私の名前は
トレーナーになったと言ったが、私はまだウマ娘と契約はできていない。 何人かにアプローチをしてみたものの、全て体よく断られてしまったのである。
今日はそんな私の今年度最後の契約チャンス。 四回目の選抜レースの日だ。
トレーナー達に自らの走りをアピールしたいウマ娘や、同期と自分の実力差を測りたいウマ娘達が奮って参加するこの選抜レース。ここでどうにかウマ娘との契約を結びたいものだが、レースが行われるトレセン学園レース場の観客席は、私のように未だウマ娘との契約に至っていないトレーナー達で溢れ返っていた。
「おい、お前はどのウマ娘に目星つけてんだよ? 」
「はぁ? 言えるかよ、そんなの。 お前が教えるってんなら話は別だけどな 」
ガヤガヤと騒がしい観客席では、トレーナー同士の会話がいたるところで繰り広げられていた。
私は大勢の人々によって形成された壁を、「すいません 」と言って頭を下げながら進んでいき、一番レースが見えやすい最前列に到着したところで、小脇に抱えていたクリップボードを取り出した。
ボードに挟んであるのは、今日の選抜レースの情報が記された紙で、レース開始の時間や内容、出走予定のウマ娘の名前などが記載されている。
「午後二時から第一レース、右回りの芝 マイル1600m。 二時半から第二レースで、同じく右回りの芝 中距離2000mか 」
左腕に装着している腕時計を見てみると、今はだいたい一時五十分。 あと十分で第一レースが開始されることになる。
ターフに目を移すと、第一レースに出走する十八人のウマ娘達が各々の、軽くジャンプをしてみたり、大きく深呼吸をしたりして、レースへの緊張を和らげていた。
私が注目しているのは、六番のゼッケンを着けたタイキシャトルという大柄なウマ娘だ。
彼女は入学当初からその才能を高く評価されており、将来大物マイラーになるのではと囁かれているという。
ぜひとも、彼女のようなウマ娘をスカウトしたいものだが、ああいった才能のあるウマ娘は、誰も彼もスカウトするので競争率が高いし、もっと早い段階で誰かしらが唾をつけている可能性がある。
彼女といい感じに勝負できるウマ娘がいれば、狙いどころなのだが━━━
そんなことを考えている内に、ウマ娘達は一直線にスタートラインに並び終え、レース開始の合図であるフラッグが勢いよく掲げられた。
レースは私の予想通り、タイキシャトルの実力が抜きん出ていて、向こう正面に入る頃には後続を引き離して一人、先頭を走って……。
いや、違う。
身長が高いタイキシャトルのせいで、観客席からは見えにくいが、目を凝らして見ると青毛のウマ娘がタイキシャトルの隣を並走している娘のがわかる。
私以外の人もそれに気づき始めたのか、観客席がまたざわざわと騒がしくなり始めた。
それもそのはず。
あの青毛のウマ娘のことなんて、噂にすらなっていなかったのだ。
全くの無名ウマ娘が、誰もが認める実力を持ったタイキシャトルについていけているというのは、それだけ衝撃的なことなのだ。
私は大慌てで、クリップボードの紙に載せられてた、出走ウマ娘一覧を確認する。
青毛のウマ娘は珍しいので、彼女の名前はすぐにわかった。
『セイランラズライト 』
やはり、今まで聞いたことのない名前だった。
なぜ、大々的に注目されているタイキシャトルと、同等の走りを見せている彼女の話が出回らなかったのだろうか?
まさか、スピードはあるがレースを走りきるだけのスタミナが無いなんてことはないよな……。
さまざまな可能性を加味して熟考していると、私の周り、観客席全体から ワァッ!! と歓声が巻き起こった。
すぐさま私は顔をあげて、レースの状況を見てみると、タイキシャトルとセイランラズライトの二人が並んだまま、最後の直線へと突入していた。
両者共、さっき見たときよりスピードを上げてきている。
互いに一歩も譲らない闘いだったが、タイキシャトルはさらに加速した。 一枚上手だったのだ。
そのまま、タイキシャトルはゴール板を通過し、思いもよらぬ健闘を見せたセイランラズライトに、クビ差で勝利したのだった。
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選抜レースが終わってから数時間が経った。
オレンジ色に染まった空では、大きな夕日が傾き始めている中、私は河川敷へ日課であるランニングのために来ていた。
あの後、第二レースの中距離ではサイレンススズカというウマ娘が二着に四バ身の差をつけて圧勝したのだが、私の心は一つに決まっていた。
私はセイランラズライトをスカウトすることに決めたのである。
予想以上の活躍を見せた彼女は、あの場であの走りを見た多くのトレーナーが求めることだろうとはわかっていた。
それでも、私は彼女をもっと見ていたいと思った。
彼女が見せてくれる景色を、誰よりも近くで見たいと感じられた。
だから、可能性が低いとわかっていながら彼女のスカウトへと向かったのだが、結果はレース同様、誰も予想していなかったものとなった。
どこを探しても、セイランラズライトが見つからなかったのである。 まるで霧が晴れるかのように、彼女は姿を消してしまってのだ。
私は走りを止め、堤防の斜面に降りるとそこで仰向けに横たわった。
今日の夕空は、現実逃避にはうってつけの綺麗な空だ。
「……セイランラズライト 」
改めて口に出すと、宝石のような名前だなと感じる。
彼女はなぜ、あの場から姿を消してしまったのだろう。 一体どこに行ってしまったのだろう。
沈む夕日を眺めながら、彼女に思いを馳せていると、頭の上の方からカサッと、芝生を踏む音が聞こえた。
「呼んだ? 」
同じ方向から、高くも低くもない中性的な声がして、私の視界には、ヌッと一つの顔が現れた。
真っ黒な青毛のショートヘアーで、丸い目は深い海のように真っ青だ。
突然のことで、脳の処理が追い付かない私は、彼女がしゃがんで私の顔を覗き込むようにしているということに気づくのすら、時間を要するような状態だった。
彼女が先程まで私の脳を占拠していた、セイランラズライトだとわかるのには、さらに時間を使った。
「あなた……どうしてここに? 」
数時間前に、レース場で姿を消した彼女がなぜ、こんな河川敷にいるのか。 まずその疑問が浮かびあがった私は、すかさず彼女にそう尋ねた。
すると彼女は、顔色一つ変えずに
「あそこにいたら、みんな私のところに来るでしょ? 」
と答える。
正直、何を言っているのかよくわからない。
私の顔から、私が発言を理解していないことを察したのか、彼女はさらに続ける。
「私はね、ステッキを選ぶときは値段とか、柄とかじゃなくてこう、ビビっとね、運命的なものを感じた時に買うんだよ 」
「それは、トレーナーも一緒だと思ったんだ。 ごちゃごちゃした中から選ぶんじゃなくて、運命的な何かによって出会った人と契約する方が、絶対いいと思うんだよ 」
「今の君みたいにね 」
そう言うと、彼女はフッと頬をあげて声を出さずに笑って見せた。
「まだデビュー前の私の名前を知っているってことは、あなたトレーナーでしょ? 」
「あなたが私のトレーナーになってよ 」
私はこの瞬間、理解した。 自分は運命的に、彼女に選ばれたのだということに。
差しのべられた手のひら。 私はなにも言わずにその手をとった。