ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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第二章 昨日の淵は今日の瀬
第11話 波乱の前兆


 「・・・でさでさ!もう、本当に格好良かったよデジちゃんっ!」

 

 「正直、アレは驚いたわ・・・。全く上がってこないからどうしたのかと思えば、直線向いて急にとんでもないスピードで私を抜き去っていくんですもの。」

 

 「あばばばば、お二人にお褒め頂けるなんて、なんと光栄な事か・・・!」

 

 マイルCSを終えて約一週後。あたしはグリーンさんとキングさんから褒め言葉のシャワーを浴びていた。

 今思えば、マイルの王者だなんて身に余る栄誉。その時は勝つ事に必死だったので気にならなかったのですが、グリーンさんやキングさんといった一流のウマ娘ちゃんを差し置いてあたしがその王者に君臨するだなんて、何だか変な感じがする。解釈違い・・・、というヤツでしょうか。

 

 「デジちゃん、マイルCSまで物凄く練習してたもんね。努力が実を結んで良かったね〜っ!」

 

 「・・・私にはどこか切羽詰まってるようにも見えたけれど。」

 

 「あ〜、確かに切羽詰まっていたのは事実ですよ。あたし、年内にGⅠ勝てなかったら今のトレーナーさんと専属契約抹消するっていう縛りプレイをURAから課されていましたから。」

 

 「・・・え?」

 

 グリーンさんもキングさんもあたしの顔を見つめ、声にならない声を上げた。

 

 「・・・貴女、URAから目をつけられるって一体、何をやらかした訳?」

 

 「ええっと・・・。あたし、芝と砂を転々としながらレースに出てたじゃないですか。それとあたしのレースへの姿勢とか諸々総合して、どうも『レースを無礼(なめ)てる』と思われたらしくて。」

 

 「・・・ああ、なるほど・・・。」

 

 「へぇ〜、芝と砂を往来してたらふざけてるって思われるのか・・・。」

 

 「別に悪い事では無いと思うけどね。時代が悪いのよ、一昔前だったら芝と砂を行き来したり、私みたいに短距離長距離、縦横無尽なローテーションを組んでも誰も文句を言わないような環境だったし。

 今はコースの分業化がどんどん進んで、その道のスペシャリストが数多く存在するような時代になったからこそ、デジタルさんのローテーションは悪目立ちしたのだと思うわ。

 理不尽な話よね、全く。『自分の出たいレースに出られる。ただし自己責任』、じゃダメなのかしら。これだけ競争ウマ娘が盛り上がっても、相変わらずクラシックとか、緩くなったとはいえ天皇賞とか出走制限設けたままだし。」

 

 クラシックや天皇賞等の出走制限とはその昔、URAが日本の競争ウマ娘界を保護する為に作ったもの。

 詳しく説明すると、出走制限が設けられる以前の日本の競争ウマ娘界隈はまだまだ外国に比べると発展途上で、外国から来たウマ娘が日本に来てレースに出るとまず間違いなく日本のウマ娘は勝てず、その結果競争ウマ娘が盛り上がらないという事態が起きており、URAの悩みのタネでした。

 そこで彼らは特定のレースには外国のウマ娘は出走出来ないという制限を設ける事により日本のウマ娘を保護し、国内の選手を育てていく事を考えました。

 この手の話で必ずと言っていい程話題に上がるのがマルゼンスキーさん。スーパーカーとも呼ばれる天性のスピードを持ち、現役時は間違いなく最強だったと言われるウマ娘ちゃんなのですが、マルゼンスキーさんが現役の当時は今よりも制限が厳しく、例え選手本人が日本生まれであっても親が外国人だと制限をかけられる時代で、悲運にもマルゼンさんはそれに該当してしまい、クラシックにも出られず、当時三強を成していたTTGと呼ばれるお三方との勝負も叶わず、最後は怪我で引退する事になってしまった。

 もし決まりが無ければ、彼女は今頃どんなに凄い記録を立てていただろうと世間からも悔やむ声が定期的に上がっている。

 このような経緯を経て、今の日本競争ウマ娘がある。今ではURAの目論見通り国内の競争ウマ娘は順調に強くなり、世界とも渡り合っていけるレベルにまでになった。

 だからこそ、時々不平不満が皆から出るのです。何故、未だに制限を設けたままなのかと。もう十分なのではないかと。余りにも諸外国に対して閉鎖的ではないかと。

 因みにかく言うあたしも調べたところ地味に出走制限に引っかかっているみたいで、クラシック路線、マイルCS参戦を決める前に候補に入れていた天皇賞秋も、そもそも出走不可だったようです。全く意図していなかったとは言え、トレーナーさんの方針に素直に従っていてつくづく良かったと思う次第です。

