ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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 大方のストーリーは考えてあるのですが、デジタルが新馬時代の時のお話や記録がほぼ見つからないのでネタに困りどうしようかと考えながら作っていたら、投稿が遅れてしまいました。





第3話 まずは一歩から

 

 「ルーチェが次に出るレースは、未勝利戦だよ。」

 

 あたしは暫く固まって動けなかった。瞬時にその発言から読み取れる最悪の事態が脳裏をよぎったのですが、決めつけは良くないと、その考えをすぐに薙ぎ払った。

 

 「ええと、み、未勝利戦、ですか!まあ、この時期では特別珍しい事でも無いですからね!

 ジュニア級の内に勝ち上がれたらレースの選択肢が広がって夢一杯ですから、ここは一発、気合を入れて行こうという感じでしょうか!」

 

 自分でも分かるくらい早口で喋った。推しを語る時くらい早口で喋った。

 落ち着け、落ち着け、デジタルよ落ち着け。素数を数えて落ち着くんだ。二、三、五、七、九、十、十二・・・。

 

 「・・・ルーチェは・・・、今、クラシック級、・・・なんだよね。」

 

 はいもう現実ってばどうしてこうも辛辣激辛ルナティックビターなんですかね。

 それは無いと切り捨てたのに、現実逃避も虚しく事実は惨いまでに力強く叩きつけられる。

 

 「ああ、何だか目眩が・・・。」

 

 強いストレスやショックは時に意識の低下を引き起こす。眼の前が昭和のテレビのような砂嵐で覆われ身体のコントロールがままならず、あたしはその場に崩れるように倒れ込んだ。

 

 「お、おい大丈夫か?」

 

 「え、ええなんとか・・・。」

 

 心配そうに駆け寄ってきたトレーナーさんの手を取り、あたしは徐ろに立ち上がった。

 

 「・・・なるほど。それで後がほぼ無いに等しいから、ルーチェさんは背水の陣でトレーニングに励んでいる訳ですね・・・。」

 

 ウマ娘のレースを運営する組織、URAはレースの形態を次のように組んでいる。

 先ずは、メイクデビュー。このレースは読んで字のごとく、殆どのウマ娘ちゃんが最初に出走することになるデビュー戦となる。

 "殆ど"と言ったのは、故障や何らかの事情でメイクデビューの開催時期に間に合わない場合があるから。そう、一年中メイクデビューを催している訳ではなく、それは六月頃からスタートし、翌年の二月まで開催されるのです。

 それ以外の季節はと言うと、次に話す未勝利戦が鍵を握っています。これもまた読んで字のごとく、メイクデビューから数えて一勝も挙げられていないウマ娘ちゃん達が出走するのがこのレース。それと、先程述べたように故障や何らかの事情でメイクデビューの開催期間中にデビュー戦を行えなかったウマ娘ちゃんも出走する。

 未勝利戦自体は一年中開催しているのですが、この世界はいつまでも勝ち星ゼロで居られるような甘いトコロじゃない。

 URAにデビュー申込をしてから年内はジュニア級と呼ばれる期間で、この時期に属するウマ娘はジュニア級ウマ娘と呼ばれる。

 そして年を跨げば、皆ジュニア級からクラシック級へと強制昇格となり、ジュニア級ウマ娘からクラシック級ウマ娘と呼ばれるようになる。

 そしてクラシック級の九月初週までに未勝利のウマ娘ちゃん達は一回でも勝ち上がらなければ、それ以降は中央で走る権利を失くしてしまうのです。

 いえ、厳密に言えば完全に無くなる訳ではないのですが、未勝利戦を勝ち上がれなかったウマ娘に残された選択肢は主に三つ。

 一つは、格上の一勝クラスにチャレンジする事。

 これは生まれながらに期待されていながらも、中々勝ちきれなかった名門のウマ娘ちゃん達がたまに採る事があります。しかし、未勝利で勝てなかったウマ娘ちゃんは基本、一勝クラスでは勝負にならない事が多いです。過去には未勝利から重賞制覇をするまで上り詰めたウマ娘ちゃんも居ましたが、例外中の例外、奇跡と言っても良いでしょう。

 二つ目、地方に移籍する事。こちらは1つ目より現実的な選択肢となります。

 中央、つまりURAが開催するレースには特定の場合を除いて出られなくなりますが、地方レースを運営する組織、NAURが主催するレースには出走する事が出来ます。

 ただし、NAURが主催するレースは殆どがダート。何故なら盛岡レース場を除いた全ての地方レース場がダートコースのみだから。

 なので必然的にダートを走る能力が求められる事になるのですが、中には砂を被る事を極端に嫌うウマ娘ちゃんが居たり、パワーが足りなくてスピードが出せないウマ娘ちゃんも居たり。

