芦田がトレーナーになってから数日が経った。
午前中は書類作成や資料室での勉強、午後からはトレーニングという構成だった。
あと、資料室で勉強したことを一人ダートで実践することもある・・・自分の脚で。
あと、オグリとの練習時にも実践しながら指導している。
というか、オグリにも走法を教えてもらっているので、トレーニング終了時には二人とも汗だくだ。
「へえ・・・変わった練習方法やな」
「ああ、悪くはないと思う」
夜、オグリは友人のタマモクロスと一緒に夕食を楽しんでいた。
もちろん、彼女の皿には料理が大盛りである。
「なんというか・・・切磋琢磨し合うウマ娘同士みたいやな。
トレーナーと担当バ、という関係よりかは」
「そんな気はするな・・・ところで、タマモのトレーナーは最近どうだ?」
「廃課金は相変わらず廃課金や。頼りにはなるんやけどな。
本当にあの変な精神論だけは何とかしてほしいわ。
何や、課金精神を加速することによる肉体と現実の超克って・・・。
頭が本当に痛うなるわ・・・一度、医者に診てもらうべきや・・・」
タマモのトレーナーは中国出身の
一か月に一度、彼のポストは【林檎】からの請求書でいっぱいになる。
最近では彼の指導精神は課金加速主義としてHoi4MOD作成者から人気を博している。
実績も上げてしまっているので、容易に否定することもできない精神論と化した。
「僕も勢先輩のメモや担当バのデータを見ましたが・・・。
まだ僕には辿り着くことすらできない領域だと思い知りました」
「辿り着かんでええわ・・・って、誰やアンタ?」
「誰とは失礼な。私のトレーナーだぞ?」
「タマモクロスさんですね。話はオグリさんから聞いています」
「あ、アンタだったんかい・・・本当に高校生ぐらいなんやな・・・」
「今日は綾秀先輩のアドバイスでオグリさんの食事を見に来たんですが・・・。
あれ、綾秀先輩・・?し、死んでる・・・」
芦田の隣に座っていたはずのトレーナーは机に突っ伏していた。
彼は遠野綾秀。長い間トレセン学園に務めているというベテラントレーナーだった。
うまくウマ娘の好意を躱していったことで、その地位にしがみついているのだ。
そんな彼の今の担当バはアグネスタキオンである。
「安心せい。遠野が死んどるんはよくあることや。
正確に言えば、タキオンの薬による幽体離脱やけど」
「・・・ふううう、よかったです」
「アシダがものすごい溜息をついた・・・」
その時、後ろの方が騒がしくなる。
「な、なにーっ!こ、これは・・・・⁉・・・・今まで食べていたにんじんハンバーグは?」
スペシャルウィークの食べていたにんじんハンバーグが消えたのだ。
「スぺちゃん・・・多分、全部食べちゃったんだと思いますが・・・」
胸の平らな・・・もといスレンダーな逃げウマ娘のサイレンススズカが呆れたように言った。
そして、数秒後に綾秀はむくっと起き上がる。
「にんじんハンバーグっておいしいよな・・・」
「そうですね、綾秀先輩。食い物の恨みをそこまで体験したかったんですね」
「ははは・・・そう言うなって!
