そわそわ。そわそわ。
「にじ……」
お絵描きをしている桂音は時折、集中力を欠くと何処か上の空で天井を見上げる。
天井を見上げたかと思えば視線の先にあるのは壁にかけられた時計。その針が秒針を刻むたび、まだかなまだかなと口に出しては何かを待っている様子である。
見たいテレビでもあるのかと思ったが、この時間に子供が見るような番組はやっていない。あるとすれば夏休みの子供向けのアニメの特番くらいで映画の地上波初放送であったり、再放送であるが、今日に限って何処のテレビ局も子供が見ないような夏の特番ばかりで子供からしたらつまらない番組といったところだろうか。
秒針は進むのに一向に進まない時間に桂音は時計と睨めっこを開始して、やがて数分で飽きてまたお絵描きして時計を見上げては同じ動作を繰り返していた。
「あれはいったい何を気にしてるんだ?」
「おやつの時間よ」
「あぁ、なるほど」
桂音と智代子が一緒に遊んでいるのを見守りながら、俺と琴音はこそこそと話し合う。美咲も必要以上に身を寄せてきていた。二人して近すぎる。
「圭君あつーい」
「だったら離れろ」
「えー、ボクに抱きつかれて嬉しいでしょー?」
「……」
嫌なわけがない。と、無反応で受け入れれば今度は琴音からの不機嫌そうな視線が俺を貫いた。
「しっかし暑いなぁ。なんでこの家、エアコン付いてないんだよ」
思えば昔からそうだった。この家には何故かエアコンがない。あっても扇風機一つ。うちの家系は忍耐力には優れていた故か、夏は脱げばいい、冬は着込めばいいの精神でろくな設備がない。都会のエアコンをガンガン効かせた部屋でゲームをする一日が懐かしい。
「古い家には殆どついてないものね。あたしの家にもついてないし」
「うちのジジイもおまえんとこの老婆さんも頑固だからな。必要ないって」
「……昔から思ってたんだけど、圭君の家って極端だよね」
「そういう美咲の家にはあるのか?」
「あるよー。ボクの部屋にも付いてるし。来る?サービスしてあげるけど」
腕に美咲が胸を押し付けてくる。そのサービスが何かは気になる。是非とも体験してみたいところだが、隣の琴音が許してくれそうにない。
「おねーちゃん!」
と、そんな馬鹿な話をしていれば桂音が勢いよく立ち上がってとたとたと走ってくる。目の前で止まる間もなく元気よく姉を催促する。
「おやつ!」
「はいはい。わかったわよ」
琴音は立ち上がって台所の方へ向かう。それから何やらガサガサと漁り始め、数秒後にはお菓子類を掻き集めて持って来た。
「どれがいい?」
「えー、またおせんべい?」
台所から戻って来た琴音の持っているお菓子類を見て桂音は不満そうに唇を尖らせる。それもそのはず、御煎餅に豆類と子供が好むようなお菓子とは別のおっさんや老人が好みそうなおやつが出て来たのだ。
「じゃあ、バタピーにする?」
「なんか渋い」
「圭が買ってきたものだけど」
「俺が食おうと思って買ってきたものだからな」
別に桂音用に買ってきたわけではないのだ。
子供に出すものじゃない。
「んー」
さっきまでの笑顔とは一転、沈んだ顔で桂音は悩み始める。どれも好みではないようで唸っては他のはないのかと姉にリクエストするが却下されていた。
「なら、ホットケーキでも作るか」
「ほっとけーき?」
「食べたことないか?」
「うん!」
台所へ向かう前に残りの三人へ振り返る。
「おまえらはいるか?」
「あ、あたしはちょっと……」
「ちょこもいいです……」
「お昼のパスタも美味しかったもんね。圭君は食べるの?」
「桂音の作るついでだしな」
「じゃあ、圭君のちょっと貰おうかな」
注文を確認すると、のそのそと居間を出た。
◇
–––約十五分後。
「そして出来上がったのがこちらです」
「おぉ〜」
まるで何処かの料理番組のように予め調理しておいた風を装って持ってきたホットケーキを見て、桂音が嬉しそうにぴょんぴょんと跳びはねる。そして、首を傾げた。
「……どら焼き?」
「どら焼きは見たことあるんだな」
「うん。おいしかった」
しかし、問題はこっちのどら焼きもどきもといホットケーキ。焼いた生地に生クリームやコンポートを載せるという普段はしない豪勢ぶりである。見た目は立派だが、問題は味だ。
「へぇー、これがホットケーキなのね」
「おまえも見たことなかったのかよ」
「見たことはあるわよ。食べたことはないけど」
琴音も興味津々に皿を覗き込んでくる。その姿が姉妹揃って似ている。
「だってしょうがないじゃない。食べたことないんだもん」
「今時の女子高生はパンケーキ食べないのか?」
「都会の女子高生は食べるの?」
