ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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第20話 万が一にも無かったこと

 皐月賞。それは、クラシック三冠の一つであり、超一流ウマ娘の登竜門。桜舞う時期が過ぎ、緑が勢い良く芽吹いてくるその時に開かれるレースである。

 歴史と伝統が詰まったレースだが、今年はその伝統に大きな変化が起きた。

 外国ウマ娘の限定的参入、である。

 かつては日本の競争ウマ娘の文化発展の為に特定のレースに出走する事を禁じられた外国のウマ娘。そこには、出たくても出られない理不尽さを味わい、辛酸を嘗めさせられたウマ娘もそう少なくないだろう。

 だが、今年からはその封印が、部分的にも解かれることとなる。

 こうなると人々が期待するのは、解禁後初の外国ウマ娘のクラシック制覇。その為に白羽の矢が立ったのは、同世代の天才、アグネスタキオンと熱戦を繰り広げ、最近は増々その名声を高めているサスミサラマスだった。

 しかし、当の本人はクラシック参戦については「まだその時ではない」とし、日本ダービーを目標に調整をすると打ち明けた。

 という訳で、当日の断トツ人気はアグネスタキオン。その重馬場も気にしない超光速の走りが人々を惹きつけ、誰もが三冠ウマ娘となることを期待していた。

 

 「・・・ふむ。やはり、勝利に一抹の不安も無いというのは逆に落ち着かないものだな。」

 

 タキオンは砂糖を大量に溶かした紅茶を嗜みながら、独り言を漏らした。

 

 「一身に期待を寄せられるって、大変ですよねぇ・・・。万が一でも負けるかもしれないって一度考えたらどうしても、力んじゃいますよねぇ・・・。」

 

 デジタルはタキオンの身の回りの世話をしつつ、彼女が漏らした独り言に同情の意を示した。

 

 「ああ、違うんだ。負ける事など眼中に無い。私はスピードのその先の景色を見たいだけだからね。

 問題は、実験データとして大きな貢献をしてくれるであろうウマ娘が、戦線離脱してしまったことだ・・・。」

 

 「アグネス・・・、ソールディさん、ですか?」

 

 「そう。私と皐月賞の二強対決とも世間から言われていたように、彼女のスピードにも目を見張るものがあった。だのに、その彼女が居ないとなっては面白くない。」

 

 アグネスソールディはタキオン同様、新馬戦から無敗で勝ち続け、もし三冠候補のタキオンに土をつけるならこのウマ娘と言われていた程の実力者であったが、スプリングカップ制覇の翌日に骨折が判明し、クラシック参戦は絶望的となってしまった。

 

 「・・・まぁ、最早皐月賞当日となってしまった以上、過ぎたことを考えても無駄だな。今日の実験についてデモを重ねておくか。」

 

 今のタキオンにとって、皐月賞を制する事など通過点に過ぎなかった。本人が言うように、更にその先。三冠よりも、更にその先の景色。誰も見たことが無いスピードの向こう側。彼女はそれを、貪欲に知り求めようとしていた。

 

 「・・・タキオンさん。」

 

 「うん?何だいデジタル君?」

 

 「あたしは、何でここにいるんですかね?」

 

 一通りの雑用が終わり、タキオンが紅茶を口に運ぶ様を嬉々として見ていたデジタルであったが、ふと我に返り選手控室に共にいる現状に疑問を持った。

 

 「それは勿論、君には見届けてもらわないといけないからねェ。モルモットでもあるが、貴重な研究仲間・・・。デジタル君の言葉に直せば、私と君は『同士』だ。」

 

 「あ、あたしとタキオンさんが、ど、同士!?」

 

 「辿り着く場所は違うかもしれないが、お互い、ウマ娘という存在について理解を深めようとしている点を考えれば、過言ではあるまい?」

 

 「え、ええ・・・?

 仮に、仮に同士だとしても、ですよ?あたしがここにいなければならない理由にはならないと思うのですが・・・。」

 

 タキオンは大きなため息をつくと、呆れた様子で語った。

 

 「・・・さっきも言っただろう。君にはこのレースを見届けて欲しいと。

 客観と主観、双方の観点があって初めて実験は意味を持つ。そして更に言うならば、客観は主観より信頼性を確保するために重要だ。

 デジタル君の観察眼は、私でさえ気付かない細かな点まで正確に、すぐに分かる。

 そんな君の力を高く買って、呼び出したのだ。」

 

 「そ、そうなんでしゅか・・・。」

 

 自分が呼び出された理由を聞いてもなお、まごまごしているデジタルに、タキオンは「協力、してくれるね?」と圧をかけた。

 