 

 「私も出来る事なら、クラシック路線最初の皐月賞くらい挑戦してみたかったなぁ。」

 

 「・・・来年からですものね、クラシック路線の制限が緩くなるのは。それでも条件付きだというのだから、一体何をそんなに恐れているのやら。」

 

 キングさんとグリーンさんがURAが作ったシステムに文句を言い合っているのをぼーっと眺めていた所、廊下の向こうで何やらあたし達をずっと見ているウマ娘ちゃんがいることに気付きました。話しかけたいようですが、まごまごしていて一向にこちらに来る気配がありません。

 放って置くのも良くないので、キングさんとグリーンさんに小声でウマ娘ちゃんの存在を知らせることにした。

 

 「・・・あのう、お話中スミマセン。あちらに、この中の誰かに話しかけたい様子のウマ娘ちゃんがいまして・・・。」

 

 「え?・・・あら、本当ね。そこの貴女、私達に何か?」

 

 キングさんに声をかけられ、弱気そうなウマ娘ちゃんはビクリと驚きまた暫くまごついていましたが、意を決したのかこちらにズンズンと歩み寄ってきた。

 

 「・・・キングさん、貴女にお話があって来ました。」

 

 「私?どうしたのかしら?」

 

 「・・・今年の有馬記念、出ますよね、キングさんも。」

 

 「も・・・。と言う事は、貴女も有馬記念に出走するのかしら?」

 

 「・・・はい。」

 

 「良かったじゃない、夢を背負うウマ娘に選ばれて。もしかして、このキングに宣戦布告に来たのかしら?」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんはずっと暗い顔をしている。有馬記念の出走権を得ているのならもう少し喜びそうな所を、彼女は全く違う。どうも良い話題では無さそうですね。恐らくその事はキングさんも気付いているでしょうが、敢えてとぼけているのでしょう。

 弱気そうなウマ娘ちゃんは小さく首を横に振った。

 

 「・・・違います。

 ・・・キングさん。テイエムオペラオーさんを・・・、メイショウドトウさんを・・・、ご存知ですよね。」

 

 「ああ、今絶好調のあの娘達ね。その二人がどうかしたの?」

 

 「・・・そのオペラオーさんとドトウさんも、今年の有馬記念に出走するんです。」

 

 「へぇ、これは手強い相手が出てきたわね。このキングの競争相手として申し分無いわ。」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんは目を見開き、信じられない物を見るような目でキングさんを見上げた。

 

 「・・・なんで。」

 

 「え?」

 

 「なんでそんなに楽観的なんですかッ!!!」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんは急に声を荒らげた。状況が整理出来ず、あたしもキングさんもグリーンさんも唖然としてただ肩を震わせる彼女を見つめていた。

 

 「・・・今年の宝塚記念から始まったシニア級中長距離路線におけるオペラオーさんとドトウさんのワンツー独占フィニッシュ。知らないとは、言わせませんよ。」

 

 「え、ええ。勿論知っているわよ。」

 

 「いつもオペラオーさんの二着を取っているけれど、ドトウさんだってオペラオーさんがいないレースは無双と言っていい強さを持っているし、オペラオーさんに至ってはこの一年数々の重賞レースに出ていながら、無敗を維持している。

 そんな、そんな化け物二人を相手に『手強い相手』だけで済ますなんて・・・、明らかに楽観的でしょう!?」

 

 「・・・え、ええ・・・。」

 

 あのキングさんが、完全に気圧されている。

 確かに昨今のオペラオーさんとドトウさんの勢いは正に破竹のようですから、油断出来ないのは事実。とは言え、そんなに剣幕立てなくてもとは思いますが・・・。

 

 「・・・私達じゃ、あの娘達には敵わない。」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんのその一言に、さっきまでただただ圧に押されるだけだったキングさんの目付きが変わったのを感じた。

 

 「どうせ今年の有馬記念も、今まで通りにスタートからゴールまで頑張って走っても、最後に笑うのはあの娘達なんです。」

 

 「・・・それで?何が言いたいの?」

 

 「・・・。」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんは目を逸らし、口籠ってしまった。言おうか言うまいか迷っている様子。話の意図が見えないですけれど、そんなに深刻な相談なのでしょうか。

 ウマ娘ちゃんは小さな声で、話を切り出した。

 

 「・・・キングさん。」

 

 「何?」

 

 「・・・オペラオーさんを『勝たせない』為に、協力して欲しいんです。」

 

 「・・・はい?」

 

 キングさんは理解不能と言った様子で首を傾げた。いや実にその通りの反応で、あたしも言っている事が分からなかった。

 オペラオーさんに「勝つ」為ならともかくとして、「勝たせない」ってどういう事なのでしょう?

