「マスター。恋とは一体なんなのでしょうか?」   作:アグネス・ゾンビ・デジタル

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後日談てきな

someday in the snow


ソリューション/ふたりで……

 雪が降っていた。

 

 ミホノブルボンが海外へと渡って三年の歳月が流れて、確かな功績も残し、あの日言った言葉の通り俺の実力とやらも証明してくれた。

 そんなブルボンが来週、こっちに戻ってくるらしい。昨日、二週間ぶりに話した受話器の向こうで、新しい『目標』ができたと、そう言ったのだ。

 時間が経つのが随分と遅く感じて、せっかくの休日だというのになにもせず、ベッドの上で毛布にくるまりながらただじっと自室の時計を眺め続けた。

 秒針は一秒に一度しか動かないというあたりまえで揺るぎない事実を知りながら、もっと先へ進めと念じる。

 好きな漫画を読んでみても、テレビをつけてみても、内容は毛ほども頭に入ってこない。そわそわそわそわと、こんな日々をあと六日も過ごさなければならないのかと思うと、自然とため息がこぼれる。

 まだ正午を少しまわったところだというのに、窓の外はどんよりと曇っていてふわふわと雪が舞っている。

 もう一度深くため息をついて、重い体を起こして黒のノータックスラックスを履き、真っ白なカッタウェイのシャツにネクタイを締め、その上からウマ娘たちが着用しているものと同じ、赤と白のデザインのジャージを羽織って自室を出た。

 

 ただじっとしていても腹は減るわけで、カフェテリアで月見蕎麦を注文して空いている席に腰を下ろした。

 

「奇遇だね。隣の席は空いているかな?」

 

 いつもはうまくいかないのに今日は珍しく綺麗に割れた割り箸を見て感動していると、後ろから不意に声をかけられてそちらに視線を移す。

 

「……なんだ、ルドルフか」

「なんだとはまた随分なご挨拶だ」

 

 許可も不許可もしていないのに、彼女はトレーを両手で持ちながら「ふふっ」と嬉しそうに笑って俺の右隣に腰を下ろす。

 

「メニューかぶってるじゃん」

「君が頼んでいるのを見てね。私も同じものにしたんだ」

 

 じゃあさっきの「奇遇だね」はなんだったんだ……というツッコミを熱々のかけ汁と一緒に喉の奥へと流し込んでからすぐに「あっ……」と小さな声で呟いた。

 ルドルフはそんな俺を見て少しだけ首を傾げている。

 

「いただきます言うの忘れた」

「まだ間に合うさ」

「いや、『覆水盆に返らず』だ。両親の教えを守れなかった俺をどうか罵ってくれ」

「……く、ふふ……あははっ。大袈裟だな、君は」

「なにが面白いんだよ……」

 

 こっちは大真面目だというのに、右手で口元を押さえて子供みたいに笑うルドルフに冷ややかな視線を送ってから、両手をあわせて小さく「いただきます」を言った。するとしつこく笑っていたルドルフもようやく落ち着いて、続くように両手をあわせて「いただきます」を言う。

 ズルズルと自分の蕎麦を啜る音と、あちこちから聞こえてくる他トレーナーとウマ娘たちの話し声だけが響く。

 ちらと横目でルドルフの方を見やると、垂れる横髪を左手で支えながら箸で掴んだ蕎麦にふーふーと息を吹きかけていた。

 絵になるな……なんて思って見ていると、俺の視線に気づいたルドルフが困ったように苦笑を浮かべた。

 

「そんなに見られると食べづらいな……」

「そろそろ用件を教えてくれないかなと思ってさ」

「用件?」

「わざわざ声かけてきたんだ。なにか用があったんだろ?」

 

 そう問いかけるとルドルフは少し驚いたような表情を見せて、すぐに破顔した。

 

「用が無ければ声をかけてはいけなかったか?」

「いや、そんなことはないけど……」

 

 どうも調子が狂う。

 契約を解消してからはとくに関わりは無かったから、ルドルフとこうして話すのは随分と久しぶりで。別にケンカをしたとかそういうわけじゃないけれど、なんとなくお互いに干渉はしなかった。