「いや、知らん」
残念ながら、都会では女性と会話する機会は皆無だった。
「……え、これ本当に圭先輩が作ったんですか?」
「なんていうか喫茶店で出てきても納得の見栄えだよね」
「そうですね。だから驚いているんです」
「朝食も昼食も美味しかったし、これは期待大だよね」
智代子と美咲も覗き込んでは様々な評価を下して、意外そうな顔をした。
「おにーちゃん食べていい?」
「いいぞ」
パンケーキのお披露目をしていると待ちかねた桂音が服を引っ張ってくる。そして、許可を出すとすぐにフォークを手に取ってホットケーキに刺した。
「……おいしい!」
パクッと口に入れたかと思うと、桂音は夢中で食べ始めた。
「それは良かった」
自分も一口サイズに切り取って食べてみた。
「……まぁ、失敗はしてないか」
市販のホットケーキミックスの味がする。アレンジもしていないから当然かもしれないが。
「圭君、ボクにもちょーだい」
「おう」
一口サイズに再度切り取って、美咲にフォークを向ける。
「あーむ。ん〜〜、美味しいっ!」
それをパクリと食べた美咲は幸せそうな顔で頰を抑えた。
「そ、そんなに美味しいんですか?」
「うん」
智代子も気になり始めたのか、瞳が揺れている。
「そ、その……先輩。少しだけちょこにもください」
「おう。いいぞ」
一口サイズに切り分けて智代子にも食べさせてみた。すると彼女は目を瞑って味を噛み締めるように食べて、ほぅと一息つくと開口一番にこう言った。
「お店開けますよこれ」
「大袈裟な。ただホットケーキミックスを使っただけだぞ」
「見栄え良すぎるんですよ圭先輩の作ったホットケーキ。なんで生クリームにコンポート載ってるんですか。っていうかこのコンポートも美味しいし!」
「焼くだけで誰でもできるぞ」
「いや、普通はこんなもちもちふわふわにできないですよ」
何の変哲もないホットケーキだと思うが、智代子は絶賛する。
「もう一口食うか?」
「はい!」
元気良く返事してくる姿が可愛くて、つい二口目を智代子の口に運んでしまう。それから自分も食べていると不穏な視線を横から感じてしまう。
「……」
「琴音も食べるか?」
「……間接キス」
どうやら琴音はそれがお気に召さないらしく、頬を膨らませて怒っている。
「圭のえっち。ふしだら。すけべ。ハレンチ」
「じゃあ、おまえは食べないんだな?」
「……食べるし」
ホットケーキを切り分けて口に運ぶと、琴音は無言でフォークに噛み付いた。
「……本当に美味しいわね」
「そうか?別に普通だと思うけど。誰がやっても一緒だしな」
琴音までそう言う。物欲しそうに見つめてきたので二口目を向けると、彼女は無言でフォークに食らいついた。なんか餌付けしてるみたいで楽しい、と興がのってきたところで皿が空になった。
「それで先輩的にはあれ何点なんです?」
空になった皿を見つめながら、智代子が聞いてくる。
「……五十点?」
「辛口ですね」
「上手く作れたとは思うがな」
でも、まだ美味しく作れたのではないかと思えてしまって終わりが見えない。
「ちょこちゃん的には百点満点でもいい気がしますけど」
「ボクも百点だと思うなぁ」
「あたしも」
そんな風に思っていると智代子達はそう言って励ましてくれる。
「逆に琴音先輩達の料理はどれくらい美味しいと思ってます?」
「あー……んー……」
俺の料理くらいならいくらでも評価して採点してくれても構わないが、琴音達の料理だと話は変わってくる。下手な評価を下せばこの後どうなるか想像に難くない。
俺は悩み抜いた末、捻った答えを出すことにした。
「十点」
「ええっ!?」
琴音がショックを受けた顔をする。
「十点……十点……?」
「圭先輩また琴音先輩を揶揄ってますね。その採点、十点満点でしょう」
「そりゃあ、琴音や美咲が作った料理が一番美味いに決まってるだろ」
「残念。ちょこちゃんはランキング圏外ですか」
「一番上手いって言って欲しかったか?」
「それは後が怖いのでやめてください」
主に二人に背後からぐさってされそうなので、と智代子は青い顔をする。
「で、その満点評価はやっぱり愛の力ってやつですかね?」
「それだとおまえが俺のホットケーキにつけた評価も愛故にってことになるが」
「……やっぱり今のなしで」
思わぬカウンターに智代子は顔を真っ赤にして俯く。その可愛さに追撃を仕掛けたくなったが、背後の二人の視線が怪しくなったのでやめておく。
「おにーちゃんおかわり!」
そんな微妙な空気も幼女の一言で吹き飛んだのであった。
自販機で売っている昆虫食ってそのまま食べられるタイプなのだろうか。