 地方移籍自体は難易度低めですが、だからといって皆が皆地方で活躍出来る訳では無いのです。

 三つ目は、現役引退。

 正直なところ、未勝利を勝ち上がれなかったウマ娘ちゃんの殆どはこちらの選択肢を採る者が多いです。競争ウマ娘としての道を諦め、トレセンから去る。

 言葉にするだけなら簡単な事なのですが、多くのウマ娘ちゃんは夢にまで見た中央でレースに勝つ事を目標に邁進していたのに、いざ夢の結末が力叶わず現役引退という事実に直面した時の絶望感と来たら・・・。

 話が長くなりましたが、とにかく未勝利戦は命を賭したサバイバルレースとも形容される厳しい世界。そこで勝てなければ全てが終わりと言っても良い。

 そんな未勝利戦を、ルーチェさんはまだ勝てていないとのこと。先程、クラシック級九月初週までに勝ち上がらなければならないという話をしましたが、今は札幌記念が終わり、それから三日後の八月二十五日。

 つまり、次がルーチェさんにとってラストランになるかもしれないということなのです。

 

 「・・・因みに、勝算は如何ほどに・・・?」

 

 「・・・やってみないと分からない。レースに紛れは幾らでもあるからな・・・。」

 

 「そう、ですか・・・。」

 

 率直に『ある』と答えない時点で、かなり厳しい戦いを強いられるであろう事は想像に難く無い。

 しかし、トレーナーさんの言うように、幾らでも紛れがあるのがレースと言うもの。作戦の立て方次第で勝率をグッと高める事も出来る。

 

 「二週間後の、何処で出走するんですか?」

 

 「日曜日の小倉1200mだよ。」

 

 「開催終盤の小倉・・・。外差し有利になってきますが、枠次第で作戦を臨機応変に変えたいですね。」

 

 小倉レース場は芝の痛みを分散させる処置を採るレース場で、かつ1200mの短距離となると、先団のウマ娘ちゃんがそのままゴールに流れ込みやすく外からの捲りが決まりにくいコースです。

 が、開催が進むと話が変わってきて、後半に差し掛かるにつれて、幾ら痛みを和らげようとも流石にウチ沿いの芝が荒れてくるのです。皆、インを突きたがりますからね。

 その結果、内沿いは走りづらくなり、外差しが決まるようになってくるという理屈です。まあそれでも、先行した方が期待値は高いと思いますが・・・。

 

 「・・・ルーチェは正直、後ろからレースをして勝てるような瞬発力を持ち合わせていない。だから、出来るだけ逃げ切り勝ちを狙いたいんだ。」

 

 「むぅ・・・。」

 

 この世は弱肉強食。頭ではそう分かってはいるけれども、あたしはエゴが強いので、ウマ娘ちゃん全員が幸せになってもらいたいと思っている。

 仮にも同じチームの仲間となれば、尚更。ルーチェさんにありとあらゆる助力を惜しむ事は致しません。

 

 「あたしが彼女の為に何か出来る事などあれば、遠慮無く申して下さい!」

 

 「・・・ありがとう。」

 

 トレーナーさんは子供を見るような目で、優しく微笑んだ。

 

 「本気ですよ?あたしはこう見えても、レースの知識は結構ありますからアドバイザーくらいなら出来るかもですよ?」

 

 「いや、疑ってる訳じゃないんだよ。ただ・・・。」

 

 「・・・ただ?」

 

 その時、ルーチェさんがあたし達の横を勢いよく通り過ぎた。1000mを走り終え、少し息があがったまま、彼女はトレーナーさんに話しかけた。

 

 「・・・どうでした?」

 

 「ええと、60.2秒・・・。うん、良いだろう。じゃあ、次のトレーニングに・・・。

 ・・・・・・いや、そうだな。」

 

 トレーナーさんはこちらに視線を移すと、ルーチェさんの肩を軽くぽんぽんと叩きながらこう言った。

 

 「せっかくだし、ルーチェと併走してみないか?デジタルも選抜レースの事があるしな。良い経験になるんじゃないかなと思うんだが。」

 

 「へへへ、へへはひふへ、併走ッッッ!!?」

 

 あたしは首を左右に振りながら、手を眼前で"ぬ"の字を書くように滅茶苦茶振り回した。

 

 「いやあのあのあの!!!う、嬉しいんですがええとええとととあぶぶぶばばば。」

 

 「落ち着け・・・。レースをするなら平静でいる事は大前提だ。併走するくらいで動揺してちゃダメだぞ。」

 

 「そそ、そうですよね!取り敢えず深呼吸をばばば!

