ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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 距離を漢数字で表そうか英数字で表そうか迷っていて所々表記ブレしていますがご了承下さい。どちらで統一するか決めたら修整いれます。


第10話 淀に咲いた花

 十一月十九日、長く続いたマイル路線最後の大舞台。京都レース場1600m、マイルチャンピオンシップ。

 この日は色々な意味で波乱の展開となっていた。

 まず、直前まではそこまで注目されていなかったウマ娘、フジノネヴァーさんのパドックでの絶好の仕上がり具合が注目され始め、レース直前になって急に人気が跳ね上がり一番人気に。

 かつて同レースを二連覇したダイタクヘリオスさんと知り合いであるのか、観戦に来ていたダイタクヘリオスさんは少し特殊な言い回しでその娘を応援し、その娘もまた、特徴的な言い回しでヘリオスさんの声援に応えていたのが印象的だった。

 そして、波乱を呼んでいた存在と言えばもう一人、アグネスデジタルさん。

 彼女のレース成績を振り返ると芝未勝利、それはともかくとして前走がダートと通常では有り得ないローテーションで参戦してきたのです。更に言えば、彼女はまだクラシック級のウマ娘。

 クラシック級のウマ娘で同レースを勝利したウマ娘はまだ片手で数えられる程度にしかいない。そのような背景もあって当然彼女の人気は低く、十三番人気と誰も見向きしないと言っていい存在だった。

 けれど、まるで我々の常識を嘲笑うかのような出来事がこれから起こるだなんて、この時はまだ誰も知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ〜、流石に十一月下旬ともなれば、老体には寒さが響きますなぁ・・・。」

 

 「全然まだ若いのに、何言ってるのネイチャ〜。」

 

 「・・・ざぶい・・・。こここ、こんなに寒いならもっと厚着してくれば良かった・・・。」

 

 「ターボさんなら薄い長袖一枚で来る事もあろうと考えて、数枚の上着と大量のカイロを用意しておきました。良ければ皆様もどうぞ。」

 

 「流石イクノ!気が利くねぇ。」

 

 この四人、本当に仲良しだな・・・。

 実は、デジタルがマイルチャンピオンシップに出走すると言う事を聞きつけて、ネイチャ、ターボ、イクノ、タンホイザが遠路はるばる応援しに来てくれたのだ。

 

 「有難うな、わざわざ京都まで。」

 

 「お気になさらないで下さい。デジタルさんには普段からお世話になっていますから。これくらいの事、大した事ありません。」

 

 デジタルのやつ、いつの間にそんなに他のウマ娘に尽くしているのだろう?この四人と仲が良いと知ったのも、夏合宿の時が初めてだ。もう少しそこら辺の交友関係の話をしてくれてもいいのに。

 

 「おやおや、君たちも一緒に来ているとはねぇ・・・。」

 

 和気あいあいとしている所に投げ込まれる聞き覚えのある声。皆もそれを察してか、会話がぴたりと止まりその場が凍った。

 

 「な・・・、タキオンも観戦に来たのか・・・。」

 

 「当たり前だ。大切なモルモットから得られるデータを記録に纏めるまでが実験だからねぇ。

 ・・・それに、その大切なモルモットに何かあってはたまったものではないし・・・。」

 

 「え?」

 

 「いや、何でも無い。こちらの話だ、忘れてくれ。」

 

 何かあっては・・・の何かと言えば、やはり怪我だろうか。もしそうなら意外にも、普段の言動に反してタキオンというウマ娘はもしやすると優しいのかもしれない・・・?

 オレがタキオンに興味を持ち質問をして理解を深めようとしたその刹那、ターボが大声でこう言った。

 

 「・・・やっぱり、この前デジたんに怪しい白い粉渡してた人だ〜っ!!!」

 

 悪気は無いと思うが、ターボの発言に周りの視線が一気にこちらを向いた。

 

 「・・・概ね正しいが、その言い方だと周りに大きな誤解を与えるから止めてくれないか。

 アレは砂糖さっ!砂糖を手渡していてね!私は甘い物無しの生活など考えられないからね、デジタル君に何かお菓子でも作ってもらおうとでも思ってね!」

 

 タキオンはわざとらしく大きな声で弁明する。周りは「なんだ砂糖か」といった反応をし、何事も無かったかのようにまたターフに目を向けた。

 

 「やれやれ、とんだ迷惑だな。

 ・・・ターボ君、後で逃げの奥義とも言える秘密の論文を特別に教えてあげよう。だから私に付いてきてくれたまえ。」

 

 「なになにっ!?逃げの奥義!?秘密!?わぁぁ・・・!よく分かんないけど、おもしろそーっ!!!」

 

 「ターボッ!?絶対について行っちゃダメだからね!?」

 

 言葉巧みにターボを連れて行こうとするタキオンに対して必死に制止する三人。暫くずっとわちゃわちゃしている間に、ターフにデジタルが現れた。

 

 「あ、デジたんだ!」

 

 「・・・なんか、様子おかしくない?」

 

 ネイチャの言う通り、ターフに入ってもデジタルは何を考えているのか、他のウマ娘は自分の調子を走ったりしてアピールしているのに彼女は顎に手を添えながら、ずっと徐にうろうろと歩き回っているだけなのだ。

 

 「まぁやる気あるのかどうか分からないのはいつもの事だが・・・、いつも以上に底が見えなくて不気味だな・・・。」

 

