帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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琴音のいない日・中

 

 

 

稲荷島には四つの釣り場が存在する。

 

稲荷港付近の堤防。

廃灯台の堤防。

稲荷島の離れ小島。

狐森の秘境。

 

“稲荷港の堤防”はフェリーや漁船が停泊する場所付近にある。主に利用するのは外から来た釣り人だ。

“廃灯台の堤防”は海水浴場から海岸沿いの道を進んだ場所にある。今は使われていない灯台の堤防は今では人が全く訪れないが、島民がたまに一人で釣りをしにくる場所でもある。

“稲荷島の離れ小島”は文字通り離島になっている直径200mほどの島だ。しかし、完全な離島ではなく潮が引いた時には徒歩で渡れる道ができることから、“狐尾島”と呼ばれている。

“狐森の秘境”はその名の通り島にある森を抜けてしか行けない、島から出っ張った岩場のことだ。船から見た景観もさることながら、高さ2mほどの岩場から落ちれば上がる術なしと言われており、文字通り危険ながら眺めは素晴らしい。

 

一般的には稲荷港が釣り場であり、他は島民達しか利用せず、あとの二つはどちらかと言えばデートスポットの意味合いが強いので釣り場とは全く言えないのかもしれない。

 

 

今日はそのひとつ、廃灯台の堤防に釣りをしに来ていた。用意した椅子を設置して釣竿に餌をつけて海に向かって投げる。そして椅子に座るとその膝の上に桂音が座った二人掛かりスタイル。二人で竿を握って、ぼーっと海を眺める。

 

「おにーちゃん、釣れた?」

「まだ餌に食いついてもいないぞ」

「まだかなぁ?」

 

開始十分、桂音はそんなことを言ってワクワクした様子で竿を揺らす。二人ひとつで竿を扱っているため何があっても桂音が海に引き摺り込まれることはないだろう。腕の中にすっぽり収まっていることもあって、ご機嫌に足をぷらぷらと揺らしている。

 

「–––わっ!?」

 

–––と、その時だ。

 

竿がピクリと跳ねるように動く。ピク、ピクピクとまるで魚が餌にちょっかいをかけている反応の後、ぐいっと竿が強く引かれた。

 

「き、きた!?」

「そうだな。よし、リールを回してみろ」

 

幸いにも当たりはそれほど強くない。子供の力でもリールくらいは回せるだろうと任せてみる。俺は竿を引いたり、揺らしたりしながら桂音がぐるぐると回しやすいように動いてみる。

 

「うーん、しょ」

 

それでも子供には少し重いようで苦戦しながらもなんとかリールを回していた。

 

–––いかんな、これでは桂音の可愛くて細くて柔っこい腕がパンパンになってしまう。

 

俺はそんな場違いな心配をしながら、桂音のリールを回す手に手を重ねた。そして、一気に巻き取ると海面から一匹の魚が姿を現す。思った通りあまり大きくなく、魚屋で見る立派な品とは言い難い。が、桂音にとっては初の獲物。そのまま持って来ていたバケツに水を張ったそこに針を外して放り込んだ。

 

「つれたー!」

「食うか?」

「えっ、おさかなさんたべちゃうの?」

「採れたてが一番美味いらしいぞ」

 

知らんけど。味の良し悪しはあまりわからない。わかることといえば琴音の料理が母親の作った料理より美味しいと思ったことだろうか。

 

「……じー」

 

バケツの中で泳ぐ魚を見詰める桂音。

子供ゆえの好奇心か、まだ見ていたいらしい。

その様子を視界の隅に捉えながら、俺は次の餌をセット。

そのまま海に放り込む。

 

「クォーン」

 

そんな中、甘えるような狐の鳴き声が潮風に乗って聞こえた。声のした方を向けば森の方から走って来た狐が桂音の前に止まり、舌をだらしなく垂らしながら透明なバケツの中を見つめている。

 

「……ほしいの?」

「クォーン」

「おにーちゃん、あげていい?」

「いいぞ」

 

この島の釣り人なら誰でも経験があることだ。狐は油揚げにも寄ってくるが、もう一つ条件がある。この島の狐は釣り人の釣った魚を貰いに寄ってくることがあるのだ。

 

