青金石の輝きを   作:華燈始

9 / 10
9,勝負

とある日のトレーニング前。

 

トレーナー室の椅子に腰掛け、未だになれない手付きでキーボードを叩き、苦手なパソコン作業を行っていると、作業の邪魔にならないように、テーブルの左端の方に置いておいた携帯が、ピロリンと通知音を鳴らした。

 

まさか、もうすぐ担当ウマ娘のトレーニングの時間だというのに、ここに来て仕事の追加じゃあないだろうなと、恐る恐る携帯に手を伸ばし、メッセージアプリを開くとラズから一件、メッセージが送られてきていた。

 

『色々あって、先にコースにいます。

ゆっくりしてていいからね 』

 

長ったらしい前置きもない、彼女らしい手短な文章だ。

 

『ゆっくりしてていい 』と彼女は書いてくれたが、万が一ラズの身に何かあったらいけない。 私は携帯をポケットにしまうと、ノートパソコンの画面を素早く閉じて、駆け足でトレーニングコースへと向かった。

 

 

━◆━◆━◆━◆━◆━

 

 

 

ぜぇはぁと、肩で息をしながら走ること数分。 私はウマ娘達のトレーニングコースに到着した。

 

トレーニング時間の前ということもあってか、コースに人は少なく、見慣れたラズの姿を見つけることは容易だった。

 

「あれ? トレーナー。

ゆっくりしててよかったのに 」

 

駆け寄る私に気づいたラズは、きょとんとした顔でそのように話す彼女に、「ちょっと心配だったから 」と笑いながら返す。

 

すると私は、ラズの後ろに見たことの無いウマ娘が一人いることに気がついた。

 

ラズより10cmほど背が低いそのウマ娘は、ウェーブがかった鹿毛を肩のあたりまで伸ばしており、若干つり上がった目でじっと私の事を睨んでいた。

 

「ラズの友達? 」

 

「いや、さっき会ったところ。

勝負挑まれたから、これから走るんだ。

トレーナーも、せっかく来たんならスターターやってよ 」

 

ラズのお願いを引き受けつつ、混乱する頭を整理しよう。

 

(━━会ったばかりの娘に勝負を挑まれる状況とは……?)

 

顎に手を当てて首をかしげながらその状況について考えてみるが、一向にそれらしいものは思い浮かばない。

ここは潔く、ラズに直接聞いてみることにしよう。

 

「事の顛末を詳しく 」

 

ラズにそう聞くと、ラズは彼女との出会いから、勝負を挑まれる経緯までを細かく話してくれた。

 

 

時間は今日の朝までさかのぼる。

ラズがクラスメイトである、マチカネフクキタルに今日の運勢を占ってもらおうと、彼女のもとへ向かうと、そこには先客、鹿毛の彼女がいたらしい。

 

彼女は、マチカネフクキタル、言い争いのような事をしており、彼女が大変立腹していたのは見て取れたらしいが、ラズは彼女の体を持ち上げて二人の口論に割って入り、マチカネフクキタルに自分の運勢を占ってほしいと頼んだのだとか。

 

フクキタルが水晶玉に手をかざし、数秒目を瞑った末に出されたラズの運勢は大吉。 ラズはフクキタルにお礼を言って、その場を後にしようとしたのだが、ここで彼女の矛先が自分に向いたのだと言う。

 

彼女の話を聞くと、彼女もフクキタルに占いをしてもらったが、本日の運勢は凶と出た。 こんなの何かの間違いだとフクキタルに抗議していたら、ラズが割り込んできた。

 

私の運勢が凶なのに、他の人が大吉なのはおかしい。 占いの結果が間違っているのを証明するためにレースで勝負しろ。

 

というのが彼女の言い分だった。

 

滅茶苦茶な論理だが、レースができるという事で、ラズは二つ返事で了承し、今から勝負が行われようとしているということらしい。

 

 

(なんと言うか……変わった娘と天然を掛け合わせると、こうも話がカオスになるのか)

 

そう思い知らされる。

 

心の中で、しみじみとそう感じているが、実はとっくにレースは始まっている。 もう半分くらい終わったところだ。

 

なぜ、私がレースの展開を気にかけていないのかというと、かけるまでもないからである。

 

彼女、走りのフォームも綺麗でスピードもあるが、恐らく入学したばかりの一年だ。 たぶん、同期の娘達の中で見れば、そこそこ上位の実力を持ったウマ娘かもしれないが、デビュー前のウマ娘とデビュー後のウマ娘とでは、力の差がありすぎる。 簡単にあらわすなら、アマチュア選手とプロってところだ。

 

そんなわけで、レースは終始ラズが先頭を譲ること無く、彼女を圧倒して勝利した。

 

「はーい、二人ともお疲れ様 」

 

ラズに遅れてゴールラインを通過した彼女を見送ってから、私は二人のもとへタオルを手渡しに行く。

 

ラズに渡すのは普段から彼女が使っているもので、鹿毛の娘に渡すのはいつも念のため持ち歩いている、予備のタオルだ。

買ったときの袋から取り出して彼女に手渡すと彼女は無言のまま、それを受け取った。

 

 

「あり得ないわ……キングが負けるなんて…… 」

 

彼女がポツリとそう呟いたのは、二人に水分を補給させてしばらく休憩をとらせている時の事だった。

 

(自分の事をキングって、女の子ならクイーンでしょ)

 

心の中でそうツッコミをいれつつ

 

「中等部の一年にしては、いい走りだったと思うよ 」

 

と彼女にフォローをいれる。

すると彼女は私の言葉に気が触ったのか

 

「誰が相手だろうとキングに負けは許されないの!! 」

 

と声を荒げた。

自尊心が高いと言うかなんと言うか……。

いいことではあると思うけど、負けたら駄目って流石に自分を追い込みすぎじゃないかと思ってしまう。

 

「ほら、あなたはまだデビューもしてないんだから、あなた程の実力があればもう何人かにスカウトされてるでしょ?

その中から良さそうな人選んで、一緒にトレーニングしてけば大丈夫だって 」

 

とりあえず彼女をなだめようと、口から出した言葉だったが、それを聞いた彼女は

 

「スカウトなんてされたこと無いわよ!

このポンコツ!! 」

 

かえって火に油を注ぐ結果となってしまった。

(しまった……彼女くらいの実力があるウマ娘に、まだスカウトが来ていないとは思わなかった。

この娘の同期どんだけレベル高いんだよ!)

 

焦る。

私の顔を睨み付ける彼女の顔は、今にも泣き出してしまいそうなものなのだ。

どうにか彼女をなだめなくては。

 

「そっ、そしたら! 私が見る目のあるトレーナーを紹介するよっ! 」

 

上ずる声で、咄嗟に出てきた言葉をかける。

もう、どうにでもなれ。

 

 

 

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