全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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第七十九話 愛を知っている

 生得領域、二人の術師は呪い合う。血のように赤い水辺は激しく飛沫をあげ、人骨の山は一撃一足度に崩壊する。実力は虎杖が劣勢ながらもほぼ均衡。身体の主導権を互いに譲らない。

 

「どうした小僧! 威勢がいいのは最初だけか!!」

 

「吠えんな。今その面ぶん殴ってやるからよ!!」

 

 キンッ! バズッ!! 

 

 度重なる五条との戦いに疲弊した宿儺の御厨子。虎杖の頑丈さもあいまって殆ど傷は見られない。

 

(ここまで浅いと呪力の無駄だな。やはり素手で叩くか)

 

「近づかれたくないのが見えてるぜ!」

 

 五条と互角に殴り合った宿儺が虎杖の素手に負けるわけはない。が、今の呪力出力では虎杖の肉体に損害を与えることは難しい。ジリ貧が続くが、それこそ宿儺の狙いである。肉体の外では虎杖と伏黒が目を覚まさない間に戦況は動いていた。

 

「野薔薇! 悠仁と恵をここからなるべく遠くへ! 宿儺から摩虎羅への命令が消えてない!!」

 

「言われなくても分かってるわよぉ!!」

 

 宿儺がいなくなり守りから攻めに回った摩虎羅のオフェンスを刹那は一手に引き受ける。

 

(斬撃に適応されれば詰み……かといって領域に適応させるわけにもいかない)

 

「上等!!」

 

 領域の必中効果が摩虎羅にないことから、刹那側からアクションがない限り領域への適応は無いと判断する。

 

 黒い呪力を腹から燃やし、摩虎羅へと向かっていく。

 

 ──

 

「中で何が起こってるんだよ!?」 

 

「分からない。直前、虎杖と釘崎が刹那の影から出てきた。かと思えば、刹那が半径100m程度の領域を展開した。烏は領域外に弾き出されたから、今外側から調達してるよ」

 

「で、でもよ。向こうの摩虎羅は健在だったぜ!? 破壊されてないってことは勝ってるってことじゃないのか!?」

 

「……私が行く」

 

「真希さん!」

 

「私なら領域に認識されない。結界も素通りできるし効果は受けない。一年ズのサポートくらいできる」

 

「下がれ。ガキ共が出しゃばったのは気に食わないが次は俺だ。せめて結界が壊れてからにしろ」

 

「どう思う、夏油」

 

「私は鹿紫雲が出る時、羂索が健在であったときの保険だ。悟との約束を破る訳にはいかない。生徒達が危険になる前には行くつもりだけどね」

 

「参ったね。この映像が続くようなら客が満足しないじゃないか」

 

 ──ー

 

(呪力出力、呪力量、どれをとっても厄介! 何より、刹那の領域内で回復出来るのが面倒だ!)

 

 刹那の領域内部での術の使用は全般的に不可能。しかし、羂索の術式は既に発動しており、肉体の損傷を呪霊で肩代わりすることで回復を行っている。

 

(今、五条悟は脳の負担を減らすために反転術式を使う赫と茈の選択肢がほぼないとみていい。純粋な不可侵と蒼のみ。この身体ならば優位に立てる!)

 

 ピタッ

 

 結界術、術式を発動できない羂索は五条の不可侵を破れない。瓦礫を投げるが、それは五条の眼の前で停止する。その隙に展延で不可侵を破りカウンターを繰り出す。決して五条も万全ではなく、余裕を取れない。

 

 刹那は斬撃の適応を警戒し、摩虎羅からの斬撃は刀で弾き、ダメージは徒手格闘で与えていく。

 

(ここ!!星の怒り(ボンバイエ)…最大出力!!)

 

 バゴォンッ!!! 

 

 真空による空気の衝突の爆破で摩虎羅は怯み、さらに星の怒りの再現による最大火力。しかしそれでも、摩虎羅の破壊に至らない。

 

「なんて丈夫な……!」

 

 ギギッ……ガコンッ! 

 

(適応された!! これからは打撃が効かないと考えていい。何処かのタイミングで、しかも一撃で……何がなんでも! 摩虎羅を破壊する!!)

 

 バキンッ!! ブシュッ……! 

