帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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わがままな妹の躾方

 

 

 

夕方の五時を報せる学校の予鈴の音が響き渡る。真面目に親の言いつけを守る子ならば、この音に合わせて家への帰り支度を始める頃、我が家では姉妹喧嘩が繰り広げられていた。

 

「ほら、早く帰りなさい!」

「いーやー!」

 

玄関で桂音に靴を履かせようとする琴音だが、とうの妹は暴れて靴を履こうとしない。そんな状態がかれこれ三十分以上続いているものだから、様子を見に来てみれば膠着状態。俺はそんな駄々を捏ねる桂音の姿に懐かしいものを感じながら、苦笑気味に助け舟を出すことにした。

 

「別に今日も泊まっていけばいいじゃないか」

 

そんな提案をした瞬間、桂音の表情は向日葵のようにパッと輝き、対して琴音の表情は曇る。俺を睨みながら不機嫌さも隠さず言うのだ。

 

「今日は帰るって約束したのよ。甘やかさないで」

「おにーちゃんはいいって言ったもん!」

「ダメよ。圭は桂音に甘いんだから!」

「おにーちゃーん!」

「お姉ちゃん夕飯の準備があるんだから早く帰りなさい!」

「ここで食べるもん!」

「おばあちゃんが準備してるのよ!」

 

琴音は譲歩せず、桂音も一歩も引かない攻防に溜息を一つ。何故か妙にムキになる彼女を見ていると、とばっちりが飛んできた。

 

「圭はどっちの味方なのよ!」

「どっちの味方って言われてもなぁ」

 

帰りたくない子供心というのもわかるのだ。俺だって子供の頃は五時の鐘が鳴ろうが無視して遊びまくっていた。日が暮れても帰らず、祖父に怒られたことは何度だってある。琴音まで巻き込んで祖父に大激怒されたこともある。ボコボコにされて、それから琴音の門限の六時までには帰すようになったが、俺は案の定寄り道してまたボコボコに。

思い出すだけで気が滅入ってくるのでこの辺でやめよう。俺は改めて、琴音の言い分を聞いてみることにした。

 

「琴音はなんでそんなに桂音に帰ってほしいんだよ?」

「な、なんでって……」

 

当たり前の疑問を突きつけると琴音は黙って俯く。恥ずかしそうにちらちらと俺を見上げては、目を逸らして囁くように呟く。

 

「……そんなの圭と二人きりになりたいからに決まってるでしょ」

 

俺としては歳頃の女の子と二人きりにされると色々問題なのだが、その問題を琴音は起こしたいようだ。言葉の裏に隠された求愛にどうするべきか悩む。

はっきり言って琴音と二人きりにされて自制心を保てる自信がない。それに琴音自身そのつもりで誘惑してくるから尚更タチが悪く、泥沼に嵌ってしまえば淫らな生活が始まってしまいそうまである。

 

「……エッチな娘」

「ち、違うし!べ、別にそういう目的があったわけじゃ……!」

「じゃあ、襲わなくともいいと?」

「……もしかしたら、そういう間違いもあるかもしれないじゃない?」

 

エッチな展開を互いには期待しているのだが、あまりにも踏み切れていないのが現状だ。

 

「おねーちゃん達、なんのお話してるの?」

 

まるで頭の悪いエロゲみたいな会話をする俺達に桂音が割って入る。

 

幼児の前でするべき会話ではなかった。

 

「なんでもないのよなんでも。圭がヘタレってだけで」

 

そう言われると言い返せないので俺も反論はしない。と、話題が逸れている間に桂音が琴音の腕の間から抜け出し居間の方に戻ろうとする。その背中にすかさず魔法の呪文が飛ぶ。

 

「今日の夕飯はグリーンピース」

「かえる」

 

幼女は踵を返し、靴を履き始めた。

 

 

 

 

 

桂音を無事に家まで送り届けて家に帰ると、台所からグツグツと鍋の煮える音が聞こえていた。玄関の引き戸の音はちゃんと聞こえていたらしく、台所の前を通ると声を掛ける前に彼女は此方に気づいた。

 

「おかえりなさい、あなた」

「桂音送ってきたぞ」

「あの子、わがまま言わなかった?」

「特には」

「そう。もうすぐ夕飯できるから待っててね」

 

突然始まった熟年夫婦ごっこを軽くスルーして居間へ。暇潰しにテレビを見ていると、十分くらいしてから琴音は居間に料理を運び始める。ちゃぶ台の上を片付けて、瞬く間に置かれた料理の数々を見る。

 

「……ん?」

 

海老炒飯、狐揚げ、サラダ、鯖と大根の煮物。当然のことながらグリーンピースは入っていない。いつものことながら好きなものばかりである。

 

大盛りに盛り付けられた夕食を完食する。琴音はその間もゆっくりと食べ進めて、ようやく食べ終えたところで俺は琴音の皿ごと片付けようと手を伸ばす。

 

「いいわよ。私がやるわ」

「いや、俺が皿を洗う」

 

しかし、琴音は頑なに譲ろうとしなかった。

 

俺から皿を奪うと自分の皿と重ねて持って行ってしまう。作って貰った手前引き下がることができず台所まで追い駆け、洗い始めようとする琴音を背後から抱き締めてホールド。

 

