ウマ娘 ∼Antithesis hero∼ 作:Carboxyl
さて、この小説はデジタルが実装されたら大体こんな感じのストーリーが良いなという体で書き始めた物なので、物語の序盤の序盤でいきなり存在意義が無くなりそうです。が、恐らく細部は再現出来ないと思われるので、その部分を小説として活かしていけたらと思います。
また、現在構想しているネタをなるべくそのまま繰り出していこうと考えているので、解釈の一致不一致がより激しくなるかもしれません。なにしろ運営のデジタル像が彼女の実装で示される訳ですから。
読者の皆様方にこういうIFも悪くないと思って読んでもらえるように頑張ります。これからも宜しくお願いします。
あれからというもの、ルーチェは益々練習に励むようになった。
これまでのように出鱈目にという訳では無い。デジタルがやっているように、データに基づいて適格なトレーニングを適度に行うようになった。
彼女自身の背水の陣から来るやる気も相まって、今まで見た事が無いような良い時計が出ていた。
オレとしても、ここまで手応えのある調整が出来ると、自分の事のように嬉しくなる。
「・・・何ニヤニヤしてるんだ?」
わざとなのか、最早長年の習慣による癖なのか、デジタルが必要も無いのに木陰に隠れてオレ達の練習風景を幸せそうに見つめていた。
「あ、いえぇ、お気になさらず〜・・・。」
「お気になさらずじゃないぞ。お前も選抜レースが近いんだから、休憩は程々にして練習するんだぞ。」
「ぬっ。そうですね、そうでした!
デジたんの選抜レースの出走予定日は今週の水曜日!それが終わって四日後にはルーチェさんの大事な大事なレース!!!
良い結果を残して勢いのバトンを託せるように、あたし頑張りまっす!」
そう言うと、デジタルはふんすふんすと鼻息を漏らしながらやる気満々と言った様子で練習を始めた。
・・・まだ彼女と知り合ってから一週間経ったくらいなので当たり前かもしれないが、彼女の言動はかなり謎で分からない事が多い。
今だって一見するとやる気に満ち溢れているが、先程までは練習の「れ」の字も無い程それに取り組む準備が出来ていなかったので、その気持ちが本物かどうかは疑わしい所だ。
かと言って、日々の彼女の走りへの姿勢を見ていると手を抜いているとも思えない。
今の所分かっているのは、彼女はスイッチの切り替えが早い、ということだけだ。
オレは練習に励むデジタルをじっと見つめた。しばらくすると、彼女は真剣な表情から一変。突如として顔がにへらと緩んだ。
「あ〜・・・。走りながらウマ娘ちゃんを眺められるなんて、これ以上の幸せがありましょうか・・・。」
・・・よくよく考えてみれば、オレはアグネスデジタルの事を何も知らない。
どうしてトレセン学園にやって来たのか。どうしてそんなにウマ娘の事が好きなのか。
食べ物の好みもウマ娘以外の趣味も、何も知らない。
仮契約だからの一言で片付けるには、あまりにも寂しい現状だと感じた。
(取り敢えず立て込んでる今の状況が落ち着いたら・・・、来週にでも、デジタルとルーチェを連れて何処かに出かけるのも良いかもしれないな。)
その為には少なくともルーチェが勝ち上がるのが最低条件になるだろうが、オレはここまでの彼女の仕上がり具合を見るに、負ける気がしないと思っていた。
当日になって余程の不利を喰らわない限り、今のルーチェなら絶対に勝てると自信を持って言える。
あとは、この好調ぶりを維持するだけなのだ────。
──選抜レース開催当日。
デジタルに関してはここまで問題が山積みではあったものの一つ一つ改善していき、かなり良い雰囲気を感じられる仕上げにはなった。
ただ体の先の細さは一、二週間でどうにかなるものではなく、下手をしたらすぐに壊れてしまいそうな不安は未だに払拭出来ていない。とは言え選抜レースを走る程度の強度なら足りていると思う。多分。
「うひょおっ!?あれは期待の新人として早くも期待されているウマ娘ちゃんではないですかっ!?
ぬぬっ!あちらにいらっしゃるのは超名門生まれの麗しきウマ娘ちゃん!
