全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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ua数150000突破、ありがとうございます!!
10万回以上もこの物語を開いてくださって真に感謝感激です。
これからもまだまだ続けていきます。もう一つの【瞳を閉じぬ裁定者】は予告なく長期的に休載していますが、こちらの方が一段落すれば再開しますので、ぜひよろしくお願いします。
それでは、お楽しみください!


第七十五話 覚悟と想い

 ──ー

 

 ビュゥゥッ

 

 禪院家脱出後。上空にて逃走を図る一行は索敵に来ない裏梅達に気付きながら、多数の呪霊と"彼女の絵"による警戒を怠っていなかった。

 

「刹那! 怪我ない!? いや治せるだろうけど!」

 

 ガクンガクンと刹那の肩を掴んで揺らしながら釘崎は質問を繰り返す。

 

「だ、大丈夫ですよ。それより、野薔薇ちゃんは大丈夫なんですか?」

 

 夏油が乗る呪霊に直哉と四音は乗っていたが、もう一人の協力者が大鷲に乗り、刹那と釘崎、ボロボロの加茂を乗せていた。

 

「釘ちゃんの友達? 私は彩華、よろしくね~」

 

 彩華も結界を出て、夏油達に協力していたらしく、飛行能力の高い大鷲を術式で描き、二人を乗せている。

 

「協力してくれて助かったよ。飛行型の呪霊は今手持ちが少なくてね」

 

「べっつに〜。釘ちゃんをまだ描き終えてないから続き描きたいだし、アンタからは高聡と同じ臭いがするってだけ。あとは縛りを守ってくれれば気にしないし」

 

「どうして僕の場所が……?」

 

「直哉君が家の者と連絡が取れないと言っていてね。真希君に聞いたんだ。殆ど勘だが当たってよかった」

 

「言っとくけど、ぶっちゃけ私もう戦う気ないし。私の安全を保証する約束(縛り)、ちゃんと守ってよね」

 

「今は少しでも多くの戦力が欲しかったけど、まぁ仕方ない。強制はしないさ」

 

 過去に東京を混沌に貶めた呪詛師集団の一人であるにも関わらず、夏油は彩華に敵意を抱かずに接する。

 

「刹那ちゃん、ここから高専まで戻るで。ここで

 

 今戦えんのは俺と四音に傑君、それと君だけや。伏黒君の話は聞いた。その上で嫌なんて言わさへんで」

 

「お前……」

 

「直哉……少しは大人して発言を考えられないのか?」

 

 直哉のデリカシーを最大限に欠いた発言。夏油含め全員が呆れ返る。しかし、無駄を削がれた正義の前にその言葉は、むしろ彼女の闘志を奮い立たせることになる。

 

「……まだ戦えます。恵君はまだ死んでない。僕が彼を連れ戻します」

 

 刹那の固い意志を見ていた一同は唖然とした表情の後、夏油が事態の転換を告げる一言を放つ。

 

「……強くなったね、刹那。きっと悟も喜ぶよ」

 

「? ……先生、まさか……!」

 

「あぁ、天使の協力が確約された。帰ってくるよ、(最強)が」

 

 現代最強の男、五条悟が封印され約半月。ほぼ全てが羂索の掌の上、術師達が得たものは無く、失ったものは大きく多すぎた。だが、牙も爪も残る獣たちは狩人へとその狂気を向け続けている。

 

 最強と最凶がぶつかりあうまで、あと僅か。

 

 十六日 深夜。

 

 現存する五条悟解放に全力を注ぐ術師達は上層部に悟られることを危惧して密かに集まっていた。

 

 ただ、全員が賛成というわけではなかった。

 

「駄目よ。上には黙ってあげるから手を引きなさい、金ちゃん」

 

「悪いな真ちゃん、俺は熱い方に賭けてんだ。これは生き方で信念……譲れねぇな」

 

「……死ぬわよ」

 

 東京第二結界から既に脱出、話し合っていた。

 

