全てを無くした少女に呪いを授ける   作:レガシィ

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どうも。こちらではお久しぶりですね。
タイトルの供養っていうのは別に深い意味はありません。昔書いた二期予定だったものがあってもったいないから投稿しとくかって感じです。手抜きですし、ルビも当ててないので読みづらいとは思いますが、まぁ、こんな感じの予定だったんだ〜くらいで見ていただければと思います。


供養

 ーーー

 

(時間の感覚がない……何分? 何時間? ……分からない)

 

 影の中へと隔離された刹那は、無数の兎に埋もれながらひたすらぼーっとしていた。

 

(外の情報が全く無い上、僕が起こせるアクションは浮力のない"影"を泳ぐか撫でるくらいしかない。こう全方位が呪力だと、自分の呪力が流れてるかすら分からない)

 

 モフモフ……

 

(幸せではあるけどずっとこのままっていうのは……家に帰らなきゃならないのに……でも……)

 

「嫌だな……」

 

 思考をやめかけてた少女の上から突然光が漏れ、伏黒の声が聞こえる。

 

「出て来ていいぞ」

 

 ズルッ

 

「……!!」

 

 暗闇から一転、突然の光に目をシパシパと瞬かせる。刹那が呼ばれた場所は、彼女の人生で最も怨念が詰まり、最も過ごした時間の長い場所。

 

 そして眼前に広がったのは、片腕を食い千切られ、必死に腕を抑えて止血している叔父の姿。

 

「お……叔父さ……!?」

 

「クソガキ! 早くコイツをつまみ出せ!! 畜生! 痛てぇ……! 痛ぇよぉ……!!」

 

「伏黒さん! なんで……!!」

 

「……"恵君"だろ」

 

「そんなの今はどうでもー!!」

 

「よくない」

 

 刹那の問いかけを無視し、自分の都合を優先する伏黒。話が進まない事態を避けるために刹那は怖ず怖ずと伏黒を名前で呼ぶ。

 

「……め、恵君……」

 

「ん、どうした?」

 

(……なんでそんな顔を……僕に向けられるの……?)

 

 伏黒は優しく笑う。最愛の人が眼の前にいるのだ。男なら自然と頬も緩むかもしれない。今の状況を鑑みれば、それは明らかに狂気でしかないのだが。

 

「コイツはクズだ。お前の両親の遺産を食い潰し、お前を汚し、心を、人生を潰した」

 

「勝手なことばっか言ってんじゃねぇぞクソガキ!! そいつをそこまで育ててやったのは俺だ! 金なんざその礼の一部ーー!」

 

「玉犬、喰え」

 

 オォォォンンッ!! 

 

 ゴリッ! ブヂヂヂッ!! 

 

「ア"ッァ"ァ"ア"ア"!!」

 

 伏黒が出した指示で二体の式神は残ったもう片腕を食い千切り、明は阿鼻と絶叫に顔を苦痛に歪める。

 

「死ぬなよ、それで死なれても困る」

 

 伏黒は刹那の叔父の前にしゃがんで呪力を反転させ、必要最低限に両腕の断面を直す。

 

「これでいいか……"前"は五条さんに邪魔されたが、今回は誰も邪魔しない。ほら」

 

 ギュッ

 

 刹那の手に、伏黒が包丁をそっと握らせる。両手に手袋を着けている彼の手からは温もりを一欠片たりとて感じることはない。

 

「よく刃を傷めておいた。抵抗する気力も、術を使う余裕も向こうには無い」

 

「え、はっ? どういうこと……?」

 

「別の方法が良かったか? だったら今から準備するが」

 

 伏黒は刹那に冷静に、明確な冷徹さで包丁の柄を持ちながら問いかける。

 

「そっ、そういうことじゃなくて! なんで……なんで僕にこれを……?」

 

「……"前"、お前は自分の手でソイツに止めを刺せなかったんだ」

 

「さっきから、前って一体なんなの……?」

 

「言ったろ? 俺はできる限りお前の願いを叶えたいんだ」

 

 サラッ……スルッ

 

 刹那の長髪を優しく撫で、眼帯を慣れた仕草で外して顔を近付けて伏黒は笑う。

 

「やっぱり……変わらない、綺麗な眼だな」

 

「やめっー!!」

 

 スッ……

 

 伏黒は呪力を纏って刹那の後ろに回り込み、包丁を弱々しく握る刹那の手を後ろから被せるように握り、刹那の両眼を隠す。

 

 抵抗が全く出来ないのではない。刹那に抵抗の気力が湧いてこない。復讐を成すためか、それとも、出会って間もない青年を心の底から信頼しきってしまっているのか。

 

「何も考えなくていい。俺に委ねろ……ほら、ゆっくり手を前に」

 

 耳元で囁く伏黒の声は刹那の脳にゆっくりと響く。酷く優しく、透明に、鮮明に、そして洗脳的に。

 

「ぅあ……あ……」

 

「お"い!! ふざけるな"ぁ"!! クソガキ!!」

 

「何も聞かなくていい。聞く必要なんてない。俺の声だけ聞いて覚えろ」

 

「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!」

 

 グヂュッッ……ズブブブッッ……! 

 

「ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"!!!!!」

 

「今のは腎臓、次は肺にしよう。"前"に肋を折られたもんな」

 

「ォ"ェ"ッゴポッッ」

 

「ァァ………………」

 

 絶えなく続く喘鳴はやがてその声の勢いを殺し、響くのは粘着性のある液体が滴る音。そして息絶えても、刹那の手を握る伏黒の手は止まることなく上下左右、的確に急所を裂いていく。

 

 吹き出る血飛沫で刹那の両手と全身が紅く染まった頃に、それは止まった。

 

「どうだ、少しはスッキリしたか?」

 

 両眼を遮る手を退け、伏黒は苦痛に歪んだ表情のまま動かなくなった叔父の姿を刹那に見せる。

 

「ゔっ、ゲホッオ"ェ"ッ」

 

 ビチャヂャッ

 

「おっと……悪い、大丈夫か?」

 

 胃の中に吐くものもない、それでも吐いてしまう程の強烈な臭気と光景に裏付けられる事実。呪霊を祓うことに慣れていても、現実に人が死ぬのは初めての経験。涙を流して口を汚す刹那を、伏黒は気にも止めずに優しく前から抱きしめて背中を擦る。

