トレセン学園の朝の始まり方はいくつかある。
普通に鶏だったり、朝食の匂いだったり、ゴルシのやらかしだったり・・・。
だが、最近ではこのような始まり方が多くなった。
「「「やだやだやだやだ!」」」
古谷、テイオー、ルドルフの三人が起きて早々駄々をこね合う。
その声で皆が目を覚まし始める・・・のだが、我らが芦田実はというと・・・。
「ぐー・・・ユナさん・・・むにゃむにゃ」
今日は意外となかなか起きなかった。
このままでは昼近くまで眠り続けそうなくらいには。
それもそのはず。今日は休日なのだ。
さらに、昨日レースで一着をとったが、その心労も凄まじかった。
そういうわけで、彼はぐーすかと寝ていた。
だが、彼の眠りは突如として妨げられることとなる。
ドア<ドンドンッ
「掃除!開けるんや警察や!」
「下がっていてくれ、タマ」
すると、ドアはガチャンと普通に開けられた。
オグリがどういうわけか合鍵を持っていたのだ。
そのまま二人が入って来たにもかかわらず、芦田はまだ寝ていた。
「この寝坊助はあ・・・ウチのトレーナーじゃあるまいし・・・」
「・・・意外だな。部屋が散らかってるとは」
芦田の部屋の散らかり具合はどこか退廃的だった。
どっかの特色フィクサーが色々と暴れて帰ってきた部屋のように。
というか、ソファーで寝転がっているのも同じだった。
「ほら!いい加減に起きるんや!
というか、昨日の格好のままやないか!」
「・・・うーん、今日は休日ですよ、ユナさん」
その言葉で部屋の空気は冷え切った。
しかも、オグリを見て言ったのがまずかった。
「・・・あれ、オグリさん?どうしてここに?」
「・・・掃除しに来たんだ。それより、ユナって誰だ?」
「僕の幼馴染ですが・・・あれ?どうしてそれを・・・」
「寝言で言ってたんや・・・その子、オグリに似てたんか?」
タマモが睨みながら言う。
「ええ、見かけは・・・性格はもちろん違いま・・・」
数十分後・・・
「解せません」
そう言った芦田の両頬は立派に紅葉していた。
「まあ・・・そうなるわなあ・・・」
朝食ラッシュが終わった後のカフェテリアは基本的にトレーナーが入り浸る。
今、彼の向かい側の席にいるのは綾秀だ。
「今の彼女を元カノの名前で呼ぶほどの所業だぞ」
「・・・そう言われたら、すぐに謝りたくなってきました」
「まあ、また時間を置いた方がいい。あっちも冷静さを取り戻すだろうから」
「そうですね・・・」
「というか、お前の幼馴染ってオグリに似てたんだな・・・」
「見た目だけですよ。性格はある意味ルドルフさんでしたね。
皇帝ってわけではありませんが・・・皆の幸せを願っていたというか・・・。
そもそも目の色自体が違ったので・・・」
「なるほどね・・・まあ、お前のことだから、オグリにユナとやらを求めないだろうな」
「ええ、当たり前ですよ・・・深層意識ではどうかはわかりませんが」
「それが表層に出ると危険だ。俺の同期の一人もそれで逃げるはめになった」
「逃げるって・・・」
「そこからはぼくが話そうじゃないか」
突然椅子に座ってきたのはトレンチコートを羽織った男だった。
「か、帰って来たのか・・・!」
綾秀はその男の姿を見ると驚愕の表情を浮かべた。
「ただいま、綾秀・・・ようやく覚悟が決まったよ。
・・・なるほど、君が例の異世界系トレーナーくんか。
ぼくは奥瀬川祐樹。ナイスネイチャという子の専属トレーナーだった」
「あなたが・・・資料室であなたの記録は読ませてもらいました。
数か月前までナイスネイチャという正妻・・・?ウマ娘を・・・。
なんか変なこと書かれていますが・・・あと、行方不明になっていたとお聞きしましたが・・・」
「樋渡史のやつ・・・まあいい、ぼくはとにかくその子の専属トレーナーだった。
でも、ぼくは彼女を彼女として見ていなかったんだ・・・。
さて、ここからはちょっと重くてつまらない話だが、聞いてくれるかい?」