 「は、はい!そこまで仰るのなら、このアグネスデジタル。微力ながらもお手伝いさせて頂きますっ。」

 

 「ククク、助かるよ。」

 

 タキオンは紅茶が入っていたティーカップを置き、徐ろに立ち上がった。

 

 「時は満ちた。私の研究の集大成が、もうすぐそこに迫っている。手始めに先ずは、一冠。皐月賞を圧倒的なスピードで勝利するさ。」

 

 「お、お気をつけて〜!」

 

 勝負服の白衣を羽織り、悠々と控室から出ていくタキオンをデジタルは手を振って見送った。

 

 「・・・ゴメンな。わざわざ控室まで来てタキオンの世話をしてもらっちゃって。」

 

 先程からずっと黙ってタキオンとデジタルの様子を眺めているだけだったタキオンのトレーナーが、急にデジタルに頭を下げた。

 

 「いえいえ!これくらい何てことは御座いません!寧ろ推しのお役に立てて幸せいっぱい!感謝感謝ですっ!」

 

 「・・・有難う。デジタルの頑張りは、きっとタキオンが結果として残してくれると思う。」

 

 「あ、あたしは別に何も・・・。トレーナーさんの頑張りが九割九分九厘、あたしは一厘の貢献です!真にタキオンさんを支えてるのはあなたですから、一刻も早くタキオンさんの晴れ姿をその目に焼き付けて下さいましっ!」

 

 「はは・・・。気遣いが出来て、本当に良い子だな君は・・・。この恩はいつか、必ず返すよ。」

 

 「い、いえとんでもない!あたしに構うより、タキオンさんのことを見てあげて下さい!」

 

 タキオンのトレーナーは苦笑いしながら控室を後にした。

 この日の為に蹄鉄をタキオンが走りやすいように彼女のトレーナーと相談した上で完璧に仕上げたし、紅茶は一段と上質なものを手間暇かけて淹れたので、きっと、彼女の満足行く走りが期待できることだろう。念の為に御御足のマッサージまで施した──タキオンから要求されたので致し方無く──ので、コンディションはまず万全。

 デジタルは誰も居なくなった控室を軽く掃除してから、自身のトレーナーがいる観客席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さあ、スターターが今ゆっくりとスタート台に向かって歩いていきます。」

 

 緑深まる中山レース場。そこに集うは、新たな巨星の誕生を予感させる傑物揃いのウマ娘。その中でもアグネスタキオンに向けられる期待は、群を抜いていた。

 次第に湧き上がる観客の拍手が、会場に熱を呼び込む。それに充てられてウマ娘達の戦意、興奮も徐々に高まっていく。それはまるで、化学反応のように。

 

 「場内のこの高まるボルテージに乗せて。アグネスタキオンの走りは、そしてジャングルポケットの走りは、そしてその他の挑戦者達の息吹は・・・!」

 

 場内の熱に応えるかのように響き渡るファンファーレ。観客達の盛り上がりはますます高まるばかり。

 

 「速くなければ、戦えない。強くなければ、超えられない。そしてこの大歓声に応えなければ勝つ資格は無い。

 ヒーローの条件を満たすウマ娘は果たして!」

 

 ファンファーレが鳴り終わり、続々とゲートインしていくウマ娘達。タキオンもゲートに近づき、そのまますんなり入るかと思ったが、彼女は急にその足を止めた。

 しかも、何を思ったのか突っ立ったままゲートインしようとしない。

 場内からはざわめきが起こるも、係員達によってタキオンはゲートの中に押し込められていった。

 

 「・・・どうしたんだろう?珍しいな、タキオンがゲートに素直に入らないなんて。」

 

 「う〜ん・・・。もしかして、蹄鉄の調子がいつもと違っちゃいましたかね?だとしたらデジたん超しくじり大ピンチ!今から腹を切ってでもしてお詫びを・・・!」

 

 オレは独り言のつもりで言ったのだが、デジタルが丁寧に反応してくれた。・・・流石に切腹は止めたが。

 コースに視線を戻すと、少々トラブルがあったものの、無事全員ゲートインが完了したようだった。

 

 「伝説の始まりを一瞬たりとも見逃すなっ、皐月賞ゲートが開きましたッ!!!」

 

