ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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 お話のキリが悪かったので、今回は少し短めです。


第18話 プランA

 「伸びる、伸びる!圧勝だ、アグネスタキオン圧勝!二着と五バ身差を付け弥生賞を制したーッ!!!」

 

 まさに、圧巻のレースであった。不良バ場という走りにくい環境の中でも彼女にとってはまるでどこ吹く風。三冠ウマ娘の期待が寄せられるウマ娘の強さは、伊達ではなかった。

 しかし、タキオンはレース後のインタビューでこう語る。

 

 「今日は出走数が少なかったからねェ。せっかくの重賞レースだというのに八人立てでは話にならない。この勝利はデータとして参考にならないだろう。

 あと私の見立てでは、私はもっと速くなれるハズだ。皐月賞では参考となるデータが取れるよう期待しているよ。」

 

 異例の強気のコメントだった。この日の弥生賞は、タキオンが参戦すると聞くやいなや、多くのウマ娘達が出走を回避してしまったが為に八人のウマ娘で執り行われたのだった。

 分かりやすい挑発とも取れる発言であったが、すっかり周りのウマ娘達はタキオンの余りの強さに意気消沈していた。

 

 「今年のクラシックはハンデ戦にすべきでは?」

 

 二着のウマ娘は冗談交じりに苦笑しながらこうコメントした────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ様です、タキオンさん!これ、タオルとドリンクです!」

 

 「おおデジタル君、気が効くじゃないか。」

 

 オレ達はタキオンの誘いにより、弥生賞を観戦しに中山レース場へ来ていた。

 サプライズだと彼女は言っていたが、本当にトンデモナイものを見せつけられた気がする。正直、強過ぎて引いてしまった。

 

 「全く、勝てそうにないから逃げるとは何事かねェ。デジタル君のように勝ち負けに拘らず堂々と出走して来れば良いものを。」

 

 アレだけの圧勝をしておきながら、タキオンは不満そうである。思うようなデータが取れなかったことが不満なのか、出走を回避したウマ娘に対する不満なのか定かではないが、挑発気味の発言が続いても本人に悪気がある訳では無い・・・、と思う。

 

 「あ、あたしは別に堂々としている訳じゃなくて、色々なウマ娘ちゃん見たさに出走していただけですから・・・。」

 

 「それくらいの理由で良いのだよ。あとは真面目に走ってくれさえすればそれで良い。

 幸いにも不幸にも、デジタル君は出走数の多さ、実力、潜在能力、どれを取っても完璧なモルモットだからねェ。

 これが当たり前ではないということに今気付いたよ・・・。」

 

 がっかりした様子でタキオンはそのまま崩れ落ちるように尻もちをついた。

 

 「デジタルくぅ〜ん、私は疲れたよ〜。控室まで運んでくれないか〜。」

 

 「ええええええ!?た、タキオンしゃんを運ぶ・・・!?あばばばば、それってレース後の汗、匂いが残ったままで、あたしは合法的に触り放題ってコト・・・!?

 いやいや、ううウマ娘ちゃんに触れるなど言語道断!沈まれ、闇のわだす!」

 

 「私をこのまま放置するのかい?私はエネルギー不足で一歩も動けやしないのだ。このままでは野垂れ死にしてしまう〜。」

 

 デジタルは困ったようにちらりとこちらに視線を向けてきた。彼女にタキオンを運ばせたら、やりきるだろうがその後に何が起こるか分かったものではないし、ここは一つ手を貸そう。

 

 「タキオン、せっかく自身のトレーナーがいるんだし彼に運んでもらったらどうだ?」

 

 「トレーナー君は今インタビュー中さ。」

 

 「・・・待てないのか?」

 

 「ええ!?このまま座り込んでいろとでも言うのかい!?君のウマ娘に対する扱いは随分冷酷だねェ。デジタル君が可愛そうだよ。」

 

 「いやいや、四六時中デジタルを実験台にしている張本人が何を仰いますか。」

 

 「・・・いいから運べよ〜、私は疲れているんだ。」

 

 ・・・これが、将来三冠ウマ娘になるかもしれない者の姿か?非常に申し訳無いが全く貫禄という貫禄がないし、これではただの駄々っ子である。

 

 「トレーナーが来るまで我慢していてくれ、きっとすぐに来るだろうから。」

 

 「嫌だい嫌だい!私は今すぐ帰りたいんだ〜っ!」

 