 

「は……離してっ……」

 

「暫くこうしていよう……。ごめんな。初めてだもんな、俺が焦りすぎたな」

 

 とても眼の前の無惨な光景を作り出した本人とは思えない、柔らかな笑みと声。刹那は拒否できず、伏黒にされるがままだった。

 

「今日は疲れたな、お前の実家には明日行こうか。大丈夫、これは警察には分からないように偽造するし、術師連中は俺がなんとかしてやる」

 

 刹那は叔父に特に恩は無く、恨む気持ちさえ出てくるはずなのは事実。しかし縛りの関係上、彼女は他人にその憎悪を向けられず、その呪いを解呪する条件は"一定以上の気持ちの昂り"。"前回"は怒りと歓喜、今回は恐怖と不安。そして結果としてそれは、刹那の心を大きく揺さぶった。

 

「……さい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

「謝らなくていいんだ、お前は何も悪くないんだから。今日はもう帰ろう……な?」

 

「……」

 

 トポンッ……ガチャッ

 

 壊れた蛇口の様に涙を涙を流す刹那を影にしまい込んだ時、一人の男が部屋へとノックもせずに入る。

 

「終わったか? 我が子ながらゲロ重だなお前。気持ちわりぃ」

 

 部屋に入る声、口を開けて舌を出してあからさまに煽る表情。黒無地のTシャツにカンフーパンツ。190近い巨躯に、伏黒と並ぶことでその筋骨はさらに猛々しく見える天与の暴君。伏黒甚爾。

 

「……そんなことは自分でやっててよく分かってる。それより、母さんと津美紀は」

 

「二人共時雨に頼んでるから大丈夫だろ。ったく、高専のは結構割のいい仕事だったのに、何が悲しくて息子の駆け落ちに付き合わにゃならん」

 

「元々その仕事も俺のお陰だろうが」

 

 世界のやり直しは、伏黒が望んだ時点からのスタートであり、記憶は引き継がれる。

 

 それを利用し、伏黒は母が死んだ原因を子供の頃から術式を使用して未然に防ぎ、甚爾に"前回の出来事"を話し、味方につけた。この世界において、甚爾は伏黒の全てを知る唯一の人物となる。

 

「貸し二つ目の分はこれで終わりだ。後は好きにしていい。俺の残穢が消えた頃に知らんぷりして高専に戻ればいいだろ」

 

 伏黒はこれ以上巻き込むことを危惧し、甚爾を遠ざけるために縛りの終わりを告げる。

 

「……んな無責任なことしねーよバカ。アイツらに事情は掻い摘んで話した。気にするな、俺はアイツに会う前の……元の生活に戻るだけだ」

 

 くしゃくしゃと跳ねる伏黒の頭を少し乱暴に撫でる。今まで親らしくあれなかったことの償いか、甚爾は最期まで付き合うことを宣言する。

 

「……一応、礼は言っておく」

 

「礼するつもりだったんなら馬券の当たり一つくらい覚えてから戻ってこいよな」

 

「無茶言うな」

 

 二人の呪詛師は、絶望的なまでに呪術界の均衡を崩す。

 

 それに足り得る力と知識を持っていた。

 

 因果を崩す天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 

 二度目の世界で、一人の少女の幸せを望んだ術式。

 

 ーーー

 

 後日

 

 東京都〇〇区〇〇にて成人男性の遺体が発見されました。死体の損傷は激しく、警察官は全身をまるで二頭の獣に食い荒らされたかのようで、とても人間業ではないと表現しており、これについて専門家はーー

 

 プツンッ

 

 TVのニュースは途中で乱暴に切られ、アルコール等の医薬品の匂いが漂う室内では、二人の最強と女医の沈黙が流れる。

 

「「「…………」」」

 

「……どう思う?」

 

「先日行方を眩ませた、伏黒恵君。その術式、十種影法術……現場は見たのか?」

 

「…………」

 

 夏油の解説は、この事件が伏黒の手によるものであると遠巻きに考察することになる。そして、それに対する五条の沈黙が、言葉を介さずとも答えを露骨に伝える。

 

「今はまだ呪術的根拠が薄いが、これ以上情報が出回れば上の連中は疑い出すぞ。現代最強、五条の弟子で術師としても一級品。十中八九、これ以上の厄介事を起こす前に処分に乗り出すだろう」 

 

「あのゴリラが一ヶ月前から行方不明なのも関係ありと見て相違なさそうだな。元々放浪癖があったからノーマークなのが裏目に出たか」

 

「あぁ、こんなことならもっとキツイ縛りを結んでおけば良かった……」

 

 硝子と夏油は冷静に状況を把握、当の五条はアイマスクで隠された瞳を、さらに自身の手で覆って現実を受け止めている。

 

「何か……何か理由があるはずなんだ。恵が感情に任せてこんなことをするとは思えない」

 

「「同感」」

 

「今、彼が調伏済みの式神は?」

 

「玉犬と鵺、大蛇と蝦蟇……のハズだ」

 

「呪力に起因しない影を媒体にするから、彼がその気になれば六眼じゃ見えないんだったな」

 

「あぁ。実力を隠していたとするなら、まだ式神を隠し持っているかもしれない」

 

「反転術式を会得している可能性も捨てきれないな。私が何度か教えているし、彼の才能ならないとは断言できない」

 

 他にも、あれも、そういえば。そんな言葉が医務室で飛び交う。

 

 三人は、これまでに見て聞いてきた情報を深く洗いだす。疑い始めればもう止まらない。いくらでも気付く機会はあった。信じがたい現実を、三人は既に理解していた。

 

「「「マジか……」」」

 

「……伊地知!!」

 

 ガララッ

 

「はい!!」

 

 部屋の外で人払いのために待機していた伊地知が五条に呼ばれて室内へ入る。

 

「今すぐさっきの報道と恵の近況を洗え、どんな些細なことでもいい。食生活だろうが睡眠時間だろうが金の使い方だろうが全部だ」

 

「は、はい! しかし、任務の方は……?」

 

「んなもん秒で祓う!! 今は時間が惜しい、今俺に来てる任務の詳細全部準備しておけ! 補助監の送迎はいらない、全部飛ぶ!!」

 

「い、行ってきます!!」

 

 ガラララッ!! 