 勢い良く飛び出していくウマ娘達。ただ、最内を行くジャングルポケットは、少しスタートを失敗したようで、流れに乗り遅れたしまったようだ。

 それに対してタキオンは大方の予想通りスタート直後は中段を進み、第一コーナーを周り始めたところで前を見る格好でレースを進めた。

 淀みなくバ群が進む中、中盤折り合いを欠くポケット。タキオンを意識しすぎる余り、力んでいるのだろうか。

 無理もない。場内の期待は皆、タキオンという一人のウマ娘がほぼ独占状態だったのだから。同世代の実力者としては、面白くないだろう。

 第三コーナーを周り始め、各々仕掛けだす。当然、タキオンもゆっくりと動き出し、ポケットもそれを見てじわじわと外から彼女に詰め寄る。

 どんどんと前に前に進出していく二人。直線での勝負にはやはり、タキオンとポケットが出てくるといった様子だった。

 そして直線を向き、どんどん加速していくウマ娘達。しかし、タキオンはそれらをまるで子供扱いするかのようにぐんぐんと突き放す。

 約束された勝利。しかし、人々は彼女の勝利を疑ってはいなかったものの、いざゴール板を駆け抜けるとホッと胸を撫で下ろした。

 

 「アグネスタキオン、大丈夫ー!!!中山2000メートル、先ずは道を繋ぎましたっ!

 アグネスタキオン、先ず一冠ッッッ!!!」

 

 強い。それ以外の言葉が出てこない。オレは今までここまで安定した勝利を納めるウマ娘を見たことがない。

 

 「すげぇなぁ・・・。日本ダービーもタキオンが獲っちゃうんだろうな、このままいくと。」

 

 今度は独り言ではなく、デジタルに話を振ったつもりで呟いたのだが、肝心の彼女からの反応は無かった。

 

 「・・・?デジタル?」

 

 気になって彼女に視線を移すと、同室の普段から一番気にかけているといっていいウマ娘が勝ったというのに、まるで負けてしまったかのような青い顔をしていた。

 

 「おーい、デジタル?」

 

 「・・・いつもの走りなら、五馬身差は付けてる。」

 

 「・・・え?」

 

 「もっと、伸びていい。序盤中盤の完璧なスタミナ管理、レース運びから考えたら、もっと突き放しても・・・。

 蹄鉄じゃない。もっと、違う何かがいけないんだ・・・。」

 

 完全に自分の世界に入ってしまっているので申し訳無かったが、発言の意図が気になったので彼女の肩を叩き、我に返って貰うことにした。

 

 「わひゃあっ!?ななな、何でしょうかトレーナーさん!?」

 

 「ご、ゴメン。考え事の最中に。タキオンが本調子じゃないって聞いて、気になって・・・。」

 

 「あ、あたし口にしてました!?す、スミマセンスミマセン忘れて下さい!あたしの妄想ですからっ!」

 

 引き留めようとしたが、彼女は逃げるようにしてその場から去って行ってしまった。

 オレには、タキオンが危なげなく勝ったとしか見えないレースだった。なのに、デジタルの目には彼女本来の走りではないと映る。

 もしそうなら、普段の彼女がどれだけ化け物じみた強さなのか。デジタルのウマ娘を見る目は誰よりもあるから、嘘だとは思えない。

 日本ダービーでの彼女の益々の活躍に、期待が募るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・タキオンさん。」

 

 「・・・なんだい?私は今、日本ダービーに向けての調整で忙しいんだ。急用でないなら、話はまた今度に・・・。」

 

 「いえ、日本ダービーは・・・。

 ・・・日本ダービーは、諦めて下さい。」

 

 オレは、心臓が止まるかと思った。皐月賞が無事に終わり、タキオンの二冠目も余裕綽々だろうと思われていた中、たまたま通りかかった旧理科室(現タキオンの研究室)にデジタルが入っていくのを目撃し、会話を盗み聞いてしまったのだ。

 そこで放たれた、衝撃の一言。オレは今すぐデジタルにどういうつもりか問い詰めたくなったが、自分の逸る気持ちを必死に抑えた。

 

 「・・・いきなり、どうしたんだい?私が日本ダービーを取れないとでも?随分とデジタル君から見た私の評価は低めな──。」

 

 「違うんです。タキオンさんのことは、誰よりもタキオンさんが理解しているハズ。

 無理して出走すれば、今後の選手生命に関わります。土下座でも何でもしますから、足の治癒に専念して欲しいのです・・・。」

 

 ・・・怪我を、したのか?タキオンが?ダービーがすぐそこに迫ったこの時期に?