 ふとダジャレを思いつくたびルドルフに教えてやろうと考えたりもしたが、結局それもメモ帳に残すだけで言ったことはない。

 もしかすると心のどこかで引け目みたいなものを感じていたのかもしれない。片や皇帝で生徒会長のルドルフと、片やしばらくの間担当も持たずにふらふらしていた落ちこぼれトレーナーだ。その溝は今なお埋まることはない。

 

「珍しいんだよ。お前から話しかけてくるなんて」

 

 そう言ってルドルフから視線を外し、コップ一杯の水を呷った。

 

「もうじき君の大切な彼女が帰ってくるだろう? 浮かれているんじゃないかと思ってね、揶揄いにきたんだ」

「んんっ……」

 

 覗き込むように首を前に倒してこちらを向いたルドルフは、いたずらに笑った。

 

「ブルボンは彼女じゃない!」

「ふふっ。そういう意味で言ったわけではないよ。ただの代名詞だ」

「……お前ほんっと良い性格してるわ」

 

 ルドルフと初めて出会って、ふたりでトゥインクル・シリーズに乗り込んだ頃、俺はまだまだ子供だった。多少は尖っていたし、ルドルフの絶対的な強さを自分のものだと勘違いして天狗になっていた時期もあった。

 けれどルドルフ以外のウマ娘とはデビュー戦すら走れなくて、先輩トレーナーたちからは良いように使われて、くっだらねえ仕事だと吐き捨てた夜もあった。

 

 ──そんなとき、ブルボンが楽しさを思い出させてくれた。やりきれない悔しさと挫折も味わった。それでも夢を追う背中を見せ続けてくれた。

 俺の中のブルボンが大切になっていくたび、色んなものが変わっていった。

 口調も性格も最初の頃に比べれば随分と柔らかくなったし……。

 

「そう思ってたんだけどなあ」

「どうしたんだ?」

 

 相変わらず隣のルドルフは楽しそうで、そんなルドルフに「お前と話していると少しだけ昔に戻った気分になるよ」と、ため息混じりに言った。

 

「私の前では、いつまでも子供のままでも良いさ」

 

 そう言ったルドルフの笑顔はひどく大人びて見えて、俺は子供みたいにそっぽを向いていじけて見せる。

 それからはお互い黙ったまま蕎麦を食べ進めて、ほとんど同じタイミングで「ごちそうさま」を言った。

 俺はなにも言わず自分のトレーにルドルフのトレーを重ねて、その上に器をふたつ並べて返却口まで持って行った。

 そのまま自販機で缶コーヒーを二本購入してルドルフの待つ席へと戻る。

 

「ほれ。ブラックで良いだろ?」

「……ありがとう。君のそういうところは変わらないな」

「気にすんな。俺は優しいんだ」

「ああ。それは私が一番よく知っているさ」

「……んなこと真面目に答えるなよ」

「すまない」

 

 苦笑したルドルフが缶コーヒーのプルタブを開けた音は周りの雑音にかき消され、それを見て俺もプルタブを開けた。

 口に含んだ瞬間一気に苦味が広がって、いつもは微糖しか飲まないくせに、見栄を張って同じブラックにしたことを早くも後悔する。

 顔に出ていたのか、そんな俺を見てルドルフは微笑んでから小さく口を開いた。

 

「そろそろ本題に移ろうか」

「は? 本題?」

 

 素っ頓狂な声を出した俺を無視して、ルドルフは缶コーヒーの縁を親指でゆっくりと撫でながら続ける。

 

「年末に近づくと生徒会の仕事が忙しくてね。……手伝ってはもらえないだろうか?」

「…………」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 くそっ。なにが「奇遇だね」、「用が無ければ声をかけてはいけなかったか?」だ。全然あるじゃねーか。

 

「お前最初からそれが目的だっただろ」

「ふふ。さて、どうだったかな」

 

 

 

 

   ×  ×  × 

 

 

 

 

 皇帝サマ直々の頼みとあっては断るわけにもいかず、かくして俺は生徒会室へとやって来た。

 早々にソファに座らされ、目の前の机の上にはドッサリと資料が置かれ、それを各種まとめてほしいと言ってルドルフは俺の正面のソファに腰を下ろした。

 

