ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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 今回はなるべく早く書き終えましたが、次回はまた忙しくなるので投稿が遅れるかもしれません。
 ご了承下さいませ。


第17話 膨張する光と呑み込まるる影

 「・・・おまたせしました。さて、検査結果なのですが。」

 

 「ど、どうでしょうか、先生・・・?」

 

 張り詰めた空気が辺りを覆い、担当の医者がデジタルの前に座り、症状を告げる。

 

 「お、折れてませんよね・・・?」

 

 「・・・骨折ではありません。しかし、右足に外脛骨が見られます。」

 

 「がいけい・・・こつ?」

 

 「はい、内くるぶしにある骨の出っ張り部分の痛みですね。これくらいの歳の運動する女の子にはよくある症状です。

 治療なのですが、暫くレースやその他足に負担がかかる運動は控えて下さい。経過観察を行い、場合によって施術を行います。」

 

 「は、はぁ・・・。」

 

 京都金杯から数日経った後、デジタルが右足の痛みを訴え始めた為に、オレたちは急遽病院へと訪れていた。

 結果から言うとそこまで重い症状ではなかった訳だが、来月に控えていたフェブラリーSの出走はかなり怪しいものとなってしまった。

 

 「・・・スミマセン、大事なレースを前にしてこんな怪我をしてしまい・・・。」

 

 「いや、仕方無い。医者もよくある事だと言っていただろ?デジタルのせいじゃないさ。

 ・・・それにしても、オレの車に誰かが乗ってるって、なんか新鮮だな・・・。」

 

 病院からの帰り道、オレたちは車に揺られながら駄弁っていた。恥ずかしながら後部座席は資料やその他荷物が雑に置かれていてとても座れる状況では無かった為に、デジタルは助手席に座っていた。

 うっかりその惨状を見られてデジタルから冷ややかな視線を向けられた気がしたが、多分きっと恐らく気の所為だろう。

 

 「・・・乗せたことないんですか?」

 

 「免許取る時に試験官乗せたっきりかな。

 車にはよく乗るけど、大体一人で仕事に行く事が多かったし、担当ウマ娘の送迎はトレセン学園がやってくれるからなぁ。」

 

 「ああ、そっかぁ・・・。

 まぁ暫く、あたしはお世話になりそうですね・・・。」

 

 「おう、任せとけ。

 筆記はギリギリだったけど、運転の腕なら試験官にも褒められたからな。」

 

 「・・・あ、あんまり安心出来ないんですけど・・・。

 運転免許の筆記試験ってそんなに難しいんですか?」

 

 「いや、何と言うか、その・・・。言葉の綾、と言えばいいかな・・・。日本語の問題で・・・うん。」

 

 「・・・・・・???」

 

 「まぁ、デジタルも車の免許取ることになったら、オレの言ってることが多分分かるよ・・・。」

 

 「は、はぁ・・・。」

 

 当時は単純にオレの勉強不足だと思っていたが、友人やネットの情報によると、理不尽だと思った引っ掛け問題はやはり周囲の人間から見ても理不尽だったようで、かなりボロカスに言われていたのをよく覚えている。

 結果的に受かったとはいえ、自己採点して暫くは生きた心地がしなかった。

 

 「・・・にしても。暫く練習出来ないし、フェブラリーにも出れそうに無いし、どうするか・・・。特に今日は練習メニュー全部パーになったから、本当にすることないんだけど・・・。

 デジタル、なんかやりたい事ないか?」

 

 「う〜ん・・・。

 ・・・あ。でしたら、トレセンに帰ったらタキオンさんとサスミさんの模擬レースを見に行きませんか!?」

 

 「え、そんなのやるの?全然知らなかったんだけど。」

 

 「サスミさんが、外野が増えると練習に集中出来ないと言って広めてないんですよ・・・。

 タキオンさんとサスミさんのレコードラッシュは学園はおろか、記者や世間でも大変話題になってますからね。情報を漏らせば、重賞レースかと勘違いしてしまうくらい観客が集まるのは目に見えていますから・・・。」

 

 「確かに、そうだな・・・。

 タキオンやサスミに限らず、今年のクラシック級ウマ娘はとにかくレベルが高い。

 黄金世代の再来なんて期待の中で模擬レースなんかやったら、記者は嗅ぎつけて来るよな・・・。」

 

 特にサスミなんて、一週間に三回は必ず記者の取材アポが入ってきてるんじゃないかという噂さえある。

 こんなに彼女が注目されているのは勿論能力の高さもあるが、今年から国内レースの仕様に大きな変化があるというのも関係している。

 クラシック三冠に加え、天皇賞等の格式の高いレースは軒並み外国から参入してきたウマ娘は非常に長い間出禁となっていたのだが、部分的に今年から開放されるようになったのだ。