「・・・ええ、聞かせてください」
芦田は聞かなければと直感した。
「・・・中学から高校にかけて、ぼくのそばには一人の少女がいたんだ。
言っておくけど、その子は人間だった。ウマ娘じゃない。
そもそも、ぼくの住んでた街にウマ娘は一人もいなかったし・・・。
まあ、当時、自堕落だったぼくを事あるごとに世話してたのがその子だったんだ。
トレーナー志望だって言うと、絶対になれって指切りげんまんをさせられたし・・・。
それで、勉強まで見てくれたね・・・彼女はもっとレベルの高い高校に通ったけど。
・・・別々の高校に通うようになってからも、よく来てくれた。
でも、当時は地域差があった。トレーナーという職業に対する印象の地域差がね」
本を走り読みしたときに、そのことが書いてあったのを芦田は思い出す。
ウマ娘の人気は今も昔も変わらないが、トレーナーの扱いは違った。
トレーナー志望というだけで性犯罪者予備軍されることもあったらしい。
「俺も中学のときはそれで女子に嫌われたな」
「そして、彼女の通っていた学校はとくにトレーナーに対する風当たりが強かった。
そんな場所で、彼女はぼくみたいなトレーナー志望の男の自慢をしてしまったんだ。
それでクラスから浮いた彼女は嫌われていき・・・あとはわかるよね?」
「ええ、僕の世界でもそういった話の末路は同じですね・・・」
「ぼくは彼女の遺書を見て、この世の全てを憎み嘆いたよ・・・。
今でも、彼女にトレーナー志望だということを話していなければと後悔することがある」
彼は一瞬涙ぐむ。
「・・・まあ、そんなときに俺とこいつは会った。
俺も当時は暗い高校時代だったからな、意気投合はした」
「君がいなければ、本当に彼女の後を追っていただろうね」
「・・・その話の流れからすると、ナイスネイチャさんに彼女を投影したんですね」
「ああ、その通りだ・・・それがぼくの犯した最大の悪行だった。
ネイチャは毛色も、世話焼きなところも、とにかくあの子に似ていた・・・。
ぼくはネイチャにすでにこの世にいない少女の幻影を求めるようになった。
でも、彼女はそんなこと一片たりとも望んじゃいなかった。
あの子は自分を自分として見て欲しがっていた」
奥瀬川は溜息をつく。
「・・・しかも、彼女はありのままのぼくを愛してくれていた。
それに対し、ぼくの方といったら・・・まあ、最低の屑だったね・・・」
「・・・」
気まずい空気がカフェテリアを包む。
その空気が風に漂い、外で練習していた樋渡史とデジタルに達する。
二人は吐血して倒れた。話が尊くないうえに暗すぎたからだ。
「・・・いつの間にか彼女はぼくを監禁しようと試みるようになった。
たぶん、ちゃんとぼくが彼女を見るようにするためにだろうね。
ぼくはこの学園から逃げた。とにかく逃げた・・・怖かったからだ。
でも、今となっては・・・だから、ぼくはここに戻ってきた。
もう一度、ナイスネイチャ自身と向き合うためにだ・・・。
・・・君にはぼくのような過ちは犯してほしくない」
「・・・わかりました」
「あと、ネイチャがどこにいるか知らないか?
あんなことがあったから、実は理事長室にもトレーナー室にも行けてなくてね・・・。
ははっ・・・向き合うと言っておきながら、まだ怖いんだよ・・・」
「任せてください」
そう言うと、芦田は携帯を取り出した。
「もしもし・・・ええ、戻ってきましたよ。
はい、今、学園のカフェテリアにいます。トレンチコートを着ていて・・・。
・・・ええ、はい。ちゃんとネイチャさんと向き合うつもりでいます」
彼は電話を切った。
「商店街の皆さんに電話しておきましたよ。
多分、ネイチャさんにも連絡が行くと思います」
沈黙が数秒間続く。
椅子から立ち上がろうとした奥瀬川を綾秀が取り押さえる。
「おっと、どこに行くのかね?」
「いやだ!死にたくない!向き合う前に殺されるなんて冗談じゃない!
