朝食後、俺は智代子に手を引かれるままに外に出ていた。
坂を下りて、住宅街を抜ける。何故か智代子に手を握られたままで、商店街までずっとその手は繋がれたままだった。
「いらっしゃい。おや、今日は黒崎の坊っちゃんとデートかい?」
「あはは、違いますよー」
そこでデートと間違われて店番のおばちゃんに揶揄われるも、智代子は普段通りの笑みを浮かべて動揺する様子もなく返答していた。彼女の今日の服装はジーンズにパーカー、靴は運動靴で最低限のお洒落はしているものの特定の異性と会うような服装ではないことから、完全に男を意識してないものと思う。だが、決して俺の手を離そうとしないところが勘違いを加速させているのだろう。店番のおばちゃんは楽しそうな笑みを浮かべている。
–––なんか浮気してるっぽい。
おばちゃんから見た俺達の関係は昼ドラみたいな状況なのだろう。娯楽のないこの島だから、余計に噂になると思うと胃が痛い。
「林檎二つお願いします」
「はいよ、いつものだね。一個おまけに付けとくよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
智代子は商店街でも可愛がられているのか、おまけを貰ってお礼を言っていた。
「今日は二人で行くのかい?」
「はい。あっ、先輩には内緒ですよ」
青果店のおばちゃんと通じ合ったようにアイコンタクトをして、智代子は唇に指を立てた。
商店街から出て港町を歩く。
そろそろ、聞いてもいい頃だろう。
「何処に向かってるんだ?」
家を出てからずっと智代子に何も聞かずわがままに付き合っていたわけだが、目的地と思っていた商店街を“寄り道”とした理由がわからず問い掛ければ、繋がれた手に僅かに力が加わる。
「もう着きますよ」
見えていたのはこの島、唯一の病院だけ。
智代子は慣れたように待合室を通り抜けて受付へ。そこで見舞いに来たことを告げると、受付にいた看護師は誰の見舞いに来たのかも確認せずに通してしまった。
俺がついて行っていいものか悩む間にも強引に腕を引っ張られ、足を止めることは叶わず、黙ってついて行くとある病室の前で軽くノックをするとそのまま戸を開く。
「おじいちゃん来ましたよー」
「ん?おおっ、智代子ちゃんか……」
病室の奥のベッドに腰掛ける老人の姿に俺は目を見張った。すると相手も俺の存在に気づく。
「チッ、バカ孫も一緒か」
智代子を見て相好を崩していたのが一転、俺を見ると険しい顔になる。
一応、俺が正式な孫のはずなのだがこの扱いの差。普通の人間なら泣きたくなったのだろうが、俺と祖父の関係は犬猿と言ってもいいくらいに良くない。今更悲しみなど生まれようはずもなかった。
祖父は男子を厳しく育てる。その逆で、女子には甘い傾向がある。その気持ちは理解できなくもないし、俺もその血を引いている自覚はあった。
「悪かったな。俺が一緒で」
見舞い相手が祖父であることに疑問を覚えたのも忘れて、俺は売り言葉に買い言葉でぶっきらぼうにそう返すとそっぽを向いた。
「ダメですよ二人とも仲良くしないと。家族は大切なんですから」
俺と祖父の不仲が面白くないのか智代子はそう注意する。
そこでようやく、俺は再稼働を果たした。
「見舞いなんて必要ねぇだろ。死なねぇんだし」
「あぁ、帰れ帰れ。お前なんて来なくていいわ!」
智代子が俺の祖父の見舞いに来た理由を尋ねるはずが、すぐさま口喧嘩になってしまう。
「ダメですよ。帰ったら。先輩は今日、ちょこに付き合ってくれる約束ですよね?」
「それがなんで俺の祖父の見舞いなんだよ」
そう言われると弱いため、なんとか智代子が祖父の見舞いに来た理由を問いただそうとすると、智代子はきょとんとした顔でこう言った。
「だって、週に一回お見舞いに来てますし」