目敏いというか、抜け目ないというか。

賢いのは間違いない。

野生を半分忘れている気もするが、ちゃんと狐も狩りをする。

その点については心配はない。

 

「まっててね」

 

桂音はバケツに手を突っ込むと魚を掴もうとする。狐にあげるべく奮闘するが魚も必死だ。目前の捕食者を前に食われてなるものかと桂音の手を掻い潜り続けた。

 

「あ、とれた!」

 

そうして奮闘すること数秒、桂音はなんとか魚を掴み上げた。

 

「–––あっ!」

 

その瞬間、最後の抵抗か魚が暴れ回る。桂音の子供の握力では暴れた魚を前に無力、難を逃れた魚は宙を舞い放物線を描いて落下する。

 

にゅるん。

 

その落下先は、桂音のワンピースの中。

襟元から魚が入り込み、引っ掛かって暴れ回る。

 

「にゃあああぁぁぁぁ!」

 

まるで情けない猫のような悲鳴を上げながら、桂音もその場で暴れ回った。涙目になりながら必死に魚を追い出そうとする。だが、魚は服に引っ掛かって中々出てこない。

 

「おにーちゃんとってぇぇぇ!」

 

最後には泣きながら俺の元に走って来た。狐もその後を追う。

 

「いやぁぬるぬるする!」

「すぐに取ってやるから暴れるな」

 

俺は迅速に対応するべく桂音のワンピースのスカート部分を掴み、パタパタと広げるように仰いでやった。すると魚がぽとりと落ちて、この瞬間を待っていたと言わんばかりに狐が魚を咥える。

 

–––見事な連携プレイだ。

 

それでもパニックのまま戻ってこない桂音に俺は優しく声を掛けた。

 

「取れたぞ」

「うぅ、ぐすっ……おさかなきらい」

 

よほどのトラウマになったらしく泣きながら桂音は抱き着いてきた。幼子をあやすように俺は桂音を抱いて、ポンポンと頭を撫でてやる。

 

「ほら、大丈夫だから。な?」

「もうつりしたくない」

「じゃあ、次は何して遊ぼうか……。ん?」

 

そんな風に慰めていると、水着の上にパーカーを着た金髪の女性が呆然と立ち尽くしているのが見えた。少し離れた場所で怪訝そうな顔をすると持っていたバッグからスマホを取り出す。

 

「柚葉じゃないか。また来たのか?」

「ねぇ、その子、あんたの妹?」

 

質問には応じてくれず、怪訝な顔でそう問われる。

 

「厳密には違うけど。……妹のようなものではあるな」

「そう。……あんたがそんな変態とは思わなかった」

「待て。誤解だ。誤解をしている」

 

何について変態と言われたのか理解しかねたが、咄嗟に口を突いて出た言葉がそれだった。となるとあの構えられたスマホの用途は自ずとわかるというもの。

 

「まずはそのスマホを下ろせ」

「いやっ、来ないで変態!」

 

ジリジリとにじり寄ると柚葉は徐々に後退していく。誤解で本土の警察を呼ばれては面倒なため、俺は彼女が一瞬気を抜いた瞬間に距離を詰めて腕を掴んでスマホを没収した。

 

「きゃあ!変態触んな!」

「まずは落ち着け。そして、話を聞いてくれ」

「落ち着けるわけないでしょ、こんな人通りのないところに連れ出して!」

「言っておくが俺はお前を連れ出した覚えはない!」

「そんな小さい子を人気のないところに連れ出したりして、信じないんだから!」

 

二人してぎゃあぎゃあ騒ぎながら取っ組み合いの乱闘が始まる。もっとも、乱闘ではなく俺が一方的にスマホを没収して腕を取り押さえると騒がれないように口を塞いだだけだが。

 

「俺はお前に危害を加える気はない。理解したか?理解したなら頷け。その前にゆっくりと深呼吸をしろ」

 

彼女のビキニという薄布一枚に覆われた胸が上下して、段々と落ち着きを取り戻す。そこでようやく俺は塞いだ口を解放した。

 

「取り敢えず、状況を整理しよう。おまえどうしてここにいるんだ?」

「海水浴場で遊んでたら子供と手を繋いで何処かに行くあんた見かけたから、こっそりついて来たの」

 