 すぅ〜〜〜ゔゔえ゙え゙えっほ!!!ごほ!!!」

 

 「・・・・・・・・・・・・。」

 

 噎せまくるあたしをトレーナーさんが呆れた目で見てきてますけど、仕方無いじゃないですかっ。誰しも推しと併走なんて平常心で居られるはずがあろうはずがございません!

 

 「・・・あの、デジちゃん。

 私も、デジちゃんと併走してみたいな。もしかしたらお互い、併せてみて分かることもあるかもしれないし。やってみようよ。」

 

 ルーチェさんはそう言うと、優しくはにかんで見せた。

 くっ、こんな笑顔を向けられて期待に応えぬでは、ヲタク失格も同然!

 

 「分かりました・・・。不肖アグネスデジタル、ルーチェさんと併走させて頂きます!」

 

 「そうこなくっちゃ!じゃ、早速走ろっか!」

 

 「え。でも、ルーチェさんは走ったばかりじゃ・・・。」

 

 「良いの良いの!これは競争じゃなくて併走なんだから。スローペースで行けば大丈夫だよ。

 さあ、位置に着いた着いた!」

 

 あたしは背中をグイグイと押されながら、コースのスタート地点に立った。

 

 「・・・・・・・・・。」

 

 「ん?どうしたの、呆然として。」

 

 「・・・あ、いやぁ・・・。」

 

 ふと顔をあげれば、そこには息をあげながらも頬を伝った汗水を拭い、トレーニングに励むウマ娘ちゃん達の姿が沢山見受けられた。

 仮にもあたしは、彼女達の尊い世界に足を踏み入れたのです。これまでもありとあらゆるウマ娘を、シチュエーションを見てきましたが、誰かとトレーニングをするという立場になって改めて、見える世界が美しく感じられる気がします。

 

 「むふふ、心が昂りますなぁ。」

 

 「・・・やる気一杯だね?よーし、私も頑張るよっ。」

 

 何かもが新鮮な気分。初めてじゃないけれど、初めてのように感じる。

 心の底から湧き上がってくる、このワクワク感・・・!デジたん、ちょー昂ってますよっ!!!

 

 「そんじゃ。よーい、どんっ。」

 

 トレーナーさんの掛け声に合わせて、あたしは今まで走った中でも一番と言っても良いくらい、地面を力強く蹴り、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ど、どうでしたかぁ・・・。ぜぇ、はぁ・・・。」

 

 慣れないことを急にやったからかもしれませんが、今のあたしでは、ルーチェさんに併せに行くので精一杯で、走り終わった頃には完全にガス欠状態だった。

 

 「す、凄いですねルーチェさんは。こんな、ふぅ。・・・こんな、スピードでいつも走っているなんて!」

 

 「・・・いや、まだ軽く走っ・・・。ううん、何でもない・・・。」

 

 顔を上げると、片手で両目を隠すように覆い、俯いているトレーナーさんの姿があった。

 誰がどう見ても、酷過ぎて失望している様だ。きっと、デジたんの走りがあんまりにもあんまりだったからなのでしょう・・・。

 それもそのはず。トレセン学園では入学前に筆記と実技の試験があるのですが、あたしの場合は実技が及第点ピッタリの所謂落ちこぼれちゃんスタートだったのですから・・・(あ、自慢じゃないですけど筆記は満点でした!)。

 

 「フォーム・・・。」

 

 「ふぇ?」

 

 「走りのフォーム。滅茶苦茶過ぎる。何でそれでトレセン学園入れたの・・・。」

 

 「・・・根性です。」

 

 「・・・そっかぁ・・・。」

 

 そしてしばしの間、沈黙の時間が流れた。トレーナーさんは額を抑えて深刻そうに悩み、あたしはそれを見て申し訳無く思いながら、次のアクションが起きるのを待った。

 

 「・・・まあまずは、自分が一番走ってて楽なフォームを見つける事だな・・・。」

 

 「りょ、了解です・・・。うっ、げほおっ。」

 

 「ちょ、吐くなよ!?デジタルはもう安静にしてろっ。悪化するようだったら保健室連れて行くから!」

 

 爆発(意味深)しかけてるあたしの為に、トレーナーさんとルーチェさんは一緒になって快方してくれた。

 個人トレーニングで体力は付けてきたつもりなのですが、全く競争ウマ娘に求められるレベルに達していなさそうです・・・。

 

 「そもそも、何故あんなフォームになるんだ?普通に、気楽に走れないのか?」

 

 一段落したところで、トレーナーさんは不思議でならないといった様子で首を傾げながらそう言った。

 

 「う〜ん・・・。確かに、力んだ?ところはあるかもしれません。」

 

 「力んだとかそういう話じゃないぞアレ・・・。

 ・・・そうだ、デジタルってウマ娘好きだろ?特に好きなウマ娘とかいないのか?居るなら、その子のマネをすれば良いんじゃないか?」

 

 彼は妙案を思いついた事への興奮からか、提案内容をかなりの早口で述べ上げた。それに対し、ルーチェさんも小刻みに頷いている。

 

 「勿論沢山居ますとも!そして、マネする事も実行済み!まるで彼女達が走っている時の気分を味わえるようでごっこ遊びでは片付けられない確かな興奮が・・・。」

 

 「・・・もしかしてさ、走っている時にありとあらゆるウマ娘のフォームを思い浮かべながら走っていたりする?」

 

 「お、御名答!

