全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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本誌もいよいよって感じですね…!
この小説も長いこと書いてきましたが、ここまで拙いなりに張ってきた伏線。気づいてもらえれば幸いです。


第七十四話 選択

 刹那を止めに来たか、それとも別の意図があってきたのか、先を急ぐ彼女の前に、美青年とも少女ともいかぬ目の前の術師は立ち、静かに語り始める。

 

「……刹那殿、私は貴方の味方です。しかし、最も優先するお方は宿儺様ただ御一人。既知の仲とはいえ、邪魔立ては看過できません」

 

「僕は貴方を……斬れません……」

 

 彼女は刀を握りしめて呟くように言葉を放つ。お互いが牙を剥かず、停滞している間にも刻一刻と時は無情に過ぎていく。

 

「刹那殿、少し……話しましょうか」

 

 パキィンッ!! 

 

「!」

 

 地下水路は全て裏梅によって氷結する。刹那にとっては足止めにもならないような捕縛。しかし彼女は、あえて抜け出そうとしない。彼女の中で、裏梅は敵と認識されておらず、この行為にも意味があると、彼女の瞳が告げていたからだ。

 

「私はら貴方のことを万代殿……旧友の魂と同じだと思っておりました。しかしながら、それは私の思い違い。それは恐らく、宿儺様も」

 

 裏梅は静かに、淡々と、簡潔にまとめた話しを続ける。

 

「ですが、貴方を見る度、私の脳裏にはどうしてもよぎるのです……痴れ者共の手によって腐り果てていく万代殿の姿が、己の幸せを映せなかった彼女の瞳が……!!」

 

「…………」

 

 コッコッコッ ギュッ

 

 動かない刹那に歩み寄り、裏梅の術式によって冷たくなった手を、生きていることを確かめるように、冷気の奥にある体温を確かめるように強く握る。

 

「貴方は阿頼耶識刹那だ。阿頼耶識万代ではない。

 

 それは重々の理解をしているつもりです。ですが……それでも私は彼女と貴方を重ねてしまうのです。どうか許してほしい……旧友を思い、貴方の一助になろうとするのを……」

 

「裏梅さん……」

 

 心の底の本音。裏梅が生涯仕えるのは宿儺唯一人。

 

 それはこの先もきっと変わらないだろう。しかしその生涯の中に、対等な者として彩りを与えるのは万代、そして彼女の血族であり宿儺の好意が向く刹那のみと裏梅は思っている。

 

「貴方の望む結末とは違えるかもしれません。納得もいかないかもしれません。しかし……それでも私共は、貴方を待ち望み続けます。それだけは……理解してほしく存じます」

 

 裏梅の本心。刹那を待ち望み続けるという想い。心身が疲弊しきっている刹那は迷ってしまう。それでも、彼女には選択の余地はない。

 

「……僕だって子供じゃない。誰も彼も救おうというのはただの傲慢だって分かってる。宿儺も裏梅さんも、できることなら……一緒に生を歩みたかった」

 

 刹那はジワジワと呪力を練り出し、背から漏らしていく。今彼女の呪力は、取り逃した万を追うためにのみ、彼女の枯れかけの呪力は消費される。

 

「……行かれるのですね」

 

「ごめんなさい……天秤にかけるには辛すぎます」

 

 キンッ ガララッ

 

 裏梅は静かに手を放す。刹那は二刀の斬撃で氷を斬り、同時に天井を破壊する。一度だけ裏梅に振り返り、その右の瞳に悲哀の蒼を映しながら、彼女は走っていった。

 

「私は見届けます……その選択の行く末を……」

 

 ──ー

 

 後に加勢した真希と虎杖の手で宿儺と対峙する。底に沈んた伏黒の意志が宿儺の術式に影響を与え、二人は辛うじて食らいつく状態だった。しかしそれでも呪いの王、圧倒的な呪力量と出力、身体能力に押され、ついに二人は膝を着く。

 

「ここで殺すのは難しいことではない。が、やはりつまらんな小僧」

 

「勝った気になって悦に浸ってんじゃねぇぞ……!!」

 

(これが呪いの王……!! 悟とは感覚が違う、異質な強さ! 強がっちゃいるが虎杖も限界だ。恵には悪いが少し殺す気で殴るか…)

 

「無様だな小僧。負け犬のなんとやらだ」

 

 スッ

 

 ダメージを隠せない虎杖と伏黒の身体を懸念して本気を出せない真希を見下したまま、宿儺は鵺の象印を結ぶ。

 

