帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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琴音のいない日・下

 

 

 

–––キーンコーンカーンコーン

 

突如として、よく学校で耳にした鐘の音が鳴り響く。その音に驚いた柚葉はビクッと大きく肩を揺らしながら、音の発生源である島の中心部の方を振り返った。

 

「今のって学校の予鈴の音だよね?」

 

夏休みである今、学校は休校中で予鈴の音は鳴らない。それを不思議に思った柚葉に俺は遠回しに答えを提示した。

 

「時計を見てみろ」

「時計?」

「今、何時だ?」

「十二時だけど……」

 

ハンドバッグから携帯電話を取り出し時刻を確認する柚葉は、察しが悪いようでそれがなに?と更に首を傾げた。

 

「毎日、正午と夕方の五時を報せるために役所が鳴らしてるんだよ」

「なんで役所がそんなこと?」

「この島の子供は森や山、海で遊ぶからな。どうにも時間を忘れがちで昼食の時間や日が暮れる時間に帰って来ないからそれを知らせるためっていうのが理由だ。特に山や森で日が暮れた時には迷子になる子供とかが出てくる。その予防策ってやつだ」

「へー、じゃあ学校から鳴ってるの?」

「鳴ってるのはあの鉄塔と役所のスピーカー、それと港からだな」

 

俺は山の麓にある鉄塔と役所近くに建てられた鉄塔を指し示す。柚葉はふぅんと興味なさげに返事をしながらも、しっかりと鉄塔に備え付けられたスピーカーに視線を向けていた。

 

「おにーちゃん、おなかへった」

 

そこで慣れた島民である桂音が思い出したように空腹を訴える。俺の服の裾を引いて、不満げな様子だ。

 

「–––というわけで、飯にするか。柚葉はどうするんだ?」

「私も一緒に行っていい?この島の名物とか食べたいし」

「いいけど俺もあまり店は知らないぞ。帰って来て外食しに商店街を歩いたことはないからな」

 

今まで琴音の手料理を食べてきたため外食をする機会がなかったからか、最近の飯屋の情報は持っていなかった。

 

しばらく歩いて港を抜け、商店街に辿り着く。

八百屋、魚屋、薬局、豆腐屋と並んで飲食店が多数並んでいる。

土産屋もあって、少し遠くには役所が見えた。

此処が稲荷島における中心街で、その道端には狐がのんびりとベンチの下で眠ったりと自由に過ごしていた。

何やら食んでいる狐もいて、それを見ている観光客もいた。

 

そんな愛らしい狐の姿に釘付けの柚葉は、不意に疑問を口にする。

 

「ねぇ、あれ何食べてるの?」

「多分、油揚げだな」

「やっぱり油揚げなんだ……」

 

野生の狐が餌付けされている姿に妙な感動をしたらしく、店先で皿の中の油揚げを器用に食べている姿を見て、懐から取り出したスマホで写真撮影を一枚、慣れた様子の狐は気にした様子もなく油揚げに夢中でがっついている。

 

「可愛い……尊い」

「一応言っておくがこの島で狐に危害を加えたら、狐だけじゃなく島民までキレるからな」

「もしやったらどうなるの?」

「……知らない方がいいこともある」

 

口を噤むほどのことが起きる。……そして、この島に住む子供達は狐の逸話と共に、狐に手を出した場合どうなるかの怖い話まで聞かされるのだ。

もしも島民が狐に危害を加えた場合、まず間違いなく村八分ならぬ島八分の刑だ。この島で住むことが精神的苦痛を呼び、結果的に島外に出るしかなくなるのだから、一番キツイ罰になる。

 

ただこのまま気を病むような暗い話ばかりをしているのもあれなので、次は豆知識を披露することにした。

 

「ちなみに豆腐屋の前に狐が屯してるだろ」

「あっ、うん。なんか豆腐屋の前だけ異様に多いね」

「狐が多く訪れる豆腐屋ほど豆腐が美味いんだ」

「なるほど……」

 

豆腐屋の前で待機している狐達を見て、その理由にほっこりと笑顔を浮かべた柚葉はまたパシャリと一枚の写真を撮った。

 

「それはいいんだけど、豆腐屋もただで狐に豆腐とか油揚げあげて経営苦しくならないの?」

「豆腐屋には狐達用に豆腐代が集められてるからな。まぁ、所謂島民からの貢物みたいなものだな」

「そうなんだ……横領とか発生しないの?」

「金だけ貰って狐に豆腐をあげなかったら島八分にされるより先に、狐達が寄り付かなくなる。それをされたら豆腐屋は終わりだな」

 