 

 五条に激しめに指示され、伊地知はよたつきながら高専の廊下を駆けていった。

 

 ガァンッ!! 

 

「クソっ! なんで気づけなかった!! 俺が一番近くにいたのに!! なんで!!!」

 

 立ち上がって壁を叩く五条。

 

 普段は軽薄な彼がここまで取り乱すのは、十年余りを共に過ごした夏油や硝子にとっても異常な事態だと充分に分かる。

 

 ポンッ

 

「落ち着け悟、私も呪霊で捜索を試みよう。国内にいるならすぐにでも見つかるさ」

 

「そうだ。彼のことを信用してるんだろう? だったら待てばいい。捜索ならお前よりも夏油の方が適任だ」

 

「……あぁ……」

 

 ……カラカラッ、カシャン

 

 五条はいつもの軽薄さを微塵も見せず、静かに退室した。

 

「……かなり参ってるな」

 

「無理もない。高専時代からの教え子が離反しかけてるんだ。責任の大半が五条にある分、心も重いだろう」

 

「はー……」

 

 胸ポケットから取り出した煙草に手をかけると、硝子はそれを掴んで折り、怒りの顔で夏油にメスを向ける。

 

「おいバカ、ここで吸うな。解体(バラ)すぞ」

 

「あぁ、禁煙か。すまないね。配慮が足りなくて」

 

 ガラッ、ガシャンッ

 

(あいつもあいつで焦ってるな。しかしそれにしても一体なぜ……どのみち、白であることを願うしかないか)

 

「今夜、歌姫先輩空いてるかなぁ……」

 

 硝子はスマホのスケジュール管理機能を開き、予定を確認した。一時的な現実逃避か、敬愛する先輩に愚痴を零すためか、ただ会いたいだけか。

 

 ガララッ、カシャン

 

 最強と謳われた三人でも、どこまでいっても人間に過ぎない。誰も、隠し続けた伏黒の胸の内は読めなかった。

 

 そして、三人は最も重要な情報。死んだ人間の家にいた、戸籍上存在しない一人の少女が行方不明になったという情報を見落としていた。

 

 ーーー

 

 2016年 五月二十日

 

 夏油は県外での任務を全て終わらせ、調伏した呪霊の玉を飲み込む。その味は形容し難い。いつだったか表現したのは、ゲロを拭いた雑巾の味。

 

 しかし、その味を丹念に感じれるほど、彼の心に余裕は無かった。

 

「……」

 

「夏油さん、どうしたんすか?」

 

「いや、少し考え事をね。気にしなくていいよ」

 

 今回当たっていたのは一年秤との合同任務。彼の昇級推薦もそろそろという時期、様子見がてらの任務であった。

 

「? まぁいいや。腹減ったんで帰りにラーメン食っていかねっすか?」

 

「なんだ、珍しく"負けた"のか?」

 

「途中で綺羅羅に呼ばれちまって仕方なく」

 

「私も若い頃はやんちゃした口だから強くは言えないけど程々にな。あと、悪いけどラーメンの気分じゃないから今日は蕎麦ね」

 

「だったらラーメンがある蕎麦屋にしてくださいよ」

 

「検討しよう」

 

(ぜってぇ考えてねぇ……)

 

 秤の考え通り、夏油は近くの蕎麦屋に入っていった。初めから諦めていた秤はかけ蕎麦、夏油は天ザル、二人共任務終わりのこともあり大盛りを頼み満足気に平らげていく。

 

「にしても、窓も適当な情報流すなっつの」

 

「まぁ、そんな簡単に見つかれば苦労しないさ。相手は日本最大の呪詛師組織の頭だ。今まで私の呪霊にも引っかからなかったしね」

 

 この時、呪術高専の敵は大きく二つ。

 

 一つは阿弥部高聡率いる、少数ながらも精鋭の非術師なき世界を作ろうとしている"星屑教"。そしてもう一つの大きな組織。世界、日本各地、七十を超える呪詛師を統括し、非術師の生活にも根強く蔓延る巨大組織、"まほろば"。索敵の優れた夏油は三年前からこの組織を追うも手練手管、あらゆる手段を用いても尻尾はおろか足跡すら辿れないでいる。

 

「唯一の救いといえば、"まほろば"は争いを好まないってくらいか。表立って動かないからこそ探すのが困難なわけだけど」

 

「んじゃあ、別に"まほろば"は放っておけばいいんじゃねーの?」

 

「そういうわけにはいかない。少なくとも呪術規定を数種破っている時点で何かしらの処罰対象だ。縛りでもなんでも御するために、まずは会わなければならないさ」

 

 今回の任務は、窓の報告から高専のものではない帳が降りたという情報が入ったから確かめるというものだった。しかし、実際に行くと三級程度の呪霊が群れているだけであり、帳も降りた痕跡は無かった。

 

 ズズズーッ

 

「……」

 

(夏油さん、今日は上の空だな。なんかあったのか……なんて聞けねぇなぁ)

 

 夏油が無心で蕎麦を啜る様子を見て、秤は思考を巡らせるが、彼の脳では答えに行き着くことはなかった。

 

 カタンッ

 

「「?」」

 

「おっとごめん。店が混んでいてさ。相席いいかな?」

 

 二人の意識外からの女性の声。夏油と秤の座るテーブル席、秤の隣に女性が座る。

 

 身長は170後半はあるであろうモデルのような長身に端正な顔立ち。ポニーテールの黒髪に、インナーカラーを翡翠色に染めている人目を引く特徴的な女性。

 

「えぇどうぞ。秤、少し端に寄りな」

 

「うっす」

 

 ガタタッ

 

「ごめんね、狭くなって」

 

「いや大丈夫だ。気にすんな」

 

「あ、もり蕎麦一つ〜」

 

 女性は注文すると、手持ち無沙汰になったのか二人に質問し始める。

 

「失礼かもしれないけど、君達の関係ってなに? 制服着てるからどっかの学生?」

 

「ん? そうだな。見ない制服だから知らないのも無理はねぇけど」

 

「君が先生?」

 

「ぶふぉっ!」

 

「いや生徒。あの先生三十路近いぜ」

 

 カスタムできる制服は教師も同様で、若々しいままの夏油と少し老け顔の秤、その姿からどちらが生徒かわからないのも無理はない。吹き出す夏油への意趣返しか、秤は年齢を暴露するように話す。

 

「あ、ごめんね」

 

「いや構わねぇけどよ。アンタは?」

 

「こら、女性に安易に年齢を聞くものではないよ」

 

「ふふ、いくつに見える?」

 

「「…………」」

 

 会話の過程で不意に秤は質問してしまう。

 

 二人は絶句する。女性に聞かれて返事を誤ったら失礼な質問の中でも、指折りの"いくつに見える? "秤は脳内にあるあらゆる女性の容姿を一瞬で思考する。

 

(考えろ……今までの俺の熱い人生でこういう女の顔はいくらでも見てきただろ……!!)