 不気味と言えば、デジタルを見てニヤニヤと静かに笑うだけのタキオンも気になる。一体、何が起きてしまうのか・・・。

 

 「・・・ふぅ、ふぅ、はぁ、間に合ったぁ〜・・・!」

 

 「・・・失態。まさかここまでミッションコンプリートに時間がかかるとは。」

 

 声の方向を振り返ると、黒髪の小さな少女と頭を抱えながらロボットのような動きで近づいてくる少女二人がいた。

 

 「ら、ライスさんにブルボンさん!?」

 

 「・・・えっ、皆・・・。奇遇、だね?」

 

 ライスシャワーにミホノブルボン。まさかこの二人まで京都に来ているとは思わなかった。

 

 「二人も観戦に来たの?」

 

 「うん、私はデジタルちゃんがこのレースに出るって聞いて、せっかく京都レース場を一緒にお勉強したから結果まで見ようかなって・・・!」

 

 「えええ?あのライスに協力を仰ぐなんて・・・。デジタル、なかなかやり手ですなぁ。」

 

 ライスシャワーと言えば、菊花賞ではミホノブルボンのクラシック三冠を阻止し、天皇賞春ではメジロマックイーンの同レース三連覇を阻止、更に同レース二勝を挙げた、正に淀を知り尽くしたベテランと言っていいウマ娘だ。

 どこからどういう経路でライスに接触したのかは不明だが、この娘に京都レース場の研究の協力を申し入れるのは、距離こそ違えど自然な流れかもしれない。

 

 「因みにブルボンはどうしてここに?」

 

 「ライスさんの付き添いです。ボディーガード、と言えば宜しいでしょうか。ライスさん一人で京都に行くのは危険だと判断したので。」

 

 「・・・でも、ライスがスマホを忘れてブルボンさんはスマホが壊れて、電車を乗り間違えたり迷子になったりしている内に遅れちゃったんだ・・・。ごめんねブルボンさん、ライスの不幸に巻き込んで・・・。」

 

 「大丈夫です、問題ありません。ここに来るまで全て赤信号であったり工事で遠回りを強いられたりしましたが、それもこれも私の準備不足が原因です。」

 

 「・・・ははは・・・、お二人らしい・・・。」

 

 そうこうしている内にやがてマイルチャンピオンシップのファンファーレと共に各ウマ娘たちのゲートインが始まり、結局デジタルは考え込んでいる様子のまましずしずとゲートインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園食堂。そこでは、テレビ中継を通して同世代の活躍を見守る四人のウマ娘がいた。

 

 「いよいよ、マイルチャンピオンシップが始まりますねーっ!今年はどんなレースが見られるのでしょうか!」

 

 「キングちゃんもいるし、あのデジタルちゃんもいるし・・・。楽しみだね、グラスちゃん!」

 

 「・・・えぇ、そうですね・・・。」

 

 「・・・実力者揃いだからねぇ。仕掛けが甘かったら勝てないね。」

 

 その内二人はレースの動向に注目して賑わっていたが、一方のもう二人はテレビを見てはいるものの完全に上の空で、心ここにあらずと言った調子だった。

 最近ずっとこのような様子で気まずくなりがちであり、スペとエルはお互い目を合わせるもこの場を盛り上げる手段など思いつかず、結局テレビの画面を黙って見つめるに至った。

 

 (・・・相手はシニア級の強豪やGⅠウマ娘ばかり。それだけならいざしらず、前走でダートを使ってから芝のGⅠを走るだなんて・・・。

 普通に考えたらわざわざ負けにいくようなものですが、本当に勝つつもりなのでしょうか。)

 

 グラスは、デジタルが京都へ移動する直前に彼女と会っていた。ひと目見た時から運命的な物を感じて何かと気を配っていたが、相手は想像以上に悪い意味で化け物だった。

 自分の慧眼は間違っていたかもしれないと思いながらも、最後に一回くらいはと足を運んだのであった。

 

 「え、グラスさん!?なな何故にトレーナー室の前にいらっしゃるのです!?」

 

 「・・・こんにちは、デジタルさん。あなたにお話があって、この度はお邪魔しに来ました。」

 

 「そ、それはそれは・・・。お忙しい中わざわざご足労様です・・・。」

 

 「・・・単刀直入で申し訳ありませんが、デジタルさんの次走がマイルチャンピオンシップというのは、間違いのない情報ですか?」

 

 「え、ええ。まぁ・・・。」

 

 「何故、芝のレースを使うのですか?他にも選択肢はあるでしょう?」

 

 「・・・無いことは無いんですけど、距離は問題無いのでこのレースを走ろうという運びになったんです。」

 

 「・・・いえ、デジタルさんはダート向きでしょう?これまでの戦績を振り返れば、それは一目瞭然のハズです。」

 

 「あー、確かに芝はまだ一回も勝ててないですけど・・・。まぁ距離適正はあるんでなんとかなりますよ!」

 

 

 デジタルは一抹の不安も感じていないような笑顔を見せた。

 この時、自分は心底呆れてしまったのをグラスはよく記憶していた。こんな滅茶苦茶なローテーションをそんな軽すぎる理由でやっているのなら、先輩として、彼女を止めなければならない。彼女はそう思った。

 

 「・・・デジタルさん。」

 

 「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 「もうマイルチャンピオンシップまで一週間を切っていますから今回は見逃しますが・・・。