「大量だな……」

「そうだろう? 私も頭を抱えていてね。こんな大量の資料、どうしりょう……と」

「それつまんねー」

 

 間髪入れずに返してやった。

 

「……はは、君は当初からそうだった。相変わらず手厳しいな」

 

 うわっ……ションボリルドルフだ。

 耳はぺたんと垂れ下がり俯いている。この姿見せられると途端に俺が悪いことしたような気分になるんだよな。

 あまりに痛々しく、見ていられないので無理やりに話題を変えることにした。

 

「そういや、ナリタブライアンとエアグルーヴはいないのか?」

「ああ。ブライアンはヒシアマゾンとフジキセキと三人で寮合同のクリスマス行事の企画会議をしていてね。……エアグルーヴは、ふふ。別の用事で外している」

「なんだよその含みのある笑い方」

「すまない。気にしないでくれ」

 

 そう言われると余計気になってしまう。またなんか企んでんじゃないのかと。

 しかしそれを問いかけたところでまたはぐらかされてしまうのだろうし、わざわざ訊いたりはしないけれど。

 

 

 

 

 

 雨と違って、綿のように柔らかい雪は降り注ごうとも音を立てたりはしなかった。

 ふたりだけの生徒会室には、紙の擦れる音だけが響いている。別に気まずいわけではないが、もう少しくらい会話が欲しかった。かと言って思いつくネタも無いし、無心で手を動かしていると時刻はもうすでに17時をまわっていて、あたりはすっかり暗くなっている。

 大量にあった資料もほとんどが綺麗にまとめられ、終わりも近いなと息を吐くと、それと同時にルドルフの携帯が鳴った。

 

「すまない。少し失礼する」

「ん」

 

 ルドルフはソファから立ち上がり、窓際まで歩いていって電話をとった。

 

「……そうか、わかった。すぐに迎えに行こう。いや、気にしなくて良い。君の方ももう少しで終わるだろう? ふふ、頼もしいな。ああ、承知した」

 

 後ろ姿からはその表情は窺えなかったけれど、聞こえてくる声はとても優しくて、どこか嬉しそうだった。

 電話を終えたルドルフはこちらに向かって歩いてきて、机の上にあった資料をすくい上げるとそのまま引き出しの中に仕舞った。

 

「もう良いのか?」

「ああ。本当に感謝している。助かったよ」

「じゃ、俺も自室に戻るわ」

 

 言って立ち上がろうとした俺を手で制して、ルドルフは「見せたいものがあるからここで待っていてくれ」と告げて生徒会室を出て行った。

 

 大きく伸びをしてみたり、ソファに深く腰かけて足を組んでみたり、欠伸をしてみたり。

 そんな退屈な時間を五分か十分ほど過ごすと、ようやく扉の開く音が背中越しに聞こえた。

 

「ったく。見せたいものってなんだ……」

 

 振り返ってその姿を視認した瞬間、瞳孔が一気に開いていくのを感じた。

 もう声は出なかった。心臓がうるさいくらいに鳴り響いていて、でもまだ信じられなかったから右手で自分の頬を思いきりつねった。

 確かな痛みで、涙まであふれそうになるのをぐっとこらえる。

 俺はゆっくりと立ち上がり、目の前まで歩いて行った。

 震える右手を差し出して左頬に触れる。

 

 再会したらまず最初に伝える言葉は決めていた。

 なのに、ぎこちなく笑ってこんなことを言った。

 

「頬、冷たいな。雪降ってるもんな。寒かったか?」

 

 そう問いかけると、俺の右手にそっと自分の左手を重ねて頬擦りをしてくる。

 

「はい。マスター」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 雪が降っていた。

 

 目の前から聞こえてくるそれは電話越しに触れた声じゃないから、だからきっと、電話よりも少し遠くに聞こえるのに、ずっと大きく頭の中で響いていた。

 

「ああ……なんて言おうと思ってたんだっけ。ちょっと待ってくれ、まだ気持ちの整理が……」

「ただいま戻りました。マスター」

 

 左手で前髪をかき上げて目を泳がせた俺の言葉を遮り、ブルボンは優しく微笑んだ。

 

「……っ。おかえり、ブルボン」

 

