帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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この話を投稿すると同時に迷走していたタイトルを変更しました。


再会

 

 

 

ある日、女の子に引き合わされた。

 

『この子は鈴白琴音ちゃん。圭、おまえの許嫁だ』

 

藍色の髪に、琥珀の瞳をした少女は俺を警戒した面持ちで見つめていた。鈴白の婆の背後に隠れて、不安そうに此方を見る。その瞳は何処か俺を敵視したものだった。

俺も琴音も四歳で多少は物心がついていた。親達の言葉を理解していた。許嫁はつがいになることだと。いつか結婚するとは漠然と思っていたが、まさか許嫁が決められているとはつゆとも知らず、俺はそれを受け入れていた。

 

『よろしく、琴音』

『許嫁なんていらない』

 

握手をするために差し出した手をぺしっと払われる。

琴音は嫌と言った。

結婚相手を勝手に決められたことだろうか。

幼心に俺はそれがわからなかった。

俺が嫌いなのだろうか。ちょっと傷つく。

だけど、怒る気にはならなかった。

俺だって意味がわからない。いきなり許嫁に引き合わされて、その許嫁に拒否されて。でもそれが自然なことだって判る。何故なら他の子供達には許嫁なんていなかったから。

それが普通なのだと思った。

 

おかしいのはこの家だ。古い家柄。おかしな風習、定められた役目、俺たちの境遇、似たり寄ったりで俺たちは何かを決める権利なんて持ち合わせていなかった。

 

ただ生きていた。

 

それが、普通だと思ったから。

でも君は言う。嫌だと。

それが悪いことだとは思わない。

 

『ジジイ、フラれた』

 

……でもちょっと傷つく。

 

『こら、琴音!』

 

鈴白の婆さんが琴音を叱りつけた。

彼女が泣きそうになる。

 

『俺、おまえ嫌い』

 

だから、俺も反発した。自分のことを嫌いな人間を好きになるなんて俺にはできそうもなかった。だから、俺はそう言って彼女を拒絶した。共感した。

 

これが許嫁になった“鈴白琴音”とのファーストコンタクト。腐れ縁と呼ぶには相応しい関係だった。

 

別れ際も似たようなものだった。

勝手にいなくなる俺に琴音は怒った。

別れは、喧嘩別れだった。

 

 

 

 

 

 

–––ピチュン。

 

眠りに落ちていた体の感覚が戻ってくる。

暑い。寝苦しい。辛い。

最初に感じたのは夏の暑さ。

次いで、聴覚と視覚も戻ってくる。

蝉の喧しい大合唱。その中に隠れて水の跳ねる音。

気がついたら木陰ではなく、日向になっていた。

 

「道理で暑いはずだ……」

 

むしろもうこれは“暑い”ではなく“熱い”ではないだろうか。それに加えて周りにはもふもふがいっぱい。よく見れば丸まっているもふもふは狐達ですやすやと警戒心もなく寝入っている。

この島には野生動物で多くの狐が生息しており、漁師たちから魚や餌を貰って生活している狐が多く、人懐っこい狐ばかりだ。よほどの信頼を得た人間ならば、小狐への面会も叶う。

その狐達が俺を囲むように寝ている。……異様な光景だ。

 

「さっきの水音は狐が泉で水でも飲んでいる音か」

 

寝起きのぼーっとした頭で考える。

 

「俺も少し顔を洗うか」

 

狐に倣って腰を上げて大木を回る。木陰に来たところで泉の前に膝をついて両手で水を掬うと顔に勢いよくかけた。シャツが少し濡れたがこれくらいならすぐ乾く。何度か繰り返して目が覚めたところで、顔を上げると人影が映った。

 

「うおっ!?」

「え?きゃっ!?」

 

泉の中に女性がいた。裸で水遊びでもしていたのか泉の中に慌てて身を隠すと体を守るように自らの身を抱きしめる。腰まで伸びた藍色の髪に、琥珀の瞳、スタイルは良く胸は大きく腰は細い、そして腰から尻、足にかけてのラインは美術品のように美しく魅惑的な曲線を描いていた。–––否、全体的に良い。

 

女性が俺を睨んでいる。

 

「こ、此処は関係者以外立ち入り禁止よ!」

「あぁ、そういえばそうだったな」

 

あったあったそんな掟が。懐かしく思っていると更に厳しい言葉を被せてくる。

 

「早く出て行きなさい!」

「そうは言ってもおまえだって悪いんだぞ。人気がないことを確認してから水浴びしないから」

「確かにあたしの不注意は認めるわ。本来、此処は一般人には解放されてなくて……」

 

油断しちゃったと。

 

「まったく不用心だな。島民はともかく、変な観光客なら危険だぞ」

「ご、ごめんなさい……」

 

軽い説教をすると意外にも女性が謝罪を口にした。

 

「だけどそれとこれとは別です!」

 

切り替え早い。

 

「此処は私有地の扱いになってるの。然るべき場所に訴えてもいいのよ!」

「黒崎と鈴白の古い家柄の共同の所有地だろ。知ってるさ。っていうか、それなら俺にもその権利あるし」

 

そこまで言って少女の姿に疑念が湧く。藍色の髪に、琥珀の瞳、この鋭そうな美貌には面影があった。この土地の関係者とあってこの年代には一人しかいない。

 

「あ、おまえ琴音か?」

「え?」

 

何故、あたしの名を–––みたいな顔。

次第にハッとした顔になる。

 

「……黒崎圭、なの?」

「まぁ、そうなるな」

「いつまで見てるのよ変態!」

「ちょっ、こら、水飛ばすな!」

 

慌てて俺は退避した。

 

「あ、こら、待ちなさい!」

 

逃げようとしたら呼び止められる。

 

–––いったい俺にどうしろと?

