帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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突然の来訪

 

 

 

いつも通りの朝が来た。暑い、寝苦しい、蝉の声が煩い、という夏の3コンボが揃って襲いくる。

 

「……暑い」

 

わかりきったことを呟きつつ薄目を開けると視界は真っ暗だった。夜かと思えばそれはおかしい。夜ならば蝉の声も潜まり聞こえるはずがない。

 

じゃあ、何故かと自問すればそれは感触となって返ってくる。顔に何やら柔らかくて程よい温かさのものが押しつけられている感触と、まるで頭を抱きしめられているような感覚に、次第に意識は覚醒した。

 

また寝惚けて琴音が俺に抱き着いて寝ているのかと嘆息しながら胸の谷間と腕の間からすっぽりと顔を出す、と俺を抱きしめていた人物と視線が交わる。

 

「おはよう圭君♪」

「……おはよう美咲」

 

一瞬、思考が停止した。

 

何故朝っぱらから俺の頭を抱いて寝ているのかと疑問に思っていると脳裏に過るのは昨日の記憶だ。夕食まで美咲と智代子は長居した後、なんだかんだで時間も遅くなってしまったがため、帰るのが面倒だという理由で泊まることになったのだ。

 

ふと思い出して周囲を確認すると琴音と智代子の姿は既になく、別の部屋から楽しげな声が聞こえてくる。どうやら二人は朝食の準備をしているようだ。

 

「なんか珍しくお寝坊さんだね」

「そうか?」

「うん。昔は圭君早起きだったもん」

「成長したら人は変わるんだよ。……むしろ朝弱くなってるから劣化したとも言うけど」

 

そんなたわいない会話をしている間に美咲はさらに強くぎゅっと抱き締めてくる。

 

「急に甘えてくるなおまえは」

「朝のスキンシップ」

「そうか……」

 

何に突っ込んでいいか判らず口を噤む。すると美咲は甘えるように身体を擦り付けてきた。柔らかくて、温かくて、いい匂いのする美咲に夏の暑さも忘れるような刺激的なことをされて、溶け切った脳は抵抗する気力がない。

 

「ねぇ、圭君。もっと楽しいことしよっか」

 

美咲が覆い被さってくる。腹の上に跨り、扇情的な笑みを浮かべて–––。

 

「へー、例えば?」

「もうわかってるくせに–––って、あいた!?」

 

その頭をぽこっと叩かれた。

 

「姿が見えなくなったと思ったら、まったく油断も隙もないわね」

 

背後に鬼の形相で立っていた琴音に振り返り、尚も悪びれない美咲は俺を離すまいと抱き着いてくる。

 

「圭君、琴音ちゃんがいじめてくるよー」

「なんでそうなるのよ!圭から離れなさいよ!」

「朝から元気だなおまえら」

 

胸元の美咲を宥めつつ、今にも掴みかからん勢いで猫のようにフシャーと唸る琴音を諌め、と騒々しい朝に俺は苦笑しつつも身を起こした。

 

「ねぇ、圭。その腕の中にいる泥棒猫を渡してくれないかしら」

「そうしたいのは山々なんだがな……」

 

あまりにも感触と人肌の温度が心地良すぎて離すのを躊躇っている自分がいる。ついでに言えば、美咲の方からもがっちりと腕を回されているがために拘束を解けないのだ。

 

「は・な・れ・な・さ・い・よぉぉぉぉ!」

「やだよーだ。琴音ちゃんだっていつもこんなことしてるんでしょ?」

 

俺にしがみつく美咲を琴音は引き剥がそうと掴む。

 

「し、してないし!」

「いや、寝ぼけたふりして割と抱き着いてくるぞ」

「ちょっと圭!?」

「ボクだって圭君といちゃいちゃしたいもん」

 

蛸のように絡み付いた美咲はまったく引き剥がされる様子がない。朝からドタバタと激しい争いを繰り広げる二人を見ながら眠気を覚ましていると、廊下の方から智代子が顔を出す。

 

「あのー、先輩方、ご飯冷めちゃいますよ?」

 

もう慣れたものなのか完全にスルーされていた。

 

 

 

 

 

最近ではこっちに泊まることが多くなった桂音を交えて、昨日一つ屋根の下で過ごした五人で朝食を摂る。その朝食は普段より豪勢に品数が増えていた。誰が張り切ったのか、白米、味噌汁に加えて五種類ほどのおかずが並んでいた。大皿に盛られた料理を見るに朝から食べる量ではないことは理解しているのか、約一名気まずげに目を逸らしている。

 

「……作りすぎちゃった」

 

珍しく琴音がやりすぎてしまったらしい。失敗というほどでもないが、女子四人では確実に食べきれなかったであろう量に、ごめんと琴音が謝った。

ちなみに智代子が手伝い、美咲は鬼の居ぬ間になんとやらで俺の寝顔を眺めていたらしく不参加、それでサポートがあったとはいえこの品数を朝から作ったというのだから驚きだ。

 

「……ちょこは一応止めたんですよ?」

 

あくまで手伝っていただけ、と念を押す智代子。でも琴音先輩が凄い張り切っちゃって、と責任の所在を全て琴音に押しつけてめざしに手を伸ばし始める。

 