 

 瞬間、血吸を抜刀しようとした刹那の左腕が飛ぶ。

 

 摩虎羅の適応に必要なのは"時間"。その間ダメージを受ければ適応は加速する上、それは終わること無く続き、新たな適応の形を模索し続ける。今行われたのは打撃ではなく五条不可侵への続き。宿儺の命令から、刹那への適応は対象外だったのだ。

 

 天が意図したタイミングが、摩虎羅に味方した。

 

「ー!!?」

 

 ドガッ!!! 

 

 刹那の脇腹に走った重い衝撃。摩虎羅の一撃で内蔵が下からせり上がり、口から血が溢れて吹き飛ばされる。

 

 ギギッ……ガコンッ

 

 直後、摩虎羅の適応が別のものへ行われた。

 

(刹那は領域内で自分を治せない……!!)

 

「刹那! 領域を解除して治療しろ!!」

 

「連れないな、まだ遊んでいけよ」

 

 五条の動きを羂索は妨害、刹那への指示は届かない。

 

 が、幸か不幸か、領域の解除は別の形で行われた。

 

 摩虎羅の自立思考。この状況、刹那の"術式"に適応するのならば、いかに摩虎羅といえど数度の法陣の回転を必要とするだろう。しかし五条の領域、"無量空処"の適応が同時に進行、"領域を破壊するための適応"から、さらに別の適応の形を模索し、辿り着いたのは"結界"への適応。

 

 摩虎羅が振り上げた剣は、結界を内側から破壊する。

 

 バキバキバキキッ……ガシャァンッ!! 

 

 ──ー

 

「「「「「!!!」」」」」

 

「壊れた!!」

 

「冥さん、カラスは!」

 

「今向かわせてるよ……! あれは……」

 

 釘崎が虎杖と伏黒を引きずりながら離脱する様子がカラスに映り、歓喜の声が上がる。

 

「いよっしゃぁ!! 刹那達がやったんだな!!」

 

「一体何が……!?」

 

「おい、宿儺は何処いった? 橙髪の方か?」

 

「待って、うかうかしてらんないよ。領域が壊れたってことは少なくとも刹那ちゃんは無事じゃないんじゃないの?」

 

「みたいだね」

 

 モニターに写ったのは、羂索と数多の呪霊をいなす五条。そして、劣勢が見て取れる左腕の無い刹那と摩虎羅の姿。

 

「釘崎さん達を回収します。行かせてください!!」

 

「駄目だ乙骨! 宿儺の姿が無いのに摩虎羅が顕在ってことはあの二人の"どっちか"に入ってるっつーことだ。もし魂が負けることがあれば、状況はさして変わらない!」

 

「しかもだ。君達は五条君と刹那の足手まといにならずに戦えるのかい?現状、この中の特級…九十九さんと夏油君がストレート負けする二人だ。腕がないくらいで彼女の能力はそう下がらないよ」

 

「クソッ……!」

 

「もどかしいのは解るが二人の言う通りだ。まだその時じゃない。乙骨と夏油二人の保険がどれだけあると思ってるんだ」

 

 ──

 

 術式の回復まで五条と同じ方法を使っても最低三分を要する。その間に摩虎羅を仕留めるのは不可能。

 

 余分な血を口から吐き出し、反転術式の治療で意識を保つ。

 

(ここで退くな阿頼耶識刹那!前に出ろ!!)

 

 綺麗に飛ばされた左腕を拾い、反転術式で無理矢理にくっつけて治療する。乙骨のような呪力の総量によるゴリ押しの治療ではなく、自身の神経に至るまでを把握して効率よく治療を行い、呪力を節約する。

 

 摩虎羅に残された五条悟への抹殺命令。しかし、明らかに妨害を繰り返す彼女(障害)の排除へと、摩虎羅の思考は完全に移る。法陣は完全に回転を止め、摩虎羅の瞳なき不気味な眼光は刹那を見据える。

 

 刹那は万が一、虎杖が負けた時のことを危惧して五条の体力を少しでも温存する為に摩虎羅を足止めする。

 

(やっぱり強くても所詮は式神! 策を弄するわけでも無ければ搦め手も無い。このまま時間を稼いで"寂滅意楽"で削り落とす……!)