 

 「・・・やれやれ。デジタル君には隠し事が出来ないのが非常に厄介だねぇ。君の唯一悪い点を挙げるとするならば、そこかな。クックック・・・。」

 

 「スミマセン・・・。自己中なのは承知の上なのですが、どうしても放っておけなかったんです。

 今なら、間に合います。三冠は、達成出来なくなっちゃいますけど・・・。スピードの向こう側。その景色を見る目標は三冠を取るという目標と同義ではないとタキオンさんが仰った通りです。

 三冠は通過点に過ぎませんし、これから先の大舞台で何度でもチャンスはある。そのチャンスを潰さない為にも・・・。」

 

 「・・・いや、もう私自身の役目はこれでおしまいだ。」

 

 「は?」

 

 「え?え?・・・えっと、トレーナーさん?そこに、いるんですかぁ・・・?」

 

 しまった。思わず声が漏れてしまった。こうなっては仕方が無いと、オレは大人しく彼女達の前に姿を現した。

 

 「おいおい、君達はデリカシーが無いねぇ・・・。」

 

 「盗み聞きしてたのは謝る。でも、どういうことだよ。日本ダービーを諦めろとか、タキオンの役目がおしまいだとかって。」

 

 縋るようにデジタルの肩を掴む。何かの間違いだ、夢であって欲しいとこの時ほど思った事はない。

 

 「・・・私の足はね。もう限界を迎えているのだ。猛スピードに耐えきれなかった。それだけの話さ。」

 

 そう言って、タキオンは左足に手を置いた。

 

 「骨折か?それとも、炎症?」

 

 「炎症だな。しかし、この分だと復帰したとしても元の走りを取り戻すことが出来るかどうかと問われたら難しいだろう。私の姉も、それで苦労しているみたいだからね。」

 

 デジタルは俯き、少し悲しそうな顔をした。タキオンの姉はデジタルと同世代のダービーウマ娘であり、怪我をする前はとても強かった。

 しかし復帰後は敗北に敗北を重ね、大敗することも珍しくなく、余程怪我が堪えたようだった。

 

 「・・・取り敢えず、病院で診て貰いましょう?まだ、希望を捨てるのは早いです。復帰も絶望的だなんて決めつけ、タキオンさんらしくないです。

 どんなに不可能に思えても、それを可能にしてしまうのが科学者、でしょう?」

 

 「ううむ・・・。どうせ再起不可能になるのなら、日本ダービーを無理やり獲って締めようと思っていたのだが・・・。」

 

 「ダメですッッッ!!!」

 

 デジタルは発狂したかのように大声を上げてタキオンを制した。

 

 「タキオンさん、皐月賞の時でさえ無理をしてましたよね!?ゲートイン前には既に異変を感じていた。違いますかっ!?」

 

 タキオンはデジタルから視線を逸らす。

 そうか、あの時素直にゲートインしなかった時から、怪我の兆候が既に見え始めていたのか・・・。

 

 「タキオンさんはあたしと違って、大勢の方の夢を背負っているんです!

 ・・・例え三冠は幻に終わるとしても、まだ可能性を秘めているんですから・・・、・・・お願いします。

 どうか、最悪の形で夢が潰える事だけは・・・。じゃないと、少なくとも、・・・あたしの心が、耐えられないです・・・。」

 

 デジタルはいつの間にか、ぼろぼろと涙を流していた。スカートを皺になりそうなほど強く握り締め、必死に頭を下げた。

 

 「・・・やれやれ、分かったよ。」

 

 そんなデジタルの様子を見て、タキオンはため息を付いた。

 

 「君が何故そんなに私の事を気にかけるのか理解に苦しむが、まぁいいだろう。君の言う通り、すぐさま罹る事にするよ。」

 

 途端に、デジタルの顔がぱっと明るくなった。

 

 「あ、有難う御座いますっ!」

 

 「・・・ただ、先程も言った通り復帰したところで元の私の走りが見られる可能性はゼロに近い。」

 

 「それでも・・・、構いません。希望が僅かにでも残っているのなら、そのチャンスを存分に活かした方が良い。あたしはタキオンさんに、走ることを諦めて欲しくないです。」

 

 「・・・人に諦めるなと言うんだ。勿論、勝算はあるのだろうね?」

 

 「うぐ・・・。それは・・・。」

 

 「クックック・・・、その程度の見通しで私を再びターフで走れるようにすると言うのかい?」

 

 デジタルはタキオンに詰め寄られまごまごしていたが、暫く悩んだ後にこう切り出した。

 

 「あたしも、怪我をした身です!今はもうリハビリに励んでいる頃ですが、タイムは頗る悪いですし自分の思ったような足の動きが出来ないです。

 でもでも!ここからレースを勝って勝って勝ちまくって、怪我をした後でも元の走りを取り戻せるどころか、寧ろ強くなることだって出来るって証明してみせます!

