「ちょっと待ちなそこのボーイ」
フェリー乗り場からの帰路、行く手を阻むように立ち塞がる二人の男の影。その珍妙な格好に夏の暑さで奪われた思考力を働かせるも思いついたのは「なんだこいつら」という語彙力ゼロの感想。
なにせ目の前に立った男二人の格好が全身黒ずくめのスーツっぽい服なのだ。真夏の太陽の下、袖まできっちりとした上にネクタイまでしていて、手には銀色のアタッシュケースを持ち、更にサングラスを装着して見るからに怪しげな格好。職務質問をしてくださいと言っているようなものである。
「何してんだおまえら」
しかもその二人が見知った相手だというのだから驚きだ。もし俺が見かけた立場だったのなら、絶対に声を掛けずスルーしていたであろう。何処か突っ込めばいいのかもわからないし。
「ハッハッハッァ!誰かと間違えていやしないかね」
「そ、そうだぞ俺たちは至って普通の……そう、都会にいるサラリーマンだ」
あくまで他人を装う二人に俺は手をひらひらと振る。
「じゃあな、名前も知らぬ不審者ども」
「「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!!!」」
去ろうとすればまた回り込まれた。二人はかごめかごめをするかのように両手を広げて進路を塞ぐ。
「亮介、真広、俺は暇じゃないんだが」
「くっ、何故この変装が……!」
「あ、おい、バカ」
「いや普通にバレバレだからな?」
真広の方は既に変装が見破られたことに観念したらしく、サングラスを慣れた手つきで小指でクイっと上げる。普段から眼鏡をしているからか妙に様になっていた。
「まぁ、バレちゃあしょうがねぇ。団長、今から面白いとこ連れてってやるよ」
「いや、帰らないと琴音達に何言われるかわからんし帰るわ」
「この愛妻家め」
「黙って出て来たんだよ。それに愛妻家じゃない」
「むしろその方が都合が良い。男同士で楽しもうぜ」
ヘイカモーン!と亮介が手招きする中、俺は面倒ながらもついて行くことにした。何を企んでいるかは知らないが話を聞く限り女性達には知られたくないことのようだ。不安過ぎる。
先導する亮介と真広に連れられて住宅街を歩いて行くと駄菓子屋の前を通過、その隣の本屋の前で立ち止まった。
「なぁ、おい。古本屋だよな」
「そうそう団長の初恋の古本屋のお姉さんがいるッ!?」
その単語を口にした瞬間、俺は亮介の目に思いっきり指を突き付けた。しかし、残念ながらサングラスに阻まれ眼球に指が突き刺さることはなかったが、衝撃が殺し切れずに頭がガクンと弾かれ亮介が仰け反る。
「あっぶねぇ今グラサンなけりゃ死んでたぞ!?」
「殺すつもりで放ったからな。それより何故、そのことを知っている?」
初恋の相手が古本屋のお姉さん–––文姉だと言ったことは誰にもないはずだ。言ったことはないはず?そもそもこいつらと恋バナをするなんて柄じゃなかったので話題にも上がらなかったはずだ。小学四年生なんてそんなもの。色恋より食い気や遊びに傾倒していてそんなことに思考を割く余裕はなかったはずだ。
問い詰めると真広がサングラスの位置をまたクイっと直しながら、思い返すように吐いた。
「リーダー。そんなの見てれば誰だってわかる。それに昔、リーダーの好みの女性を聞いた時の情報を照らし合わせて見れば、自ずと答えは導き出される」
「……マジかよ。それ琴音は?」
「「知ってる。なんなら島民全員」」
「…………」
それはつまり……文絵さんも知っているということで……?
「安心しろ団長。幸いなことに文絵さんは全く気づいてなかったから」
そんな俺の心を読んだかのように亮介がフォローしてくれるが、知られなくて良かったのか、良くなかったのか複雑な心境に思わず眉を寄せてしまう。
「団長が鈍すぎなんだよ。小学校の頃、美咲嬢があれだけ好き好きアピールしてたのに全然気づいてなかったじゃん」
「いやだってあれ普通は友達としてって思うだろ?」
俺は鈍感じゃない。そう言い張れるならばいいのだが、自分で言っておいて自信はない。その間違いを指摘するように真広が亮介の言葉を繋げる。
「確かにリーダーと倉科の距離感バグってたからな。だがリーダー、何処の世界にあんなデレッデレの女性がいるというのだ。クラスどころか学校中にリーダー達の三角関係知れ渡ってたからな。毎日のように倉科に抱き着かれてさぞや気分が良かったのだろうなぁ!」
「嫉妬ダダ漏れじゃねぇか」
「そうだ。俺だって可愛い女の子に抱き着かれたりしたい!イチャラブチュッチュしたい!そう思うことの何がいけない!毎日のようにヤってるんだろう!」
恐るべし人間の三代欲求。真広はむっつりを解放して、やけくそ気味に絡んできた。
「文絵さんの古本屋の前で騒ぐなよ。あと駄菓子屋の隣だし。おまえの初恋の駄菓子屋の姉さんにも訊かれるぞ」
「ぐはっ!?リーダーが何故それをッ!?」
「いや、みんな知ってるだろ?」
「知ってる」