 そうだ。まず最初にそれを言おうと思ってたんだ。余裕で笑って見せて、迎えてやろうと思ってた。

 ……なのに鏡なんて見なくてもわかるくらい、絶対今の俺は泣きそうな情けない顔してる。

 だって急すぎる。心の準備とか、そういうのあるだろう。温泉旅行とか花火大会とか、キス、だって……。なんでいつも唐突なんだ。

 

 まだ心が追いついてこない俺を気にもとめず、ブルボンは一歩踏み出して見上げてくる。

 

「…………」

 

 何故か空港でのことを思い出し、一歩下がって距離を取った。

 

「マスター。何故下がるのですか?」

「いやなんとなく……」

 

 そう答えるとまた一歩詰め寄ってくるから、一歩後ろへ下がる。

 

「待て、キスは無しだぞ!?」

「はい。オーダーを受理しました。『キス』はしません」

 

 そうは言ったものの、またまた詰め寄ってくる。

 なんだこれ……。

 

「え、なに……?」

「いえ」

 

 わからない。相変わらずブルボンがなにを考えているのかが全くわからない。

 

「あの日の空港で、マスターは私の頭に触れようとして上げかけた手を途中で止めました」

 

 ……気づいてたのかよ、恥ずかしいな。

 

「いつもだったら触れていたはず。なのに何故そうしなかったのか……考えるほどにわからず、私の思考にノイズ『もにょる』が発生」

「忘れた……。そんなことあったっけ?」

「……では、何故今触れてくれないのですか?」

「────ッ」

 

 つまり、頭を撫でろってことか?

 そうだったとしたらコミュニケーションがド下手すぎる。ド下手すぎるが、そこがたまらなく愛おしいのだと言うのは、流石に浮かれすぎだろうか。

 でもそうだよな。やっぱり触れるのは唇でも頬でもなく、そこが一番心が『安定』する。

 

「おかえり、ブルボン」

 

 右手でそっと頭に触れて、今度は心の底からの笑顔でそう言った。

 

「はい。ただいま、マスター」

 

 ずっと見つめあっていたいくらい、いつまでもずっと、今が続いていけば良いと思った。

 そんな雰囲気を壊すように扉の先から「コホン」というわざとらしい咳払いが聞こえてきて、驚いてそちらに目をやると、気まずそうにしているルドルフと目が合った。

 

「すまない。そろそろ、良いかな……」

 

 あぁ、くそ、恥ずかしい。

 

 

 

 

   ×  ×  ×

 

 

 

 

 次に連れられてやって来たのは、俺がいつも使用しているトレーナー室で、まだなにひとつ理解できていない俺はドアの前に立ったルドルフの背中に向けて声をかけた。

 

「そろそろ説明が欲しいんだけど」

「すぐにわかるさ」

 

 そう言ってルドルフはこちらに向き直り、扉を開けて中に入れと目で促してくる。

 それに従ってドアノブに手をかけ、ガチャリとまわすと中は真っ暗だった。

 

「待てブルボン、電気は俺がつけるから」

 

 スイッチに手を伸ばそうとしたブルボンの腕を慌てて掴み、反対の手で電気をつけた。

 パッと明かりが灯って、それと同時にクラッカーの音がいくつも響く。

 

「メリークリスマース!!」

 

 部屋は一面クリスマス一色で飾りつけられており、長机の上には料理とケーキが並べられている。

 

「びっ、くりしたぁ……」

 

 驚いたのは俺だけだったようで、どうやらこのサプライズにはブルボンも噛んでいたようだ。

 

「おかえり、ブルボン!」

 

 まず初めにテイオーが飛びついて、次にファル子が駆けてきてブルボンの手をきゅっと握った。

 

「ブルボンちゃん! 新しい曲いっぱいできたんだよー☆」

 

 そしてデジたんは一歩離れたところから目をきらきらと輝かせている。

 

「んはーっ! 三年ぶりのブルボンしゃん、尊みやばない? 女神降臨っ! いやいつも尊いですけど!!!」

 

 その一番後ろからはエアグルーヴがやれやれといった風に苦笑を浮かべて見守っている。

 ブルボンを囲んでわいわいとはしゃいでいる三人の横を通り過ぎて、そんなエアグルーヴの目の前まで歩いて行った。

 

