帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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火遊びの誘い

 

 

 

その日は、今年一番の猛暑日となった。島に記録されている最高温度を超えたことを壁にある温度計が告げる。そんな暑さの中、俺と琴音は汗だくになりながら課題の山を片付けていた。

 

「あっちぃ〜……」

「ほら、文句言わずに手を動かす。さっきから一頁も進んでないわよ」

「もう暑さで俺の脳は限界だ。溶ける。何も考えられん」

 

お互いに着ているシャツは汗でべったり肌に張り付いている。琴音に至っては髪が頰に張り付き、シャツが透けて水色の下着が見えてしまっていた。

 

「な、なんであたしを見つめてくるのよ?」

「そこにおまえがいたからとしか……」

「そんなにあたしの顔見つめても、ちょっと困るんだけど……」

「……」

 

琴音は頬を紅潮させていく。困っていると言ったが、表情は満更でもなさそうだ。

 

「–––って、どこ見てるのよ!?」

 

俺の本当の視線の位置に気づいた琴音がバッと胸を隠すように抱いた。

 

「透けてる……」

「言うのが遅いわよ!」

「仕方ないだろ。脳が思考停止寸前なんだから」

 

シャツが透けてる。水色の下着が見えてる。そう認識して、その先が考えられなかった。果てには何を見ているのかさえよくわからなくなっていたかもしれない。

 

「っていうかおかしいだろ。なんで転校が決まった途端、こんな山のような課題を出さなければならないんだ……」

 

俺が片付けている課題の山は転入が決まったと同時、夏休み明けに出せと配布されたものだ。

 

『団長ー、あそぼーぜ!』

 

暑さにやられて幻聴まで聴こえてくる。

幼き頃のあの日、亮介達がよく遊びに誘いに来たっけ。

九割型、琴音だったような気もするけど。

流石にここまでくると末期だ。

 

「団長、いないのかー。……っているじゃん」

 

庭の先になんかいた。トランクスタイプの水着一つの亮介が。

 

「ふんっ!」

 

小さなテーブルを蹴り上げて盾にし、机の上にあったボールペンを亮介に投擲する。

 

「おあああ、あっぶねぇ!?」

「あ、悪い手が滑った」

「絶対嘘だ!完全に狙ってたろ!?」

 

惜しくも避けられてしまったが、亮介が目を逸らしている間に琴音を立てた机の裏に隠すことに成功する。これで彼女の艶姿は公に晒されないはずだ。

 

「まぁ、そんなことはいいだろ。ところでおまえ何しに来たんだ?」

「あ、そうだった」

 

亮介が改まる。そして、微妙に焼けた肌と歯を光らせながら指を立ててこう言った。

 

「団長、海水浴場にナンパしに行こうぜ!」

 

刹那、太陽の光に反射して銀の閃光が煌めく。それは真っ直ぐに亮介の顔の横を通り過ぎ、髪を数髪切り落とすと庭にある木に刺さった。何やら特徴的な二つの輪っかの柄だけが突き出ている。

 

–––鋏だった。

 

恐る恐る振り返った亮介は得物を見るや、それを放った犯人である琴音に勢いよく振り向く。

 

「ちょっ、団長の投げたボールペンはともかくあれはマジで死ぬから!」

「ねぇ、今、圭を何に誘ったのかしら?」

 

亮介の文句をものともせず、琴音は涼夏を感じさせる笑顔で問う。すると亮介の顔は夏の怪談や肝試しも真っ青なブルーになった。

 

「もう一度聞くわよ。圭を何に誘ったの?」

「いや、えっと……その……団長にはナンパのいろはをご教授願いたく、決して琴音嬢の恋路の邪魔をするつもりではなくてですね……」

「もしそれで変な虫が圭についたら、どうするつもり?」

 

しどろもどろになりながら説明する亮介であったが、琴音の迫力に最後には何も言えなくなってしまった。

 

「亮介、俺ナンパの仕方なんてわからんぞ」

「今フォローするとこそこじゃなくね!?」

 

しかし、ナンパなんて生まれてこの方したことがないのは事実だ。亮介の役には立ちそうにない。そう考えていたのだが、これは課題という檻から抜け出すにはいい口実になる。

 

「まぁいいか。せっかく遊びに誘われたんだ、海水浴場にでも行ってみるか」

「!?ちょっとまさか本当にナンパするんじゃないでしょうね!?」

「よし、行くぞ亮介」

 

縁側に置いてあったサンダルで庭に飛び出す。その後を、亮介が遅れてついてくる。

 

「ちょっと待って団長、このままだと俺、琴音嬢に殺されちまうよ!」

「諦めろ」

 

遠くから聞こえる「あっ、こら、待ちなさい!」という琴音の声に怯える亮介はそれでも足を止めなかった。

 

 

 

 

 

 

海水浴場には大勢の海水浴客がいた。この猛暑日に海を利用するという考えは共通の見解らしく、親子連れのみならず若い男女も多く水着を着てはしゃいでいる姿がある。その中には島民の姿もあった。

 

「ようやく来たか、リーダー」

 

亮介のみならず真広も水着一つに着替えて俺達を待ち構えていた。

 