 「我儘言うんじゃありませんっ!」

 

 そう言うとタキオンは頬を膨らませ、勝負服の振り袖で顔を隠した。

 

 「・・・何をしているんだ?」

 

 「泣く準備。」

 

 「は?」

 

 彼女は振り袖から僅かに隠していた顔を出した。その目はやや潤んでおり、左目から溢れた涙が頬を伝っていた。

 

 「・・・誰も運んでくれないのなら、今すぐここで『虐められた』と大泣きしてやる!」

 

 「待て待て、最強ウマ娘としてのプライドというものがお前には無いのか!?」

 

 「そんなもの元から無いやい!最強なんて勝手に周りが言い出した事だ!私からしてみれば頗るどうでもいい!」

 

 ・・・タキオンというウマ娘、最初は不気味でユニークな子だなと思っていただけであったが、知れば知るほどイメージが固まっては壊れていく。取り敢えず他人の力無しでは生きていけそうにはないという事は分かった。

 その時、デジタルがオレの袖をくいくいと引っ張った。振り向くと、口から血を垂らしながらも恍惚な表情を浮かべており、とてもじゃないが中学生ぐらいのお年頃の女の子がして良い顔ではなかった。

 

 「・・・トレーナーさん。運びましょう・・・。」

 

 「お、おう・・・。」

 

 彼女はタキオンに触れても難なくお姫様抱っこで持ち上げ、選手控室まで何事も無く運んでみせた。

 控室に着くとタキオンはデジタルの腕から降り、予めテーブルに用意されていた紅茶をカップに注いで優雅に嗜み始めた。

 

 「・・・ふぅ、助かるよデジタル君。」

 

 「いえいえ、これくらいお安い御用ですとも。」

 

 デジタルは平静を装っていたが、間もなく「ぐふっ」という声とともにその場に勢いよく倒れ込んでしまった。

 どうやら、とっくに限界を迎えていたのに根性で耐えていたようだ。

 

 「おやおや。お高い御用だったか。デジタル君は毎度毎度突然倒れてしまうから、薬の影響なのかトレーニングによる影響なのか、はたまた別の要因が絡んでいるのか、考察しにくいのが難点だ。」

 

 「まぁほぼ100パーセント別の要因だと思うぞ。」

 

 「知っているさ。私だって、伊達に彼女と同室で暮らしている訳では無い。

 デジタル君の特徴くらい把握している。」

 

 「・・・それもそうか。」

 

 思えば、デジタルがGⅠウマ娘として輝く道筋を作ったのも彼女のお陰だ。

 普段の素行は怪しいと言わざるを得ないが、彼女のウマ娘についての研究は本物と言って良いかもしれない。

 

 「・・・そういえば、データと言っていたが、誰の何のデータを取っているんだ?」

 

 まさか、出走したウマ娘全員のデータを一度に録るなんて器用な真似は流石の彼女にも出来ないだろう。やるとしても、特に目をつけておく存在がいるはずだ。

 そう思い、その存在が誰なのか気になったから聞いたのだが、彼女から出てきたのは衝撃的な言葉であった。

 

 「それは勿論、私の体だが?」

 

 「・・・え?」

 

 「私の体だよ。

 栄養状態、精神状態、何れも全て自分の思い描く通りに調節出来るのだから、これ以上被験体に向く代物もあるまい?」

 

 「・・・マジか。」

 

 やっぱりアグネスタキオンというウマ娘、オレの想像以上に危ない。と言うか頭のネジが飛んでいる。自分の体を実験に使うって、今時SF作品でしか聞いたことがない。

 いや。タキオンもヤバいが、こんなのと平然と暮らして行けているデジタルも大概なのではないか?

 

 「ウマ娘の限界、スピードのその果て。それが私の研究テーマだ。その結論を出す為なら出し惜しみなどするつもりはない。

 他人を実験体として使っておきながら自分は安全な位置から見守っているなど、道理としてオカシイだろう?」

 

 「・・・まさか、タキオンの口から道理なんて言葉が出てくるとはな・・・。」

 

 「おいおい、私は何も破壊衝動に駆られたり倫理的価値を蔑ろにしてまで自分の望みを実現したがる狂気に呑まれた野蛮人ではないぞ?

 まぁ、研究者として狂気に呑まれているという部分では一緒か。ハッハッハッ!!!」

 

 何が面白いのか。オレは心底目の前のウマ娘が何かやらかさないか気が気じゃないし怖いのだが?