 そうなんですよね、マネしたいウマ娘ちゃんの数に対して一回で走る距離が少し足りない事が多いのに、距離を延長すると今度はあたしが体力尽きて土に還ってしまうかもしれない板挟みで・・・。」

 

 「いやいやいや。原因絶対それじゃん。」

 

 「え?」

 

 トレーナーさんはかなり呆れた様子でしたが、それでもあたしを丁寧に、優しく諭してきた。

 

 「トップアスリートのマネは確かに大きな力になってくる事もあるけど、まずは自分のスタイル、もとい土台が無きゃダメだ。

 人には得手不得手がある。自分のスタイルを理解せずに我武者羅に真似事をしたところで、本来のメリットが十分に活きにくい。」

 

 「むむ、確かに・・・。」

 

 「・・・そういえばデジタルって学業の方は頗る優秀だって聞いたけど、勉強だって、例えばクラスで一番頭良いヤツが教科書に軽く目を通しただけでテストで満点を取れるからって、自分も同じ事して同じ結果が出るとは限らないだろ?

 人によってすぐに理解出来る人もいれば、繰り返し練習することで理解出来るようになる人とか、様々だ。」

 

 「あ〜・・・、なるほど。すんなり腑に落ちました。」

 

 あたしの言葉を聞いて胸を撫で下ろし、ほっと安心した様子を見せたあと、彼は満足そうに何度か頷いた。

 

 「最前線で輝くウマ娘達への憧れ・・・、なのかな、デジタルの場合は。ちょっと分からないけれど、今の君は競争ウマ娘としてデビューを目指すうちの一人のウマ娘だからさ。

 ちょっと厳しい言葉になるけど、もう、遊びとかで済ませられる段階じゃないと思う。」

 

 「す、すみません・・・。」

 

 そうでした。あたしも、もうすぐウマ娘ちゃん達に混じって走るアスリートのうちの一人になるかもしれないのです。

 今までみたいに、ただの推し活気分で過ごしているだけじゃダメですよね・・・!

 責任を、自覚を持たなければ・・・!

 

 「まあ、何だかんだ言っても素質はあるよね、デジちゃん。」

 

 ルーチェさんの言葉に、トレーナーさんもあたしも何を言い出すんだと振り返った。

 彼女は構わずに続けて言う。

 

 「だって、こんなに効率悪くて体力も大きく削れるような走り方してるのに、それでトレセン学園の入学試験通ったんでしょ?

 私もこの場にいるから当たり前だけど、あの試験を受けた身だから言える事がある。

 あれは、そう簡単に合格なんて出来ない。私みたいな普通のウマ娘がデジちゃんみたいな事したら、間違いなく落ちるよ。」

 

 「・・・確かに。そう考えると、デジタルにちゃんとした指導や手解きをしたら、結構良いところまでいけるんじゃないか・・・?」

 

 「えへ、GⅠ勝てちゃったらすごいですよねぇ〜〜〜!!!」

 

 「いやあGⅠタイトルは流石に、どうだろう・・・。いや、もし獲ったらオレが狂い死ぬかも。」

 

 あれよあれよと取らぬ狸の皮算用にも関わらず話が肥大化していく。「あたしにそこまでの才能はありませんって!」と声を大にして言いたい。

 けれど、トレーナーさんもルーチェさんもすっかり盛り上がっているようで、割って入るのが気まずくなってしまいました・・・。

 

 「GⅠ勝ったウマ娘やトレーナーさん方って、帰ったあと盛大なお祝いとかしてたりするんですかね。」

 

 「そりゃあしてるだろう。

 先輩トレーナーから聞いた話だけど、その先輩の知人が担当してる娘がダービーウマ娘になった時は二日酔いどころか三日酔いになるレベルでどんちゃん騒ぎしたらしいって言ってたなぁ。」

 

 「じゃあじゃあ、もしデジちゃんが何かのGⅠ勝ったら、私達の持てる全てを注ぎ込んで盛大にお祝いしないとですね!」

 

 「勝てたらな。」

 

 「いや、出走するだけでも凄いんですけど?」

 

 ここまで話が膨らむと流石に恥ずかしい。早く、何か話題を振って話を逸らさなければ・・・、コレ以上耐えられる気がしませんっ!