「精々足掻け。醜く、虫らしく」

 

 キンッ──ズルッゴゴォッ……

 

「「「!!」」」

 

 二人を見下す宿儺が一瞥し、鵺を喚ぶ瞬間。高速道路を支える支柱が効果的に斬られたことにより、突如として三人が立つ場所が音を立てて崩れる。

 

 高架下にいた人物は、虎杖と真希が同時に崩壊した瓦礫に潜伏していくのを目にし、最悪の想定が当たったことを確認する。

 

「遅かったな。刹那」

 

「そんな……」

 

 体中から呪力を滲ませ、二刀を構える刹那の瞳は真っ直ぐに、伏黒に受肉した宿儺を捉えていた。

 

 そして受肉とは、受肉体の心を殺して完成する。

 

(そんな……嘘だ! ウソだ!! うそにきまってる!!)

 

 刹那は今にも涙が零れ落ちそうな目で、しかし、現実を否定したい心持ちの目で、その場で固まってしまう。右眼に映るのはいつもの優しい色。しかし左眼に映るのはいつもの人物に限りなく近い呪いの王(別人)

 

「め……めぐみくんも、じょうだんをいうんですね……そんな、わらえない……」

 

「現実だ。目を背けるな」

 

「あ……いや……うそ……なんで……めぐみくん……なんでですか……」

 

「他でもないお前の願い。他に器がいるのならそうしてやりたいがそうもいかん」

 

 宿儺はいつものように真っ直ぐ刹那を見据えていた。彼女の崩れていく表情を、呼吸を、真っ直ぐと五感で感じていた。

 

 刹那の心は確実に折れかけていた。最愛の人が、目の前で死んでいる。彼女の右眼に、優しい"伏黒の色"は映らない。彼女の耳に、不器用な彼の声は届かない。

 

 それでも、彼女は戦わなければならない。現実は非情で選べないのだから。不可逆的な現実の数字(存在達)は不可逆で、数学のように消してやり直すなど不可能ななのだから。

 

 チャキッ

 

 刹那は弱々しく握る二刀を強く握り直す。

 

(折れちゃいけない……まだ……切り離せる……そう思うしかない!!)

 

「! ケヒヒ、良い良い。存外見切りをつけるようになったではないか」

 

「返してください……!」

 

 ケラケラと嗤う宿儺の目に映る刹那から読み取れる感情は激怒でもなければ、悲哀でもなく絶望でもない。一言で言うのなら、空虚。

 

(さて、どれほど強くなったか……)

 

 バキンッ!! 

 

 術式による不可視の一撃を、刹那は当然のように斬り弾く。瞬間、宿儺との距離を無くしてハイキックで強襲するのを、宿儺も当然のように防ぐ。

 

 ビュッ──! ガシッ!! 

 

「どうした。そんなものではないだろう」

 

 宿儺は蹴りを受け止め、首を狙う為に刀を振るった刹那の右手をさらに掴み止め、長い爪で掻くように擦る。

 

 ズドドッ!! 

 

 刹那は奥の手である"寂滅為楽"のタイミングを測っている。一切の感情を零さず、悟らせず、手加減する宿儺を弾き飛ばす。("面"を捉えろ……! いつもと同じ感覚で!)

 

 ボッ──! 

 

 が、心身の疲弊がピークに来ている刹那の膂力では身体の芯を捉えられず、威力も全く出ず、宿儺は仰け反りすらしない。

 

 もしもこれがそこらの術師であれば宿儺は呆れ返り殺していることだろう。だが、呪いの王は彼女に甘すぎた。

 

「ふむ……疲れが溜まっているな。顔色が酷いぞ、眠れているか?」

 

(届かない……どうして……!)

 

 スルッ

 

「前にも言ったはずだ。お前の好きにすれば良い。俺に牙を剥くも、切り捨てるも、そのどちらでもない選択を探すのも。理由など勝手についてくる」

 

 宿儺はいつかの生得領域での会話を持ち出しながら、彼の文様が刻まれた右手の甲と瞳を撫でる。

 

 マーキング、特にそれ以上の意味を持たない文様は宿儺に呼応するように紅く光を走らせる。

 

「……僕は……」

 

 カランッ……

 

「「?」  」

 

 ブルブルッ……

 

「あれ……なん……で」

 

 刹那は弱く握っていた二刀を落とす。ただでさえ特級レベルの呪霊、術師と短い間に何度も交戦した上、少し前には羂索と九十九の大技を正面から防いでいる。さらには、宿儺が伏黒へ受肉したという事実。呪力も身体も精神も、限界はとっくに来ていたのだ。誤魔化し続けた彼女の身体は、これ以上動くことを拒否した。

 

 前のめりに倒れる刹那を、宿儺は以前と同じように受け止める。

 

 トサッ……

 

「何故お前はいつも満身創痍で俺の前に立つのだ? 全く、愛い奴め」

 

 宿儺は刀を拾って刹那の腰に収め、髪を撫でながら上機嫌に笑う。まるで子を見る親のような屈託のない普通の笑顔で。

 

 バゴォンッ!!! 