 

 「・・・やる事は簡単です。オペラオーさんを囲んでバ郡の中に埋めて抜け出せなくするだけです。」

 

 あたしはこの時点で全てを察した。「勝たせない」とはつまり、このウマ娘ちゃんは有馬記念を勝つという意思は無い。オペラオーさんさえどうにか出来ればそれで良いという事でしょう。

 

 「いやいや、これは勝負よ?例え私達二人がオペラオーさんを内ラチに閉じ込めようとした所でその他のウマ娘の気分次第で抜け出せるチャンスが幾らでも生まれるのは想像に難くないし、2500mの長いレースなら尚更。そんな事をしたって無駄・・・。」

 

 「それは大丈夫です。・・・有馬記念に参戦する殆どのウマ娘全員に声をかけて、了承してくれましたから。」

 

 「・・・はぁ?」

 

 キングさんはみるみる不快感を顕にしていく。ちょっとお隣にいるのが怖くてなってきたのであたしは半歩後ろに下がって会話を見守ることにした。

 

 「・・・私達だって、好きでこんな事やろうとしている訳じゃありません。でもオペラオーさんは、強過ぎる。正攻法じゃどんなに頑張ったって勝てっこない。

 余りにも負けが続くから、最近なんてオペラオーさんが強いんじゃなくて周りが弱いだけとか言われる始末ですよ。」

 

 「・・・そんな、酷い・・・。」

 

 グリーンさんも空気を読んでか黙って見守っていたのですが、思わず声を漏らしたみたいです。

 頑張って走っても才能の差がどうしても埋められずに先着を許し続け、与えられた世間からの評価は弱い。それは確かに酷い話この上無い。

 作戦を最初聞いた時は理解が追いつきませんでしたが、弱気そうなウマ娘ちゃんの話を聞き続ける程同情したくなるというものです。

 

 「君達は・・・。ああそうか、私達の一個下の後輩ね。確か二人共マイル適正があったよね・・・。

 ・・・アドバイスしてあげる。君達も他人事じゃないからね、オペラオーさんドトウさんがいる間は短距離路線かマイル路線を進んだ方がいいよ。間違っても中長距離を走ろうなんて思わないように。」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんはそう言うと、あたしが深く考えるよりも先にキングさんに向き直り話を続けた。

 

 「失礼を承知の上で言いますけど、最近のキングさんは調子が良いとは言えない成績ですし、しかも有馬記念は得意な距離でもない。オペラオーさんとドトウさんに一矢報いるなんて夢のような話でしょう。

 ・・・今回の作戦は、何も出来なかったモブキャラとして散るよりかは悪く無い話だと思うのですが。」

 

 ウマ娘ちゃんはそう言うとキングさんは腕を組み、深い溜息をついた。彼女が何を話すのか、あたしもグリーンさんも弱気そうなウマ娘ちゃんも、息を呑んだ。

 

 「・・・この際だからハッキリ言っておくわ。そもそもの前提の話なのだけれど、私、実はバ群が苦手なのよね。」

 

 「バ郡が、苦手・・・?」

 

 「ええそうよ。埋もれていると、どうしても自分のペースは掴みきれないし土は被るしそれで余計に集中出来ないしで良い事が無いのよね。だから今までも、なるべく外を取ってレースを進めてたのよ。

 今回の件も同様。バ郡はどうしても無理だから貴女の話には乗れないわ。」

 

 「・・・そう、ですか・・・。」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんは残念がりましたが、何処か安心しているようにも見えました。お話が出来ただけでも万々歳、と言った所なのでしょうか。

 

 「で、それとこれとは話は別で。」

 

 キングさんは弱気そうなウマ娘ちゃんを睨み、ドスの効いた声で「貴女、おバカじゃないの。」と一喝した。

 

 「相手が強いからって何よ。ズルみたいな戦い方して、プライドって物が無いの?」

 

