ウマ娘 ∼Antithesis hero∼   作:Carboxyl

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 まずは活動報告を手短に。忙しかったりネタが出てこなかったりで、多分二週間くらいの間隔で投稿する事になると思います。ご了承下さい。

 ここからとても大切な本題。twitterやネットニュースをご覧になってる皆様なら既にご存知の方が多いかと思いますが、2021年12月8日、ウマ娘のデジタルのモチーフとなった、アグネスデジタル号が亡くなった事が分かりました。原因は放牧中の事故による安楽死との事です。24歳没、人間に置き換えると約96歳だそうです。
 暫く前から体調が悪化気味で体が痩せ細り心配していましたが、関係者の尽力により持ち直してきた所で今回の訃報でしたので、ショックが隠しきれませんでした。
 自分はウマ娘から競馬に興味を持ち始めた民なので最初にウマ娘のアグネスデジタルを見た時は変な子だなとしか思っていませんでしたが、出演キャラクターの史実を調べていく内に、本当に面白い子だなと結果的に一番大好きになりました。
 目途が立ったら彼の居る北海道の牧場まで見学に伺おうと思っていたのですが、残念でなりません。すごく大好きな馬の一頭だったので、最初はネットの嘘だと思い込みたかったです。
 直近の見学可能期間終了までは少なくとも元気にしていたようなので、彼も「もうひと踏ん張り、出来るだけ長く生きよう」という意識があったのかもしれません。
 彼が本当に幸せだろうなと思うのは、競馬、ウマ娘を通して多くの人に惜しまれている事だと思います。
 生きた証が、確かにそこにある。人々の記憶の中で、アグネスデジタルは元気に生き続けるでしょう。
 関係者一同様、アグネスデジタル号を大切にして頂き有難う御座いました。ご冥福をお祈りします。
 そして、アグネスデジタルと出会わせてくれたウマ娘には感謝の言葉しかありません。本当に有難うございます。これからも、彼を、彼女を、推して参ります。


第8話 プランB

 某年六月二十五日。春シニア三冠の最後の一角、宝塚記念。

 京都記念、阪神大賞典、天皇賞春と重賞を連勝し、いよいよ本格化を迎えたテイエムオペラオーさんと、クラシック級から着実に実力を積み重ねてきたメイショウドトウさんが参戦。更に昨年のスペシャルウィークさんとの激闘の末有馬記念を制したグラスワンダーさんまでこのレースに出ていて、ファン投票のレースというだけあって例年通りすごく豪華なメンバーが集まった。

 皆抱える想いは沢山あるけれど、共通していることは、レースに勝つという確固たる熱い志。

 ゲートが開き、位置取り争いが始まる。猛者が集う中では思うような位置に付き辛い。オペラオーさんも、その一人だった。

 戦いは激しい序盤からやや緩やかな中盤へ。ドトウさんが先頭集団に混じり先行策で行く中、グラスさんとオペラオーさんは後続からチャンスを虎視眈々と狙っていた。

 そして、終盤。最終コーナーからオペラオーさんが一気に捲って上がってきた。ドトウさんが僅かに先頭集団から抜け出して逃げる中、グラスさんは伸びず、集団から抜け出せずにいた。後から分かった事ですが、グラスさんはレース中に骨折していたそう。確かに、明らかでは無いものの苦痛の表情が滲み出ていた気がする。

 残り一ハロンを切ってからはドトウさんとオペラオーさんの激しい競り合いになった。けれど、春の王者は伊達では無かった。

 勢いそのままドトウさんを躱し、一着でゴール板を踏んだ。クビ差の二着にドトウさん。オペラオーさんとの二強対決と謳われたグラスさんは六着に沈んだ。

 怪我とここ最近の不調も相まって、グラスさんは結果的にこのレースを期にトゥインクルシリーズを引退する事になった。レース直後にグラスさんは震える左足を抑えながら俯き、唇を噛んでいた。スペシャルウィークさんがトゥインクルシリーズから姿を消した翌年から調子が悪化し元に戻せずにいた中での春からの惨敗続き。あの時、大の負けず嫌いでもあった彼女は一体どんな想いであのターフに立っていたのだろう。

