全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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第八十五話 青年の仮面 

真希だけが気づいた伏黒の領域の違和感。

 

命を賭した縛りによる領域性能の超底上げ。この戦いには、勝者はいない。

 

打撃戦を仕掛ける虎杖に対し、距離を取って畳み掛けるように伏黒は満象の水を噴射して虎杖を濡らし、感電しやすい状況を作る。

 

バヂィッ!!

 

「ッ!!」

 

果てしない呪力の強化と神武解の雷撃を纏わせた伏黒の打撃を喰らった虎杖はバチバチと音を立てて感電する。

 

(毒に無敵の耐性があるお前でも厳しいだろ)

 

「またな」

 

キィンッ!!

 

筋肉が麻痺して動けない虎杖の心臓に呪具を突き刺そうとするが、刹那が追い着いてそれを弾く。

 

「…顎吐はどうした?」 

 

「真希先輩と憂太先輩が引き受けてくれました。悠仁君、動けますか?」

 

「少しビリッとしてるけど問題ない。それより伏黒を」

 

刹那には呪力的な余裕は既に殆どない。絶えず思考の妨害を重ねる伏黒の領域と、最も危惧するべき宿儺の術式。迷いが重なる二人の勝機は薄い。

 

二人へ突きつけられる現実は優しくない。二人からまともな思考を奪うために伏黒は猛攻を続ける。

 

パチチッ…!

 

神武解と式神の能力を喚ばずに顕現することによる搦め手で二人を追い詰める。

 

ガギギンッ!バヂィンッ!!

 

「恵君!!僕の瞳に映る貴方は確かに死を望んでる!でも…!なんでそんなに希望に振れた感情を抱けるんですか!」

 

「…知らなくて良い。正体を見抜くお前の眼は何も理解しなくて良い。虚像を映し続けて、今は全部忘れろ」

 

「ッ、僕を形作る貴女との全てを!そんな理由で捨てろと言うんですか!?」

 

刹那の斬撃をやり過ごして虎杖の横腹に拳を叩き込み、伏黒は影に手を突っ込み、右腕に摩虎羅の退魔の剣を装着する。

 

(そこまで術式を拡張出来るとは…流石は呪いの王というべきか…!)

 

(ちくしょう…!伏黒も刹那も何言ってるかわっかんねぇ!)

 

ジワジワと膠着が崩れていく。

 

「悠仁君…一分稼げますか?」

 

「任せろ。何かあるんだな?」

 

「はい。少なくとも、領域は壊せます」

 

「させねぇよ」

 

ズルルッ゙

 

刹那はなけなしの呪力を練り、高度な結界術を構築していく。伏黒も無論、策略に気が付き式神と共に虎杖を攻撃するが身を挺して刹那を守る。

 

呪力はあれど殴る余裕の無い虎杖

 

一分。全力で創り上げた刹那の秘策が完成する。

 

「"涅槃"と"廻廊"、"梦の境界"、"史実の裏側"…」

 

(ごめんなさい…)

 

寂滅為楽、虚

 

普段二刀で振るっていた技。それを一刀に全てを込める。しかしながら、彼女は刀の耐久力の限界を分かっていた。

 

伏黒の領域を破壊する算段。詠唱によって寂滅為楽を強化し、世の理ごと断ち切る算段。次の一撃で確実に刀は折れる、諸刃の剣。

 

「「「!!?」」」

 

「龍鱗、反発、番の流星」

 

伏黒の頬から出た口、さらに伏黒が受肉による変身で腕を二本増やし、伏魔の象印を結ぶ。

 

呪いの王の呪詞詠唱、象印、そして、摩虎羅と刹那の斬撃を見たことによる"空間"と"理"への理解。

 

世界を断つ斬撃。

 

バギィンッッ!!

 

(そんな…っ!)

 

刹那の刀を斬撃ごと破壊、絶望と破壊による緊張の弛緩。その隙を伏黒は逃さない。

 

ドプンッ

 

「!刹那ァ!!」

 

伸ばした虎杖の腕は影に沈む彼女には届かない。刹那はそのまま沈んでいく。

 

「宿儺。頼む」

 

伏黒は肉体の主導権を宿儺へ一時的に譲渡する。結界は閉じず、十種影法術を放棄することなく、悪魔の厨房がその姿を表す。

 

「伏魔御厨子」

 

領域内の人物。乙骨、リカ、真希、裏梅、虎杖。その他建物群を、最大の出力で圧縮された解と捌が灰燼へと化していく。

 

バヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅバヅッ!!

 

三十秒。呪力で肉体を守る術師や神の如き肉体強度の者へも、等しく有効打であることに変わりはない。

 

ダメ押し。

 

竈。御厨子は、解と捌による調理工程を経て開かれる。

 

灰燼と化した物体へ宿儺は爆発性の呪力を帯びさせ、サーモバリック爆薬と化す。

 

渋谷で摩虎羅を屠り去った、逃れ得ぬ一撃必殺。

 

「開」

 

ーーーッッォォンッッッ!!!!

