ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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 また、かなり間が空いた久しぶりの投稿となります。
 この間にウマ娘のガイドラインが更新される等、色々な事がありましたが、恐らく私の場合主観だとガイドラインに触れていないと思うので引き続き書いていきます。文句言われたらすぐに消しますが。


第7話 五里霧中

 厳しい暑さが残る夏の夕暮れ。以前の自分はこの暑さだけで体調を崩して親の面倒になっていた事が度々あった。しかし、無我夢中で体力をつけようとトレーニングを繰り返した結果、まだ人並みには及ばずだが猛暑の中でも少しは動けるようにはなった。

 トレーニングをする場所は予め決めてある。いくつか候補があるが、中でも近所にある公園が一番お気に入りだった。

 そこは細長くやや広い場所で、晴れている日はしっかりとした地面で走りやすい所なのだが、雨が降った日には水はけが悪いが故に酷く泥濘む場所でもあった。

 泥の上を走るのには当たり前だがパワーがいる。その大事なパワーが無い自分は泥濘みに足を取られすぐにバテてしまっていたのだが、スタミナも力も付くならと例え地面が悪くても毎日のように通っていた。後は自宅から近いのでもし自分の体調が悪くなってもすぐに帰宅出来るというのも気に入っている理由の一つだ。

 そういう訳で、今日も今日とてその公園にやって来ているのだが、猛暑に少し慣れたと言ってもやはり夏の暑さは体へのダメージが大きく、トレーニングを開始してすぐにバテてしまった。おまけに体調も芳しくなかったので咳が止まらない。

 

 「げほっ!ごほっ!・・・はぁ、はぁ、ぜぇ・・・。流石に、もう体力の限界かな・・・。」

 

 口では弱音を吐いているが、体はまだ走ると言って聞かない。気付けばいつものトレーニング量をこなそうと足を動かしていた。

 

 「ぜぇ、ぜぇ、はぁ・・・っ!」

 

 足は痛くなるし、胸は苦しくなってくるし、呼吸が荒くなり上手く空気を取り込めなくなってきたところで、流石にこれ以上は危険だと歩みを止めた。

 

 「うぐ・・・、げほっ。今日は無理、し過ぎたな・・・。」

 

 取り敢えずトレーニングのノルマは達成したものの、ここから自宅まで帰れる体力が残っていない。仕方が無くその場に大の字に倒れ込んで、ある程度呼吸が整い歩けるようになるまで横になることにした。

 何だか酷く眠くなってきて、瞼が少しずつ視界を埋めていった。

 脳裏に焼き付いている、いつしかテレビで見たあのレース。多くの観客が見守る中、汗でいっぱいになりながらもゴール版に駆け込んだウマ娘達。いずれの娘たちも最高の輝きを放っていた。とてもとても眩しくて、自分が手を伸ばすにはあまりにも遠い存在。けれどいつかは、彼女達と同じ舞台に────。

 

 

 

 

 

 

 「おい君。大丈夫か?」

 

 誰かの声かけと共に目を覚ますと、とっぷり日が暮れた後だった。

 

 「こんな所で寝ていては風邪を引いてしまうぞ。親が心配しているのではないか?」

 

 上半身を持ち上げ声がする方向を見ると、鹿毛ロングヘアのウマ娘のお姉さんがいた。スラリとした体ながらも、ただ細いだけのあたしとは違ってモデルのような体付きだった。

 反応に困り狼狽えていると、お姉さんはくすっと笑った。

 

 「なに、怪しい者じゃないからそこまで警戒しなくても良い。・・・と言うと、余計に警戒してしまうか。

 とにかく、御両親が心配しているだろう。さあ、帰った帰った。」

 

 お姉さんに促されるままに立とうとするが、激痛が走って思うように足を動かせない。酷い筋肉痛である事に今気づいた。

 

 「・・・どうした、立てないのか?」

 

 あたしがコクリと頷くと、お姉さんは「仕方無いな」とため息をつき、腰を下ろした。

 

 「乗りな。君の家まで送っていってやる。」

 

