幻想法廷 ~転生裁判官の事件簿~   作:虫野律

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7話~13話まで連続投稿です。


淋しがりの君④

 ベルフィス町の隣町の更に隣、ブラッサバーン町にある冒険者ギルドの入口の前に立つ男が1人──というか俺である。

 噂の風魔法の使い手──ティメオに会いに来たわけだ。

 

 ささくれ立った木製のドアを開ける。ざわざわとしている冒険者ギルド内の雰囲気を一言で表すならば、武闘派ハローワークだろうか。

 

 入口近くのテーブル席に座っている4人の男女が俺に視線を向けるも、興味を持つには至らなかったのか、すぐにテーブルに広げた地図へと意識を戻し、会話を再開する。

 今の俺は、羊毛(ウール)製のチュニックと麻製のズボン、さらに防寒着のフード付きマントを着用している。これ以上ないくらいに庶民の格好だ。

 きっと彼らは、〈なんだ、ただの貧乏人か〉とでも思ったのだろう。だから、俺になんの価値も見出(みい)ださなかった。

 

「……」

 

 無言で冒険者ギルド内を物色しながら、よしよし、と内心でほくそ笑む。路傍の石とみなされるように、つまりは警戒されないようにこの格好にしたのだ。

 とはいっても、仕事以外では大体こんな感じの服装で過ごしているので、変装という感覚はほとんどない。田舎で育った平民の本領発揮である。

 

 テーブル席にティメオはいない。カウンターには……いない。依頼用紙が張られた掲示板の前にもいない。今日は来てないのかな。最近はブラッサバーン町で活動してるって聞いたんだけどな……。

 

「なんの用だい?」後ろから声を掛けられた。振り返ると、20代くらいの、ギルド職員の制服を着た髪の短い女性が立っていた。「依頼を出しに来たのか?」と(はな)から冒険者とは考えていない発言。

 

「まぁ、はい。そんな感じです」

 

 俺の歯切れの悪い返答を聞いた女性は、「……訳ありか」と察してくれた。

 

 肩に掛けた革袋に手を突っ込み、クライトン伯爵の下で働く人にのみ与えられる家紋付きのナイフを掴み、ギルドの職員らしきこの女性にだけ見えるようにする。「別室で話せませんか?」

 

 女性は少し嫌そうな顔をするも、「……ついてきな」と歩き出した。

 

「ありがとうございます」女性の後を歩く。

 

「……見た目の割に礼儀正しいんだな」

 

 元日本人だし、さもありなん。

 

 

 

 

 

 

「ティメオは、3日は帰ってこないと思うぞ」冒険者ギルドのブラッサバーン支部の一室にて、職員の女性──ウィローが、特に感情を交えることなく言った。

 

「え……マジですか」ツイてないなぁ、という気持ちが、バイトの学生みたいな口調を誘発してしまった。

 

「ああ」ウィローは頷き、「あいつは今、ワイバーンを狩りに行ってるんだ。距離もあるから、殺されてなかったとしても戻るまで少し時間が掛かる」と事情を説明した。

 

 2人きりの狭い部屋に、はっきりとした陽光が差し込み、俺とウィローが着くテーブルに積もった(ほこり)が鮮明になる。しかし、雲が移動したのか、埃はすぐに朧気(おぼろげ)な明るさに隠されてしまった。

 

 ウィローは頬杖をつき、「あいつ、何やったんだよ?」と、ぐにゃっとした口のまま疑問を投げかけ、さらに、「あんた、裁判官なんだろ? あいつはどうなるんだ?」と連投した。

 

 無関心そうな顔をしているけど、案外、気にしているみたいだ。仕事としてなのか、それ以上の理由があるのかは不明だけど、俺はなんとなくウィローに好感を抱いた。

 

 ただ、これらの質問の明快な回答をウィローに提供することはできない。(いま)だ事実が判明したわけではない情況で、たとえ被疑者についての情報だとしても、その名誉を傷つけかねないことを口にするのは必要最小限にしたいからだ。

 これは言ってしまえば、〈世界は美しくて、人間も本当は善性である〉と信じている若者が持つような青臭い理想に拘っているにすぎない。きっとディランは苦笑いするだろう。あるいは、馬鹿にするかもしれない。記憶上は40年以上生きているのに我ながら幼いとは思う。だけど、こういう理想主義こそが俺の生き方なんだと、もう理解している──諦めている。

 

 だから、「申し訳ありません。その質問にはお答えできません」と伝えた。

 

「堅いなー」ウィローは文句のニュアンスを含ませずに言い、一拍後、「あー、もしかして」と何かに思い至った。「こういうのって教えるとダーシー様に怒られる感じ?」あの人恐そうだもんな、と小さく付け加えた。

 

「怒られるかどうかはケースバイケースですが、基本的には恐くないですし、どちらかというと優しい人ですよ」と上司のマイナスイメージ払拭に努める。「作ったお菓子とかをたまに差し入れてくれるんです」