 

 瓦礫に呪力を込めて摩虎羅の頭へ叩きつけて足元を斬り崩す。付かず離れず、摩虎羅の思考を自分から五条へと移さないため、どれも斬撃を浴びせない時間を稼ぐ遅延の行為を繰り返す。 

 

 一方で、五条は出し惜しみを止め、反転術式を使った赫と茈の選択肢を混じえ、呪霊達を排除しながら羂索を捉える。

 

 ゴリッゴリリリッッ!! 

 

(チッ、傑の呪霊操術と違って合成に主体をおいてるせいで一体一体の呪霊の厄介さがストレスだな。縛りか? 術式がない代わりに一撃で仕留めきれないような再生力と、羂索が仕込む結界で無下限が一時的に中和される。まぁ、そこは天元様を取り込んだせいだろうな、結界術の性能が桁違いだ)

 

「まぁ……だから何だっつー話!」

 

 ピッ……バヂヂッ……! ドゥ゙ンッッ!! 

 

「虚式、茈」

 

 呪霊が五条の視界を遮る中、羂索を捉えた五条は無詠唱で茈を放ち道を空ける。空間の圧縮で瞬時に羂索の元へ移動し、再び徒手格闘を繰り広げる。

 

 五条の拳を受け止め、異形と化した身体から無数の刃を五条に突きつけるが無限に阻まれる。羂索はその異形のニヤついた顔で五条の焦りを煽るように問いかける。

 

「いいのかい? 今の彼女には手に余る相手だろう?」

 

「老眼か? ジジババの相手はもう充分だっつの!!」

 

 バァンッ!! 

 

 蒼を利用したパンチで吹き飛ばし、再び空を飛び回る羂索を追撃する。

 

 その間、刹那は術式の回復を終える。摩虎羅の破壊を終えたあとは宿儺の下へ行く。彼女は"先"見ていた。しかし数秒後、彼女は自らの誤算に気づくことになる。

 

 シュゥゥッッ……

 

(回復終わり! 術式はもう使える、これで終わらせる!!)

 

 寂滅意楽

 

 万物を斬り離す絶対の刃。それは最強の式神の身体を分かつ切り札のはずだった。

 

 ガッ……ギィンッッ!!!! 

 

(!? ……なんで……そんなはず……もう一度!!)

 

 ガギィンッ!! ギンギンッッ!! 

 

(なんで……!? なんで)

 

この技、(寂滅意楽)が効かないの!?」

 

 三度の剣撃は全て弾かれた。無論、摩虎羅は斬撃にも刹那の術式にも未だ適応は終えていない。答えは五条への不可侵の適応にあった。

 

 摩虎羅の斬撃もまた、この世界の"空間を斬る"刃。

 

 原理は違えど結果は同じ。刹那の刃を遮ることができる。最強の式神は、未だ顕在。

 

(いや、まだだ! 弾いているのは剣だけ! 腕や脚を斬って形を保てなくする!)

 

 それでも冷静に右眼から伝達される情報を解する。摩虎羅への斬撃以外の場所は確実に寂滅意楽による効果でこの世から分断されている。

 

 ガコンッ

 

 再び摩虎羅の法陣が回転し、何かへの適応が行われる。

 

(あれだけ複雑化させたんだ! 僕の術式を一度二度で適応は出来ないはず!)

 

 星の怒り、無下限、赤血操術、十種影法術。

 

 一つの術式から派生させた数々の術式のデータが彼女の技には詰まっている。どれも未完成の中途半端なものといえその効果は確実に出ているように見える。

 

(崩した!)

 

 寂滅意楽

 

 摩虎羅の一撃を右へいなし、崩れた態勢で空いた顔面を左脚で下から蹴り上げる。そのまま回転して着地し、空いた腹へ二刀の斬撃を入れる。

 

 ガコンッ

 

 三度摩虎羅の法陣が回転し、次の一撃の準備を整える。しかしそれは刹那も同様、摩虎羅の腹の下で大地を踏みしめて刀を握る。

 

(いくらでも適応すればいい!)

 

 バチチッ……!! 

 

(その上から……斬り刻んでやる!!) 

 

 黒い呪力は斬る前から彼女の周りで火花を散らす。ここから行われる刹那の連撃は、約束された黒閃の連続だった。

 

 始まりは縦への一刀。

 

 黒閃! 

 

 次の連撃は地面を砕いて僅かに浮かんで摩虎羅の横薙ぎを回避し、着地までに顔面へ八連撃。

 

 黒閃!! 