 ウマ娘ちゃんは不意を付かれたのかかなり驚いて狼狽えていましたが、すぐに怯えながらも反論した。

 

 「・・・プライドなんて、とうの昔にぐしゃぐしゃにされていますよ。それでも勝ちたいという意思が僅かにでもあったから、レースが楽しかったからここまで来れた。

 ・・・でも最近は、その楽しさすら分からなくなってきちゃったんです。人々はオペラオーさんとドトウさんくらいにしか注目していない。それ以外のウマ娘には興味が無いんですよ。」

 

 彼女はそう言うと、すすり泣きながら、絞り出すように訴えた。

 

 「・・・もう、嫌なんです。ずっと彼女のお膳立て役として、噛ませ役として扱われるのは・・・。

 だからせめてこの有馬記念で、皆の目を覚まさせてやるんですよ。オペラオーさんの連勝さえ止まれば、私達も悪夢から解放されるかもしれない。いや、もしかしたら皆不幸になるだけかもしれない。でも、ずっと今の状態が続くよりかは遥かにマシ。勝ち負けなんて、どうでもいい。

 ・・・誰か一人がずっと笑って、その他は苦渋を飲まされ続けられるなんて、そんなの許せないよ・・・。」

 

 オペラオーさんの連勝劇はあまりにも圧倒的で、会長さんことシンボリルドルフさんの七冠に迫らんとする勢いを持っていて、あたしはこれまで、その栄華にウマ娘ちゃんの誰もが彼女に憧れているものだと思っていた。

 でも、実態は違った。最初こそあたしが思っていたように彼女は憧れの対象だったかもしれないけれど、勝ち続ける内にいつの間にか彼女は厭悪の眼差しを向けられるようになっていたのです。

 思い返せば、このような事態は初めてではない。マルゼンスキーさんが現役の頃にも彼女が出てくるレースだと分かった途端に出走回避するウマ娘ちゃんなんて大勢いたし、大逃げの代表格サイレンススズカさんの最後のレース、天皇賞秋の時もマルゼンさんと同じく、彼女が出走することになっただけで出走回避するウマ娘ちゃんがやはり大勢いた。

 ウマ娘は誰もが皆、GⅠという栄光のタイトルを手にする事を夢見る。誰よりも速くゴール板をふみ、誰よりも強いという証明、つまり勝利を求める。

 だのに同時期に化け物的な強さを発揮するウマ娘ちゃんがいるとなると、周りの多くのウマ娘ちゃんからすれば迷惑この上ない話なのかもしれない。

 そう考えると、黄金世代は絶妙なバランスだったのだろうと思います。誰もが強く、誰か一人が抜きん出て強過ぎるという事も無く、ライバルとして切磋琢磨出来たから猛者揃いの環境として何とかなっていたのかもしれない。

 

 「・・・だからって集団で寄って集ってイジメていい理由にはならないでしょうよ。それに話を聞いていれば結局、貴女の自己満足じゃないの。」

 

 キングさんの冷静な一言に、弱気そうなウマ娘ちゃんは顔をしかめた。

 

 「じ、自己満足なんかじゃ・・・!皆、嫌がっているんだよ!?このまま弱い弱いって言われ続けるのは皆嫌なんだよ!」

 

 「違うわ。確かに皆、オペラオーさんを何とかしたいという思いはあるかもしれないけれども、貴女はそれにつけ込んで仲間を得た気持ちになりたいだけ。」

 

 「違う、違う、違うッ!アイツに負け続けるのだけはもう嫌なのは本音なんだ!それに、チャンスさえあれば勝ちたいとさえ思ってる!」

 

 「そう、心の奥底ではまだ闘志が燃えている。勝ち負けなんてどうでもいいなんて、自分にそう言い聞かせる為の嘘でしょう?」

 

 「・・・あ・・・。」

 

 弱気そうなウマ娘ちゃんは先程の剣幕からは一転、しゅんと耳を垂れ俯いた。

 

 「見誤らない事ね。貴女が本当にすべき事は何か。」

 

 「・・・。」

 

 ウマ娘ちゃんは項垂れて何も言わなくなった。ただ、唇を噛み締めて肩を小刻みに震わせている。

 

 「さて、私はこれからトレーニングがあるからこれで失礼するわ。グリーンさん、デジタルさん。貴女達もしっかり励むようにね。」

 