 梦覚はこの状況から手を引けと秤だけでなく、その場の全員に告げている。生半可な表現ではなく、呪術師の語る"死"は嘘に出来ない。

 

「梦覚さん、頼むよ。元とはいえ、一級のアンタの力は大きな戦力になるハズだ」

 

「戦力とかの問題じゃないのよ真希ちゃん。この際だからハッキリ言っておくけど、アタシは上の判断に全面的に賛成派よ」

 

「……後輩が処刑されるのに賛成ってやつか。今更虎杖と刹那を殺しても死滅回遊は止まらねぇ。それどころか、羂索の掌で踊ることになるぜ」

 

「五条悟の封印を解く行為も、二人の処刑を延ばす行為も、厄災になりえることに変わりはないわ」

 

「なんで? せっちゃんも悠ちゃんもアンタは関わり無いし知らないじゃん」

 

 綺羅羅はポケットに手を入れながら秤の味方をするように間に立つ。言葉が強くなり始め、梦覚を見る視線も鋭くなる。

 

「言っとくけど、何も知らないのはアナタ達だけよ。この国の知る結果は虎杖悠仁と阿頼耶識刹那が渋谷を再起不能なレベルに追い込んだ犯人ということだけ。アナタ達、もう少し客観的に見たほうがいいわ」

 

 梦覚の発言は的を得ている。内情を知っているからこそ、この状況が成り立っているのであり、殆どの術師にこの話は反逆に他ならない。

 

「もう一度言うわよ。手を引きなさいアナタ達。三度は無いわ。力づくは好きじゃない」

 

 ズズッ……

 

 秤と鹿紫雲はその強さを充分に理解している。

 

 爪も牙も研いでいる最中の今は潰し合うべきでないことは明白。鹿紫雲が胸を踊らせるには充分な相手だが、それを許さない他のメンバーが止めに入る。

 

 重く沈んだ空気を沈めるように、さらに強烈な重圧が場を支配する。

 

 ぬるっ……

 

「梦覚さん、悪いけど僕らにも余裕は無いんだ……僕もその手段(力づく)は好きじゃない」

 

 二人の呪力が相対した瞬間、それを壊すように外に通じる大扉が開く。

 

 バタァンッ

 

「あれ……思ってたより空気が重い……」

 

「何よ、喧嘩?」

 

「刹那! 釘崎!」

 

「良かった、二人共無事だな。刹那は……なんか酷い臭いと服の色なんだが……」 

 

 二人に駆け寄る虎杖と真希、乙骨も練っていた呪力を霧散させて一触即発、触れた人間が幸いしたため、張り詰めていた場の空気は一気に軽くなる。

 

「早く着替えたいです」

 

「へー、皆ここにいるんだ」

 

「先生……もう少し丁寧に運んでもらえると嬉しいのだが……」

 

 遅れて彩華と夏油も広間に入る。怪我をしている加茂は夏油の使役する呪霊に乗せられ、虎杖と秤が硝子の元へ運ぶために肩を貸す。

 

「直哉さん達は今仙台に行ってもらってます。津美紀さんの身体を戻しますので」

 

「出来るのか!?」

 

「九割九分賭けです。最悪、僕も危ないかも」

 

 刹那は懐から呪物を取り出す。それは渋谷で羂索が彼女に当てたもの。理由は不明ながら、禪院家にて羂索は懐に忍ばせていた。

 

「食うつもりか……? だったら俺が……」

 

「……優しいですね、相変わらず。でも大丈夫ですよ、ちゃんと帰ってきますから。暫く一人になりたいので、僕が入った部屋には近付かないようにしてくださいね」

 

 刹那の一変した纏う雰囲気。それを成長したと捉える一同に対し、虎杖が感じたのはあの時(真人の覚醒)と似た感覚。不安が拭えない虎杖だが、自分の為すべきことを優先し、その場を後にした。

 

 ──ー

 

 数刻前

 

「夏油先生、まだ津美紀さんが残ってます」

 

「……彼女は既に万という術師が受肉していると聞いたけど……非術師が受肉され、虎杖のように自我が残っているとは思えないな」

 