 それでどうでしょうか!!!」

 

 「・・・それは・・・、なんだ?人の頑張る姿を見て、根性で治せと君は言っているのか?」

 

 「えあ、えとぉ・・・。そう、なるんですかね?」

 

 タキオンはぷっ、と吹き出し、声を抑えられずに笑いだした。

 

 「クックック・・・。アッハッハッ!!!

 ああ君は、何時もそうだな。行き当たりばったりで計画性が無い。人の心配をするより、己の心配をするべきだね。私からの助言だ。

 まぁ、期待しているよ。君の頑張り次第では、私もリハビリに励んでより速く走れるようになって帰ってくる事を約束しようじゃないか。」

 

 「・・・ッ!ハ、ハイッ!!!有難う御座います!!!」

 

 眩しいくらい、満面の笑顔のデジタルに対して、タキオンは今まで見たことがないほど、優しい笑みを浮かべた。

 

 「さてそろそろ、私は行こうかね。トレーナー君に怪我の事について話さなければ。」

 

 そう言って、タキオンは研究室を後にした。後に残されたオレとデジタルは顔を見合わせる。この短時間で色々有りすぎて、話したいことが山ほどある。

 

 「・・・取り敢えず、タキオンがなるべく早く復帰してくれることを願いたいものだな。」

 

 「そうですね・・・。出来ればもう一度、カフェさんやポケットさんとの火花散るレースが見たいものです。」

 

 「デジタルが諌めなきゃ、タキオンは無理してでもダービーに出るつもりだったらしいし、そうなれば復帰もより難しかったかもしれない。お手柄だぞ。」

 

 「い、いやあたしは何も・・・。

 あ、そうだ。トレーナーさん、ちょ〜っと、相談があるのですが・・・。」

 

 「うん?なんだ?」

 

 デジタルはこちらに向き直り、何故か申し訳無さそうな顔をしたかと思ったら、こう言った。

 

 「あたしがレースに勝ちまくるには、どうしたらいいですかね・・・?」

 

 ・・・どうやら彼女は、咄嗟の勢いでレースに勝ちまくる、と口にしてしまったようだった。確かに、計画性が無いと言えば、どちらかというと無いのかもしれない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、タキオンはデジタルとの約束通り、病院に罹った。結果は、やはり極度に足に負担をかけた事による炎症が出ているとの事だった。

 これにより、タキオンはダービーの断念、並びにクラシック路線の菊花賞も断念する意思を世に発表した。

 三冠確実と思われていたウマ娘の戦線離脱は世間を仰天させ、更には彼女との直接対決が期待されていた同世代のライバル達にも大きな影を落とす事になった。

 

 「・・・えーっと、タキオンの病室は・・・と。」

 

 タキオンは経過観察で入院することになり、その彼女がいる病室へと、オレは足を運んでいた。話があると、彼女に呼ばれたのである。理由は語られなかった。

 メモをちらちらと見ながら角を曲がろうとした、その時であった。

 

 「いでっ!!!」

 

 「きゃっ!!!」

 

 急に出てきた芦毛のウマ娘とオレは衝突してしまい、ウマ娘の方は走っていたのか、オレはすっとばされて後ろに倒れてしまった。

 

 「す、スミマセン!大丈夫ですか!?」

 

 「あ、ああ。大丈夫だ・・・。」

 

 差し伸べられた手を取って立ち上がろうとした時、ふと見上げると、そこには見知った顔があった。

 

 「おや?君は、サスミじゃないか。」

 

 「え!?デジタルさんのトレーナーさん!?も、申し訳ありません!」

 

 サスミはオレが立ち上がったのを確認すると、ぺこぺこと頭を下げてきた。

 

 「いや、幸い怪我は無い。気にしなくてもいいよ。」

 

 「そんな・・・!本当に申し訳ありません!この償いは、いつか必ず致しますので・・・!」

 

 「いやいや、いいってば・・・。」

 

 気持ちだけ受け取ろうと思ったのだが、サスミはまるで聞く様子がない。珍しく落ち着き無く、大慌てでスマホに何かを叩き込んでいる。

 よく見ると目の周りが赤くなっており、サスミにも何かがあったのだという考えに落ち着くのが自然な流れだった。

 

 「・・・サスミこそ、大丈夫か?」

 

 「え?・・・ええ、私は無事ですとも。私はね。」

 

 「・・・タキオンに、会いに来たのか?」

 