 その為に今年は「開放元年」とも揶揄され、外ウマ娘であるサスミには開放後初のクラシックの冠を手にすることを期待されている、という訳である。

 

 「すごいですよねぇ・・・。ジュニア級の頃からこんなに盛り上がる世代はなかなか無いですよ。」

 

 「そうだなぁ・・・。それこそ、黄金世代みたく強豪が乱立しないとこんなことにはならないからな。オレたちも気を引き締めないと、あっという間に追いやられるかもな。」

 

 彼女たちは一体どんなドラマを生み出すのだろうという期待が膨らむ反面、そんな化け物揃いの軍団がシニア級も交じるレースに殴り込んできたら、果たしてオレ達は対抗出来るのだろうかという不安も積もる。

 シニア級とクラシック級が交わるレースといえば、天皇賞秋やエリザベス女王杯、デジタルも出走したマイルCSなどかなりある。

 いずれも秋のレースであり、そこからが正念場とも言える。それまでにデジタルにはなるべく多くの経験を積ませておきたいところだ。

 

 「・・・デビュー時期的に後輩とは言え、彼女達の走りから学べることも多いだろうからな。

 よし、今日は研究会にするか。」

 

 「流石トレーナーさん、話がお早い!

 うふふふふ・・・。タキオンしゃんやサスミしゃんの煌めくお姿を想像するだけでもう、興奮が止まりませんよぉ・・・。」

 

 「・・・ところで、何でそんな機密事項らしきものをデジタルは知っているんだ?」

 

 「それはですね、サスミさんの方から誘われたんですよ。是非、見に来ませんかと。」

 

 「へぇ、良かったじゃないか。まるで特別扱いだな。」

 

 「そうなんですよ、明らかに特別扱いされてるんですよ!そんな特別扱いされるようなオプションとか買ったりクラブ会員とかなった訳でもないのに、気が気じゃなくて・・・。嬉しいですけど・・・!」

 

 「まぁ、仲が良さそうで何よりだよ。」

 

 ・・・ふと思ったが、タキオンやサスミ等に加え、スペシャルウィークやグラスワンダー辺りの黄金世代のウマ娘達と交流があるこの子って、実はすごくないか?

 他にもライスシャワーとかいつ仲良くなったのだろうというウマ娘達も多いし、デジタルのコミュニケーション網を使えば大抵の問題、悩みは解決出来そうである。

 それからも適当な世間話をした後に、オレ達はトレセン学園に帰ってきた。

 

 「ほら、手を取って。」

 

 少しのことでもデジタルの足に負担をかけたくない。そう思い、車から降りる際に彼女に手を差し伸べた。

 

 「え、いや、大丈夫ですよ。下車くらい、どうということはありませんって。」

 

 「まぁまぁ。万が一のことがあったら困る。」

 

 「・・・分かりました、では甘んじて・・・。」

 

 彼女はその小さな手でオレの手を軽く握り、左足、右足と慎重に地面に付けた。

 

 「有難うございます、トレーナーさん。」

 

 「どういたしまして。」

 

 握っていた手を離し、レース場に向かおうとしたその刹那。

 

 「まぁ、なんてこと・・・っ!!!」

 

 声がした方向を見ると、サスミが両手で顔を覆い、人差し指と中指の間から覗くようにちらちらとオレ達を見ていた。

 

 「・・・あ、サスミさん丁度良いところに。

 タキオンさんとの模擬レースの件なのですが、是非一観客として拝見し・・・。」

 

 「て、照れ隠しですね!?その何事も無かったかのように私に話しかけるのは照れ隠しですねッ!?」

 

 「・・・え?」

 

 「いえいえ、構いません・・・。昨今はトレーナーと元担当ウマ娘との間でご縁があることもそう珍しくありません。

 とは言え、白昼堂々お二人の仲睦まじさを見せつけられる身にもなって下さいましっ!」

 

 「あ、え?その・・・、すみません?」

 

 ・・・サスミは何やら勘違いしているようだが、オレ達は何か勘違いされるようなマズイことをしただろうか?

 

 「う、うう・・・。まさか、お二人がもうそのような関係でしたとは・・・。い、何時からなのですか・・・?」

 

 「・・・ええと、あたしがトレーナーさんと契約を結んだ時期ですか?」

 

 「ええッ!!?まさか、『engagement』まで!!?

 も、もう決定事項なのですか!!?」

 

 「い、いや。こうして一緒にいるのですし、決定事項も何も・・・。

 ・・・えんげーじめんとってなんでしたっけ?」

 

 「も、もうそれが当たり前と思えるほど関係は進んで・・・!