 そう言うとゆったりとした足取りでキングさんは去って行き、残された三人は誰も口を開く事無く沈黙が続いた。

 グリーンさんも弱気そうなウマ娘ちゃん同様、暫く浮かない顔で何か思い詰めている様子でしたが、顔を上げるとにこりと微笑んだ。

 

 「・・・行こうか、デジちゃん。」

 

 「え?・・・ええ、あ、はい・・・。」

 

 何処へ行くのだろうとは思いましたが、あたしは暫くトレーニングはお休みの上、用事も特に無い──この時、原稿を仕上げるという大切なお仕事がすっかり頭から抜け落ちていた──ので気にせずついていく事にした。

 ふと振り返ると、相変わらず弱気そうなウマ娘ちゃんはその場に留まって項垂れている。・・・今はそっとしておくべきでしょう。その内、きっと元気になれるハズ。

 ウマ娘ちゃんに幸あれ。そう祈っていると、あたしの左手をグリーンさんが急に握りしめた。

 ほのかな温もりが感ぜられ、それがあたしの中で何十倍もの興奮という名の熱に変わった。え、どういうシチュなのでしょうか!?

 

 「・・・私ね。最近勝てて無いからさ、オペラオーさんみたいに勝って勝って勝ちまくるウマ娘さんが羨ましくて、憧れてたんだ。」

 

 と、すごく真面目そうな話に彼女のしんみりとした声のトーンでふざけている場合では無いとあたしは姿勢を正した。

 

 「でもさ、さっきの人の話を聞いていたらよく分からなくなっちゃって。もし、私がすっごく強くなって、勝ち続ける事で他の娘の夢もプライドもズタズタに引き裂いちゃうなら・・・。それは良くない事なのかな。」

 

 「・・・悪い事では決して無いハズです。強さを魅せる事は、周りに夢を与える側面もありますから。」

 

 それはマルゼンさん然り、スズカさん然り、オペラオーさん然り。彼女達の輝きを見て競争ウマ娘の世界に足を踏み入れようと思った娘達もきっと少なくないでしょう。

 

 「・・・逆にこれからも負け続けたら、あの人みたいに・・・、他の娘を妬むように、恨むようになっちゃうのかな。」

 

 「・・・。」

 

 応えに困ってあたしは口を閉じてしまった。

 競争というからには一着になるウマ娘は一人しかいないし、二着も三着もそれ以外の着順も、そこに座れるのは全部一席ずつしかない。

 勝つウマ娘が生まれれば、負けるウマ娘もまた必ず生まれる。

 勝つ事は夢を挫くものではない。それははっきりと言える。けれど、負けた場合はどうでしょう。夢は叶わず、周りを妬み恨まない保障なんて無い。

 あたしは必死に頭を回して、自分が導き出せる最善の答えを探した。

 

 「・・・嫉妬が心に芽生えないとは言えないです。でも、芽が極力出ないようにはする事が出来ると思います。

 あたしはあたしで、グリーンさんとは違う。逆にグリーンさんはグリーンさんで、あたしじゃない。

 短距離、長距離、芝、砂・・・。何処が一番走れるかはウマ娘ちゃんごとに異なるし、才能の有る無し、どれだけ強いかも異なる。そしていずれの場合にしても、それはウマ娘ちゃんの『個性』なのです。

 ありのままの自分を受け入れる。それが大事なのではないか、と思うのですが・・・、どうでしょう?」

 

 「ありのままの自分を受け入れる・・・か。」

 

 グリーンさんは暫く考え込んだ後首を横に振り、またこちらを見て微笑んだ。

 

 「うん!難しい事をずっとくよくよ考えてても仕方無い!取り敢えず、走ろっか!ほら、デジちゃんも!」

 

 「・・・え?」

 

 あたしはグリーンさんに手を引かれるがままにトレーニングコースへと連れて行かれた。この辺りは興奮の余り朧げにしか記憶がありませんが、練習に至るまで特に重要そうな話はしていなかったと思います。ただ黙々と準備を整えて、二人揃って芝の上に立った。

 

 「うむ!やはりウマ娘は走るに限る!」

 

 そう言うと彼女は深呼吸をし、いきなりスタートを切って走り始めた。止まる様子はなく、どんどんと姿が小さくなっていく。

 

 「・・・ふふ、彼女も元気一杯ですね。」

 

 置いてけぼりにされたあたしは呆然とその場に突っ立っていると、なんと懐かしい事か、サスミサラマスさんが声をかけてきた。

 