「宿儺の狙いは恵君の意思を沈めること。彼は"自分の姉を手に掛けた"という結果が欲しいんです」

 

「……万を先に伸してしまえば、その狙いは瓦解するということか……。分かった、私が行こう」

 

「いえ、僕が行きます」

 

「駄目」

 

「じゃない」

 

 夏油の意見を真っ二つに両断し、刹那は彼を見つめる。覚悟を決めた刹那の意思、一瞬唖然とした表情をした後に夏油も決断する。

 

「……そうは言っても……」

 

「……刹那」

 

「はい?」

 

 ギュッ! 

 

 夏油の言葉を待たず、釘崎は刹那を抱きしめる。歓喜でも慰めでもない、ただのハグ。彼女は刹那にその表情を見せないように、顔を横に置いて話す。

 

「……私は弱いから、虎杖や刹那に重いことばかり押し付けてる。でも……でも、置いてかれてるつもりはないから」

 

「……」

 

 初めて、釘崎が弱音を吐いた。誰に対しても気丈に振る舞う彼女が見せる僅かながらの本心。刹那に気を許せる友であると彼女は暗に伝える。

 

 ギュッ

 

「……貴方は弱くない。その折れない意思は、誰よりも固く真っ直ぐなことくらい知ってます。自分のために、自分らしく生きる貴方が皆大好きですよ……野薔薇」

 

「! ……」

 

 釘崎を出会って初めて呼び捨てで呼ぶ刹那。彼女達の心の距離がさらに近づいたことを意味し、喜ぶ二人は向き直り、薄く紅色に染めた頬を見て笑う。

 

「……刹那、行きましょ。皆貴方を待ってる」

 

「でも……津美紀さんが……」

 

 釘崎と本音で向きあってから、刹那の決心は揺らぐ。そこに直哉と四音から解決案が投下される。

 

「なんや、よーするに津美紀ちゃんに受肉した万っちゅー術師を叩けばええんやろ?」

 

「……話が簡単になったね。夏油君、私達が行こう。送迎を頼むよ」

 

「ほら、露払いはしてくれるって」

 

「……いいんですか?」

 

「別にえーよ。ここで恩売っとくんは俺ん家にも得やねん。禪院家も宿儺が好き勝手しとるさかい、一泡吹かせな俺の気がすまへんねん」

 

 彼は強かにも終わった日本で、さらに終わった自分の家を繁栄させるという野望を遠巻きに口にする。空元気や勇気づけなどの類ではない本心。

 

「……直哉さん……お願いします」

 

 刹那は頭を下げる。津美紀は刹那にとってほぼ他人。受肉体から魂を切り離すという荒唐無稽な賭けの為に彼女は命を賭けるつもりだった。そして、その実行を、信頼する人物に託した。

 

「ほな、行こか」

 

 同日 pm11:00

 

 仙台結界 球技スタジアムまでの道中

 

「誰だお前ら?」

 

「アンタこそ誰やねん」

 

 泳者 石流龍(いしごおりりゅう)

 

 乙骨が結界侵入時に下した仙台結界最強の一角。

 

 現時点で泳者一の呪力出力を誇る大砲。

 

 同じく、現時点での泳者最速を誇る直哉。そんな二人は対面する。だが、すぐに呪い合うわけではなく、直哉は石流の吸うタバコを手で払いながら素通りしようとする。

 

「悪いけど今は潰し合っとる余裕は無いわ。行くで四音」

 

「まぁ、今は腹減ってねぇし良いけどよ」

 

「……」

 

 直哉は四音を呼んでその場を後にし、呪力の残穢が色濃く残る道をたどり、万の元へ急ぐ。四音はまるでバツの悪そうに直哉の後ろをコソコソとついていく。

 

「? ……あ!! おっ前! 廻折か!?」

 

「……人違いだ」

 

「コガネ、目の前の奴の名前!」

 

「はぁーい♡廻折四音デース」

 