「驚いたよ。これは生徒会が?」

「たわけ。会長の頼みだから手伝っただけだ」

 

 そう柔らかく微笑んだエアグルーヴからルドルフへ視線を移すと、会話を聞いていたルドルフは苦笑した。

 

「私はテイオーに頼まれてね」

 

 その声にぴくりと耳を反応させたテイオーは嬉しそうにこちらを向いた。

 

「ボクはブルボンに頼まれたんだ。にっしっし」

 

 ……なんだ。そういうことだったのか。一枚噛んでいるどころじゃなく、考案者だったとは。

 ルドルフがカフェテリアで声をかけてきたのも、生徒会の仕事を手伝わせたのも、エアグルーヴたちが準備をしている間俺をトレーナー室に近づけないためだったというわけだ。

 それから、万が一にでも俺が学園の外に出てしまってすれ違わないように足止めも兼ねて、か。

 

「しかし、クリスマスには少し早いと思うけど」

「毎年トレセン学園では寮合同のクリスマスパーティが行われます。そちらに参加すればマスターとふたりでクリスマスを過ごすことはできません」

「そういや毎年やってたな」

「私はみなさんと過ごすクリスマスも、マスターとふたりで過ごすクリスマスも、どちらも欲しいと考えています。……海外にいた三年間で、『欲張り』、に……なってしまったと考えます」

 

 そんなことを大真面目に言ったブルボンの顔はまともには見れなくて、頬が熱くなるのを感じながら窓の外へと視線を移した。

 

「では、私はそろそろ戻るとしよう。まだ生徒会の仕事が残っているからね」

「会長は働きすぎです。あとは私が……」

 

 そう言って部屋を出て行こうとしたルドルフとエアグルーヴを呼び止め、ブルボンは頭を下げる。

 

「おふたりとも、無理を聞いていただきありがとうございました」

「ふふっ。気にすることはない、またいつでも相談してくれ」

「消灯時間は守るようにな」

 

 優しく笑って出て行ったふたりを見送って、今度はテイオーが口を開いた。

 

「じゃ、ボクたちもそろそろ行こっか」

「……テイオーたちまで気をつかうことはないだろう? せっかく久しぶりに五人揃ったんだから……」

「にしし、最初からそういう段取りだったんだよ? 相変わらずだなぁトレーナーは」

 

 揶揄うように笑ったテイオーと、苦笑しているファル子。デジたんは呆れたようにため息をついている。

 ……そんなこと、もうとっくにわかっているけれど、「ふたりで過ごすクリスマスも欲しい」だなんて面と向かって言われたら、また気づかないふりをしてしまうんだよ。どうしたって俺はダメな奴だから。

 

「じゃ、ごゆっくり〜」

「スキャンダルはだめだよ、ブルボンちゃん」

「あたしは今すぐ自室に戻って『ブル本』を描……い、いえ、なんでもありません!」

 

 またあした、と手を振った三人にブルボンは頭を下げて「みなさん、ご協力感謝します」と。

 パタンと扉の閉まる音がして、静寂が訪れる。

 今までどんな風に話していたか、それを思い出せないのは久しぶりだからだろうか。違うな。……気まずいなんて感情を抱いたのは、いつ以来だ。

 とにかく話題を探さなければならないと焦っていると、ブルボンの方から『ぐぅぅぅ』という音が鳴った。

 

「……い、今の低音は、ブルボンが怒ると鳴ると言われている噂のエラー音か!?」

「いえ。今のは腹部の音。つまり、ステータス『空腹』です」

 

 なんて、ふざけてみてもブルボンにこの手の冗談は中々通じてくれない。

 予想通りくそ真面目な答えが返ってくるだけだ。

 

「みんなが用意してくれたんだし、とりあえず食うか」

 

 でもやっぱりそういうところが愛おしくて、苦笑しながら長机の上に並べられた料理の前に腰を下ろし、ふたり揃って手を合わせた。

 

 食べ終わる頃にはまた前みたいに普通に話せるようになっていて、ブルボンがいなかった三年間のことや、海外での生活はどうだったかなど、色んなことを話した。

 

 それから、ブルボンが均等に切り分けてくれたショートケーキを口にしながら、いちごから食べたブルボンを見つめて、ずっと引っかかっていたことを投げかけた。

 

「そういやさ、新しい目標って……なんだ?」

 

 ピタリとブルボンの手が止まり、ゆっくりとこちらを向いた。

 

 また、俺の前からいなくなるのだろうか?