 「うええええ!?サスミさんッ!?お、お久しぶりでしゅっ!」

 

 「お久しぶりですデジタルさん。まずはマイルCS優勝、おめでとうございます。」

 

 「いやいやいや、畏れ多い!サスミさんにお褒めのお言葉を頂けるなど!」

 

 あたしは手を擦り合わせて、サスミさんに何度も頭を下げた。

 

 「・・・ふふ、あの末脚は驚きでした。一体どんなトレーニングを・・・?」

 

 「と、特に変わった事は・・・。タキオンさんの研究に付き合った事くらいでしょうか。」

 

 「・・・タキオンさん・・・ですか?」

 

 タキオンさんの名前を口にした途端、サスミさんの顔から急に笑顔が消えた。

 

 「・・・あのう。もしかしてあたし、地雷踏みました?」

 

 「・・・いえいえ、お気になさらず。

 タキオンさんは私と同期で、来年のクラシック路線では彼女との戦いは避けられないものでして。

 それだけなら大した事はないのですが、彼女ときたらまぁ、頗る速いこと、速いこと。

 彼女は私が目指す夢への大きな壁となるでしょうから、つい彼女の名前が出るだけでも戦意が高ぶってしまうのです。」

 

 「ああ、なるほど・・・。」

 

 タキオンさんは確かに、ものすごくお強いのです。以前から速さを研究しているだけあって、無駄の無いキレイなフットワークから繰り出される高速のスパートがとても魅力的です。

 タキオンさんが満を持してデビューした事は知っていましたが、よくよく考えたらサスミさんと同期になるという事には今の今まで気付けませんでした。タキオンさんやサスミさんの他にも、マンハッタンカフェさん等の素質を感じるウマ娘ちゃんが次世代には多い気がします。もしかすると、かの黄金世代のように盛り上がる世代になるかもと思ったり。

 

 「ところで、デジタルさんは今後どうするのですか?デビュー当初から異色のローテーションで突き進んでいただけに、その後の方針が気になって仕方無くて。」

 

 「・・・う〜ん、どうしましょう?」

 

 「・・・まさか決まっていないんですか・・・!?いえ、それも仕方無いと言えば仕方無いかもしれませんが・・・。適正の話もありますし・・・。」

 

 「い、一応候補に入れているのは来年のフェブラリーSとかですけど・・・。実は他に気になっている事がありまして・・・。」

 

 先程の弱気そうなウマ娘ちゃんの件があってすっかり頭から抜けていたいましたが、自分にはもう一つ、懸念している事がありました。

 

 「最近、トレーナーさんの様子が変なんですよね。ぼーっとしている事が多くなったり、あたしの顔を見て明らかに引きつった笑顔を見せたり。」

 

 「それは・・・、何処か体調が優れないのかもしれません。トレセン学園のトレーナーは人によってはかなりの激務を背負うこともあるみたいですし、ここは一つ、休暇の日にデジタルさんがトレーナーさんを誘って、気分転換の為にディナーに誘ってみてはいかがでしょうか?」

 

 「おほほう、ディナーだなんてなんとお洒落な・・・!」

 

 「そうですか?日本でも当たり前に使うのでは?」

 

 「日本でもって・・・、そんな外国人みたいな・・・。」

 

 「・・・その通りですが?」

 

 「え?」

 

 「え?」

 

 あたしは理解が追いつかず、失礼ながらもサスミさんのお顔を眺めたまま棒立ちしてしまった。サスミさんもそんなあたしの反応が不思議だったのか首を横に傾げた。

 

 「ええと、言っていませんでしたっけ。私はれっきとしたアメリカ生まれのウマ娘ですよ?」

 

 「・・・えええええ!!?」

 

 いや、驚きも驚きです。サスミさんがアメリカ生まれと言う事にも勿論驚きましたが、それよりも自分のウマ娘ちゃんサーチを持ってしてもその情報を知り得なかった事が衝撃でなりません。

 確かにこの一年、休みという休みは無く激動の時の中を走り抜いて来たとは言えですよ。これは一歩間違えればコンサートのチケット抽選がある事も知らず気付いたら受付終了なんて最悪のパターンも考えられる・・・!