あああああ!!!みんなみんな、ピチピチ若葉マークのウマ娘ちゃんって感じで初々しい可愛い最高っ!!!
はあはあ、こここ、この場にあたしなんかが居てしまって大丈夫なのでしょうか!?」
・・・デジタルも若葉なウマ娘のハズだが、何故言葉選びがベテラン視点なのだろうか?
「・・・この中からGⅠウマ娘が出ても不思議ではないからなあ。
事前情報で期待値が高いウマ娘は、その走りをしっかり目に焼き付けておかなくちゃな。」
「無論ですっ。この日の為に選抜レースに出走ウマ娘ちゃんの名前と顔、あと走り方とか考え方とか、全員分覚えて来ましたから!」
「え、ええ・・・。」
そう言えば練習の休憩中にやたらスマホをニヤけつつ眺めていたが、もしかしてこういう事だったのか・・・?
調べたウマ娘のうちの何人かは同じレースを走る事になるだろうから無駄な事では無いのだが、努力の方向がちょっとズレている気がする。
とは言え、やるべき事は全部やっているので、オレからは何も言えない。
が、気を引き締める為の小言くらいは言っておくか。
「選抜レースがゴールじゃないからな。どんな結果であれ、オレ達はその先へと進まなければならない。
けど、せっかく走るからには・・・、勝とうな。」
「任せてくださいっ!
不肖アグネスデジタル、持てる力全てを尽くして、ウマ娘ちゃんの晴れ姿のお邪魔にならないよう走らせて頂きますとも!」
「うん・・・、うん?」
邪魔にならない走りと言っても、位置取りは結果に関わるから死に物狂いででもやって欲しいものだが・・・。
「第九レースのウマ娘はこちらに集まって下さ〜い!」
そうこうしているうちに、選抜レースに参加するウマ娘の管理を担うイベント関係者の声が聞こえてきた。
「お、あたし行かなきゃですね。じゃ、トレーナーさんカメラはばっちしお願いしますね!」
そう言うとデジタルは特に説明も無く、いかにも高価で性能が高そうなデジタルカメラを手渡してきて、吹きすさぶ風のように素早くいなくなってしまった。
「・・・・・・・・・どうしよう、不安しか無い。」
最悪の場合、無事であれば勝てなくても良いのだが、ただでさえすぐに壊れそうな身体のデジタルが慣れていない走り方をしてしまい怪我に繋がるのではないかと気が気でない。
「大丈夫ですよ。デジちゃんは自己管理がちゃんと出来る子ですから。」
「えっ、ルーチェ!?いつの間に・・・。」
急に横に現れた彼女に、オレは驚き過ぎて軽く飛び上がってしまった。
「・・・と言うかお前、授業はどうしたんだよ。」
「都合の良い事に担任の先生がこちらに顔を出さなくてはいけないので自習ということになって。
やるべき事はやったので、デジちゃんの様子見に来たんです。」
「・・・そうか。まあ、応援してくれる人は一人でも多い方が心強いもんな。」
「そうそう。いっぱい応援して、デジちゃんに元気を沢山お届けしますよっ。」
オレは彼女の言葉に力強く頷いた。きっと、ルーチェが応援しに来てくれていると知れば、デジタルにとってもこれ以上活力になる事は無いだろう。
「それでは、スペシャル出走ウマ娘の抽選会を行いたいと思いま〜す!!!」
今回の選抜レースの運営委員の一人として参加している、フジキセキの声が辺りに響き渡る。
彼女は無敗で皐月賞を制したウマ娘であり、今でこそ一線を退いているものの、学園内でもレジェンド扱いされているウマ娘だ。
「この時が来ましたね。
以前の選抜レースではGⅠウマ娘が選ばれて当時の会場は大熱狂していましたっけ。」
「GⅠウマ娘と走るだなんて、人生に二度とも無いかもしれない機会だからな。走るレースが何処かも抽選だし、共に競うことになるウマ娘達は相当ラッキーだな。」
二人で雑談をしている間に、フジキセキはクジ箱の中に腕を突っ込んだ。
会場は静まり返り、独特な緊張感が辺りを覆っている。
やがて彼女は、一枚の小さな紙を箱から取り出した。
「・・・なんとっ!!!