 

 「あ、そうだ!デジちゃんって何か目標とかあったりするの!?」

 

 「・・・ふぇ?」

 

 話題を変えようと思っていた所で丁度ルーチェさんが先程までの本筋とは違う話を振ってくれたお陰で恥ずかしさで朦朧としていた意識が寸での所で踏みとどまれた。

 しかし、話題が変わったとて先程までオーバーフローでエラーを吐いてた脳が急に正常な動きをするはずもなく、あたしは何か発言してなければとあたふたするものの、何も浮かばず、答えられなかった。

 

 「ほら。よくある夢だったらさ、ダービーウマ娘になりたいー!とか、グランプリで名実共にナンバーワンになりたいー!とか、海外に挑戦したいー!とか、色々ある訳じゃん?」

 

 「は、はぁ・・・。」

 

 「因みに私はオープン入りが目標。身の丈にあった丁度良く頑張れそうな目標・・・、だったハズなんだけどなぁ・・・。」

 

 ルーチェさんが目に見えて落ち込んでしまう。え、その地雷防ぎようが無くないですか。

 

 「・・・大丈夫だ。」

 

 それを見たトレーナーさんはルーチェさんの頭に手を乗せ、優しくぽんぽんと触った。

 

 「ルーチェだって、運が無かったり相手が強かったり今まで色々あったけど、ちゃんと実力あるウマ娘だ。

 次は勝てるさ。」

 

 「・・・!トレーナーさん・・・!」

 

 頭を撫でられつつ、頬を赤らめとても嬉しそうなルーチェさんが印象的だった。

 これから先も一筋縄ではいかない事だらけでしょうが、二人三脚で頑張っていこうと、コンビの相性を改めて確かめ合っているような気がして、物凄く、物凄く・・・。

 

 「あ、てぇてぇ・・・。てぇてぇよぉ・・・。」

 

 今この瞬間しかないこの輝きを、永久に保存できるようにこの光景を額縁に収められないだろうかと、あたしは思考を張り巡らしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アグネスデジタルと(仮)契約をしてから一週間が経った。

 当初の目論見通り、基礎的なフォームに調整し呼吸法の改善等を行っていく内に、目に見えて分かるほど、彼女の走りは格段に良くなっていった。正直、予想以上に成長するのが早い。

 何だかんだ言っても、彼女は頭が良い。理論を理解し、自分の力として活かす能力が格別だ。

 しかし身体の細さはネックになり続けていて、急に運動量が増えた事で怪我に繋がりそうな躓きやモタレる動作が多々あり、パフォーマンスにムラッ気があった。

 それでも備えている素質は確かなものもので、あっという間にルーチェと併せても力を出し切る事が出来れば勝ち負け出来るレベルに到達していた。

 

 「いやあ、今日は私の負けか〜・・・。」

 

 ルーチェもルーチェでレースが近いこともあり、かなりの負荷がかかるトレーニングをしていた。レース間近のウマ娘と併せても先着出来るなんて、余程の才能なのか、はたまたルーチェが調子悪いだけなのか・・・。

 

 「凄いですね、デジちゃん。そのうち、本当に全く勝てなくなっちゃいそう。」

 

 基本裏表の無い彼女だったが、未勝利とはいえクラシック級の実戦経験豊富な自分とまだデビューすらしていないデジタルが下手すればほぼ同程度の実力という事実に、思う所があるようだった。

 

 「・・・なぁお前、本当にデジタルの事好きなだけでオレ達のチームに加入するように勧めたのか?」

 

 丁度デジタルは席を外していたので、二人っきりの間に少しディープな話をしておこうと思った。

 ただ、彼女は口をもごもごさせて何かを言おうとしたものの、すぐに満面の笑顔で頷いた。

 

 「勿論だよ!可愛くて強いなんて、加入して悪いところが無いじゃん!」

 

 作り笑いだとすぐに分かり、発言も全くの嘘か二の次程度の理由だろうと察せられた。

 でも、彼女が今話したくないというのなら、それでも良い。そこまで急ぐ話でも無いだろうから。

 

 「看板ウマ娘ってやつか?」

 

 「・・・そうそう!マスコットキャラクター的な立ち位置でチームのアピールをして、どんどん新しいウマ娘が加入して来てくれれば良いなって!」 

 

 「確かに、それなら身体の小ささも独特の愛嬌もメリットになり得るな。」

 

 「でしょっ。そのうち、私達のチームはあっという間に強豪チームへと様変わりしている事でしょう!」

 