 

 「・・・自分を実験体としているなら、他のウマ娘のデータはいらないんじゃないか?」

 

 「比較対象は研究において重要な一つの要素だ。そこから意外なファクトを導き出せる事がある。いらない訳が無い。

 以前、話した事があったかな。

私は研究の支柱を二本に分けてあって、デジタル君を始めとして、他のウマ娘をモルモットとして取り扱う研究がプランB。

 これにより、多くのウマ娘からその大まかな限界値を探り、同時に各々の個性に合わせた可能性の引き出し方を追究することが出来た。」

 

 「・・・よく分からないけど、それじゃあもう一つの方は?」

 

 「今回のように、自分自身で走り、ウマ娘の限界のその先を肌で感じる。同時に、限りなく理論上最速に近づける。

 ・・・プランA、さ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨がざあざあと降りつける中、圧倒的な力を見せつけての勝利。トレーナー室で見ていたテレビに映し出されたそれを、苦々しく受け止めている一人のトレーナーとウマ娘がいた。

 

 「・・・こいつは、本物だな。」

 

 「ええ。やはりタキオンさんは今年のクラシックにおいて非常に重要な存在となるでしょう。」

 

 「分かっていた事ではあったが、ここまでとは。更に重バ場をもある程度こなせるとなれば、それを苦手とするサスミには相当厳しいな。」

 

 トレーニングで幾らか克服することは出来るだろうが、タキオンと互角に渡り合えるようにするには、経験も時間も足りないだろう。

 サスミにはダービーを勝たせてやりたいと松井は思っているが、目の前のウマ娘は嘲笑うかのように残酷な程の圧倒的な力を見せつけてくる。世代の光と言うには、余りに彼女は速すぎる。

 

 「・・・タキオンさんは、強いです。今の私より、何倍も。

 でも、私は私の可能性を信じる。ダービーでは如何なる状況でも彼女に勝てると信じて、その自信をつける為にも、私は人事を尽くします。」

 

 サスミは少しの不安を感じさせる様子も無く、堂々と言い切るとストップウォッチやシューズを取り出し、練習の準備を始めた。

 

 「・・・その通りだ。我々は我々にとっての最善を尽くす。それが、勝利への方程式だ。」

 

 自分は過酷な道を歩んでいると、サスミは分かっていた。しかし彼女の意思は、道中へこたれるほどの弱いものではない。既に風雨雷雪に耐えるだけの精神と覚悟が、彼女には備わっていた。

 ただ、サスミを動かすのは己に課した宿命だけではなかった。自身のトレーナーには言わないが、密かに闘志を掻き立てられる相手が、タキオンの他にもう一人いた。

 芝超え砂を超え、サスミが思っていた以上に彼女は活躍していた。挑戦し続ける彼女の姿を見て、強い弱いとはまた違う魅力を感じた。

 恐らく、スターウマ娘とは如何なる困難も臆せずに挑み続ける存在であるべきなのだろう。彼女から感じた魅力はきっと、それだ。

 ダービーは、その世代日本一のウマ娘が決定すると言っても良い。ダービーを取ったからと言ってスターウマ娘になれる訳では無いが、ステップアップとしては大きな土台となる。

 ならば、その肩書きに恥じぬ姿勢。スターウマ娘を目指す姿勢が、回り回ってダービーを取る事に繋がるのでは無いだろうか。

 良くも悪くも、欲の無い彼女の事だ。そんなこと意識してなどいないだろうが、サスミは今の自分が間違ってなどいないという自信を、アグネスデジタルの歩みを見て改めて持つに至る。

 メンタルから現れる力は思っている以上にパフォーマンスに影響を及ぼす。一抹の不安さえ消えた彼女に、もう怖いものは無い。

 タキオンが弥生賞を圧勝してから約二週間後、毎日杯にてサスミもまた、ニ着と五バ身差の圧勝をすることになる。走破タイム1分58秒6は弥生賞のタキオンのタイムを2秒2上回り、シニア級ウマ娘のコースレコードに0秒3差迫る程優秀なものであった。

 クラシック三冠のうち、最初の冠である皐月賞まで月日はあと僅か。

 狼煙は既に上がり、開国の汽笛は刻一刻と迫っていた。

 

 




 デジタルが主人公の小説なのにデジタルの出番が少ないって?
 魅力的な子が多過ぎるから仕方無い。
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