ウマ娘 ∼Antithesis hero∼ 作:Carboxyl
「・・・なあ。どうしてクレイモアのオファーを蹴ったんだ?」
例の事件から三日が経ち、早くもこのチームに昔からいるような顔でプールトレーニングに励むデジタルに、休憩の最中で何となく聞いてみた。
「え、そりゃあ・・・。先客がいますんでって。」
「・・・その先客を優先した理由を聞いているんだが。」
彼女は困り眉を作りながら腕を組み、考えてもみなかったといった様子で暫くその理由を悩み続けた。
「ううん、難しいですね・・・。何と言いますか、トレーナーさんと契約するっていうのはあの方が声をかけてくる前にもう決めていた事ですし。
それに・・・ほら、あたしって・・・。すごく内気じゃないですか。ずっと壁や地面になれてるならともかく、競争ウマ娘として生きるならばウマ娘ちゃんとどこかのタイミングで恐れ多くもお話する機会が出てくるでしょう。
そうなった時に海外の押しの強さだとデジたんはあまりの嬉しさ有難さに・・・、コホン。何をどう話したら良いんだろうとかこれは失礼じゃないかなとか色々考えてしまって結局お話出来ず、デジたんだけの印象が悪くなるだけならともかく、日本のウマ娘ちゃんは皆こうなんだと勘違いされたら一大事だよなーって考えまして・・・。」
「・・・日本のウマ娘と話す分には大丈夫なのか?」
「そこはまあ、ほら、慣れ親しんだ国ですし・・・。大丈夫ということは全然無いですけど、こう・・・。
要は逆算的な思考ですよね、日本で大丈夫じゃないのに海外出たら尚更大丈夫な訳が無い、みたいな?」
「いや、そんな自信満々に言われても・・・。」
「間違いないっすよ。ええ、デジたん海外進出はまだまだ早過ぎる!!!魅力的とはいえ身の丈に合わない宝石、名誉、地位は身を滅ぼしますっ!」
・・・彼女と話せば話すほど、何故先日の選抜レースで着順以上の実力を示した走りが出来たのか分からなくなってくる。
全体的に言っていることの意味が分からない。話を聞いている分には、つまるところオレ達の魅力はほぼ「先客だから」という理由しか無いことになるが。
「とにかく!デジたんはトレーナーさんにシンパシーを感じました!オファーも先に頂いていました!
だから、クレイモアのお誘いはお断りさせて頂きましたっ!」
「・・・シンパシー?」
「そう、シンパシーです!トレーナーさんからは、並々ならぬウマ娘ちゃんへの愛情を感じましたからっ。まさに、これから共に戦場を駆け抜ける
ウマ娘ちゃんを誰よりも愛する思い。それを共有出来るならあなたしかいないと!」
「そ、そうか・・・。」
そう、全体的に何を言っているのか分からない。分からないが・・・、気持ちは伝わってきた。オレの元で、このチームで頑張りたいという意欲が。
「お、いたいた。トレーナーさ〜ん!」
デジタルとの会話が途切れた丁度その時、全授業を終えたルーチェがオレ達の元へ訪ねてきた。
「おお、ベストタイミングだな。オレ達の方もデジタルのトレーニング方針を固められそうな情報を収集出来たところだ。」
「それは良かった。で、この後の話なんですけど・・・。」
ルーチェは肩から提げていた鞄を下ろし、その中から透明のファイルに入った一枚の紙を取り出し渡してきた。
「・・・何だコレ。『来たれりにんじんフェス』?」
「そうなんです!いつもの商店街で人参に絡んだ食べ物やグッズを売り出す、ちょっとしたイベントがあるんですよ!面白そうじゃありません?見に行ってみませんか?」
「・・・うん、そうだな。良し、放課後はトレーナー室に集合。それで商店街に行くとしよう。」
「やったあ!楽しみだね、デジちゃんっ。」
「ええ、本当に・・・!」
「ほらほら、楽しみの前にもう一頑張りだぞ。まだ一セット残ってるからな、デジタル。」
「任せて下さい!ルーチェさんの為なら例え火の中水の中草の中森の中土の中雲の中ぁっ!」
「今は水の中で十分かなー。」
デジタルは軽く伸びをした後、競泳選手のように綺麗なフォームで飛び込み勢い良く水を掻き込み泳ぎ始めた。
「・・・凄いね、デジちゃん。泳げるなんて。」
「お前は筋金入りの金槌だもんなぁ・・・。」
「水が私を受け入れてくれないの。」
「・・・どう考えても逆だろ。」
人もウマ娘も、稀にこれでもかというくらい水が、泳ぐのが嫌いな者がいるが、ルーチェは当にそれだった。プールトレーニングがあるというだけでもうその日は練習に来なくなってしまう。そのレベルだ。
流石に本番で負けが込んで後が無くなってきたら渋々、嫌々来てくれるようにはなったが、トレセン学園のプールは顔を出しつつ足を床につけられない深さなので浮かないといけない。しかし彼女はまずそこから出来ないのである。
ヘルパーをつけてもその慌てぶりはほぼ溺れているに等しく、クロールも平泳ぎも背泳ぎも、如何なる泳ぎも全く出来ない。
何をどう考えても、受け入れていないのはルーチェの方である。
「まあ、絶対必要って訳でも無いし?