 デジタルさんには申し訳ありませんが、トレーナーさん。流石にこれは看過出来ません。今すぐ、理事長とたずなさんに現状報告をするべきです。」

 

 「え、なんで!?」

 

 「なんでも何も、破廉恥過ぎます!」

 

 「破廉恥!?」

 

 「約束の時期にもよりますが、場合によっては法に触れましてよ!?」

 

 「いや触れないと思うけど!?」

 

 「ほ、法に触れるって・・・。トレーナーさん、何したんですか・・・?」

 

 「何もしてないよっ!?

 ちょ、サスミ!変な誤解を招くのはやめてくれ!」

 

 「ならば、誤解を招かないよう、ここできっぱり学園にデジタルさんとの関係を白状すべきです!」

 

 「君は一体何を言ってるの!?」

 

 このままでは埒が明かない。サスミは変な誤解をし続けるしデジタルには不安な目を向けられるし、この状況

をなんとかしたい。

 そう思っていた時だった。抑えようとしているが、大笑いしながらタキオンがやって来たのだ。

 

 「クックック・・・。ハッハッハッ・・・!

 ・・・やれやれ、デジタル君を迎えに行くと言ってから随分時間がかかるものだから様子を見に来てみれば。コレはコレは災難だねェ。」

 

 「あ、タキオンさん!聞いて下さいよ、デジタルさんと彼女のトレーナーさんが、我々が知らない間にその仲を発展させていて・・・!」

 

 「君は一旦落ち着いて冷静になれ。レースで何時もやっていることだ、そう難しくはないだろう?」

 

 サスミはタキオンの宥めにより、驚く程大人しくなった。そして、まだデビューから間もないとは信じられない程風格を感じるいつも通りの彼女に戻った。

 ・・・先程のらしからぬ慌てぶりはなんだったのだろう。彼女のトレーナーに後で相談してみよう。

 

 「・・・さて、デジタル君。聞いた噂では足に痛みを生じた故、病院に診察を受けに行ったとのことだが。」

 

 「え、ええ。」

 

 「・・・それで。医者はなんと?」

 

 「幸い、暫く安静にすれば治ると。二ヶ月程は様子を見たいとの事でした。」

 

 「ふぅン。・・・なるほど、そうか。

 とにかく、大怪我に繋がらなくてよかったよ。デジタル君抜きとなると、私の実験に大きな支障が出るからねェ。」

 

 「な、なんと!タキオンさんに心配して頂けている!?嬉しい反面、あたしなんかの為に気を使わせてしまい申し訳無い・・・!」

 

 「デジタル君にはなるべく早く実験体として健全健康な身体に戻って欲しいからね。サプリメントや治療薬を開発しておこう。・・・使えるかどうかは別として。」

 

 「いえいえ!お気持ちだけでもう大変嬉しゅうございますっ!私自身も早くタキオンさんのお役に立ちたいので、一週間で治す勢いで治療に専念したいと思います!」

 

 「・・・例えどんな怪我を負ったとしても、デジタル君だと本当にやりかねないと思えるのがねェ。」

 

 怪我をものともせず元気溌溂なデジタルを見て、タキオンは苦笑いをした。

 

 「・・・ところで、タキオンとサスミの模擬レースの方は時間的に大丈夫なのか?」

 

 「心配は無用だとも。別に逃げる物でもない。

 気が逸るのは分かるが、実験に焦りは禁物だ。計画的に淡々と、それでいて柔軟にこなさなければならない。」

 

 「・・・私を貴方の実験に巻き込むのは止めてもらえますか。私は私独自の理論を持っているのです。必ずや、貴方を越えるスピードを手にしてみせる。」

 

 「クックック、それは楽しみだ。私も君も、目指す場所は同じはずなのだが・・・、手順や方法が違う上にレースにて一着を取るという譲れないものがある。相容れられないだろうねェ。」

 

 余程、お互いに高いライバル意識を持っているのだろう。レース前から火花が散るような緊張感だ。

 

 「まあまあ。レースは理論や数字だけじゃなくて、天候だとかの運も味方につける必要がある。どちらが完璧だとかは無いと思うぞ。」

 

 「その運さえもカバーしてしまうスピードが欲しいのです!」

 

 「全くもってその通りだ。

 我々が目標とする日本ダービーでは最も『運の強い』ウマ娘が勝つと言われているが、皐月賞と同じく最も必要なのは、運ではなく『速さ』であると、世間に結論づけさせたいのだ。

 でなければ、私の研究は意味を為さない。」

 

