ウマ娘 ∼Antithesis hero∼ 作:Carboxyl
普段の生活がかなり忙しくなってしまい、それに伴い小説を書く時間が無くなってしまったのでこれからも一ヶ月に一回程度の頻度での投稿が続くかもしれません。予めご了承頂けると幸いです。
あと、99世代アニメ化決定おめでとうございます。物陰からちらりでも良いのでデジたん出して頂けると死ぬほど喜ぶのでお願いします運営様。
割れんばかりの歓声や拍手が会場を包む中、デジタルとグリーン、サスミは目の前の光景を見て呆気に取られていた。
「あれが・・・、テイエムオペラオー・・・。」
サスミは力無くそう呟くと、腕を組み体が震え始めた。それに気付いたデジタルは慌ててサスミに近寄った。
「さ、サスミさん?大丈夫ですか!?寒いなら・・・、ほら、ここに毛布とか懐炉と暖まる物が沢山あるので・・・。」
「・・・違いますよ。」
「・・・へ?」
デジタルがサスミの顔を見遣ると、好奇心やら歓びやら、色々な感情がゴチャ混ぜになった、周りから見ると不気味とも取れる少々猟奇的な笑顔を浮かべていた。
「彼処に立っている者が、間違い無く現役最強のウマ娘なのです。そして、想像してご覧なさい。あの者より、速くゴール板を駆け抜ける己の姿を・・・!
確かにそんな事簡単では無い事は分かっています。しかし、やはり諦める者の考えは理解しかねる。あの大きな壁を超える事が出来れば、少なくとも自分は最強のウマ娘に土を付けたという箔が付く。
・・・いつしか彼女を打ち倒すと考えると、さいっこうに・・・、ゾクゾク、しませんか?」
武者震いだったのか、とデジタルはほっとすると共に、サスミの大器の片鱗を改めて痛感した。
恐れるのではなく、寧ろ踏み越えて更にその先へ行こうとしており、そこら辺のウマ娘とはレベルが違う所に彼女はいる。
「打ち倒す・・・、ですか。デジたんはあまりそういう事考えた事無かったです・・・。」
「・・・ああ、失礼。また私の悪い所が出てしまいました。つい興奮してしまいまして。」
「いえいえ!自分を見失うくらい興奮するお気持ちはすっごくよく分かりますとも!それぐらい、このレースは凄かったですし!」
「ふふ。本当に、デジタルさんは私を幾らでも受け入れて下さるお方ですね。
・・・こうしてはいられません。より速く、より強くならねば。お先に失礼します。」
「・・・あ、お、お気を付けて!」
嵐の如く颯爽と去っていったサスミを見送ると、デジタルは服の裾がやや引っ張られているのを感じた。
振り向くと、グリーンがやはり先程と変わらず浮かない顔で何か話したそうにしている。
「・・・サスミさんはさ、凄いよね。」
「え?」
少しウマが合わない関係と思っていた中で、グリーンがサスミの事を褒めたのがデジタルにとって驚愕的だった。確かに、上手くいかないだけじゃない雰囲気は節々に感ぜられたが、流石に予想外である。
「あんなにオペラオー先輩の強さをまざまざと見せつけられるレースだったと言うのに、ひたすらに前を向いて進もうとしてる。
サスミさん、意外と話しやすくてさ。全然私とは考え方が違うし衝突する事なんてざらなんだけども、ここだけの話、あの人と一緒にいるのは楽しいんだ。ちょっと、ちょっとだけだけどね・・・!」
突然の告白にデジタルは尊みを感じ過ぎて内から熱が四方八方に駆け巡り大爆発しそうになった。
なるほど、サスミとグリーンはお互いを密かに認め合う系の関係だったのかとデジタルは己がそれに気付けなかった事を恥じつつ、それがどうでも良くなる程、萌えを感じていた。
「・・・でもさ、サスミさんはどんどん遠くへ行ってしまう。もっと上を目指して、果てしない頂点を目指してさ。私、あの人とはもうだいぶ能力的な面でも精神的な面でも置いていかれちゃってると思う。
GⅠを勝利したからって、後が良くなかったらフロックだとか枯れたとか散々に言われちゃう。一度の勝利じゃ、お飾りなんだ。
サスミさんはきっと、最前線で活躍し続けられる。でも、私は違う。怪我明けから、朝日杯辺りの調子の良さが嘘のように消えちゃった。
・・・その間にみんなみんな、私を追い越していく。サスミさんも、そしてデジちゃんも・・・。」