「出来る方が圧倒的に良いんだけどな。」
・・・ルーチェの言う『そういう状況』とは、骨折などの足を痛めた後のリハビリテーションの事だ。
プールトレーニングは単に体力強化だけでなく、足に少ない負担で練習を行うことが出来る。まだ治療が十分でなく、不安が残る場合にもってこいのトレーニングという訳だ。
しかしルーチェは今まで骨折はしていないのでこれを理由にプールトレーニングになる事も無かった。
と言うより、プールが嫌だから足に関しては人一倍細心の注意を払っていて骨折しにくかったのだ。そこまで嫌われると、寧ろ関心してしまう。
まあ普段の様子を見ていると、骨折後にプールトレーニングなんてさせた日には本当に溺れてしまいかねないので、果たして実行したかどうかは疑問だが・・・。
その後も、デジタルが泳ぐ様をぼんやりと眺めながらルーチェとの雑談が続いた。
「──それにしても、デジちゃん元気良く泳ぐねぇ。水飛沫が凄い。」
「わざとかってくらい飛沫が上がってるな。もしかしたら、放課後の事を考えたら待ち切れなくて張り切ってるのかも。」
「・・・ふふ、だとしたら嬉しいな。勧めて良かった。」
ルーチェはこれ以上無いくらい柔和な笑みを浮かべた。どこか達観しているような表情を見てふとオレは、ある事を思い出した。
「なぁ・・・、ルーチェ。お前この前さ、デジタルがチームを救う要になってくれるに違いないみたいな事を言っていただろ?」
「・・・ええ、まあ・・・。」
「それで、これもだいぶ前になるけど『自分には才能が無いのか』って泣きついた時あったよな。」
「はあ。」
「・・・もしかしなくてもだが、自分がチームから消える前提でデジタルにチーム加入を勧めたのか?」
質問を最後まで聞いた後、彼女は気まずそうに視線を下に向けた。やはりそうか、分かりやすいやつだ。
「でも、今はそうじゃないですよ?以前言ったように、デジちゃんを見たら頑張ろうって気になれたし、たとえ最後になるとしても私は私に出来る事をするまで。
この足が使えなくなるその時まで、私はトレーナーさんとデジちゃんと共に駆け抜けるつもりですよっ。」
「ははっ、心強いな。
・・・うん、そうだな。日曜日のレースは、絶対に勝とう。だが、足が使えなくなるのはちょっと困るな。
オレはトレーナーとして、ルーチェを中央で息長く走らせて、無事に引退出来るようにする。約束するよ。」
「・・・!トレーナーさん・・・!」
足は競争ウマ娘にとって命そのものだ。それが使えなくなるのは死んだも同然。トレーナーとして、そのような状況に担当ウマ娘を追いやる事は決して許されない。
つまり、命あっての物種。競争ウマ娘ならばどうしても怪我や事故は付きまとってくる問題だが、オレはルーチェもデジタルも、出来る限りその"命"を守りたい。
「はあ・・・、尊い・・・。」
「・・・・・・・・・ん?デジタルお前、いつの間にプールから上がっていたんだ?もうトレーニングは終わったのか?」
壁から顔だけ覗かせているデジタルに声をかけると、彼女は「しぇー!?」と独特な奇声を上げ独特なポーズを取り驚いた。
「け、気配を完全に消していたハズなのに気付かれた・・・!?」
「いやいや、バレバレだったぞ?」
「おおおおかしいですよっ。
デジたんがその気になれば壁や床、そこに当たり前として在るオブジェクトと同等レベルまで影を薄められるハズなのに!実際今までこのステルス・ジツを使って周りに気付かれた事一回も無いですからねっ!?」
「そんなバカな。たまたまだろ。」
「わ、私は気づかなかったなぁ〜・・・。」
ルーチェはデジタルを背に話していたから気付かなくて当然。逆にオレはハッキリと彼女を視界に捉えていた訳で、よく視線の先に姿を現して起きながらバレないと思ったものだ。