 

 ガコンッ

 

 一度法陣の回転を挟み、斬撃へと適応。傷を直すがその程度の治癒では追いつかない。一度程度の適応なら、その上からダメージ通すのが不可能ではないことは宿儺の伏魔御厨子が証明している。

 

 続いて着地した瞬間、横に回転して連撃を加える。高速で回転した金属同士がぶつかるように、黒い火花は散ってやまない。

 

 刹那が刀を振るうたび、彼女のボルテージは上がっていく!! 

 

 黒閃!!! 

 

 まだまだ止まらない彼女の連撃、もはや摩虎羅は反撃を許されない。伸ばした左腕は指先から順番に切り刻まれ、ついには摩虎羅の左腕を斬り飛ばす。

 

 そして、弾けた腕と同時に前へ飛び出し、完全に空いた顔面へと刺突を繰り出した。

 

 黒閃!!!! 

 

 スタッ

 

 以上、黒閃四連撃。実に3.2秒間の出来事。

 

(まだ!! 法陣ごと完全に破壊する!!!)

 

 後ろに倒れゆく摩虎羅。刹那の時にてもう一度適応を終える。

 

 ガコンッ

 

 適応前にて屠り切るのが摩虎羅への対処法。 

 

 確かに刹那の術式には未だ適応は終えていないが、摩虎羅は初めから刹那の術式に対して適応を行っていない。

 

 鵺や円鹿、摩虎羅が能力を使えていることから刹那は式神に領域の必中効果は効かないと思い込んでいた。が、確かに効果は出ていた。

 

 摩虎羅は、刹那の術式を必中効果により認識できていない。自らを害する純粋な斬撃への適応を遥かに早め、連続の黒閃が始まる前の回転で適応を終えた。そしてその先の二度の回転による適応は、"破壊"。

 

 バキィンッ……

 

 摩虎羅の剣が右腕に握られた太刀、"童子切"を破壊する。

 

 刹那の思考の端によぎった、斬撃への適応という結果。

 

 ズバンッ!! 

 

 彼女の右腕に一筋の斬撃が走り、腕は宙を舞う。が、それで折れるほど、彼女はやわな女ではない。

 

 童子切から溢れた呪力を即座に"血吸"へ集め、渾身の一撃を放つ。世界の理を斬り裂く彼女の刃は、最強の式神の防御さえ凌駕する。

 

 黒閃!!!!! 

 

 キンッ……カチンッ

 

 ズルッ……ドシャアッッ!! 

 

 黒い火花は遅れて彼女の背後で咲く。

 

 摩虎羅の左下から右上へとかけられた紅黒の筋。法陣ごと逆袈裟に斬られた最強の式神、摩虎羅は上半身から崩れ堕ちる。

 

「……お疲れ様です、童子切。……未熟でごめんなさい」

 

 カチンッ

 

 斬られた腕から折れた童子切を腰に差し、腕をくっつけて治療しながら呟き、釘崎達の元へ向かう。

 

 呪いの歴史上、摩虎羅の破壊という異業。両面宿儺に並んだのは、若干16歳の少女だった。

 

 ──ー

 

「摩虎羅を……!!」 

 

「よっし!!!」

 

「高菜ァ!!」 

 

「これで後は羂索と宿儺! いける! 犠牲を出さずに……勝てる!!」

 

「でも、依然虎杖君と伏黒君は目覚めていない。やはり生得領域で戦っているのだろうね」

 

「一体何者なんだ……あの少女は」

 

「歴史上最凶の一族、その現当主にして末裔だ」

 

 日車の疑問に鹿紫雲は笑みと言葉で答える。

 

 歓喜と期待に溢れる中、生得領域で行われた一騎打ち。

 

 その緊張と均衡は、呪いの王の邪悪な嗤い声で破られた。

 

 ゲラゲラゲラゲラ!!!! 

 

「どうしたよ、今際の際んなっておかしくなったか?」

 

 バォ"ンッ!! 

 

 優勢ではあった虎杖、事実宿儺の身体は至る所から悲鳴を上げていた。しかし、それを意に介さないように突然宿儺は嗤い声を高らかに声をあげ、口元に手の平を当てながら虎杖を見下す。

 

「ケヒッククッ……小僧、残念だったな。時間切れだ」

 

「あ"? まだ勝負はついてねぇだろうが」

 

「俺が欲しかったのは時間だ。裏梅が準備を終えた」 

 

「さっきからゴチャゴチャと……!」

 

 殴りかかる虎杖を宿儺は術式を使って羽虫のように払う。

 

「お前は最後に殺す」

 

 ビッ キンッ

 

 バヅンッ! 