 

「!」

 

「オ"ォ"ォ"オ"!!!!」

 

(飛び出すなら今しかない! 刹那を失ったら今度こそホントに勝ちの目が消える!!)

 

 瓦礫の中から真希と虎杖が同時に飛び出す。刹那と対面し、油断していた宿儺の隙を突く。

 

 宿儺は地面を"解"で崩そうとする。しかし、現れたもう一つの気配に宿儺は声を漏らす。

 

「おっ」

 

「「!?」」

 

 出力最大

 

「霜凪」

 

 バッキィィン!! 

 

 裏梅の術式によって、目の前に巨大な氷山が一瞬にして生成され、真希も虎杖も氷に閉じ込められる。

 

 それを宿儺は刹那を横抱きにして離れて眺めている。

 

「ハッハ、絶景絶景」

 

「差し出がましい真似を。お許しください」

 

「良い」

 

「それから一応、虎杖悠仁の凍結は弱めましたが……」

 

「小僧は用済みだ、どうでもいい。しかしあの女に呪力を偏らせたのは正解だ。さて、身体を仕上げる。浴の用意をしろ」

 

「既に出来ております。少々御足労いただくことになりますが……」

 

「相変わらず痒いところに手が届く」

 

 宿儺の褒言に裏梅は喜びの心を内に抑える。

 

「……刹那殿は、いかがしますか?」

 

 宿儺の腕にいる刹那を見た裏梅は、不安げに宿儺へと問いかける。

 

「案ずるな、殺しはせん。先の二の舞いにはしない。浴には入れるがな」

 

「……承知しました」

 

 宿儺は刹那の安全の確約に裏梅は従う。刹那を殺すと宿儺が宣言たとしても、それに裏梅は従うだろう。しかし宿儺にその意志は無く、刹那の安全を口にしたことに安堵する。

 

 バッザァ! 

 

 鵺を喚び、宿儺と裏梅は禪院家に向かう。

 

 パキィンッ!! 

 

「宿儺ァ"!!」

 

 氷結が甘かった虎杖は抜け出し、声を上げながら宿儺を追う。な、それは届くわけもない、一人の悲しい怒号でしかなかった。

 

「殺しますか?」

 

「待て待てよく見ろ、笑えるぞ」

 

 今にも泣きそうな目をしながら、顔面が傷だらけの虎杖は鵺に乗った三人を追う。

 

「ほらいただろ!! あの播磨の!!」

 

「ふっ、確かに……口元が特に」

 

「似てるだろう!?」

 

 ゲラゲラゲラ ウフフフフフ

 

 古い記憶にある弱者を思い出し、現代の弱者を嘲笑う二人の声は、閑静な東京の空に消えていった

 

 ──ー

 

 十六日 pm9:00

 

 伏黒が受肉した後、宿儺と裏梅は禪院家の本家へと戻ってきていた。禪院家はほぼ壊滅。逃げ出せた術師は多くはなく、灯が数人、残った炳は全滅していた。呪力と生命に溢れていた屋敷はかすかに鳴る風の音さえも丹念に聞き取れるほど静けさで満たされていた。

 

 そしてそんな場所に宿儺が帰ってきた理由。

 

 地下の懲罰房にて行われる、"浴"の準備。それに浸かり魔に近づくことこそ、宿儺の狙いだった。

 

「宿儺様、不躾ながら……刹那殿を守る理由をお聞きしてもよろしいでしょうか……」

 

「……さぁな」

 

 宿儺は気絶したままの刹那を落とさぬように抱え、閉じた瞼の奥を見ている。千年前から仕え続けた裏梅から見てもその真意は捉えられず、宿儺は静かに目的地へ降り立つ。

 

 バサァッ

 

 禪院家の庭へ到着すると鵺から飛び降り、早々に宿儺は羂索を探す。

 