今回選抜レースに出走する事になったスペシャルゲストは・・・っ!」
皆が皆、固唾を飲んだ。
フジキセキの声色だけで、とんでもないウマ娘を引き当てたと分かったからだ。
「たった今黄金世代として名を馳せ、その中でも最強の一角と謳われるウマ娘!!!」
彼女が勿体ぶってなかなか名前を挙げなかったものの、会場は「黄金世代」というだけで大きくざわついた。
黄金世代とは、現役として走っているウマ娘達の中でも史上類を見ないレベルの質の高いウマ娘達が奇跡的に集った世代だ。
その強さはシニア級ウマ娘となってからも健在で、シニア級GⅠの殆どのタイトルが彼女達の手に渡っている程だ。
そんな世代から最強クラスのスペシャルゲストが参戦してくるともなると、会場が大いに沸くのも納得出来るというものだ。
「そう、その名も・・・。グラスワンダー!!!」
その名が出た途端、会場は地鳴りが起きたのではないかと錯覚する程、大きく沸いた。
「ぐ、グラスワンダー!!?あの、グラスワンダー!!?」
「うそうそ、こんなの現実じゃないって!」
あちこちで、信じられないと言った様子で驚きの声があがっている。
オレはと言うとあまりにも豪華なウマ娘が参戦してくると分かるや否や、やはり現実のものとは思えず、固まってしまった。
そんな会場の喧騒などどこ吹く風と言った様子で、穏やかにフジキセキが立っていたマイクスタンドの方へとグラスワンダー本人が姿を現す。
「・・・と、言う訳で。
改めまして、今回の選抜レースにスペシャルゲストとして出走する事になりました、グラスワンダーです。
どうぞ、お手柔らかに♪」
腰までありそうな栗毛の長い髪を揺らし、少女は小さくお辞儀した。
周りから乾いた笑いが聞こえてくる。きっと、多くのウマ娘が「『お手柔らかに』と言いたいのはこっちの方だ」とでも思ったのだろう。オレも思った。
「グラスワンダー・・・。
栗毛の怪物、もしくはマルゼンスキーさんの再来として知られているすっごく強いウマ娘、ですよね・・・。
まさか、こんな・・・。」
ルーチェもまた、あまりの超現実的な光景に開いた口が塞がらないと言った様子だ。
「そう言えば、フジキセキ先輩。私は、何レース目を走るのでしょうか?」
「あ、ああスマナイ。」
フジキセキは先程クジ箱から引いた紙に視線を落とした。
「グラスは、第九レースに出走する事になったよ。」
「・・・だそうです♪
事前に断りを入れておきますが、一期一会の機会だからと私は手を抜くつもりはありません。
それでは、九レースを走る皆様方。対戦宜しくお願い致します♪」
そう言い残し、グラスワンダーはゲスト席へと姿を消した。
彼女が去ってからも会場の喧騒は止まない。それ程の衝撃だったのだ。
「・・・・・・・・・あの、トレーナーさん。」
「・・・・・・・・・何。」
「・・・デジちゃんの出走するレースって・・・。」
「・・・九レース目、だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・え???」
ルーチェとオレは互いの目が点になった顔を見合わせながら、暫くの間硬直していたのだった。
抽選会後、選抜レースはプログラム通りに滞り無く進み、デジタルが出走する第九レースが差し迫っていた。
「・・・・・・・・・。」
オレはまだ事態が飲み込めず、興奮しているのか青褪めているのか、身体が熱いのか冷たいのかよく分からない状態がずっと続いていた。
「・・・さん!トレーナーさんっ!!!」
「え、あ、お?・・・ああ、ルーチェか・・・。」
「ルーチェか、じゃないですよ。もうすぐ九レースの発走時刻ですよ?デジちゃんが走るんですから、応援しに行かないと!」
・・・そうだ、何時までも呆けている場合では無い。どちらかと言うと、走る張本人であるデジタルの方がグラスワンダーの件に衝撃を受けているだろう。
オレ達がすべき事は彼女の緊張の糸を解し、いつも通りの力を出せるように応援すること。
オレは立ち上がって己の頬を軽く叩き、気合を入れた。
「よし、行くか!」