 

 秤は自らが※出会った女性※を脳で思い浮かべ、考える限り女性の機嫌を最も損なうことのない答えを導く。

 

※主にパチンコ

 

「……は、二十歳……?」

 

「……」

 

 女性の沈黙に冷や汗をかく二人。次に返ってきた言葉は。

 

「んふふ、若く見られるってのは気分が良いね」

 

 秤の見立ては間違っておらず、女性は屈託のない笑顔を見せる。どこか夏油の笑い方に似てると思いながら、蕎麦を食べ終えた秤は手を合わせて席を立つ。

 

「じ、じゃあ、俺達はこれで」

 

「失礼するよ」

 

「話に付き合ってもらって悪かったね。はいこれお礼。じゃあね」

 

 コロンッ

 

 女性は飴玉を二つ秤の掌に乗せて手を振る。

 

 それを受け取った秤はどうもと言い残してその場を去っていった。

 

「……ザルだなぁ、高専って」

 

 女性は一言呟いて髪を解き、半分に割れたハートのピアスを両耳につけて不敵に嗤う。

 

「彼の言うこと、信用してもいいかも」

 

 女性は指の爪先で二匹の犬が描かれた銀のメダルをクルクルと回し、もう一度呟いた。

 

 ーーー

 

 時は戻り半月前、五月の上旬

 

 あの後、次の計画を伏黒は甚爾に話し、次の段取りを進めるため、別行動していた。

 

 とあるネットカフェのカップルシート。

 

 刹那の制服は血で汚れていたため家の風呂場で流し、刹那の持つ数少ない服に着替えていた。

 

 足がついてはまずいのと、家に居たくないという伏黒の考えからこの場所へと移動していた。

 

「「…………」」

 

 二人の沈黙は続く。

 

 彼女の眼に生気はなく、伏黒は手を引くようにしてここまで移動してきた。最低限の相槌は打つものの、彼女の心はボロボロだった。

 

「……腹減らねぇか?」

 

「……うん……」

 

「そうか……」

 

「「……」」

 

 さらに沈黙の後、伏黒は刹那に問いかける。

 

「俺のこと、恨んでるか?」

 

「……?」

 

「急に現れて、何故かお前のことを知ってて、いらないお節介の挙げ句に人殺しの共犯にさせた俺を……恨んでないわけないな。悪い、今の話は忘れてくれ」

 

「あのっ……恨む……っていう気持ちが、分からないんです……」

 

 刹那はたどたどしく言葉を紡ぐ。それを伏黒は一切不愉快さを見せず、それ以上に、言葉を交わしてくれたことに嬉々とした表情で刹那の話を聞く。

 

「今まで他人との関わりが無くて、必要ないと思ってて……でも……あんなことがあったのに……貴方と、もっと一緒に居たいと思うのは……恨む……っていう、気持ち、なんでしょうか……」

 

 伏黒は驚いていた。自分のした行動を、"前回"の行動と照らし、冷静に考えた。その上での判断は、刹那に怨まれてでも彼女を護り抜くこと。つまり、彼女に嫌われることは覚悟と承知の上だった。だというのに、彼女の気持ちはむしろ+の方向へと傾いている。

 

「それは……俺の都合の良い方に解釈していいのか?」

 

「都合が良い……? それはーー」

 

 グイッ

 

 不意に伏黒は刹那の後頭部を掴んで引き寄せ、唇の一寸先で止める。

 

(……)

 

「……忘れてくれ。明日は少し早いからもう寝たほうがいい」

 

 伏黒は硬直した刹那に毛布をかけて横になり、静かに反対を向いて眠り始める。

 

 当の刹那は、突然のことで硬直している。

 

 そんな経験も知識もほぼ一切として無いが、本能的な理由からか、頬を赤らめていたのを伏黒は知らなかった。

 

 翌日

 

 体内時計が朝を知らせ、のそりと起き上がる伏黒。

 

 覚醒すると同時、頭の中では自分が昨夜行った凶行……いや、エゴの押し付けととでも言うべき行動を振り返る。

 

(……いいんだ、迷うな。後悔はしてない……でも……もし刹那が望むなら……)

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呟き、横で死んだように眠る刹那をちらりと横目に見る。

 

 スッ……バシィッ! 

 

(何やってんだ俺は、勝手に触ったらクズと同じだろうが)

 

 刹那の頭を撫でようと出しかけた手を、今更ながらの自制心で沈め、ため息をつく。

 

「はぁ……。刹那、そろそろ起きろ。行くぞ」

 

「んむ……」

 

 本来、傍から見れば異常者でしかない伏黒の横で安眠できる刹那は一般の感性とかけ離れている。

 

 猫のように丸まった刹那を、懐かしさを覚えながら揺さぶって起こす。

 

「ふ、ぁ……」

 

「おはよう。寝起きで悪いが、出来れば長居はしたくない。行くぞ」

 

「ぅ……ん……」

 

 カクンッ

 

「おっと……仕方ねぇな」

 

 伏黒は頭を揺さぶりながら唸って歩く少女を背におぶり、カフェを出る。

 

 朝早く、人通りの少ない東京の街を静かに歩く。自分を追う者がいないという確認や警戒を怠らずに呪力を抑えて駅まで向かう。

 

「……? どこに行くんですか?」

 

「起きたか。歩けるか? このままでもいいが」

 

「いや降りますよ……」

 

 伏黒の背から降り、目をきちんと覚まして静かに降りる。伏黒は、朝考えていた質問を刹那に投げかける。"あの時"と同じ、彼女の人生を大きく左右する決断を迫る質問を。

 

「……引きーー」

 