「……は?」
「琴音先輩も、美咲先輩も、週に一回。圭先輩のおじいちゃんのお見舞いに来てますよ」
「なにそれ聞いてないんだけど」
しかし、それでは説明にはなっていないのではないだろうか。俺が知りたいのは智代子が何故他人である俺の祖父の見舞いに来たのかだ。いくらこの島が他人との距離感近いにしても、説明がつかない。
「別に気にする必要ないと思いますけど。先輩方二人は外堀から埋める作戦でしょうが」
琴音と美咲はそれで説明がつく。恐ろしいことだが。
「あの二人はそういう目的があるにしても、おまえなんでジジイと知り合いなんだよ」
島民なら皆知り合いだが、律儀に週一で見舞いをする人は少ないのだ。それこそ親族や仲の良い友人でもない限り、島民でも滅多に見舞いにはいかない。それが普通であろう。
「琴音先輩に紹介されたんですよ」
そこまでは間違いなく、想像の範疇だった。
「小学校で自由研究あるじゃないですか。それでちょこはこの島を研究することにしたんですよ」
小学校の自由研究は誰にでも馴染みのあるものだろう。俺も、この島にいたのなら、代々の伝統で小学六年生の自由研究で“稲荷島”について調べるはずだったのだ。しかし、それは黒崎と白崎にだけ課せられた伝統で自ら調べようという物好きはいない。
……目の前のこの娘以外は。
「稲荷島の図書館にある資料で研究する予定だったのですが、琴音先輩が家にある古い書物を見せてくれることになって。それでついでに黒崎家にある古い文献も見せて貰えば……って、勧められて紹介されたわけですよ」
この島の図書館には確かに島に関しての資料がある。この島の歴史について記されたものが幾つか。だが、それよりも多く、鈴白家と黒崎家には古い書物が残されているのだ。先祖の日記や、手紙、個人的なものまで蔵に仕舞ってある。その内容物は島の図書館や役所より多く、また字が古すぎて読めないものも多い。
明らかに子供が読むものではないし、解読も困難だ。存在しても有効活用できなければ意味がないのだから、大したことはないものばかりだったような気がする。
「自由研究はうまくいったのか?」
「はい。今も頑張って解読してるところです」
「まだやってたのかよ!」
祖父が智代子を気に入るのも納得だ。稲荷島の研究という伝統を引き継ぎ、継続して行っているのだから、風習大好きな老人達に好かれないわけがなかった。きっと鈴白の婆さんも智代子のこと大好きなのだろう。
「そういうわけでおじいちゃんはちょこのおじいちゃんみたいなところもあるわけです」
「大丈夫か?資料見せる代わりにセクハラとかされてないか?」
「おいバカ孫、儂をなんだと思っとる!」
男に厳しく、女に甘い=女好きという意味のわからない方程式を確立させると、祖父は憤慨した。
「まったくおまえにも見習わせたいわい」
「爪の垢でも煎じて飲ませるか?喜んで飲むぞ」
智代子のなら綺麗そうだなー、と見ていると彼女はさっと指を背中に隠した。
「ちょこが嫌ですよ!」
「悪い冗談だ」
俺もあまり飲みたくはない。絶対に飲まなきゃいけないなら、という条件付きである。
「おまえ、智代子ちゃんと結婚せぬか?」
「おいジジイ耄碌したか。許婚がいるだろ」
「二人と結婚すればええ。そうじゃ、美咲ちゃんも合わせて三人か」
「ついにボケたか。重婚は犯罪だぞ」
年老いたのか祖父を怪訝に窺うも、まだボケているような顔はしていない。凄く真面目な顔だ。
「昔はあったみたいですよ」
「黒崎にか?」
「はい。昔、黒崎家が男子一人で滅亡寸前だったみたいで。二人嫁いだらしいです」
「現代じゃ実現不可能だな」
「でも実際問題、先輩が死んだら黒崎家は滅亡なんですよね」
話の流れからして祖父は「早くひ孫の顔見せろ」と言っているのだろうと、勝手に解釈しておいた。