 「あ、う、うん・・・。」

 

 ヒートアップする前に宥めようと思ったのだが、逆にこちらが怒涛の勢いで噛みつかれてしまった。

 

 「トレーナーさん、分かりますか。このお二人は一見相反しているようですが、その実、仲介不要な程とても似通っていて仲が宜しいのですよ・・・!」

 

 「・・・なるほどな。だからオレたちは首を突っ込まずに大人しくしていた方が良い訳か。」

 

 クラシックレースの主人公は彼女達であり、ドラマは彼女達の手で作られる。余計なお世話は言語道断、か。

 

 「・・・さて、そろそろ模擬レースを始めるとしようか。デジタル君は、是非我々の走りをその目に焼き付けておいてくれたまえ。」

 

 「言われずとも、元よりそのつもりですよぉ!

 脚立に、どんな一瞬の動きも逃さない最高級デジカメ、メモ帳にペンライト!準備はバッチリです!」

 

 さっき病院から帰ってきたばかりなのに、デジタルはいつの間にか背負っていたリュックから一つ一つ、確かめるようにそれらを出して見せた。

 オレからしてみればやはり、デジタルが一番魅力的と言うか、不思議である。

 それからオレ達は、練習場の芝コースへとやって来た。

 黙秘していた割には、観客と思われる生徒がたまたまにしてはかなり多く、やはり何処からかタキオンとサスミの模擬レースの情報を嗅ぎつけてやって来たものと思われる。

 それだけ、今年の新星に対しての期待は大きいのだろう。かく言うオレも、非常に胸を高鳴らせている。

 

 「・・・ここまでの戦績は?」

 

 「・・・模擬レースに於いてもタキオンさん3勝0敗の勝ち越し、本番のレースに於いてもラジオたんぱ杯にて私が敗北を喫しています。」

 

 「なるほど。ならば今回も勝利を物にし、勝ち星を伸ばすこととしよう。」

 

 「そうはさせません。ここからは私が全て勝たせて頂きます。」

 

 宣戦布告を済まし、その後すぐにタキオンとサスミはスタート地点で走る体勢になった。既にこの一連の流れだけでも、観客のウマ娘からは大きな歓声が上がっていた。

 

 「・・・騒がしいから何事かと思ったら、タキオンとサスミのレースか。」

 

 そのウマ娘は凛々しい黒色の髪を靡かせて、急にオレ達の側に現れた。

 どうやらトレーニング中だったようで、使い古されたストップウォッチを片手に持ち、ジャージには所々泥が付いていた。

 オレは、このウマ娘を知っている。いや、オレでなくとも多くの人が知っているだろう。

 去年のクラシック二冠ウマ娘にして、日本ダービーにて7センチ差の敗北を喫した事から準三冠ウマ娘とも呼ばれる、世代を代表するウマ娘だ。

 

 「エ、エアシャカールさん!?」

 

 「ン?ああ、なんだデジタル、オメェか。・・・何だ、アンタらもアイツらのレースに釣られて来たのか?」

 

 「まぁ、そんなところ。」

 

 「・・・ケッ、悠長なこった。オレ達は、もう他人のレースを指くわえて見ていられるほどゆとりはねーってのによ。」

 

 「・・・タキオンやサスミとかの次世代のウマ娘達が、オレ達の世代に取って代わろうとしているからか?」

 

 「ンだよ、分かってんならなんでこんなとこにいるんだよ。」

 

 「デジタルは今、ケガをしているからな。せめて、この目で他のウマ娘達から学べる事があれば良いなと思って。」

 

 「そ、そうなんですぅ・・・、スミマセン。」

 

 「・・・そうか。」

 

 シャカールは深いため息をつくと、丁度スタートが切られ、走り出したタキオンとサスミを何処か羨ましそうに呟いた。

 

 「オレ達の世代は、クラシック路線もティアラ路線も、突出してるヤツとか期待が出来るウマ娘がそう多く無かった。

 日本ダービーを買ったアイツも、怪我の後は元の調子を取り戻せずに苦労してやがるし、オレも数字以上の力が出せねェ。負け続きだ。

 ・・・ただでさえ盛り上がりに欠けた世代なんだ。シニア級での活躍が無いと、オレ達は存在しなかったかのように忘れ去られるかもな。」

 

 「・・・あたしのようなウマ娘はともかくとして、シャカールさんのようにクラシックで活躍したウマ娘ちゃんが忘れられるというのはイマイチ想像出来ないですが・・・。

 とはいえ、シャカールさん以外にも個性に富んだ方々が沢山いる我々の世代そっちのけで注目を浴びるようなウマ娘ちゃんがタキオンさんやサスミさんを代表に、次の世代として控えているのは大問題かもしれません。」