「引き返すなら今。なんて言葉は聞きませんから」

 

 閑静な都会を歩く二人、誰の耳にも届かぬ会話。

 

 刹那は伏黒の顔を見ることなくはっきりと答える。

 

「聞きたいことなんて、文字通り山のようにありますよ。匿名のはずの僕の名前とか、住所のこととか、瞳のこととか」

 

「……」

 

「でも、一晩よく考えてみたら、どれも何も無い僕にはどうでも良いことだったんです。いや、どうでも良くはないんですけど、分からないことだらけの中で、ただ一つ、はっきりと分かったことは」

 

 刹那は、強く、はっきりと伏黒へ言い放つ。

 

「貴方が、僕のことを好きすぎるってくらいでしょうか」

 

 呆気にとられる伏黒の顔を見て刹那は口元に手を当ててクスクスと笑う。無邪気な中学生らしい、伏黒が求めてやまなかった微笑みで。

 

「僕を地獄から無理矢理連れ出したんですから、責任。取ってくださいよ」

 

 相応の力には、釣り合う何かがあるはずだったのだが、それが彼女には欠如していた。

 

「……もっと違う場面で、その台詞は聞きたかった」

 

「違うところ?」

 

「……さぁな。行くぞ」

 

「えっあっ、ちょっと!」

 

 伏黒は顔を隠すように俯き、刹那の前をスタスタと歩き去った。

 

 ーーー

 

 サクッザッザッ

 

 木々を踏みしめる音、森が静かに鳴く。

 

「恵君」

 

「どうした?」

 

「なんで僕達は有名な自殺スポットに来てるんでしょう。心中は責任を取ることとは違うと思うんですけど……」

 

 二人が現在踏み込んでいる場所は、富士の樹海。

 

 日本有数の自殺、心霊スポットであるために、人の恐怖が集まりやすく、高専が定期的に巡回する場所だ。

 

「違ぇよ。ここにはお前の家があるから来た」

 

(いつだっか五条先生が言ってた。見つけられはするだろうが、あの時もっと詳しく聞いておくべきだったな)

 

 伏黒は心の内で前回を悔しく振り返る。

 

「実家? ……僕の両親の?」

 

「あぁ。阿頼耶識家の本家。今は刹那が当主なんだから、全部お前の好きにしてもいいだろ」

 

「その為に僕を?」

 

「いや、それはついで。本命は先代、お前の親の墓参りだな」

 

「……そんなことの為に、術師に見つかるリスクを負ってまでここに?」

 

「? 当たり前だろ。お前の為だし、俺も一目見ておきたいしな」

 

(……読めない。やることなすこと全部の意味が分からない。僕より詳しく知ってるのに、一部の情報が断片的すぎるし……)

 

 ピタっ

 

 先頭を歩いていた伏黒の足が止まり、刹那も同時に足を止めて疑問を口にする。

 

「どうしました?」

 

「俺は結界を探せない。ここからはお前が探してくれ」

 

「あぁ、そういうことですか……僕の家が狙いってこはないですよね?」

 

「朝の会話は何だったんだよ」

 

「だって、まだ貴方の口から一言だって聞いてませんから」

 

 刹那は行動ばかりで言葉にしない伏黒に、意地悪そうにそっぽを向いて、眼帯を外して前を歩きだす。

 

 伏黒は取り残されたが、心の内で刹那の言葉を反芻する。

 

(確かに、まだ言ってなかったな……)

 

 ザッザッ……グイッ

 

「ぅわっ!」

 

 伏黒は刹那の言葉に一瞬呆気に取られてその場で固まるが、すぐに刹那に追いついて襟首を引っ張り、耳元で囁いた。

 

「急になんですか……」

 

「刹那、好きだ」

 

「……へ?」

 

「好きだ。好き、大好きだ」

 

「え、あぅ……? その……も、もういいですから……」

 

「この世の何よりもお前が大切だ。好きだ、愛してる。一生影に閉じ込めたいくらいだ」

 

 後ろから刹那を抱き締め、伏黒は耳元で聞く方が恥ずかしいようなことを次々と囁き続け、どんどん刹那の耳が赤くなり震え始める。

 

「あと……」

 

 ドンッ! 

 

「もういいですってば!」

 

 伏黒を突き飛ばした怒り口調とは裏腹に、口の端を上げ、顔を真っ赤にして目をぐるぐるにしている刹那の顔を見た伏黒の顔も、自然と綻んだのかクスクスと笑う。

 

「悪い、嫌だったか?」

 

「もうっ!! その言い方嫌いです!」

 

「じゃあ好きか?」

 

「知らない! 何も聞こえない!!」

 

 前回、刹那の感情が激高する時は大抵が怒りだったのだが、伏黒の不意ないたずら心に、見たことのない表情を見せる。

 

 ポンッ

 

「ふ……そろそろ本格的に探すか。あと二時間で高専の見回りが来る」

 

「……嘘吐き」

 

 耳と目を塞いで騒ぐ刹那の頭を、優しく叩きながら伏黒は横を通って前へ出る。後ろから見た伏黒は、色を見ずとも分かりやすく、耳を紅く染めていた。

 

 ザッザッザッピタッ

 

「……」

 

 不意に刹那は足を止め、虚空を見つめる。

 

「ここか?」

 

「多分……ここだけ色んな流れが止まってます。なにかの結界でしょうか。解呪には相当な時間がかりそうです」

 

「いや、場所が分かればそれでいい」

 

「なにをするんですか?」

 

 伏黒は刹那の予想を裏切るため、地面に手を付いて呪力を練り、影を大きく前方に伸ばす。

 

「こんなところにある屋敷のデカさなんて想像がつく。屋敷まるごと影の中に取り込んで、俺の領域として結界を壊して再展開する」

 

 ズルルルルッッ

 

「め、滅茶苦茶な……」

 

「……五条悟なら、結界なんて消し飛ばすだろうけどな」

 

「引き合いに出すのがそれなんですか?」

 

 トポンッ……

 

 そうして、目の前にそれは姿を現した。

 

 和という感覚が脳に直接入り込む分かりやすい古い木造の屋敷。他人を招き入れるように出来てはおらず、呼び鈴やチャイムの類は一切として無い扉の前に二人は立つ。

 

 カララッ

 

「……お邪魔しまーす、いや、ただいま?」

 