とんでもない狐至上主義がこの島の特徴だ。

 

「へー、みんな狐のことが大好きなんだね」

「うん、だいすきー!」

 

桂音ちゃんが大きく宣言した。

 

「なんでこんなに狐達と仲良いの?」

「なんでと言われてもな。事実、ギブアンドテイクでうまくいってるとしか言えないからな」

「ギブアンドテイク?」

「この島の狐達は山で迷子になった子供を家まで送り届けてくれるんだ。だから、見守ってくれてる狐にお礼として豆腐とか供物を捧げてるんだよ」

 

これは与太話でもなんでもなく事実だ。山の中で子供が動けなくなったら島民を呼びに狐が助けを呼びに来たり、迷子になれば送り届けてくれる。

 

昔からそう言い伝えられ、それは事実として今も続いているのだ。

 

「しかし、あれだな。あの豆腐屋は見たことがないな」

 

今も狐達が群がっている豆腐屋はかなり真新しい。『藤宮豆腐店』と書かれた看板は見たことがない。新しい豆腐屋だろうか。

 

「おにーちゃん、わたし知ってるよ。あれはねー、一年前にできたって言ってた」

「ほう」

 

その隣には『藤宮食堂』の看板。関連性は大いにあり。

 

島民としては狐達が絶賛する豆腐は気になるところだ。狐に好かれる店は良い店ばかり。今も少し賑わっているようで、店内からは客達の楽しげな声が聞こえていた。

 

「柚葉、桂音、此処でいいか?」

「いいよ」

「私も此処でいい」

 

二人の承諾を得たところで俺は藤宮食堂の引き戸に手を掛けた。

 

「はーい、いらっしゃい!」

 

気づいた店員が元気に声を掛けてくる。

黄金色の髪に“狐の耳”が生え、身につけたエプロンを押し上げる胸は中々に大きく、お尻からはぴょこっと尻尾が突き出していた。

その様相にびっくりしたのは一瞬、見知った顔に驚く。

あれはいつぞやの偽女教師だ。

 

「……って、おや?鈴白さんの旦那さんではないですか」

 

俺に気づいた狐耳娘が近づいてくる。一歩進むたびに尻尾が揺れて視線を奪われる中、彼女は前屈みに下から顔を覗き込んできた。

 

「これはこれはお恥ずかしいところを見られたっすね。だが敢えて聞きます!生徒会長の狐耳姿は?ギャップ萌え間違いなしでしょ!」

 

何を狙っているのか七海学園の生徒会長はどやっと胸を張る。決して薄くはないボリューミーな胸を。

 

「藤宮先輩?生徒会長?」

「あ、そういえば自己紹介がまだっすね。私は藤宮紫苑と申します。以後お見知り置きを。親しみを込めて紫苑ちゃんって呼んでくれると嬉しいです」

「そうですか……」

 

なんかもう色々とインパクトが強過ぎてついていけなかった。

 

「さぁさぁどうぞ奥の席へ」

 

流されるまま奥の座敷席へ。俺と桂音が並び、対面に柚葉が座った。

 

「さて、ご注文は?」

「その前にひとつ聞いていいですか?」

 

つい気になって、彼女がつけている狐耳と尻尾に目を向ける。

–––まさか、本物じゃないよな?と。

 

「その狐耳と尻尾は?」

「この食堂の正装です」

 

確認するように厨房に視線を向けると、紫苑に似た女性が厨房で腕を振るっていたが当然の如く着けていない。

 

「紫苑先輩、あなたしか付けていないようですが」

「やだなー、げんかつぎみたいなものっすよ。うちは隣の豆腐屋含めてお狐様に儲けさせてもらってるんで、狐になりきってみることにしたんです。ちなみにこれ土産屋で買いました」

「そんなもの売ってたのか……」

 

まるでテーマパークの仮装セットのようなものが販売されていることに驚きつつ、壁に掛けられたメニュー一覧を見た。そのメニューの殆どが豆腐に纏わるメニューで、豆腐料理が豊富に並んでいる。

 

そうして店内を眺めていると、脇腹を肩肘で突かれた。

 