 

視えなかった。何も。残らなかった。影から排出された刹那の眼前には、肉の形も残らない仲間の姿。唯一の希望を見る最愛の青年は異形と化し、色は鈍く、その表情の下の仮面は見破らせてはくれない。

 

「くっくく…」

 

(上手く…いくと思ってた)

 

刹那の脳裏を駆ける数々の成功の記憶。

 

「ハハハッ…」

 

(なにをとっても、最後はきっと皆で笑えてるって)

 

耳を劈くような爆発と宿儺の嗤い声、伏黒の静かな笑い声。

 

「ふッ、ハハハッッ!!!」

 

伏黒は刹那に近づき肌に触れる。その感覚さえも、刹那は閉じてしまった。

 

「刹那、やり直そう。全部。それで…幸せになってくれ」

 

ザグッ…

 

伏黒は自らの脳天に、満月の夜に刹那を刺した短刀を突き刺し、目の前で自害する。

 

「あ、あぁ…嫌だ…」

 

躊躇ってばかり、取り零していただけの彼女は、主人公にはなれない。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」

 

残酷な現実は、彼女を置き去りにしてくれなかった。

 

「あぁぁぁあああああ!!!!」

 

地球最後の記録は、五条悟の六眼による記録。

 

ただ一言、彼は抗えたはずの無下限を切って呟いた。

 

世界は、黒くなった。   

 

ーーーーーー

 

曇天、既に日は傾いており、空は黒い雲に覆われている。それはまるで少女の心を表すように、ひたすらに"暗い"夜だ。少女は学校の帰り、図書室でふと目に止まった、いかにもな自己啓発の本を持ってベンチに座って読んでいた。普段と変わらぬ喧騒の中、孤独を好むように少女はページをめくる。

 

ペラ…ペラ…

 

隅から隅まで文字を余すことなく読み込むも、今の少女の心をくすぐる言葉は一つとして書いていない。

 

(所詮は不幸を経験しなかった人間の紛い物。予想通りの下らない内容…)

 

少女の心は再び暗く沈み込み、それを表すようにため息をつく。実際にはその本の作者にも辛い経験はあるのかもしれない。普段は見かけのみで判断しないようにと心がける少女。がしかし、今だけは何かを否定したい気持ちで満たされていた。

 

そうしているうちに、少女の眼の前に男が現れる。

 

「ヒュー!近くで見るとめっちゃ美人じゃん!」

 

「眼帯に手袋って、それコスプレ?なんのキャラか知らないけどイイね!」

 

ペラペラペラ…

 

短絡的な二人の男によるナンパ。少女の容姿は全体的に見ても、眼帯を除けばアイドル等と見紛う程の美貌。加えて人目を引くような様相も兼ねているので、声をかけられることには本人も慣れており、暫く無視すれば大抵の男は舌打ちをして諦める。でも、この日はただただ運が悪かった。

 

「おい聞いてる?お耳がお留守ですかー!?」

 

しつこいナンパに、少女は冷静に務める為に感情を抑えた顔を僅かながらに上げる。しかしそれは、男の呆れるほど小さな自尊心を傷つけた。

 

「スカしたツラしやがって!自分が偉いとでも思ってんのか!?あぁ!?」

 

(面倒臭い…なんで今日に限ってこんな…)

 

バタンッ

 

「おっ、話す気になった!?」

 

今日に限って少女の機嫌は最悪の一言。普段ならば無視し通すところを、彼女は呪力を練りだし、縛りの関係上、虫を殺すかのように無感情にも男を排そうとしてしまった。

 

ズズズッ……

 

「うるさいな…」

 

無謀にも、眼の前の呪術師に若者が手を伸ばした、その時。

 

「あっ?」

 

メキッッ!

 

「いッッででで!!!」

 

「どけ、邪魔だ」

 

少女の前にふらりとした足取りで突然現れ、二人の若者を締め上げる。少し悪人面で黒いパーカー姿の青年。彼は短絡的なナンパをする若者の腕を掴み、そのまま締め上げて暴力的に剥がす。

 

「ーッ!!チッ!ガキがヒーロー気取りか!?」

 

もう一人の若者が拳を振りかぶろうとしたその時、一切の挙動を見せずに、青年はその持ち前の悪人面で顔を睨みつけて言う。

 

「耳が留守みたいだから、もう一度だけ言ってやるよ。邪魔だ、どけ」

 

「「ヒッ…!!」」

 

ダッダッダッ!!

