帰郷したら許嫁が束縛系ヒロインになっていた。   作:黒樹

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別タイトル『こっくりさんは帰らない!』


智代子の用事

 

 

 

「……えっと、本当に良かったんですかね?」

 

山から抜けてアスファルトの舗装された道の上に戻ったところで、智代子は俺の肩を見てそんなことを言い出した。俺の肩、正確にはその肩に乗る白い狐–––ハクア–––はこっくりさんで呼び出した獣だ。こっくりさんはこっくりさんを帰すまで終わらないのが鉄則なのだが、その狐様が帰ってくれないので中断した結果?そのまま付いてきてしまったのだ。

 

「元から帰るつもりないしな。大丈夫だろ」

「そんないい加減でいいんですかね……」

「なんだ呪いとかそういうの信じてるのか?」

「でも、その場合全部先輩に向かうのでちょこは大丈夫だと思います」

 

別に呪いがどうのという心配をしていたわけではないらしく、逞しく責任を全て押し付けて智代子は視線を先に向ける。

 

「は、わわ、白いお狐様じゃあ!」

 

と、二人で歩いていると島民と出会した。するとその爺さんはこの炎天下の中、熱々のアスファルトの上に膝をつけて拝み始めてしまったのだ。まるで俺が土下座させているかのように見えなくもない。

 

「ほら、柴田のおじいちゃん、立ってください。この炎天下の中、そんなところに座ったら火傷しますよ」

 

かれこれ三度目ともなると、智代子も対応するのに慣れてしまったらしく流れるような動作でおじいちゃんを立たせていた。お陰で俺は何をすることもない。

 

こうなるのは年寄り連中ばかりで、比較的若い世代は拝み始めないので楽なのだが、事情のわからぬ若い世代から見れば爺さん連中を土下座させている俺は変に映るのかもしれない。遠巻きにひそひそと噂されていた。

 

「どうしてお年寄りばかりなんでしょうね?」

「そりゃあ年寄り連中ほど、狐様に世話になっているからな。古い言い伝えとか身に染みてわかってるんだよ。若い連中は白い狐なんて見たやつはいないだろうし。もう五十年は人前に姿を現してないんじゃなかったかな」

「え、そんな激レアだったんですか?」

 

公式の記録では。俺は幼少期週一の頻度で会っていた。

 

「それを軽々しく呼びつける先輩って……」

「なんだよ?」

「いえ、琴音先輩も呼び出せないのに凄いなって思いまして」

「あぁ、それな……」

 

どういうわけか俺の前には頻繁に現れるのだ。黒崎家の人間だから、という理由なら祖父の前に現れてもおかしくないのだが、祖父でも何年も見ていなかったらしい。

鈴白の家も狐様と親交は深いのだが、どういうわけか琴音も俺が連れているのを見たくらいで、個人的に会うことなどなかったらしい。

 

「雌だからかな?」

「なるほど、先輩が魅力的な雄に見えてるわけですね」

「そう言われると首を傾げざるを得ない」

 

そんなバカな話をしている間に港を過ぎて、商店街の方へやってきた。いきなり拝み始める老人達にぎょっとする若者の姿は随分と見慣れたものになった。

 

あと撮ってくる観光客がいる。気分は動物園のホワイトライオンである。

 

「さて、飲食店に入るから……」

「きゅう!?きゅるるぅぅ!」

 

『藤宮食堂』の前、俺は困った顔で肩に乗るハクアを持ち上げると予想通り不満そうに鳴いた。どうやらよっぽど離れたくないらしい。試しに地面に置くと器用に足に前足で縋り付いてくる。

 

「困ったな……」

 

動物連れでもいいように外にテラス席がある店もないことはないのだが、藤宮食堂はそういう対応をしていない。まぁ、普通ならだが。

 

「大丈夫ですよ。生徒会長の実家がやっているお店は狐の出入り自由です」

 

しかし、この島は狐様本位の狐様による狐様のための島だ。だいたい飲食店でも狐様が入ったところでたいしたお咎めもない。世の中には猿が給仕する店もあるみたいだし。

 

「なら、問題ないか」

 

問題がないことを智代子から言質を取ったので、俺はハクアを肩に乗せたまま藤宮食堂の扉に手をかけた。

 

「はーい、いらっしゃ–––いっ!?」

 

扉の音に合わせてくるりと振り返った看板娘–––生徒会長–––が俺を見て硬直する。そして、肩に乗るハクアを見てわなわなと震えるととんでもないことを口に出した。

 

「とんでもない上客です!商機です!」

 

それが一言目でいいのだろうか。それも、客の前で。

 

紫苑先輩は空いている席がないことを確認すると、とんでもない速さでテーブルの上の食器を運び、台を拭いて客を迎え入れる準備を整え、俺達を席へと案内した。その時間、僅か四十秒。退店する間もなかった。

 