 私が言えるのは、グラスさんの頬を伝った一粒の涙に、彼女が抱える複雑な感情が全て詰まっていたように思う。

 何はともあれ、このレースまでに黄金世代、それも指折りの実力者が殆どいなくなった事で世代交代がはっきりとした。

 頂点に立つのは名実共に最強の名を欲しいままにしたテイエムオペラオーさん。まだ初めて善戦した時だったけれど、後に王者の永遠のライバルとなるメイショウドトウさん。この二人を軸に、非常に長い間シニア級中長距離路線は動いていくことになったんです。

 当時はまだ、漠然とこの二人がすごいという感想しか抱かず、点にしか思えていなかった出来事の内の一つ。今思い返せば、この小さな点の数々が線になって繋がり、あの栄光の日曜日に集約して、多くのウマ娘の運命を変えることになったのだと思う。

 現実は小説より奇なり。物語は、まだまだ始まったばかりだったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・マズイ。本当に、後が無くなってしまった・・・。

 大井ダート2000mのジャパンカップダート。前走の名古屋優駿でまさかのレコード勝ちを納めたデジタルは、距離も恐らく大丈夫と言う事でこのGⅠレースに万を持して挑んだ。・・・のだが、またもや直線で伸びず、14着と大敗してしまった。

 

 「・・・何がいけないんだろうなぁ。」

 

 名古屋優駿で抜群の走りを見せたかと思えば、この惨状である。もう意味が分からない。頭を抱えたくなる。

 調整は限りなく良かったハズなので、後考えられるとすれば・・・。スタミナ切れ、だろうか。

 デジタルはそもそも短距離向けのスピードとパワーを持ったウマ娘であるから、中距離以上の距離は若干キツイのかもしれない。

 このスピードとパワーを兼ね備えつつスタミナも両立させていれば本人レベルとまではいかなくとも、グラスワンダーのようにマイルから長距離まで卒なくこなせただろうが・・・。まぁ無いものは仕方が無い。たらればを語っている暇があるなら、次を考えるべきだ。

 今後デジタルが出走出来そうなGⅠレースは、マイルチャンピオンシップ南部杯、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップダート、東京大賞典だ。

 このうち、距離適正的に不安があるのがジャパンカップダート、東京大賞典のニレース。いずれも2000m以上のコースであり、今回の敗北内容を踏まえると相当な掛けになる。

 そもそもの前提として、これらのレースはシニア級のウマ娘も参加するレースであり、出走登録するにはそれなりの実績が必要になる。

 マイルチャンピオンシップ南部杯を選ぶと、9月半ばに行われるこのレースまでに実績を残す時間が短いので間に合わない可能性がある。ただ、ダート1600mとデジタルの適性に一番マッチしているだろうと思われるだけに、出走出来る可能性が低いのはすごく悔しい。

 マイルチャンピオンシップ。こちらは時期的に実績を順調に積んで出走出来る可能性が高い。だが、このレースは芝1600m。距離は問題無いものの、芝では全く実績を残していないデジタルにとって、果たしてこのレースを選択するのが正しいのかどうか疑問が残る。

 ジャパンカップダートはこの中だと一番距離の長い2100m。距離はキツイもののダートコースである為、マイルチャンピオンシップに比べたら実績面から見れば、まだ何とかなるのではないかと言ったところ。

 東京大賞典はダート2000mのコースだ。先程挙げたジャパンカップダートと比べて距離が短く、南部杯程では無いが可能性はある。

 こう考えると、南部杯は除外で東京大賞典はほぼ確定、残るマイルチャンピオンシップとジャパンカップダートどちらに出走するかという話になる。

 これらのレースは開催時期が約二週間程度しか離れていないので、流石にその間に調整を済ますのは無理がある。両方出走は考え辛い。

 ではどちらに出走するかと考え始めるとこれまたなかなか難しい。芝実績無しでのマイルチャンピオンシップか、距離適性的に厳しいジャパンカップダートか。

 まぁこれらのレースもとにかく実績を積まないと出走すら危ういので、大目標は一先ず後に回し、次走をどこにするかを考えることにしよう。

 

 「・・・あのぅ・・・。」

 

 大井レース場からの帰り道、お互いほぼ無言であった中、痺れを切らしたのかデジタルがオレの服を引っ張りながら話かけてきた。

 