 

 足を斬られた虎杖は態勢を保てず膝をつく。

 

「このっ……!!」

 

 バガァァンッッ! 

 

 宿儺の体重を乗せた全力の一撃、虎杖は吹き飛ばされる。呪の王は待っていた。時が来るのを。

 

 ──

 

「野薔薇、二人は……」

 

「コイツ等は大丈夫よ。それよりアンタの方が傷だらけじゃない」

 

「大丈夫です。それより、ここでもしも宿儺が出てくれば勝ちの目がまた薄くなる……」

 

 チャキッ……

 

 刹那は座って血吸を虎杖の心臓に向ける。

 

「その時は一度殺します。憂太先輩と同じように気絶させるだけですが……」

 

 ドクンッ……ドクンッ……

 

(来た……!)

 

 パチッ

 

「えぇ!? 刹那!? 刀は危ねぇって!」

 

「……」

 

 バシッ! 

 

「痛ってぇ!?」

 

「……おいアホ杖、時間かけすぎ、あと重すぎ」

 

 釘崎は雑に虎杖の頭を叩き、文句を口にする。

 

「いや重いのは勘弁してくれよ……。とにかく、アイツは抑えたぜ! 後はこのまま、五条先生が勝つのを待つだけ──」

 

 ギィンッ!!! 

 

「……流石というべきか……決まり事だ。聞いておこうか」

 

 刹那の斬撃を宿儺も御厨子で受け止める。

 

 ジワジワと模様が浮かぶ。両面宿儺の受肉が再び完成する。

 

「死滅回遊で一度騙されてるので。あと、悠仁君の感情はそんな色をしていません」

 

 ドス黒く渦巻く虎杖の身体から溢れる呪いの感情。入れ替わりの時に刹那は見抜いていた。

 

「野薔薇、恵君を連れて今すぐ逃げてください」

 

「嫌よ、アンタを置いていけるわけ……」

 

「野薔薇……お願いです」

 

 刹那の静かな願い。釘崎と殆ど同じ目線で、でもほんの少し高くから、幼い顔つきで彼女は笑顔で言う。

 

「絶対……絶対絶対絶対!! 勝ちなさいよ!!」

 

「もちろん。負けるつもりでなんて来てませんから」

 

「おい宿儺! 刹那になんかしたら絶対ぶっ殺す!!」

 

 ダッ! 

 

 釘崎は宿儺へ指を指して威嚇し、伏黒を連れて行く。

 

「……存外甘いですね。僕ごと殺すとか言ってたくせに」

 

「生憎、俺にもそこまで余裕は無いのでな。多少なり変化した小僧の身体にもう一度馴染むだけの時間が欲しかった。まぁ、あの小娘は相変わらずのようだが」

 

「ふふ……良い女でしょう?」

 

「活きの良い。生かしておくのも悪くないかもな」

 

 自慢げに嗤う刹那と、その言葉を肯定するように嗤う宿儺。二人は並んで歩き出し、五条と羂索を見上げる。

 

 しかし、見上げた先はお互いに違った。刹那は二人を、宿儺はさらにその先、裏梅から放たれた氷塊を見ていた。

 

「「!!」」

 

(小さい氷塊? あの金魚のフンだな。今更援護射撃ってわけでもなさそうだし、何かあるな)

 

(伏黒の身体から離れた宿儺にはもう身体の完全回復は出来ない。やはりというか、流石か)

 

 羂索は五条の注意を自分へと反らすために必要以上に派手に呪霊をばら撒き、撹乱する。

 

 もっとも、今五条は宿儺を刺激するつもりはなく、刹那に全てを任せているため羂索は無意味に手札を減らすことになる。

 

 バコンッ……パシッ

 

「なんですかそれ」

 

「奥の手、というやつだな。が、金髪の男はいい仕事をしたぞ」

 

「?……そう。まぁ、彼の人生にあまり口は挟みません。それなりに悔いなく逝けたみたいですし」

 

「あぁ。隣にいた女……羂索に次ぐ結界術の使い手だろう、見事なものだ。お陰で俺は満足にコレを使えん」

 