「その意気です、トレーナーさん!」
オレ達は満を持して九レースに出走するウマ娘がいる周回パドックへと向かった。
「うお、既に人混みがすごいな・・・。」
グラスワンダーが参戦するというのもあって、そこでは彼女を目に焼き付けようと集まってきたウマ娘達でわんさかと溢れていた。
「トレーナーさんっ、ここなら空いてます!」
幸い、ルーチェが見つけてくれた人混みの隙間を掻い潜れた事で彼女とデジタルのトレーナーは最前列からパドックの様子を見る事が出来るようになった。
「ふわあ・・・。パドックに立つグラスワンダーさん、改めて見ると物凄いオーラと品がありますね・・・。」
ルーチェの言う通り、一人だけ場違いな程のオーラが放たれていた。
グラスワンダーはいつも通り笑顔で周りの観客達に手を小さく振っているのだが、これだけの視線を集めようとも平然とした対応を取れるのは、流石GⅠウマ娘と言った所である。
そんな彼女の気品と余りにも多い観客の視線に気圧されてか、九レースに出走するウマ娘達は皆ガチガチに固まって緊張していた。
・・・ただ一人を除いて。
「でへへへへ・・・。まさかまさか、グラスワンダーさんをお目にかかれるどころか、お手合わせまで出来るなんて・・・!徳は積むものですなぁ・・・。」
この分だときっとデジタルも緊張しているだろうとトレーナーは思ったのだが、杞憂だったどころか本当に勝つ気があるのかどうか疑わしいくらいリラックスした様子が見受けられたのだ。
「あ、あれ?私達、必要無かった・・・?」
「・・・いや。あれは・・・、寧ろオレ達はいた方が良いだろうな。気を引き締めさせないと。」
トレーナーは周りの観客の声に掻き消されないようにめいいっぱい息を吸い込み、大きな声で叫んだ。
「デジタル──ーッッッ!!!お前の走り、見てるからな──ーッッッ!!!頑張れよ──ーッッッ!!!」
デジタルが彼の声に反応し、こちらに視線を向ける。
暫く呆然とした様子だったが、軽く頷き「頑張りますっ」と言いたげに両手の拳をぎゅっと握った。
「・・・ふふっ。あれは、あなたのトレーナーさんでしょうか?デジタルさん。」
「あ、いやあ実は仮契約でして。・・・ええうえええ!!?ぐぐぐグラスさんがあたくしめを認識して下さってる上に話しかけてきていらっしゃる!!?」
「あら、驚かせてしまい申し訳ありません。
・・・しかし、仮契約とは思えない熱意です。良いトレーナーさんに、恵まれましたね。」
「あ、あうわあ・・・。え、笑顔がご尊顔が眩しい・・・。溶けるっ・・・。
こここんなご褒美を頂いてしまったら、選抜レースは尊みパワーの爆発だけで勝ってしまいそうですぅふふふ・・・。」
「まあ・・・。それは、宣戦布告、ですか?」
「・・・・・・・・・え?」
その瞬間、会場に一際大きな声が響き渡る。パドックの中でデジタルと共に周回していたウマ娘の一人が、声の主だった。
「ええええええええ!!?アグネスデジタルがグラスワンダーさんに、せせせ、せ、せ、せんせんふこくゥゥゥウウウッッッ!!?」
その叫声をトリガーとして更に会場はざわざわと騒がしくなり、デジタルのうっかりから撒かれた小さな火種はみるみるうちに延焼していき、カオスな事になった。
「は?なに?宣戦布告!?」
「聞き間違いじゃ・・・。グラスワンダーさんが宣戦布告したんでしょ・・・?」
「いやそれもやばいでしょ。そもそもグラスさんが関わってる事自体が空耳だったんじゃないの?」
前代未聞の状況に、収拾がつかないレベルにまで騒ぎが大きくなってしまった。
デジタルのトレーナーは何が起きたのかよく分かっていなかったが、取り敢えずデジタルが何かやらかしたというのはすぐに分かった。
(いやいやいやいやいや、宣戦布告ってナニナニナニ!?そんなのした覚えが無いんですけれどもいやしたしてない関係無く、今は誤解を解くために何とかしなければ・・・。
・・・いやいやいやいやいや、何とかってナニナニナニ!?ナニすれば良いんすかこんな八方塞がりみたいな状況でぇぇぇえええ!!!???)