 厳しい言い方ですが、もう少し身の丈に合ったローテーションを考えるべきだと思います。」

 

 「身の丈に合ったローテーション・・・、というと?」

 

 「デジタルさんは世代の中でもダートウマ娘として最前線を走っていける実力があるのですから、ダート一筋で使っていくのがセオリーだと思います。

 とはいえ、ジャパンカップダートと東京大賞典は距離が長いでしょうから、まずはGⅡ以下のレースで力を付けて来年のフェブラリーステークスに・・・。」

 

 「・・・あのう、お言葉ですがそれじゃあ、遅いんですよ・・・。」

 

 「ええ?遅い・・・?」

 

 「訳あって、どうしても今年中にGⅠを勝ちたいんです!GⅠを勝つためなら、あたしは芝だろうとダートだろうと距離が長かろうと挑戦しようと思っている次第ですっ!」

 

 「・・・ですが、いくらなんでもマイルチャンピオンシップは無理がありますよ。前走が武蔵野ステークスでしょう?

 今のデジタルさんが好調なのは分かりますが、古豪を相手に出来るほどの実力はまだ身についていないですし、前走と次走に求められる適正が違い過ぎます。はっきり言って、勝つのは不可能です。」

 

 「・・・それでも、あたしは勝ちたいんですっ!」

 

 その瞬間、グラスの中でぐちゃぐちゃに絡み合っていた糸がぷつんと切れた。

 

 「レースを、舐めないで下さい!!!」

 

 まるで堤防が決壊したかのように、溜まっていた負の感情が一気に押しでた。

 

 「今年中にGⅠを勝ちたいと言いながら、蓋を開けてみれば訳の分からない行動ばかり・・・。そんな生半可な想いで勝てるような世界ではないんです!

 例え血と汗滲む研磨があったとしても、結果に繋がるとは限らない。なのにあなたと来たら・・・!」

 

 グラスは鋭くデジタルを睨んだ。言いたい事が山のようにあるせいで思考の整理がつかず、それ以上の言葉が出てこなかったが、自分が酷く怒りを覚えているのが分かった。

 ──何故、自分はまだクラシックを走っているような経験の浅いウマ娘にこんなに怒っているのだろうか?グラスはもう、自分が何をしたいのかよく分からなくなっていた。

 

 「・・・言いたいことは、分かります。」

 

 黙って聞いていたデジタルが、静かに口を開いた。

 

 「ダートから突然出てきたヒヨッコが、ベテランやGⅠを勝利した経験を持つ勢いあるウマ娘ちゃんにいきなり芝で挑むだなんて馬鹿げてる。確かに、その通りです。

 グラスさんやスペシャルウィークさんのように超一流の実力を持っている訳でも無ければ経験が豊富な訳でも無い。しかも前走がダートなのに芝を使う頭のネジが外れたウマ娘なんて、応援出来ないに決まってますとも。」

 

 「・・・理解しているのなら、何故あなたはこんなふざけた真似をするのですか。」

 

 デジタルは目を瞑り、暫し考え込む様子を見せた。

 

 「それ相応の理由を示せたら、格好がついたとは思いますけどね?」

 

 「・・・はい?」

 

 「理由としてはズバリ、『勝ちたい』からですね!」

 

 グラスは思わず天を仰ぎたくなった。意味が分からない。このウマ娘は、何を言っているのだろうか?

 

 「やっぱりこれまでの経験上、距離が一番今の自分には堪えますから。無理に距離延長するよりかは、芝に挑むのが一番勝算があると判断したのです。」

 

 「・・・ですから、そんな無茶苦茶な事をして勝てる訳が・・・。」

 

 「あたしは、『勝ちたい』んです!どんなに無茶だと言われても、無謀だと言われても、あたしはこのレースを勝ちに行きます!

 今のあたしの闘志は、どんなに強いウマ娘ちゃんが相手であろうとへこたれたりすることなど決してありません・・・!」

 

 それまで全く見せることの無かった彼女の闘志が、初めて顕になった。

 グラスの目には、一昔前の自分の姿が映っていた。どんなに強い相手であろうと負かしてしまう、世代の中でも頭抜けた実力を持っていた栗毛の怪物と呼ばれたあの時の自分が、そこにいた。

 何故なのかは分からないが、今の彼女は昔の自分と重なって映っていたのだった。

 グラスは思わず、目を逸らした。あの時の自分と比べて、今の自分の不甲斐なさを思い知らされているようで、嫌になってしまう。

 

 「・・・もう、いいです。分かりました。」

 

 踵を返し、彼女から逃げるように距離をとろうとした。あのまま彼女を見つめていたら、頭がどうにかなってしまう。

 

 (今のあなたこそ、勝者になる価値などありません。頂点を求めて研磨の果ての姿がこの様とは、嘆かわしい。)

 

 栗毛の怪物の声が、かつて栗毛の怪物と呼ばれていたウマ娘に流れ込んできた。いや、実際の所は彼女にとってそう聞こえる、だけであったが。

 

 (貴方はこのライバル達と過ごした数年間で何を見て学んできたのです?・・・まぁ、現実逃避だけは達者になられたようですが。)

 

 自分に似た栗毛のウマ娘は、何の躊躇いもなく次々と容赦の無い言葉を浴びせてきた。勿論グラスも、言われてばかりではなかった。

 

 (貴方に何が分かると言うんですかッッッ!!!辛酸を舐め続け、土をつけられ続ける屈辱も知らない分際で・・・!