「裏梅、羂索はどこだ」

 

「どうなさるおつもりで?」

 

「殺す。万代に呪いをかけたのは奴だろう。あそこまで高度な呪いを扱える者は多くない」 

 

 宿儺は羂索を敵視、過去の親友を奪った羂索を殺す気でいるため、殺気と呪力を禍々しく練りだす。

 

 呪いの王の他者のための怒り、それを見れるのはほんの一握りのものだろう

 

「禪院家の書庫からこちらを見つけました。恐らく、その推察から外れることになるかと……」

 

 裏梅が胸元から出したのは呪いをかける数多の方法が書かれた読み物。裏梅が捲り、宿儺にそれを見せる。そこに書いてあったのは、非術師の命を削ることで、呪いの強度が増す法だった。

 

「……つまり……禪院の者が万代に呪いをかけたと、そう言いたいのだな、裏梅」

 

「恐らくは、ですが」 

 

 宿儺は裏梅と刹那の顔を交互に見て考え、辿り着いた結論を、自らの信念のもとに言葉を出す。

 

「……良いだろう。羂索、貴様の思惑に乗ってやる。貴様の望む呪いの世というのを俺に見せてみろ」

 

 宿儺は禪院家の縁側の方に痛々しいまでの殺気を向け、それを察知した羂索が中から勢いよく出てくる。

 

 スパァンッ

 

「まぁ確かにその呪いを考案したのは私だけど、使ったのは違う術師だよ。しかもそれコスパ悪いし、私ならもっと良いのを作れるね」

 

「……ふん、狸め」

 

 羂索は宿儺を欺くためか、一時の猶予を得るためか、歯に着せることない態度で袖に手を埋めながらひらひらと宿儺の元まで向かい、刹那の手を握り見る。

 

「にしても、呪いの王が十五そこらの少女にご執心とは。確かに君の血は入ってるだろうけど、阿頼耶識万代の血は入ってないよ? 魂も別物だろうし、なんでそんなに腫れ物を扱うみたいにしてるのさ」

 

「黙れ。貴様に言われずとも分かっている」

 

 羂索は昏睡している刹那をまじまじと見つめる。宿儺は羂索の視界に刹那を入れないため、羂索に背を向けて中に入ろうとする。

 

「何をニヤついてる羂索。キモいぞ」

 

「別に〜? 私にも計画があるんだよ」

 

 刹那の状態を確認した羂索は、無意識に笑みを漏らし、それを裏梅に罵倒される。

 

「宿儺様、もう入られますか?」

 

「そうだな。裏梅、浴から上がったら飯を作れ。久方ぶりに腹が減った」

 

「承知しました」

 

 裏梅と刹那を横抱きにしたままの宿儺は懲罰房に行き、それに羂索はついていく。

 

 懲罰房では既に浴の準備が整っている。

 

 元来、浴とは外敵から呪具を守るために行う蠱毒による蟲の血を用いた儀式。

 

 しかし、宿儺が入るのはそれを"呪霊"で行うもの。

 

 禍々しい血の"浴"に、宿儺は刹那と共に入っていく。

 

 ザブンッ……

 

「なんで彼女も一緒に入れてんの?」

 

「……私が知ることではない。そもそも、この浴にしたって伏黒恵の魂を沈め、魔に近づくための儀式。刹那殿が魔に近付く理由はないのだ」

 

「ふ~ん……ま、どうなるか興味はあるけどね」

 

(私としては五条家の方が興味があったが……まぁいい。死人に口無し。もう既にろくな記録もないだろうし)

 

 ──ー

 

「…………」

 

 道路で倒れた刹那が目覚めたのは暗く赤い川の前。辺り一面には今の季節にそぐわぬ彼岸花が群生している。およそ生物の気配も呪いの気配も無い空間で、彼女はゆっくりと身体を起こして自分の状態を確認する。

 

「死んだ……?……そっか……」

 

 自らの置かれている状況。慧いはずの彼女だが、考えを放棄している今は疑問を抱くことなく納得してしまう。

 

「そっか……」

 

「迎えに来たのに…なんで君がここにいるの?」

 

 紅い川を眺める刹那の瞳に涙が滲み始める頃、不意に彼女を呼ぶ声が背後から聞こえる。

 

 声の先にいたのは、白い髪に朱と黄色の着物。右眼が重瞳となっている女性、以前に呪物の影響で自らと脳裏に重ねた、阿頼耶識万代の姿。

 