 オレの何気ない一言で、微かに残っていた笑みが彼女の顔から消え、こちらをぎらりと睨んだ。

 

 「ええ、まあ、会いはしましたが。彼女ったら、お見舞いの品は無いのかと不貞腐れたのですよ。全く、困ってしまいますわね・・・!」

 

 「・・・そうか。」

 

 サスミは一瞬で我に返ったのか笑顔を取り戻し、普段通りにオレに接してきた。

 だが、刹那に見せた動揺から、オレはもう詮索するのを止めることにした

 

 「それでは私はこれで、失礼します。後日に改めてお詫びを申し上げますね。」

 

 「いや、そのことはもう良いってば・・・。」

 

 結局サスミはこちらの言うことに耳を貸す様子もなく、去ってしまった。

 少し考えたら、彼女がここに来るのも当然かもしれない。自分にとって越えるべき大きな障壁が、ある日突然消失したのだ。彼女も思う所があるのだろう。

 兎にも角にも、彼女の病室へと辿り着いたオレは、ノックをして部屋に入ろうとした。

 すると、ドアが勝手に開いたからと思ったら、今度は部屋の中から出てきたデジタルとばったり出くわした。

 

 「え、ととトレーナーさん!?どうしてここへ?」

 

 「いやまあ、タキオンに呼ばれてな・・・。デジタルこそ、どうしてここに?」

 

 「あたしも、タキオンさんに呼ばれたんですよ。話があると。」

 

 オレとデジタルは、ベッドでいかにも暇を持て余していて面白くなさそうな顔をしているタキオンに視線を移した。

 

 「なんだい?話があるなら聞かせてくれ。退屈で死にそうなんだ。」

 

 オレとデジタルは顔を見合わせ、取り敢えずタキオンの病室に入って状況を整理することにした。

 

 「先にタキオンの所に来て病室から出ていく所だったってことは、デジタルはもう、話とやらは聞いたのか?」

 

 「ええ、まぁ・・・。ただ、あたしと同じ事を話すかどうかは分からないですし、タキオンさんご本人からお話を伺うのが良いかと思います。」

 

 オレはタキオンに視線を移すと、彼女は徐ろに頷いて口を開いた。

 

 「ああ。デジタル君に話した事とデジタル君のトレーナー君に話す内容は微妙に異なる。

 デジタル君は同じ事を聞くことになるかもしれないが、何も知らないトレーナー君が来た以上、もう一度最初から話をすることにしよう。

 デジタル君、例のレポートを取り出してくれ。」

 

 デジタルはこくりと頷くと、タキオンのベッドの横に置いてあった重々しい金属製のトランクから大量の紙を取り出してオレの前に差し出した。

 オレはそれを手にとってみたが、とてもじゃないが高校生くらいの歳の子が取り扱ったと思える量ではない。書籍として売り出すつもりだと言われても違和感が無いほどだ。

 

 「それは、昨夏にデジタル君を暫く借りた時に纏めたレポートだ。」

 

 と、タキオンが言う。

 

 「昨夏・・・。というと、タキオンの実験に付き合った時か。」

 

 「その通り。デジタル君の身体的特徴、走る時の癖、考え方、呼吸、食生活まで全て詳細に記してある。」

 

 オレは軽くレポートをパラパラと捲ったが、文章だけでなく円グラフや棒グラフなどのデータが沢山載っていた。一人のウマ娘にここまで力を注ぎ込むとは、タキオンも大したものである。

 

 「単刀直入だが、それは君達に託そうと思う。今後の練習やレースに役立ててくれ給え。」

 

 「・・・あ、有難う。」

 

 「さて、本題はここからなのだが。」

 

 オレはてっきりレポートだけ手渡して終わりだと思っていたので、急いで意識を再びタキオンに戻した。

 

 「君達も既に知っているように、私はウマ娘の限界、スピードのその先について研究してきた。このテーマを変えることは、例え足が治ろうと治らまいと、変わらないだろう。

 しかし、自身を実験体とするプランAと並行して他者を実験体とするプランBの協力者としてデジタル君を観察していた時に、あることに気付いたのさ。」

 

 「・・・あること?」

 

 「デジタル君のトレーナーである君ならばよく理解しているだろうが、デジタル君の初期状態・・・。君と出会った頃、と言えば良いだろうか?

