それに端を発した共感に関する物語。
青を背景にしてくるくると回っているのは赤い手のような
生徒が町中に住んでいる限り、あらゆる道は通学路となりえた。通学路の定義に興味があるわけではないが、往路も復路も通学路と呼ぶならば、俺はいま通学路を歩いている。
ドーナツを買って来いなどと命令され、抗いはしたが押し切られ、いくらかの金を掴まされて買いに行った帰りだった。
通学路という場所にたいした思い入れがあるわけではない。理性はそう思っているが、感覚的にはそうではなかった。この道は幼馴染と何度も何度も通った道だ。小学校、中学校、高等学校――俺たちの歩く道は常に通学路であって、そこから外れようとするには街の外に出なければならない。
いい匂いがする。ドーナツの匂いだ。エンゼルフレンチの姿を思い浮かべる。ひとつくらい食ったってばれやしないだろう。十個以上購入したし、自費も使っている。いまここでそのうちのひとつが欠落してもたいした問題にはならないはずだ。
自分に言い聞かせ、チョコとクリームのドーナツを取り出した。
――ドーナツの穴を通してみると、モザイクが消えるらしいよ。きーちゃんもやってみたら。
どこの女子がそのような発言をするものか、と俺はその妄言の根本である幼馴染の顔を思い浮かべて苦笑してしまった。なにがきーちゃんも、だ。お前はやったことがあるのか、と問いたかった。だが、あるだろう。あまりにもバカバカしい噂だが、そういうものを試してみたくなるようなことはある。彼女ならきっと、テレビでは放送できないような手術シーンのモザイクを消すためにドーナツの穴を覗き込む。あいつはたぶん、俺が別のことをするように仕向けている。なんてやつだ。
一口かじる。甘い。買って正解だ。すぐに食べきる。はやくあいつのところまで持っていってやらないと、なにを言われるかわかったものじゃない。遅いだの、実はひとりで食べてたんだだろうだのやれなんだのと、あることないことなんでもかんでも吐き飛ばす。そういうやつだ。
俺は学校への道を急いだ。
部室にお菓子を持ち込むなど言語道断の行為だったが、たとえばバレンタインといった特別な日にはそれが黙認されるように、絶対的な悪とは言いがたいものがあった。バレンタインにチョコを持ってくるのがよくて、なにもない日の放課後にドーナツを持ち込むのが悪い、というのを正しく納得させる論理を学生に提示するのは難しい。ああいえばこういう種類の人間たちだ。大人のように固定された観念に
机上にドーナツの箱を置くと、九条はすぐに中身を取り出し、がっつきはじめた。
「あまい。さいこー」
あっという間に四つほど平らげる。二分以内。どういう食欲をしているのかわからない。そんなことを考えている間に六つ。これで残りは五つ。
「甘いもの食いすぎると、太るぞ」
「カロリー使えば太らないのさ」
眼鏡を輝かせながら九条は言った。
確かに、九条は脂肪がついているとは思えない体つきをしていた。つまり胸が残念なことになっていたが、いったいどこでエネルギーを使っているかは不明だ。頭脳か。その可能性が強い。九条の成績は学年トップだ。
「ごちそーさま」
声が届いてくる。見れば、ドーナツの残りはあと三つ。ほとんど食われたわけだった。
「やっぱり一年通してドーナツは欠かせないわぁ」
口元にクリームとチョコをつけたまま九条は呟いた。それからティッシュで口をぬぐった。
「よく言う。甘ければなんでもいいんだろうが」
俺はドーナツのひとつを取り上げ、ほおばる。九条のようにさっさと食えるわけではなかった。
「そんなことないさ。ドーナツの穴を通せばいかなる真理も見通せる」
なにを言っているのだお前は。俺はその言葉をクリームと一緒に飲み込んだ。
「試してみたかい。ドーナツを通せば情報伝達の疎外者たるモザイクは消えてなくなるんだよ。世の中の大人たちが消したがるあれもこれもどれもそれも、すべてはドーナツの穴という真実を見通すための存在によって空しくも消滅するんだ。これほど痛快なことはない。甘くておいしいしね。まさに真理探究者の強い味方」
よくもまあ噛まずに言える。俺はその言葉の半分以上に対して無関心を決め込んでいた。ドーナツの穴程度でモザイクが消せるなら苦労はしない。
「わたしはこの方法で様々な真理を見た。モザイクだけじゃないよ。精神を集中すればどんな真実もたちどころに見える。この穴を通した向こう側に見える世界は、大人たちの観念によって立ち込めていた欺瞞の霧を打ち払うんだ」
九条の表情はどこかうっとりしている。そういうものが見えるようになってしまったか、かわいそうに。信じ込めば本当にそういうものが見えることもあると思うし、その気持ちは想像できるが実感できない。俺にはどうしようもないことだ。