「お邪魔します」

 

 ギイッ……ギィッ

 

 埃や蜘蛛の巣だらけ、人の気配など微塵も感じられない古ぼけた屋敷。伏黒は幼い頃連れられた五条家の間取りを参考に思い出しながら歩く。

 

「仏壇かなんかありそうか?」

 

「無い……みたいですね。ちゃんとした屋敷ですけど、そこまで大きな作りじゃないみたいです」

 

「仕方ない。周りに墓もないみたいだし、あとで簡易なものを作るか」

 

「……ありがとうございます」

 

「気にするな。それより呪具庫と、あと指南書もいるな。書庫か?」

 

 伏黒の跡をついていき、手当り次第に扉を開けて確認し、やがて大量に本が収められた部屋に辿り着く。

 

「わ、本がいっぱい……」

 

「指南書は……これか、薄いな」

 

 伏黒が手に取った指南書は小さな短編小説程度の厚みの本。しかし術式名が書かれておらず、タイトルは"不明"の二文字のみ。

 

「今更ですけど、僕の家って何なんですかね。なんか、成り行きでここまでついてきちゃいましたけど」

 

「さぁな。詳しくは俺も知らない……! 刹那、これ」

 

「? どうしました?」

 

 伏黒が他の本がないかと漁っているところに、机の下に床下に続く扉を発見する。

 

「封印、あるいは、金庫の鍵のような……」

 

「開けられるか?」

 

「まぁ、やってみます」

 

 カチャンッ

 

「わっ!」

 

 その扉はあっさりと開き、力を込めた刹那は後ろに尻餅をつく。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫です……これって、地下への梯子」

 

「みたいだな」

 

 二人は梯子を降り、洞窟のような静かな空洞音の鳴る空間に足を踏み入れる。

 

 ヒュォォオ

 

「これって……」

 

「なるほどな……万が一、結界が破られた時の保険か」

 

 充満する石と土の匂い、そして濃厚な死者の気配。この先にあるのは先代たちの墓と二人は理解する。

 

「行くか……墓参りに」

 

「……はい」 

 

 少し歩き進み、目の前に広がる多数の石墓。

 

 作られ方はどれ一つ変わることなく、無造作にも見えた。

 

「親、分かるか?」 

 

「……多分、これです」

 

 そう言って刹那は二振りの刀が手向けられた墓の前に座り、静かに思いを馳せながら手を合わせる。

 

(特級呪具、血吸と童子切……間違いないな)

 

 伏黒もよく見知った物であることを確認し、墓の前で手を合わせ、心の中で静かに願う。

 

(無責任なことは分かってる、俺を許さなくて構わない。でも、せめて彼女と、彼女の友達が真っ当に生を享受できるまでは、俺の存在を許してほしい)

 

「その後なら、いくらでも償うから」

 

 ーーー

 

「刹那、この家の呪具はどうする?」

 

 二人はその場で話し合う。

 

「この二刀だけは……僕が使ってもいいですか?」

 

「勿論、そのつもりだ。それはお前が持つべきものだからな」

 

「? 他の呪具は……恵君使います?」

 

「俺も使うが、親父が一番使うだろうしな」

 

「え、お父さんも呪術師なんですか?」

 

「あぁ。お前と同じ、フリーの術師だ。向こうは対人の方が多いけどな」

 

「……なんか、恥ずかしいですね。駆け落ちを見られてるみたいで」

 

「……同じこと言ってるな」

 

 顔を見合わせて笑い、二人は屋敷中から呪具を集め、刹那の術式で重さを無くして伏黒の影に入れ、再び結界を張り直して街へ戻る。

 

 以上の経緯で、夏油の任務が終わってからの二日後に戻る。

 

 場所は変わり、時計の針は九時を回る頃、東京銀座のとある高級店前にて。

 

「め、恵君……」

 

「どうした?」

 

「こ、この服で入っていいんでしょうか、門前払いされたりとかは……」

 

 刹那は普段意識することもない大きなビルの入り口でたじろいでいる。

 

「向こうの指定だ。堂々としてればいい」

 

 今から二人は、まほろば本人との直接交渉を行う。

 

 甚爾は頑なにフリーに拘ったが、呪詛師絡みでツテを持っており、そのセッティングに協力した。しかし甚爾本人の同行は認められず、あくまでも当人だけ、さらに情報は当人に一切話さないというのが交渉の条件だった。

 

(予定してた二つ目の関門だ。ここを乗り切れば暫くは安泰……気合い入れるか)

 

 自動ドアを刹那の前を先行して通り、フロントのような場所に行くと、スタッフが止めに入る。

 

「お客様、ドレスコードを……」

 

「"まほろば"に会いに来た。これ以上はお前らには言わない」

 

「…………」

 

 暗い目で睨みつけるが、伏黒は一切動じることなく、それどころか威圧さえする態度で睨み返す。

 

「……通しなさい、お客様だ。最上階だぞ」

 

 スタッフは振り向き、他のスタッフに指示すると、横を通る二人に忠告していく。

 

「武器の携帯は構いません。それが自身の命を危険に晒すだけの行為だというとだけは忘れずに」

 

「分かってる。そこまで無粋じゃない」

 

(……影に沢山入れてるくせに)

 

 刹那も伏黒も手ぶらだが、伏黒は影の中に自らの機動力を損なわない程度に武器を格納している。重量がある武器は甚爾がもつ保管庫型呪霊に格納している。

 

 何食わぬ顔で二人はVIPと表示された最上階用のエレベーターに乗る。

 

「刹那、交渉は全部俺がやる。ただ、何処かでお前に頼ったり、向こうが質問してきてたりしたらその時は頼む」

 

「ど、努力します」 

 

 不安を体現するように刹那は下を向くが、無常にも時間がすぎるのは早く、あっという間に最上階へと辿りつく。

 

 コツンッ……コツンッ

 

 ドアが開き、豪華な装飾で彩られた天井の高い廊下で、足音を反響させながら歩き、大きな扉を開ける。

 

(……五人か)

 

 扉を開けた先、まるで別世界と見紛うほど整えられた綺麗な空間が広がっていた。

 

 五人はそれぞれバラけた位置にいる。

 

 窓枠に足をかけて外を眺める若い男、開いた扉の横で立つ華奢な女性、腕を組んで奥の壁に俯いてもたれかかる大男。

 