「やっぱり! つーかお前だけ名前同じなのか? なんだ羂索の仕業か? お前に悔いとかあったのかよ!」

 

「悔いなんて誰でもあるだろう……相変わらず煩いな君は。声も見た目もうるさい」

 

 特徴的なリーゼントで裸にスカジャンという、かなり不定形な格好の石流を指差す四音。

 

 まるで同窓会のように笑みを溢す石流に迷惑そうにため息をつくが雰囲気は悪くはなく、直哉のみがその場で精神上の孤独になる。

 

「なんや、知り合いなんか」

 

「腐れ縁だし別に敵ではないよ。彼はただの戦闘狂だ、気にしなくていい」

 

「ツレねぇなあ。わざわざここに来るってことは用があるんだろ? 昔のよしみだ、少しは協力してやろうか?」

 

「……有り難い申し出だが遠慮するよ。君の表現を借りるなら、私の腹を満たすために必要なことだからね」

 

「そうか……なら仕方ねぇわな。他人の食事(ギグ)をつまむほど野暮じゃねぇ。俺は暫くこの結界にいるからよ、なんかあったら来い」

 

 石流は自分の言葉をそのまま向けられ、その気概に納得する。踵を返して歩き、後出に手を振り四音と別れを惜しむような足取りでその場を去る。

 

「……行こうか。恐らく万は向こうの球技場にいるだろう」

 

「わかっとるわ。遅いわ、はよせぇ」

 

 直哉は特に気にする素振りを見せず、四音の指す目的地へと足早に歩く。彼の知る古い術師は四音と紫龍。少なくとも彼女らと同レベルであり、宿儺の狙いを真っ向から受ける以上、実力が上かもしれない万という術師との戦闘。緊張と同時、心を踊らせているのも事実だった。

 

(広さはまぁまぁ。壁に覆われとって逃げづらい。暴れるにはおあつらえ向きやんな)

 

「……誰よアンタ達」

 

「よくよく今日はなにもんか聞かれる日やな。コガネにでも確認すりゃええやろ。んなこと考える頭もないんか?」

 

「……前からだけど君、口悪いな」

 

「そんなことはどうでもいいのよ。宿儺以外に興味はないの。消えて」

 

「まぁ、そんなツレへんこと言わんといてや」

 

 ドヒュンッ!! バキンッ! 

 

 直哉の挨拶代わりの一撃に万は反応し、彼女は術式によって作られた金属の板で受け止める。

 

「あんさん、津美紀っちゅー女に受肉しとるやろ。返してもらうで」

 

 ズォッ……! 

 

 瞬間的に発した万の殺気、思わず身構えてしまうほどの呪力の圧。冷や汗が頬を伝い、二人は呪力を練りだす。

 

「ふん……いいわ、好きになさい。私は"肩慣らし"に潰してあげる」

 

「ほんなら俺は"暇つぶし"にお前を潰したるさかい、命乞いは考えといてな」

 

 ──ドビュンッ!! 

 

 ギュルルッバキンッ!! ドゴォッ! 

 

 直哉は"逢魔ヶ時"を嵌め直し、投射呪法の能力を惜しみなく使うためにスタジアム外を走り出す。

 

 同時に四音は意識を自分に向けるため、万の繰り出す"液体金属"による斬撃を術式で相殺し、足元を破壊する。

 

(この術式……)

 

「構築術式か!」

 

「御名答。でも、だから何って話だけど」

 

 ギュルルッ

 

 万の構築する液体金属は一度生成してしまえば、分解と呪力を流すという過程を繰り返すことで弱点である効率の悪さを補える。加えて、最もしなやかで最も硬い物質である液体金属の利用は非常に多岐にわたる。

 

 バッ! 

 

(足に貼り付け空を駆けるか!!)

 

 足に金属を残し、そのまま四音の元へ生成して伸ばす。四音との距離が一気に潰れ、肉弾戦へと持ち込まれる。

 

 ギュルルッーバゴォッ!! 