 コンコンと肩を叩く両刃の鉾のような呪具。宿儺の領域展開直前、万が最期に残した特級呪具、"神武解"。

 

 直哉が稼いだ時間の中、四音は反撃と逃走を諦めていた。特別な理由はない。ただ死に際、自身を騙した羂索にいっぱい食わせてやろうという、嫌がらせにすぎなかった。

 

 彼女は死の間際に命をかけた縛りでごく小さな領域を展開、宿儺の斬撃を僅かに耐える。先に死ぬことになった万が作った呪具へ、六芒の図形と並外れた結界術による強力な封印を施す。神武解の本懐である"雷"を、"宿儺のみ"を対象にして縛っていた。

 

「俺に限定した呪縛。天元を取り込んだ羂索でさえ解呪できない呪いだ。俺にはこいつを扱えん……刹那」

 

「?」

 

「くれてやる」

 

 ポイッ パシッ

 

 宿儺は神武解を刹那へと雑に投げて渡し、受け取ってしまった刹那も疑問符を浮かべる。

 

「え、なんで?」

 

「アイツは俺に"愛"を教えたかったらしい。最強故の孤独を知る、天上天下において唯一人の俺に。が、生憎俺はその感情を既に知っている」

 

 口を開けて欠伸をする宿儺。興味が削がれた女が作った呪具に対する執着も興味もとうに無かった。

 

「花が折れた痛みも、月が隠れる虚しさも。鳥の鳴かぬ朝も、人肌が離れる寒さも。どれも俺は千年前から知っている。奴の下らん戯言に耳を貸すつもりはハナからない」

 

「意外……でもないか」

 

 初代の記憶を断片的に遡った刹那に、宿儺の言葉はこの世の誰よりも理解しえる上、届く言葉であった。

 

「無論、お前もそれを扱えるとは思わん。伏黒恵にでもくれてやれ。生き残れたらの話だがな」

 

「殺す気でやるけど生き残れたらプレゼント……びっくりするくらい自分勝手ですね」

 

 刹那は呆れ顔で宿儺を嘲る。腰帯を緩め、二刀を挿す左とは反対に使わない右側へと神武解を括り付ける。

 

「加減しろとは言わん。ほんの小休止と戯れだ。俺も一切の手心は加えん」

 

 宿儺の殺気は本物。しかしその中に見える僅かな虚勢も一挙手一投足から刹那は視て感じ取る。奇妙な二人の術師の関係、見る者全てには納得も理解も遥か遠いことだろう。

 

「元々、悠仁君の身体は貴方にとっては檻。生得領域内でやりあって勝ったかもしれませんが、タイムリミットは近いんじゃないですか?」

 

 ザッザッザッザッ……

 

「そうだな。十九本分の俺と昔の身体。今の小僧の肉体の強度を考えれば……良くて三十分といった所か」

 

 ザッザッザッザッ……

 

「一応最後に聞きますが、降参するつもりは?」

 

「今更問うな。甘さが抜けんか?」

 

「……違いますよ」

 

 刹那は不敵に嗤う。長い黒髪をたなびかせ、薄く見開いた両目から覗く三つの瞳で、妖艶に宿儺へと微笑みかける。

 

「貴方への情けです」

 

「ケヒッ、言うようになったな。いいだろう、貴様らとは毛色が違うだろうが……"愛"を持ってお前を殺そう」

 

 最凶、最強の第3ラウンド。五条、宿儺、刹那、羂索。

 

 誰が最強かと問われ、答えることがおこがましい呪いの濁流。もはや新宿、渋谷は見る影も無いほど崩れ去り、その光景はどちらかの勝利によって過去の遺跡となるか未来の先駆けとなるか決まる。

 

 ガギィィンッ!! 

 

(宿儺も摩虎羅と同じと見ていい。二つとも原理は分からないけど寂滅意楽を弾いてくる。つまり、五条先生の無限を確実に突破する力を有している)

 

(やはり俺の斬撃は届かんか。まぁいい、式神がほぼ全滅した以上、伏黒恵よりも小僧の身体の方が都合がよい)

 

 互いの思考は一致し、それを打破するだけこ思考を巡らせる。

 

 パァンッ! 

 

(重い!! 肉体でここまで差異があるなんて!)