真広の初恋の相手が駄菓子屋のお姉さんだというのは周知の事実だ。それに駄菓子屋のお姉さんは文絵と仲が良いというのもあるせいかそういう話は聞いたことがある。文絵から。
「そんなことより古本屋に用事があったんじゃないのか?」
これ以上話が長引いてもお互いに得がないため二人に店に入ることを提案すると、二人は気を取り直してアタッシュケースを持ち直した。
「すみませーん」
ガラッと扉を引いて中に入る。相変わらずの落ち着く古本の匂いに『やっぱり本は電子より紙だよな』と結論を導き出しながら、俺は文絵の定位置であるレジの方を見ると、案の定そこに座って本を読んでいた。
「……お客様ですね。お待ちして……?」
声に反応した文絵が顔を上げると視線が俺と合う。それから、目を白黒とさせて僅かに動揺したかのように瞳を揺らして、たっぷり数分間見つめ合うと……。
「そ、そうですよね。圭くんも男の子ですし……そういうことに興味が出てくるお年頃ですもんね」
何かを納得された様子だ。まったく訳がわからない。
困惑していた文絵を他所に亮介がレジの前に立つ。そして、格好をつけてこう言った。
「例の物を頼む」
「……わかりました」
文絵がレジに置いてあった小さな鐘を鳴らす。その音に何処からやって来たのか狐が一匹姿を現し、彼女はよいしょっと腰を上げるとレジ横の足元にあった南京錠を解錠した。
「では、ついて来てください」
南京錠で封印してあった床をぱかりと開けると人が一人通れるほどの通路ができる。下に階段が続いており、地下部屋があるようで文絵は狐を伴って下りていった。
「行くぞ団長」
「さぁ、リーダー。誰かに見られる前に」
亮介が続き、その後を俺、真広の順で下りていく。
僅か一回分下りて、そこが地下倉庫のような作りになっていた。
部屋はショーケースが配置され、綺麗に整頓されている。
ただ何やらショーケースの中身が如何わしい表紙しかないのがまた……。
「うっひょぉぉぉ!まさに宝の山だぜ!」
「は?」
「あぁ、まさに天国だ!」
「え?」
亮介と真広は感無量といった様子でお互いに手をがっしりとぶつけ握り合う。俺は怒涛の展開についていけず、ただ棚に陳列された如何わしい本を眺めるしかなかった。
「えっ、なにこれ?」
「その……圭くんはここに来るの初めてですよね」
棚の前に立っていた文絵がおずおずと確認を取ってくる。思わず「はい」と返したが、古本屋の地下にこんな部屋があったとは驚きで驚愕しているところだ。状況の説明を求めたい。
「その様子だと知らなかったんですね。あ、あの、此処にある本は別に私の趣味というわけではないんですよ。お父さんのなんです。お父さんが古本屋の地下にコレクションを隠してるのをお母さんが見つけて、処分するように言ったもので……それで物々交換と言いますか、漁師なら漁で獲れた魚と交換という形で提供することになっていてですね」
すると早口で今までになく饒舌に事情を説明してくる文絵、その頰は少し赤くなっており恥ずかしそうだ。必死になるあまり握ったスカートが寄れて、足首がお目見えしている。
「け、軽蔑しましたか……?」
「してませんよ。でも読んだんでしょう?」
「…………ちょっとだけ」
「文姉のちょっとって当てにならないからなぁ。何冊?」
「えっと、在庫と状態を確認するために……パラパラと?」
「全部読んじゃったと。つい夢中になって」
「ち、違います!」
顔を真っ赤にして否定する文絵が面白くていつまでも弄ってられそうだ。そうしたいのは山々だが、あまりしつこいと嫌われるので程々にしておく。
「しかしまぁ、親父さんも災難だな……」
「お母さんに泣きながらそれだけは許してくれと土下座で懇願してましたからね……」
そんな父の情けない姿でも思い出したのか、文絵は遠い目をして興奮する男達を眺めている。父の威厳とか株価とか大暴落した彼女の父親には黙祷を捧げておいた。
「圭くんも一冊持っていきますか?」
「いや、遠慮します」
言外に『圭くんは要らないですよね?』と言われた気がした。選択を間違えると酷い結果を生むことになりそうなので俺は無難な選択肢を取る。それに家にこんなもの持ち込もうものならどうなるか想像に難くない。まず間違いなく、琴音とはお話しなければならなくなるだろう。
「よし、今回はこれとこれにしよう。ぐふふ」
「あぁ、そうだな。……おっとつい涎が」
すっかり変わり果てた幼馴染の姿に俺も遠い目をした。もう帰ってもいいだろうか?
二人は持ってきたアタッシュケースに物を厳重に保管すると立ち上がり、それから文絵に向き直るとこう言った。
「良い取引ができた。また次も頼む」
「リーダー、撤退だ」
「俺も行くのかよ……」
「そうだぜ団長。一緒に見ようぜ」
「断る」
見たいわけでもないので断ると、がっしりと両肩を掴まれた。
「まぁまぁ、団長も興味あるだろ?」
「隠すことはない。俺も最初は恥ずかしかったが……判っている」
「全然判ってないなおまえら!?」
二人に引き摺られるようにして店を出るのだった。