 「・・・なんだ?」

 

 「トレーナーさんにとって・・・。あたしは、どういう存在ですか?」

 

 「・・・と、言うと?」

 

 「以前にも言ったかもしれませんが、もしあたしが走る事で周りに迷惑をかけているのなら、走るのを辞めろと言われたら素直に飲み込むこともあたしは構わないと思っているんです。それがウマ娘ちゃんの為になるのなら。

 ・・・でも、レースはあたし一人で参加出来てる訳じゃない。トレーナーさんの尽力があってこそ、あたしはここにいるのです。

 ならば、あたし個人の考えで引退する事は出来ません。トレーナーさんの意見を聞いて、それから考えようと思いまして。」

 

 ・・・つまるところ、デジタルは今の時点で引退も視野に入れているという事か?

 

 「・・・お前は、まだまだ成長出来る。」

 

 「・・・はい?」

 

 「オレがデジタルを担当ウマ娘に迎え入れようと思った理由の一つに、お前の中に実は物凄い才能が眠っているんじゃないかと思ったからというのがある。

 そりゃあ、最初の方こそ走り方は滅茶苦茶だし適性はよく分からないし散々悩まされたけど、それでもデジタルの成長が著しく、飲み込みが早いからここまで来れているんだ。

 世の中、GⅠレース出走にすら届かないウマ娘だって沢山いる。その中で、お前は一定の成績を出しているんだ。

 ・・・それに、オレたちの最初の目標、覚えてるか?

 『重賞レースに出走すること』、だったろ?もう既に達成してしまっているし、なんなら今の目標は『GⅠを勝つ事』になっている。

 ジュニア級の時期から活躍しまくってるウマ娘達に比べたら確かに見劣りするかもしれないけれど、それでもお前はすごいウマ娘の一人なんだ。

 だから・・・。要するに、オレはお前の引退を認めない。一回二回の敗北がなんだ。いつかその才能が花開き、あらゆる戦線で活躍するお前の姿を見るまでは、オレは諦めないぞ。」

 

 デジタルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして暫く直立不動であったが、暫くして柔和な笑顔を見せた。

 

 「・・・そう、でしたね。トレーナーさんは、そういう人でした。」

 

 そう零すように言うと、彼女は夕日に右手を伸ばした。

 

 「決めました。あたし、トレーナーさんに最初のGⅠ勝利をプレゼントしてみせます。ええ、必ず。」

 

 力強く、ゆっくりと、夕日を潰すかのように、デジタルは右手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春の柔らかな日差しとは打って変わって、肌に刺さるような光が太陽から注ぎ、不快な蒸し暑さが辺りを覆う。今年のトレセン学園にも夏がやってきたのだ。

 トレセン学園では夏季休暇の間に夏合宿が行われる。普段の学園生活では出来ないような練習を合宿先で行う事で、心身共に大幅な成長を見込まれる。

 当然デジタルも参加する事になり、オレも長い間バスに揺られて合宿先へとやってきたのだった。

 まず目に付くのは宿泊地からそう遠くない距離にある白い砂浜、青い海である。磯の香り漂うこの場所でトレーニングに励めるとは、なかなか良い環境を用意されたものである。

 

 「ふぅ、スク水着てもこの暑さとは・・・。今年の夏も酷ですな。」

 

 腰まであるピンク髪とハーフツインの間にピンクの大きなリボン。ここまでは合宿用のスク水を着ていること以外は普段通りだったのだが、顔に明らかな違和感がある。

 

 「・・・デジタル。なんでサングラスしてるんだ?」

 

 デジタルとサングラス。持ち前の性格、容姿、全てにおいて嚙み合っていない。その代わりに変人っぽさが一段と増した気がする。

 

 「ふっふっふ。トレーナーさん、これはただのサングラスじゃあありませんよ。なんとデジたん特製、内からも外からも見えない真っ黒のグラスを使用した物なんですよ!」

 

 「視力検査でも始めるつもりかっ。そんなものを付けてどうするんだ!?」

 

 するとデジタルは輪を描くように大きく両手を広げた。

 

 「ほら・・・、周りを見渡してごらんなさいな。」

 