 立つこともままならない自分は、お言葉に甘えて送っていって貰う事にした。子供に良くある、知らない人とは関わるなという言いつけを律儀に守っていたあたしだったが、この人は不思議と無条件に信じられた。

 お姉さんに背負われ、夜の街を見渡した。お世辞にも都会とは言えないので、周りは静寂に包まれている。

 

 「・・・ところで、何だってこんな所で眠っていたのだ?」

 

 お姉さんのこの問いに対して、さっきまで押し黙っていたあたしはようやく口を開いた。

 

 「・・・疲れちゃったのかな。気付いたら・・・、寝てた。」

 

 「疲れた?元気が良いのは良い事たが・・・。まぁ子供はこれくらいのやんちゃぶりが丁度良いか。

 泥塗れだが、砂遊びでもしていたのかな?」

 

 「・・・ううん、走ってた。」

 

 「ほほう、君は走るのが好きなのか?」

 

 「好き・・・かどうかは分からない。でもあたしは、弱っちいから・・・。走って走って、追いつかないといけないんだ。ウマ娘・・・として。ウマ娘らしく。」

 

 「・・・良ければ、詳しく話を聞かせてくれないか。」

 

 それから、あたしが今抱えている事を全部お姉さんに話した。体が小さくて弱い事、それを受けて半端諦めていた事、そんな時にたまたま見たウマ娘のレースで感激を覚え、自分を変えたいと思った事。

 

 「なるほど。つまり君は、無茶のし過ぎであそこに倒れていた訳か。」

 

 「・・・無茶しないと、あたしは周りに追いつけないと思ったから・・・。」

 

 「時にはそういう精神も大事だが、体を壊してしまえば本末転倒だろう。君は、工事現場とかで『安全第一』の文字を見たことないかい?

 アレの言葉の後は『品質第二』、『生産第三』と続くのだが・・・。要するに、体調管理、安全管理こそが最も効率的に利益を得る近道と言うことだ。

 トレーニングでも同じ事が言えるだろう。一時の無理で大きく成長出来ても不慮の事故で期間が空いてしまえば意味が無い。計画的に、安全の範囲内で少しずつ積み重ねるのが結局一番自分の為になるんだよ。

 ・・・と、小難しい話をしてしまったね。とにかく、体には気をつけるんだよ。」

 

 「・・・ううん、お姉さんの言ってる事、分かるよ。確かに、その通りだよ。練習は積み重ねなのに、ケガしちゃったらまた一からだものね。」

 

 「おや、話を飲み込むのが早いね。・・・君は頭がよく回るし、努力家だ。心配しなくてもきっと、いつかは今よりも遥かに頑丈に、強く、大きくなれるさ。将来が楽しみだよ。」

 

 初めて、両親以外の人に褒められた。初めて、両親以外の人に期待された。周りの人はいつもいつもあたしを見ては軽蔑していたのに、この人は全くそんな事はなく、寧ろすごく丁寧に、優しく接してくれる。

 この人の寛大な心に触れて、あたしは思わず嗚咽混じりに泣いてしまった。

 

 「お、おいおいどうした。足が痛むのか?」

 

 「ううん、違うの・・・。やっと、あたしを認めてくれる人が、一人でも現れたのが、嬉しくてつい・・・。」

 

 お姉さんは暫く立ち止まり、何か考え込んだ後、「そうか」とだけ呟き、何事も無かったかのように再び歩き始めた。

 お互い殆ど無言のまま帰路を辿り、やがて自宅に着いた。

 

 「ここからは自分で何とかなるか?」

 

 あたしはまた、お姉さんと出会った時のように無言でこくりと頷き、玄関前で背中から降りた。愛想の無い子供だと思われてもおかしくないが、お姉さんは満足そうに笑うと、あたしの頭を撫で回した。

 