というか、君はどうして商店街の人たちと知り合いなんだ⁉」
「休日に訪れてみたら、いつの間にか知り合いになったんです」
「ちくしょう!やっぱりいい人たちだよ!君、大事にしろよ!
別世界から来た君にすごく親切にしてくれる人たちなんだからな!
ああ、でもやっぱり死にたくない!離してくれ、綾秀!」
「駄目に決まってんだろうが」
遠くの方から何十人分もの足音が聞こえてくる。
「あっ、奥瀬川先輩じゃないっすか!俺の武勇伝でも話してたんですか!」
さらに金課までやってきた。
「・・・そういや、俺たち、当時まだガキだったこいつに会ってんだよな」
「へえ、そうなんですか」
「ああ、そうだったね・・・当時から課金課金って言ってたね。
金をくれって言われて渡したら、そのお礼にって、彼女の通ってた学校焼き討ちしやがったね。
まあ、彼女をいじめてた連中は全員行方不明になったから、すかっとしたけど」
「当たり前じゃないですか!だって、俺の課金ついでのトレーナーライフの邪魔になるし!」
「「「課金ついで・・・」」」
足音は段々と近づいてくる。
血を見ることになると察知した芦田はそそくさと立ち去った。
なお、トレーナーに対する風当たりは最近になって消えた。
別世界から来た青年がトレーナーとなって人気を博したのが要因だ。
芦田はそれをしばらく知ることはなかった。
「・・・向き合う、ですか」
廊下を歩いていると、オグリにばったり出会った。
最初は気まずい空気が流れた。
だが、芦田は勇気を振り絞って、頭を下げた。
「・・・今朝はごめんなさい」
「アシダ・・・頭を上げてくれ」
すると、今度は彼女の方が頭を下げた。
「すまなかった・・・わかっていたはずだったんだ。
君がこの世界で寂しい思いをしているってことぐらいは・・・。
だから、いいんだ。君が求めるなら、私はユナの代わりに・・・」
すると、彼は彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「それじゃあダメなんです・・・それだと、僕はあなたと向き合えてないことになる・・・。
いいですか、オグリさんはオグリ以外の何者でもないんです。
僕が見ているのは、ユナさんではなく、オグリさんそのものです・・・。
ああ、すみません・・・上手く言うことができなくて・・・。
はっきり言えるのは、僕がオグリさんをユナさんの代わりにしちゃダメだということです。
だから、オグリさんもユナさんの代わりになろうとしないでください」
「・・・そうか、わかった」
そう言うと、今度は彼女の方から抱き着いてきた。
「仲直りのハグだ。朝はタマモと一緒に平手打ちしてすまなかった。
どうしても君の幼馴染への嫉妬を抑えられなかったんだ・・・」
「・・・謝るのは僕の方ですってば」
尊い空気が廊下に漂った。
その空気がグラウンドまで運ばれたことで、例の二人は復活した。
そして、数秒後に二人仲良く尊死した。
一方、そのころカフェテリアでは・・・。
「アンタ、またスマホなんてして!
いい加減、そんなものに金注ぎ込むのやめなさい!
タマモちゃん卒業したら、アンタ間違いなく早死にするよ!」
「うわあああああああ!課金は俺の人生なんだあああああ!」
「おめえはとっとと誰かいい女見つけて落ち着きやがれってんだ!
ずっと独身で、トレーナー退職した後どうすんだ!」
「ぎゃああああああ!どうして俺もなのおおおお⁉」
金課と綾秀が商店街の面々にリンチされていた。
そして、奥瀬川はというと・・・ネイチャに引きずられていった。
翌日のトレーナーミーティング・・・
「告知ッ!綾秀トレーナーおよび金課トレーナーは怪我による入院で欠勤!
祐樹トレーナーのここ数か月間の無断欠勤は不問と処す!
ただし、ナイスネイチャとのうまぴょいの発覚により、減俸処分!」
「えっ」
芦田は状況が呑み込めず、ハトが豆鉄砲くらったような顔になった。