「それより黒崎の旦那ぁ〜、彼女はあれっすか。愛人ってやつですか」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべて紫苑がニシシと歯を見せ笑い、揶揄うように言ってくる。

 

「違う。断じて違う」

「逢引きにうちの店を使うのは結構ですが、割引はしませんよ。うち愛人密会割引とかやってないんで」

「その悪戯一つでこの島に悪評が知れ渡るからやめろ」

「やだなー、冗談ですよ」

 

噂一つ出回れば夜には島全体で共有されてしまうのが、この島のネットワークだ。その伝達速度は噂の真偽に問わず正確に飛び交うことで、過去にもそれが原因で大喧嘩した家庭とかあるのだ。本人は冗談のつもりなのだろうが、この島では冗談一つ洒落にならないのだ。

 

「–––さて、ご注文は何にします?」

 

紫苑は表情をケロッと変えて、仕事に戻った。

これこそが生徒会長たる真面目な姿である。

 

「おすすめは?」

「うちは島一番の豆腐をお父ちゃんが作ってくれるんで、豆腐料理全般は信用していいっすよ」

「隣の豆腐屋は親父さんのか?」

「そうっすね。この島で商売するようになってから、豆腐が飛ぶように売れる自慢の店です。狐様々で足を向けて寝られませんよ」

 

本当に商売繁盛しているようで、紫苑は満面の笑みだ。

 

「取り敢えず、旦那はおすすめの定食でいいっすか?」

「その呼び方は気になるが、まぁいい」

「ドリンクついてますけど、ホットにします?」

「じゃあ、冷たいので」

 

注文を紫苑が持っていた伝票に書き込んでいく。そして、ペンを片手に柚葉に向き直った。

 

「そちらの愛人さんは?」

「愛人じゃないし」

 

さらっと言われた愛人発言に冷静に突っ込む柚葉。テーブルに置かれていたメニュー表を手に取り、数秒悩んだ様子を見せるとさっさと決めてしまった。

 

「私は麻婆海鮮炒飯で」

「はいはい。麻婆海鮮炒飯っすね」

 

さらさらと書き留めていく。

 

「桂音ちゃんは何がいいかな?」

「いつものー!」

「はーい、いつものっすね」

 

まさかの常連である。俺よりこの島に馴染んでるじゃないだろうか。

『いつもの』という桂音の注文に疑問を覚えながら、厨房の方に戻る紫苑を見送った。

 

 

 

それから約十分後、柚葉の麻婆海鮮炒飯が届いた。

次に桂音の『いつもの』メニューが。

大皿に目玉焼きが載ったハンバーグ、付け合わせに星型の人参、ブロッコリー。それとライスがついて、謎のドリンクが付いている。白いどろどろした液体で赤い何かが混じっていた。

 

「はい、ご注文のスペシャル豆腐定食っす。ご注文は以上でよろしいっすか?」

「あぁ……」

 

俺の頼んだ品も桂音の頼んだものと似ている。ライス、ハンバーグ、揚げ出し豆腐のおろしポン酢載せ、煮物の小鉢、それと桂音の『いつもの』についていた謎のドリンク。

 

「では、ごゆっくり〜」

 

伝票を置くと紫苑は厨房の方に引っ込んでいった。

 

「……」

 

俺は謎のドリンクを見る。隣に視線を移せば桂音が美味しそうにドリンクを飲んでいる。何かスムージー的なものだろうかと、グラスを掴むと口をつけて–––。

 

「–––ブホッ!?」

 

咽せた。

 

「なんだこれ!?」

 

ドロっとした舌触りと豆腐の味がしたかと思えば、辛味が舌を突いた。謎のスムージーもどきをこくこくと美味しそうに飲む桂音をもう一度見て、俺は覚えのある味に首を傾げる。

 

その様子を厨房からにやにやと見つめる性根の腐った悪戯好きの狐が一匹。

 

「紫苑先輩、これなんですか?」

「飲む麻婆豆腐です」

 

道理で飲んだことがある味だった。

 

「麻婆豆腐はドリンクじゃないだろ……」

「ちなみにですがうちの人気商品っすよ。仕事終わりの漁師がよく飲みに来ます」

「嘘だろ……」

 

しかし、『麻婆豆腐だと思えば飲めないことはない』と気づき、麻婆豆腐だと思い込むように訳の分からない自己暗示をかけてなんとか飲み干すのだった。

 

 

 

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