 「さっき、認められたのが嬉しいって言っていただろう。私もまた、最初は周りから見向きもされないくらい、バカにされていた時があった。

 理不尽ではあったが、しかし同時に、それは己を成長させるチャンスでもあった。確かに、当時の私は力不足であったから認められないのは当然だ。だから、己の力不足を認め、それと共に他者の強さをも認め、その強さを貪欲に吸収していった。そして、今の私がある。」

 

 お姉さんはあたしの身長程度までしゃがんで、肩に手を置き念を押すように言った。

 

 「将来あるお前にアドバイスをしよう。他者に認められたいのなら、まずは他者を認めろ。そしてひたすら学べ。己の糧とするのだ。この世に無駄な知識など無い。幅広く、深い教養を得れば、進むべき道は自ずと見えてくる。」

 

 他者を、認める。

 あたしが今まで全くと言っていい程やってこなかった事だ。他人とは常に憎しみ混じる羨望の対象であった。それというのも、自分の弱さを認められないが故に責任転嫁していたからなのかもしれない。

 もし、自分を認め、他人を認めたのなら。少なくとも、今までとは違う景色が見えるに違いない。

 思考を巡らせているあたしを見てまた満足気にお姉さんは笑うと、肩から掛けていたバッグから随分キラキラと光る黄色のリボンを手渡してきた。

 

 「お守りだ。私が昔、肌身放さず持っていた物でね。神社の神主さんがくれたのだが、聞いた所によると安全祈願、出世成功のご利益があるらしい。

 半信半疑ではあったが、結果として見ると、このリボンには大いに助けられた気がする。きっと、君の力になってくれるよ。」

 

 「お姉さんがずっと使ってたの?何でそんな大切なものをあたしにくれるの?」

 

 「・・・まぁ、自分の昔の境遇と重なるから捨て置けなかったのかもな。それに、こんな所で毎日のように走っている子がいたら、期待せずにはいられないじゃないか。

 私は既に引退しているが・・・、もし君が望むなら、東京にある『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』に来ると良い。君が憧れたウマ娘たちも、きっとそこで厳しい練習を積み重ね、あの大舞台に立っている。

 紛れも無い天才や秀才、強者ばかり集う場所だが、君なら大丈夫だろう。いや寧ろ、ここ最近私が見たウマ娘の中では一番・・・。」

 

 お姉さんは何かを言いかけたが、あたしにリボンを握らせるとすっと立ち上がり、「じゃあ、達者でな」と言って夜の街に消えていった。

 お礼を言う間も名前を聞く間も無く姿を消したお姉さんを、見えないながらも去っていった方向をじっと見つめ、必ず大きく成長してその姿をお姉さんに堂々と向けられるようにならなければ、と心に固く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デジタルと契約してはや半年程度経った。

 彼女とは大分付きっきりで長い時間過ごしてきたつもりだが、オレは彼女の事を分かっているようで何も分かっていない気がしてならない。

 特に適性。練習では確かにダートも芝も好感触なのだが、これが模擬レースとかになると芝ではイマイチ末脚が活かせない。本人はどちらも行けるとは言っていたが、本質はやはりダートよりなのではなかろうか。

 かと思えば、春のクラシック級マイル路線を進む為に最初に選んだ中山芝1200mの「クリスタルカップ」では三着と好走。デビューしてすぐに走ったもみじSの惨敗っぷりが嘘のようである。

 続いて、NHKマイルCの前哨戦となる「ニュージーランドトロフィー」。このレースではこちらと同じくしてNHKマイルCを春の大目標として掲げるGⅠウマ娘、グリーンモーガンとはやくも激突することとなった。

 グリーン以外にもマイル路線を走る強豪ウマ娘が集う中、どれ程実力を示せるか。先程も触れたが、まだもみじSの惨敗が払拭しきれない為、またいきなり惨敗するような事があったらと少し心配になったが、グリーンに負けはしたものの芝GⅡでも三着と好走したのだった。

 これならNHKマイルC一着も十分可能ではないか。そう考え期待を膨らませながら、目標に向けて万全の状態に整える為に日々調整を重ねていた。

 

 「いやぁ、デジちゃんってばスゴいね!芝も砂も走れるなんて・・・、どうやってるの!?」

 