 流石のあたしもお疲れ気味なのかもしれません。サスミさんの言うように、トレーナーさんを誘い出してご飯食べに行ったりしてリフレッシュした方が良いかもしれませんね。

 

 「ですから私は、クラシック三冠路線条件付き解放後初の外国生まれのウマ娘として、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、いずれかの栄誉を手にする事を周囲から大いに期待されているのです。」

 

 ・・・またここでもURAの外国ウマ娘制限の話を聞くことになるとは。まあ近頃の最もホットな話題なので、あちこちで耳にするのは当たり前の事なのでしょうが。

 

 「そうですか・・・。確かに久方ぶりに外国生まれのウマ娘の参戦が認められた初年度から栄誉を手にするウマ娘ちゃんが現れるとしたらと想像したら・・・、ロマン溢れますねぇ〜・・・。」

 

 「・・・デジタルさんも応援して下さりますか?」

 

 「そりゃあ勿論ですよ!団扇にペンライトに、あらゆる手段を使ってサスミさんを全力で応援させて頂きますとも!」

 

 「ふふ、有難うございます♪」

 

 サスミさんは若干頬を赤らめつつ、満面の笑みを向けてきた。

 

 「あ、あ、あ、静楚な笑顔が眩し過ぎりゅ〜〜〜っ!溶けゆ溶けゆ、デジたん溶けちゃう〜〜〜っ!」

 

 突然の不意打ちに悶絶していると、追い打ちをかけるようにいつの間にか帰ってきていたグリーンさんに後ろから抱きつかれた。

 

 「ぴゃっ!!?」

 

 「・・・君ぃ、デジちゃんに何用か?・・・って言うか誰?」

 

 「あら、グリーンモーガンさんお帰りなさいませ。私はサスミサラマス。今年度デビューした新人ウマ娘です。以後お見知りおきを。」

 

 そう言うとサスミさんはグリーンさんに丁寧に頭を下げた。

 

 「ふーん・・・。あれか、期待の新星とかアメリカからの新たな刺客とか言われてるのが君かぁ。」

 

 「ある程度ご存知でしたのね。大変光栄でございます。」

 

 「・・・随分日本語上手いもんだね。」

 

 「まぁ、沢山勉強しましたから。」

 

 瀕死級のファンサを受けて意識が朦朧としているあたしを置いて、話がどんどん進んでいく。何故か険悪な雰囲気ですが、それよりも気になるのがグリーンさんがあたしに抱きついたまま離れようとしないいんですよね。そろそろ本格的に意識が飛びそうで困りましゅ・・・!

 

 「・・・で?デジちゃんに何の用?」

 

 「ああ、そうでしたね。実は今年の有馬記念を一緒に見に行かないかという件でお話に来たのですが。」

 

 「なるほどねぇ?でも残念だけど、デジちゃんは私と一緒にそのレース見に行く事になってるんだよね!」

 

 「・・・へ?」

 

 そんな約束した覚えが無いとあたしは素っ頓狂な声を出してグリーンさんの方を向くと、「今度お礼するから無理やり合わせてっ!」と小声で言われた。

 

 「・・・なるほど。ならばデジタルさん、私も付いて行っても宜しいですか?」

 

 「ええと・・・。」

 

 あたしは対応に困り、助けを求めるようにまたグリーンさんの方を振り返った。グリーンさんも反応に困ったのか若干、いや、だいぶあたふたした様子で答えた。

 

 「いやいや、これは二人っきりで行く予定だったからぁ・・・、そのぉ、空いてないっていうか・・・。」

 

 「何が空いてないのです?」

 

 「・・・電車の席?」

 

 「何故疑問形なのですか・・・。」

 

 「電車の席!そう、電車の席が空いてないの!指定席だからね!」

 

 「・・・まぁ仮に指定席が空いていなかったとしても自由席を取れば良いだけの話です。私はデジタルさんに付いていければそれで良いので。」

 

 「・・・ぐぬぬぬぬ。」

 

 食い下がるサスミさんの的確な対応にグリーンさんは頭を抱えた。

 ・・・もし本当にお二人共あたしと一緒に有馬記念を見に行くつもりなら、トレーナーさんに確認しなければ。推し二人と共に行動出来るなんてこの上無い幸せですし勿論有難いのですが、人が増えるとなると予想外の事も考えられるでしょうし、一応お知らせしておきましょう。

 

 「・・・あの、トレーナーさんにお電話してきても宜しいですかね・・・。」

 

 二人は了解のサインなのか、睨み合ったまま親指を上に立てた。あたしが原因でお二人共揉めているのなら、この解釈違いを解消する為にもとっとと退散しなくてはという思いで早速近くの物陰に行ってスマホを取り出し電話をかけた。

