さて、俺は今、毎日恒例の風紀委員会に参加している。この会議では彼女らホロライバーが自然体で過ごせているかの確認と、より良い生活を送れるような案を出す場である。
とはいったものの、実のところこの会議はホロライブのためではなく、自分たち学生のためのものである。
それというのも、現時点で彼女らそれぞれにとって限りなく良い学園生活を送れていると自負しているため、これ以上を目指すよりも、現状を破壊せずに更に加えて自分たちのより良い生活を考えるべきだと結論を出した。
そのため、生徒用に意見箱を設置し、その意見に添えるように議論するのが今回の会議である。
「えー、意見箱で最も多い意見は……相も変わらず"もっとホロライブと仲良くなりたい"でした」
「はぁ……何度送られても受理しかねる意見なのだ。だが、そろそろ皆も我慢の限界だろう」
「えぇ、最近でもちょっとずつ仕事量も増えてますし、何なら野兎が教科書を貸していました」
意見箱を開くのは風紀委員の
そんな彼女は俺が所属する前から風紀委員として活動をしている天界のヒトである。
そして、もう一人同じく活動しているのは
彼は元々港に住んでいて、そこから引っ越してここに入学したらしい。
「ふむ、だがしかしなぁ。そうなると今の制度から大きく外れたものにしなくてはならない」
「確かに、そう思うのはわからなくないですが、後方腕組みだけが、ファンとしての見方ではないと思いますよ」
嗚呼、始まるのか……。そう、俺は察してしまった。
これは俺が風紀委員に入りたくない理由であり、どうしようもない価値観の相違――喧嘩である。
この風紀委員は基本的には一心同体。どこまでいっても1ファンとしての域を出ないようにしている。だからファン同士の喧嘩はさせないし、目立ちたがり屋の連中やアンチの連中の言葉はホロライブに聞こえないように遠ざけさせている。
それでもヒトなので、ファンの推しの違いから始まり、解釈や求めるものに違いがあり、喧嘩を止められないこともある。
それは風紀委員にも当てはまり、特にそこだけは互いに相容れない二人は、いつも会議の度に喧嘩を繰り広げる。
「いいや、自然体の彼女らこそが至高であり、全ての失敗も成功も見守るのがファンの務めだろう。ファンの指図で動く彼女らを見たいわけではないだろう?」
「そんなことはありません。関係性というものは何れにしても軋轢を生じ、瓦解し、離別してしまいます。それを望まないのなら、こちら側からのサポートが必要なはずです」
「いや、それすらも彼女らは乗り越えて、また仲直りをするだろう。むしろ、そういう望まない環境でも見守り続けて応援することこそが関係をより強固にするのだ」
「そんなことはありません。一度でも隙間ができてしまえばそこを埋めるのは容易ではありません。ヒトは関わり合って生きているのですから、メンバー以外の誰かから力を借りても、理に適っています」
はぁ、面倒くさい。本当にこのヒトたちには、こんな痴話喧嘩に付き合わされる人間の身にもなって欲しい。これで会議の大半を使うのだから、勘弁してほしい。はぁ…。
「……じゃあ、俺、見回りに行ってきます」
「全く、何もわかってないな。あの可愛さに触れるのがどれほど罪深いことか分からないのか」
「それだから、頭が硬いと言っているのです。おだてあげすぎても、それはプレッシャーになります。それに失敗に対して何も言われずに見られるだけというのは、プレッシャーを超えて一種の恐怖です。そんなものを与え続けて恥ずかしくないのですか」
まぁ、一時間ぐらいで戻ってくるか……。
――――――
「マジ、アイツらチョーシ、ノッてるよな」
「ちょっとカワイイからってね」
この学校には珍しいタイプのテンプレのモブ達を横目に、心の中でアニメの素晴らしさを語るとしよう。
ああいう、インスタだけやってるような連中にはきっと分からない世界がここにはある。あのように、一々全てを批判的に見てる奴には見えない世界がここにはある。
アニメに始まりオタクの集う場所とは永久機関である。可愛いキャラ、濃い設定、カッコいいシーン、少ない文字数…etc。全てが視聴者、読者の需要に合わせた供給である。
そして、オタクは供給に対して多くの需要を新たに開拓し、新たな供給を生産者がする。とても素晴らしい世界だ。
しかし、ここでオタクがいるから生産者が生きていけると、オタク達は驕らない。
彼ら彼女らは俺たちを生かしてくれる救世主である。だから、生産者側が疲れてしまうのは分かるし、それに対して兎や角言わない。それが民度である。
つまり、オタクは聖人君子である。それが分からないうちは、民度が高まることはないだろう。
他にも例を挙げよう、例えば数人で話すとき、オタクは喋らずに話を聞いて、会話を求められたときにも遠慮してるだろう。
例えば、団体で何かに誘われるとき、自分はそこに行けるようなヒトではないと言って、断るだろう。
やはり、オタクは聖人君子である。QED.