「そんなことより。トレーニングは終わったのか?」
「・・・あ、はい。お二人がお話している間にしっかりと。」
オレは半信半疑で時計の方を見やる。デジタルが泳ぎ始めてから既に時計の長針は半周回っており、どうやら彼女が特別早かった訳ではなく、オレ達が話し込み過ぎたようだ。
「じゃあなるはやで着替えてきますね!」
「別に、急がなくても良いんだぞ?」
しかしデジタルはオレの言葉に耳を貸さず、一目散に更衣室へと向かっていった。
「・・・トレーニングの時よりイキイキとしてるな。」
「まあ、そりゃあ・・・、選抜レースのご褒美みたいなモノだし?イベントやお祭り騒ぎは誰でもワクワクしちゃうよねー。」
確かに選抜レースが終わった後息抜きと言う息抜きをしていないし──ルーチェのレースが週末に控えているので致し方無かったのだが──、デジタルにとって激闘後のご褒美という面もあるのか。
「じゃあ、ルーチェの場合は早めの出世祝いだな?」
「や、やめてくださいよぉ。プレッシャーかかる・・・。」
「ははは、ゴメンゴメン。」
ゲン担ぎ、とは敢えて言わない。
それだとラストチャンスと言える勝負で運に頼っているみたいだからだ。それと、己の力でルーチェを勝たせるという自分なりの意思表明でもある。
・・・今日の気分転換が良い結果となって表れてくれれば良いのだが。
「見て見てデジちゃん!ジャンボわたあめだって!にんじん風味!」
「うええええ!?本当に大きい・・・。いや、大き過ぎませんか・・・?」
「ジャンボだからね。」
「・・・ジャンボというか、ダンボというか・・・。」
ダンボ。当にその通りで、子象サイズのデカ過ぎる綿あめがルーチェの左手から生えていた。
「これ腕どうなっているんですか?綿あめですっぽり覆い隠されていて全然見えないんですけれども・・・。」
「んー?何の変哲もない割り箸握ってるよ?」
「ああ、流石に綿あめ製造機に手を突っ込んだ訳じゃないんですね・・・。」
「やだなあ、そんな訳・・・。楽しそうだね、それ。」
トレーニング終え後片付け、身支度を済ませた後に早速オレ達はにんじんフェスが開かれているといういつもの商店街へ足を運んだ。
辿り着くや否や、物珍しい商品の数々にルーチェとデジタルの二人はきゃっきゃとはしゃいでいて楽しそうだ。
「・・・ふわふわ・・・。」
そこに、獲物を狙い定めるような目でジリジリと歩み寄ってくるウマ娘が一人。
「もう、アヤベさんそれは触る物じゃなくて食べ物ですよー!もし触るんだったら自分の分買ってください!」
そして、取り憑かれたように綿あめをじっと見つめるウマ娘の介護に回っているのであろう芦毛のウマ娘が後から一人。
「えっえっえっえっえっ・・・。あああアドマイヤベガさん!?しかもこっちにはカレンさんまで!!?ななな急になんですかぁこれぇ今この瞬間でデジたん今年の運使い果たした!?」
「・・・何。この子。」
「ああ、すまない。こういう子なんだ、気にしないでくれ。」
アドマイヤベガ。デジタルの一個上の世代、皐月賞ウマ娘テイエムオペラオーに続いてダービーを制したGⅠウマ娘だ。他にナリタトップロード等の注目株が沢山おり、彼女らの更に一個上の世代である、所謂黄金世代。スペシャルウィークやグラスワンダー、エルコンドルパサーらに負けず劣らずの傑物揃いだ。
「あ、カレンこの子知ってるよー?いつもウマッターやウマスタグラムに投稿してすぐにウマいねとコメントをくれる、界隈では有名な子なんだー♪」
「あばはばはばばばっ!!?カレンさんに認知されちゃってるぅぅぅうううう!?・・・・・・・・・ぐふっ、我が生涯に一片の悔い無し。」
「・・・・・・・・・・・・えっ。だ、大丈夫!?しっかりしてーーーっ!」