 

 「・・・あ、もしもしトレーナーさん?ちょっと今良いですか?」

 

 「なんだデジタルか。・・・どうした?」

 

 ここでふとあたしは思い出した。そう言えばあたし、まだトレーナーさんと一緒に有馬記念を見に行くという約束をしていないのではと。

 

 「あのぉ、まだ約束していませんでしたよね。今年も有馬記念・・・を、一緒に見に行きますよね?」

 

 トレーナーさんは「ちょっと待ってくれ」と言い、何やら溜息をついた後、暫く時間を空けてこう答えた。

 

 「・・・すまない、その頃は丁度仕事が立て込んでいて行けそうにない。」

 

 「え、お仕事あるんですか。残念です・・・。」

 

 「ああ、すまない・・・。」

 

 トレーナーさんは本当に申し訳無さそうに謝ってきた。いや、トレーナーさんはすごく真面目な方ですから謝罪も誠意あるのは割と当たり前の事なのですが、そういう話ではなく声に覇気が無くて、例えるならまるで怒られた犬のようにしゅんとした感じと言いますか・・・。

 

 「トレーナーさん、お疲れ気味なのですか?いつもより元気が無いような・・・。」

 

 「・・・ああ、大丈夫だ。確かにここ最近忙しかったから疲れてるのかもしれない。たまにはゆっくり休む事にするよ。心配かけてゴメンな。」

 

 「・・・あまり無理はなさらないで下さいね?トレーナーさんはあたしの良き相棒みたいなものですから、もし倒れられた日には・・・。本当に心臓に悪いですから。」

 

 「はは、お袈裟だな。大丈夫だって、そんなに心配するな。」

 

 「・・・むぅ。」

 

 イマイチ釈然としませんが、トレーナーさんが大丈夫と言うのなら信じるしかないと思い、これ以上踏み込むのは諦める事にした。

 

 「ならば取り敢えず、今年の有馬記念はバッチリカメラにもあたしの記憶にも収めてきますね!当日の熱狂ぶりや感動シーン、ウマ娘ちゃんの尊みを存分に伝えられるように頑張りまっす!」

 

 「ああ、期待してる。」

 

 「それでは、失礼しますね〜。」

 

 「はいよ。」

 

 トレーナーさんが電話を切ったのを確認すると、あたしはその場に座り込んだ。

 今日は何だかやたらと胸騒ぎを覚えるような、喉に引っかかりを覚えるような事が立て続けに起きて嫌な感じです。

 あたしは競争ウマ娘の世界はもっときらびやかで華やかなものと思っていましたが、いざ自分も踏み込んでみると、今まで見えてこなかったウマ娘ちゃんの苦悩や関係者の苦労と言った影もよく見えるものです。

 しかし、それらを乗り越えた上で行われるレースが感動溢れる物に仕上がるのもきっと事実。あたしが出来るのは、そんな人達のお邪魔にならないようにすることです。

 元々晴天とは言えない天気でしたが、見上げると今にも雨が降りそうな程淀んだ雲が広がり、太陽の光は分厚いそれに遮られてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「良き相棒・・・、か。」

 

 オレは資料が綺麗に整理整頓され床に埃一つ落ちていないピカピカになったトレーナー室の片隅で何度もデジタルが発した言葉を反復していた。

 良き相棒とは何だろう。ああきっと、黄金世代のウマ娘達のトレーナーのような、人格者で、レース、トレーニング、あらゆる知識が豊富で担当ウマ娘に常に寄り添い、彼女たちの力を存分に引き出せるような素晴らしい方々を言うのだろう。

 オレが良き相棒?バカを言え、オレは何もかもが足りなさ過ぎる。

 オレがデジタルと初めて出会った時に彼女から感じた大器の片鱗。あれは間違いないものだったと思う。元々、GⅢのような重賞を勝てれば万々歳と思っていた身だ。GⅠまで制してしまった今、彼女に教えられるものはもう無い。

 

 (さぁさぁトレーナーさん!次は何処に行きましょうか!)

 

 そう幾度と自分に言い聞かせるのだが、その度に脳裏に彼女の声が響いてくる。

 

 「・・・くそっ、こんな時くらいしっかりしろ、オレ・・・!」

 

 オレの右手には既にくしゃくしゃになってしまった大事な書類が握られていたが、それに構うことなくぎりりと強く握りしめた。

 

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