とある日のトレセン学園。
今日はラズの休養日。 仕事もちゃっちゃと片付け終わった私は、暇なので学園の校内を散歩することにしていた。
すれ違うウマ娘達に挨拶され、笑顔で返しながらあてもなくブラブラ歩いていると、なんだか見覚えのある人物とばったり遭遇する。
「あっ! お久しぶりです 」
私のことに気づいた彼は、駆け足でこちらへと近寄ってきた。 そう、あの時の名前を聞き忘れた男トレーナーである。
彼は、自分が担当していると紹介していた、オレンジ髪のウマ娘と一緒にいるようだった。
「いやぁ、前あった時に自己紹介を忘れて申し訳ないです 」
彼はそう言いながら、右手を頭に添え、ペコッと少しだけ腰を曲げる。
「俺は
元々、地方でトレーナーをやっていたんですが、昨年度からトレセン学園に配属になりました。
そして、こっちが俺が担当している━━━ 」
「はい! マチカネフクキタルです! 」
マチカネフクキタルは、粟屋トレーナーの声を遮るように、元気な声で自己紹介した。
「熊谷 早弥香です。 今年度からトレーナーになりました。
改めてよろしくお願いします 」
二人に対して、私も自己紹介を行う。 これでようやく、名前を聞けずにモヤモヤしていた感情を晴らすことができる。
「そういえば……今日は担当ウマ娘と一緒じゃ無いんですか?」
私が心の中でスッキリしていると、粟屋トレーナーがそう尋ねてきた。 私が今日はラズの休養日ということを彼に伝えると、粟屋トレーナーは自身の顔の前で手を合わせて
「あの、よろしければ少し手伝ってもらえたりしませんかね?」
とお願いしてきた。
話だけでも聞いておくか、という事で事情を話させると、彼は自分の担当ウマ娘のためにこれから図書室でレース場の情報が載った本をさがしに行くところなのだが、いかんせんトレセン学園の図書室は広くて、本が多いのでお目当ての本を見つけるのには骨が折れる。 それに、一つもではなくできるだけ多くの書籍を読ませたいので、一緒に探してくれないかということらしい。
元々、暇を持て余していた私は、特に断る理由も用事も無いため、快くこれを了承し二人と図書室へと向かうことにした。
━◆━◆━◆━◆━◆━
「見てください! 熊谷トレーナー! 『よく当たる! 星座、手相占い』ですって! 私この本を読みたいです! 」
粟屋トレーナーの元を離れ、私と一緒に本を探すマチカネフクキタルは、満開の花畑のような笑みをうかべながら本の表紙を私の方に見せてきた。
彼女が人見知りしない性格なのは、この短時間でよくわかったが、だからといって私が甘やかしてしまうと粟屋トレーナーに悪いので、その本は一旦本棚に戻すように促しておく。
……そういえば。 このマチカネフクキタル、メイクデビューがラズと同じ年って話だったような。 ということは、ラズと同級生なのかな?
ふと、脳内にわいた疑問を解消するべく、私はすぐさまマチカネフクキタルに問いかけてみる。
「ねえ、フクキタルは何年生なの? 」
「私は中等部の一年ですよ。
来年度メイクデビューです! 」
自信満々にこたえる彼女に、立て続けに質問をする。
「そしたら……セイランラズライトって娘、知ってる? 」
フクキタルが、知らないとこたえたら流石に恥ずかしいので、私は恐る恐るといった様子で彼女にそう聞いてみたが、彼女はその笑みを崩すことなく
「はい! ラズライトさんとはクラスが一緒です! 」
とこたえてくれたのを聞き、ホッと一息つく。
「あの娘、クラスだとどんな感じなの? 」
続けてそう尋ねると、彼女は一拍間を置いてから口を開き
「ラズライトさんは休み時間、いつも寝ているのであまり話したことが無いんですよね。
授業中はちゃんと起きてノートをとっているんですけど、だから彼女についてはあまりわかりません 」
やや曇った表情を見せながらそう語る彼女に、ありがとうと一言お礼を言ってから、本棚の方に顔を移して思考を巡らせる。
休み時間にいつも寝ているか……。 ラズはトレーニング前、シエスタと言っていつも仮眠をしてからトレーニングをしている。それは、一日の授業の疲れをとるためと思っていたけど、休み時間も寝ているとすれば、それは寝すぎだ。 逆に体調を崩すことになる。
じゃあ、なんでラズはこんなに睡眠時間を多く確保しているのだだろう?
今ある情報を踏まえて考えられるのは、夜に何かしらの行動をしているため、睡眠できていない可能性と、単純にラズが寝ないと調子がでないタイプのウマ娘なのでは、という二択が思い付いた。
ラズの担当トレーナーとして、彼女の健康のために寮での生活を確認したいところではあるが、ウマ娘の寮にトレーナーが立ち入ることは、原則として禁止されているためそれは出来ない。
どうすればいいものか……。
と考えている内に、五冊ほどの本を抱えた粟屋トレーナーがこちらの状況を確認しにやってきた。
私とフクキタルは話をしながらも、きちんと目的であった本探しを行っており、私達が手に二冊ずつ本を持っているのを確認した粟屋トレーナーは満足げな表情で
「熊谷トレーナー、ありがとうございます。
これだけあれば、フクキタルにしっかり知識をつけさせることができます 」
そう言い、深々と頭を下げたのだった。
その後、粟屋トレーナーとフクキタルはそのまま図書室に残ってレース場についての勉強を行うという事で、私はそこで二人と別れ図書室を出た。
腕時計で時刻を確認すると、図書室に入った時間から四十分程度経過したのがわかる。
それなりに時間を潰すことができたし、また目的もなく校内をブラブラうろつくのも流石に気が進まないので、トレーナー寮に帰ろうか。
そう思った時である。
「熊谷トレーナー、お久しぶりです 」
背後から、そのように声をかけられた。
振り返って声の主を確認すると、立っていたのは緑色の制服に身を包んだ女性。 トレセン学園理事長秘書の駿川たづなさんだった。
彼女とは、私がトレセン学園のトレーナーになったばかりの去年四月頃、学園内やトレーナー寮などの施設の説明をしてもらった時に話をしたことがあったのだが、それっきり顔を合わせる機会がなかった。
まあ、たづなさんは理事長の秘書という大変な仕事以外にも、私みたいな新人トレーナーのサポートや、トレーニング機材の定期チェック、保健室に備えられている医療品の在庫管理等々、多くの仕事を抱えた多忙な人であるため、おいそれと会うことが叶わないのだが。
「たづなさん、何か私にようですか? 」
そんな彼女が、何の用も無しに話しかけるとは考えられないため、私はそのように尋ねたのだった。
するとたづなさんは、ゆっくりと私の方に近づき、私の耳元に自分の顔を持ってくると、小さな声で
「少し、お時間よろしいでしょうか? 」
と囁いたのだった。