 言われるがまま辺りを確認すると、至る所にスク水を着たウマ娘、ウマ娘、ウマ娘・・・。

 

 「ああ、なるほど。これはデジタルの眼には悪いかな・・・。」

 

 「眼だけじゃありません。彼女たちを直視しようものなら、ピストルスターの如く輝く光にあたしの体は瞬時に原子レベルにまで分解されあっという間に消滅してしまいます。」

 

 「・・・けど、そのサングラスを掛けたままだと練習にならないだろ。」

 

 「ぬあっ、確かに・・・。」

 

 肝心な所が抜けているデジタルを見て、この前のGⅠ勝利宣言で見せたあの夕日に映える凛々しい姿は何処へ行ったのだろうと少し泣きたくなった。

 

 「おおおおおっ!!!デジたんだっ!今日こそ、ターボの走りでデジたんを・・・。」

 

 「ターボさん。まず準備運動を済ましてから走ってください。砂浜のように足場が悪い所ではケガを負いやすいですから。」

 

 「むむっ、またもや個性の塊ことデジちゃんに会えるとは・・・。メモ、メモを取らなきゃ・・・。」

 

 「おっす〜、デジタル・・・。ん?サングラス・・・、にしては黒いな。眼に何つけてんのそれ。」

 

 デジタルと奇々怪々な会話を交わしていると、何処で知り合ったのかツインターボ、イクノディクタス、マチカネタンホイザ、ナイスネイチャの四人が声をかけてきた。

 

 「いや実は、かくかくしかじかで・・・。」

 

 デジタルがこんな変な物を付けている理由をオレが大雑把に説明すると、ネイチャがケタケタと笑いだした。

 

 「あっはははは・・・っ!視界を遮る為に内からも外からも見えないサングラスを作るって・・・!そ、それ、サングラスである必要ないじゃん、視力検査みたい・・・!ふふ、あはははは・・・。」

 

 「ぬあっ、確かに・・・!サングラスじゃなくても普通に目隠しすれば良かったのでは・・・!?」

 

 デジタルがネイチャのツッコミに感心している様子を見て、呆れのあまり、ほろりと涙が出てきた。

 

 「・・・しかし、そのままだと練習に支障をきたすのでは?」

 

 「そうなんだよね。オレもそこに困ってるんだよ。でもサングラス外すとそれはそれで練習に身が入らなさそうだし・・・。」

 

 「・・・って言うか、そのサングラス、本当に効果あるの?」

 

 ネイチャの問いに対し、デジタルは自信満々にこう返した。

 

 「我々には五感、・・・則ち視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚がありますね。そのうちの一つを隠したところで、残り四つもの感覚が残っている訳です。」

 

 「・・・要するに?」

 

 「はい。目を隠そうともあたしは、残るあらゆる手段から情報を得て視覚の情報を補ってしまいますから意味ありませんでしたっ!」

 

 何だかだんだん頭が痛くなってきた。もしかして、オレがデジタルから感じた才能ってレース方面では無いのではという気さえしてきた。

 あと、デジタルの他に突っ込みたくなるような、気になる人物がもう一人いる。

 

 「・・・タンホイザ、個性が欲しいからって何もデジタルを参考にする必要は無いと思うんだが・・・。」

 

 「うぇ!?な、何故ですかっ!?デジちゃんのような子はなかなかお目にかかれるものではないんですよ!何がこの子を引き立てているのか。とてもじゃ無いですが、今の私には・・・。」

 

 メモ帳を取り出しひたすら書き殴っていた彼女は何故かデジタルの個性について熱く語り始めた。

 

 「アンタは今のままが一番面白いっての。」

 

 ネイチャがタンホイザに言った言葉だが、オレもそう思う。こんなに真面目にデジタルのような変人を見習おうとするのはどう考えても個性と言って良いだろう。

 と言うか、タンホイザのような真っ直ぐな子にデジタルみたいになられては困る。ホテル等にある真新しい輝きを持つ純白のテーブルクロスを汚してしまった時のような罪悪感に駆られるだろうから、何が何でも阻止したい。

 

 「はぁ・・・。もうホント、このウマ娘ちゃんたち尊すぎますよ。補ってしまうとは言え、視覚も使えたら危険が危なかったですね。致命傷で済みましたぁ・・・。」

 