「さて、早速で悪いんだがどうやったらナンパが成功するか教えて欲しい。リーダーは都会の荒波に揉まれて以前とは比べものにならないほど男らしくなって帰ってきた。その術をどうか俺達に!」

「そもそもなんで俺が場慣れしてる前提なんだ?」

「都会ではナンパができて一人前の男になると聞いた。それにお嬢と倉科の二人を上手くコントロールできるリーダーなら、そういう術に長けていると思ったまでだ」

 

どうやら二人は都会に凄い偏見を持っているようだ。

 

「取り敢えず、迷惑のかからない程度にやってみせてくれよ」

「まぁ、やってみるけどよ」

「今日こそは成功させてみせる」

 

そうして二人は意気揚々と海水浴場(戦場)へと勇敢にも飛び出して行った。

 

まず初めに動き出したのは亮介だ。

 

「そこのお姉さん、観光?」

「え、そうだけど……なに?」

「俺この辺のことは詳しいんだ。案内してあげるよ」

「プフッ、ナンパ?」

「いや、まぁ、そんな感じ?」

「初心なの可愛い。でも、ごめん。あたし彼氏いるから」

 

金髪のギャルに突撃したが、敢えなく撃沈。

とぼとぼ戻ってくる亮介。

 

「……なんで俺が狙った相手はいつも彼氏がいるんだろ」

「おまえはまだ詰めが甘いな。行ってくる」

 

その亮介とバトンタッチして、今度は真広が戦地へと赴いた。まずあたりを見回すと獲物を探す。そして、小さな子供と何やら話している。それが終わると一人の若い女性に静かに歩み寄った。

 

「母娘で観光ですか?」

「え、まぁ……はい」

「この島で食事を取るなら、漁港近くにある商店街の海鮮丼屋がおすすめですよ」

「まぁ、そうなんですか?」

「新鮮な魚が毎日獲れますから。実はうち漁師の家系でそこにも魚を卸していて」

「そうなんですね」

「良ければ、子供が楽しめそうなところ案内しますけど」

 

真広の方は中々上手くいっているようだ。でも、何故か釈然としない。

 

「–––って、おまえはなに人妻狙ってんだ!?」

 

俺はすぐさま真広の後頭部をチョップで殴りつけ、砂浜に沈めると首を掴んで引き摺って撤退する。亮介のところまで戻るとそこでようやく真広が口を開いた。

 

「あぁ……せっかく、上手くいっていたのに」

「狙っちゃダメだろ人妻は」

「ちゃんと夫がいるかどうか確認したぞ?パパはいない、って」

「子供に何確認してるんだよ」

「前にそれで失敗したからな」

 

ナンパしにきたのに二人のとんでもない性癖を暴露されている。二人揃って正座させたところで、俺は別の話題に入ることにした。

 

「そもそも彼女作るなら島の女性じゃダメなのか?」

「ダメだぜ団長、もし島の女を彼女なんかにしてみろ。……性癖から何まで島中に丸裸だぜ」

「噂は立ちやすいからな。そんなリスクは負えない」

「それ言ったら俺なんて許嫁が琴音なんだけど」

 

島では噂は拡散しやすい。俺が帰っているのが一日で島中に知れ渡ったように、それはまた別の話題でも然りだ。

 

「可愛い子いっぱいいるだろ。美咲に智代子、他にも色々と」

「ちょこはなぁ。来た時から島の女って感じでワイルドだから」

「そもそも美咲はリーダーを超えない限り堕とせない、難攻不落の要塞だ」

 

智代子や美咲にそれらしい感情はないらしい。あれだけ可愛いのに枯れている奴らだ。そんなことを思っていれば、ふと次の質問が浮かぶ。

 

「じゃあ、どんな女性が好みなんだよ」

 

その問いに先に答えたのは亮介だった。

 

「俺はやっぱり歳上かな。他は子供っぽくていけねぇ。そんでおっぱいはやっぱり大きいほうがいいかな」

 

聞いてないことまで亮介は答えてくる。まぁ、胸のサイズもある意味、異性の容姿的な好みに入るのだろうか。

 

「俺はやはり母性に溢れている女性だな。優しく包み込んでくれるそんな女性が好みだ。……まぁ、そのなんだ、胸はやはりないよりある方がいいか」

 

どうしても二人の話の終着点が胸のサイズにいってしまう。

それを俺は止められなかった。

 

「そういう団長はどうなんだよ?」

「俺か?そうだな……。優しいひとがいいな。おとなしくて引っ込み思案で俺の後ろちょこちょこついてくるような健気な感じのやつ。地味な感じの女性が好きだが」

「琴音嬢とは正反対だな」

 

その瞬間、コツンという衝撃が後頭部を打った。振り返るも何もない。背後には誰もいないし気配もない。同じく背後を振り返った亮介が首を傾げている。

 

「どうしたリーダー?亮介?」

「いや、今なんか当たった気がしたんだが」

「俺も。気のせいだったかな?」

 

気のせいだったということにして、話に戻る。

 

「でも、あれはあれで可愛いぞ。構ってくれないと拗ねたりするところとか。ただのツンデレだと思えば可愛いものだ」

 

昔はわからなかったことでも。今なら全て、琴音の行動の理由がわかるような気さえしていた。

 

 

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