 と、目をキラキラさせてデジタルに詰め寄るグリーン。NHKマイルCの優勝候補とも言えるウマ娘がこちらの模擬レースの申し出を快く引き受けてくれる為、ココ最近はウマ娘同士でもトレーナー同士でも交流が増えていた。

 

 「・・・デジタルさんの本質はダートウマ娘だと思われますのに、よく芝に出そうと決断できますな。いや、嫌味では無いんです。素直に尊敬に値しますよ、その思いきりの良さ。」

 

 と、若干引き気味ではあるものの自分達の謎ローテに関心をよせるグリーンのトレーナー。

 

 「諸事情あるんですがね、彼女の可能性を信じて・・・なのかな?猪突猛進というか。取り敢えず出れるレースは出てみようという当てずっぽうの状態のような。」

 

 「・・・あのキングヘイローさんなんて、GⅠタイトルを手にする為に短距離から長距離まであちこち行きましたからね。それと比べてもちょっと事例は違うかもしれませんが、まぁ芝とダートを行ったりきたりするのもそんなに悪い事ではないと思いますよ。」

 

 当然と言えば当然だが、オレたちのローテーションには否定的な意見が多い。その中で肯定的な意見を持っているトレーナーが僅かながらにもいることは素直に嬉しかった。

 

 「それよりも気になるのが、なんだか以前と比べてクラシック路線の盛り上がりが少し欠けているような気がするんですよね。」

 

 「・・・言われてみれば、確かに・・・。」

 

 ニュージーランドトロフィーから数日後に行われたクラシック路線最初の冠、「皐月賞」。

 普段なら新たなスター誕生の瞬間を目にしようと、もう少し何とも言えぬ高揚感を周りから観客から感じられるのだが・・・。

 

 「今年の皐月賞ウマ娘はエアシャカールさん。ジュニア級で着実に実績と実力を積んでいた一人ですので、皆さんが納得の結果であったとは思います。」

 

 「ええ、確かにオレも予想の範囲内でした。レースも見応えありましたし・・・、何がこの違和感を呼んでいるのでしょうかね。」

 

 「・・・もしかしたら、ただただ、競争ウマ娘という界隈自体の人気が頭打ち気味なのかも・・・、しれません。」

 

 「・・・そういう事か。」

 

 オグリキャップの躍進から始まった、空前絶後の競争ウマ娘ブーム。この数年間の間に何人ものヒーロー的存在が現れ、いくつもの伝説を残した。

 そして、満を持して迎えた黄金世代。スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイローを筆頭に数々の名勝負を繰り広げたこの世代は誰もが強く、誰もがドラマに満ち溢れていた。

 彼女たちの後塵を拝するウマ娘達は気が気ではないだろう。「黄金世代はあれだけ楽しいレースを見せてくれた、次の世代はどんなレースを見せてくれるのか」という世間の期待、もといプレッシャーが重くのしかかるのだから。

 以前、キングヘイローのトレーナーが「強さが必ずしも物事を良い方向に導くとは限らない」と言っていた事を思い出した。恐らく、彼の発言はこのような事態を憂いでの事だったのだろう。

 今はまだ予感で済んでいるが、もしデジタルやグリーンの世代で誰一人としてヒーロー的存在が現れなかったら・・・。

 

 「いや、ネガティブに考え過ぎるのは良くないな。」

 

 頭に浮かんだ一つの最悪な可能性を無理やり揉み消した。

 今はまだ皐月賞が終わったばかり。冠はまだ二つ残っているし、クラシック級はクラシック路線だけではなくティアラ路線もある。数多くのウマ娘がいる中で、世代を率いる存在が現れないなどまず無い話だ。来年の事を言えば鬼が笑うだろう。何を不安に思う必要があるだろうか。

 

 「とにかく、今は目の前の事に集中するしかない。グリーンのトレーナーさん。NHKマイルカップでは、お互い全力を尽くしましょう。」

 