目に見えて、デジタルがあたふたし始める。それを見たトレーナーはやはり何かやらかしてくれたと疑念が確信に変わった。
「・・・・・・・・・勘弁してくれよぉ・・・・・・・・・。」
彼は思わず顔を覆った。こんなにも今日という日が早く終わって欲しいと思った事は、生まれて初めてである。
「大丈夫ですよ、別に獲って喰らおうだなんて思っていません。
あなたがそれで全力を出せると言うのなら、私もまた、全力でお相手するだけの話です。」
「あああいいいいううぅぅぇぇぇぉぉぉ・・・。」
グラスはまともに会話が出来なくなっているデジタルの手を取り、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべながら、こう言った。
「素晴らしいレースにしましょう?アグネスデジタルさん♪」
「ふっ、ふうううぅぅぅ・・・・・・・・・あっ。」
全身の力が抜き取られ、操り手がいなくなった人形のようにデジタルはその場にどしゃりと倒れ込んだ。
「えっ・・・。ええ?ちょっと、デジタル、さん・・・?デジタルさんっ!?大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫ですよグラスさん。」
「そうそう、その子は急に気絶しちゃうことがあるから、今回も多分それですよ。」
「ええっと・・・。持病・・・なのですか?」
「いえ、持病というか、特性というか・・・。」
「・・・・・・・・・?」
突然の出来事に、デジタルの周りに人やウマ娘がワラワラと集まってくる。
幸いにも、ぶっ倒れた所が人の多い場所だったので彼女の快方にさほど時間はかからなかった。
その上、出走に問題は無いとのことだったのでハプニングがあったものの無事に走れることになったのだった。
・・・が、しかし。
「・・・オレ、もう恥ずかしくて見てられないよ・・・。」
「あはは・・・。デジちゃん節全開ですね・・・。」
出走出来るようになったのは良い事だが、どさくさに紛れて会場からグラスワンダー対アグネスデジタルという雰囲気が消え去ったりしないだろうかと思っていたもののそう甘くはなかった。
「オレさ、デジタルと本格的に契約結んだらこれから先、グラスワンダーに喧嘩売ったウマ娘の担当って一生言われなきゃいけないんじゃないか・・・?」
「ま、まあ、唯一無二性だったら申し分無いんじゃないですか?」
「ルーチェも、その仲間って言われ続けるかもしれないぞ。」
「・・・良いんじゃないですか?
そしたら、この前みたいにチンピラさん達にいちゃもんをつけられても、グラスさんに勝負をしかけた胆力の持ち主が私のバックに控えてるんだぞって威張れますよっ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
直接グラスを呼べるならともかくとして、勝負をしかけただけのウマ娘とか脅威でも何でも無いんじゃと言いかけたが、どうせデジタルとは本格的な契約を交わすことになるんだしこの際どうなっても良いかと思い、口を閉じることにした。
そう。彼はこの約一週間を通して、デジタルが選抜レースでどんな走りをしようと彼女と契約を交わす意思を固めたのだ。
理由として特筆すべきはやはり彼女の才能だろう。順調に成長すればどんな景色を見せてくれるのか、ワクワク感があった。
勿論それだけではない。
上手く言葉には出来ないが・・・。彼女からは特別な雰囲気を感じるのだ。才能とは別に、彼の心を突き動かすような何かを僅かに感じていたのである。
「おっ、トレーナーさん。そろそろレースが始まりますよ。」
ルーチェの言葉に、彼は顔を上げた。
既に出走ウマ娘達はコース入りし、ゲートインが始まっていたところだった。
「・・・ダートとはいえ、グラス程のウマ娘ともなるとやっぱり圧倒的な差を見せつけられることになるだろうな。あの子、手を抜かないとも言っていたし。」
「そんな大差をつけられるようなレースをされたら・・・。・・・私だったら、もう走れなくなっちゃいそうです・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
トレーナーは優しく、ルーチェの頭を撫でた。
