「お、来たぞ」
「あぁ、やべぇな」
俺の近くにいるヤツらが、小声で喋ったのを皮切りに、バラバラにダベっていたクラス内のヒトらは同じ話題をそれぞれ小声で喋りはじめた。
まあ、いくら小声と言えども、クラス中が纏まって喋れば流石に聞こえてくる。
配信者の登場だ、と。
そんな、クラス全員が注目する――否、盗み見するような視線を集めるドアから、俺は堂々と登校する。
だが、残念なことに、この注視の対象は俺ではない。俺の後ろに位置する少女。彼女こそがクラス内、むしろ世界中を湧かせる注目の的である。
「Ahoy!」
「あほい!」
元気よく挨拶を出した先頭は、赤色のツインテールを揺らし、オッドアイの黄色い方を瞑った宝鐘マリンである。
相変わらずのぶりっ子加減だろう。正直かわいい。思わず皆の返事に乗ってしまっていた。
「こんぬいー」
「こんぬいー」
次にクラスに入ってきたのは金髪のエルフ。学校内では、容姿の美しさNO.2を飾る不知火フレアである。
やはり今日も日焼けしている。日焼けのエルフってダークエルフだと思われがちだが、彼女は気高き王族のエルフである。尚、庶民派なので割と全員との仲がいい。仲がいいと挨拶をするのは普通だろう。
「こ、こんまっするぅ」
「こんまっする!」
若干、最後の方のボリュームが小さくなりながら、どこまでもデカい胸……大胸筋を揺らしてそそくさと入ってくるのは白銀ノエルである。
流石に脳筋と言えど、クラス中の目線には耐えられない模様だ。団員を筆頭に騎士団かのような快活で野太い挨拶が響いた。
「こんるっ!!」
「こんるしー」
どこか照れ気味にされど巨大な声で、舌を噛みながら挨拶したのは、潤羽るしあである。
このクラス内でも最も小さな体躯に秘められた破壊とネクロマンスの能力は、永久機関と言っても過言ではないだろう。あれには流石の俺も少し小さめな挨拶をせざるを得ない。
そして、最後の刺客。いたずら好きのコミュ障兎、兎田ぺこら。彼女の挨拶は、一言で表すとそう……一言で表せない、だ。
彼女にはレパートリーが存在する。主に使われるのは二つ。通称アーモンドと、通称カンメイである。
何故、彼女の挨拶に「通称」がつくのか、何故アーモンドなのか。それは……
「あれー?ぺこらー?」
先程まで後ろについてきていたのであろう兎がドアから入って来ず、自称船長がドアから首を出して廊下を見ると、すぐに見つけたのか引きずるようにして廊下から体育座りの兎を教室内に連れ込んだ。
「あ、あっ、う」
普通なら固唾をのんで見守るような場面だが、この学校は違う。視界の横にぺこらを入れながら、何気ないように和気藹々とそれぞれが適当に話している。
そう、無理に挨拶する必要はない。ただ、挨拶をしてくれると嬉しいというだけで、ぺこらが嫌ならしなくていい。だから、挨拶をしに行くことはしない。
だが、挨拶をしやすい環境にすることはできる。それで挨拶されなくても、それはそれでいい。
ぺこらはクラスメイトを見渡し、船長、フレア、脳筋騎士、るしあをちょっと泣き目になりながら見て、覚悟を決めたかのように深呼吸した。
「……こんぺここんぺここんぺこ〜、どおもどおも!」
「アーモンド!」
統制された返事を返し、完全に縮こまってしまった兎の逃げ足の速さに感心させられながら、今日も今日とて彼女らに目を光らせる。バレないように。
まぁ、そろそろ、お前どこ目線だよ、という言葉が聞こえそうな気がするので、毎日恒例の自己紹介コーナーといこう。
俺の名前は片桐カタル。学校での優等生である。だから委員会に入っている。
その内容は、彼女らのてぇてぇを守ること!意図的な干渉は許さない。てぇてぇが全てだ!