 

取り敢えず、御神木の裏に隠れて獣達と戯れることにした。

 

 

 

水浴びを終えた琴音と黒崎の家へと戻る。誰かがある程度掃除しているようで一年前に祖父が入院したにしては綺麗な家だった。軽く掃き掃除をして、拭いて、それから居間にちゃぶ台を出す。それを挟みながら俺は琴音と対面していた。

 

「……」

「……っ!」

 

お互いに無言で向かい合う。言葉はなくそうしていること数分、麦茶の入ったグラスがカランと音を立てた。それが呼び水となり琴音は口を開いた。

 

「……七年ぶりね」

「そうだな」

 

琴音の再会を祝する言葉は喜びを込めたものではなかった。視線は厳しく俺を睨んでいる。何処か冷たい目で俺を見ていた。

 

誰かが言った。–––美人が怒ると物凄く怖いと。

 

俺はなるほどなと納得する。

だが、祖父には及ばない。なのに何故か怖い。何故だ。

 

「いったい何処で何をしてたのよ?」

「都会で適当に生きてた。別に面白いことなんて何もないぞ」

 

普通に答えたのに視線が厳しくなった。

 

「いきなり消えて、いきなり現れて、いったいどういうつもりよ?」

「仕方ないだろ。引っ越したのは親の意思。俺はそれについてっただけなんだから」

 

叶うならばこの島にいたかった。でも、それは叶わなかった。あの怖い祖父と一緒に残るのは御免被る。そう思っていたから。本当は残る選択肢もあったかもしれないけど、祖父が無性に怖かったのだ。

 

「どうして連絡しないのよ。手紙だって、電話だって待ってたのに……!」

「俺がそんな細かいことできると思うか?」

「そういう無神経なところがあたしは嫌いなのよ!あんたのそういうところが嫌い!」

 

怒鳴られた。……琴音の瞳には、涙が光っている。

 

「悪かったよ」

「……何よそれ。謝らないでよ。あたしが悪いみたいじゃない。いつもみたいに言い返しなさいよ。引っ越したあの日みたいに、あたしに言い返して怒ればいいでしょ!」

「昔ならそうしたかもな」

 

俺は短気で喧嘩っ早かった。でも、それは昔の話だ。

 

「七年もあれば人は変わる。おまえ、漁港で擦れ違った時、俺に気づかなかったろ」

 

俺も気づかなかったけど、とは言わないでおく。

 

「いるなんて思わないじゃない!」

「俺もちょっと気づかなかった」

 

あ、結局言っちまった。

 

「そりゃ、あんたに似てるなぁ……とか、懐かしい感じはしたけど」

「俺もなんか違和感程度だった。綺麗な人がいるなー、と」

「っ!?」

 

失言だったか。琴音の頬が朱に染まる。

 

「おまえの隣にいたやつ」

 

–––パァン!

 

慌てて言い繕えば、頰に張り手が飛んできた。

そうそう、こいつは暴力系ヒロインだった。

 

「冗談だ」

 

しかも昔と比べてパワーアップしてやがる。

 

「本当に綺麗になったよな(見てくれだけは)」

 

相変わらず、中身はツンデレ極めてるし、むしろ前より酷くなっているような気がする。思い過ごしであれば良かったのだが、こいつは容姿以外殆ど変わっていなかった。

 

「揶揄ってるの……?」

「七年もあれば人は変わる。七年って時間は長かった。おまえだって変わったろ。綺麗になって、恋人でもできたんじゃないか?おまえ昔からモテてたろ」

「そういうあんたこそどうなのよ。……外に女作ったりしてないでしょうね」

「俺がモテると思ってんのか」

 

琴音は無言で目を逸らした。せめて言い繕う努力をしろ。

そう視線を向ければ、あいつはチラッと此方を窺う。

 

「可能性はあるじゃない」

「……おまえ、本当に琴音か?」

「あたしがあんたのこと褒めるのが意外なわけ?」

「え、おまえ俺のこと嫌ってただろ」

 

かなり喧嘩してた。こんな風に殴られることもあった。だけど、俺は絶対に女に手を出したりしなかった。祖父の言うことは絶対だ。もし手を出せば多分ボコボコにされる。つまり一方的暴力の嵐に晒されるわけだ。

 

怪訝な顔をすると、琴音は顔を更に真っ赤にした。

 

「……だって、仕方ないじゃない。気づいたのあんたが島を出て行ってからなんだし、後悔した時にはあんたいなくて、電話も手紙もくれなくて、あたしのこと忘れたんじゃないかって……」

 

終いには泣き出してしまった。ちょっとした罪悪感が胸を責め立てる。

 

「あんたは、あたしのことどう思ってるのよ……?」

「いや、特には何も」

 

恋愛感情があるかないかで言えば考えたことはない。許嫁という関係だった。ただ、それだけ。他のことを考えたことはない。でもはっきりと言えるのは一緒にいると楽しかった。……あいつらも全員含めて。

 

「でも、あたしと結婚する気はあるのよね。帰って来たんだし」

「そもそも許嫁って時効じゃないか?ジジイは死に体だし、俺の親だって蒸発したし」

「……ちょっと待って、今とんでもない告白をされた気がするんだけど」

「気にするな。俺だって気にしてない」

 

今更、親が帰って来たところで何も思うところはない。それくらい心は冷え切ってるし、縋りたいとも思えない。同情なんてされたくもなかった。

 

「とにかくあたしはあんたと結婚するつもりだから」

 

そんな強気の言葉を俺に叩きつけて、琴音は家を飛び出して行った。

 

 

 

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