 

 デジタルの言う通り、シャカールのような凄いウマ娘が忘れられるというのは想像出来ない。

 去年の日本ダービーも大いに盛り上がったし、マイル路線、ダート路線も強豪揃いだし、全体的にレベルが低いなんてとても思えない。

 しかしそれ以上にタキオンやサスミの世代がヤバい、というのは事実だ。開放元年という世代の盛り上がりに貢献するであろう追い風も吹いている。

 

 「何とかして、世間にシニア級になったウマ娘ちゃん達も推して貰いたいものですが・・・。どうしたらいいんですかねぇ・・・。」

 

 「そりゃ、オレ達がレースに勝つしかねーだろ。結局、実力社会のトレセンに於いて注目を浴びるならそれしか方法は無ェ。」

 

 ・・・シャカールというウマ娘、かなりの現実主義者だ。決して悪い意味ではなく、何も間違った事は言っていない。

 オープンクラスのウマ娘とGⅠに出てくるようなウマ娘とじゃ明らかに観客の規模は違うだろうし、ファンの数も認知の差で違ってくるだろう。

 ──勝つしかない。

 勝者は肯定され、敗者は否定される。デジタルを見ていると感覚が麻痺しがちだが、普通はオープンクラスを抜け出すのも一苦労のハズなのだ。

 やがて、最後まで勝ちきれずに引退に追い込まれたり地方に移籍せざるを得ないウマ娘が沢山出てくる。中央で生き残り続けることは、奇跡と言っても良いぐらい困難なのである。

 ・・・逆に言えば、この事実がデジタルの才能を確かなものと言える根拠でもある訳だが。

 

 「すごい!もう最終コーナーなのに、ここまで両者一歩も譲らない!」

 

 「直線、どっちが抜け出すかな!?」

 

 オレ達がそれなりに深刻な話題で気を逸していたらいつの間にか始まっていたレースが終盤へ。

 視線を走る彼女達に戻すと、確かに直線に入っても、両者並んで加速し続けていて、どちらが勝つか分からない。

 

 「はあああああああッッッ!!!」

 

 サスミはデビュー後間もないとは思えない程バランスの取れた綺麗なフォームで観客の前を駆け抜けていく。皆、その美しさに見惚れていた。

 

 「・・・クックック。その程度かい?それでは私を追い越すスピードを手に入れるなど百年早いぞ!」

 

 もう両者限界ではないかと思えるくらいスピードが出ていたのに、残り200mを切った地点で更にタキオンが加速した。

 

 「マジか、まだ速くなるのかよ・・・!」

 

 勝負は付いたかのように思えるが、サスミは諦めず、全力で喰らいついている。

 

 「ぐ・・・、はああ、ああ・・・!」

 

 追いすがるも、そのまま両者はゴール板になだれ込む。タキオンの、勝利だった。

 

 「ワアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

 

 その刹那、大歓声が上がった。模擬レースなのにこの盛り上がり具合。彼女達がGⅠで相見えたらどうなるのだろう?

 

 「ハッハッハッ!!!いや、自分でターフを駆け抜けるのは実に気持ちが良いな!

 また勝負をしようじゃないか、サスミ君。私の研究はまだまだ途上だからね。より完成に近づける為にもここで失礼するよ。」

 

 タキオンは模擬レースが終わるや否や、颯爽と練習場から出て行ってしまった。それに伴い、満足感を覚えたウマ娘達も散り散りに解散していった。

 

 「オレもタキオンも、数字に拘る所は一緒なハズだ。・・・どうして、ここまで差がついた・・・?」

 

 「ん?シャカール何か言ったか?」

 

 「・・・何でも無ェよ。オレもやるべき事をやるわ。じゃーな。」

 

 こうしてシャカールも去って行き、オレとデジタルはその場にぽつんと残された。

 

 「・・・おーい、デジタル〜。いつまで倒れてるんだ〜。起きろ〜。」

 

 そのデジタルはと言うと二人のレースにて最終直線の接戦時に「しゅごい、尊い、美しい、無理ぃ・・・!」と言ってゴール後に興奮の余り倒れてしまっていた。

 声をかけるたけでは起きそうにもなかったのでオレが優しく肩を叩くと、彼女はやじろべえのように勢いよく飛び上がった。

 

 「し、失敬失敬・・・。

 ・・・おや、サスミさんはまだターフにおられるのですね?」

 

 デジタルの言う通り、誰も居なくなったターフにただ一人、サスミはゴール付近で棒立ちしていた。

 顔を垂れ拳を強く握っているように見える。余程悔しかったのだろう。

 