「おや、若旦那また別の女性と逢引きっすか?」

 

そこでようやく俺に気づいたのか挨拶代わりにとんでもないことを言ってくる紫苑へ、首に巻きついたハクアを差し出してみる。

 

「触るか?」

「そうやって私を不幸に貶めようとしないでくださいよ。知ってるんですからね。白い狐は見つければ幸福を呼び、触れば祟られるって。触らぬ神に祟りなしっす」

「ちっ、知ってたか」

 

迷信は信じていないが、恐れる人は恐れるのである。

生徒会長はそっちの人間だったようで、上手くいかなかった。

 

「そりゃあもう。それで、ご注文は?」

「日替わり定食とかあるか?」

「ありますよ。今日は海鮮丼と狐揚げですね」

「じゃあ、ちょこもそれで」

「狐様にはどうしましょう?好物とかあるんですか?」

「なんでも食うけど、好物は湯豆腐と狐揚げだな。特に鮭や鮪が入ったやつとか」

「ほうほう、お母ちゃーん」

 

注文を取るだけ取ると紫苑は厨房にいる母親に相談に行った。

 

「しかしまぁ、賑わってるな」

「そうですね。生徒会長の店はこの島でいちにを争うくらい人気ですから」

 

正午を過ぎた頃、稼ぎ時になると席は一杯になっている上に、外で待っている客も出始めていた。

 

「白いお狐様……ハクアさん?ちゃん?でしたっけ?すごく行儀良いですね」

 

店に入ってからハクアは大人しく俺の膝の上に座っている。卓の上に乗り出すこともなく、人の膝の上で寛ぐように丸くなっていた。そこら辺の子供より聞き分けがいいのである。そんなハクアに手を伸ばしかけて惜しそうに手を引っ込める智代子は、触るべきかまだ迷っているようであった。つい手が出てしまいそうになったり、誘惑に駆られて瞳が欲に濡れている。

 

「はーい、お狐様に狐揚げセットお持ちしましたぁ!」

 

つい誘惑に負けそうになった智代子が、紫苑の声にハッと我に返る。彼女がハクア用に皿を置くと、ハクアはその皿を見て、俺を見て、首を傾げる。

 

「食べていいぞ」

「きゅう?」

「……おまえわかってるだろ」

「きゅうぅ?」

 

理解しているくせにわからないふりをする。俺は仕方なく狐揚げを手に取って、ハクアの口元に運んでやった。するとハクアは器用に俺の指を噛まないように狐揚げだけを食べていく。

 

そうやって食べさせていると俺と智代子の注文した品が届く。

 

俺が食べ始めるとハクアは膝の上で昼寝を始めてしまった。

魚の切り身を欲しがるでもなく、興味なさそうな様子だ。この行動を見るとやはりさっきのは理解していたように思う。食べさせて欲しかっただけらしい。

甘えたがりだったから、この数年甘えられていない分が反動できているのかもしれない。

 

 

 

「美味かったなぁ」

 

ハクアの妨害もなく食べ終えた後、サービスの水を飲みながら隣の智代子に視線を移す。彼女は食後のデザートにプリンを食べていて、口に運ぶたびに笑みをこぼしていた。

 

「そういや智代子、おまえ用事はどうしたんだ?」

 

ふと尋ねてみると、彼女は小さく首を傾げる。

まるで覚えていないようだ。

 

「ん?ん〜、あ、そうそう、その用事でここに来たんですよ。紫苑先輩」

 

智代子は軽く呼びつけると、こう言った。

 

「時間ですよ」

「時間って何の時間っすか?」

「ほら、紫苑先輩言ってたじゃないですか。今日は生徒会の用事があるって」

「あぁっ!?忙しいからすっかり忘れてた!」

 

そう言って、紫苑は頭につけた狐耳のカチューシャと尻尾を取り外して智代子に手渡す。

 

「じゃ、あとは頼みます!いつもより忙しいんで、ほんっと抜けて申し訳ないんっすけど!」

「元よりそういう約束ですので」

「お母ちゃん行ってきまっす!」

 

紫苑は慌ただしく店を出て行った。残された俺は取り敢えず、状況確認に努める。

 

「智代子の用事って、店の手伝いか?」

「まぁ、大雑把に言えばそうですね」

 

言いながら智代子は頭に狐耳のカチューシャを、腰の辺りに尻尾をつける。いつの間にやらエプロンをつけており、可愛らしい看板娘になっていた。

 

「じゃあ、これ以上席に居座るのも悪いし帰るか」

 

膝の上で眠るハクアを抱き上げて、帰ろうと席を立つと袖を引かれる。智代子はまだ俺に用があったようで、ぐっと距離を縮めると耳元で囁いてきた。

 

「先輩、今日は一日付き合ってくれるんですよね?」

 

甘い声で呟かれたその言葉に、抗う術はなかった。

 

 

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