古本屋を出た二人は住宅街を逸れて山道へと入る。その後をついて行くとやがて小屋が見えた。かつて秘密基地と呼んでいた場所だ。どうやら最終目的地はここらしく、二人はそこに入っていった。俺も後に続く。
「やっぱりまだ使ってたんだな」
「昔に比べて集まることは減ったけど、それでもここは思い出の場所だしな」
「掃除してるのは誰だ?」
「湊とお嬢だな。団長がいなくなってからも、月に一回は来て掃除してた」
まぁ確かにこいつらは掃除が得意じゃない。ならば女性陣が順当かと思い当たるところもあれば、智代子が掃除しているという事実に少し首を傾げてしまう。
「ちょこが?」
「団長は知らないだろうけど、ちょこにとってもここは秘密基地なんだよ」
かつての俺たちの秘密基地にあった“五人の思い出”は、“俺の知らない誰かの思い出”にもなっていたらしい。なんだか少し寂しいような気もするが、智代子ならまぁいいかと思う自分がいる。ただ、それを知らないのは少し寂しいだけで。
「そうか……」
感傷に浸っていると二人はベッドの下の引き出しを開ける。中にあった小物をベッドの上に放り始めると、何もないはずのベッドの下に手を入れて底を剥がしてしまうではないか。
「そして、これが俺たちのお宝よ」
そこから現れたのは宝の山–––否、エロ本の山だ。
なんかもう色々と台無しである。
「おまえらなぁ……」
寂しい感情は何処へやら、悲しくなってきた俺は呆れて物も言えず楽しそうにエロ本を広げ始める二人を眺めるしかなかった。そこに今日の戦利品を追加していく様は同性として哀しい。
「団長も見ていいぞ。……今日からは、団長の宝でもあるんだから」
何が悲しくてエロ本を宝にしないといけないのか。
「しかしまぁ、よくそんな隠し方でバレないなぁ」
「ふっ、二重底に気づくわけがない」
その案を考えたのは真広なのか自信たっぷりにドヤ顔をする。癖の眼鏡をあげる動作までつけて、キラリと怪しく光る眼鏡が眩しい。サングラスどこやった。
「うっひょおぉぉ!」
「なに、どうした!?」
馬鹿みたいな歓声を上げる亮介に真広が光速で振り向く。昔の真広に比べて途轍もない反射神経に進化しているということは確かだ。かける情熱が違う。
「マジででへへ」
「ごふっ、これは中々……!」
言語崩壊を起こすまで退化した二人の顔面は緩みまくって他人に見せられた物じゃない。本当に何を見せられているんだろうか。
それからも戦利品を漁っていた二人だが、急にハッとした様子でバッと振り返るとアイコンタクトを取る。その刹那こっちにも視線が飛んできた。
「団長扉抑えといて!」
「は?」
「いいから早く!」
何を慌てているのか二人は宝を隠された収納スペースに詰め始める。
それを横目に俺も立ち上がり、二人が慌てる理由を知るために窓際に行き外の様子を確認すると……。
外には琴音達の姿があった。もう間も無くこの小屋に到着するところだ。
「なるほど……頑張れ」
特にやましいことはないので俺は亮介の指令をスルーして傍観させてもらうことにする。巻き添えにされるだろうが知ったことか、そっちの方が面白い気がする。
–––ガチャ。
二人が必死に二重底を設置してカモフラージュを配置し直している間に扉が開く。その隙間から狐がするりと入って来て、俺を見つけるや飛びついて来た。
「きゅ♪」
見つけたと言わんばかりに服の裾を引っ張ってくる狐に対して撫で回していると、その後ろからぞろぞろと女性陣が突撃してくる。
「いきなりいなくなったと思ったら、こんなところにいたのね」
「まったくですよ圭先輩」
「もう逃げられないよ圭君」
琴音、智代子、美咲の三人は俺を見つけるなりそう漏らして、何故か智代子だけとても疲れ切った顔をしていた。いやむしろ哀れんでいるのか。慈愛に満ちた表情をしている。
「どうして此処が判ったんだ?」
「そんなの島の人に聞いたら大体わかるし。フェリー乗り場に行って、古本屋に行って、それから山の中に消えたって言うから此処かなって思って。匂いを辿れば一発よ」
俺と琴音はある程度、狐には意思疎通を図れるため匂いを辿らせるなぞ簡単だ。それに狐達にとって俺は認識しやすい存在だからか琴音が頼めばすぐに捜せる。この島の何処に居ても特定は可能だ。
智代子の哀れむような視線に込められた意味を知り、俺は諦め混じりに溜息を吐いた。プライバシーがないのは今に始まった事ではないのだから。
「それで真広先輩と亮介先輩はなにしてるんですか?」
ひと段落したところで智代子がベッドに目を向ける。不自然にベッドの前に座り込む二人はまるでベッドの下の引き出しを開けられないようにガードしているようであった。
「なにって……なぁ?」
「あぁ、男どうしの秘密、というやつだ。詮索はするな」
二人揃って目を明後日の方向に逸らし、しどろもどろに受け答えする。あまりにもあからさまな怪しい様子に三人は訝しむような視線を向けたが、その視線はそのまま俺に向けられた。
「圭、なにをしてたの?」
「俺は二人に引っ張られて連れて来られただけだが」
「そうじゃなくて、ね?」
意味ありげに微笑む琴音に少し悪寒を覚える。
「あたしのお父さんと一緒にいたみたいじゃない。なに話したのよ」
「なんだそんなことか。別に世間話だよ。娘が二人とも俺に懐いているとかなんとか」
「そう……」
ほっと安堵した次の瞬間だった。
「じゃあ、古本屋に行ったのは?」
ワントーン下がった声が秘密基地に響く。底冷えとする声音に何か不穏な物を感じつつ、視線を合わせると微笑みを浮かべている琴音と視線が合う。……が、目が笑っていなかった。
「見たところ本を買いに行ったようには見えないけど?」
「いや別に本屋に用があったわけでは……そもそも本屋に用があったのは、こいつらだしな」
ビクッ。
「本当に用はなかったの?用はないのに行ったの?あたしに隠れて?なにも言わず?なにかやましいことがあったんじゃないの?」
「何を怒ってるんだ?」
「別に怒ってないわよ」
あからさまな動揺をして「ちょっと団長何言ってんだよ!」と心の叫びを視線と表情で訴えかけてくる二人だが、琴音はまるで気にした様子がない。そっちはどうでもいいらしい。
本当は琴音が不機嫌になる理由なんて判っているのだ。
「おまえが思うようなことは何もないぞ。文姉好きだったのは昔の話だし、今もそうなのかって聞かれるとわからないからな」
「じー……」
疑念に満ちた視線が俺を貫き続ける。その視線に合わせて視線を返すと、目が合った琴音はふいと視線を逸らしてこう言った。
「……別にそんなこと気にしてないし」
「あはは、琴音ちゃんの嘘吐きー。本当は古本屋に行ったって聞いて無茶苦茶動揺してたくせに」
「ちょっと美咲!」
「圭先輩、本当にそういうの気をつけてくださいね。女の子はデリケートなので」
疲れた様子で智代子がそう言って「まぁ、先輩は大丈夫でしょうけど」と付け足す。そんな智代子の周りで美咲と琴音が追いかけっこを始めてぐるぐると廻っていた。
ちょっと出てきた束縛系の片鱗。