帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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夢の続きです。


無意識の恋

終わりが見えないほど長い廊下。その端っこを認識した時、廊下には無数の扉が付いていることに気づいた。

 

–––目の前にある扉にも。

 

あたしは一人、無数にある扉の一つ前に立っている。

周りには誰もいない。……寂しい。そう感じた時には、背中をポンと優しく叩かれていた。

振り返ると、あたしの寂しさを埋めるためなのか、“死んだはずの母親”があたしの背中を押していた。

そして、励ましの言葉を口にする。

 

「ほら、圭君のお見舞いに来たんでしょう?」

 

今のあたしは背が縮んで小学生の頃を彷彿とさせる懐かしい視点からママを見上げていた。

 

……視界が滲んで、ママが霞む。

 

夢だと理解しているからこそ、霞むのが怖かった。

霞むと存在が霧散するように消えてしまうから。

せめて、今の間だけでもしっかり記憶の奥底に残るママの顔を思い出していたかった。

そう思いはしても、あたしはしっかりと顔を見れなかった。

 

「ど、どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」

 

あたしが泣いている理由をママは知らない。だって、夢の中のママに「もうあなたはいないから」と言ったって理解してもらえないだろう。それ以前にこれは夢であり、記憶でもあるのだ。だから、多少はズレても夢の……記憶の内容であることに変わりはない。

 

気を取り直してあたしは今の状況を理解する。

突然、夢の情景が変わるのは今に始まったことじゃない。

 

この日は、ママと一緒に“あの日”怪我をした圭のお見舞いに来たのだ。あの後、ぶっ倒れた圭は島の医療施設で応急処置をして大事を取って本土の病院へと搬送された。そして、そのまま入院する運びとなり、今に至る。まぁ既に過去のことだが夢の内容である今は今なので今と言うしかないのだが、大まかな事情を説明するとそういうことになる。

 

ついでに暴露するならば、あたしはどんな顔で見舞いに来ればいいか判らず、どんな顔をして病室に入ればいいかわかんなくなって扉の前で心の準備をしているところだった。ママの「開けようか?」という配慮を断って、かれこれ病室の前で数十秒は苦悩している。

 

「……よし!」

 

しかし、流石に何時間も迷っている暇はないため、あたしは意を決して病室の扉を開けた。

 

「はい、あーん」

「あー……」

「どう?圭君美味しい?」

「ん。美味い」

 

–––は?

 

扉を開けた先に広がっていた光景は、奇しくも幼馴染と婚約者がイチャイチャしている姿でした。

 

詳細に語ると美咲が圭に林檎を食べさせていたわけだが。その光景を目にした途端、あたしの神妙な空気は消し飛びモヤモヤとした嫌悪感が心中を支配した。

 

何が許せないって、あたしが心配していたのに当人は暢気に可愛い女の子に介抱されていたのだ。なんか無性にむしゃくしゃして苛立ちを覚えてしまう。

子供とは感情的なもので、あたしの身体は激情に支配されてしまった。

 

「……ふふふ。心配して損した」

 

見舞品のバスケットの中から手頃な林檎を手に取るとそのまま思いっ切り容赦なく圭の顔面目掛けて投げる。この時、圭が怪我人だということも忘れて暴力を振るったわけだが、ママは「修羅場ね」としか言わなかった。つまり黙認したということだ。

 

「おっ、林檎だ。貰っていいのか?」

 

ただ癪なのはあたしが全力投球した林檎を難なくキャッチして食い気に移っていることだろう。あたしもこの感情の理由を知らなかったが、圭はあたしの怒りにすら気づいた様子はない。

 

そこでようやく、圭に夢中だった美咲が一瞬だけこっちを見た。すぐに興味を失うとフォークで新たに林檎を刺すと圭の口元に運ぶ。まるであたしのことは眼中に無し。

 

「はい、あーん♡」

「……もぐ」

「ねぇ、圭君。ボクの切った林檎は美味しい?」

「欲を言うならもっと大きく切って欲しかった」

「って、無視するんじゃないわよ!?」

 

再び餌付けを始めた美咲と圭の間に割って入る。

これ以上は許婚として看過出来ない事態だ。

 

「なんで邪魔するの?」

 

邪魔されたことが不服なのか、美咲は頬を膨らませて不機嫌そうに言う。ならば此方だって言い分を押し通らせてもらう。

 

「あんたはあたしの許婚と何してるのかしら……?」

「圭君と結婚したくない琴音ちゃんには関係ないよね」

「そ、それは……」

 

この頃のあたしは圭と結婚するなんて考えてもなかった。–––どちらかと言えば嫌いというわけではないけれど、いつか将来的には素敵な王子様と結婚する的な願望があったわけである。