なんで、こんなことになったんだろう…(回想フラグ
――――――
「いや、可愛いって思ってたけど、配信者だったんだ!」
「やべぇな、まじ、やべぇな」
この頃の俺は有頂天だった。この学校に入学当初、2年前からの推しが同じ学校の、しかも同じ学年になれたのだ。嬉しくて天界に昇るような思いだった。
更に同時期、彼女らは急激に配信者として一躍有名になり、世界を魅了するルーキーとしてその存在を知らしめ始めた頃だった。
そして、幸運に幸運が重なり、俺はついに大罪を犯そうとしてしまった。
てぇてぇを壊そうとしたのだ。
だって仕方ないだろう。チャンネルの登録者数が500人の世代から応援してるのだ。感極まって何かしらの関係を作りたくなってしまうだろう。
そこで止めてくれたのが、今所属している委員会。風紀委員だ。
風紀委員とは名ばかりで、基本的に問題の起きない本校では必要のない存在になっていたが、彼女らを守ることによって存在意義を見出し、委員会としての活動を開始した。
また、問題が起きないため活動がなく、時間に余裕のある委員会なのでオタクの連中がこぞって入っていたのも一因だろう。彼ら彼女らにとっても、あの配信者達は大切な存在である。
「君もこの委員会に向いていそうだ。どうだ?参入する気はあるか?」
正直、嬉しい申し出だった。仕事内容は知らなかったが、こうして俺の行動を阻止してくれたのだから、彼女らとの関係が強いのかもしれない、と予想できた。
まぁ、妄想だったのだが。
「いやでも、演説とかあるんですよね?」
だが、残念ながら俺はあまり人前で喋れる人間じゃない。別に彼女らはこれからも見れるわけだし、それだけでもいいと思っていた。
「いやいや、あれは生徒会の人たちだけだ。俺らには関係ない。適当に書類書いて推薦すれば、成績が目立って悪くない限り採用されるはずだ」
何という好条件。あぁ、神様、ついに俺は報われた。と、昔の俺は思っていた。あぁ、本当にあれは騙されていた。今なら即効断る自信がある。
「……お願いします」
「あぁ、体格も良さそうだし、歓迎だ」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
今、体格も良さそう、といったか?いや、ひょろひょろだが?
――――――
こんなことがあり、委員会に入ってからは筋トレして、体力もつけて、髪も一ヶ月に一回切るようにして、持ち前の観察眼を用いて、てぇてぇを壊すものを未然に防ぎ、いつの間にか学校中が風紀委員を怖がって、てぇてぇを壊さなくなった。嬉しいことだ。
「はいー、ぺこらっちょの負けー」
「ぺこーらにもう一回やらせろ!」
「無理ですぅ!もう時間ですぅ!」
「クッ、あれはノエノエの妨害がなければっ」
「そんなの関係ありませんー!何ならるしあがね、マジやばかった」
「え、いや、何なのかわからないのです。るしあ、ワカラナイ」
「いやいや、あれで分からないはないぺこでしょ」
「るしあは適当にやって2位だった……?」
「あ、うん、いやぁー!本気でやってたら1位行けちゃったなぁ!フレアにも勝てたなー!」
「かかって来な」
「かかって来なwww」「FA↑FA↑FA↑FA↑FA↑FA↑」
「フレアかっこいー!かっこいーよーフレア!」
「えー、ノエルも3位だったじゃん。おめでとう、ノエル」
「ありがとーフレアー!今度は一緒のチームでやろうね」
「ねー」
おー。考え事していたら、いつの間にか盛り上がっているではないか。因みにやっていたゲームは七並べらしい。あれって一人でやるものじゃなかったのか。
さて、そろそろ俺も一限目の準備をするか。ええと、確か、数学Iで次が化学か。どちらも教室が同じだし、今日はラッキー。
「あの」
「え?」
なんてことを思っていると、ふと聞き覚えしかない高い声がとても近くでした。
「……なんでしょう。兎田さん」
不味い。なんで俺のところに…?風紀委員の職権濫用などと思われたら、現在の均衡が崩れてしまう。すぐに離れなければ。
でも、態と離れるのは、それはそれで不味い。俺がぺこらが嫌いだから、皆にぺこら達をハブらせた。と思われたら最悪だ。
「あの……化学の教科書を貸してほしくて……ぺこ…」
貸していいのか?どうせなら差し上げたいが、それを受けるような性格じゃないだろう。
まぁ、でも、これで俺は、化学の教科書を持っていない、と言えばすんなりとこの緊急イベントを回避することができる。勝ったなガハハ。
「いや、しつれーかも知れねーけど……なんか、同じ匂いがするぺこ……」
いや、逆だ。ここで断ったら、ぺこらが幸せになれない。この兎は俺に話しかけるので全勇気を使ったんだろう。そういう性格だ。
長い耳を申し訳なさそうに折り曲げながら、俺の答えを待っている。こういう時、さっさと渡したほうが気が楽なのは分かるが、できないことはできない。
畜生。風紀委員と兎田の幸せと、どっちを取るべきだろうか。
「あの、俺ので良かったら貸しますよ?」
横からモブA(仮)がぺこらに化学の教科書を渡し、ぺこらはそれを受け取って行ってしまった。
……ふぅ、いや、助かった。今回の件は大目に見てやろう。モブA(仮)、ありがとう。