 「・・・どうする、声をかけて行くか?」

 

 「いえ、サスミさんはレース内容を振り返って反省しているところかもしれませんし、お邪魔にならないように静かにタオルとスポーツドリンクを差し入れて、そっと退散しましょう・・・。」

 

 「しかし、バレないように差し入れるたって、サスミはターフから出てくる様子も無いぞ?どうするんだ?」

 

 周りには隠れられる場所も無いし、サスミが気付くよう近くに差し入れを置くにはあまりにも難易度が高い。

 

 「お任せを!実はこういうシチュも想定して、緑の迷彩服を購入しておいたのです!」

 

 そう言うとデジタルは、カメラ等を入れていたリュックの中から戦場でよく見そうな、確かに緑には擬態出来そうな本格的な迷彩服を取り出した。

 ・・・そんなもの、どうやって調達したんだろう。しかもよく見たら、極端に身体の小さなデジタルにぴったりサイズが合うように作られている。まさか、特注品・・・?

 

 「後はあたしの影の薄さとシゼンギタイ・ジツを組み合わせれば、いくら勘の鋭いウマ娘ちゃんであろうとも、気付くことは困難でしょう・・・!」

 

 「・・・いや、バカか・・・?」

 

 「え"。ば、ばか・・・?」

 

 「ああいや。オレみたいなバカなら尚更気付かない程完璧な作戦だなーアハハハハ・・・。」

 

 「トレーナーさんが完璧って言うなら違いありませんね!ではデジたん一兵卒、行ってきます!」

 

 デジタルは右手を軽く米上辺りに当てて敬礼をすると、本当に迷彩服を着てサスミに気付かれないように差し入れを近くに置きに行った。

 そんな子供騙しな作戦通用する訳無いだろうとか思っていたのだが、こういう事には慣れているのか絶妙に気配を殺すのが上手い。

 物音一つ立てずに、あっという間にサスミの傍まで来てしまった。

 デジタルはそっとスポーツドリンクとタオルと置き手紙を置くと、オレに視線を向けてサムズアップした。

 

 「・・・すごいな。正直こんな完璧に上手くいくと思わなかったぞ。」

 

 しかし、デジタルが離脱して戻ってこようとしたその刹那。サスミは振り返り彼女に声をかけた。当たり前だが、キッチリバレていたようだ。

 

 「・・・デジタルさん。差し入れ有難う御座います。」

 

 「ぎくぅぅぅ!!?ば、バカな。何故バレて・・・!?」

 

 うん、オレは最初から上手くいくとは思ってなかったよ。だって生い茂った森とかならともかく、何も無い平地だと迷彩服は普通に目立つもの。

 

 「お、おおお疲れ様ですサスミさん。今日も大変空気の澄んだ日で気持ちが宜しゅうございますね・・・。」

 

 「コソコソせずとも、堂々と渡しに来て頂いて構いませんよ。余計な気遣いは無用です。

 敗北したのは、私がまだまだ力が及ばないせいですから。」

 

 必死に隠そうとしているが、言葉の節々から隠しきれぬ悔しさが滲み出ている。

 焦りもあるのだろうか、何処か苛立ちを覚えているようにも見える。普段から感じる貫禄とはまた別の近寄り難い雰囲気が出ていた。

 

 「・・・このままでは、ダービーを獲るなど夢のまた夢。もっと、もっと速く。もっと速くならなければ・・・。

 誰であろうと置き去りにし、圧倒的な大差で捻じ伏せる。それ程の力を手にしなければ、タキオンさんには安定して勝てない・・・!」

 

 「・・・・・・。」

 

 貪欲にスピードを求めるその様。タキオンに付き合っていたというのもあるが、少し前のデジタルに似ている。大きな壁を前にして、登るよりかは破壊する。そんな脳筋に思えて確実かつ効率的で最も勝率の高い方法を求めている。

 サスミの走力はもう申し分ないレベルだが、開放元年のダービーを獲るという夢が、彼女を狂気的なまでに駆り立てるのだろう。

 

 「・・・あまり、無茶をするなよ。」

 

 「しかし、多少の無理をしなければ私はいつまで経っても彼女に辛酸を舐めさせられ続けなければならない・・・!