聞いて驚け。今回は改良版の幽体離脱薬なんだ。
今までは食べ物を摂ることはできなかったが、ようやく食べれるようになった。
まったく、タキオンは本当にすごい化学の先生だよ・・・あれ?」
気が付けば、綾秀の目の前に芦田たちはいなかった。
そして、肩をとんとんと叩かれる。
彼は恐る恐る後ろを振り向く。そこにはにっこりとした笑顔のスペシャルウィークが立っていた。
「タキオンさんのトレーナー、でしたよね?」
悲鳴が響き渡るころ、芦田たちは食堂の隅に移動していた。
「危なかったわ・・・」
「ウマ娘の聴覚ってやっぱりすごいんだろうなって予測したんです。
離れた席の会話でも聞き取れるんじゃないかって。
そうしたら、予想通り芽生えたての殺気をあの子から感じ取れました。
ところで、さっきより量が増えてませんか、オグリさん?」
「・・・気のせいだ」
芦田はスマホを取り出して、画像を見せる。
そこには先程のオグリが食べていた料理が写っていた。
その量は今盛られているのと比べると、少なかった。
「・・・まあ、食べたい気持ちはわからなくもありませんが」
「そうそう、食欲は課金欲と同じくらい人の根源になってるんだ」
四人テーブルの一つ余った席に勢金課が座ってきた。
彼はタブレットで仕事と課金を同時にこなしていた。
「・・・今、どれほど課金したんや?」
「ワレ、課金加速状態ニ突入セリ。極限ナル未来ニ向ケテ加速セヨ」
この状態に陥った金課は肉体言語(物理)でないと治せなくなる。
「おーけい、ちょっと話があるで。
お二人とも、これから血が流れるから席を・・・ってもう食べ終えたんか」
オグリの腹は美少女にあるまじきレベルで膨らんでいた。
「わかりました。帰らせてもらいますね」
「じゃあ、私もいったん離れるとするか」
「カ、加速ハ最後ノ関頭ニ直面セリ。予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ」
二人が廊下を歩くころには、食堂から再び悲鳴が聞こえてきた
オグリはお腹をさすりながら歩いている。
「・・・うーん、この世界に断食道場ってあるんでしょうか?」
「・・・ない」
「今の間は何ですか?」
「・・・ないものはない」
「僕の目を見て言ってください」
オグリが急に早歩きになる。
芦田も追いかけるように早歩きになる。
沈黙の追いかけっこが続く。
だが、それは急にオグリが足を止めたことで終わった。
二人の男女が目の前で言い争いを・・・否、駄々のこね合いをしていたのだ。
「やだやだやだ!トレーナーとうまぴょいしたいよー!」
「やだやだやだ!テイオーとまだそのままの関係でいたい!一線踏み越えたくない!」
いい歳したトレーナーとウマ娘が床に転がってじたばたしていた。
彼もまた、帝王と渾名されるトウカイテイオーを担当する腕のいいトレーナーだった。
・・・そして、一番重いとされる彼女と一線を越えずにいられている。
それは、彼が追い詰められたときに駄々をこねるからだ。
まだまだ子供っぽいテイオーもそれにつられて駄々をこねる。
疲れ切った両者は普通に寝落ちする。だからこそ、うまぴょいせずに済んでいる。
「オグリさん、僕、先輩たちのように良いトレーナーになれるんでしょうか・・・」
芦田は不安に襲われる。トレセンに入ってから驚かされてばかりだ。
トレーナーやウマ娘たちは皆、有能だが、個性的だ。悪く言えば、変わり者だ。
これではトレセン学園が変人の巣窟といっても過言ではない。
変人度の少ない先輩である桐生院葵だって、名門の出だ。
そんなところで別世界から来た以外は何もない本当に平凡な自分がやっていけるのか・・・。
そんな不安を抱いた彼は目の前の光景からも何かを学び取ろうとしていた。
「待ってくれ、アシダ。これから何か見習おうとするのは間違って・・・あっ」
オグリはその光景を見て、閃いた。
次の瞬間、彼女は何も言わずに仰向けになり、じたばたし始めた。
その意図は明らかであった。断食道場に行きたくないと言っているのだ。
だが、無駄だった。芦田はしゃがみ込み、にっこりと微笑むだけだった。
「・・・」
「・・・」
沈黙が数秒間続いたが、オグリには何時間にも感じられた。
そして、芦田はオグリの腕をがしっと掴み、残った片方の腕で携帯を取り出す。
「もしもし、たづなさん。断食道場ってありますか?
あるんですね?じゃあ、そこの手配をお願いします」