 「・・・そうですね、気にし過ぎは良くないですね。負けるつもりはありません。春のマイル王者の座を手にするのは・・・、私達です。」

 

 グリーンのトレーナーと握手を交わし、お互いに目標達成へ意気込んでいる事を確認し合った。

 NHKマイルカップにて一着争いを繰り広げるとしたら、恐らくグリーンは外せない。彼女の強さはニュージーランドトロフィーで既に見ている。だが、デジタルだってここ最近の調子を考えると、決して世代のマイラーの頂点に輝く事も不可能ではない。

 そしてここで勝つ事が出来れば、少なからず彼女の芝適性を天下に示せることになる。そしてデジタル初のGⅠタイトル獲得にもなり、シンボリルドルフやURAがオレたちに課した「年内にGⅠレースを一度でも勝利すること」を解決出来る。

 となれば、まだ時間に余裕があっても早いうちに大一番で勝っておくことは、今後の選択肢が広くなる事を考えてもメリットがとても大きい故、是非このレースは抑えておきたい。

 デジタルのトレーニングも順調に進んでおり、後は本番で実力を発揮するだけ。

 ───の、ハズだった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜散り緑が一面に広がる季節となり、迎えたNHKマイルカップ。

 全ては順調かに思えたが、ここに来て予想外の事態が起きていた。というのも、このレースの優勝候補であったグリーンモーガンの骨折が判明し、やむなくレースを回避する事になってしまったのだった。

 前哨戦のニュージーランドトロフィーの優勝者が参加取りやめしたことで混戦模様となり、クリスタルカップ、ニュージーランドトロフィーで八番人気、七番人気と散々な評価を受けていたデジタルでさえ四番人気に上がるという混迷っぷりだった(それでも決して高い人気とは言えないが)。

 グリーンには悪いが、優勝候補が欠落したのはデジタルにとって追い風となるだろう。もしやすると本当にこのレースでGⅠ勝利を達成出来るのでは無いか、そう期待に胸を膨らませていたのだが・・・。

 現実はそう甘くは無かった。

 最後の直線でデジタルは伸びに欠く展開となってしまい、一時は何とかなるかもと思ったが掲示板外の七着と敗北してしまった。つまり何とかならなかったのである。

 

 「いや〜・・・、皆さんお強いですねぇ。完敗ですよ完敗。」

 

 レースが終わり敗北したというのに、他の負けたウマ娘に比べて明らかにけろっとしているデジタル。・・・なるほど、こういう所もルドルフが嫌悪感を示すポイントなのだろう。

 

 「・・・悔しくないのか?」

 

 「そりゃあ、悔しいですよ。もうちょっと行けるかなーって思ったんですけど。あたしもまだまだです。」

 

 「その割にはかなり明るそうに見えるけど・・・。」

 

 「え、いやだって、終わった事を一々掘り返してくよくよしていてもしょうがないじゃないですか。反省はしますけど、次に備えてすぐにまたトレーニングに打ち込まないと掴めるチャンスも掴みきれないでしょうから。特に、トレーナーさんとの契約解除という重圧がついて回るのなら尚更頑張らなくてはですね!」

 

 どうやら、デジタルは自分なりに敗北という結果を受け入れているようだ。悔しくない訳ではなく、それ以上に敗北から何かを得ようとする気持ちが強い為、周りからは負けてもけろっとしているように見えるのだろう。

 何だか、デジタルはやけに勘違いされやすいウマ娘な気がしてきた。

 持ち前のヲタク精神も初見はドン引きされるだろうが、デジタルの人となりを知れば普通に、いやかなり親しみやすいし、気遣いはよく利くし、オマケにものすごく優しいし、(ウマ娘絡みが無ければ)とても大人しい。

 人は外見によらないという事をまさにその身で表していると言っていい。だがそのヲタク精神のあまりの狂いっぷりが彼女の良さを帳消しにして偏見を呼んでいるのだろう。

 

 「しっかし、次の目標どうするかぁ・・・。」

 