 例え何度骨が折れようと、かつての私は立ち上がった。それは何故か?

 ・・・勝つ事が出来る実力がまだ備わっていたから、ですよ。

 希望が見えるのならば、まだ我慢が出来た。もう一度飛び立てる事を信じることが出来た。でも今の私は、身体は棄てられた刀のように錆び果て、心は硝子のように粉々に砕け散った。

 不死鳥はもう・・・、飛べない。)

 

 気が付けば、グラスはポロポロと涙を流していた。決して口にはしないが、人前で涙を見せたことが無いのが彼女の小さな自慢であった。

 グラスの目からいつの間にか栗毛の怪物の姿は消え、アグネスデジタルというまるで覇気のないウマ娘の姿に戻っていた。彼女は突然涙をこぼし始めた自分に困惑しているようだった。

 

 「・・・哀れですよね。笑えば良いと思いますよ。本当の私は、弱かったんです。」

 

 グラスはほぼ自暴自棄でそう言った。

 誇りなどとうの昔に走力と共に消え失せた。残されたのは鉄のように重たい何の役にも立たない器だけ。

 ・・・そう思っていた。

 

 「いえ、グラスさんは本当にお強いですよ。私が保証致しますとも。」

 

 「・・・情けなど無用ですよ。私の事など無視して、貴方が為したい事を為せば良いと思います。」

 

 「無視なんて、とんでも無い!あたしの為したい事って言えば、GⅠのタイトル獲得だとかそんなのでは無くて・・・。

 とにかく、グラスさんを無視など出来る訳がありません!

 ライバル達と大舞台で繰り広げた火花散る戦い、それを圧倒的な才能と華麗な走りで見事制してきたウマ娘ちゃんのどこが弱いんですか!

 それに、グラスさんから教えて頂いた走り方とかレース中の考え方だとかは大変参考になっていて、お陰様で他のウマ娘ちゃん達に恥じないレースが出来るようになってきましたから!

 こんな特徴の無いウマ娘の力を引き出せるグラスさんはただ者では無いんですよ!ね?そう思いませんか!?」

 

 「・・・・・・・・・特徴の、無い・・・?」

 

 突っ込んだら負けな気がしたが、突っ込まずにはいられなかった。必死にグラスワンダーというウマ娘の強さをアピールするデジタルを見て、良くも悪くも頭の中がスッと晴れて、全身にかかっていた重りが軽くなったような気がした。

 

 「・・・まぁ、そこまで言うなら、私が教えた事を存分に本番で活かしてみて下さい。もしそれで勝てるのなら、グラスワンダーは強かったと認めましょう。」

 

 勿論それで納得いく訳が無いのだが、自暴自棄の感情が変な方向へと思考を変えた、というよりは何も考えておらず、口から勝手に言葉が発せられたのだった。

 

 「了解しました!不肖アグネスデジタル、必ずやグラスさんの教えを活かし、マイルのチャンピオンになって参ります!それではっ。」

 

 彼女はそう言うと、元気良く走り去って行った。あの時は何だか、煙に巻かれたような気分だった。ただ、悪い気持ちはしなかった。

 パドックでの彼女は、ずっと何かを考えているようで一見走る気があるのか無いのか分からない。

 

 「・・・見せて頂きましょうか。これまでの積み重ね、修行の成果を。」

 

 テレビ越しであるのが悔やまれた。現地であったなら、彼女が内に秘める闘志を肌で感じ取れただろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁ風爽やか、水爽やかな京都レース場にGⅠのファンファーレが鳴り響きました。早くも各ウマ娘のゲートインが始まっています。」

 

 「非常に淡々と進んでいますね。グリーンモーガン、そしてフジノネヴァー、共に落ち着いてゲートの中に収まりました。」

 

 「勝ち時計はどれくらいになるでしょうね。」

 

 「やはり・・・、一分三十三秒を切る、くらいじゃないですかね。」

 

 実況席でレース展開が予想されている中、あたしはゲートの中でも相変わらず京都レース場のコースで走るイメージトレーニングを繰り返していた。昨日からの分だけでも既に何十回繰り返したか覚えていられない程に頭をフル回転させてデモンストレーションを行っている。

 こんなにイメトレをやるのにも勿論理由があって、タキオンさん曰く、研磨されたあたしの力を最大限引き出す為に全てのレース展開を「想定内」で進められるようにして欲しいとの事で。

 著しく遅い展開から速い展開まで、様々なシチュエーションの下でそれを行った。

 自分がウマ娘ちゃんの事以外でこんなに狂ったように物事に打ち込む事は滅多に無いけれど、このレースだけは絶対に勝たなければならないという気持ちが湧いてくる。

 キングさんからの期待、グリーンさんとの約束、トレーナーさんとの約束、原因は色々考えられるけれど、決定打はその何れでも無い。

 言葉では上手く表せないが、体の奥底から漲るような力が、得も言われぬ懐かしさと共に溢れ出てくる。

 ・・・神は風を備える。だが人が帆をあげなければならない。

 あらゆる追い風を受けるあたしは、このレースを勝てる可能性はゼロではない。ならば、例えどれだけ低い勝率であろうと、手繰り載せてみせる。

 それが、あたしを見出してくれたあの人への最大限出来る感謝なのだから。

 

 「さぁゲートインが終わります。それぞれの世代の名誉をかけて、いざスタートォッ!!!」

 