 今血反吐を吐くような物理的苦痛を味わうか、永久に惨めな精神的苦痛を味わうのがどちらがマシか。

 ・・・火を見るよりも明らかです。」

 

 ・・・流石に、自分を追い込み過ぎだろう。妥協しない精神は素晴らしいが、怪我をしてしまっては元も子もない。

 

 「さ、サスミさん!」

 

 注意を促そうと思った矢先、デジタルが声をあげた。

 

 「・・・あたしは、サスミさんには長く輝き続ける一等星のようなウマ娘ちゃんであって欲しいと思うのです。

 その為にも折れずに努力し続けて欲しいですし、勝ち続けて欲しい。でも、程々に弁えないとそれも叶わない大怪我を負ってしまうかもしれない。

 ・・・サスミさんのような凄い才能の持ち主が、刹那の輝きで消えてしまうのは余りにも勿体無い。身の程知らずの発言ですが、どうか、どうか自重して下さいまし・・・。」

 

 「・・・ですが・・・っ!」

 

 「彼らの言う通りだ、サスミ。過度なトレーニングは君のトレーナーとして、許す訳にはいかない。」

 

 デジタルの訴えを聞いてなお反論をしようとするサスミを遮るかのように、男性の渋い声が響いてきた。

 

 「と、トレーナーさん・・・!」

 

 「・・・この方が、サスミさんの・・・。」

 

 歩いてきた少し高齢に見える男性はグレーのスーツと中折れ帽で身を包み、溢れ出る様々な場数を踏んできたであろう風格はサスミのそれと似ている。

 トレセン学園なら知らない人などいない有名人であり、ベテラントレーナーだ。

 

 「お初にお目にかかります。サスミのトレーナーこと、松井英明(まついひであき)です。以後、宜しく。」

 

 「こ、こちらこそ、自分は・・・。」

 

 見た目通り堅く礼儀正しい仕草で帽子を取り名刺を差し出してきた事に、オレは慌てて衿袖正して自分の名刺を差し出した。

 受け取った名刺は紙のハズなのに、金属のような重みを感じる気がする。

 

 「トレーナーさんまで何をおっしゃいますか!タキオンさんを超えなければダービーを獲ることなど不可能に近いじゃないですか!それとも、諦めろとでも!?」

 

 「そうじゃない。そもそも、何故ダービーを走りきれるという前提で話を進めているのだ?

 距離不安は無いのか?ペース配分は考えているのか?要求スピードに応えられるだけのスタミナはあるのか?」

 

 「・・・それは・・・。」

 

 松井さんの怒涛の質問攻めに、サスミはたじろぎ言葉を詰まらせた。

 

 「ダービーは最も『運の強い』ウマ娘が勝つと言われるだけの理由がある。スピードで全てを覆せると思ったら大間違いだ。

 タキオンという強力なウマ娘に対してライバル意識を持つ事は構わないが、急いては事を仕損じる。

 まずは、ラジオたんぱ杯の反省と次走の毎日杯の対策だ。ライバルに気を取られて足元を掬われないようにな。」

 

 「・・・分かりました。仰せの通りに。」

 

 流石、松井さんだ。ベテランの経験を前にしてはサスミも強く出られないだろう。彼の元であれば、サスミはその才能を遺憾無く発揮出来るに違いない。

 

 「さて。アグネスデジタル、だったね。ウチのウマ娘がご迷惑おかけしましたな。」

 

 「い、いえいえ、迷惑だなんてトンデモナイ!寧ろ私の方がサスミさんのお邪魔になっていなければ良いのですが・・・!」

 

 「いや、君の話はサスミからよく聞いているよ。良い刺激になっているようだ。感謝する。」

 

 「そ、そうでしゅか!もも勿体ないお言葉でございます!」

 

 一見、優しそうな瞳を浮かべながら松井さんはデジタルに握手を求めた。

 ・・・きっと気の所為なのだが、オレにはどこかデジタルのことを信用していない、もしくは警戒しているように見えた。

 普段の少し険しい顔つきと職人魂、そして先程も触れた彼から感じる貫禄が、恐らくそのような勘違いを生じさせるのだろう。

 デジタルと彼の和やかな握手を前にして、オレは一瞬生じた考えを振り払うように忘れることにした。

 

 「トレーナー君。君も若いが、見所がある。柔軟な思考で担当ウマ娘の事を出来る限りサポートしてやってくれ。」

 

 「は、はい!微力ながら、彼女の力を伸ばしていきたいと思う所存です!」

 

 「うむ。・・・では、私らはこれで失礼する。

 行くぞ、サスミ。まずは説教からだ。」

 

 「ええ!?まだ申し上げる事がありまして!?」

 

 「バカ野郎。頑固なお前のことだ、キツく言っとかんとどうせまた無茶しようとするだろ。」

 

 「ううう・・・。こ、これもダービーのため。ダービーのため・・・。」

 

 明らかに足取りが重いサスミを引きずるように、松井さんは練習場を後にした。

 

 「・・・じゃ、オレ達も帰るか。」

 