「大丈夫、こういう子なんだ。気にしないでくれ。」
「え、気にしな・・・?倒れてるのに!?」
カレンチャン。ウマッターやウマスタグラムを使いこなす、トレセン学園内ではかなり有名なインフルエンサーだ。何でも彼女の「カワイイ」の前では誰もが目を奪われていくとか。
今はまだ競争ウマ娘ではなく契約をするトレーナーも現れていないが、有名であるが故に彼女にはすぐに良いトレーナーが現れそうだ・・・。
「いやはや、今年のダービーウマ娘にバッタリ出会えるなんてとても幸運だよ。直線での末脚、見事なものだった。」
「・・・別に。おだてても何も出ないから。」
「はーい!アヤベさんはー、『勝ててとても嬉しい、ちやほやされるのも案外悪くないな』って言ってまーす!」
「そ、そんな事無い、無いから!・・・私はもう行く・・・っ。」
アドマイヤベガは目にも止まらぬ勢いで踵を返した後、ズカズカと人混みの中へと消えていった。・・・褒めて良かった・・・のかな?
「という訳なので、カレンたちはここで失礼しますー。・・・この子、何てお名前でしたっけ?」
「ん?デジタルのことか?」
カレンの視線は床にぶっ倒れルーチェに介抱され続けているデジタルに向いていた為、十中八九そうだろう。
「アグネスデジタルだ。迷惑をかけたなら謝る。すまない。」
「いえいえ、迷惑だなんてそんな!さっきも言いましたけど、インフルエンサーの間ではかなり有名なんですよデジタルちゃんって!でもSNSでは匿名を使っている以上名前は知らなくて・・・。
認知され過ぎてもうこの子自身もある意味インフルエンサーになっちゃってるかも?」
「え、そんなに知名度あるのこの子?」
「さっきも言いましたけど、毎回カレン達の投稿にすぐいいねしに来ますし、生配信開いたらすぐ現れますし、アイドルをされているウマ娘のライブではほぼ最前列にいる方なんですよー。
それに物腰柔らかくて対応も物凄く紳士的かつ丁寧で、カレンのファンの間でも『ファンの鑑だー!』って持て囃されてるんです〜。」
「はえ〜。デジちゃんって既に凄い子だったのかー・・・。」
ルーチェは介抱の手を止め関心しており、オレとしてもそこまでデジタルが他のウマ娘と付き合う上で細心の注意と敬意を払っているとは思わず、見直した。
彼女のウマ娘への溺愛ぶりから考えたら、どこかで度を越した行為をしていないとも考えられないから。
「あとカレンは初めて見ましたけどたまーに突然卒倒するとも噂されてますね。」
「・・・ゴメン。」
前言撤回。やっぱり多大な迷惑をかけているかも・・・。
アドマイヤベガ、カレンと別れた後、腕時計の長針が半周周った時にようやくデジタルは目を覚ました。
起きるなり彼女は時間を確認し、すぐに謝ってきた。「自分が情けないばかりにお二人の貴重な時間を奪ってしまい申し訳無い」、と。
確かに出来るだけ多く三人でこのお祭りを楽しめた方が良いだろうが、三十分程度ならまだ巻き返せる。「これから沢山楽しむぞ」と彼女を励ましておいた。
「しかし、ダービーか・・・。」
「トレーナーという職でさえ、人によっては一度も手にすることがない栄誉とまで言われてるよね。トレーナーさんは、ダービー獲りたいですか?」
ルーチェがオレの顔を下から覗き込みながら質問する。
「・・・そりゃ、チャンスが巡ってきたなら是非欲しいさ。でも今のオレじゃあせっかくダービーを獲れる素質あるウマ娘の面倒を見れるとしても実際に獲らせてあげられるかどうかは疑問だ。
今は現実的に、確実に出来ることからやっていくつもりだよ。」
「・・・だって、デジちゃん。頑張ってねっ。」
どういう訳なのか分からないが、突然ルーチェはデジタルの方へと話を振った。
「は?・・・え?あたしが、ダービーを?