 デタラメの割には、随分調子の良い事を言ってくれるんだなとオレは思わずくすりと笑ってしまった。

 いや、乗っかったオレが何か言える立場では無いが。

 

 「・・・ねぇ、トレーナー。」

 

 彼女から、先程まで浮かんでいた笑顔が急に消え、神妙な面持ちになった。オレはそれを見て彼女に悟られない程度に背筋を伸ばし、身構えた。

 

 「もし、もしですよ?いやね、そのつもりは更々、無いんですけども・・・。

 もし、ね?」

 

 話の展開から察するに、ロクでもない仮定の話が飛び出してくるのだろう。

 彼女の声がどんどん小さくなるので、オレは一語一句聞き逃さないつもりで耳をそばだてた。

 

 「・・・その、・・・未勝利・・・のまま、さ。勝て、・・・ったら・・・。」

 

 ──それ以上、彼女は口を開かなかった。浮かない顔で、俯いたまま。どこか達観したような感じもした。

 ・・・彼女にかける最善の言葉は、何だろうと思考を張り巡らしていたその時、丁度良いタイミングでデジタルが戻ってきた。

 

 「いやぁ〜、まさかルーチェさん以外のウマ娘ちゃんから併走のお誘いを頂くなんて・・・、今までじゃ考えられなかったことです。

 あたし今、最高に青春してるやもしれませんぞ〜っ!!!」

 

 流石、彼女は期待通りの仕事をしてくれる。どんなに重たい雰囲気であっても、彼女を放り込みさえすれば有耶無耶になりそうだ。

 

 「・・・と、コレ!向こうのトレーナーさんから頂いたドリンクのお裾分けですっ。良かったら二人もどうぞ!」

 

 そして彼女は水滴滴るスポーツドリンクを差し出そうとしたが、オレが受け取ろうと手を伸ばした時、彼女の手がはたと止まった。

 

 「えっと、表情が固いですけど、もしかしてお二人で・・・。そのぉ、大事な話を、されていました?デジたん・・・、もしかしなくてもお邪魔でしたか・・・?」

 

 何か言う前から、踵を返す動作が始まっている彼女を、オレは慌てて引き止めた。

 

 「いや、何でもないよ!それより、さっきのウマ娘との併せは、良い練習になったか?」

 

 「え、ええ!それは勿論!

 ベテランというだけあって、向こうのトレーナーさんのアドバイスが的確かつすごくタメになりましたし、併せてもらったウマ娘ちゃんはもう何から何まで全て美しくて逞しくて!

 いやあ、デジたんなんか全然まだまだのへなちょこへっぽこウマ娘だってボコボコに分からされましたよ〜・・・。」

 

 「・・・そうか。」

 

 「でも、ハイレベルなウマ娘ちゃんの実力をこの身を持って知れたのは良かったです。

 今は全然手が届く事は無くても、いつの日かご一緒にレースに出る事があれば良いですねぇ・・・。」

 

 その時、ルーチェは急にすっくと立ち上がり、ほぼ全速力で何処かへ行こうとした。それを見たデジタルが咄嗟に、声を掛ける。

 

 「え、あの、どちらへ!?」

 

 「・・・トレーニングだよ。うかうかしてられないから。」

 

 ぽつぽつと小さな声でそう呟くと、彼女は一度止めた足を再び動かし、練習へと戻っていった。

 

 「ルーチェさん、努力家ですね。

 ・・・しかし、これ以上負荷をかけると本番当日のパフォーマンスへの影響が気になるところではあるのですが・・・。」

 

 デジタルの言う通りだ。練習のプラン以上に、彼女は自身に負荷をかけ過ぎている。本来なら止めさせておくべきだ。

 けれど、彼女の気持ちもよく分かる。新人として入ってきて間も無いデジタルにすぐ追いつかれるような実力では、勝ち上がりも期待出来ないとでも思ったのだろう。

 焦りは本来のパフォーマンスに大きく左右するのでここで引き上げさせるのが正しい選択なのだろうが、ルーチェがここまで自分を追い込んでいるのは今までで初めてのことだった。

 もしかしたら、この限界まで練習に励んだモノが本番で思わぬ力を発揮するかもしれない。

 残された時間は少ないので形振りなど構っていられないと思っていたオレは、ある程度彼女のやりたいように任せてみるのも良いと思っていた。

 

 「・・・本当にこれ以上はダメだと思ったら、そのタイミングで練習を止めさせるよ。

 今日は・・・、もう少し様子を見る。」

 

 「そう、ですか・・・。」

 

 デジタルはその場に体育座りで小さく蹲り、先程貰ったスポーツドリンクの蓋を開け、両手で抑えながら少し傾け、それを口に含んだ。

 