 ガコンという聞き慣れた重い金属音が響くと共に、扉の向こう側へと、強く一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「揃ったスタートになりました、グリーンモーガンは後方に置かれています。」

 

 流石GⅠと言った所で、全員が指折りの実力者なだけに大きな出遅れは一人もいない。デジタルも良いスタートを切れたので後は流れに乗るだけだ。

 しかし、逃げを打ったウマ娘の物凄いスタートダッシュにより戦列はやや縦長に。激しい先行争いが繰り広げられそうな展開になった。

 

 「・・・不味い。デジタルのやつ、流れに乗り切れていない。」

 

 キングやグリーンはなんとか喰らいつき戦列に加わる事は出来たが、デジタルは中団最後方のウマ娘から半馬身差程開いている。いつも良い位置を取れる彼女が最初から不利を食らう展開にオレは内心焦りを覚えた。

 だが、デジタルは酷く冷静に状況を見ており、無理に前に行く必要は無いと判断したのか後ろでどっしりと足を溜める事にしたようである。

 こうなると、祈るしか無い。彼女のキレある末脚に。

 

 「半マイル標識を四十五秒程で通過です。まずまずのペースとなっています。・・・と、グリーンモーガンが中団まで上がってきた!」

 

 序盤でしてやられた分を取り返そうとしたのか、グリーンは先頭を見据えて位置取りを上げた。

 既にGⅠを一勝しているからそれもそのはずだが、何だかんだやはり彼女もまた一流のウマ娘であり、位置取りが絶妙に上手い。

 因みにデジタルはというと、まだ最後方である。もうすぐ直線を向くというのに位置を上げる気配は微塵も無い。直線で一気に捲くるつもりなのだろうか。

 

 「さぁ、直線を向いた!外からグリーンモーガン、更にその外からキングヘイロー!

 だがフジノネヴァーが突き抜けた!突き抜けた!これは決まったか!」

 

 内から外から、ウマ娘達が先頭目指して突っ込んでくる。もう勝負は残り二百メートルを切った。先頭を行くフジノネヴァーの脚色は非常に良く、このまま逃げ切りそうであった。

 だのに、デジタルはいまだ最後方にいてまだまだ仕掛けない。

 

 「おいおい、今行かなかったらいつ行くんだよ・・・!」

 

 よくよく考えたら、仕掛ける以前に、デジタルの目の前は団子状態で競り合うウマ娘達で塞がれている。競り合う余地すら無く、どう考えても万事休すな場面だ。

 終わった。デジタルを知る者達は皆一瞬そう思った。デジタル本人とただ一人のウマ娘を除いて。

 

 「ククク・・・。まだ諦めるには早いぞ、君達。」

 

 タキオンはレース前と変わらず不敵な笑みを浮かべて余裕綽々といった様子である。

 

 「で、でも、あの位置から差し切るなんて流石に無理があるのでは・・・。」

 

 タンホイザがタキオンに余裕の訳を聞き出そうとしたその刹那、デジタルが急に大外に進路を取り、前に誰もいない状態となった。しかし、ゴール板はもう目前である。

 

 「レースに絶対など無い。しかとその目に焼き付けたまえ。これが・・・。」

 

 「これが、あたしの全身全霊、だぁぁぁあああ!!!」

 

 地面を一蹴りしたその途端、デジタルは物凄い加速で中団のウマ娘達、そしてキングヘイロー、グリーンモーガン等を次々と躱していった。それはもう、まるで赤子の手を撚るように簡単に。ゲームのようだった。

 

 「お、大外からアグネスデジタルーッ!!!大外からアグネスデジタルーッ!!!」

 

 あまりに突然の、ぶっ飛んだ出来事にオレ達は啞然とするしか無かった。

 そして気が付けば、先頭はもう目の前。それは完璧なレース運びで初のGⅠ勝利を飾るかと思われた一番人気のウマ娘、フジノネヴァー。

 これも勢いそのままに難なく躱し、デジタルは絶望的かと思われたラスト一ハロン最後方からの追込で全員纏めてぶっこ抜き、ゴール板を駆け抜けた。

 

 「アグネスデジタルです!一着はアグネスデジタルーッ!!!衝撃の末脚ッ!!!」

 

 こんな、こんな事があるのだろうか。

 

 「え、ええ・・・。」

 

 「・・・理解不能。早急にデータを取る必要があります。」

 

 その動揺は勿論オレだけでなく、ターボ、イクノ、ネイチャ、ライス、ブルボン、そして観客にまで及んでいた。

 観客もだが、レースを走っていたウマ娘達など一体何が起きたのか、理解が追いつかずその場に立ち尽くしていた。フジノネヴァーは特に、文句の付けようが無い程美しいレース運びだったのに何故か躱された事への衝撃が隠せず、頭を抱えたり天を仰いだり。

 しかも、事態はこれだけでは終わらなかった。

 

 「・・・こ、このタイムは・・・!?電光掲示板をご覧下さい!勝ち時計は一分三十二秒六、レコードの赤い文字が表示されています!凄いタイムが出ました、これは驚きです!」

 

 なんとあれだけ不利を喰らっておきながらあの爆発的な末脚だけでレコードタイムまで叩き出したのだ。

 理不尽。あまりにも理不尽過ぎる末脚である。

 

 「・・・はは、何あれ・・・。」

 

 「意味分からん・・・。」

 

 「いやどこから飛んできた・・・?」

 

