ここ数日のカルネ村は絶好調と言えた。この村はもともと100年ほど前にトーマス・カルネという者が開拓した村であり、王国の辺境にあることもあってのどかな場所だった。近くには森があり、そこに住まう魔獣を恐れて村の周囲にはモンスターがわかないためにモンスターの脅威にさらされることもなかった。
そんなカルネ村に立派な行商人がやってきたのだ。この村を訪れる者はたいていが森を探索する冒険者か近くの都市から訪れる薬師の少年くらいだったがこの行商人はそんなどれとも違っていた。
「本当ならエ・ランテルから東に行って帝国にわたる予定でしたが取引先が急遽取引を中止しましてね。エ・ランテルを出てしばらくたったころにそう通達があったのでキレて北上してきたのですよ」
恰幅の良い、だが穏やかそうな笑みを浮かべる商人はそう言いながら村ではなかなかお目にかかれない品々を村人に見せていく。純度の高い鉄で作られた農機具に新品の桶、なんにでも使えそうなナイフに狩猟用の弓矢。更には剣や盾、防具のほかには魔法を行使できる
「これだけいい品をこの値段で……。利益はあるのか?」
「利益はあるといえばウソになりますが新地開拓と思っておりますので」
安すぎる価格に心配する者もいたが商人は販売路の拡大と言って納得させていく。商人はその後2日間滞在したのちに次の村に向けて出発していった。
「今回購入した物を用いて村を更に発展させよう」
初めてとも言える大人買いをした村人たちはホクホク顔で仕事に向かっていた。次の日に待ち受けているのが地獄とも知らずに。
「陛下、命令通り村人に物資を提供し、いくつかのマジックアイテムを密かに配備しました」
「よろしい。お客様も明日には到着する。……カルネ村には悪いがこれも今後のためだ。俺たちの台頭の為に利用させてもらうぞ」
カルネ村の村娘であるエンリ・エモットは森の中を走っていた。隣には同じように全力で走る妹のネムがおり、どちらも必死の形相で走っていた。本来、この村は魔獣のテリトリーであり、薬草採取など以外の目的で入ることは禁止されていたが現在はそれどころではなかった。
商人が去った翌日、カルネ村はなんと帝国兵の襲撃を受けたのである。カルネ村が属する国、リ・エスティーゼ王国は長年隣国のバハルス帝国と戦争を繰り返している。そのこと自体はエンリも知っていたがだからと言ってこんな開拓村を襲われるとは夢にも思っていなかったのだ。
結果、守りのための柵すらない村は帝国兵によって蹂躙され、エンリとネムの両親は二人を逃がすために犠牲となってしまった。しかし、それも数が多い帝国兵の前に追い詰められていた。耳を澄ませば鎧がぶつかる音が聞こえてきており、すぐ後ろにまで帝国兵が来ているのがわかった。
「(神様……! どうか、ネムだけでも……!)」
「きゃっ!?」
エンリが心の中で神に助けを乞うと同時に、ネムが木の根にひっかり転んでしまう。慌てて駆け寄るがその時には帝国兵が剣を振り上げていた。とっさにエンリがネムに覆いかぶさり、守るもその代償として背中に浅くない傷を負ってしまう。
「へへ、ようやく追い詰めたぜ。さんざん逃げやがって」
帝国兵は顔を兜で覆っているために表情をうかがうことはできないが、それでも発せられる声がこの状況を楽しんでいるようにも思えた。最悪の場合、強姦することも視野に入れているのだろう。帝国兵の下種な視線が自身に注がれているのがエンリにはわかった。
しかし、この状況で何かをできるわけもなく、エンリはただネムを抱きしめて守ることしかできない。
「おらぁっ! 死ね!」
「死ぬのはお前だ」
そして、帝国兵が剣を振りかぶり、エンリに止めを刺そうとしたとき、別の男の声と共に何かがひしゃげる音が響き渡った。
目をつぶり、来る痛みに備えていたエンリが目を開ければそこには青年と言える男が帝国兵に跳び蹴りを食らわせているところだった。跳び蹴りを顔面にくらった帝国兵は顔がつぶれ、衝撃で後方に吹き飛んでいった。
「き、貴様! なにもn……!」
「黙れ」
残る帝国兵も男は見慣れない曲刀で一撃で葬り去った。先ほどまで迫っていた死は、既にない。あるのは突如として現れた男に対する困惑だけだった。男は帝国兵に止めを刺したことを確認するとエンリの方を向き、穏やかなに微笑みながら話しかけた。
「大事ないか?」
「え、あ。はい……」
「これを飲むといい。傷を癒せるポーションだ。背中の傷も直ぐに治せる」
男はエンリが見たこともない真っ赤なポーションを取り出し、渡してくる。もしこれを渡してきた者がアンデッドであれば血と勘違いしそうになっていただろうが目の前の男からなら戸惑いながらもポーションとして受け入れられた。
「んく……。え? うそ……」
ポーションを一気に飲み干せばエンリの背中の傷はみるみるうちに治っていく。友人として親しくしている薬師の少年から聞いた話でもここまでの効果はなかったため、このポーションがどれだけすごく、高価なものかはエンリにも理解できた。
「傷はふさがったようだな。良かった」
「あ、あの! 助けてくれてありがとうございます! それに、こんな高価なものまで……」
「ふっ、問題ない。使わずにとっておき、後で後悔するよりは助けられる目の前の命に惜しみなく使う方がいい」
エンリには男が心の底からそう言っている事が理解できた。それだけに、目の前の男が救世主や英雄を超えて神の如き存在にすら思えてくる。これほどの人徳あふれる人物が同じ人間であるはずがない。この地上に降臨した天使や神にしか思えないと。
「あと少しすれば俺の仲間が来る。あいにく俺は自分を強化する魔法しか使えないからな」
「あなたは、どこに? いえ、それ以前に貴方様は一体……」
エンリの言葉に男はやさし気に微笑みながら名乗る。自らの名を。
「俺はオフィークス。見知らぬとはいえ人が殺されていくのを見過ごすことが出来ないただの人間さ」