 

「は?」驚いたウィローが頬杖をやめ、頬に付いた赤い(あと)を見せつけながら、「想像できん……」と呆然と洩らした。

 

 いい反応すぎて、つい口元が(ほころ)んでしまう。

 

 悪気はない(?)が、「かなり美味しいですよ」と追撃。しかも、と畳み掛ける。「動物の形だったり、可愛くラッピングされてたりと、なかなかの少女趣味なんです」

 

「うっそ、だろ……」呆然を通り越して愕然(がくぜん)としている。やっぱり笑える。

 

「本当です」と言いつつ、俺も最初は同じ反応をした。今となってはいい思い出だ。

 

 ミステリーで突飛にすぎるどんでん返しを目の当たりにした善良な読者のごとき表情のウィローを見ていると、一仕事を終えた時特有の達成感が心裏に生まれるが、よくよく考えると(考えなくても)、本来のミッションはこれからである。またディランと打ち合わせしないとな。

 

 

 

 

 

 

 ウィローの言ったとおり、3日後の28日にティメオはブラッサバーン町に到着したようだ。

 その翌日の夜、街路灯に照らされた町の一角で、俺はティメオと相対していた。彼我(ひが)の距離は10メートルほどで、周囲に一般の方の気配はない──ティメオが想定を超える実力を有していた場合、一般人に被害が出る可能性があるため、あえてこのような人けのない通りでの接触を選択した。

 

「……同業者か」簡素な黒いマントを羽織った痩躯 (そうく) の男──ティメオが、エッジ感の強い、つまりはガラガラとした声で言った。警戒しているのは誰の目にも明らかだ。

 

「〈魔法使いか〉という意味ならば、そのとおりです」

 

 おそらく魔力の質から察したのだろう。俺も含め、魔法使いはそれに関し敏感なのだ。

 

 街路灯の惹起(じゃっき)する陰影が独特の情緒(じょうしょ)(かも)し出す中、ティメオの魔力が剣呑さを帯びていく。「用件を言え」とティメオが臨戦態勢に入る。

 

 まだだ。まだティメオの全方位への感知能力は十全──風魔法を使う者は総じて感知能力が高く、しばしば〈風を読む〉と表現される。

 したがって、まだ駄目。やはりリスクなくしてリターンは得られないのが、世の常なのだろう。

 だが、問題ない。瑕疵なき覚悟はすでにある。自らの死を理解した瞬間、それは確かに俺の精神に根をはった。痛みと共に──深く、深く。

 

 だから、臆することなく述べる。「単刀直入に言います」魔力を練り上げ、発動。「貴方をルーバン氏殺害の容疑で逮捕し──」

 

 ──ティメオが無言で風魔法を放つ。明確な殺意と濃密な魔力を孕んだ〈風の刃〉が殺到する。速い。が──。

 

 ──〈法令魔法・正当防衛〉。

 

 俺からもティメオと全く同じ風魔法が射出される。

 

「っ!」ティメオが驚愕し、次の瞬間には〈風の刃〉が衝突。互いに打ち消し合う。それは、対立する債権が相殺(そうさい)により消滅する様を彷彿とさせた。

 

 風が霧散し、静夜(せいや)が訪れるが、それも一瞬、「お前も風使いだったのか」とティメオは忌々しそうに言った。

 

「見てのとおりですよ」と弁解の余地を残す言い方をし、次いで、「落ちこぼれの貴方では私には勝てません。無駄な抵抗はやめていただけませんか」と慇懃無礼に挑発。

 

「……俺は落ちこぼれじゃない!」ティメオが声を(あら)らげ、怒りを(あらわ)にする。「負けるのはてめぇだ!」

 

〈風の刃〉──魔力を内包しているため認識できる──が、ティメオの周囲に出現する。今度は先ほどの3倍くらいか──その数およそ30。それに……。

 

 黙したままの俺を見て自身の優位を確信したのだろう、ティメオは、「どうしたぁ? 今更、怖気づいたか?」と(あざけ)る。「自殺したら許してやっても──」

 

「素晴らしい魔力操作ですね」と俺はティメオの発言を遮った。

 

「──ちっ」ティメオの舌打ち。「だからなんだ? 対処できなきゃ意味ねぇだろ」

 

「この程度ならば対処とやらは容易いですので、ご心配には及びません」と尊大な言葉を吐く。

 

 大量の〈風の刃〉は囮にすぎない。ティメオの本命は、上空に待機している、魔力の気配を極限まで抑えた〈風の戦鎚(せんつい)〉──打撃系の風魔法──による意識外の一撃。風魔法の、魔力さえ感知されなければ高い隠密性を誇るという性質を最大限に活かした作戦と言える。

 ティメオは、魔法の才能がないことが原因で、隣国の貴族であるフォンテーヌ家に捨てられた過去を持つらしいが、俺には優秀な魔法使いに見える。平民の俺では、彼の──彼らの事情を本当の意味で理解することはできないのかもしれない。