「きゃっ!」

 

可愛い悲鳴の後、頬を薄紅色に染め狼狽えた琴音が緊張で上擦った声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと、洗えないんだけど」

「俺が洗うって言ってるだろ」

 

洗えないと言いつつ嬉しそうに身体を預けてくる。

 

「ダメ。あたしがするから圭は居間でテレビでも見てて」

「それだと俺は何もしない屑男なんだが」

「それもいいわね。あたしがいないとダメな身体にしてあげる」

 

なんとも背徳的な囁きに甘えてしまいそうになるが、甘えてばかりいては本当にダメにされてしまう。それは俺の望むところではない。

 

「もうなってる。だから代われ」

 

力尽くで琴音をそのまま持ち上げて、反転して炊事場に立つ。ひょいと下ろすときょとんとした後、俺の背中をぽかぽかと叩きながら琴音は抗議してきた。

 

「ねぇ、もぉ〜あたしがやるってば」

 

今度は琴音が背後から抱き締めてくる。腕ごと絡め取られれば身動きが取れず、皿洗いを始められない。可愛い妨害に遭いながら俺は全く同じことを返した。

 

「洗えないんだが」

「あたしがやるって言ってるでしょ!」

「はぁ……」

 

昔から強情で、お互いに譲らなくて、喧嘩して。

だけど何処かで互いを思い合っていた。

溜息も出る。こんな不毛な争いは他にない。

 

「おまえ何時になく強情だな。どうしたんだよ急に」

 

さすがの俺も気づく。今日に限って琴音の様子がおかしいことに。度々おかしいことはあるのだが、今日は二割増酷かった。

 

「……別になんでもないわよ。妻が夫に尽くすのは当然でしょ」

「いや、夫婦じゃないだろ」

「まだ、ね」

 

脇の下から伸びた琴音の手が胸元で交差する。そして、そのまま甘えるように身体を押し付けてくる。

 

「あのー、琴音さん?」

「なに?」

「胸が当たってるんですが」

「当ててるのよ」

 

知ってた。

 

「なんか今日のおまえ面倒だな」

 

お互いに一歩も譲らず、膠着状態が続く。

ついにはそんな言葉が漏れて、小さな振動。

 

「……嫌いになった?」

「そんなくだらないことで嫌いになるならとっくの昔に嫌いだよ」

「だって、あたし……嫌な女じゃない。必死に妹追い返して」

 

背中越しに聞こえた声は震えていて、まるで縋り付くようにぎゅっと抱く力が強くなった。おまえ面倒だなが相当効いたらしい。昔はその一言でよく喧嘩になったのに。今やしおらしく傷ついている。

 

「悪かった。言い過ぎた」

「あっ……」

 

固く引き結ばれた指を解いて、拒絶されたと勘違いした琴音を正面から抱き締める。今にも壊れそうな少女を抱いて、優しく頭を撫でた。

 

「一緒に洗うか」

「……うん」

 

昔はこんな譲歩すら、まともにできなかった。

 

 

 

 

 

夕食を終えてテレビを見る。チャンネルの争奪戦など起こらず、適当につけたドラマを二人で眺めていた。

平和だ。いや、平和過ぎるかもしれない。

普段はちゃぶ台の対面に座る琴音だが、今は肩がぶつかるほどの距離でドラマを見ている。

特に何をするわけでもなく、のんびりとした時間が続く。

 

一つの爆弾が投げられたのは、ドラマを見終わった後だった。

 

「ねぇ、圭」

「んー?」

「……一緒にお風呂入らない?」

「ぶふっ」

 

タイミング悪く飲んでいたお茶が気管に入り咽せる。なんとか溢さずに湯呑みを卓に置いて、差し出されるタオルを受け取って口を拭きながら、原因を見遣る。

 

自分で言い出した癖に顔が真っ赤だ。

 

「どうしたんだよ今日のおまえ変だぞ」

「変じゃないし……っていうか、ここは男なら喜んで二つ返事で承諾するところでしょう!」

「それはちょっと……」

「何か問題でもあるの?あたしと一緒にお風呂に入るのがそんなに嫌?」

 

哀しそうな顔で琴音は沈む。その顔は反則だろ。

 

「……ダメだろ。今度は俺が何するかわからないし」

 

前回は桂音がいたから良かったが、今回はいないのだ。幼女には『見せられないよ』的な光景が起こることを危惧して琴音がお風呂から追い出したが、お風呂場から姉の嬌声が聞こえてきたとご近所で噂されれば、二人揃って往来を歩けなくなる。

だからこそ何もなかったと言えるが、琴音の裸はしっかりと網膜に焼き付いている。あれをまた拝もうものなら自制心などガラスのように砕けてしまうだろう。

 

「……べ、別にあたしは構わないけど」

 

赤い頬のまま潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる琴音に、俺は言葉に詰まる。

 

「あまりそういう風に挑発してると本当に襲うぞ。やめて、って言われても途中で止めるなんて器用なこと出来ないからな」

 

ただでさえ一つ屋根の下でふたりきり。

今更、意識すると心臓が煩くてしょうがない。

 

「じゃあ、いいってことよね?」

 

強く拒否することもできず、済し崩しに風呂場へと連行された。

 

 

 




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