 その頃のデジタル君は、速さ、体力、パワー、どれを取っても並みかそれ以下だったと聞いた。」

 

 「まぁ、本人がいる所で言うことじゃないけど、体力とパワーは他のウマ娘に負けることは結構あったかもな。」

 

 「そう。だのに、昨秋にはGⅠタイトルを獲得する程にまで成長した。成長が早い、と言えば、それまでだが。」

 

 タキオンは机に置いてあった紅茶を手に取り一口飲んだあと、ほうっとため息を吐いてからまた話し始めた。

 

 「時は戻って去年の夏。私は一つ、実験を行った。ダイワスカーレット君とウオッカ君の並走にデジタル君を無理やり参加させて、勝つまで走らせてみた。」

 

 「な、何てことを・・・。」

 

 ダイワスカーレットとウオッカと言えば、宿命のライバルにして親友なのだとデジタルが以前から目をつけていたウマ娘達だ。

 そして、デジタルはこういう二人の仲に割って入ることに異常なまでに拒否反応を示す。それでも無理やりやらせたとなれば、自己嫌悪感から絶不調になってもおかしくなかったのでは・・・?

 

 「はぁぁぁん・・・。あれは、忘れられない程良い栄養摂取・・・。じゃなかった、対決でしたねぇ・・・。

 逃げるスカーレットさん、追いかけるウオッカさん!アイツより先にゴールする!それが彼女達の誰よりも強い信念!

 例え一緒でなくとも、常に隣にアイツがいる気がして・・・。と、幻の相手でも一切手を抜かない!何故なら、アイツより先にゴールしたいから!

 それほどバッチバチの熱々の親友(ライバル)のお二方の間に入って並走なんて最初は恐れ多すぎますし罰が当たると思ったのですけど、ええ、まあ、何だかんだ参加して何だかんだ倒れるまでその火花散る戦いを間近で拝見致しましたとも・・・!」

 

 ・・・早口で何を言っているのかよく分からなかったが、まぁ要するに大丈夫だったのだろう。

 

 「最初こそ、二人から放されてゴールした。しかし二回目、三回目と数を重ねるごとにぐんぐんとその差は縮まっていき、遂には先着するに至ったんだ。」

 

 「・・・二人がバテ始めたんじゃないか?」

 

 「ハハハッ!!!そう言われると思ってその後も何度か走らせたが、やはりデジタル君が先着した。

 スカーレット君もウオッカ君も、デジタル君と数回走ったところで燃え尽きるようなウマ娘ではない。つまりは純粋に実力で勝っていたと考えられる。」

 

 「・・・はぁ。」

 

 「問題は、どうやってその数回で勝つに至ったか、だ。これもデジタル君の走りと考えを照らしあわし考察した結果、デジタル君は私でさえ敵わない観察眼を活かして相手の走り方、癖を無意識に見抜いていたんだ。

 しかも、私が指示した作戦と我流とで上手く折り合いをつけて、期待以上の結果を出してくれる。

 要は、デジタル君は飲み込みが異常なまでに早いのだ。」

 

 ・・・確かに、最初の頃は今よりもっと体の細さが目立っていたが、例えば全日本ジュニア優駿ではダートという芝よりも更にパワーを要求される場所で、ライバル達に負けない為に競り合いをする場面避ける場面、仕掛ける場所を上手く考え抜いて、足りないパワーを補うように指示していた。

 今から思えば、指示した事を直ぐに出来るだなんて並大抵の事ではない。

 

 「そして、デジタル君についてはもう一つ、触れておかなかればならない事がある。これは、デジタル君にもまだ言っていなかった事だ。」

 

 「ほえ?まだ続きがあったんですか?」

 

 「ああ。君は、昨秋に芝とダートという全く違う環境でも、見事に走れることを証明してみせた。

 ・・・だが、私はこの程度の事、何という事は無いと思っている。」

 

 「・・・ダートが芝に比べて価値が低いからか?」

 

 「そんな夢も希望も無い話ではない。

 例え芝よりダートを走る価値が低くとも、両方に適性を持つウマ娘など、日本全国を探しても指で数える程稀有な存在だ。そうだろう?

 だが、デジタル君の場合は最早、適性がどうこうではないのではと私は睨んでいるのだ。」

 

 「・・・どういうことだ?」

 

 「それは、私にも分からない。

 だが、デジタル君はいまだ大きな可能性を秘めており、昨秋のマイルチャンピオンシップは、そのほんのごく一部の才能が露見しただけに過ぎない。

 だから、トレーナー君。君の手腕で、是非デジタル君の才能を開花させて欲しい。引いてはそれが、私が目指す場所とは異なるが、ウマ娘の可能性を示すことにも繋がるハズだ・・・。」

 

 ・・・少し、スケールが大きいのか小さいのか、モヤモヤと頭が混乱してでよくわからなくなってきた。

 オレは、マイルチャンピオンシップでデジタルの才能は既に開花したものだと思っていた。

 しかし、タキオン曰く、まだその先があるのだという。適性どうこうではない才能って、一体何なんだ・・・?