 「・・・トレーナーさん。少々、ご相談があるのですが。」

 

 普段快活で全く曇った表情を見せないデジタルが、珍しく視線を落とし、何処か達観しているような雰囲気を醸し出しつつそのような事を言うので、オレの視線は物珍しさで彼女の顔に釘付けになった。

 

 「あたしの杞憂でしたらそれで良いのですが・・・。最近、ルーチェさんが笑顔になる機会がだんだん減っているような気がするんです。

 レースが近いっていうのも勿論あるとは思いますが、それとは別で・・・、ピリピリしてるというか。悩み事を抱えていそうというか・・・。」

 

 ・・・デジタルにも勘付かれていたか。

 どうやらまだ全てを理解した訳ではないだろうが、きっと彼女の性格上、自分が関わったせいだとでも考えたらチームを抜けると言い出しても不思議ではない。

 このままではチーム内に亀裂が入ってしまう。だからと言っても、今のオレには有効的な対策は打てそうにもない。どうしたら良いのか、分からない。とにかく、今は辛抱の時だ・・・。

 

 「オレは・・・、良くわからないけどな。レースで気が立ってるのは事実だと思うけどね。」

 

 「そう、ですよね!あたしの勘違いですよね!」

 

 「うん。デジタルはデジタルの事に、集中すれば良いよ。

 ・・・そう言えば、選抜レースの日が変更になったのは知っているか?」

 

 「知っていますよ!一週間繰り上がりで来週の木金で開催するんでしたよね。

 ちょっとドタバタしますけど、ここをなんとか勝って、ルーチェさんに良い形でバトンタッチ出来ればって思います!」

 

 ・・・この子のもう一つ良くも悪い点として、その性格の良さが挙げられる。

 ただ才能を秘めているだけではなく、ちゃんと努力はするし勤勉であるし、他者には別け隔て無く包み込むように優しく接する上、彼女は裏表が無い。とても純粋に、思っていることを口にしている節がある。正直非難のしようがない。

 こんな人として完璧に近い存在が近くに居たら、それはたいそうやりづらいことだろう。そしてこれが後輩だというのなら、尚更だ。

 オレがデジタルに感じている以上の事をルーチェが思っているのなら、なかなか苦しい立場ではないだろうか。

 自分が連れてきたと言っても良い後輩の存在がどんどん大きくなって、その光は自分を影にしてしまい、そしていずれはそれすら呑み込んでしまいそうな恐ろしささえ感じしまっているかもしれない・・・。

 

 「・・・そうだな。デジタルが選抜レースで勝てば、きっとルーチェも喜ぶだろうし、モチベーションの向上にも繋がるだろう。」

 

 嘘に近い不透明な憶測だ。しかし、一人のウマ娘の為に未来あるウマ娘を潰すほどオレもバカじゃない。

 ルーチェも大事だが、仮契約とは言えどオレはデジタルのトレーナーでもある。彼女を不安にさせる訳にはいかない。

 

 「よっし、あたしも負けていられませんね!ルーチェさんみたいに、あたしも沢山練習しないと!」

 

 そう言って彼女は、ルーチェが走り去った方へ意気揚々とトレーニングに向かって行った。

 心無しか、溜飲が下がらないというか、胸がざわついている感じがして少し気持ちが悪い。

 だがオレは己に「大丈夫だ、きっと上手くいく」と言い聞かせ、この心の奥底から湧いてくる違和感に蓋をし、封じ込めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふっ、ふっ、ふっ・・・!」

 

 機材が豊富に揃うトレセン内のトレーニングルームにて、ただ一箇所、ランニングマシンから寂しくも強く、足を踏み込む音が響き続ける。

 既にとっぷりと日が暮れたこともあり、周りで鍛錬を重ねていたウマ娘達は皆帰った後だった。

 

 「・・・まだまだ・・・。こんなんじゃ・・・!」

 

 ルーチェは己の力不足を痛感しており、人一倍トレーニングをしなければ勝ち上がる事は出来ないと考え、ひたすら自身を追い込んでいた。

 丸一日トレーニングで潰す日も多くなった。しかし、これだけやってもまだ足りないと、彼女は感じていた。

 最近になって自身の誘いもあり、ルーチェも所属するチームに加入してきたアグネスデジタル。

 最初は面白そうな子だとしか思っていなかったが、彼女は予想を遥かに越える才能を秘めていた。現に経験値はデジタルより多く積んでいる筈なのに、少しの矯正とトレーニングで、自分とほぼ変わらない内容の走りが出来るようになってきているのだ。

 

 「まだ、まだぁ・・・!」

 

 少し前の自分では考えられない程、我武者羅になってまで練習していた。

 とにかく、何が何でも勝ち上がりたい。その一心だった。

 