いやいや・・・、お二人があたしに期待の眼差しを向けている事は十分伝わりましたけど、とは言えですよ、あたしも上澄みに比べたらしがないウマ娘の端くれですから。」
デジタルは肩を竦み、「無い無い」と言いながら首を徐ろに振る。
彼女の性格から考えるに、謙遜する時は相手の会話に被せる勢いで全力否定するのだが、この場面では会話の節々から余裕を感じられる。勿論その余裕とは、彼女の中で「絶対、何があってもあり得ない」と確固たる自信から来ているだろう。
つまり、言葉悪く言えば「何を言っているんだお前は」と相手の思考を真っ向からNOを突き付ける、お世辞でも何でもない、本気の全力否定である。
「分かんないよー?GⅠウマ娘が途端に勝てなくなる時があるように、未勝利のウマ娘が連勝街道を走り抜いてとうとうGⅠ制覇、なんて話もあるんだから。」
「うう〜〜〜ん・・・。いや、事実として存在するとしても、それとこれ、そのウマ娘ちゃんとあたしは当然何もかも違う訳で・・・。」
「そうさ、夢は常におおおおおきく持つべきなのさ〜〜〜!!!」
オペラ宜しく、(喧しいまでの)美声がどこからともなく響き渡ってきた。
「・・・この声の主って、もしや・・・。」
デジタルは覚えがあるのか、過呼吸気味になり始めた。
・・・オレも、この声は聞いたことがある。先程アドマイヤベガ達と出会った時に話題に出した今年のクラシック最初の一冠目、皐月賞を制したウマ娘・・・。
「そう、我が名はテイエムオペラオーさ〜〜〜!!!」
これまた突然現れた皐月賞ウマ娘に、何処からともなくスポットライトが当たる。
それにしてもオペラのように身振り手振りの激しいこと、激しいこと。まるで世界中に自分の存在を知らしめようとしているかのようだ。因みに効果は絶大だったようで・・・。
「ええ!?テイエムオペラオー!?」
「テイエムって、今年の皐月賞ウマ娘か!?」
「きゃー!!!」
あちこちから黄色い声やら歓声が上がる。あっという間にテイエムオペラオーの周りに野次ウマがワラワラと集まってきて、まるで人気歌手の路上ライブのようになってしまった。
「はっはっはっ。は〜〜〜はっはっはっ!」
オペラオーは苦しゅうないとでも言いたげに、周りに集まってきたファン達と交流している。クラシックレースを勝ったウマ娘の影響たるやと圧倒される。
「それにしてもアイツ、何しに来たんだ・・・?」
「・・・私達の会話に突然割り込んできたと思ったら、アレですもんね・・・。」
先程アドマイヤベガに会っていてダービーの方が格があるからとかそういう理由ではなく、皐月賞ウマ娘に話しかけられたという感動より現状に対しての困惑の方が先に来る。
「ゴメンなさい、オペラオーちゃんが『悩める子羊に頭を差し出すのも王のツバメ』って言って聞かなかったんです・・・。」
ペコペコと頭を下げ、美しい金髪の髪を揺らし訳の分からない事を言ってきたのはこれまた先程話題に出したウマ娘、ナリタトップロード。
彼女はデビューの時から圧倒的な支持を集めており、それに応えるように着実に実績を積み、満を持してクラシックの戦いへ身を投じた。
惜しくも皐月賞、ダービーでは三着、二着となったが、抜群の安定感は目を見張るものがある。きっと、菊花賞でも超有力ウマ娘の一人であろう。
「『悩める子羊に手を差し伸べるのも王の務め』、な。全然違うぞトプロ。」
奇々怪々な発言に即ツッコミを入れ訂正してくれたのは彼女の同期ウマ娘であるコケティッシュ。デビューが大幅に遅れてしまいクラシック戦線に皐月賞から名乗りを上げることは叶わなかったが、彼女もかなりの実力者だ。