 

 「私が言えるのはここまでだ。デジタル君の才能が目覚めるトリガーもよく分からないし、何故偶然にもマイルチャンピオンシップでその片鱗が現れたのかも分からない。

 まぁ、頑張り給えよ。君達の働きが、私のリハビリのモチベーションに繋がるのだ。ほらほら、早くウマ娘の可能性を見せてくれ!」

 

 ・・・全く。サスミが言っていたように、タキオンとは本当に困ったウマ娘だ。自己中なのか利他的なのか、よく分からない。

 けれど、彼女はデジタルの可能性を信じている。ならば、彼女のトレーナーであるオレが返す言葉は一つだ。

 

 「任せろ。世界一のウマ娘すら仰天させる、すんごいウマ娘に成長させてやる。」

 

 「え、ええ!?せ、世界一のウマ娘ちゃん!?が、仰天するウマ娘ってそれってどんなウマ娘ですかぁ!?」

 

 「アッハッハッハ!!!面白くなってきたじゃないか!やはり、デジタル君を相手にすると、科学者としての心がくすぐられるねェっ!」

 

 病室の中だと言うのに、年甲斐もなく盛り上がってしまった。その後、騒ぎを聞きつけてやってきた看護士さんに注意されたのは、言うまでも無い・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──そうか。タキオンは、今後レースに出る予定は無い。確かに、そう言ったんだな?」

 

 「・・・はい。」

 

 病院から帰ってきてすぐさま縋るように松井の胸に飛び込んだサスミは、まだ暗い顔をしていた。

 

 「・・・お前は、どうしたい?」

 

 「私は・・・、ダービー・・・を・・・。」

 

 タキオンのいないダービーなど、意味が無い。そのような考えがサスミの脳裏をよぎっていた。今まで、打倒すべきライバルとしていた。ダービーにて、打ち破るべき目標として見据えていた。

 そんな相手が、怪我の一つであっという間に戦場から姿を消してしまった。ダービーどころか、今後も対戦することが無い。

 そう思うと、サスミはこれ以上無い脱力感に見舞われた。

 

 「・・・タキオンが、どうした?」

 

 そんなサスミの感情を汲み取ったのか、松井は静かに口を開いた。

 

 「お前を散々に打ち負かした相手ともう今後やりあえなくなったからってなんだ。

 お前は、何の為にここまで来たんだ?」

 

 松井の呼びかけに、サスミは目を瞑って考えた。

 自分は、何の為にここまで来たのか。遠い遠い国から遥々やってきて、右も左も何も分からない自分に一つの道標となったものがあった。

 それが、日本ダービー。日本のウマ娘の頂点を決める、人生で一度のチャンス。もし勝てば、「最強」という最高の栄誉が与えられる。

 しかし、その最強の名に相応しい人物が、自分の身近にいた。何時からか、自分は彼女に憧れと嫉妬の念を抱いていた。

 彼女を越えなければ、最強なんかじゃない。最強にはなれない。そう思い込んでいた。

 タキオンが居なくなった今、自分はどうするべきなのか?よく考えてみたら、ラジオたんぱ杯ではタキオンどころか、自分はジャングルポケットにも先着を許した。

 タキオンが居なくなったからと、自分はまだ世代を背負えるような存在ではない。まだまだ、未熟なのだ。

 

 「・・・私は、ダービーを獲る。獲りたいのです。

 タキオンさんの他にも、強いウマ娘は沢山いる。だから、私が今すべきなのは、研鑽。どんなウマ娘にも打ち勝つ強さを手にするべく、私はただひたすらに、己を高めなくては・・・。

 まずは、ダービーの前哨戦であるNHKマイルカップを勝つ所から、ですね。」

 

 松井の信条の一つに、NHKマイルカップ、そしてダービーと異なる距離、短いレース感覚の中でも実力を発揮するウマ娘こそ、今後大成するというものがあった。

 なので、サスミもダービーの前にNHKマイルカップを勝つことが目標となった。

 短い距離には自信がある。ただし、己の強さは絶対ではない。ただ速いだけではなく、長い距離にも耐えうる体力を付けなければ。

 そう思い、サスミはシューズを取り出し練習の為に外へと飛び出していった。その様子を見て松井は、珍しく口角を上げていたのだった──。

 

 

 

 

 

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