 ガラスが一面に張られ、街を一望できるようなフロア、広い空間にあるたった一つの低い丸テーブルと向かい合うソファ。その先にはサングラスをかけたスーツ姿の男と、男の後ろに立つ同じくスーツの女性。

 

「……アンダが"まほろばか"?」

 

「見た目で分かるだろ? 取り敢えず座れよ」

 

 刹那も顔を合わせて二人はソファに座り、伏黒は周りの術師に気を配る。

 

「先に言っておくが、交渉が割れようが成功させようが暴れるなよ。短い人生を棒に振りたくなけりゃな」

 

「それこそ分かってる」

 

「……そっちの嬢ちゃんは"処理用"か?」

 

「口の聞き方に気をつけろ。俺達は客じゃない。次はその口をきけねぇようにしてやる」

 

 伏黒は睨みつけて殺気と呪力を練りだし、ドスの効いた声で脅す。生来の悪人面を余すことなくを発揮し、目の前の術師に圧をかける。

 

(怖ぇ〜。コイツの地雷か……)

 

「無駄話も程々に、そろそろ本題に入るろう。いいか? これは"術師殺し"がわざわざ頭下げてきたから聞いてやるんだ。勘違いだけはするな、お前らはこの交渉において明確に下だ」

 

 人差し指を下に向けて威圧し、伏黒達を下だと明記する。

 

(ここにいる五人、目の前のやつ含めて全員一級かそれ以上だな)

 

「で、お前達の目的は?」

 

(直球だな。変な嘘はつかないほうがいいか)

 

「簡潔に言えば金が欲しい。だが、アンタ達の世界で回るような大金じゃなくて、俺達が余裕を持って生活出来るくらいでいい」

 

「はぁ? そんなことならその辺で割のいいバイトでも……あぁ、なるほどな。"あの件"、お前等か」

 

「一つだけ。あれは全部俺がやった、こっちは関係ない」

 

 伏黒は刹那を指して言う。

 

 "あの件"とは、刹那の叔父を殺害、ないし呪術的隠蔽を図った事件のこと。まほろばは組織であり裏の事件の流れは全て把握している。即座に理解することでまほろばの情報網の広さが伏黒は理解する。

 

「美しい逃避行なこった。で、俺達にその駆け落ちの手伝いをしろって?」

 

「解釈は好きにしろ。選択を間違えば後悔するのはアンタ等の方だ」

 

(甚爾の息子で禪院の相伝術式……訳アリでウチを頼る……嘘は多分無いだろうがなぁ……)

 

「……待ってろ、少し考える……何か飲み物を。お前達も飲むか?」

 

 彼は近くのスーツの女性に手で合図し、飲み物を指示する。

 

 バシッ! ドスッ! 

 

 直後、伏黒に向かって飛んできたナイフを刹那は座ったまま横からキャッチ、男の目の前の机に投げ返して刺す。

 

「何かのテストですか?」

 

 ナイフを投げたのは指示されたスーツの女性。

 

 刹那は僅かに外が透ける眼帯の奥から睨みつけ、伏黒以上の殺気をジワジワと漏らす。

 

「あ……あぁ……それはな……それは……そう…………待って! もう無理!! 勘弁したください姐さぁん!!!」

 

「アハハハ! ほら、うるさいよジェイル。そこどきな」

 

 ガシッポイッ

 

 目の前の男は急激に汗をボタボタと流し、女性に向かって抱きつく。しかし、頭を掴まれて動きを止められた後にソファから放り出され、大男の方に泣きつきに行く。

 

「アイツ等怖い!! キライ!」

 

「中々様になってたぞ、頑張ったな」

 

「チャカぁ!!」

 

 大男にジェイルと呼ばれる男は泣きつく。

 

「うるさいわねウジ虫、あぁでも、叫ばないだけ虫のほうが可愛げがあるわ」

 

「寝させろよぉ、こっちは夜勤明けなんだ……」

 

「お前らもキライ!!」

 

 他の術師達はこぞって泣きつく男をなだめるなり貶すなりしている中、三人は向かい合って話し始める。

 

「……大根役者め」

 

「これは手厳しい。百両くらいはあると思うんだけどな」

 

 女性は一言話すと、三つ編みから髪を解き、半分に割れたハートのピアスを両耳につける。そして髪を一度払うと足を組んで座る。

 

「改めて名乗ろう、私が"まほろば"。君の望む術師の正体だ」

 

「会えてよかったよ。じゃなきゃアイツから聞くところだった」

 

「アッハハ! 自信家なのは良いことだね! まぁ彼は一番弱いし多分正解だよ。ところで」

 

 纏う雰囲気を一変させたまほろばの無邪気な問いかけ、伏黒は改めて注視する。

 

「どこで気づいたの?」

 

 長身に端正な顔立ち。なびく黒髪にインナーカラーを翡翠色に染めていることに気づく。

 

「……俺が呪力を練った時、アンタだけが呪力を練っていた……と思った」

 

「なるほどなるほど……それだと八十点。答え合わせは?」

 

「いらない。今対面して分かった。アンタはずっと、恐らくは"術式"を使い続けている」

 

 伏黒の中の違和感に正解の印が押されるように、その理由を対面して初めて理解する。

 

「はい百点〜、じゃあお嬢さんは?」

 

「えっと、多分最初から……ですかね」

 

 刹那は質問に申し訳無さそうに答え、伏黒は顔に手を当てて呆れる。

 

「……気付いてたんなら教えろよ」

 

「すいません。なんか、なんとなく"色"が穏やかすぎると思って」

 

「色? ……まぁいっか。とにもかくにも、君達はこれで正式に私の部下だ。うちのシステムを簡潔に話してあげよう」

 

「随分あっさりだな、いいのか?」

 

「そもそも甚爾が頭下げてきた時点で追い返すつもりはなかったしね〜」

 

 まほろばは、"まほろば"の組織たらしめるシステムを話し出す。

 

「まず、うちは確かに呪詛師達を少しまとめてるけど、具体的に何かの指示を出してるわけじゃない。彼らに情報を配ったり話したりする手段を持ってるだけ。非術師にも何人か話してたりするよ、自由業の人とか大手の社長とか」

 