 

「風」

 

 背から金属の刃を四音の顔に向けて三本伸ばし、それを避けるためにしゃがんだ四音の顔面を蹴り飛ばす。それを予期していた四音は既に凹三角形を左上に角が出来るようになぞり、風のクッションで威力を半減させる。

 

「土上」 

 

 バギィンッ!! 

 

(やはり純粋な地面で無ければ大分威力は落ちるな)

 

 凹三角形を右上角に描き、地面を槍状に隆起させて万の腹を襲うが、厚く生成した金属の板で防ぎ四音に顔を近づけて圧を放つ。

 

「その程度で私の術式を防げると思ってるの?」

 

 ギュルッ

 

「土」

 

 ガキィッ!! 

 

 液体金属の輪で四音を囲み、握りつぶすように畳む。しかし、彼女は足元で六芒星のよる土の図形を描き。同じように輪を生成して防ぐ。

 

「中々だけど……その程度で宿儺と私の愛の決闘を邪魔するのは許せないわね」

 

「これでも昔は天才と言われたんだがね……まぁ、君も頑張った方だろうさ」

 

「は?」

 

 ズドォンッ!! 

 

「!?」

 

 四音の一言の一瞬後、最高速を維持した直哉が万の前に客席を踏み砕いて現れる。

 

「速度がウリなんや。すぐ終わらせるで」

 

 パキキッ

 

 ──ドドドドッッッ!!! 

 

 60fpsの二秒間の打撃を逢魔ヶ時を装着した腕で撃ち込む。音さえ遅れて聞こえる秒間百を超える打撃は空気を揺らし、目の前に土煙をあげる。

 

「……死んでないか?」

 

「アホ、ちゃんと加減したわ。家入んとこでなんとかなるやろ」

 

 全身を隈無く打撃し、追い込んだはずの万。

 

 直哉は自らの速度で身体を壊さぬよう、反転術式を回しながら撃ち込んだため気づいていなかった。割れたのは万の身体ではなく、自らの拳だということに。

 

 ドゥッ!!! ドガラガッジャァンッ!! 

 

「……は?」

 

 土煙を吹き飛ばし、同時に四音の胸に一撃の拳。

 

 遥か後方に弾き飛ばされ、頭から血を流し、口からも血を吐いて彼女は気絶する。

 

 理解の遅れた直哉の視界に入った姿は、万の常戦手段。千里を飛び、自重の百倍を持ち上げる蟲達から着想を得た肉の鎧。

 

 靭やかで強固な蟲の甲冑。直哉の打撃によってボロボロでありながらも、術式によって壊れた部分を再生させていく。

 

「正直舐めてたわ。コレ()が間に合わなかったら危なかったかも。ったく、宿儺にしか使うつもりがなかったのに……この罪は重いわよ」

 

「四音!!」

 

 ヴヴヴッッギュンッ!! 

 

「チィッ!」

 

「バラバラに斬り刻んであげる!」

 

 ヴンッーバキィッ!! ドゴゴッォンッ! 

 

 理解が追いついた直哉は吹き飛ばされた四音の元へ最速で駆け出す。しかし万は翅で飛んで先回りし、反撃を考慮しながら液体金属によって作った槌で直哉に一撃を加える。横腹に直撃した直哉へのダメージは大きく、骨を折りながらスタジアムの内廊下までさらに殴り飛ばす。

 

 一方通行の廊下。逃げ場を封殺するため廊下全てに液体金属の槍を生やして直哉を追撃する。

 

「ゲホッゴボッ……プッ!!!」

 

 ビチャチャッ

 

 ズバズバズバズバッッ!! 

 

 我流秘伝 堕落の動

 

 ガガガッバキキッガキンッ!!! 

 

(反転術式か!制御が離れた……!)