「・・・。」
グリーンはデジタルに力強く抱き付き、嗚咽を交えながら訴えた。
「私、怖いよ・・・。前に進むのが、怖い。負けて負けて負けて、挙句の果てには自分の弱さに呑まれそうで・・・。でも私がこうして足踏みしてる間に、皆私から離れていっちゃう・・・!どうしたらいいのか、分からないよぉ・・・。」
「・・・。」
デジタルは何もかける言葉が見つからず、ただグリーンの悲痛な叫びを受け止める事しか出来なかった。
「・・・大丈夫です。あたしはグリーンさんのお側で、陰ながらひっそりと、支え続けますから。」
やっとのことで紡ぎ出した言葉が少しでも彼女の力になれたらとは思うものの、彼女の不安を払拭するのには遠く及ばない応えであろうから、デジタルもまた、目の前の救いを求める者に対して何も出来ない事に己の至らなさ、力不足を痛感した。
暫く、グリーンはずっとデジタルを力強く抱きしめて離さなかったのだが、やがて目を擦りながら徐に彼女から手を離した。
「・・・落ち着きました・・・?」
「・・・うん。ゴメンねデジちゃん、迷惑かけちゃって・・・。」
「いえいえいえ!寧ろ、あたしなんかに頼って頂いて有難いです・・・!」
グリーンは泣き止んだものの浮かない顔のままであり、やはり心の蟠りは取れていないようだった。
「・・・ああそうだ、キングさんがデジちゃんの祝福を今か今かと待っているんじゃない?ほら。私に構わず、キングさんの所に行ってあげて!」
「し、しかし・・・。」
グリーンはデジタルが自分の事に気を遣っているのが分かったのか、無理やり笑顔を取り繕って何でも無い雰囲気を出したが、そのぎこちない行動でデジタルの目を誤魔化せるハズも無かった。
「キングさん、きっと人数が多い方が喜ぶと思いますし、グリーンさんも行きましょ?」
「・・・良いのかな。私なんかが一緒にいて・・・、邪魔にならないかな。」
「邪魔だなんてそんな事ありませんよ!きっと、キングさんなら『私を労う権利をあげる!』とか言って、グリーンさんを暖かく迎え入れてくれますって!」
「・・・ふふ、あははっ。すっごく似てる・・・!」
デジタルの無駄にクオリティの高いキングヘイローの声真似に、グリーンは思わず笑みを溢し、それを見たデジタルも笑顔になり、二人は暫しの間、くすくすと笑い合っていた。
「・・・うん、有難うデジちゃん。お陰様で元気が出たよ。・・・でも、キングさんの所へはデジちゃん一人で行ってくれないかな。」
「え、何故です?」
「あたしも・・・、走りたくなっちゃったからさ。暫く、何も考えずに思いっきり走りたい。だから、お願い。」
グリーンは両手を合わせ、軽く頭を下げた。まだ気持ちの整理が出来ていないのだろう。無理に付き合わせる理由も無いので、デジタルはグリーンの言葉を素直に受け入れる事にした。
「・・・分かりました。グリーンさんの分までキングさんにレースの感動を伝えますから!では、お気を付けて!」
走って去っていくデジタルにグリーンは小さく手を振って見送った。
やがて彼女の姿が見えなくなった事を確認すると、グリーンは席に腰を下ろし、ターフを見下ろした。
「・・・デジちゃんは、強いよな・・・。羨ましいよ。どうしたら、あなたのようになれるだろう。」
いくら考えても答えが見つからない疑問に呆れてため息をつく。涙は一旦引いたものの、先行きの見えないこれからを思うと、不安や力不足な自分への怒りなど様々な感情が湧き上がってゴチャ混ぜになり、結局哀しくなってしまう。
いっそのこと時が止まってしまえば良いのにとグリーンは思ったが、夕日は無情にも地平線に隠れようとしていくのであった。
先程は軽く彼女の言葉通りに従ったものの、果たしてこれが正解だったのだろうかとデジタルは別れたグリーンの事を心配しながら出走ウマ娘の控室が並ぶ廊下までやって来たのだが、キングヘイローの控室の前には、既に先客がいた。あの、弱気そうなウマ娘であった。
もう帰り支度を済ませたのか制服姿で、彼女は彼女で項垂れながらドアにもたれかかっていたのだが、デジタルに気づくとぎこちない笑顔で小さく手をひらひらと振ってきた。
「やぁ、君か。君もキングさんに用事かな・・・?」