 レース場内は混乱に包まれ、止まないざわめきはレース場を超え世間をも駆け巡った。後から聞いた話だが、それはもう、SNSでも大騒ぎとなっていたそうだ。

 それもそのハズ。GⅠどころか芝でも未勝利の全く無名のクラシック級ウマ娘が、シニア級ウマ娘も含めて全員薙ぎ倒してしまったのだから。

 ・・・兎にも角にも、これでめでたくデジタルはGⅠを勝利する事が出来た訳だ。

 

 「ふぅ・・・。」

 

 オレは緊張の糸が解れたのか、立ち眩みからその場に座り込んでしまった。

 

 「と、トレーナーさん!?大丈夫!?」

 

 「あ、ああ、問題無い。少し疲れが溜まってたみたいだ。」

 

 未だに心臓がバクバクと脈を打っている。もうダメだと思ったが、彼女はしっかりと、約束通り勝利を掴んできた。湧き上がる喜びが抑えきれない。

 しかし、それと同時に心に靄がかかり、それはやがて、喜び吹きでる泉をすぐに塞いでしまった。展開が展開だったとは言え、彼女を最後まで信じてやれなかった自分が憎く感じる。担当として、恥ずかしい。

 

 「ククク・・・、ハッハッハッ!素晴らしい、実に素晴らしい!期待以上の結果が得られたよ!いやぁ、やはり彼女を実験体に選んで正解だったね。」

 

 タキオンは満足そうに構えていたビデオカメラをしまい、手帳を開き新聞記者のようなスピードでペンを動かしメモを取り始めた。

 

 「・・・なぁ、タキオン。お前は一体、いつからデジタルに可能性を感じていたんだ?」

 

 「うん?さぁてねェ・・・。少なくとも、彼女と知り合った頃からは既に実験体に良さそうだと思っていたね。どうしたんだい急に?」

 

 「・・・いや、何でもない。」

 

 「・・・ああ、君自身は彼女の可能性とやらに気付けていなかったとか?それとも、彼女の可能性を信じなかったとか?まぁ何れでも私には関係の無い話だが・・・。」

 

 タキオンは手の動きを止め、オレを見た。その目は哀れんでいるのか蔑んでいるのか。はたまた両方かそれ以外か。冷静に居られないオレはネガティブな思考に囚われていた。

 

 「デジタル君はマイルチャンピオンシップの前日に張り切ってこう言っていたよ。『トレーナーさんに、必ず勝利をプレゼントするんです』と。

 彼女は殆ど誰からも期待されず、ただ自分の成すべき事を成す為に走っていた。なのに自身が最も心の拠り所としているであろうトレーナーすらも信じていなかったとすれば、彼女は一体何の為に走っていたのだろうねェ。」

 

 「・・・ッ!」

 

 タキオンはほんの呟きのつもりだったのだろう。何の気も無しに、ターボの元へ行き実験体にするべくしつこく怪しい勧誘を繰り返している。

 だがオレにはその呟きが酷く重くのしかかった。・・・所詮、オレの覚悟はこの程度だったのか。

 ふと目を上げると、ターフではまだ走り終えたウマ娘達がおり、もう何度見か分からない程電光掲示板を振り返る者、クーリングダウンの為に軽く歩いたり走ったりする者、様々であったが、デジタルは勝った後も特にガッツポーズ等をすることも無く、静かに記者が待つウィナーズサークルへと向かって行った。

 この時ばかりは、彼女から王者の風格らしき物を感じた。ガッツポーズをしないのはいつもの事だが、普段からは想像出来ない程落ち着き払った態度がそれを助長させる。

 爽やかな風が吹くとともに肩からかけられたマイルの王者を証明するレイと長いピンクの髪が空中に流れ、既に傾いていた日がそれを照らし美しく映える。

 今の彼女は、直視出来ない程に燦然と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はほぼ同じくして、トレセン学園の食堂でもまた大騒ぎとなっていた。

 今年のマイルチャンピオンシップにおいて実力者揃いの中でも頭抜けた存在であったフジノネヴァー。実際、レースでも申し分の無い強さを発揮し、誰もが彼女の勝ちを確信し、勝負あったと思った。

 

 「大外からアグネスデジタルーッ!!!」

 

 しかし、実況のこの声とともに画面が切り替わり、大外から他のウマ娘が止まって見える程の猛スピードで突っ込んでくるウマ娘が映された。

 

 「ケッ!?デジ、デジちゃん!?」

 

 それは、シニア級ウマ娘も混じるこのレースにおいては、好走出来れば万々歳と思われていた存在であった。クラシック級のウマ娘とシニア級ウマ娘とでは経験の差がある上に、GⅠ未勝利、そして前走も前々走もダートという訳の分からないローテーションで参戦したとなれば、まず勝てないハズなのである。

 だが、彼女は違った。

 

 「アグネスデジタル!アグネスデジタルです!一着はアグネスデジタルーッ!!!」

 

 その場にいた誰もが目を疑った。意味不明なローテーション、そして意味不明な勝ち方、更にレコードタイムのおまけ付き。食堂は食事を楽しむ賑やかな雰囲気から驚嘆の声渦巻く混沌とした場になった。

 

 「だ、誰アレ!?」

 

 「アグネスデジタル・・・?え、まさかあの前走武蔵野ステークスで好走してた娘・・・?」

 

 「は?何考えてそんなローテーションを・・・。」

 