 芝路線を続行するとしても、今のオレたちだとマイル路線は秋のマイルチャンピオンシップまで待たないとロクなGⅠに出られない。その前の天皇賞秋も候補に入れてもいいが、デジタルの距離適正的に走りきれるのか──そもそも2000m以上のレースを走ったことが無い──疑問は残る所があるし、実績が少ない彼女が秋の盾に参戦表明したところで、シニア級のウマ娘に出走枠を取られて終了だろう。

 

 「・・・なぁデジタル、またダートに戻らないか?」

 

 「え、今度はダートGⅠですか?」

 

 「ああ、目標は『ジャパンダートダービー』なんてどうだ?」

 

 そう、ダートならまだ活路が見出だせるのだ。夏に行われるこのレースでは同期のダートウマ娘と戦う事になる。天皇賞秋、マイルCSではシニア級の、つまり先に本格化を迎えたウマ娘たちを相手取り走らねばならない。経験値の差は思ったより大きい。それは以前練習に付き合ってくれた黄金世代のメンバーのお陰で経験済みだ。

 かと言って、勿論同期だけと戦うとは言え油断出来る相手ではない。しかし同期メンバーが揃う中で力を示せなければ、シニア級のウマ娘と渡り合うなんて夢のまた夢だ。

 だから、今一度デジタルの力量を測るためにもこのレースはうってつけなのではないかとふと頭に浮かんだのだった。

 

 「大井ダートですか。あたしは別に構わないですけど、なんかもう、滅茶苦茶ですね。芝、砂、芝、砂・・・。またトレーナーさん怒られちゃうんじゃないですか、こんな適当としか受け取られかねないローテーション組んだら・・・。」

 

 ・・・一応、自分達が滅茶苦茶な事やってるっていう自覚はあったのね。

 

 「けどもう形振り構っていられるか。滅茶苦茶がなんだよ、今更だろ。怒られるのはもう慣れたし、それに、ダートGⅠでも良いって言ったのは会長の方だ。彼女承認の元でやるんだから文句は無いだろう。」

 

 「でも、URAが黙っちゃいないかもしれませんよ?」

 

 「寧ろURAは砂に戻ってくれて安心するだろ。デジタルの事をダートウマ娘だと信じて疑っていないし。怒られた時はその時だ、まぁ何とかなるだろ。」

 

 「・・・大丈夫ですか?トレーナーさんがクビになるなんて事ありませんよね?」

 

 「大丈夫だ!とにかく早いうちにGⅠ勝って、アイツらを見返してやろうぜっ。」

 

 「・・・そうですね。じゃあ早速、帰ってトレーニングしましょう!・・・あ、でも先にトレーナーさん学園に戻っていてくれませんか?あたしちょっと用事があってよる所があるので。」

 

 「あ、ああ分かった。気をつけて帰れよ。」

 

 デジタルの事だからまたグッズや、足りなくなった創作活動に必要な道具を買い込んでいるのだろうが、しかしよくよく考えたら、そういう場合はいつもオレが荷物持ちとして付き合う事が多い。

 だから今回ばかりは別件かと思ったのだが、荷物が少ないからと気遣って彼女だけで用を済ますことも普通に考えられるし深く考慮する必要は無いだろうとオレはその後府中のレース場を後にし、学園へ一直線に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやぁゴメンね、突然呼び出しちゃって。」

 

 看護師さんに案内され部屋のドアを開けると、病床に横たわりながらも快活に声をかけてくるグリーンさんの姿があった。

 

 「いえいえ、必要とあらば、例え火の中水の中砂の中、何処へだって行きますとも。・・・足の具合は、どうでしょう・・・?」

 

 「うん、お医者さんは安静にしていればすぐに治るってさ。」

 

 「よ、良かったです・・・。またグリーンさんの素晴らしい御御足を崇め奉りたいですから、何かあったらと思うともう気が気じゃなくて・・・。」

 

 「あはは、私はそんなにヤワじゃないから、一回二回の骨折で足が駄目になる事は無いよ。」

 