 

「……その鎧、呪力流して動くんやろ。あんさんのモノはよう知っとるさかい、なんとなく分かるで」

 

(構築術式……液体金属が厄介やな。おっさんや真依ちゃんとは比べ物にならん練度や)

 

 身体にいくつもの斬撃痕、額から流す血を直哉は拭き取りながら強気な姿勢を崩さない。

 

 反転術式を纏った拳により、液体金属の制御を離しながら自動で反撃をこなして捌ききる。しかし身体の傷は隠せずに呪力を治療に回される。

 

「だから何よ。その壊れかけの玩具の身体に何ができるの? 予告してあげるわ、今からアナタを真っ直ぐ正面から壊す」

 

 直哉は一度深呼吸を行う。折れた骨の痛みを噛み締め、治した身体に無理を効かせて呪力を練る。

 

「……やってみぃ。出来ひんけどな」

 

 ヴヴッ……

 

「俺の術式は作った動きの後を追い、加速する。その動きを再現できひんかったら」

 

 トンッ

 

 ──ヴゥゥンッ!! 

 

 ヴェンッーピタッ

 

「こうなるさかい。ノロマな亀さんやわ」

 

「!?」

 

 万が翅を前のめりに駆け出した瞬間、直哉は軽く後ろに飛びながら同時に箱を設置した。万はほんの僅かに停止する。彼女は確かに歴戦の猛者であり強者。油断も恐らくは無かった。ただ、彼女の評価以上に、禪院家当主の実力は高かったのだ。

 

(まずい!! またアレが──!)

 

「今度は手加減せぇへん。最高速度、最高の威力でぶち抜いたるわ」

 

 60fps四秒

 

 ────ドドドガガガ!!!!! 

 

 ダァンッ、バゴォンッ!! 

 

 最初の倍、二百発を超える拳と足技の打撃。手加減なしの本気の連打。壁を破壊してスタジアムの中央へと万を吹き飛ばす。

 

 ガラガラッ……

 

「このっ……! クソガキッ!!」

 

 ボゴゴッッガキィンッ

 

「土壁、炎風霊」

 

 ヒュルッ……ボォッ!! 

 

「熱ッヅァ!?」

 

 反撃をこなそうと立ち上がる万に、四音は予め仕込んでいた術式で地面から作った釜戸で閉じ込め、炎と風を送り込んで蒸し焼き状態にする。

 

「なんや、思っとったより元気そうやね」

 

「まぁ……思ったよりは軽傷だよ」 

 

 口と頭から鈍色の赤い血を流し、体の出血を焼いて塞ぎ、裾を破って止血している。万の一撃を咄嗟に描いた最も早い水の図形で緩和し、致命傷を避けていた。しかし、どう見ても軽傷ではなく身体はブルブルと震え、限界は目に見えている。

 

「決着かい?」

 

「……まだみたいやで」

 

 ガララッ……ググッ…! 

 

「宿……儺……!!私の愛を…!!」

 

 簡易な釜は熱に耐えれず崩れる。中からは全身を焦がし、殆ど満身創痍の万が腕をダラリと下げて立ち上がり現れる。宿儺へ会うための執念の擬人、彼女の呪力が一つの球体へと形を成していく。

 

「……ッ! あの妾よりも! 私のほうが宿儺を愛してる!! アナタ達には! 彼の孤独はわからない!!」

 

 ズズズッ……!!! 

 

 身構える二人の前に作り出す"球体"。理論上不可能な"完全な球体"は、接地面積が無いために、無限のエネルギーを生む。数学の"理論上可能"を切り取った"机上の空論"を、万は容赦無く二人にぶつける。

 

 ゾクッ……!! バッ! ゾォンッ

 

「「!!」」

 

 二人は危機を察して同時に横に飛ぶ。先程まで踏みしめていた大地は綺麗に抉られ、その防御の不可能さをありありと二人に理解させる(分からせる)。

 

(あれに当たったら……! 考えたくも無いな)

 

「はん! ノロマっちゅーんが聞こえへんかったみたいやなぁ! 当たらな意味あらへんで!!」

 

 万は腕を下げたまま、術式と同時に結界を構築し始める。

 

「……なるほどね」

 

「領域展開」

 

 パギパギパギッッ!! 

 

 三重疾苦(しっくしっくしっく)

 

(領域……!!)