 ・・・そんなこんなで、初っ端からカオス極まるオレたちの初夏合宿が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏合宿と言うだけあって、飯盒炊爨(はんごうすいさん)にカレー作り、肝試し、あと近所でたまたまやっている夏祭り等、トレーニング以外の行事も盛り沢山であった。

 勿論、デジタルはいかなるイベントでもあの世に召しかけていたのは言うまでもない話だが、それより更に奇天烈な話があった。こんな具合に。

 またもやターボ、ネイチャ、タンホイザ、イクノの四人とわちゃわちゃしながらトレーニングを行っていた時だ。

 思わず二度見、いや、五度見くらいしたのだが、全身が真昼でも分かる程発光しているトレーナーが近くを通ったのだ。何やら焦った様子で。

 多分他の人が聞いたらオレの頭が可笑しくなったのか疑われそうな話ではあるが、デジタルを始めとした周りにいた皆がぽかんとしていたから、オレの見間違いでは無いハズだし、頭がイカれた訳でも無いと思う。夢でも無いと思う。

 

 「・・・え?何、今の。」

 

 ネイチャが口を開いた事で、オレを含めて皆ようやく我に返った。

 

 「私の見間違い・・・、じゃ、無いよねぇ?確かに、光ってたよねぇ!?」

 

 「ええ、間違い無く光っていました。いえしかし、光るニンゲンなど聞いたことも・・・。」

 

 「はうぅ・・・。もしかして、オバケ・・・!?」

 

 「・・・え?ターボてっきりお祭りのなんかでああなったのかなって思ったんだけど。」

 

 四人はざわざわし始め動揺していたが、デジタルだけは何故か澄ました顔で頷いていた。

 

 「・・・デジタル、心当たりあるのか?」

 

 「はい。アレは多分、あたしのルームメイトの・・・。」

 

 そこまで言いかけると、今度は宿の方からずどん、と大きな爆発音が響いてきた。

 何事かと注目していると、白衣に身を包んだ、明らかに怪しいウマ娘が宿の方から走ってきた。

 

 「・・・おやおや!デジタル君じゃないか。申し訳無いが、もしヒシアマゾンやフジキセキに私を見かけたか尋ねられたら、適当に言い訳つけてごまかしてくれ。」

 

 言うことだけ言って去ろうとしたウマ娘に、デジタルが一言。

 

 「・・・あのう、大変申し上げにくいんですが・・・。ヒシアマゾンさんは既に、タキオンさんの後ろに・・・。」

 

 「な、何っ!?」

 

 白衣のウマ娘は振り返るより先に足を動かし逃げようとしたが、時すでに遅し。ヒシアマゾンに肩をがっちり掴まれていた。

 

 「あんたァ、夏合宿の間くらい実験を我慢出来ないのかいっ!?」

 

 「クックック。知とは生。栄養を摂取し体のエネルギーを補うように、真理を求めたいという欲求を満たすことは生きることそのものだ。つまり君は、私に『心拍を止めろ』と言っていることになる。」

 

 彼女たちの会話から、恐らく先程の爆発の犯人はこの白衣のウマ娘だろう。

 一瞬焦りを見せたかと思えば、すぐに出てくる相手を煙に巻くような言動。反省の色など少しも見せない態度に正直オレは関心してしまったが、ヒシアマゾンの剣幕は止まるところを知らない。

 

 「黙りなっ!以前目に付いた実験道具全て取り上げた時、あんた何とも無かったじゃないかいっ!」

 

 「ハッハッハッ!おやおや、私が無事であった証拠などどこにある?そのようなデータがあるのかい?そもそも、アレらが私の持つ実験道具の全てだとでも?」

 

 「・・・仮にあの時無事ではなかったとしても、今こうして無事にいるんだから大丈夫なんだろう?屁理屈言ってないで、出すもんとっとと出しな。」

 

 「・・・ちぇー。仕方無いな。ほら、コレが今回の実験で出来た産物だ。」

 

 白衣のウマ娘は懐からゴム栓で閉じられ何らかの透明の液体が入った試験管を二本取り出すと、ヒシアマゾンは荒く取り上げた。

 