 「しかも芝未勝利で戦績はボロボロって聞いてたよ!?こんなのアリ!?」

 

 周りが食事そっちのけで騒ぐ一方、驚きを隠せないのはスペシャルウィーク、エルコンドルパサーも同じであった。

 

 「え、ええ・・・。何だべアレ・・・。」

 

 「・・・バケモノか何かじゃないデスかね・・・。」

 

 流石にこれには上の空でテレビを眺めていたグラスやスカイも衝撃を受けたようで、立ち上がったまま呆然としていた。

 

 「クソ、何なのさ・・・!」

 

 スカイは急に席を立ち、走り去ろうとした。

 

 「あ、ちょっ、セイちゃん!?何処へいくのですか!?」

 

 「・・・ちょっと腹ごなしに。」

 

 そう言うと彼女は足早に食堂から出ていってしまった。ざわつく食堂に残された三人は暫くの間黙ったままの時間が過ぎたが、やがて、グラスがくすっと笑いだした。

 

 「・・・ふふ、うふふ。あははははっ!」

 

 「ぐ、グラスちゃん?」

 

 何ヶ月ぶりだろう、彼女が笑顔を見せたのは。長らくどんな話題を振ってものらりくらりとしていて心配していたが、やっと、笑ってくれた。

 安堵のあまり、スペとエルは目頭が熱くなった。

 

 「ど、どうしましたか、お二人共・・・。」

 

 「だって・・・、だって、グラスちゃんがぁ・・・!うわぁぁぁあああんっ!!!」

 

 「全く、グラスは大マヌケデス!どれ程心配したと思っているんデスか!?バカ、バカ!グラスのバカ・・・!」

 

 「・・・誰が、バカですか。誰が、大マヌケですか。誰が。」

 

 「・・・あ、えと、今のは、つい口が滑って・・・。」

 

 「エ〜〜〜ル〜〜〜?」

 

 グラスは笑顔で手を振り上げ、エルに今にも飛びかかろうかという態勢になった。

 

 「ひいいいいっ!!!ゆ、許して下さーい!!!」

 

 「・・・と、いつもならこうなる所ですが。」

 

 グラスはゆっくりと拳を下ろし、スペとエルを見て微笑んだ。

 

 「この度は大変、ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。」

 

 そして彼女は素早く、深々と頭を下げた。

 

 「振り返れば、この数ヶ月。実につまらない事に頭を抱え足踏みしていたと思います。」

 

 「・・・つまらない事?」

 

 「ええ。

 ・・・トゥインクルシリーズ引退間際の春の惨敗続き。日経賞、京王杯スプリングカップ、そして宝塚記念。

 ・・・正直、惨めでした。盛者必衰。全盛期を迎えたウマ娘は、後は下っていくだけ。頭では理解しているつもりでしたが、私は到底受け入れられなかった。私はまだ走れると。一時調子を崩しただけで、また元の走りが出来るようになると。足掻いて、足掻いて、足掻いた。

 けれど、もがく度に、まるで蟻地獄に囚われているかのように状況は悪化するだけ。

 走る度に分からなくなっていった。私はこの数年間、何の為に走っていたのだろうと。ついこの間までその道の頂きに登りつめんとしていたのに、崖から真っ逆さまに滑落していく感覚に襲われました。

 結局、春の戦いで私の手元に残ったのは屈辱的な敗北と左足の骨折だけ。

 ・・・居ても立っても居られない程、悔しかった。己を許せなかった。スペちゃんやエル、セイちゃんにキングさん。この四人と渡り合っていたかつての自分は、もういない。

 こんなみっともなく憐れな姿を、どうして堂々と貴方達に見せられましょうか。」

 

 「そ、そんなの、気にしないよ!だって、グラスちゃんはグラスちゃんだもん!」

 

 「そうデスよ!その程度の事で悩んでるグラスが一番らしくないデス!」

 

 「・・・そう、傍から見れば『その程度の事』。けれど、その程度の事に私は囚われていました。もう、次のステップを踏む勇気が粉微塵に打ち砕かれていたのです。・・・もう少し踏ん切りが付かなければ、学園を去っていたかもしれません。」

 

 「そんな・・・、そこまで・・・。

 ゴメン、グラスちゃん。そんなに悩んでるだなんて私、気付けなくて・・・。」

 

 耳も尻尾も垂れ、目に見えて分かる程落ち込んでるいるスペに、グラスは優しく微笑みかけた。

 

 「スペちゃんが謝る必要はありませんよ。それもこれも、今の自分を受け入れる事が出来なかった私の弱い心が原因ですから。」

 

 グラスはテレビに向き直り、走り終えて息を整えているのであろうデジタルを見つめた。

 

 「・・・また、以前のように楽しく走れそうです。それもこれも、彼女の勇気ある挑戦があればこそ。私の心の底で燻る闘争心に火を点けて下さりました。いつの日か、お礼を言わなければ、ですね。」

 

 グラスと同じように、スペとエルもテレビに映るデジタルを見上げた。

 以前会った時は触れてしまえば壊れしまうのではないかという程体が細く小さく、凄く変な趣味を持ってはいるものの律儀で優しく、どこか愛嬌のあるウマ娘であった。

 だが暫く見ない間に見間違える位大きく成長していたようで、体の小ささは相変わらずだが線の細さは解消され、周りと引けず劣らずの競争ウマ娘特有の引き締まった体つきになり、もうただのウマ娘とは言えない。