柚葉は悪気もなくそう言って、至近距離で俺を冷たい視線で見た。

 

「こんな人気のないところに女の子連れ出して、スカート捲ったり抱きついたりしてるからロリコンで救いもないど変態なのかと」

「違う。それは魚が桂音の……あの子の服に入ったから取ろうとしただけで、抱きしめたのに邪な感情はない」

「その魚は?」

「それなら狐が……」

 

そう言って狐の方を見れば、かけらさえ残さず魚を平らげた後だった。魚の姿は影も形もない。

 

「ないじゃん」

「それにあの子は俺の許婚の妹で、将来的には義妹だ」

「許婚?嘘でしょ?」

「よし、じゃあ確かめてみるか?」

 

方法は単純、智代子はスマホを持っているということで連絡先を交換しておいたのだ。智代子と琴音が一緒にいるなら電話を代わってもらい許婚であることの証明を琴音にしてもらおうということである。

 

すぐに智代子のスマホに電話を掛けると、幾度かのコール音の後に回線がつながった。

 

『あっ、圭先輩ちょうどよかったです』

 

開口一番電話口から楽しげな智代子の声がして、有無も言わせずに尋ねられた。

 

『紐みたいな水着とマイクロ水着どっちがいいですか?』

 

–––どっちも同じじゃないか。と、思わず心の中で突っ込む。その後に俺は真面目に忠告しておくことにした。

 

「悪いことは言わんからやめとけ。島中で痴女って噂になるぞ」

『チョコが着るんじゃないですよ』

「じゃあ、なんで聞いたんだよ?」

『琴音先輩にどんな水着を着て欲しいかリクエストしようと思いまして』

 

琴音が紐みたいな水着を……。それはチョコでなくとも大問題だ。もしそんな噂が鈴白の婆さんの耳に入れば、間違いなくお叱りを受けてしまう。主に俺が。

 

俺の趣味で琴音がエロい水着を着たとご近所に噂になってしまう。

 

「というか、なんで水着?」

『昨日、急に琴音先輩から連絡が入って本土で水着を買おうって誘われたんです』

「あぁ、なるほど……」

 

昨日、俺が水着姿を見たいと言ったから買いに行ったのかもしれない。合点がいった。

 

『ところで圭先輩も何か用事があって連絡したんじゃないんですか?』

「あっ、そうだ。琴音に代わってくれ」

 

琴音に用があると伝えると『ちょっと待ってくださいね』と言って何処かに走る。シャッ、というカーテンレールの音が聞こえたかと思うと小さな悲鳴のようなものが聞こえた。それから姦しい騒ぎが聞こえたかと思うと、電話口から緊張したような声が届けられた。

 

『……圭?用事ってなに?』

「琴音、おまえは俺の許婚だよな」

『藪から棒に何言ってるのよ』

 

この際、言質さえ取れればいい。俺はすぐに脳をフル回転させる。次いで出た策は安易で強引に言葉を引き出すものだ。

 

「おまえは俺のこと好きか?」

『ふぇっ!?』

 

電話の向こうから息の詰まるような甲高い音がして、浅く早い呼吸を繰り返す音だけが繰り返される。荒い息使いがゆっくりと治まっていき数秒の静寂の後、琴音はぼそりと呟くように囁いた。

 

『……好きに決まってるじゃない』

 

–––言質は取った。

 

「ところで桂音はおまえの妹だよな」

『なに当たり前のこと聞いてるのよ?』

 

それだけ聞ければ十分だ。

 

「これで証明終了だ」

「うん。わかったから、あんたが必死なのは」

 

傍で聞いていた柚葉はようやく信じてくれたようだ。

 

「おー、おねーちゃん大胆」

 

桂音も姉の返答に感心している様子、俺は通話終了のボタンに手を伸ばした。

 

『は?ちょっと今、知らない女の声がしたんだけど!』

 

最後に何か言っていたような気がするが、これで俺の冤罪は立証されたわけである。

 

 

 

 




簡易設定その2

篠宮柚葉。女性。十六歳。
スリーサイズ82.53.80
身長158cm。

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