「……ちょっと待て、じゃあアンタの部下ってのはどういうことだ? 俺達は後ろ手なしに自由に動くってわけにはいかないんだが」

 

「そう、君達は甚爾君といういわゆる裏技で私に接触している。だから、まだ幹部には出来ないけど、ある程度まで私とここの"幹部直属の部下"になってもらおうかな」

 

「……とにかく、今は俺達の安全が確約されるならなんでもいい」

 

 伏黒は詰めてた息を吐き出して張り詰めていた空気を緩和する。

 

「物分かりがいいのか疲れてるのか、複雑な目的じゃないのか。で、名前はどうする?」

 

「名前? 僕はーふぶっ」 

 

 ムギュッ

 

 簡単に自身のことを明かそうとする刹那の頬を下から掴んで止める。

 

「待て待て安易に明かすな。その名前は本名か? それともアンタ達みたいなやつか?」

 

「私達はここにいる全員の名前知ってるよ。それに甚爾君から聞いてるから別に問題ないし」

 

「クソ親父め……」

 

 安易に術師に個人の情報を明かす自らの父に怒りを覚えて伏黒は呆れる。

 

「まぁ、でもそういうことだよ。コードネームってやつ。私が考えてあげようか?」

 

「はぁ……好きにしてくれ」

 

「二人合わせてラバーズとかどう?」

 

「「「「却下です(だろぉ)(ですよ)(っすよ!)」」」」

 

 疲れた伏黒は溜息をついて投げる。両手の人差し指を上に向けて笑顔で言い放つまほろばに、周りの三人のスーツの男と一人の女性は一斉に反対する。

 

「姐さん、もうちょいまともな名前にしてやってくださいよ……」

 

「ボス、駆け落ちまでした可愛い中坊にそれはあんまりかと」

 

「俺ならぜっっってぇ、ゴメンだなそりゃあ」

 

「まほろばさん、流石にネーミングセンスが壊滅的すぎるわ。ペットに名前つけるわけじゃないんだから」

 

「ボロクソに言うじゃん!! そんなに私の命名気に食わない!?」

 

「はい」

 

「おいゲート聞こえてるぞ私の耳を舐めるな!!」

 

「聞こえるように言ったんすよボス〜」

 

 ギャアギャアと騒ぎ立てる中、緊張の糸が切れた伏黒は溜息を長くついており、それを刹那が頭を撫でて癒やしている。

 

「疲れた……」

 

「お疲れ様でした。交渉、上手くいって良かったですね」

 

「……あぁ」

 

("前"に見た時、探す気が大して無かったとはいえ情報が全く無かった。夏油先生が相討ち覚悟で戦うような術師だ。実力も折り紙付きだろうし問題なさそうだな……)

 

「よっし、ジェイル。お前ん家で面倒見てやりな」

 

「俺っすか? 二人を?」

 

「二人は離れたくないでしょ?」

 

「「まぁ、はい」」

 

「甚爾君は自由に動くけど連絡したら来るらしいし、二人はセットの方が指示しやすいし」

 

「えー、ホロウは駄目なんすか?」

 

「駄目。あの子は裏方業務だからね、彼らが裏切る可能性は0じゃない」

 

「えー……了解っす」

 

「とゆーわけで、コイツの家に案内してもらいな。名前の件はまた今度ってことで。今日はお開き、各自解散!」

 

 スタスタスタ

 

 まほろばはそういってエレベーターまで歩き、先に帰るが、幹部達は帰らずに伏黒達に話しに行く。

 

「んじゃあ、自己紹介でもするか。俺はジェイル、あそこのデカイのがチャカで、あそこのイイ女はマスクで猫背で眠そうなのがゲート。ここにはいないがホロウっつーめちゃ頭良いやつも幹部の一人で、会えたとき紹介するわ」

 

 紹介された三人は思い思いに伏黒達に挨拶する。

 

「子供の身でありながらその決断と行動力、敬意を払うに値する。歓迎しよう、若人達」

 

「君達に深い興味があるの。今度私の研究室(ラボ)に来て欲しいわ」

 

「あ〜〜〜……俺は特にねぇかな。ま、頑張れよ」

 

「ここにいるのは全員訳ありだから境遇だったりは気にしなくていい。ついでに名前もな」

 

 伏黒は説明され、後に出た一つ目の感想はシンプルだった。

 

「……思ったより、普通なんだな」

 

 元呪術師として、呪詛師になるのに抵抗があったかと言われれば無いわけがない。それでもなお、この道に進むのを選択した伏黒は自身の想像と現実との違いに驚いた。

 

「まぁ、そうだ。まほろばさんが最低でも手に職はつけろって言ってくれててな。お前等にも時が来たらなんかの仕事斡旋すると思う」

 

「じゃあ、私は明日早いからそろそろ帰るわね。おやすみなさい」

 

「ウチも明日は集会だ。では、励みたまえ」

 

「じゃ、俺は明日も診察あるから帰るわぁ」

 

「じゃあこれで本当にお開きだな。帰るか……っと、お前らこれ持っとけ」

 

「黒い……ビー玉?」

 

 二人の手のひらに乗せられたのは真っ黒な直径三センチ程のガラス玉のようなもの。

 

「ダイヤモンドだ。元はな」

 

「ダイッ……!?」

 

「マスクの発明した呪具、暈し玉だ。宝石の価値と元の強度を限界まで下げる縛りで術式を練り込んで残穢や本人の呪力を"ぼかす"。五条悟や夏油傑にも効果があるのは実証済みだから安心しとけ。無くすなよ」

 

(これが高専に見つからない方法の"種"か! 正直これだけでも充分過ぎる収穫だ)

 

 伏黒が暈し玉を見つめて満足げに思索する横で、刹那はジェイルに質問する。

 

「さっきの話なんですけど、皆さん働いてるんですか?」

 

「ん? あぁ、チャカはヤーさんでマスクは美容用品の研究員、ゲートはあぁ見えて医者だし、かくいう俺もこのビルの大家だしな」

 

 伏黒恵という、この世界では若すぎる術師はたった一つの目的のために、あらゆる可能性を捨てた。最悪の未来を知っている彼は、今後どのように立ち回り、少女を呪っていくのか。




ハーメルンは二次創作中心みたいですけど、九十九物語の方も気になったら是非一度目を通してみてください。私が喜びます。
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