 

 呪力強化に限界はある。伏黒の身体と虎杖の身体には絶対的な筋肉量の差がある。膨大な呪力出力を有する宿儺ならば、その身体を徒手格闘に使いこなすのは容易いこと。

 

 パシッ……ゴチンッ!! 

 

「「!」」

 

 しかしどうしても届かぬ体重と筋力の差を刹那は技と奇抜な発想力で埋める。

 

 宿儺の右拳を右手で左へ押し込んで流し、左足で腹へ蹴りを入れるのを掴まって止められる。しかし刹那は肘で胸を突き、頭を掴んで頭突きで距離を取る。

 

「いッッ~……」

 

「むぅ……」

 

 お互いに額から血を流し、手を当てて痛みを抑える。度重なる領域の展開と術式の全開使用により、二人に呪力の底が見え始める。反転術式を使わないという考えが合致する二人は傷を治さない。

 

(僕達と宿儺達とでは勝利条件が違う。こっちはただ時間を稼げればいい、五条先生の方は……問題なさそうかな)

 

 空中で逃げ惑う羂索に五条は掴みかかり顔面と腹部へひたすらに蒼を使用した打撃を打ち込む。

 

「丈夫な殻だな、焼きすぎじゃねぇの?」

 

「うるさいな!さっきからトークが古臭いぞ!!」

 

 五条は羂索を投げ飛ばして指先へと呪力を集め、それを放出して追撃を加える。

 

「赫」

 

 ボッ! 

 

(呪霊も残り僅か……地上の分を合わせても百体いないか……!)

 

 五条の不可侵は羂索には直接破れない。度重なる肉体の破壊と呪霊の高速的な消耗で羂索にも焦りが見え始める。だが、同時に五条にも僅かな焦りが見え始める。

 

(僕の出力が落ちてるわけじゃない。混在してる呪霊の強度か慣れか、だんだんダメージが浅くなってきた。宿儺の斬撃は僕の無下限を貫通するみたいだし、迂闊に手を出せないな)

 

 純粋な速度に加え、反射の隙間を縫うような刹那の打撃は夏油や五条でさえ完璧には捉えられない。だからこそ宿儺は回避の選択肢を無くして正面から受け止めることに徹する。急所を逸らし、確実にダメージを軽減させる防御で反撃を仕込んでいく。

 

(殺った!!)

 

 バギィッ!! 

 

 右の大振りからのフェイントによる刹那の渾身の左裏拳を受け止める、膝を蹴って態勢を崩し、顔面を膝で蹴った直後に後頭部を地面へ叩きつける。

 

 しかし、刹那は術式を使って叩きつけられた衝撃を殺し、一瞬の静寂が生まれる。一瞬の無音は僅かな認識の遅れを生む。

 

(? しまっ──)

 

「残響」

 

 折れた鼻から血を流しつつ、横へゴロリと転がる。妖艶な笑顔と共に人差し指を宿儺の顔面へ向けて術式を使用。先程の威力が再現された宿儺は一瞬だけ仰け反る。

 

 揺らいだ隙を逃さず、刹那は腕で飛んで宿儺の頭を太腿で挟み。そのまま上半身の捻りを利用して地面へと叩きつける。

 

 バガァンッ!! 

 

(攻め時!!)

 

 刹那は飛び退いて象印を結び、領域を展開しようとする。

 

「……判断を誤ったな」

 

 ドロッ……ボダボタタッ……

 

(!!?)

 

 刹那の脳へのダメージが、ついに臨界点を迎える。

 

 両眼と鼻から血を流し、膝をついた刹那の前に宿儺は立つ。

 

「いくら右眼とその優れた脳を持ってしても、お前の術式の負担は隠せまい。しかも、他の術式を使うたび、世界に定義されているお前の魂の上書きを繰り返す……本当に死ぬぞ」

 

「自分の命もかけられないで……呪術師は務まらない!!」

 

 反転術式で脳を治癒し、刹那は再び象印を結ぶ。

 

 同時に宿儺も象印を結ぶ。彼の肉体は、先刻受けた無量空処の影響を受けていない。

 

「「領域展開」」

 

 お互い縛りを設けず、一番スタンダードな形で結界を閉じて領域を展開する。正真正銘の完全決着が予想された。

 

 伏魔御厨子 未了無還門

 

 ──五秒──

 

 両者の結界が崩壊するまでの時間。




原作に抗うのが二次創作だ!!(泣)
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