「……フッ」
「あ?何笑って、え、うわキモっ」
「え、ヤバ、ちょキモ過ぎ」
そんな捨て台詞を吐いてモブ達はどこかに行ってしまった。
まぁ、それなりに鍛えてるしな。喧嘩を売る相手を選んだのだろう。いい判断だ。
それはさておき、早速ホロメンを探さないとな。風紀委員会がある時は風紀委員の目がないと思って、関わろうとする輩が必ず出てくるのだ。
「ししろんのジュースとねねのジュース交換しよーよ!」
「やだよ。私、炭酸苦手だし」
この声は…!獅白ぼたんと、桃鈴ねね、だ。獅白の方はいいとして、桃鈴の方は人前だと他人目を気にするタイプなので、少々離れたほうがいい。
俺は彼女らにバレないように物陰に隠れて、彼女らがどこかに行くのを待つことにする。
「えー、じゃあ、頂戴!」
「んー。……?」
会話が止まった……?気づかれたか?いや、十中八九気づかれただろう。
どうする?俺はどうすればいい?風紀委員の掟、学校の均衡のためには、俺とホロメンは関わってはいけないのだ。
……畜生、万事休すか。
「……向こうから、ジンギスカンにできそうな羊の匂いが」
「鼻が効くのって、犬じゃなかったっけ」
「ねねちゃん、走るよ」
「え、ちょっと待って、うわっ」
どうやら、俺がバレたわけではなく、匂いに吊られたらしい。助かった…。
というか、別に物陰に隠れる必要性なかったのではないだろうか。走って通りすぎれば、怪しくないしこの場から逃げれたし。
そう思っていると、獅白が走りながら一瞬だけ振り向いて、こちらに目線を合わせた。
「え」
やっぱりバレてた!というか、バッチリ顔を見られてしまった。
「やっちまった……やっちまったぁ!」
これだから、風紀委員なんて入りたくなかったんだよ。嗚呼、責任なんて背負いたくない……。俺はただ見てるだけで、満たされていたはずなんだ。だのに、なんでこんな、ホロメンにバレないようにホロメンを守る、なんてことをしなくてはならないんだ。
俺はただのオタクだ。しかもただの人間だ。ちょっと鍛えていようが、周りから優等生と言われていようが、根は変わらない。オタクである。オタク人生の中に学生の時間を捻じりこませているだけの人間である。
そんな俺にこんな風紀委員なんて向いていない。
「……帰ろ」
まだ、色々喧嘩してるだろうけど、もう何回目かの辞意を示しに行こう。
――――――
「ギャーギャー!」
「キーキー!!」
未だフルスロットルに言葉のキャッチボールをしている風紀委員の先輩達に委員を辞する意を表明する。
「いや、受理しかねる。お前がいなくなったら、誰が議題を纏めるのだ」
「そのとおりです。貴方がいなくなったら、この男が天に召されてしまいます。ぶっころです。そんなことしたら契約違反になってしまうので、貴方は必要です」
この先輩達、頼りねぇ。つーか、血の気が多すぎだろ、エリアさん。
「それでも――」
「いや、待て待て。今日は焼き肉を奢ってやろう。話はその時に聞いてやろう。うん、そうだな。心のケアは大切だもんな」
「じゃあ、私からは、将来を占ってあげましょう。きっといいこともありますよ?」
……はぁ、今回も無理か。どうせ、焼き肉に行ったら、うるせぇ、もっと食え、とか言われて、結局この件は先延ばしにされるし、占いに関しては一日後しか出てこないし。
「そんなチンケな安い占いなんかで心のケアができるわけ無いだろ」
「焼き肉なんて、どうせ食い放題なんでしょう。それだって千円ぐらいなんだから、対して変わらないでしょう」
「焼き肉を舐めてもらっちゃ困るね。人間はまだこの歳じゃ酒が飲めないのは仕方ないとして、それがなくても十分に楽しめるものだぞ」
「あぁ、成る程。海には肉がないですからね。だから、肉というだけで喜ぶのですね。可哀想に。それよりも、天界にしかない占いの方が人間にとっては希少価値が高く、魅力的に見えるものです」
嗚呼、面倒くさい。帰りたい……。