「さあ、食べてばかりいないでレッツスコープさ」
九条はまたひとつドーナツを取り上げると、望遠鏡のようにして周囲を覗き込んだ。いや、モノクルか。
「ほらほら見えるぞ。しかしながら、きーちゃんはなにも包み隠してはいないようだ。いつもどおりの姿が見える」
「俺の方も同じだ」
つきあってやることにした。ドーナツの穴を覗く。
なにも変化などありはしない。真実の世界なんてものは幻だ。いまこの目に映っているものが常に事実だからだ。そのどこかに俺の狂った心が投影されているとしても、それは俺自身が自覚できるものではない。人間に自分の意識を外側からモニターする力がないからだ。常にたったひとつの視点から世界を見るしかない。ドーナツの穴を通して真理を見たと思っても、それはその視点のなかにいつもとは違う風景が映ったというだけのことなのだ。それは単純にドーナツの向こう側の世界であるし、そういった考え方をすると呼び方が違うだけで同じものなのだと言うことだってできる。すなわち、九条が真実だと信じたい世界をドーナツを通して見ているに過ぎない。
そう思うから俺は九条の気持ちを思いやることはできても、本当に同じことを感じることはできないのだ。共通の幻想を抱けない。
だから、九条と俺は相容れることがないのだとどこかで思っていた。
俺はドーナツを覗くのをやめ、箱の中に戻した。
「およ。食べないの」
「胸焼けがしてきた。食うのは好きだが、身体は自由にはならないからな」
「囚われてるねえ」
「そのようだ」
九条は持っていたドーナツを食べてしまった。
「いやはや、やめられない止まらない」
それは別の食べ物だ。
最後のひとつを持ち上げて、九条は通学路の風景を見つめている。
九条に誘われて同じドーナツの向こう側を見つめるが、なんの変化も起こしてはくれない。
「しかし、世界って不思議だよねえ。どうして本当をどこかに隠してしまうんだろう。どれもこれも大人たちの陰謀かもしれないけど、そうじゃないかもしれないよね」
九条は目を細めながら言った。
「いったいどのような意志がそこに働いているんだろう、とわたしはいつも不思議に思うんだ。もしかしたらわたしたち人間はこの世界を直接に眺めるにはあまりにも弱いのかもしれない、とも思うんだ。だからドーナツというリミッター解除装置がなければ真実の世界を見ることすらできないんだ。そう考えれば、大人たちがこの嘘っぱちの世界にすら妨害の力をめぐらせることにも納得がいくような気がする。きっと大人はどんどんと弱くなってしまう生き物なんだ。対世界認識能力がどんどん低下してしまって、本当のことを知ったらショック死するんだよ。だからって子供たちに過保護すぎるよね。子供はそんなに弱くないって」
九条は高笑いをしている。
子供はそんなに弱くない――俺にはそんな気はしなかった。子供は弱いさ。大人がいなければこの歳まで生きることすら叶わない。いま俺たちが生きているこの世界を作ったのが先人である大人たちであることもその要因のひとつだが、それ以前に、人間は生きるために自分以外の強い者の力を借りざるをえない。世界認識がどうのという論の真偽はともかく、俺の視点からすれば、大人たちが弱いというのはどうしても合点がいかないことだった。
やはり、どこまでも噛み合わない。理性で納得したふりをすることはできても、感情がそれを拒絶する。彼女を真にわかることができない。わからないというよりも、同じ感覚になれない、というのが正しいかもしれない。
だから感情を伝える気にならないんだろう。
「あー、おいし」
九条はドーナツを齧り始めた。
これでもう真実の世界とやらを見ることはできない。
「むー。食べたいの?」
俺ははっとした。いつの間にか九条の様子を凝視していたらしい。
「わたしばっかり食べてたから自分も食べたくなったんでしょ。わかってるよ。きーちゃんは人とおんなじなのがいいんだもんね」
素直にそうだ、という気にはならなかったが、せっかくの好意に甘えさせてもらうことにした。齧りかけのドーナツを受けとる。
「ま、ひとりで食べても仕方がないからね。こういうのは一緒にってのが重要だよ。ささ、ご賞味あれ」
お前が作ったわけではないだろうに。俺は口元を笑うように歪めながらドーナツを齧った。
「おいしい?」
問われる。
「ああ」
と答えた。
「よかった、わたしとおんなじだ」
九条はニコリと笑った。
この物語は約14年前に作成した自作を、リハビリ目的で一部改訂したものです。
なお、作中に登場する「ドーナツの穴を通すとモザイクが消える」については、タカハシマコ先生の漫画作品からの引用となります。
実際にやってみましたが、モザイクは消えませんでした。
おそらくですが、モザイクを消すには曇りなき眼が必要なのだと思います。