ラズライトのトレーニングを開始して、数週間が経った。
彼女には相変わらず、弱点であるスタミナ面を強化するメニューをこなしてもらい、少しずつだがその成果も見え始めてきた。
そんな中、私は一人トレーナー室に置いてあるノートパソコンと向き合っている。
前々から気になっていた、ラズライトが無名だった理由について、調べる準備が整ったからだ。
その準備とは、学園側に対するウマ娘生徒の情報閲覧許可の申請のことである。 部外者が簡単に生徒の個人情報を閲覧できないよう、生徒の情報ファイルにはロックがかかっているのだか、トレーナーは自分の担当するウマ娘の情報に限り、許可を申請することで情報を閲覧できるようになっている。
「このパスワードで最後かな…… 」
何重ものロックを突破し、最後の十桁パスワードを入力し終わると、ようやくラズライトの情報ファイルを開くことができた。
ロックの解除だけで十五分程の時間を要したが、預かる生徒の個人情報がこれだけ厳重に守られていたら、保護者方は安心だろうなと感想を抱く。
ともかく、これでようやくラズライトの事について詳しく知ることができるだろう。 記載されている情報は、まだ一年にも満たない十ヶ月分だが、何かヒントくらいはあるはずだ。
よし!と心の中で握り拳をつくり、唾を飲み込んでから『中等部 一年生徒 』の下に並ぶいくつもの名前の中から、セイランラズライトの名前を見つけ出してクリックした。
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《セイランラズライト》
所属: 中等部 一年 レース課
入学方法: 推薦
授業態度: 5/10
学習成績: 5/10
素行、日常生活点: 7/10
一学期総評: 授業態度、テスト成績共に平均的。 課題提出率は良。 レースルールの理解、体育レースの成績も平均的。
二学期総評: 祖母が運営するカパネッレウマ娘トレーニングセンター学園(イタリア共和国・ラツィオ州・ローマ)へのレース留学のため公欠。
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「……なるほど? 」
私が知りたいこととは関係ない文章や、長ったらしいところは省略して読んでみたが、なんとなくそれっぽい文を見つけることができた。
入学してから一学期の間、レースの基礎について学ばせ、二学期から模擬レースなどを通して実際のレースに慣れさせていくというのが、うちの学園の方針だと私は理事長から聞かされている。 つまり、ラズライトはレースの実践期間である二学期の間、まるまる公欠していたため、その存在をトレーナー達に認知されていなかったのだ。
一学期総評を見ればわかる通り、彼女は入学直後はいたって平均的な生徒だったので、余計にリストアップされなかったのだろう。
それにしても……祖母が運営する学園にレース留学って……なかなかすごいことやっているんだな。 そういえばあの子、会ったばかりの時に、ステッキがどうたらって話してなかったっけ? 結構お金持ちだったりするのかな?
知りたい謎は解けたのだが、彼女について詳しく知ったことにより、更なる疑問がわいてしまい、新たな想像を掻き立てられる結果となってしまった。
「……深く考えないようにしよう 」
学生時代、テストでわからない問題があったら、その問題にとどまるんじゃなくて、一旦飛ばしてわかる問題から解けと教わったのを思い出した。 これもまた同様と言えるだろう。
これ以上の詮索を止めると決めた私は、おもむろに左腕につけている腕時計で時刻を確認した。 今日のトレーニング開始時間までは、あと五十分もある。
あまり得意ではないパソコン作業で疲れたし、時間もあるからソファーで横になろうかな。 そう思い、立ち上がってソファーの方に振り向くと
「あ! やっと終わったね 」
いつの間にここに入ってきたのか、ラズライトがすでにソファーで寝転がっていた。
「早いね。 どうしたの? 」
表情を変えず、何事もなかったかのように彼女に尋ねるが、正直ラズライトが入室したことに全く気づかなかったし、内心めちゃめちゃビビっている。
「今日はトレーナー室でシエスタしようと思ってね。 それにしても、熱心にパソコンと向き合って何してたの? 」
うーん、彼女のこの質問に対して、正直に全て答えるべきか悩ましいところである。 「ラズライトについて調べてたよ 」と言ったら、彼女が嫌な思いをする可能性があるからだ。
嘘をつくのは少々心が痛むが、致し方ない。 ラズライトには仕事をしていたと伝えることにしよう。
「ちょっと仕事関係のフォルダを整理してただけだよ 」
「……ふーん、それはお疲れ様。 私はシエスタするから、時間になったら起こしてね 」
そう言うと、彼女はソファーの肘置きにかけてあったブランケットにくるまり、目を閉じてしまった。
どうやらうまく誤魔化せたみたいだ。
「はいはい、お休みラズライト 」
さて、私も少し休みたいのだが、ラズライトが寝ている手前、部屋を開けるわけにはいかない。 椅子で寝るのは大学以来となるが、仕方ないか。
背もたれに体を預け、目を瞑って休息をとろうとしたその時、ラズライトが思い出したかのように、言葉を発した。
「そうそう、いい加減私のことはラズって呼んでね。 昔からいろんな人にそう呼ばれてきたんだから、トレーナーも呼んでくれなきゃ怒るからね 」
なんともまあ、可愛らしい要求だ。
彼女は顔立ちが中性的だし、背も高いから格好いいという印象を抱きがちになるのだが、そういう面を見せられるとなんだか微笑ましく思える。 これがギャップというやつか。
「はいはい、お休みラズ 」
そう返してやると、彼女は満足したのかフンッと鼻息を一つ鳴らしてから眠りについた。
そういえば、中学一年生はまだまだ子供か。