「あれー、どこで狂ったの?」

 

「もしかして……初代……?」

 

「ん? あ、そうそう、私は初代阿頼耶識家当主、阿頼耶識万代だよ。噂はかねがねだ、刹那」

 

「あ、えと……」

 

 その場に座り込む刹那に万代は手を差し伸べる。

 

 手を取ると、とても女性の手とは思えないほど皮が厚く、ゴツゴツとした掌。下手に言えば気品の無い手だと刹那は少しだけ驚く。そして手を取ったものの、立とうとしない刹那を無理に立たせ、多少無理矢理引いたまま万代は歩を進める。

 

 サクッサクッサクッ

 

「ここは彼の世と此の世の境目。彼岸ってやつだ。君はまだ死んでない」

 

「……」

 

「宿儺の趣味の悪い風呂が原因かな。私達の術式は呪力の形そのものを変えてしまう。それに当てられたのかもね」

 

 万代は歩を進め、同時に刹那に対して言葉を投げ続ける。第三者からの視点、他愛の無いと言ってしまえばそれまでの会話だが、今の彼女にとっては全てが耳障りで無意味な言葉の羅列でしかない。

 

「でも、君はまだこの世で戦える。それこそ──」

 

 バシッ

 

 手を引きながら一方的に話す万代の手を、刹那は音を立てて弾く。唖然とした万代の視線の先には、俯いて黙り、それだけで感情を伝える彼女の姿。

 

「放っておいてください……もう、誰にも会いたくない……何もしたくない……」

 

 刹那の一言を裏切るように、万代は厳しい言葉を投げつける。

 

「……それは困るね。君は戻らなければならない。逃げるのは許されない」

 

「知らない……うるさい……!」

 

「まだ間に合うんじゃないの?」

 

「うるさいッ! なんにも知らないくせに!!」

 

 ──ュッ!!! 

 

 パシッ、トンッ

 

 刹那の呪力、体重移動によって瞬間的に最高速を出す得意の前蹴り。普段の最高速よりも遅いとはいえ、音速に限りなく近いそれを万代はいとも容易く片手で受け止め、あまつさえ額に指を当てて反撃さえしてみせる。

 

「知らないさ、何一つとして。でも……じゃあ、君はなにか知ってるの? 大切な人の本当の生死、現状を打開する方法、自分の為すべきこと。君こそ何も知らないだろう」

 

 ポスットントン

 

 足を離し、赤い皮の前にある大きな岩に座って万代はそこに刹那も座るように促す。諭すための口上は、どれも未確定を多く孕む刹那の早とちり部分だった。

 

「ここで絶望するのは君のやることだとは思えない。少なくとも、私は何かに絶望して立ち止まったことはないしね」

 

 刹那は立ち尽くしたまま、己の無力さにさらに打ちひしがれる。万代の過去の語りも、彼女の耳を通り抜けていく。

 

 ザァッ……

 

 静かな風が彼岸花を揺らし、水面は揺蕩っている。

 

 刹那の心を体現するかのように揺らぎ、優しく、それでいて急かすような風が二人の長い髪をたなびかせる。

 

「……君はきっと溜め込み過ぎなんだ。言ったほうがスッキリするかもしれないよ」

 

 ぽすっ

 

 刹那は万代の隣に座り、静かに語り始める。

 

「……僕は……いない方が良かったんだと思います」

 

「……それはどうして?」

 

「僕がいなければ……宿儺がここまで自由に動くことも無かったかもしれない。僕がいなければ、羂索の興味は現世に向かなかったかもしれない。悠仁君の心も、恵君も。それだけじゃない。七海さんも、美々子さんも……沢山の人が、もしかしたら助かったかもしれない……それを考えたら……」

 

 むぎゅっ

 

「……ましろさん……?」

 

 万代は刹那の言葉を止めるため、頬を両手で掴む。

 

「あぁしてたらこうしてたら。あぁすればこうすれば何が変わった?それは全部、"過去と未来"の話だ。そんなことに目を向けるのは、"現在(いま)"を生きる人間のやることじゃない」

 

「……」

 

 万代は言葉を紡いでいく。刹那の心は拠り所を失いつつあったにも関わらず、彼女の言葉は聡明な刹那の脳裏に澄み入っていく。光を失った彼女の瞳に、希望の火が灯り始める。

 

「未来は変わるよ、選択一つでいくらでも。いつだって小さな選択は、やがて未来に大きな影響を及ぼすものだ。君には全ての選択の権利がある」

 