 「おっと、気をつけ給え。それはニトログリセリン。ちょっとの衝撃で爆発する物だから丁寧に扱ってくれ給えよ。」

 

 「はぁっ!?ニトログリ・・・。ちょ、お前、何てもんを・・・!いや、それよりこれ、くっ・・・。

 だああああッ!!!あんた、今夜は枕を高くして寝れると思うなッ!!!」

 

 そう言うと、ヒシアマゾンは足早に宿へと戻っていった。

 

 「ハッハッハッ!やれやれ怖い怖い。今夜は布団を高くして寝るか。」

 

 その場にいた殆ど全員が会話に付いて行けず唖然としていた中、デジタルが白衣のウマ娘に声をかけた。

 

 「あのう、大丈夫なんですか?ニトログリセリンなんて危ない物渡しちゃって・・・。」

 

 「ああ心配無いとも。アレはただの水に少量の食用油を加えただけの物。爆発なんてするハズも無いのさ。」

 

 「ほえ?じゃあニトログリセリンは?」

 

 「そもそも作っていない。あんな扱いづらい物原液で持ち運ぶ訳無いだろう。」

 

 え、じゃあさっきの爆発は一体何だったのだろう?

 

 「・・・デジタルさん、そのウマ娘は・・・。」

 

 カオスめいた出来事の連続に困惑しながらも、イクノがデジタルに声をかけた。

 

 「・・・ああ、こちらの方はアグネスタキオンさんです!タキオンさんにも皆さんを紹介しますね。まずこの人はあたしのトレーナーさんですっ!」

 

 「・・・どうも?」

 

 「ふぅン?デジタル君のトレーナーと言うだけあって、これはこれはさぞ実験体に向いていそうな・・・。いや、興味深いトレーナーだ。」

 

 ・・・今、何て?トンデモナイ事言いませんでしたかこのウマ娘さん。

 

 「そして、ツインターボさん、ナイスネイチャさん、イクノディクタスさん、マチカネタンホイザさんです!」

 

 「・・・なるほど。いやぁ、素晴らしいよデジタル君。私の為にこれほど沢山のモルモットを揃えてくれるとは!」

 

 「も、もるもっ・・・!?」

 

 不気味なワードの数々に狼狽えるターボ、ネイチャ、イクノ、タンホイザの四人を他所に、タキオンの話はどんどん進んでいく。

 タキオンはデジタルに近寄りしゃがむと、彼女の足をじろじろと見だした。

 

 「・・・た、タキオンしゃん?いいい、一体何を・・・?」

 

 「いや、今一度確かめておこうと思ってね。」

 

 「確かめる?」

 

 「ああ。・・・さっき、直視すれば目が眩む程の光を放つ不審者を見かけただろう?」

 

 「はい、いました。タキオンさんの薬を飲んだんですよね?」

 

 「その通りだ。彼は私のトレーナー兼モルモットでね。朝方に私の作った薬の効能を確かめるべく服用して貰ったんだよ。話したら拒否されるだろうから、勝手に飲み物に混ぜさせて貰ったがね。」

 

 ・・・あの人、タキオンのトレーナーだったのか・・・。知らない内に飲み物に薬を盛られるとか怖すぎる。デジタルもなかなかヤバいヤツだが、タキオンも大概である。「アグネス」が名前にあるウマ娘って、変人しかいないのだろうか?

 

 「まぁそれは置いておいて。私にもようやくトレーナーが付いた事で、予てからの大実験を行う準備が整ってきたという訳だ。」

 

 「大実験、ですか?」

 

 「そうだ。近年、ウマ娘の成長には目を見張る物がある。時を経るにつれてどんどん速くなり、それに伴い何度と記録が塗り替えられる。

 私は気になるのだよ。ウマ娘の限界の果て、速さの果てはどのような光景が広がっているのだろうか、と・・・!今の所、これ以上興味がそそられる研究テーマは無いね!」

 

 その実験にあのトレーナーが付き合わされる訳か。他人のオレからすればただ可哀想だと思うが、彼からすれば覚悟の上でタキオンを担当ウマ娘に選んでいるだろうから余計なお世話と思われるだろう。

 タキオンはまだ話を続ける。

 