 「・・・そうですね。」

 

 あっという間に閑散とした練習場を抜けて、オレ達はトレーナー室へと向かった。

 トレセン学園に帰ってくるまではあれこれと話題が出てきたのに、今はオレとデジタル、互いに黙ったままだ。

 と言うのも、オレはまだ先程のタキオンとサスミの模擬レースが頭に残っていた。シニア級のウマ娘と見間違えるような力強さが印象に残ったが、彼女達はまだまだ成長の余地があり、これからだと思うと末恐ろしい。

 天才達が蔓延るこのトレセン学園で、如何にしてオレ達は戦っていくか?改めて、考えさせられる出来事であった。

 

 「・・・トレーナーさん。」

 

 「・・・ん?」

 

 「どんなに強いウマ娘ちゃんも、実力を裏付ける努力があってこそ、じゃないですか。」

 

 「そうだな。」

 

 「逆に、その子達と同じくらいかそれ以上の努力をしても報われないウマ娘ちゃんだっている。」

 

 「・・・そうだな。」

 

 「・・・あたし達の世代は、多分その報われない子が多いんだと思うんです。シニア級になったばかりですから、まだまだ分かりませんけども。

 でも、一つ上にはテイエムオペラオーさんにメイショウドトウさん。一つ下にはタキオンさんやサスミさん。

 ・・・苦しむことになるのは、間違いない。」

 

 「・・・・・・。」

 

 「あたしは、全てのウマ娘ちゃんが幸せになれる事を願っています。・・・でも実現するのは難しいじゃないですか。

 誰かが幸せになるには、誰かが悔しい思いをしなければならない。認めたくは無いのですが、残酷な事実として、確かにそこにあるのです。特に、実力社会のトレセン学園なら尚更・・・。」

 

 ・・・どうやら、デジタルもこの世界の厳しさを肌で感じているようだ。

 それもそうだ、彼女はオレと違って競争ウマ娘として他の競争ウマ娘達と競り合ってきたのだから。オレよりウマ娘のことに詳しいし、心優しい彼女の方が深刻に受け止めていそうではある。

 

 「しかも、そんな大変な苦労をしておきながら、最後は砂漠に埋まる遺跡のように風化し、忘れられていく。

 ・・・あまりに無情だとあたしは思うんですけど、でも競争というシステムがこの界隈の根幹である以上、それを否定することは出来ないですし、あたし・・・、いや、会長さんや学園長でさえどうすることも出来ないでしょう。」

 

 「オレも、デジタルが最初の担当ウマ娘だから感覚麻痺してたけど、下積み時代には幾人もの挫折したウマ娘を見たものだ。

 彼女達とは殆ど関わりが無かったのに、いざそのような場面に出くわすと胸が苦しくなるよ。」

 

 「・・・それが、今度はあたし達の世代で耐え難い嵐として吹き荒れるかもしれない。

 会長さんが以前仰っていた、『試練』とはこのことを指しているのですかね・・・。」

 

 「・・・かもな。」

 

 デジタルは以前、ルドルフに「競争ウマ娘としての自覚」を問い詰められた事がある。

 何となくではない、強い目的を持って走り切る覚悟。それが彼女には足りていないと、デジタル曰くそう言われたそうだ。

 この点は彼女なりに克服してきたが、更に話に続きがあり、「これから降りかかるであろう試練は想像以上に辛いものとなる」と予めルドルフはデジタルに釘を刺していた。

 強豪らとの戦いに加え、その強豪達に打ち破られどんどん消えてゆく自分の世代のウマ娘。次は自分ではないかというプレッシャーと、消えていったウマ娘の無念を背に戦場を駆け抜ける覚悟。

 何重にもなる向かい風となって、デジタルに吹き付ける。そう解釈することも出来る。

 

 「・・・難しい事を考えていても仕方無いな。オレ達は目の前の事に集中するしかない。

 怪我からの快復に、専念するぞ。」

 

 「・・・そうですよね。まずはこの足が十分動くようにならなければ、何も始まりませんものね。」

 

 それでもオレ達は、この厳しい世界を駆け抜けて行くしかない。最後まで戦い抜く以外に選べる手段は無いのだ。

 ・・・そう言えば、デジタルが度々口にする「尊い」について、彼女のライブ鑑賞やグッズ集めに付き合ったりする度に聞いてきたのにも関わらず今の今までオレはよく分かっていなかったが、アレは戦い抜いてきたウマ娘達がふとした日常で見せる平和な光景を見て言っていたのだろうか?

 まぁもし違ったとしても、取り敢えずオレはデジタルとの何気ないながらも「尊い」日常を大切にしていきたいと思った。

 

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