「・・・はい。キングさんは今日のレースを最後にトゥインクルシリーズを引退しますから、数年間のあの人の働きや功績を称えて、労いの言葉をかけようと・・・。」
「・・・そっか。きっと、キングさん喜ぶと思うよ。」
「・・・君も、という事はあなたもキングさんに用事があるんですか?」
「うん。まぁもう済んだけどね。」
弱気そうなウマ娘はドアに持たれかけるのを止めて、デジタルに歩み寄った。
「君にも、謝らなくちゃね。私のせいで沢山迷惑をかけちゃった。ゴメンなさい。」
そう言うと、彼女は腰に手を付けて深々と頭を下げた。
「め、迷惑だなんてそんな・・・。」
「アグネス・・・デジタルちゃん、だったよね。」
「は、はい?」
弱気そうなウマ娘は目に涙を、されど顔には笑みを浮かべながら、弱々しくデジタルに話しかけた。
「・・・本当に、ゴメンね。
レースが始まる前に、私なんかを君が応援するって言ってくれた時・・・。直接、応援の声を聞いたのは久しぶりだったからさ。私、すごく嬉しかった。嫌味でも無くて、心の底からの気持ちっていうのが分かったから尚更、ね・・・。
遅過ぎるだろうけど、その時になって初めて、大切な事を思い出したんだ。レースに、本気で臨もうと思えた。」
デジタルは自分の応援が少なくとも彼女の力になれた事にこれ以上無い喜びを感じていた。自分の投稿したお便りがアイドルに届き、「励みになる」と言ってくれた時に感じる全身がぽかぽかと温まるような幸福感のそれであった。
「・・・でも、ダメだった。」
弱気そうなウマ娘は腕に抱えていた袋から、中身を取り出しややぶっきらぼうに放り出した。放り出された物は床に落ち、べちゃりと少し鈍い音を立てた。
「レースの後、分かっていた事だけど当然ながらオペラオーさん包囲作戦に参加したウマ娘達から大顰蹙を買っちゃってね。それはもう、スゴかったよ。覚悟はしていたけれど、流石に驚いたね。」
よくよく見るとそれは、弱気そうなウマ娘が着ていた勝負服ではないか。レース中、着用者と共にキラキラと輝いていたのとは打って変わって、オレンジジュースでもかけられたのか所々橙色の染みがあったり破れている所があったりと今は見るも無惨な状態だった。
デジタルは先程までの幸福感から一転、急に全身が凍りつき震え上がるような寒気に襲われた。
「・・・あ、あた、しが・・・、あたしが、貴方様を傷付けてしまったのですか・・・?」
今すぐ胸が張り裂けそうな程強く心臓が脈を打ち悪寒が絶え間なく続く中で、デジタルは震えた声で疑問を投げかけた。
「まさか!逆だよ・・・、寧ろ救われた。」
「・・・ふぇ?」
思っていたのとは全く違う反応が帰ってきて、デジタルは困惑した。
「確かにさ、傍から見れば私は無謀な事に挑戦して敢え無く失敗した上に周りからの信頼も地に落ちて何も得る物が無かった憐れなウマ娘だよ・・・。
でも私は、それらとの等価交換と思えるくらい大切な物を取り戻せた。走る事の楽しさを、思い出せたんだ。」
弱気そうなウマ娘は空中に放り投げた勝負服を拾い上げ、ボロボロになった勝負服を見つめた。
「・・・あのまま自分の弱さに流されてオペラオーさん包囲作戦に加わっていれば、保身は出来ただろうけど前に進む事は決して無かったと思う。
いや、それだけじゃない。弱さに呑まれて、周りを憎悪と嫉妬の目でしか見られなくなって、私はコレを着て走る資格すら失って、何時しか自分が自分で居られなくなっていたかも・・・。」
相変わらず困惑を隠せないデジタルを見て、弱気そうなウマ娘はにこりと優しく微笑んだ。
「まぁ、とにかく私は今の結果に満足しているから。君はこれからも、頑張る娘たちを応援してあげて。きっと、力になれるハズだから。」
弱気そうなウマ娘はデジタルの手を取り、改まって言った。
「未来ある君にどうしても伝えておきたい事があるんだ。
これから先、様々な困難が訪れると思う。どれだけ辛くて苦しくて、どれだけ理不尽な出来事に直面しても・・・、盲目にだけはならないで。
君が頑張っている一方で、誰かが君の為に頑張ってくれている。戦っているのは自分だけじゃない。手を差し伸べてくれる人はきっといる。それだけは、忘れないで・・・。」