 「この問題に結論を付けるべく、私はこれから行われる大実験の支柱となるプランAとプランB、この二つを用意した。」

 

 「・・・ふむ?それで、それがどうしてあたしの足なんかを観察する事に?」

 

 「率直に言うとだね。ズバリ君を、『プランBの実験体に選んだから』さ!」

 

 「ちょ、ちょっと待て!」

 

 あまりに飛躍した話に、オレは思わず声を荒らげた。

 

 「そんな勝手な事、許されるハズが無いだろう!大体、デジタルに許可は取ったのか!?」

 

 「え、あたしは構わないですよ?」

 

 「・・・ええ・・・。」

 

 デジタルの事を思って止めに入ったつもりなのに、彼女のあっさりした態度に拍子抜けしてしまった。

 

 「・・・と、言う訳だトレーナー君。デジタル君の許可も取れたし、異論はあるまい?」

 

 「い、いや。デジタル、オレたちには年内にGⅠを勝つという目標がある。なのにこのよく分からない実験に付き合って体調を崩された日には、どうなる事か・・・。」

 

 「ご心配には及びませんよトレーナーさんっ!確かにタキオンさんの実験は客観的に見たらものすごく危なく見えますが、ちゃんとタキオンさんは被験者の体調に気遣ってくれますし、無茶はしません。大丈夫ですよ、多分!」

 

 その多分がよりオレの不安を助長させるのだが・・・。まぁ同室という一番近い距離でタキオンを見ているしその上で彼女を信頼している様子であるから、そこまで言うならオレは致し方無く、渋々了承する事にした。

 

 「良い判断だ、トレーナー君。この実験の成功の暁には、ウマ娘の真髄(エッセンス)に辿り着けるだろう。」

 

 「・・・そう言われても、イマイチピンと来ないよ。」

 

 「ふむ、そうだな・・・。

 君達風に言うと、『尊み』とは何なのか。何処からどのようにして生まれ、どのような効果を周囲にもたらすのか。この疑問に答えが出る・・・、と言えば良いだろうか?」

 

 すごい。尊みに置き換えるだけで完全理解とまでいかなくともこんなに分かりやすくなるとは。

 ・・・オレ、だいぶデジタルに毒されてる気がするな・・・。

 

 「さあ、もたもたしている場合では無い。早速、実験開始といこうじゃないか!」

 

 ウキウキにはりきるタキオンだが、オレはと言うとどうしても不安が拭えきれない。

 そもそもデジタルは他人の頼みを快く何でも受け入れてしまう性格である事を今更になって思い出したのもあり、やはり実験に付き合うのは失敗だったなとも思い始めた。

 

 「トレーナーさん、どうしたんですか?顔色が悪いような・・・。」

 

 オレが俯いていたのでデジタルが下から覗くようにひょっこりと顔を出した。

 

 「いや、こんな調子でオレたち、本当にGⅠ勝てるのかなって・・・。」

 

 「なぁんだ、そんな事ですか。」

 

 安堵とも取れる長い溜息をつくと、彼女は顔を上げ力強く胸に手を置き、ニコリとはにかんだ。

 

 「言ったじゃないですか。トレーナーさんに、必ずGⅠ勝利をプレゼントするって。あたし、こう見えても決めた事は必ず、ブレずにやりきるタイプですからね!」

 

 デジタルは親指を上に立てて「だから、安心さて下さいなっ!」と元気良く言うと、タキオンに連れられて宿に戻って行った。

 説得力の欠片も無い割には勢いだけは良く、頼りないのか頼りになるのかよく分からないが、根拠無しに何となく、今の彼女なら本当にGⅠを勝ってくれるかもしれないとそう思い始めた。

 

 




 3つの国と11にも及ぶ競馬場を駆け巡り、獲得してきたタイトルのバリエーションはどんな名馬の追随も許さない。
 芝とダートの垣根を、そして国境さえも乗り越えて、チャンピオンフラッグをはためかせてきた勇者。
 君が刻んだ空前の軌跡、その一つ一つが永遠に輝く。

〜ヒーロー列伝No.54 アグネスデジタルより〜



 きっと彼なら、天国でも今までと変わらずマイペースにのんびりと、平和に過ごす事でしょう。
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