つい最近まで彼女は才能の有無で悩んでいたのだ。一応解決はしたものの、まだ思う所があるのだろう。しかし今更言葉は要らないとも思い、彼は何も言葉にしなかった。
さて、二人の会話が途切れた所で改めてデジタルが出走するのレース内容の確認である。
今回は右回り1400メートルのダート、天気は晴れ、バ場状態は良好である。
上り坂も下り坂も無く本当に平地を周ってくるだけのコースで、至ってシンプルな競争が出来るコースとなっている。
シンプルなだけに、基礎的な事が出来ているかの確認をしっかり出来る為に選抜レースにはうってつけという訳だ。
──第九レースに出走するウマ娘全員のゲートインが完了した。
トレーナーとルーチェはいよいよ出走するデジタルに心配や期待といった様々な感情がごちゃ混ぜになりながらも、鉄の扉が開く瞬間を固唾を飲んで見守った。
会場全体が、得も言われぬ緊張感と静寂に包まれた。本当に、本番のレースさながらの雰囲気のようだった。
「ガコンッッッ!!!」
扉が開く大きな音と共に、中にいたウマ娘達が一斉に飛び出した。
デジタルもまた、バ群から抜け出そうと勢いよく飛び出している。
「よし、出たっ!!!」
まだレースは始まったばかりだが、トレーナーは無意識に歓喜の声を漏らしていた。
タイムを競う世界において、スタートの出遅れというものは致命傷になり得るものだ。
競争ウマ娘においては先頭争いが激化することで先団が体力をいつも以上に消耗してしまい、結果的に後方に控えて体力を温存していたウマ娘が勝つという展開があり得るが、基本は前に付けていた方が走りやすいコース、ポジションを取りやすく有利だ。
その事は皆頭では分かっているが、その上でライバルと何処で差をつけるかといった作戦をあれこれ考えないといけないことや、単純に周りから感じる重圧が思うようなパフォーマンスを妨げ、出遅れの原因になってしまうこともある。
とにもかくにも、スタートを上手く切れた事は勝利への第一歩を踏み出せた、という訳だ。
「そろそろ第一コーナー!良いぞデジタル!位置取りも完璧だ!」
先程気絶した時はどうなる事かと思ったが、プレッシャーに臆すること無く、変に力むこともなく、自分の出せる力を引き出せている感じがした。
因みにグラスワンダーはまともにやり合うと流石に選抜レースに参加している他のウマ娘が可哀想だからという理由で大外のゲートに入っていた事もあってか先頭争いには加わらず、しかし先頭を見据え三番手を走るデジタルのピッタリ後ろを付けていた。
「・・・グラスさん、デジちゃんをマークしていませんか?」
「いやたまたまだろ、流石に・・・。」
彼女の力量を考えれば、デジタルをマークしなくても己のペースで走るだけで他のウマ娘をぶっちぎれるハズだ。
(・・・いや。だからこそ・・・か?
まだデビューすらしていないにも関わらず、自分と対面して物怖じしないどころか宣戦布告までしてくるようなヤツ、気にならない訳が無いけど・・・。)
トレーナーが思慮に耽る一方、グラスワンダーはじっくりと眼の前で懸命に走っている小柄なウマ娘を観察していた。
(へぇ・・・。ある程度の才能は感じますね。)
アグネスデジタルというウマ娘を見た時、とてもじゃないがこれから先絶対に苦労するだろうという体躯だと思ったが、その反面溢れ出る愛嬌のようなものがあり、先程はつい意地悪で冗談を言ってしまって何故か事が大きくなってしまった。
その申し訳無さから走りについて彼女に何かアドバイスでも送れたらと思い、デジタルの走りを近くで見ていたのだった。
(うーん・・・、色々改善出来る所はありますが・・・。やはりこれから先を戦っていくには筋肉が全然足りていないですね・・・。正直なところ、器用さだけで乗り切れるものでは・・・。
それに、色々と不便な・・・病気?を、抱えているみたいですし・・・。)
グラスは簡単にデジタルの横に並んだ。
まだゴールまでは少し遠いが、とっとと抜け出して直線で一人旅。新たに熾烈な戦線へ加わるであろうウマ娘達に目指すべきウマ娘の姿というものを見せつけるプランだ。
そしてグラスは何となく、隣で懸命に走る小さなウマ娘にちらりと視線を移した。
(・・・・・・・・・!)