 

 人を便化したような玉が連なりぶら下がる。それがいくつも現れ、荒野のように枯れた空間。彼女のネジの外れた頭の中、宿儺にのみ好意を示すその感性が生んだ空間。

 

 そして、彼女の領域に搭載された必中は真球に適用される。

 

「宿儺にだけ私の愛は向けられる……!! 肥溜めに散らばるハエの分際でよくも私に触ってくれたわね! 地獄で思う存分後悔なさい!!」

 

「……直哉君、君はもっと深く体感しておくべきだ」

 

「あ"? 何をやねん……」

 

「術師の最高到達点、"領域"をだ」

 

 直哉の堕落の動は自動で反撃をこなす。しかし、触れただけで致命傷となる真球には使えない。加えて、反転術式の連続と60fpsの連用により、呪力も肉体も余裕を持った状態ではない。

 

「領域展開」

 

 忌ミ籠ノ現(いみえのうつつ)

 

 バラララッッッ!! 

 

「!!??」

 

 四音が冷静でいられた理由。彼女の領域は必殺はおろか、必中すらあえて付与していない領域。

 

 術式の精度上昇と本人の"なぞる過程"を飛ばすだけという、領域の強みを限界まで削ぎ落とした領域であり、彼女の"結界術"の技量は四百年前においてもトップレベル。

 

 そのため廻折四音は、現存する術師の中で最も領域の展開速度が早く、最も押し合いに強い術師であり、その強さは条件によっては羂索をも凌ぐほどである。

 

「私の領域を……!?」

 

「!!?」

 

「断言する、私は領域勝負で負けない。ここは私だけの舞台だ」

 

 ギリギリギリッッ!! 

 

 激しい歯ぎしりの音、万は枯れかけの呪力を捻出し、不備が多く見られる死にかけの蟲の鎧を再び纏い出す。

 

「だから何!? 私の真球も!! 鎧も!! 何一つとしてお前等程度には──」

 

 バキィィンッ! 

 

 真球は音を立てて破壊された。

 

「構築術式の欠点はその莫大な呪力の消費だ。それ故、他の物を作るとき"同じ素材を使う"ことが多い。そして、呪力を通すとはいえ、その素材は物体として世界に固定される。後は君が残した破片から逆算と解析をすればいいだけの話だ」

 

 四音の術式は六芒星に起因するものに描霊(びょうれい)を宿して操るもの。裏梅の氷や紫龍の武器のような完全な呪力による生成物は操れないが、相手が構築術式だからこそ、そして領域内という術式の精度が底上げされる空間だからこそ出来る芸当。

 

「さぁ、その残った蟲の鎧で向かってこい。それを破壊した瞬間、君の負けは確定する」

 

 直哉の前に立つ四音は万に向かって真っ直ぐ立ちながら指を差して宣言する。

 

「あり得ない……!! あり得ないあり得ないあり得ない!! お前らなんかに! 宿儺の孤独が分かるわけがない!!!」

 

(狙いはこの鎧でしょ!? だったら!)

 

 ダンッ! ヴヴヴッッ!! 

 

 万は蟲の鎧を身体から切り離し、鎚を隠し持つ。そして、四音の目前で鎧を目眩ましに破壊する。

 

 バリィンッ! 

 

(殺った!!)

 

「そうくると思った」

 

 極の番

 

「籠目」

 

 ハキィンッ! 

 

 目眩ましと同時に背後へ回り込んで放った鎚の一撃。しかし、それを予測していた四音は後ろ手に既に術式を組んでいた。

 

(鎧の破壊宣言は(ブラフ)!! 狙いはッ)

 

 グルンッ

 

「しまっー!!」

 

「眠ってくれ」

 

 ドギュッ!!! 