 

おおよそ十代程度の青年からとは思えない殺気が若者を襲った途端、命の危機を察知して腰を抜かしかけながら二人はその場からよたよたと足早に逃げ出す。

 

少女の眼の前で行われた、映画のワンシーンのような寸劇。少女は目を点にして疑問符がつく言葉で青年を呼ぶ。

 

「えっと…?」

 

「よぉ、久し振り…俺のこと…覚えてるか…?」

 

青年は先程とは打って変わって別人のように薄く笑い、言葉を途切れに、慎重に質問する。まるで今が一番幸せであるかのように、そして不安そうに少女に笑いかけた。

 

「その…以前、どこかでお会いしましたっけ…?ごめんなさい。結構記憶力は良いほうだと思ってるんですけど…」

 

少女の一言に、青年の顔は残念なような、もしくはホッとしたような、そんな曖昧な表情になり一息つく。

 

「そうか…そうか。なら…Sとして俺に依頼されてくれないか?」

 

スッ…

 

(依頼か…まぁ、折角直接来てくれたんだし、丁度いいかも)

 

「貴方にとって最初で……最後で良ければ」

 

青年は座っている少女に手を差し伸べる。少女は曖昧なままに、その手をあっさりと取って立ち上がってしまった。劣悪な環境下で他人、ましてや男という性別に小さくない恐怖や劣等感を覚えているというのに、不思議と悪い気はしなかった。

 

コツッ…コツ…コツッ…

 

「えーっと、路地裏?人に聞かれたくない依頼なら、近くにネカフェが…」

 

手を引かれるままに人気のない路地裏までいくと、青年は手を解き、指を兎の影絵に象る。

 

「脱兎」

 

ポンッ

 

(術式!)

 

バッ!

 

「そんなに警戒しなくていい、その動物知ってるか?」

 

モフモフッ

 

ポケットに手をいれて青年は薄く笑い、少女に問いかける。

 

「…いえ」

 

「だよな。抱いてみろ、可愛いぞ」

 

「???」

 

ぴょんっ

 

言われるがままに青年の言うことを聞き、飛び乗ってきた小さな式神を抱きかかえる。感じたことのない小動物の温もりに、自然と顔が綻び心が絆される。

 

「…僕の両手を塞いだつもりですか」

 

「そう思ってるなら離せばいいだろ?」

 

「それは…うーん…」

 

「良いんだ、本当にそんな気はない。そのまま抱いてろ」

 

(分からない、なんだろうこの人…)

 

もふもふ

 

少女は式神とはいえ、初めて触る本物の動物同様の温もりを受け、脱兎を優しく撫で続ける。

 

「ま、まぁ。じゃあ、依頼ですよね?僕はー」

 

「阿頼耶識刹那だろ、知ってる。俺は伏黒恵」

 

「えっ…名前…うーん?じゃあ、伏黒さんはーー」

 

「恵だ」

 

「?伏黒恵さんは…」

 

「恵"君"だろ」

 

「???」

 

一切表情を変えることなく、伏黒と名乗る青年は自身の名前を呼べと言わんばかりに少女を見つめ、根負けというわけではないが、少女は青年の要望に答える。

 

「恵…君?」

 

「…あぁ…それでいい…」

 

青年はその言葉を噛みしめるようにして目を瞑る。

 

「えっと、じゃあ依頼は…」

 

眼の前の青年の真意が全く読めず、少女は依頼の話を切り出すと、青年は今日一番の濁った笑顔を向けて言う。

 

「依頼…そう…。刹那…俺と逃げよう」

 

「…?」

 

青年の簡潔すぎる言葉に少女は固まる。同時、少女の脳裏を走る"嫌"な予感。普段勘など当てにしない少女だか、この時ばかりは全身が警鐘を鳴らしていた。呪力を青年に気付かれないように後ろ手に練りだして警戒を高める。なのに、彼は一切の挙動なく呪力も練らないのに違和感が止まらない。

 

「呪術師も呪詛師も呪霊も、お前のクズな叔父やその他の社会のクズも、お前にとって邪魔なやつは全部俺が取り除く。そうやって邪魔者が全部いなくなったら…二人だけになれる場所に行こう。虎杖や釘崎にも会えるようにする、安心していい」

 

少年が濁った笑みを崩さずにいると、逆光もないとういうのに、影が少女の足元にまで伸びる。

 

「…ちょっと話が…っ!?」

 

トポポポッ

 

「!!」

 

突如、少女の足元がぬかるみ、沼のように沈み出す。呪力をぶつけて相殺しようとするも、青年の呪力がそれを包むように圧倒し、少女は影の中へと落ちていく。気づくと口まで埋まり塞がれ、手足にひっかかるものもない。

 

「んー!んー!!!」

 

トプンッ

 

「中に空気は入れてあるし、式神達もいるから寂しくない。安心していい、誰にも俺達の邪魔はさせないし、できる限りお前の願いは叶えるつもりだ。まずはお前の実家に…あぁ、その前に"前回"殺り損ねたあのクソ野郎にアイサツしに行かねぇとな。今まで時間は沢山あったのにな、それでもやることがいっぱいだ」

 

青年は少女がいた場所の影を優しく撫で、踵を返すと闇夜の影に消えていった。

 

全て(記憶)を無くした少女に呪い()を授ける。

 

エンドフィルムがなくなった劇場は、終わりを知らずに繰り返す。異分子が混ざっても、それはきっと変わらないというのに。

 

 




次回最終話です。
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