 甘えた考えだな、と思う。理解できない言い訳をどれだけ並べても、人は、真実は、正しい法は心を開いてくれない。

 

 クソがっ、とティメオが〈風の刃〉を疾駆させる。

 

 しかし、それは不正解だ。〈法令魔法・正当防衛〉により(ことごと)く相殺されていく。

 

 この魔法も〈法令魔法・事情判決の法理〉同様、日本で学んだ法学上の概念を基にしている。

 則ち、〈正当防衛〉。

〈正当防衛〉には、犯罪に関する〈刑法上の正当防衛〉と損害賠償の責任に関する〈民法上の正当防衛〉がある。俺の魔法の前提となっているのは前者だ。

 正当防衛について規定した刑法第36条1項には、〈急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない〉とある。これを無理やり簡単に言い換えると、〈違法行為から自分や他人を守るための、その違法行為と釣り合いの取れる程度を超えない反撃は、犯罪とならない〉となる。

 これにファンタジーという理不尽な具材が加わった結果が、〈俺や他人への攻撃を、原則として全く同じ攻撃をぶつけることで防ぐ魔法〉則ち〈法令魔法・正当防衛〉だ。

 この魔法には、〈刑法上の正当防衛〉の成立要件を基にした発動条件が存在する。そのうちの1つが、〈急迫性〉の有無だ。〈急迫性〉とは、〈現在進行系で攻撃が発生しているか、又は今、まさに発生しようとしている情況〉を意味する。したがって、攻撃を終えて立ち去ろうとしている人間に対しては、正当防衛の魔法は発動しない。あくまで防御魔法でしかないのだ。

 また、〈自招(じしょう)防衛〉という問題もある。これは、相手の攻撃を自ら招き、それに対して反撃する場合のことで、日本では正当防衛の成立が制限されている。日本の判例による枠組みと全く同じではないものの、俺の魔法にもこの制約は適用されており、例えば、逃げる相手に攻撃して相手の攻撃を誘発した場合、基本的には〈法令魔法・正当防衛〉は発動しない。ただし、言葉による挑発に起因する相手の攻撃に対しては、原則として通常どおり発動する。

 

 これらの制約の存在が、俺がティメオの感情を逆撫でするような発言をした理由の1つだ──逃げるという選択肢を彼の頭から消すためである。

 そして、もう1つの理由は──。

 

 ティメオの〈風の戦鎚(せんつい)〉が、俺の〈風の戦鎚(せんつい)〉と衝突し──()ぜる。烈風が夜に溶け──突然、ティメオが倒れ、(いな)、組み伏せられた。

 

 流石だ、ディラン。

 

 透明化スキル(・・・・・・)を解除したのだろう、ティメオを押さえつけているディランが姿を現す。

 

 これが下手くそな挑発をした、もう1つの理由だ。ティメオを怒らせ、つまりは冷静さを失わせて、かつ俺との戦いに集中させることで優秀な感知能力を阻害。そこへ透明化したディランが奇襲を仕掛ける計画だった。

 

「何が起き──!?」ティメオが自身の首にある魔道具に気づく。「畜生がっ! この程度っ」鮮烈な殺気が、魔法の発動意思の存在を証明しているが、そよ風が頬を撫でるだけで攻撃の(てい)を成していない。

 

 この首輪型魔道具は、スキルの発動を抑制するものだ。スキル封じの薬ほど強力ではなく、一定レベル以上の術者だと首輪を嵌められたとしても実戦クラスの威力でスキルを使用できてしまう。しかし、中堅以下であれば、今のティメオのように魔法やその他スキルをまともに使用できなくなる。

 

 ディランは、押さえつけているティメオの腕を捻り上げつつ、「骨を外されたくなければ大人しくしろ」と警告。

 

「──だ、まれっ!」とティメオは尚も抵抗の意思を見せる。

 

「必要ない!」行動に移そうとしたディランを止める。「もう十分だ」

 

「……はいよ」ディランがいつもより少し低い声で答えた。

 

 素早く駆け寄り、「やめろ、触るな」と喚くティメオを縛り上げる。

 

 ティメオの拘束が完了したところで、ディランが、「はぁ」と溜め息をついた。

 

 ディランに外傷はないが、スキル発動の副作用──透明化していた時間の10倍の時間、視力を失う──により、今は完全な闇の中にいるはずだ。

 

「大丈夫か?」と俺が問うと、ディランは、「大したことねぇよ」といつもの軽い調子で言った。

 

 悪いな、という言葉が喉まで出掛かるが、寸前で口を(つぐ)む。こういうときは謝るより感謝したほうがいい、とどこかで聞いた気がする。

 

 けど、ティメオの前でそれを口にするのはやめておこう。今以上に嫌な気分にさせてしまうかもしれないから。

 

「城に戻ろう」俺は、譜面(ふめん)(めく)るべく、そう提案した。

 

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