 「おい。」

 

 聞き馴染みのある男性の声がルーチェの耳に入る。ただ、普段の物腰柔らかな声ではなく、明らかに怒っているような、低い声だった。

 ルーチェはランニングマシンが全力稼働しているにも関わらず、その声を聞くやいなや体を強張らせ足を止めた為、ランニングベルトの回転方向に合わせて彼女の体が運ばれ、そのまま体勢を崩しすっ転んだ。

 

 「・・・・・・・・・大丈夫か?」

 

 手をつき衝撃をもろに受ける事は無かったものの、うつ伏せのまま起き上がらないルーチェに男が近寄り、体を起こす補佐をする為に手を差し伸べた。

 

 「分かってる。分かってるんですよ。

 今更、限界を無視して練習したところで、怪我のリスクが高まるだけだなんて。」

 

 「・・・・・・・・・・・・。」

 

 「・・・でも、忘れて久しいこの感情を、絶対に無駄にしちゃいけないって思うんです。

 ずっと勝てなくて、いつしか、『私には才能が無いんだ』って心の何処かで諦めてた。最近までずっと、引退する事になっても、それも仕方ない事だってずっと思ってた。」

 

 男は黙って話を聞いていたが、流石に年頃の女の子が寝そべったままの体勢でいるのは不躾で見た目が悪いと思い、彼女の体を起こした。

 なおも立ち上がる事はなく、足を折り畳み、項垂れながら彼女は話を続けた。

 

 「デジちゃんの目、綺麗だよね。淀み無く澄んでいて、力強く、真っ直ぐ前を見てる。

 最初は全然ダメでも、一生懸命練習に励んで、何が良くて何がダメだったのか真剣に考えて努力してさ。偉いよね。

 私、気付かされたんです。彼女の場合は勿論才能もあるだろうけど、何より走る事に対しての姿勢が私よりも、ずっとずっと素晴らしいんだって。

 才能の有る無し関係無く、次のレースに向けて最大限頑張る。コレが大事なんだって。」

 

 そして彼女は、徐ろに振り返った。既にその顔は涙でぐしゃぐしゃであった。

 

 「・・・でも、あまりにも・・・、気付くのが遅過ぎたよね・・・。

 ・・・ゴメンなさい、トレーナーさん。ゴメン、なさい・・・!」

 

 少女は己の担当トレーナーのスーツを掴み、酷く慟哭した。

 男は無き続けるウマ娘に何と言葉をかけようか悩んだが、良い返答が思い浮かばず彼女の背中を優しく擦る事しか出来なかった。

 

 「・・・落ち着いたか?」

 

 暫くしてトレーニングルームに時が止まったような静寂が訪れ、トレーナーはようやっと、彼女に声を掛けた。

 少女はこくりと頷いた後、半ば自虐的な笑みが混じった小さな溜息を吐いた。

 

 「・・・私、引退の道しか残されてないのかな・・・。いや、それしか相応しくないか。今の私なんて。」

 

 「・・・いや、まだ終わった訳じゃない。そうだろう?」

 

 ルーチェは顔を上げた。トレーナーの目を、覗き込むように見上げた。

 

 「ラスト一回。チャンスは一回だけど、ここを勝てばまだまだお前の選択肢は無限大だ。」

 

 「・・・・・・・・・でも・・・。」

 

 「才能の有る無し関係無く、次のレースに本気で臨むのが大事なんだろ?

 最後になるとしても、デカい一発、かまそうぜ。」

 

 一度は止んだ涙が、再び少女の目からボロボロと零れ落ちる。トレーナーもまた、先程と同じように彼女の背中を優しく擦った。

 しかし今度は男も、ややほろりと涙が溢れていた。

 

 「トレーナーさん・・・!私、やるよ・・・。勝つよ・・・!絶対・・・っ。」

 

 「そうだそうだ。その意気だ。」

 

 盛り上がる二人の声は、だだっ広いトレーニングルームの外、廊下の方にまで響いていた。

 アグネスデジタルは一部始終、気配を消して彼らの動向を見守っていたが、彼女は満足気な笑みを浮かべ、その場から離れた。

 

 「やっぱり・・・、ウマ娘ちゃんは最高ですね。この輝き、是非永久に語り継ぎたいモノです。」

 

 途中、ルーチェが自分の事を褒めちぎっていた時は「そんな事は無い、貴方の方がよっぽど頭から爪先まで美しい」と突っ込み顔を出しそうになったが何とか堪えた。

 しかしもし本当に自分をキッカケに、ルーチェに良い影響を与えられたのならこれ以上幸せな事は無いと、デジタルは気分を良くし、スキップしながら彼女が住む場所である栗東寮へと帰っていったのだった。

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