デジタルは暫く茫然としていたが、深く頷き、弱気そうなウマ娘の言葉を心にしまうように胸に手を置いた。
「・・・はい、肝に命じます。」
「・・・ああ、そうだ。これ、渡そうと思っていた物なのだけど。」
弱気そうなウマ娘は自身のポケットに手を入れ、徐に何かを握った手をデジタルに差し出した。
「・・・これは?」
「お守り。元々は私のじゃなくて、先輩から貰ったものなんだけれどね。」
弱気そうなウマ娘の手の平には青、赤、黄、緑とカラフルに彩られた三角の平たい石のようなものが付いた首飾りがあった。
「元々、レースを無事に負えられますようにっていう安全祈願のお守りらしいんだけどね。でもそれだけじゃなくて、先輩が言うには、『夢』が詰まっているらしいよ。勝ちたい、日本一になりたい、世界にまでその名を轟かせたい・・・。
そういった様々なウマ娘達の想いが込められているんだとか。」
弱気そうなウマ娘は首飾りをデジタルの前に垂らし、デジタルは手の平を差し出して受け取った。
「私はもう全盛期なんてとっくに過ぎてるし、引退するのは時間の問題。・・・だから、君に託したいんだ。」
「・・・しかし、あたしはどこにでもいる平凡なウマ娘ですよ?プレゼントは有難いのですが、皆の想いが込められているなんていう大層な物を頂いた所であたしには、例えば日本一のウマ娘になれるような才能は無いし器でもないです。託すのなら、他に適任者がいるのでは・・・?」
それを聞くと、弱気そうなウマ娘は首飾りを持ったデジタルの両手を包み込み、力強く言った。
「いいや、君じゃないとダメ。大事なのは叶う叶えられるっていう話じゃなくて、想いを大切に出来るかどうかだから。
聞けば君は、ウマ娘を愛し尊んで、ウマ娘の為なら苦になる事も進んでやるそうじゃない。・・・これ以上の適任者が、何処にいるだろう?」
デジタルは何かと理由を付けて受け取るのを断ろうと思っていたのだが、弱気そうなウマ娘に引く気が見えないので有難く受け取ることにした。
「そうそう、それで良いんだよ。」
デジタルはたまたま持っていたシルクの布で首飾りを丁寧に仕舞うと、弱気そうなウマ娘は満足そうな笑顔を見せた。
「・・・じゃあ、用も済んだし私も帰ろうかな・・・。じゃあね、アグネスデジタルちゃん・・・。」
そう言い残し立ち去ろうとした弱気そうなウマ娘に、デジタルは「待って下さいっ!」と静止をかけた。
「あなたの夢は、何でしょうか。是非、聞かせて下さい。このお守りを受け取るなら、あなたの事も聞いておかなければと思いまして・・・。」
「夢、か・・・。」
弱気そうなウマ娘は暫く天井を見上げて悩む様子を見せた後、ゆっくりと語りだした。
「そうだな・・・。私は、誰も見たことが無い景色を見たかったかも・・・。」
「誰も見たことが無い、景色・・・?」
「うん。例えばクラシック三冠とか凄い記録だけどさ、もう既にそれは会長さんやブライアンさんを始めとして何人かのウマ娘が辿り着いている領域だよね。
そういうのじゃなくて・・・、誰も考えられなかったような記録を残したかったかな。具体的には自分でもよく分かっていないし、分からず仕舞いのままトゥインクル・シリーズが終わりそうなんだけどさ・・・。」
弱気そうなウマ娘は自嘲気味に笑ったが、デジタルはその発言を真剣に受け止めた。
「誰も、見たことが無い景色・・・。」
どうすることで誰も手が届かない領域へ辿り着けるのか。何度も反芻して、自分なりの解釈に落とし込もうとした。しかしすぐに、考えるには経験が足りないと結論を保留する事にした。
先程自分でも言ったように、アグネスデジタルというウマ娘は今の所日本一のウマ娘になれる才能も無いしそのような器でも無い。それどころか安定した力も無いし、何よりデジタルはこの一連の出来事を受けて、自身が致命的な問題を抱えている事に気付いた。
「・・・今はまだ分からない事が多すぎて何をすべきかは分かりませんが、あなたの想いもきっと、大切に引き継ぎますから。この首飾りに誓って・・・!」
「・・・!あ、有難う・・・。
・・・ふふ、こうして君に出会えた事、本当に感謝してる。運命って、分からないものだな・・・。」