 唐突に切り出されるのは怖かったから、自分から問いかけた。

 

「……引退を、考えています」

「は? また……ッ、ケガでもしたのか!?」

 

 慌てて立ち上がった俺とは対照的にブルボンは冷静で、ふるふると首を横に振った。

 

「すぐにというわけではありません。ただ、走ることと同じくらい、大切な『目標』です」

 

 相変わらず突っ立ったまま、動けなかった。

 ごくりと唾をのんで、次の言葉を待つ。

 

「私は──マスターのようなトレーナーになりたいと考えています」

 

 ……心臓が高鳴った。瞳孔が開いて、言葉が喉に詰まる。

 そんな俺の隣へやって来て、ブルボンはしっかりと俺の瞳を見据えた。

 

「マスター。ご指導のほど、お願いできますか?」

 

 ──まだ幾許かの我慢は必要だった。

 正式に引退を発表したわけではないから、俺たちの関係性は変わっちゃいないのに、理性の方が先に決壊した。

 

 腕を掴んで引き寄せて、右手を背中に、左手を腰にまわして強く抱きしめた。

 

「────ッ」

 

 俺の力はウマ娘の何十分の一だろうか。敵うはずもないのに、無理やりにその唇に触れた。

 かちりと歯がぶつかる音が聞こえて、慣れてもいないのに、永くキスをした。

 

「ます……た、ぁ……」

 

 甘い、生クリームの味がする。

 

 ブルボンの肩は上下に揺れていて、息苦しそうに頬を紅潮させて目をかたく閉ざしている。振りほどくのなんて簡単なはずなのに、それでも両手を俺の背中にまわしてきゅっと服を掴んでいた。

 

 ──もう二度と離したくない。

 もしまた俺の目の前からいなくなるというのなら、今あるもの全部投げ捨ててでも追いかけて逃がさない。あの世でも来世でも、どこにいたって必ず見つけだして、何度でも強く抱きしめたい。

 だって、あの日俺を見つけだしてくれたのはブルボンじゃないか。俺のことを認めてくれて、祈りを込めて幸せを願ってくれて、好きだと言ってくれて……キスまでしたくせに逃げるように走り去って。

 だからもう、この先なにを失っても、俺はきっと……ブルボンだけは手放せない。

 

「好きだ……。ずっと、俺の傍にいてくれ……」

 

 抱きしめた腕にさらに力を入れて、額をブルボンの右肩に預けて震える声で告げた。

 

 ──生まれて初めて恋をした。

 その相手はサイボーグのようにいつも無表情で、なにを考えているのか未だによくわからない。けれど俺の記憶の中にいるブルボンは笑顔だったり泣き顔だったり、頬を真っ赤に染めていたりと、滅多に見せない表情が大半を占めていた。

 恋とは一体なんなのか。結局のところ、答えなんて無いのかもしれない。

 わからないことばかりだから、こんなにも知りたくなるのだろうか。

 わからないから……こんなにも惹かれるのだろうか。

 

「在るもの全部くれてやる……。知識も、経験も、これからの人生だって……なにもかも……。立派なトレーナーになれるよう、全力でサポートする。だから──ッ、おまえを俺にくれ」

 

 ぴったりとくっついているその大きな胸から、ドクドクと心臓が脈打っている音が伝わってくる。

 もしかしたら俺の音かもしれない。もうわからない。多分、最初から最後まで、どれだけ近くにいても、わからないことの方が多いのだろう。

 でも、だから──どうしようもなく好きなんだ。

 

「ずっと保留にしてたけど、これが俺の答えだから……。ブルボンの答えも聞かせてほしい」

 

 お互いに抱き合っているからその表情は窺えなかったけれど、伝わってくる熱は火傷しそうなほどに熱かった。

 

「恐らく私は……いえ。100%の確率であの日から、そしてこれから先も変わることはありません。いつまでも好きで、いつまでも共に歩んでいきたいと考えています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたと、ふたりで……」

 

 

 

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