 そして何より、彼女の闘争心や歓びを内に秘めるような姿勢にスペは何処か見覚えがあった。

 

 「・・・あ、そうか。あの雰囲気、グラスちゃんに似てるんだ。」

 

 「・・・んん?どういう事デスか?」

 

 「我々ウマ娘は皆、個人で大小あれど強烈な『勝ちたい』という闘争心を持っています。

 私の場合そのような猛りは極力隠しているのですが、偶然にも彼女もそういう性格、という事ですね。」

 

 「・・・なるほど?つまり、グラスはデジちゃんに昔のグラスの面影を見出したって事、デスか?」

 

 「・・・精神一到、何事か成らざらん。逆境や苦しい事があろうとも精一杯努力し続ければ、どんな事も成し得るでしょう。

 初心忘るべからず。何事にも進んで挑戦する勇気を欠く事無かれ。」

 

 グラスは己に言いつけるように口ずさんだ後、スカイと同様に立ち上がり何処かへ行こうとした。

 

 「ちょ、グラス?何処に行くんデスか?」

 

 「何処って・・・、決まっているでしょう?

 我々が一番輝ける場所(ターフ)に行くんですよ♪レースを見ていたら、走りたくなってきちゃいました〜。」

 

 栗毛の少女の言葉に、スペとエルは胸が高鳴るのを感じつつ満面の笑みを浮かべ、目を輝かせた。

 

 「グラスちゃんグラスちゃん!勝負しようよ、久しぶりに!」

 

 「おっとその勝負、エルも混ぜさせてもらいマ~ス!最近グラスは走っていなかったデスから、コテンパンに負かして泣かせてしまうかもしれませんね!な〜はっはっはっ・・・。」

 

 「・・・そこまで言うのでしたら、エル。もし貴方が負けた場合は、罰として今夜お尻叩き千回の刑ですよ〜♪」

 

 「せ、千回ッ!?」

 

 グラスの罰は洒落にならない。それは一番罰を受けてきた自分が身に沁みて分かっている。だが勝てば問題無いとエルが余裕綽々でいたのも束の間。

 

 「ああそうそう。最近走ってないなんて誰から聞いたのかは知りませんが、間違いですよ?寧ろヤケ気味に走り込んでいましたから、体力は以前よりもついているんです♪」

 

 「な、なんと〜〜〜!?・・・あ、エルは用事を思い出したのでコレにて失礼しマース。」

 

 尻尾を巻いて逃げようとした者を見逃す訳も無く、グラスはエルの袖をしっかり掴み、耳元で囁いた。

 

 「エル?言い出しっぺが勝負から逃げるだなんて恥ずかしいと思いませんか?」

 

 「ぐ・・・、その通りデス。だけど挑発したが最後、エルは負けてお尻ペンペンされるに決まってマス・・・!しかも、千回も・・・!そんなにされたら、エルのお尻はホットソースのように真っ赤っ赤になってしまいマ〜ス・・・。

 いや、勝てば良かろうなのデス!勝てば関係ないのデス、グラスをボッコボコに負かしてやりマ〜ス!」

 

 「つべこべ言っていないで、速くターフに行きましょう?セイちゃんも待っているでしょうし。」

 

 「ケッ!?セイちゃんもターフにいるんデスかっ!?」

 

 「・・・セイちゃんの目を見れば分かりますよ。彼女は今、猛烈に走りたいという欲求が満たされず餓えている。暫くの間、怪我で走れませんでしたからね。

 そんな彼女を退屈させない為にも・・・。ほら、速く行きますよ♪」

 

 グラスはジャージの袖を引っ張り、無理やりエルを連れて行こうとした。

 

 「ままま待って下さい!まだ、心の準備がァ!」

 

 「問答無用です。」

 

 「うわぁぁぁんッ!グラスの鬼ッ!おたんこにんじんッ!」

 

 「・・・誰が鬼ですか。誰が。」

 

 「イタタタタッ!!?し、尻尾は引っ張らないで下さ〜いッ!!!」

 

 何ヶ月ぶりかに見た、二人が戯れている光景。恐らく、これがデジタルが頻繁に言っていた「尊い」という事なのだろうと、彼女たちを見ながらスペは顔を綻ばせた。

 

 「・・・えへへ。」

 

 「ちょっとスペちゃん!笑っていないで助けて下さ〜い!」

 

 「・・・ゴメン。何でも無い日常って、こんなにステキな物なんだなぁって。」

 

 「・・・?

 ・・・取り敢えずこの鬼を何とかして下さイタタタタッ!!!」

 

 「ほら、スペちゃんも。早くターフに行きましょう?我々の日常は、これからですよ〜?」

 

 「・・・うんっ、そうだね!よ〜し、けっぱるべ〜!」

 

 いつかは皆、それぞれの道を歩き離れ離れになる日が来るかもしれない。それは何年後の話かも分からない。もしかしたら明日かもしれない。

 けれど、皆の心は何処かで繋がっている。離れ離れになったとしても、きっとまた集う日が来る。手を取り合い、何でも無い日常を過ごし、笑い合う時が来る。

 兎にも角にも、今の自分がやるべき事はただ一つ。特別な今を、一歩一歩精一杯踏み出す事だと、スペシャルウィークはターフに向けて力強く歩を進めた。

 

 




 もう少し躍動感を出せるような語彙力を身に着けたいものです。
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