「ああ、全くだ!運命とはなんと数奇なものなのだろう!」
意味ありげに弱気そうなウマ娘ぽつりと呟くと、いつの間にか近くに歩み寄って来ていたテイエムオペラオーがオペラ宛らの響き渡るような声を上げた。
「ぴぇ!?ド、ドトウさんに・・・!?」
「・・・げ。オペラオーさん・・・。」
デジタルが推し二人組のいきなりの登場に変な声を出し喜んだ一方、弱気そうなウマ娘は頬を引きつらせ困ったような表情を見せたがオペラオーは構わずに続けた。
「数多の素晴らしい人格と強さを兼ね備えたライバル達・・・。ボクは運命的な出会いを幾度も果たした。
そして数々の激闘を勝ち抜きボクは今、頂点に君臨したっ!その祝いとして、世紀末覇王の世紀末覇王による世紀末覇王の為のパーティを開こうと思うのだが、どうだろう。君達も参加しないかい?」
「え、ええ・・・?」
弱気そうなウマ娘が困惑していると、オペラオーの側にいたドトウがペコペコと頭を下げてきた。
「す、すみません〜・・・。オペラオーさん、年内のレースを無敗で終えられたことにこれ以上ないくらい喜んでいましてぇ・・・。無理に参加しなくて良いですので、あの、あまりお気になさらずぅ・・・。」
言いたい事を言い終えてなお頭を下げ続けるドトウに弱気そうなウマ娘は彼女に顔を上げさせると、オペラオーに向き直った。
「・・・いや。是非、参加させてもらうよ。」
デジタルは少し驚いた。何しろ、弱気そうなウマ娘にとってオペラオーは先程のレースの事もあり非常に気まずい相手。彼女のことだからドトウの言葉通り、遠慮するだろうと思っていたのだから。
「はっはっはっ!!!そうこなくちゃね。ほら、ドトウ。何も心配する必要は無かっただろう?」
「・・・た、確かにぃ・・・。」
「でもその前に・・・。貴方達、ライブの準備は終わったの?」
「・・・あっ!!!」
オペラオーとドトウは口を揃えて声を上げた後、お互い顔を見合わせた。
「・・・おお、王国の市民達への凱歌を忘れてしまうとはなんと情けない。ボクもまだまだだね・・・。
ドトウ、ライブの時間はいつからか分かるかい?」
「え、ええと・・・、確かポケットにスケジュール帳がぁ・・・。あ、あれ?おかしいですぅ、あれぇ・・・?」
ドトウは右に左に手を入れ、バッグまで取り出しガサゴソと探したが、やがて頭を垂れて呟いた。
「・・・な、無い、ですぅ・・・。」
「・・・つまり、どういうことだい?」
「ライブの時間が分かりません〜!ごめんなさぁぁぁい!!!」
オペラオーとドトウがてんやわんやしていると、弱気そうなウマ娘が冷静にスマホを取り出して言った。
「・・・ライブは二十分後からだよ。まだ貴方達は勝負服のままだし、急がないと間に合わなくなっちゃう。ほら、早く。」
「なんと!もうそんな時間になっていたのか。」
「あわわわ、急がないとぉ・・・。あだっ!」
ドトウはたまたま解けていた靴紐を踏み派手にすっ転んでしまった。
「ドトウ、大丈夫かい?」
「は、はい〜・・・。あうぅ、こうしている間に時間がぁ・・・。あれ、靴紐、上手く結べない〜・・・。」
あたふたと慌てていていつまで経っても靴紐を結べないドトウを見かねたのか、弱気そうなウマ娘はドトウの前に屈み、さっと紐を結んだ。
「よし、これで大丈夫。」
「あ、ありがとうございます〜・・・!」
「じゃあ行こうか、ドトウ!皆を待たせてはいけない!」
「そうですね、早くしないと・・・!・・・あっ。」
ドトウが勢いよく立とうとしたその刹那、彼女の足が縺れてオペラオーの顎に彼女の頭がクリーンヒットした。
「あだッ!!?」
二人が顎と頭をそれぞれ抑え蹲ってしまっている様子を見て、弱気そうなウマ娘は顔を覆い大きなため息をついた。
「・・・ゴメン、デジタルちゃん。私この二人が心配だからライブの準備が出来るまで付き添う事にするよ。という訳でここで一旦お別れね、もう少しお話したかったけれど・・・。」
「い、いえいえ!あたしの事はお気になさらず!」
弱気そうなウマ娘は軽くデジタルに一礼し、「またね」と言ってオペラオー達と共に去っていった。
「・・・ぶはぁぁぁ〜・・・。ぎんぢょうじだぁぁぁあああ・・・。」