デビュー戦から現在まで数えて僅か二戦と経験は少ないが、その二戦どちらも勝利しており、つまるところ彼女は今二勝クラスに位置している。
今後の結果によっては菊花賞への出走も叶う為、彼女の快進撃が何処まで続くか、注目が集まっている。
「・・・驚いたな。現クラシック世代大集合じゃないか。」
彼女達の他にも、彼女達と同期でかつ重賞制覇したウマ娘の姿がちらほら見えており豪華な面子である。
例の如くデジタルはとっくに──恐らくテイエムオペラオーが現れたその時から──気絶しており、この光景を視界に入れる事は叶わないだろう。
「やっぱり近くでやってる結構大きなイベントだから、皆集まってくるんですかね?」
「それもあるけど、トプロが思い出作りにと発破をかけてな〜。まあそれで委員長が言うならって付いてきた連中もいる訳。」
ルーチェの疑問に、コケティッシュが丁寧に答える。例え始めましてであっても、彼女は親切に接してくれるウマ娘なのだろう。
「私がクラスの皆と思い出作りをしたいな〜って呼びかけたんです!そしたら皆、やる気になってくれて付いてきてくれたんですよ!」
「・・・あれ?私、同じ説明をしたよな・・・?」
「まあボクさえいれば、例え生徒達がトップロードさんについて行かずとも無問題だったろうね!あ〜〜〜はっはっは!!!」
「やかましいなあ。一人ミスコンはもう終わったのか〜?」
「友人を放ったらかして己の美貌、美しさを振りまくのは王らしくないからね。さあ、次は何だったかな?くじ引きだったかな?」
「・・・お前、たまに義理堅い面見せてくるの止めてくれない?すげー調子狂う。」
「に、賑やかだな・・・・・・。」
レースの、特にGⅠレースの時に見せていた、あの殺気立ったオーラを放っていた彼女達とは思えない程穏やかである。
実を言うとオレは皐月賞の時に現地へ足を運び観戦したのだが、ここにいる全員(コケティッシュは除く)、勝利への執念が滲み出る余り最終直線は鬼のような凄まじい形相をしていた。
あれを思えば現在の彼女達を見ると拍子抜けするが、きっとオンオフのスイッチの切り替えがよく出来ていて、過度に自分を追い込まない事もまた強さの秘訣なのだろう。
「おや?これはこれは、このお嬢様は眠りの姫かな?」
眠りの姫、とは誰の事だとオペラオーを振り向くと、そこには優雅にお姫様抱っこをされているデジタルの姿があった。勿論、本人は気絶したままである。
「あ、ああオペラオー。その娘はオレの担当ウマ娘でよく倒れるんだ。気にしなくても・・・。」
「おお、眠り姫よ!なんと安らかな顔を浮かべていることか!ううむ、早速接吻をして目を覚まさせてあげたいところだが・・・。」
「せ、接吻!!?」
先程まで声をかけても目を覚まさない程度にぐっすり眠っていたのに、たったその一言が余りにも衝撃的だったのか、デジタルは文字通り飛び起きオペラオーの腕から空に向かって高く高く撥ねていった。まさに、爆弾発言と言ったところか。
この光景には流石のオペラオーも怪訝そうに打ち上がったデジタルを眺めており、オレは思わず吹き出しそうになった。
「・・・ああー、そう言えば。このイベントはニンジン尽くしなだけじゃなくて、花火もやるらしいですよ。堤防の方で。」
「花火もやるのか!じゃあ後に三人でニンジン齧りながら花火見るか。」
現実逃避するかのように奇々怪々な光景から目を逸らし話を振ってきたルーチェだったが、オレとしては特にこの後用事がある訳でも無いので二つ返事で了承した。