 表面上は笑って飛ばして見えるものの、少し表情に陰りが見える気がする。それもそのはずだ。大一番のGⅠレースに直前になって出られなくなってしまったのだから。

 気分がより重くなるであろう足の話はさっさと切り上げて、別の話に持っていく事にした。

 

 「ああそうそう。コレ、お見舞いの品です!」

 

 そう言って籠一杯に入った果物をグリーンさんの側にある机に置いた。

 

 「おお〜、こんなに沢山有難うっ!りんご、バナナ、みかん、さくらんぼ・・・。」

 

 グリーンさんは一つ一つ数えるように籠に入っている果物を確認し始めた。

 

 「そう言えばさぁ、デジちゃん次どこ走るの?やっぱり、スワンステークスからのマイルチャンピオンシップとか?」

 

 「い、いえ。東海ダービーこと名古屋優駿を挟んでのジャパンダートダービーに出走するつもりです。」

 

 グリーンさんは目を点にして「えっ」と驚きを隠せぬ声を漏らした。暫くあたしを見つめたまま固まっていたかと思うと、急にケタケタと笑いだした。

 

 「・・・はぁ〜、デジちゃんって本当に面白いなぁ。ココ最近ただでさえ連戦続きだって言うのに、休まず夏のGⅠ、それもダートのGⅠ目指すなんて・・・。ふふっ、あははっ!」

 

 「あたしに休みなんてございませんよ!ウマ娘ちゃんがいる所ならどんなに疲れていようと何処へだって行きますとも!」

 

 「いやぁ、こんな面白い子が同期だなんて私、本当に嬉しいや。」

 

 暫く笑顔を見せていた彼女は一度俯き考え込む様子を見せた後、また表情を少し曇らせた。

 

 「・・・ねぇ、芝にはもう戻ってこないの?私、またデジちゃんと走りたいよ。」

 

 「えええええっ!?あ、あた、あたしなんかとまだ走りたいだなんてそんな・・・。」

 

 「だって、ワクワクするんだもん・・・!次は何処に行くのか、次はどんな走りを見せてくれるのか・・・。私は間近でデジちゃんを見たいのっ。」

 

 グリーンさんはあたしの手をぎゅっと握りしめ、祈るように訴えかけてきた。

 

 「ねねっ、お願い!また、絶対に芝に戻ってきてよ!それまでに私、この足を完治させて元の調子に戻れるように頑張るから!」

 

 顔が・・・、近いっ!!!

 眼の前の女神のような少女が放つ後光で魂が抜き取られ霧散しそうになるのを必死に堪えつつ、声を絞り出した。

 

 「わわわ、分かりましたっ!グリーンさんの為とあらば、このデジタル。いかなる困難があろうと、いつの日か必ず、芝に戻って来ますとも!」

 

 グリーンさんはたちまち笑顔になり、腕を大きく広げあたしをクレーンゲームのようにその身に手繰り寄せた。

 

 「本当っ!?流石デジちゃん!有難う!」

 

 ほんのり匂うマンダリンオレンジの甘酸っぱい香り。日光をいっぱいに吸ったお布団の様に柔らかな肌の感触。

 グリーンさんに抱擁されていると気付いた途端、あたしの目の前はぐるんと暗転した。

 

 「・・・あれ、デジちゃん?デジちゃん!?」

 

 どんどんと意識が暗い闇の中へと落ちていく感覚に見舞われたが、後悔など無い。寧ろウマ娘ちゃんの腕の中で逝けるなら本望も良い所。

 例え堕ちた先が阿鼻叫喚渦巻く地獄であろうとも、この尊みを思い出す度に、まるでお釈迦様が天から蜘蛛の糸を垂らし裁かれるべき立場にある者を掬わんとした時の溢れんばかりの御仁徳に触れるような感動を味わい、いかなる艱難辛苦、塗炭之苦をも跳ね除けられるだろう。

 ああ、良きかな、良きかな。今あたしの心は幸せで満ち満ちている────。

 




 お詫びに投稿すると言って書いていた番外編ですが、全くオチが浮かばないのでまだまだ時間がかかりそうです。
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