デジタルは大きく息を吐き、強張らせていた体から力を一気に抜いてへろへろとその場に膝を落とした。
「いや・・・、唐突なオペドトは聞いてないですって・・・。もう少し同じ場所にいたらどうなっていた事やら・・・。
それにしても、良いですねぇあの二人・・・。一字一句間違えずに会話を思い出せますよぉ・・・。」
弱気そうなウマ娘の成長も感慨深く思う。レース以前の彼女ならば、オペラオーとドトウの二人と一緒にいようだなんて考えもしなかっただろう。
とにかく尊いフェスティバルの状態であったので途中からは半分意識が飛んでいたデジタルであったが、残る意識を全集中させ脳に会話を刻み込んでおり、それを思い出してまた悶絶出来る程にはその時の感動が体に染み込んでいた。
するとその時、デジタルの背後で扉が開く音がした。
「・・・人の部屋の前で騒がしいわね。」
ライブ衣装で身を包んだキングヘイローが呆れた様子で姿を現した。
「ぴえっ、キングさん!?ももも申し訳ございません煩かったですよね騒がしかったですよね生きててスミマセンッ!」
「いちいち謝罪が重いのよ、貴女はっ。・・・とにかく、良かったわ。あの子も前を向いて歩いていけそうだし貴女の為にもなったし。めでたしめでたし、ね。」
「・・・あたしの為?」
デジタルは何の事だか分からず、顔を傾げた。
「あら、気づいてないの?・・・まぁそれならそれで良いわ。」
「えっ?」
理解が追いつかないのでもっと詳しく聞こうとしたが、キングもまた、これからライブがあるのだと思い出すに至り、疑問は消化不良のまま喉の奥に押し込むことにした。
「そういえば、キングさんのライブ衣装とても美しいですねぇ・・・。とても似合ってます!それはそれは眩しい程に!」
「ふふ、有難う。そろそろ私も会場へ行くわ。いつものように、盛大なコールをする権利をあげる!」
「勿論与えられた権利は存分に使わせて頂きますとも!声の調子も、うちわにペンライトの準備もバッチリです!」
「良い心がけね。それじゃあ、行きましょうか。」
キングに促されるままに、デジタルはライブ会場へと足を運んだ。
有馬記念という大舞台で激戦を繰り広げたウマ娘たち。各々、様々な事情を抱え紆余曲折ありながらも、結果的に見に来た人達全員を感動させるような素晴らしいレースとなった。
ライブでも輝きを放ち続けるウマ娘達を見て感極まり涙を流していたデジタルは、ふと思った。
(あたし・・・、すぐにエモいとか尊いとか語彙力の欠片もない表現でウマ娘ちゃん達の素敵なシーンとかに感想付けますけど、もしかしてあたしはウマ娘ちゃんの事を知り尽くしているようで実は何も分かっていないのでは?
その証拠にあの弱気そうなウマ娘ちゃんのような、酷く苦しんでいる娘や、その他ウマ娘ちゃんを取り巻く暗い事情をあたしは殆ど知らなかった。
いや、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。知る機会なら幾らでもあったハズ。だのに知らないのきっと、ウマ娘ちゃん達の辛い所、悲しんでいる所を見たくなかったから・・・。
あたしは、ウマ娘ちゃん達を上辺だけしか見ようとしなかった。ウマ娘ヲタクだと言い張るなら、彼女達の全てを知ろうとして初めて、そう言えるのではないのか・・・?
何れにせよ、このままでは駄目なのです。もし、苦しんでいるウマ娘ちゃんがいたら。あたしは、その心が少しでも楽になるように寄り添うべきか・・・。
いやいや、待てよデジたん。あたしは推しへのおさわりは厳禁がモットーです。そんなしゃしゃり出るようなマネ、相手からしても迷惑ですし自分の信条を破る事になるのでは?
・・・ああ、神様。あたしはどうすれば・・・。)
体に刻み込まれている為、悩んでいても無意識のうちにライブの音楽に合わせてペンライトを振ったりコールをしていたが、頭の中はもやもやでいっぱいであった。
彼女にとって、ルールは絶対。是が非でも守らなければならないものである。
しかし、自分の大切なものとルールを天秤にかけた時、果たして守るべきはどちらなのかと、ライブが終わってもデジタルは悩み続けるのだった。