これから打ち上げられる花火よりも先に花火になりかけていたデジタルを無事に回収し、打ち上げが始まるまで一緒に楽しもうと誘ってきたオペラオー達と共ににんじんフェスで行われている催しという催しを目一杯楽しんだ。
景品全てがニンジンと鮮やかなオレンジが一色の射的、一等賞がニンジン百キログラムとどう考えても食べきる前に腐ってしまいそうな量をプレゼントされてしまうくじ引き──勿論外れたので気にしなくても良い問題だが──等々、かなり狂気を感じるノリにかなり困惑したが、デジタルとルーチェの笑顔を見ているとどうでも良く感じた。
そして遂に、いや、時を忘れる程楽しんでいた頃。空にどどんと一発、大きな音を携えながら橙色の綺麗な花が咲いた。
「あれっ!?もう花火上がる時間!?急ぎましょう、トレーナーさん!」
ルーチェがグイグイと半ば強引にオレ達の手を引っ張りながら河川敷まで走った。
そこでは既に席取りをしていた客でごった返しており、見やすそうな場所はとことん占拠されていた。
「う、うわあどうしようかな。これじゃ花火見にくいよ〜・・・。」
「ううむ、妥協して人混みに揉まれながら見るしか・・・。あれ、デジタルがいないんだが。」
一緒についてきていたハズなのだが、何処に行ったのだろう。迷子となれば、あの身長では背伸びをしても彼女のトレードマークであるデカリボンをつけていても、この人混みでは見つけることは困難だ。携帯電話での通話も周りの雑音が大き過ぎてまともに聞き取れそうにない。
取り敢えず探さない事には何も始まらないと辺りを見渡したその時、とても見つけるのは無理だと思っていた例のデカリボンが川に掛かる橋の人混みの中でぴょこぴょこ跳ねているのが見えた。・・・彼女はあそこか。
オレ達は人の海を掻き分け掻き分け、十分程かけて漸く彼女の元へ辿り着いた。
「ああ全く、勝手にいなくなるなよ。心配しただろ。」
「す、スミマセン。でもでも、花火がよく見える場所を取れたんで!」
デジタルが手で視線を誘導した場所は確かに狭いが僅かにスペースかあった。おまけに人混みの最前列、橋の手すりから視界を邪魔する物が無い完璧なスポットだ。
「よくこんな良い場所取れたな。」
「慣れてますんで!ささっ。お二方、どうぞどうぞ!」
お言葉に甘えて、オレとルーチェは並んでデジタルが用意した特等席に立った。
「デジタルちゃんも来なよ」とルーチェ。しかしデジタルはもう十分花火を見れたからと遠慮している。
「トレーナーさんに抱きかかえて貰えば、皆で見れるんじゃない?」
「ええ!?いやいや、子供じゃないんですから!」
「そうだぞ、デジタルだって年頃の女の子なんだから。」
「ええ〜・・・。でもせっかくだし、三人一緒に花火を見たいよ。」
それもそうだなと思いオレは腕を組む。さっきデジタルは花火を見れたと言っていたが、あれは遠慮故の嘘だろう。見れたには見れただろうが、彼女の身長では橋の手すりが邪魔で全てを一望する事は叶わなかったのではないかと思う。
場所取りしてくれた本人が報われないのでは本末転倒だ。どうにかして目の前の壮大な光景を見せてやれないものか。
「・・・肩車ぐらい、か?」
「いやあそれも周りの方に迷惑がかかりますし抱き抱えるのと根本的には何も変わってないですよ。それにあたしは本当に、あの、満足したんで。」
「なら私が抱っこしちゃおう。」
「ななな何故!?」
自分でも今回の話はあまり納得のいくような内容では無いのですが、自分の語彙力とアイデアがすこぶる貧弱である以上、ある程度の所で折り合いを付けないと一話書き上げるのに一年かける事になりかねないので妥協させて下さい。気が向いた時に徐々に修正していく事にします。