 

「ォ"ア"…すく…な……!!」

 

 決まり手は四音の肘打ち、完璧に溝を捉えたそれは人間の頭に流れる血流を阻害し、その意識を奪う。

 

 一から十まで四音は戦いを頭の中で構築しながら戦い、決して驕らない。名家の当主たる実力を彼女はしっかりと持っていた。

 

 万の脳裏に走る千年前の宿儺(想い人)の姿。格下と思っていた相手に敗北し、会合することも叶わなかった彼女の無念は計り知れない。

 

 ドサッ

 

 鈍い音と臓腑を捻った痛みと悔しさに歯噛みしながら彼女は瞳をぐるりと回して気絶する。

 

 パキィィンッ

 

「ふぅ…終わったな…疲れた……」

 

「……休めるところ探さなあかんね……」

 

 直哉はフラフラとした足取りで万を掴んで引きずろうとする。しかし、その手を止めて現れたのは息を切らして血眼になっている石流。

 

「おい…!今すぐ逃げろお前ら!!」

 

「あ"? なんやねん……いま疲れとんのや、手短に……」

 

 ゾヮッ……!!! 

 

 一瞬にして鳴らされた巨大すぎる邪悪への警鐘。

 

 その場にいる三人の身体は、怯えるための器官である肌に電流を走らせ硬直させる。

 

「いくらなんでも速すぎる……! 何故!! ここに彼が……!?」

 

 術師、呪霊、だけに収まらない。全人類が彼を目前にすれば震え上がり、自らの死を待つ存在。伏黒恵に受肉し、自由を得た呪いの王が仙台結界へ降り立った。

 

「なんでもいい。そこの金髪も自慢の足で逃げろ」

 

「君はどうするつもりだ」

 

「……どんなに甘美なデザートを食った後でも、美味そうな飯が目の前にありゃ腹が減るぜ。人間って贅沢なのな」

 

 指の骨を鳴らし、自慢のリーゼントを直しながら不敵に、恐怖を誤魔化すかのように笑って見せる。

 

 彼の握りこぶしと額には冷や汗が流れ、歯は強く噛まれている。

 

「……別れは言わないぞ」

 

「代わりに接吻(キス)してくれよ。火傷するくらい熱いやつをよ。師匠」

 

 四音は石流の領域展開の師。実力こそ石流に傾きつつも均衡していたが、四音の強みは領域勝負にあったために彼らは互いに研鑽する仲であった。

 

 チュッ……グイッ

 

「……お前らしいな」

 

「……そんな仲じゃないだろう。じゃあな」

 

 タタタッ

 

 四音は自分の人差し指にキスをし、石流の唇に当てる。二人は恋仲ではない、ただ数年研鑽を共にしただけの仲。悔いの無い死など無い術師にとって、この程度の別れで十分だと彼女は判断した。

 

「直哉君も空気を読めるようになってきたね」

 

「やかましい。ジジババの癖してキショい青春みせんなや」

 

「それはすまなかったね」

 

 直哉は気絶している万を俵のように抱えながら走り、四音もそれについていく。

 

 スタジアムに残った石流は現世で出会ったお気に入りの煙草を蒸かしながら呟く。白く、後味の甘い煙は、石流の憂いをさらに曇らせていく。

 

 スパー……

 

「なぁ四音……俺はお前のこと、全然嫌いじゃなかったぜ……」

 

 ……ゾクゥッ

 

「クックッ。好いた女に振られたか」

 

「直に見るとよぉ、スイートが過ぎるぜ宿儺……!」

 

 乙骨を含む石流の人生における強者達、そのどれとも明らかに異質さを妊む邪悪の塊。それが今、自分を見下ろしている。それを眼前に、石流はさらに硬く決意を固める。

 

「さて……事はそう上手く運ばんものだな。刹那が来るかと思えば金と紫紺の童共。負けると思えば万が負け……そして、牙の抜けた駄犬が一匹」

 

 ……ストッ

 

「惚れた女の弱みってやつさ。ここは通せねぇな」

 

「ケヒッ、悪くない。許す、一発見舞え」

 

 漢の覚悟、宿儺はそれを受け取った訳では無い。

 

 しかし自由を得た今、あらゆる"呪術"に改めて触れようと思うのは、強者だからこそ許される好奇心。

 

 最強の片鱗を、仙台結界にて彼は見せる。

 

 

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