「まぁ、普段と違う人数分用意したんだし、失敗くらいあるだろ」

 

張り切った理由はよく分からないがそう流して俺も朝食に手をつけ始めた。

 

 

 

めざし、卵焼き、サラダ、煮物とそれぞれが好きなだけ皿に盛った残りを誰よりも早く完食し、食後にダラダラしていると珍しく呼び鈴が鳴る。その音に琴音が立ち上がりかけていたのを制して、俺は言った。

 

「俺が出てくる」

 

こんな朝早くから誰だろうか、と玄関に向かう。適当なサンダルに足を引っ掛け、鍵を開けて対面した瞬間、俺は思わず言葉を失った。

 

「……どちら様で?」

 

相手の顔に覚えがなかったのだ。見たことはあるはずなのだが、昔と比べると様変わりしている人が多い。幼馴染も見違えるほど綺麗になったりもしていたし、年寄り連中は変わらなかったが、変化のある人間が多数だ。記憶と照らし合わせてもまず厳しいだろう。その中でも若くは見えるのに美青年と呼ばれそうなこの男がいただろうかと訪問者を見て思うのは仕方のないことだろう。まず、子供の頃に会っていても顔を覚えていない。

 

「……君は、随分と変わったようだね。まるで見違えるようだ」

 

俺が幼馴染達に対して思っていたことをそっくりそのまま言われて、ただその態度と声音に記憶の片隅で何かが引っ掛かる。そこでようやく目の前の人物が誰か思い出した。

 

「あっ、琴音の親父さん」

 

まるで俺と同い年の娘がいるとは思いないほど若い茶髪の男。その正体は、琴音と桂音の父親だった。

 

まだ挨拶が済んでいなかったな、と思い出しながら俺は姿勢を正す。一応、娘二人を預かっている身ながらその父親に対面すれば多少は緊張するというものだ。次いで自然な言葉が出る。

 

「琴音や桂音に用なら呼んできましょうか?」

 

きっと二人に用事があったのだろうと予想すれば、彼は瞑目して首を横に振った。

 

「いや、いい。今日は君に会いに来たんだ。仕事に行く前に少し話がある」

「俺に……?」

 

思わぬ変化球に渋い顔をする。すると彼–––恭弥さんは笑った。

 

「そう身構えなくてもいいさ。ちょっと娘の様子が知りたいだけだ」

 

それならば直接会えばいいものを、と思ったが訳がありそうなので俺は黙って頷く。それから一度、四人に伝えようとして踵を返そうとすれば恭弥さんに呼び止められた。

 

「少し歩いて話そう。それと今は伝えなくてもいいから、黙って出て来てくれるとありがたい」

 

そう言われれば伝えるわけにもいかず、俺はそのままサンダルを履いて家を出た。

 

 

 

敷地内から出て真夏の太陽が照りつけるアスファルトの上をただひたすら歩く。湊の方へ向かう道を男二人で無言で歩く様は中々シュールで、耐え難いシチュエーションだった。何か話しかけられればいいのだがいい話題が思いつかず、恭弥さんからの話というのを待つことに徹すると、道を半分ほど行ったところでついに口を開いた。

 

「……娘達のあんな楽しそうな声は久しぶりに聞いたよ」

 

何処までも続く青空を見上げながらそんなことを言う。どうやら家の中の喧騒が玄関まで聞こえていたらしく、フッと笑って流れる飛行機雲を見つめた。

 

「あの日、妻が死んでから。俺は最愛の人を失い全てを失った気になっていた。塞ぎ込んで酒に溺れて……そうしたら、婆様にこう言われたよ。『いつまで泣いてるさね、泣くのは赤ん坊の仕事じゃ』って」

 

何処か遠い目で過去を省みるかのように視線を彷徨わせると、空中で分解し始めた飛行機雲から目を逸らした。

 

「俺は父親失格だよ。琴音に生まれたばかりの桂音の世話を押しつけて、仕事して、帰って来ては酒を飲んで寝ての繰り返し。本当に馬鹿なことをしたと思う」

 

その瞳には深い後悔が宿っていて、自虐気味に笑っていた。

 

「……日に日に死んだ妻に似ていく娘達を見ていると辛かった。だから、桂音の世話も琴音に押しつけて……」

 

そこまで言った恭弥さんは不意に口を噤んだ。

 

「突然、変な話をしてすまない。その、つまり、何が言いたいかというとだな……」

 

顔に手を当てて思い悩んでいる様子で、小さくため息を吐いた。

 

「娘と上手くいってないんですね」

「うっ」

 

図星だったらしい。肩を落として肯定する。

 

「……琴音には一方的に苦労を押し付けたからね。まぁ、仕方ないさ」

 

そんなこと琴音の口から一言も聞いたことはないが、なんとなくその兆候はあったと思う。突然、同棲を始めてきたり。父親の話を全く聞かなかったり。

 

「だからせめて娘の幸せを願う父親として君を見ておきたかった。娘の信頼する相手を自分の目で」

 

背中を軽く叩かれる。

 

「少年。娘を幸せにしてやってくれとは言わない。大切にしてやってくれ」

 

そうして彼は手をひらひらと振りながら、フェリー乗り場の方へ一人歩いて行った。

 

 

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