眼前のウマ娘は、ただただゴールに向かって走っているだけ。
しかし何故かは分からないが・・・、彼女から親近感を覚える。
グラスにとって親友と呼べる強力な好敵手のような、とてもとても身近な存在と似たソレなのだ。
(・・・ふふ、いけない娘ですね。そんなオーラを出したら・・・私・・・。)
グラスが不敵な笑みを浮かべていた間に、レースに動きがあった。
最終コーナーを迎える前に、デジタルが仕掛け始めた。彼女もまた、早めに抜け出してリードを守ろうと考えていた。
グングンとスピードを上げ、あっという間に先頭のウマ娘を躱し、先頭に躍り出る。
「おお!デジタルのやつ、手応えが良いじゃないか!練習の甲斐があったなぁ!」
トレーナーはデジタルの成長を感じて感慨に耽っていたが、他の観客の視線は彼女の後ろに控えていた怪物に向いていた。
デジタルもまた一定の成果を感じつつも、レースが始まってからずっと自身をマークしていたウマ娘の存在が気掛かりであった。
(・・・ここまでは順調でしたけど・・・。・・・感じる。心が、震えてる。
勝てそうだからじゃない。後から迫ってきている、殺気にも近い覇気。これにあたしの心が、怯えている・・・。)
直線に入り、ラストスパート。普通のレースだったら、ここから上位にいるウマ娘、今この瞬間ではアグネスデジタルとグラスワンダーの競り合いが起こっただろう。
しかし、二人の間には残酷なまでの差があった。
グラスワンダーはさも当然のようにコーナーを周り切る前にデジタルを簡単に躱し、更に一段階ギアを上げてスパートを掛け始めた。
圧倒的なスピードの差で、二人の距離がどんどん離れる。どんどんどんどん離れる。
最終的にグラスワンダーがゴール板を踏んだ時には、実に二着と七バ身もの差が広いていたのだった────。
「なーんだ。アグネスデジタルとかいうやつ、グラスワンダーに喧嘩売った割には全然大したことねーじゃん。」
「もっと勝負になるかと思ってた。点でダメだったね。」
「トレセン学園来ただけで調子乗ってたんじゃないの?たまにいるんだよねー、そういう娘。」
三着とは予め取っていたリードを守りきり二着入選で十分立派な走りをしたデジタルだったが、確かにグラスワンダーとは全く勝負になっていなかった。
しかし、もし本当にグラスワンダーに挑戦状を叩きつけていたとしても、あまりにもあんまりな感想が会場のあちこちから聞こえてくる。
「くそっ、気分が悪くなるな。」
オレがルーチェに早く帰ろうと促そうとしたその時だった。
彼女は大きく長く息を吐いたかと思うと、吐いた空気以上に、お腹が膨れるぐらい大きく空気を吸い込んだ。
「デジちゃ〜〜〜ん!!!カッコ良かったよおおおお!!!お疲れ様ぁぁぁあああ!!!」
ルーチェの大声が辺りに響き渡る。周りの観客はそれにぎょっと驚き、雑音が一気に静まった。パドックでは彼女の声に気付いたデジタルが照れ臭そうに片手で頭を掻きながら、もう一方の手を振っている。
そう、デジタルは褒められるに値する素晴らしい走りが出来たのだ。
グラスワンダーに勝てないとまでは言わない。デジタルはまだ、これからなのだから──。
正直デジたん実装はもっと先だと思っていたので完全に油断していました。
出来る限り持てる石、財産を使ってデジたんをお迎えしたいと思います。
※途中、パドックにトレーナーさんが大声で叫ぶシーンがあったかと思いますが、現実では絶対にしないようにお願いします。周りへ迷惑がかかるだけでなく、馬が驚いて、最悪暴れる可能性があります。