「選択……未来……」

 

(そうだ……僕は自分で選んだんだ。呪術師になることを……)

 

「君の心にある、君を呪術師たらしめる根幹はなにかな?」

 

 短い問いと言葉の連鎖。足りない部分を刹那の心にある思い出(全て)から引っ張り出して答えを探し続ける。

 

 刹那の脳裏に走る伏黒の善行と呼べぬ善行。呪術師は不平等であり、正義の味方じゃない。

 

 迷い続けた刹那の正義の無駄な部分が、削ぎ落とされていく。

 

「!」

 

 それに気付いた刹那、は俯いていた顔を勢いよく上げ、自らより見上げる位置にある万代の顔を見つめる。

 

 重瞳という稀有な瞳を持つ、自分の鏡とも言うべき人物の顔は、花を撫でるような優しさと、茨を掴むような厳しさで彼女を見つめていた。

 

「人生とは……呪いとは、選択し、存在しない答えを追い続ける廻廊だ。でも、たとえどんな道を選んだとしても、立ち止まってしまっては結果は見えてこない」

 

 万代はもう一度刹那の肩を力強く掴み、もう一言を付け加える。彼女に自らの道を進んでもらうため、どんな間違いも肯定する優しさの言葉を。

 

「歩み続けろ、立ち止まるな。刹那、時を刻む今一瞬を重ね続けろ」

 

「……ッ初代……!」

 

 途切れかけた刹那の心の糸は、固く繋ぎ止められる。狼煙の火種が、再び刹那の中で燃え始める。

 

 同時に役目を終えたと言わんばかりに、万代の目からは術師らしい覇気が消える。

 

「いいんだ。皆、弱音なんて吐いても吐き足りないんだよ。お迎えだ、行っといで」

 

「……! そのこッ──」

 

 ──ー

 

 ザバァッ!!! 

 

「刹那!!!」

 

「えっ……野薔薇ちゃん……!?」

 

 刹那は浴から引き上げられる。目の前にいるのは釘崎野薔薇。彼女は夏油の使役する飛行呪霊に乗り、刹那を引き上げた。

 

 眼前には、地下から吹き抜けの空が見える状況に夏油が羂索を吹き飛ばしている姿に加え、裏梅を直哉と四音が足止めしていた。

 

「しつこい男は嫌いだな! 夏油傑!!」

 

「おや、重たい愛は苦手かな?」

 

 ドグジャァンッ!!!! 

 

 夏油の呪霊と阿弥部の呪霊化した腕がぶつかり、消失反応と共に轟音と呪力を二人は響かせる。

 

「下郎共め!!」

 

「喧しいわ!せめて野郎か尼かくらいはっきりせぇへんとなぁ!!」

 

 ヒュォッ! バラララッバチィ!! 

 

 直哉の空気を面で捉える投射呪法と逢魔ヶ刻の合わせ技による空気の爆破で、裏梅の冷気を全て弾き飛ばし視界を白く濁らせる。

 

「二人共!!引き上げたし刀も穫った!逃げるぞ!」

 

 ボジュゥゥ! 

 

 四音が釘崎と刹那の回収を確認して図形を描き、水蒸気を発生させて目を眩ませる。

 

「「了解!!」」

 

「逃がすものか……!」 

 

「あっ馬鹿! 裏梅!!」

 

(出力最大)

 

(極の番)

 

 ビキキキッ

 

 ツイツイツイツイッ

 

「直瀑!!」

 

「籠目!」

 

 バキィンッ!! 

 

 裏梅の巨大な連なる氷塊を、四音は極の番で完全相殺。むしろ、壊れた瓦礫が凍りいて壁を作り、一同が逃げるだけの猶予を生んでしまった。

 

「あ~あ、言わんこっちゃない。どうすんの?」

 

「今から行って始末する。羂索、飛行型の呪霊を貸せ!」

 

 裏梅は怒りで顔を引きつらせながら白い息を吐き、追いかけようとする。

 

 ざぱっ

 

「良い。逃しておけ。羽虫は集まろうと羽虫。刹那のことも問題はない。儀は終わった」

 

 顔を出した宿儺は命令だけ残し、再び浴へと頭までどっぷり浸かる。

 

「……御意に」 

 

(彼女の顔……ふふ、取り敢えず実験は成功かな。青天井の君の可能性、実に興味深いね)




刹那の術式の正体、皆さんは予想できましたか?
恐らく輪郭は見え始めている頃かと思います。
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