 

その願望の王子様が圭だっただけで。思えばこの頃から、圭への恋心に悩まされていたのかもしれない。自覚はなく、ただ無性に苛立った。いつも圭と喧嘩している延長線の感情だと、勘違いしていた。

 

「と、とにかく一応こいつはあたしの許婚なんだから、ダメなの!」

 

もっともらしい理屈を並べて二人の間に割って入るが、割と無茶苦茶な事を言っているのは今のあたしにはわかる。傍で見ているママは目敏くあたしの変化に気づいたのかもしれないが、微笑ましく見守っているだけだ。

 

「圭君もボクにお世話された方が嬉しいよね?」

 

美咲の言葉に“フォークを持てないほど酷い怪我”だったのかと胸が痛む。なれば、怪我した圭のお世話、その役目はあたしにこそ相応しいわけで。

 

「あたしがお世話するわ。ね?」

「介抱じゃなく介錯でもしに来たのか?」

「じゃあ、この土産は冥土の土産になりそうね」

 

–––林檎を丸ごと口に突っ込んでやろうか。

 

あまりにもな低評価につい行動しそうになるが、既のところで堪える。

 

「待て。冗談だ。怖い顔すんなよ可愛い顔が台無しだぞ」

 

あたしの怒りに気づいた圭が珍しく本気で取り繕った。それも普段は言わないような台詞付きで。

 

「……これは重症ね」

 

過去のあたしは顔を真っ赤にして狼狽えていたが、夢の内容なので史実とは異なる反応になってしまうのは致し方なし。或いはあたしの願望が反映されてしまったのか、彼の真剣な表情が妙に眩しい。

 

でも、実際可笑しかったのは事実だ。普段のあたし達ならこのまま口論になる。だけど、圭は喧嘩する気力もないのかめんどくさそうにあたしの口撃も難なく受け流す。

 

「あらあらモテモテね。でも、圭君浮気はダメよ」

「美琴さん……。大丈夫です琴音とは結婚しないので」

 

あいつはあろうことか、あたしのママに向かってキッパリと宣言した。圭の婚姻関係に対するぞんざいな扱いも普段あたしが「圭とは絶対に結婚しないから」という主張に慣れており、困った様子もなく笑顔のまま受け流していた。

 

–––ズキン。

 

ただ、幼くも恋心を抱き始めたあたしには刺さる言葉であったのは間違いない。

 

「ま、まぁ、あんたが売れ残ったら結婚してあげなくもないけど」

「いや、遠慮する……」

「別に深い意味はないし。あんたが売れ残ったらって話よ!」

「大丈夫だよ。圭君はボクと結婚するから」

 

素直になれないあたしでは真っ直ぐ過ぎる美咲とは同じ土俵にすら上がれなかったらしく、口をついた言葉も完全に負け犬のセリフじみている。

 

「むぐぐ……」

 

あたしは言い返す言葉もなく口論になる前から敗北していたことを理解するも、口をついて出るのは支離滅裂なことばかりで相変わらず滅茶苦茶で、戦略的撤退を余儀なくされたのだった。

 

 

 

翌日、もう一度、彼の見舞いに来るとまた先客がいた。

 

「……なんでまたあんたがいるのよ」

 

昨日と同じく、美咲がベッド横のパイプ椅子に座って甲斐甲斐しく世話を焼く姿があった。

 

「琴音ちゃんもなんでいるの?」

 

当たり前のように放った言葉は、ブーメランのように跳ね返ってきた。そうなれば困るのはあたしの方だ。今までのあたしを考えると甲斐甲斐しくあいつの世話を焼くなんてあたしらしくないのだから。

 

「それは……許婚だから?」

「許婚じゃなかったら見舞いには来てないってこと?」

「そんなこと言ってないでしょ!」

「そういう風に聞こえるけど」

 

“許婚”という関係を免罪符にして、あたしは言い訳を口にする。するとすぐに粗探しが始まってあたしは窮地に立たされてしまう。美咲は本気で言い負かす気だ。

 

「っていうか助けてもらったんだから当然でしょ!」

「それはボクも同じだよ」

 

もっともらしい言い訳……というか、正論なのだがそれでは不十分らしい。どうあっても圭の世話を譲りたくないのか妙に食いついてくる。

 

「圭君はボクにお世話された方が嬉しいよね?」

「あたしの方がいいわよね?」

 

ここは当人に決めて貰おうと、あたしと美咲が彼に迫る。

 

「いや別に来なくてもいいんだぞ」

 

圭のそういった主張だけは却下された。




天井含めてキタサンが三枚しか出なかったので二天井目逝ってきます。
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