことにより、脳死状態の術者は全員例外なく死に至ったのを直哉と四音が確認。と紫龍と刹那は非術師の生存者を探すが見つからず

 

 にいるため、他の結界の動きがない限り待機という形をとっている。

 

 真希は一度外に出ていた。

 

「私が外に言ったときに聞い、傑が呪霊を使って憂憂と連絡手段を確立したのは僥倖だった。私が走り回るより速いしな」

 

「そうですね、僕達は百点まで足りませんでしたが、合計すると四百点近い上にルールも二つ追加されています。目標は達成ですね」

 

「せやけど問題は次の行動や。上手く行き過ぎな気もしてるしなぁ」

 

 三人の現代術師が頭をひねる中、二人の旧き術師は感じ取る。

 

「「…」」

 

「どうした?」

 

「「合戦の気配だ」」

 

 新たな火種が、三ケ所でその勢いを静かに増していた。




久々の投稿!!
なんていうか、スランプって程じゃないんですけど自車校とか色々あって、、、まぁ、気ままになるべく早く投稿していきます!

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